明日への扉 ~~ 伝えたい気持ち


「―― あぁっ? ガパオライスの注文忘れてた
 って?」

「すみません」

「すみません、って言ってもな。もう、ひき肉は
 合い挽きも牛もトリも使い切っちゃったし、
 参ったなぁ……あ、左門さん! ちょっといい?」

「んー? 2人で難しい顔取っ付きあわせて
 どうしたの?」

「ガパオライス切れてるんだけど、ひとつ、
 受けちゃってるんだよねぇ」

「えっ、受けたのはだぁれ?」

「それがユーリなんだけど、相当お待たせしてる
 みたいなんだ」


 ”ど、どうしよう ―― 私のせいで皆んなに迷惑
  かけて……!”


「―― オッケー、分かった。俺がお詫びしてくる。
 ユーリは代わりにカウンター入って」

「は、い――あ、あの! すみませんでした、
 左門さん」

「ドンマイ。けど、次からは気を付けてね」


 と、左門さんは問題の”ガパオライス”を注文した
 7番テーブルのお客様へお詫びに行ってくれた。


「ホラ、悠里はカウンター」

「あ ―― 皇紀さん……叱ら、ないんですか?」


 皇紀さんはフッとほほ笑み、


「叱ってどうすんの? 少しボーっとしてたのは自覚
 あるよね? それで、俺に申し送りし損ねたのも
 自分のミスだと分かってる」

「―― はい」

「じゃあ、後は自分で反省するだけだ。同じミスを
 繰り返さないようにね。それとも ―― 怒られた
 方が気が楽だって言うなら、思いっきり怒って
 あげるけどー?」


 皇紀さんの言葉はある意味、衝撃だった。

 叱らない代わりに、自分のやった間違いを
 良く考えろ、と言われ。
 自分の中に”油断と甘え”があった事に
 気付かされた。
 満席の状態が長く続くなんてそう珍しい事じゃ
 ないし。
 妹の突然の来店に気を取られていたなんて、
 言い訳にもならないのに……。


 柊二は”この分では話しどころじゃないな”と
 コーヒーを飲み干したところで立ち上がり、
 会計を済ませて店から出た。
 
 本当は今日こそ悠里をアフターデートに誘おうと
 考えていたのだが。



「んーもうっ! ユーリってばいつまで
 落ち込んでる気ぃ?」

「ん~……分かっちゃいるんだけどねぇ~……」

「気持ち切り替えてさっさと寝なよ。そんな風だと
 また明日も失敗するよー。じゃ、お休みぃ」

「ん、ありがとね。お休み」


 あぁ~~、それにしても……思いっきり凹む……。

 何時にも増して ”ダメダメ” な1日だった。

 今日は左門さんの体調があまり良くなかった事も
 あり、いつもより1時間早く店じまいした。

 愛実だって、結局何をしに来たのか? 
 分からなかったが、情けない従姉妹に対して
 呆れていたのは間違いないだろう……。


 プププッ プププッ プププッ ――――

 (施設での生活ではスマホ等生活必需品以外の
  モノはほとんど”贅沢品”と見做され、
  バイトしたお金で購入したとしても
  事務所預かりになるが、退所を控えた者に限り
  特例で居室での使用が認められている)
  

 スマホの通話着信。

 ん? 誰だろ……

 ロクに発信者名も見ず出てたら ――


『悠里? 一体あなた愛実に何を言ったの?!』


 それは何時まで経っても子離れ出来ない
 伯母・文乃(ふみの)


「いきなり何よ」

『愛実の事よっ。一体、何を吹き込んだの?!
 あの子ったら今頃になって**組の仕事を
 キャンセルする、なんて言い出したのよ』

「……」

『怒らないから、正直に言ってごらんなさい』

「……あのさ、悪いけど私何の事だかさっぱり
 分からないし。疲れてるんで、この話しは直接愛実と
 してよ」

『疲れたなんて ――! たかが足掛けのアルバイト
 でしょっ。妙な所で働いてるから、やっぱりあなたも
 変わったのね。叔母さんに向かってこんな口の聞き方
 するなんて』


 これには、流石の私も ”カチン”ときた。


『だから反対だったのよ、あんな水商売。いい加減、
 あんないかがわしい仕事は辞めなさい。変な意地を
 張らずにこっちへ帰ってくればいいわ』


 以前は私の引取を拒否っていた癖に良く言うよ。
 

「……そうゆう所、伯母さんと愛実はそっくりだよね」

『え ……?』

「言っとくけど私、愛実とは2年前から
 まともな会話なんてしてないよ。ついでに言えば
 ”フードエキスプレス”はいかがわしいお店なんか
 じゃないわ。失礼なこと言わないでっ」

