西沢は、ゴーチエは宰相派に金を流している豪商の息子だ。所謂、武器を売って稼いでいる所謂武器商人の一族だ。武器の中には、奴隷も含まれている。もちろん、正規のルートから仕入れた奴隷だけではなく、奴隷狩りなどで捕えられた違法奴隷も含まれている。
西沢が、同級生たちのグループからの脱退を考えていた。
(このままではジリ貧だ)
西沢は、豪商の息子だ。
ただの豪商ではない。武器商人だ。それも、王国だけではなく、近隣諸国に武器を売り歩いている。武器の代金を、金ではなく、奴隷との引き換えも行っている。入手した奴隷で、戦闘が可能だと思える者には、戦闘訓練を行って奴隷として販売している。最近始めたことだが、成果が出始めている。
その為に、西沢は立花たちのグループと距離を取ることを考えていた。
奴隷は商品だ。そして、影響力を得るための道具でもある。立花たちに流していれば、商品は消耗品になってしまう。渡しても、男ならいたぶって殺す。女なら飽きるまで犯してから殺す。奴隷商と考えれば、商品が売れればそれでいいのだが、影響力を得たいと考えている西沢には不満が募り始めている。まず、立花たちは商品を調達してくる自分に感謝がない。
しがない”男爵家”の長男でしかない立花に従っていてもこの先があるとも思えなかった。
西沢は、自分と同じようにグループから離れることを考えている者を誘った。
慎重に進める予定で居たのだが、簡単に物事が進んだ。
奴隷を立花たちに流していた商人は、ゴーチエ家だけではない。ゴーチエ家は、豪商であり武器商人だ。パシリカを受けたばかりの者たちと取引をしない。間に入る商人もいなかった。その為に、ゴーチエ家からの商品は、ロラが個人的に引いてきた。
そして、流しの商人を行っていた、ブォーノ家の嫡男が、イアンだ。
細田も、立花たちに商品を流していた。細田は、ゴーチエ家と違って、盗賊や野盗から奴隷を買い入れるために、違法奴隷だけの商売だ。正規の奴隷商に奴隷を流して、ロンダリングを行う手法で稼いでいる。立花たちに渡していたのは、商品に適さない者たちだ。
細田も西沢と同じように、奴隷を渡しても感謝すらしない者たちに嫌気を覚えていた。
そして、細田は西沢の態度に自分と同じ感情を感じ取った。
二人は、奴隷を徐々に絞ることにした。
そして、他にも協力が期待できる者を探した。
三塚と冴木は、協力関係の構築が簡単にできた。そして、意外な事に、加藤が西沢のグループにすり寄ってきた。しかも、大物を連れてきた。
三塚と冴木と西沢と細田は、実家の影響を抑えつつ、加藤が連れてきた大物の派閥にしっかりと入り込むことに成功した。
勢いを失った、立花と山崎と橋本と森中と川島は、王都で燻り始めた火種を感じて、王都からの脱出を考え始めていた。
しかし、王都からアゾレムの領地には、マガラ渓谷を越えなければならない。アゾレムの名前を出せば通過は可能だが・・・。
立花たちは、レベルだけは奴隷を殺して上がっているが、スキルの習熟は行っていない。レベルだけが高い素人になっている。
リンが、王都に到着した時に、西沢たちは、宰相派閥に組み込まれて、立花たちは王都からの脱出を行った。
立花たちが向かった先は、アゾレムに借金があり、我儘が通りやすい子爵家だ。
子爵家は、元は伯爵家だ。リンがハーコムレイに渡した書類で、裏家業が暴かれて、当主は蟄居させられて、裏家業を行っていた嫡男は縛り首になった。降爵して子爵家となって、今は遠縁の者が子爵家の立て直しをしている。
そこに、前当主が借りた物を返せとやってきた者たちがいる。
歓迎は出来ないが、歓迎しなければならない状況だ。
そして、遠縁の者も愚かだ。
王家が行った粛清を、派閥の理論に押しはめて、自分たちの力を殺ぐために使ったと考えた。
