「―― 失礼しましたぁ」

『寄り道しないで真っ直ぐうちへ帰れよ』

「はぁい」


 職員室から出て来た悠里は
 腕時計で時間を確認しつつ昇降口へと急いだ。

 3月半ばの夕暮れはまだ意外に早く、
 辺りはもう薄暗くなりかけている。


 正門から表通りに出て、しばらく歩いたところで
 マナーモードのスマホがポケットの中で 
 ブルブルブル ――って振動した。
   
 ディスプレイの発信者名は ”晴彦”

 冬休みの終わりまで付き合っていた彼氏だ。
 あっちの浮気で破局した。
    
 
 ”あぁ ――! メモリーまだ削除してなかった”

  
 さっさと消去しておけば良かった……。
   
 通路の端に寄ってガードレールにもたれつつ、
 まだ鳴り続けているスマホをじっと凝視する。
   

 …………  …………

   
 !!それにしても、しつこいっ。
  
 けど、いずれ1度はちゃんと話しせなあかんよね。
  
 それが今だって、後だって大した変わりはない。
  
 かなり迷ったが悠里は震える指先で通話ボタンを
 押した。
  
     
「……」

『……』

「そっちからかけて来たんやから、ウンとか
 スンとか言いなさいよ」

『あ、いや……悠里、絶対怒ってる思って……』

「はぁっ??」


 言うに事欠いて 何たる言い草!
 頭にきた。
  
  
「用がないなら切るで!」
  
『待って! 待ってくれ。悠里、ほんまにごめん……』


 気取り屋の晴彦が国訛りの関西弁を使うのは
 かなり本音が出てるって証拠。
  
  
「わし ――」

「晴彦」


 晴彦が何か言いかけたのを、
 悠里は強い口調で遮った
  
  
「言い訳は聞きとうない。
 聞いたところであなたのした事、
 今回ばかりは許せそうにないの」
 
 
 訴えるように静かにそう言うと、
 電話の向こうはしん……と、静まり返って
 しまった。
  
 微かにだが、男のすすり泣く声も聞こえる。
 ……多分、浮気相手。
 どうゆうワケか悠里には同性より異性の友人が
 多かった。
 その浮気相手も、元は悠里の友達だった。
 
   
 そのまましばらく、
 かすかなすすり泣きの声が混じった
 重苦しい沈黙が続く。
  
  
『……悠里……ほんまにごめん……』

「……けど、このまま……遺恨をのこしたままで
 いるのも嫌やから、気持ちの整理がつき次第連絡
 するからそれまで待っとって」
 
『わかった……おおきに』   


 通話を切った悠里は、どっと疲れを覚えその場に
 しゃがみ込んだ。
  
 知らず知らず、大きなため息が漏れる。
  
 考えなくてはならない事が重過ぎて、
 いっそ全て投げ出してしまいたいような
 気持ちに駆られる。

  
 晴彦と過ごした短い日々の思い出が走馬灯のように
 脳裏を過ぎっていく ――。
  
 1年の時の臨海学校でファーストキス。
  
 初めての2人っきりデートは、夢にまで見た、
 ディズニーランドのカウントダウンパーティー。
  
 女の子の初めてを彼に捧げたのもその夜だった。
  
 それから ――、
 晴彦の浮気が露見する度ケンカはするけど、
 何日か過ぎるとヨリは戻って。
  
 その度に晴彦から離れられなくなっていた。
  
  
 ―― そんな昔の事を思い出し、
 くそ忌々しい晴彦の声も思い出したら、
 何だか無性に涙が込み上げてきた……。
   
 何なのよ、情けないっ!
   
 でも、一旦盛り上がってしまった感情は、
 自分でどうにか出来るもんでもない。
   
 立ち上がって。
  
 人気がない場所を探して、近くの路地へ入った。

 建物の壁にもたれたまま崩れるようしゃがみ
 込んだ。

 さっきまで無理に抑えていた涙が溢れ出て来る。
 
 やだ、もうっ! 何なの……?!