「は、ははは!!正直言ってヒヤッとしたぜ。ここまで追い詰められたのは久しぶりだった。まさか、クオリアも使えないような自分ってもんがないヤロウがここまで強いなんて思わなかったもんでな。
だが所詮はネズミ以下の欠陥生物、ファースタ最強の一角を統べるこのイグニットには通用しねえ!!ははははははは!!!」


イグニットは動かなくなったレイヴから染み出す血液を一頻り眺めると、満足したのか舎弟達の方へ向き直った。


「悪かったなお前たち。うっかり負けちまうんじゃないかと不安にさせちまったかもしれねえ。けどもう大丈夫!レイヴは死んだ!これでヤツに殴られたヤツらの気が晴れたろ!つうわけで帰るぜお前ら!どっか貸し切ってパーティにしようや!」


歓声が上がる。イグニット勢力に仇なす敵は消えた。イグニットの強さは揺るぎないものだと改めて証明された。
やはり、何者も自分たちを脅かすものはいない。
その中で、コモノは一人、何故か釈然としない気分だった。イグニットの背後の少年が気になって仕方がなかった。視線が磁石のように吸い寄せられた。そこである事に気が付く。


「イ、イグニットさん、後ろ、後ろ見てください……」


「後ろ?そんなんただ血が無くなったカラッカラの死体があるだけ……な、は……?」


イグニットたちはありえないものを見た。
彼らにとって、イグニットにとって、ありえてはならないものがあった。


―――――――――――――――――――


息をするだけで、胴体にヒビが入るような痛みが走る。
手足に力を入れるだけで酷く疼く。
全身が熱い。もはやどこに穴が空いているのかすら分からない。
視界が白い。もはやその眼は何も写していない。
全身を毒に冒され、穴だらけにされ、限界を越えて行使し続けた成れの果てがこれだ。


もはやレイヴの肉体は生物としての機能を果たしていなかった。


ここが絶望の淵。





そんな時でも。


レイヴの頭脳は肉体の活動を繋ぐアイデアを懸命に検索していた。
様々な固有名詞や映像が目にも止まらぬ早送りでランダム再生されていく。
レイヴの魂は肉体から離れようとしない。ここに来てほとんど手付かずだった望力が万全の状態で活性化する。
希望は、まだある。



レイヴ
17歳
ファースタ高校在学
ファースタ街で開拓者の夫婦の家庭で産まれた。彼は両親に愛されていたが、あらゆる望力を半減する体質を持っていた。

周りがクオリアを発現させる中、一人だけクオリアを使えないためにいじめられることも少なくなかった。だがレイヴは持ち前のガッツとポジティブでいじめっ子に屈服せず、逞しく生きてきた。

両親は開拓者として活躍していた。レイヴはそんな両親を誇りに思っていた。そんな両親への思いとは別に開拓者になりたいと望んだ。何かの憧れとか影響などではなく、彼自身の心から湧いて出た欲求だ。しかし両親は望力をまともに使えないレイヴが開拓者になる事は心配だった。

レイヴが10歳の頃、好奇心から両親の開拓先にこっそりと着いて行ってしまう。そこでレイヴは崖から落ちるが間一髪の所で母親がレイヴを救う。しかしレイヴを庇った際に負った傷で母親は死去。この事故をきっかけに父は開拓者を辞め、否定審判として世の中の平和と治安を守る仕事に就く。

レイヴもまた自分を責め、開拓者など志すべきではなかったと塞ぎ込むようになり、また周囲からいじめられるようになった。しかしレイヴは親を殺した自分にはこれで良いのだと考えていた。親殺しが夢など見るべきではないと。

父親は妻を失った悲しみから目をそらすように仕事に打ち込み、家に帰る事はほとんど無くなっていた。
抜け殻のように日々を消費するレイヴは社会の底辺で腐りゆくだけだった。そんな彼の前にサヴァイヴやフィレアをはじめとする開拓の一団、『ロスト・ファウンド』が現れた。
彼らは両親の開拓者時代から繋がりがあった開拓の一団で、度々家に来てはレイヴの世話をした。

サヴァイヴたちは面白おかしく開拓の思い出を語った。父や母の事もたくさん教えてくれた。
しかしレイヴにはそれが鬱陶しくてかなわなかった。
自分には決して経験することの出来ない事を聞いたところで虚しいだけだ。レイヴの目には彼らは貧民に嫌味ったらしい自慢話をする貴族に写った。

ある日、レイヴはいつも通り開拓話をしてくるサヴァイヴに、もう開拓の話は止めろと言った。
自分が母親を殺した事。そんな自分に夢を見る権利など無い事。いっその事、自分の世話なんかしなくていいという事。

サヴァイヴはこう言った。


「それって、楽しいか?」


「自分のやりたい事もせずに自分を責めるだけ。そんな生き方でいいのか?」


構わない。母さんを殺したのは俺だ。親殺しには丁度良い罰だ。
レイヴは吐き捨てるように言った。


「善も悪もない。人生ってのは楽しく、悔いも受け入れていくものだと俺は思っている。まあ、(寿命)記憶(来歴)もないままに生き続ける俺が言っても説得力ないかもだがね。
だが、一つ確かな事がある。君の母さんは君にそんな生き方をしてもらいたくて命を張った訳じゃない。君が思いのままの人生を送ってほしかったのさ」


サヴァイヴはレイヴの胸に指を置き、言った。


「レイヴ、君は自分の思いのままに生きているか?」


レイヴは何度も首を振った。
違う、違う!俺は開拓者になりたい!
ずっと、ずっとそう思ってきた!


