男子は体力と気力が勝負なので、甘い恋愛ごとに割く時間があるなら、少しでも自身の回復に努めたい気持ちはよくわかる。まして本気で一位を狙っている晄汰郎なら、毎年上位に名を連ねる強者もいることだし、一瞬たりとも気は抜けないだろう。
でも、彼氏と彼女なのに。そう思うと、どうしても眉間に深いしわが寄ってしまう。
あいつ、本当に私が好きなんだろうか?
考えてもキリがないけれど、こうも連絡を総スカンされてしまえば、嫌でもそんな疑いを持ってしまう。
「あ。詩のスマホ、震えてない?」
「え? あ、そう?」
すると、もうひとりの友達が私のジャージのポケットを指さして教えてくれた。
基本的に携帯端末の類いは背中のリュックに入れておくことになっているけれど、みんな、急に具合が悪くなったときにすぐに救護の先生を呼べなくて困るから、という理由でジャージのポケットに入れている。
もちろん私もその通りだ。ハンカチと一緒に入れていたので、どうやら振動が体に伝わってこなかったらしい。急いで取り出す。
「……は?」
けれど画面を見て、私の口からは真っ先に疑問符が飛び出ていった。……あり得ない。こっちはまだスタートすらしていないのに。
「え、なになに、どうしたの?」
驚きをあらわにしたまま固まっていると、周りの友達が私の手元を覗き込む。
と、そこには――。
【一位でゴールした。これから南和に行く】
たったそれだけの簡素な文が書かれていて、しかもこれから、男子のゴールの碁石から女子のゴールの南和まで行くとある。
まあ、南和は碁石までの途中にあるので戻ればいい。帰りも当然、迎えに来てくれた家族の車で帰るから、そこも問題ない。
ただ、次にポコンと届いたLINEには、
【歩いて戻れば、宮野がゴールする時間にちょうどよくね? そこでりんごやる】
「体力底なしか……」
気の抜けたツッコミしか入れられない。
篠宮晄汰郎という男は、いったいどんな男なのだろう……? 私は改めて思う。
とんでもない男と付き合いはじめたことだけは確かにわかるけれど、バカなんだか、なんなんだか、もうわけがわからない。
「あら~、お熱いね~」
「あ、でも、もしかして、このために一位を目指してたんじゃない? 早くゴールして詩を迎えに行きたかったから頑張ったのかも」
「そ、そう……なの?」
「いや、よくわかんないけど、なんかあの人なら普通にやりそうな気がする」
「ああ~!」
そう推理した彼女の言葉に、周りの友達の妙に納得した相づちが綺麗に重なる。
「……」
ったく、ほんとにもう……。
私は気を抜くと緩みそうになる口元を必死に引き締め、心の中で盛大ににやけた。
結局のところ、ゴリラ坊主の晄汰郎が考えていることは、私にはやっぱり、まだ今ひとつわからないのが現状らしい。でも、向けられている好意の大きさだけは嫌でも胸に響いてくるから、ほとほと参ってしまう。
「……私、めちゃめちゃ頑張っちゃおっかな」
スマホをぎゅっと胸に抱き、ぽそりと言うと、その途端、友達にわっと抱きつかれた。
口々に「頑張って!」「歩くのが遅かったらウチらのことは置いていっていいからね!」と紅潮した頬を持ち上げて言う彼女たちに「うん、うん!」と頷き返しながら、私は晄太郎から届いた特大のキュンを噛みしめる。
最高の友達と、最高の彼氏。計算したり自分を偽ったりすることなんて、この人たちの前では必要ないんだ――。
そう気づかせてくれたのは、やっぱり晄汰郎だ。
晄汰郎には敵わないな……。
そんなことを思いながら、私は改めて完歩に向けてのモチベーションをぐんと上げる。
南和のゴールまで迎えに来てくれる晄汰郎の胸に飛び込むイメージは、もう完璧だ。
*end*
蓮岡高校に通う二年生の宮野詩は、蓮高の伝統行事『夜行遠足』を機に、クラスで人気者の篠宮晄汰郎を彼氏にしようと奮闘する。
しかし、自身の計算高さを晄汰郎に指摘され、本命お守りをつき返されてしまう。
その日の帰り道、下校コースにしているグラウンド脇を歩いていると、晄汰郎が野球のフライを追ってフェンス近くまで来る。詩は咄嗟に「受け取ってもらえるまで何度でもお守りを渡す」と宣言するが、その後、急激に晄汰郎を意識するようになってしまい、計算ではとうとう渡せなくなってしまう。
夜行遠足が二日後に迫った放課後になっても、詩はお守りが渡せない。
一度、部活に行ったが戻ってきた晄汰郎に「答え合わせをしよう」と言われ、詩は覚悟を決めて告白する。すると晄汰郎も以前から詩のことが好きだったことがわかる。
夜行遠足当日、詩はゴールで待っている晄汰郎の胸に飛び込むイメージを大きく膨らませる。