『そんな話をしてるんじゃないでしょ、今は。
 だいたい愛実に ――』

「何でも私のせいなの?? いきなり電話してきて、
 普通の伯母なら元気なのかくらい、聞くもんなんじゃ
 ないの? そういうの1度だって伯母さんが言って
 くれた事あった?
 この*年、私のこと気遣ってくれたのはお店の人や
 お客様達だけだった。あなたじゃない。
 伯母さんがそんな風だから愛実だって煮詰まって、
 追い詰められて、バカなこと言い出したんじゃ
 ないの? もう少し人の話を聞きなよっ。
 何でも決めつけて、罵るばかりじゃなくてさ」


 久々に激昂し一方的に通話を切った。

 しばらくして再びスマホに通話の着信。

 またどうせ伯母からだと思って放置しても、
 相手はなかなかしつこい。

 いい加減ムッとして電話に出る。


「もうっ! いい加減にしてよ」
  
『あ ―― ごめん、鮫島だけど……』


 その意外な相手にちょっと驚いて、
 慌てて座り直して姿勢を正した。


「あ ―― すみません、変な勧誘がしつこくて」

『あ、そうだったのか……あ、えっと……今、話して
 大丈夫?』


「はい。もちろんです。あ、あの ―― 今日は
 すみませんでした」

『俺の方こそ謝ろうと思って、電話したんだ。
 そんなに身構えないでよ』

「こ、皇紀さんが、ですか……?」

『あぁ、えっと ―― 
 お店ではちょっとキツかったか、と思って……
 俺的には、ちゃんと分かってるようなんで 
 ”もういいよ”って意味だったんだ。けど、
 あれじゃ”突っ放した”ような物言いだって思って
 さ』

「は ―― は、ぁ……」


 皇紀さんが話している受話器の向こうから
  
 ”もっと、ちゃんとフォローしろよなー。
 悠里はあんたのせいでめっちゃ落ち込んでんだから”

 って、夏鈴ちゃんの声がした。
 すると、皇紀さんは

 ”うっせーな。お前は少し引っ込んでろ”
 と、答えた。


 (あ、そっか。皇紀さん、彼女に言われてこの電話
  くれたんだ……)


『あ ―― あぁ……ごめんな、その……』

「判りました。わざわざありがとうございます。
 今後は皇紀さんにも左門さんにも夏鈴にも
 迷惑かけないように気を付けますから」

『いや、あの……電話は夏鈴に言われたからばっか
 じゃないから』

「大丈夫です」

『……あのさユーリ。そんなに自分の事、追い詰め
 なくていいからさ』

「え ―― っ?」

『言い方、キツかったらごめん。でも嫌いで色々言って
 んじゃないし、俺、別に言葉以上の含みとか何も
 ないし。仕事、良く頑張ってくれてるの判ってるよ。
 礼儀正しいし・キチンとしてるし、偉いなって』

「そんな……」

『ただ ―― 時々変に萎縮してるからさ、もう少し
 伸び伸びすればいいと思ったんだけどさ。言い方
 悪かったかなって。だから……ごめんね』

「あ、あの ―― 電話、ありがとうございました」

『あぁ ―― それじゃあ、また』


 ―― 私の事なんか、放っておけばいいのに。

 皇紀さんは、どうしてこんな電話を掛けてきたん
 だろ。

 どうして、こんな私を気遣うみたいな言葉を
 掛けてくれたんだろ……。

 心ではそう思っていたのに、口をついて出たのは
 まるで逆の言葉で ――
 何だか、急に恥ずかしくなってしまう。

 『そんなに自分の事、追い詰めなくていいからさ』

 『礼儀正しいし・キチンとしてるし、偉いなって』

  
 カラダ、休めなきゃ。
 ホントは皇紀さんの少し笑ったような声と、
 初めて貰った厚意的な事がとても嬉しかったのだ。

 ひとりの部屋で何度も何度も繰り返し思い出して
 いる自分がバカみたいだと思うのに、どうしても
 繰り返してしまう……。

 皇紀さんの優しい声を聴いたおかげか?
 伯母さんと話して荒ぶった心もいつの間にか
 穏やかになっていた。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン ――――
 