「なって、いいのか?俺も開拓者に」


「勿論だ。お前がなりたいと思うのなら。」


母さんが俺に思うがままに生きろと言うのなら、俺はそうする。


「俺は、開拓者として、星を見て回る!!」



――――――――――――――――――



ばち。
レイヴの手が地面を握る。
かつての誓いが死体になった筈のレイヴを突き動かす。


己に問ただせ。お前は何を成す。
イグニットを倒す事じゃない、開拓者になる。
その為にまずはあの男を超えていく……!!


ばちばちばち!!


「あ、ああ……ッ!!」


殻を破れ。誰かのためじゃない自分自身の為に。
ありとあらゆる手段を使った?まだだ。まだ使っていないものがあるだろう。


「あ、ぐっ!!」


ゆらり、とレイヴが立ち上がる。杖にしていた楔剣を両手で持ち、低く落とした腰の位置で構える。
視界はもはや機能していなかったがイグニットや舎弟、それに周囲の木の位置まで判別できた。
イグニットたちが驚愕している事すらも分かった。


「なんで立ってんだ、もう死に体のクセしてなんで立ちはだかれるんだよ!?
どれくらい死んだら気が済むんだ!?何回殺せばくたばるんだ!?テメエはゾンビかなにかかよ!?もううんざりだ!」


「星ってのはとんでもなく広い癖にたくさん空に浮いてる。砂漠の砂粒の数よりずっとずっと気が遠くなるくらいいっぱいだ。
俺が見てえのは全部の星だ。だから俺は、全部見て回るまでは諦めねえ、どうやっても死ぬって分かってたとしても俺は立ち上がる」



ばちばちばち!!


無理も無駄も聞く耳は持たない。レイヴはソレを使えないと思い込んでいるだけだった。
ソレはレイヴにも使える筈なのだ。
レイヴが自意識を持っている事その物がソレを使える証明なのだ。
望力とは意思の力であり、ソレは意識そのもの。はっきりと自らの意識を自覚した時に最も力を発揮する。
それは、つまり。


ばちばちばちばちばりばりばりばり!!!


光が爆ぜた。
星のように蒼く力強い明かりが木、岩、ビルを撫でていく。

光源はレイヴの持つ楔剣からだった。
半透明の蒼白い雷光が楔剣を包み込むように刃の形を作っている。
楔剣の殺風景なデザインは鞘に収まっていた姿で、これこそが本来の刀身だと言うように。
今こそ、楔剣は鞘《殻》から抜刀された。

イグニットも彼の舎弟も目を剥いて穏やかに湛える光を見ていた。
レイヴ自身、驚いていた。
ここに来てクオリアが発現すると思わなかった。ただ、負ける気はしなかった。
ここにクオリアを使えない欠陥生物としてのレイヴは死に、一つの生命として新生した。


「くだらねえ、くだらねえ、くだらねえなチクショウ!そんなくだらねえこだわりは捨てて、地べた這いつくばって楽になれ!!」


「俺を楽にしてみろよ。アンタは最強を統べる一人なんだろ?」


取るに足らない挑発だった。
レイヴの言葉は一見すると強がりに見えたかもしれない。なにせ肉体はボロボロ、目の焦点はろくに合っていない。今にも倒れてしまいそうな恰好なのだから。

しかしイグニットは気が付いていた。レイヴが自分の脚で地を踏みしめる様を見ていたから、それが確かな自信から来るものなのだと確信した。だからこそ、頭に血が登った。
そんなイグニットに焦りと動揺が生まれている事を、レイヴの心眼は見逃さなかった。


「行くぜ、イグニット。俺の望み≪クオリア≫の全てを叩き込む」


「新しい玩具ではしゃぐガキみてえに思い上がってんじゃあねえぞ!!」


決着は、近い。






蒼白い光が木を、岩を、人を、獣を、ビルを、魔寄いの森の全てを照らす。



レイヴは斬り付けた際の勢いで草の上を転がった。


もし、最初からレイヴがクオリアを使えたとしても、イグニットは冷静に相応の戦い方を定義し、レイヴは仕留められていただろう。
このタイミングでのクオリアの覚醒はイグニットの動揺を誘い、レイヴを勝利に導いた。今、このタイミングの覚醒だったからこそ、レイヴは勝てたのだ。

そう、レイヴは街三天(アントラグル)の一角を統べる男に勝利した。
望力使いとしての初戦は奇跡の勝利となった。


あとは救援される事を期待して通路置換で逆しまのビルに移動するだけだ。
たった一言唱えて移動するだけの簡単な事。

それなのに。

身体の主の意志に反して力が入らない。
意識は停電したみたいに黒く塗られていく。