直規が体育学部で教職課程を取っていることは初めて聞いた。

「じゃあ、将来は学校の先生になるの?」

「そのつもりだったんだけどさ。
親父も高校の体育教師だったし」

知ってる。そのお父さんが生きている世界で
息子とうまくいってない話は……言えない。

「でも、ライフセービングを始めたら、
消防士になりたいなって。知ってる? 
日本で初めて特別救助隊を作ったのは横浜消防なんだ。
今は、さらにその上の
スーパーレンジャーってエリート部隊があってさ」

初めて聞いた。それにしても、
こんなに楽しそうに夢を語れるなんて、うらやましい。
大学時代のお母さんも、こんな感じだったのかな。

「黒髪さおりは将来どうすんの? 
大学の学部、決めたのか?」

「内部進学で医学部を考えてたけど」

「へえ、すごいじゃん!」

「別にすごくないよ。まだ入ってないし、それに……」

「なんだよ。歯切れが悪いな」

両肘をついて私を覗き込んだ目が、ちょっと笑ってる。

「うるさいなあ」

「黒髪さおりらしくないじゃん。
そもそもどうして医師になろうと思ったんだ?」

「それは……」

言葉を探しながら、ぼやけていた気持ちの
輪郭をなぞっていく。

祖母も両親も医師で、物心ついた頃には
医師を目指すというレールが敷かれていたこと。
最近になって、敷かれたレールの上を
このまま進んで行ってていいのか、迷い始めたこと。

「思ったんだ。私には、医師になるんだっていう、
強い意思も熱い気持ちもないなって」

緑がかった茶色い目のまっすぐさに、思わず目をそらす。

「別に、必ずしも熱い気持ちを持ってなきゃ
いけないわけじゃないと思うけど。
大事なのは、その仕事についてからなんだし」

そうか。それはそうだよね。
でも、やっぱり欲しい。自分が医師を目指すための何かが。

「どっちにしても、順調じゃんか」

「え?」