裏家業は、嫡男だけが行っていたわけではない。代々の当主が行っていた。現在は、遠縁の者が表を取り仕切って、裏側を前当主が仕切り始めた。空だけなら、発覚時点で子爵家を潰してしまえばいいだけなのだが、大小の違いはあるが、王太子が主導する粛清で、粛清された貴族家は派閥の長であった宰相を頼った。宰相は、頼ってきた貴族家を切り離した。切り離した方の宰相派閥も派閥の力が弱まったと思っているが、切り離されたほうは、自分たちがやってもいない事案まで被せられて切り離されて、断罪された。
そんな切り離された者たちが、アゾレムの嫡男と優秀なジョブを持つ者たちを匿った元伯爵家を頼るのは自然な流れだ。
どの貴族家も、脛に傷を持っている。裏の事業を行うのにも、民から税を吸い上げるのも、民を奴隷に落として金に変える事も、近くを通る行商を襲って、荷を奪って兼ねに変える事も、何も躊躇しなくなった。
貴族が連合して、盗賊になった。常備兵による盗賊行為。
それを、アゾレム男爵の嫡男が率いている。
男爵家の次男である橋本や教会の枢機卿の息子が加わっている。正規兵による盗賊行為だ。元伯爵家を頼ってきた貴族の領内であればいくらでも言い訳ができる。正当な処理だったという事が出来た。盗賊を探していて、怪しい行動があった為に捕えた。捕える時に、暴れたので戦って殺した。荷物を調べたら、領内で禁止されている物が発見された。権力を持つ者たちは都合がいい言い訳ができる。自分たちの正当性を証明できる状況だ。
立花たちはレベルだけは高いために、行商人が連れているような護衛では太刀打ちできない。優れたスキルも持っているために、力技でも簡単に勝ててしまう。人を殺すという快楽と力を求めた。立花たちは捕えた者たちを簡単に殺してしまっている。
行商人が殺されている状況は、噂として近隣に流れるが、皆殺しにされているために証拠が残っていない。また、領主たちからの発表でも盗賊団を捕えるために、正規兵が動いている状況が説明された。その為に、正規兵が行商人や商隊に近づいても危険だとは考えない。簡単に、立花たちが仕事を終えられる状況が出来上がっている。
率先して動いているのは、奴隷兵だが、捕えた者を尋問して殺しているのは立花たちだ。
立花たちの所にいる川島は、行商人や商隊を襲うのをやめさせた。義憤に駆られてではない。苦情が上がってきても、苦情を伝えてきた者たちを殺してしまうので気にしてはいない。それでも、辞めようと言い出したのは、もっと簡単な方法を思いついたからだ。
立花たちが身を寄せた元伯爵家は、王家直轄領を挟んで北方連合国がある。
北方連合国は、20以上の小国家が連合国として活動を行っている。川島が言い出したのは、北方連合国に赴いて村々を襲うことだ。
流石に、自分たち5人だけでは、危険な上に面倒なのは目に見えているので、戦闘ができる奴隷を連れて行くことを提案していた。
子爵家も立花たちを最初は歓迎したのだが、やっている事が非道な上に、自分たちの評判にも関わってきている状況を良く思わなくなってきていた。
その為に、200名ほどの戦闘奴隷と素行不良な騎士20を立花たちに預けて、北方連合国への侵攻計画を黙認することにした。もちろん、貴族家とは関係がないことを念押ししている。戦争になっても、国境は王家直轄領が守っているので、大丈夫だという算段をしたうえで・・・。立花たちを送り出した。
いろいろな思惑が交差した結果だが、皆が相手を利用していると考えて、自分の利益を優先した結果だ。
災厄は、北方連合国に押し付けられた形になる。
しかし・・・。
ローザスとハーコムレイとアッシュと契約を交わすことに決まった。
ギルドに振ろうかと思ったがダメだった。
神殿の所有者は対外的には、ギルドだけど実質は俺が所有することになっている。ローザスやハーコムレイが、ギルドと契約を行ってしまうと、ミヤナック家や王家以外の貴族がギルドに圧力を掛けた時に、突っぱねられないと説得された。
残念な事に、ハーコムレイの言っていることが正しいように思える。
ギルドの活動を考えれば、貴族からの申し出を断るのは難しい。神殿に戻ってからの調整にはなるが、所有しているのは俺でギルドは管理を委託されている形にしたほうがいいような気がしている。
神殿に帰ってから・・・。
ん?