 授業終了のベルが鳴り渡り。
 
 
「じゃ、今日はここまで。各自予習はしっかり
 やっておくように」
 
 
 先生が教室を後にすると、 
 クラスメイト達もざわざわと三々五々、
 帰り支度を始める。

 『おつかれー』と悠里の席までやって来たのは
 小学校の時からクラスが一緒だった世良 忍。
 
 
「行くんだろ? 同窓会」

「えー、行くの??」

「って、行かん気ぃだったんか?」

「だって、**学のレポート今週中に仕上げなきゃ
 だし、明日は第2外国語の小テストだし」

「お前は幹事だろ」

「あ、そうでした……」

「しっかりしろよ。会場の準備、俺も手伝ってやる
 からさ」

「ふふ、手伝うって言っても、席順決めるスピードくじ
 作るくらいだよ」
 
 
 って、事で、隣の教室で経済史の講義を受けていた
 幸作も合流し、3人で同窓会の会場になってる
 ファミレスへ向かう。



「―― あの先に見える店だよな?」

「うん ――」


 なんだ……駅から案外近いじゃない

 そう思った時

 ブブブ……メールの着信
 【 椎名 和弥 】


 受信メールを開くと ――、


 ”ユーリちゃん達はまだですか? 
  席……なくなりそうなんやけど ”


 ……え
 だって、まだ30分も前


「―― 早くしないと席なくなっちゃうって、
 椎名くんが」

「あいつは何にしてもせっかちだからな」


 こんなに皆……張り切って来るなんて
 思わなかった

 ガラ――ッ


「遅くなり……」

「わあっ!! 悠里! 幸作! しのぶー」

「待ってたんだよっ――!!」


 何だろう?
 この異様な盛り上がり……気後れしそう。


「さぁさぁ、3人さんはこちらへどうぞぉ~」


 やっぱりこういう賑やかな席を仕切っていたのは、
 昔から宴会命・飲み会大好き人間の渋谷だった。

 このやたら盛り上がった状態に流されて
 3人、促されるまま席に座らせられた。


 前回から3年ぶりの集まりだ。

 全員、17才から18才。
 
 まだ、未成年なので当然アルコールはなし。

 公立中学なのに偏差値は割りと高めの学校だったので
 
 海外留学したり、他府県の有名進学校へ進んだ子も
 かなり多くて、地元&近隣の高校へ進んだ子は
 私達**期卒業生全体の約3割。
 
 でも、今回の集まりにはほぼ全員が顔を揃えていた。

 
 懐かしい話に華が咲き。

 気分はすっかり中学時代に逆戻りだ。

 
 乾杯の後はそれぞれの席に座って
 隣の人間との会話をしていたが、
 30分も過ぎると席なんてあってないようなものに
 なっていた。

 ……私はまだ自分の席に座ったままで
 料理にはしをつけていた。

 すると、今まで私の隣にいた女子が男子と
 入れ替わった。


「……お久しぶり悠里」

「――うん、久しぶりだね椎名くん。
 さっきはメールありがとう」


 ほっこり笑う彼・椎名 和弥は、
 お父さんが不慮の事故で急逝するという事さえ
 なければ私達70期卒業生の総代になってた男子だ。

 そして*年前、いよいよ帰郷するといった数時間前、
 いつも学校帰りに寄り道していたカフェへ
 呼び出されて ――。


 ====   ====

『ボ、ボクと、け、結婚を前提として
 付き合って下さいっ』

 ====   ====


 告白された。
 15年間の長い人生に於いて初めての告白は、
 返事に迷っている余裕なんかない、
 性急なものだった。

 とにかく彼は急いでいた ―― 
 なんでも、実家へ帰ればすぐにでも許嫁と婚約
 させられそうだから、って。

 そりゃあ彼だって、散々悩んだのかもしれないけど、
 自分が家業を継ぐ為実家へ帰るって間際に
 言わなくてもいいじゃん。

 結局私は椎名くんのとても不安そうに揺らぐ瞳を
 チラチラと見ながら、か細い声で
 「――ごめんなさい」って、いうのがやっとだった。

「勉強の方はどう?」

「うん……まぁ、ぼちぼちとやってる。椎名くんは?」

「ボクは相変わらずだよ。おばあちゃんは、家業を継げ
 って人を呼びつけた割には物凄く手厳しくてね、
 いつもダメ出しされてる」


 ――ふと 気が付けば

 彼の視線は離れた席にいる忍に向けられていて、
 忍の方もその視線を真っ向から受け止め、
 静かにかち合ったその視線からは好意的なものが
 感じられないって言うか、
 パチパチと静電気でも起きそうな緊迫感があって……。


「―― 椎名くん?」

「……実は、許嫁とはあれから2人でよく話し合って、
 結婚を前提とした関係は解消したんだ」

「えっ――」

「だから、ボクの時間はまだ……
 あの時のまま止まってる」


 ――あの時のままって、あれから何年経ったと……


「やっぱりボクだって、失恋の疵そういつまでも
 引きずっていくのはイヤだから、仕事に打ち込む事で
 キミを忘れようとした。
 でも、結局忘れられなかった……ずっと……ずっと、
 好きだったから」


 椎名くん……


「あ、だった、なんてつい過去形で話しちゃったけど、
 今でもキミの事が好きだよ」


 ――すがるような目
 冗談……じゃ、ないみたいだね。



「――放っといていいのかー?」


 椎名からの好戦的な視線を適当に受け流して、
 不機嫌そうな表情でコーラのグラスを傾けている
 忍に、そう声をかけてきたのは元担任教師・日下部。
 今は城西大附属病院で事務長をしてる。


「何がっすかぁ?」

「とぼけんな。お前ってすぐ顔に出るからごまかし
 利かねぇんだよ……ありゃどう見たって姫が
 大手建設会社の御曹司に口説かれてるぞ」

「あいつが誰に口説かれようとオレには関係ないっす
 から」

「ったく、素直じゃねぇのも相変わらずだな」


 そんな日下部の挑発的な言葉に
 いとも容易くのっけられてしまったのは、
 忍も今夜はかなり酔っていたんだろう。

 忍はスクっと立ち上がると、
 私の方へスタスタやって来ていきなり私の腕を掴んで
 「帰るぞ」と言って、半ば強引に立ち上がらせた。


「し、しのぶ……」

「ちょっ、世良――」

「ごめんな、椎名。
 こいつの今のアパート門限*時だから」


 はぁっ?? 門限? アパート?
 私まだ施設暮らしなんだけど。
  
 呆然としている椎名くんを尻目に、
 忍は私をグイグイ引っ張ってあっという間に
 外へ。



 駅へ向かってズンズン歩いて。

 駅の改札が見えて来た頃、
 やっと忍は歩速を緩めた。


「酒の入る席であんな隙だらけの顔するんじゃ
 ねぇよ」

「はぁっ?! 酒の入る席でって ―― 飲んでたの
 ソフトドリンクなんだけどっ。それに! 
 私が誰に口説かれたって関係ないって言ってた
 くせに」

「アレはだな……ちょっとした言葉の綾だろ。
 そのくらい理解しろよ」

「大体、彼氏でもないあんたにどうしてそんな事まで
 言われなきゃいけないの!?」

「あぁっ?? お前、ケンカ売ってるわけ?」

「はぁっ?」


 私らの事を心配した幸作も後を追ってやって来た。
 
 
「ちょっとお2人さん。もうそれ位で止めとけ。
 注目の的だぞ」

「……」「……」 

 もし、運命の女神様がいるんだとしたら……
 彼女はきっと、かなりの悪戯好きなんだと思う。
 


「ユーリぃー、お昼ご飯行こ~」


 控室に置いてある会社パソコンで学校の課題を
 片付けてる私の腕を引く利沙。
 

「あぁ―― あともう少し……!」


 ボチッっとエンターキーを押し、

 よしっ! 送信完了!

 最近の高校はデジタル化が推奨されていて
 ほとんどの課題提出が各教科の先生のアドレスへ
 送信する事になっているのだ。
 

 お弁当が入ったバッグを持って
 利沙と場所を移動する。


「あー! ようやく休み時間」


 いつもより機嫌のいい利沙。


「何か良いことあった?」

「んふふっ。実は今日合コンあってさ」

「あ、だから今日は一段と綺麗なんだね」

「お世辞は結構! はぁー楽しみぃ!」


 ウキウキしている利沙って
 本当にキラキラ輝いて”可愛い”と思った。


 でも、定時終業のあと 
 長い仕事が終わり、
 着替えのため控室に戻ると

 さっきまでウキウキしていた利沙が
 世界の不幸を一身に背負ったような雰囲気で
 長椅子にうなだれていた。
 
 
「……大丈夫? 利沙」


 利沙は力なく首を横に振った。
 
 
「何があったの?」  

「……聞いてくれる?」


 私は利沙の隣に座った。
 

「それがさ、予定してた女の子が1人来られなく
 なっちゃってぇ……」

「ふ~ん……それって、そんなに大変なこと?」


 合コン経験のない私はなにがそんなに大変なのか
 わからなかった。


「当たり前じゃない! だから一生のお願い」

「なに?」

「合コンの助っ人に来て!」


 顔の前で両手を合わせる利沙。


「えぇ!? 私に合コンなんて無理だよぉ」

「大丈夫! 私がフォローするし」

「着替えないし。まだ未成年だし」

「悠里は元が美形だから着飾んなくても大丈夫!
 アルコールは私がシャットアウトしてあげる」


 利沙の勢いに思わず黙り込んだ私を
 じゃ、よろしく! と、
 半ば強引に会社から連れ出した。

「乾杯~!!」


 目の前に座る男性陣は20代前半位。

 頑張って利沙が集めた女性群は
 キャピキャピしてるってイメージが強いけど
 さずがにいずれ劣らぬ美人揃いだ。

 ひと通り自己紹介をした後
 私から1番離れた男の人が


「椎名遅れるってー」


 と大きな声を出した。


「椎名って?」


 利沙が聞くと
 私の正面に座っていた男性が


「世の女性が好きなモノ全部持ってる男だよ」


 と笑っていた。

 どんな人なんだろう……


 それから小一時間ほどで、
 皆さんお酒の力ですっかり賑やかになっていた。


 私は? と言うと……
 飲み物も食べ物もあまり進まず、
 ノリを合わせるのに精一杯だった。



「おっ! もうすぐ椎名来るって!」


 また1人の男性が言う。


「ようやくー? 楽しみぃ!」


 女性陣も盛り上がる。


 数分後 ――、


『悪い! 遅くなった』


 後ろから声がして
 振り返ると、少し乱れたスーツを着た男性が
 立っていたんだけど……。


「まじで遅い!」

「ごめんごめん。
 ―― あっ、とりあえず生ください」


 通りかけた店員に飲み物を注文した後、
 私の隣にどかっと座った。

 フルーティーな香りがふんわりと香る。

 肩が少し当たる距離。


「どうですか! 皆さん!
 俺らイチオシの男でございます」

「うるせぇよ。もう酔ってるのか」


 この人が来てより一層賑やかになった。


「あ、俺、椎名 和弥です。宜しく」


 すこしぶっきらぼうに聞こえたその男性は、
 先日あった同窓会でちょっと気まずい別れ方をして
 しまった、あの椎名くんだった。

 きっと自己紹介なんて気恥ずかしいんだろう。

 チラッと隣の椎名くんを見ると
 目が合ってしまった。


「よろしくね」


 中学時代の同窓生なのに
 この場では初対面として振る舞う彼の、
 そんな余裕ある笑顔にドキッと胸が高鳴った。


 それから、
 上手く話に乗れない私に気を遣ってか、


「血液型なに?」
「星座は?」


 ほとんどひと言で終わってしまうような
 質問ばかりだったが、

 私にとってはとても有り難かった。

 みんなで話している時
 椎名くんの横顔をボーッと見つめていた。

 整った怜悧な横顔


「ねぇねぇ、キミ、悠里ちゃんだっけ?
 お酒進んでないじゃん! 何杯目?」


 突然真ん中に座っていた男の人に
 名前を呼ばれアタフタしてしまう私。


「えっ?! あ、まだ二杯目、かな……」


 利沙は約束通り”悠里はまだ未成年だから”と
 ノンアルコールを注文してくれたけど。
 椎名くんが来て、仕切り直しの乾杯した時、
 この真ん中の男性に勧められたカクテルを
 口にした。
 
 
「駄目じゃん! 早く飲んで飲んで」


 男の人は私のグラスを持って、
 私の口元の距離まで差し出す。


「一気飲みしてよ~」


 その一言で周りもやれやれと言い出す。


「ちょっ……それはやめようよ」


利沙が止めに入ってくれたが、


「え~~?ノリ悪くない?」


 1人の女が甲高い声で言う。

 このままだと、
 利沙までノリ悪い人みたいになっちゃう。

 迷惑かけられない。

 ……飲むしかない?

 グラスを受け取り、口元へ運ぶ。

 みんなの目線で緊張してしまい、
 手が震える。

 まだ半分もある量を
 一気飲みなんてできるのかな……

 でもやらないとだよね。

 決心しグラスを傾けた、その時 ――