必要ないのか?
そもそも、神殿で集団戦の訓練は難しい。出来ないとは言わないが、訓練には向いていないと思う。
確かに、いろいろなシチュエーションは用意出来ているけど、元々は単体や少人数で訓練をするために用意した場所だ。訓練をするために、人が多くはいるのなら、神殿の力が増すから歓迎だ。訓練になるか解らないけど・・・。
皆が使っている場所は、公開するのが決まっている。隠す必要はない。訓練に使えるようになっている。勝手に使ってもらえばいい。俺が許可を出すのは、神殿に入るための許可くらいだ。秘匿しなければならないのは、バックヤードに作られている。眷属たちが過ごしている場所だ。あそこは、秘匿対象だ。入ることが出来るのも、俺とマヤとミトナルとロルフと眷属だけだ。
ローザスとハーコムレイも解っているのだろう?
それでも、許可を求めて契約を行うのには、何か狙いがあるとしか思えない。
「ローザス。ハーコムレイ。神殿を使って、訓練を行うのは、何が狙いだ?」
面倒だから、直球で聞いてみる。
「っち」
ハーコムレイが舌打ちした。やはり、”訓練”以外にも狙いがあるのだな。
ローザスが面白そうな表情をするので、ハーコムレイが提案した内容なのだろう。どこまで決めてきているのか解らないけど、神殿は調査していると考えてよさそうだ。
内部には、入り込めていないのは確定だけど、メルナの周辺から情報を得ているのだろう。
「ははは。リン君。簡単に言えば、戦闘訓練よりも、神殿勢力の戦力・・・。そうだな、言い方を変えれば、力量を知るためだよ」
「ローザス!」
ローザスが手を上げて、ハーコムレイを制する。
戦力?力量?
ますます意味が解らない。
ローザスの説明は、これで終わりか?出ている飲み物に手を伸ばしている。ローザスを見つめるが、説明は終わったようだ。しょうがないので、ハーコムレイを見る。
「はぁ・・・。リン=フリークス」
ハーコムレイが、ローザスがお菓子に伸ばした手を叩いてから、俺をしっかりと見据えてきた。
「・・・」
どうやら、ハーコムレイが説明を行ってくれるようだ。
「わかった。最初から説明をする」
諦めてくれて嬉しい。
しっかりと効かないと頷けないことだ。
それにしても、いつの間にか、ハーコムレイとローザス以外は居なくなっている。
護衛が居なくなっていいのか?
俺は気にしなくてもいいな。そもそも、ローザスかハーコムレイが下げさせたのだろう。
「頼む」
「リン=フリークス。神殿には、お前の眷属が居て、防衛を行っている。そうだな?」
「あぁそれだけではないが、眷属が防衛を担っているのは・・・。たしかに、そうだな」
「その眷属は、魔物で、簡単に言えば、ネームドに当たる」
段々、ハーコムレイが何を言いたいのか解ってきた。
「あぁ」
「リン=フリークスや、ギルド勢力が、外部に力を示すようなことはないと思うが、危険視される前に、戦力の把握が出来れば、対処の説明ができる」
”示す”は難しいが、ギルドや俺が、外部に向かって宣戦布告することはない。
どこかに・・・。具体的には、アゾレム領に攻め込もうとは思わない。
勝てるだけの戦力は持っているし、実際・・・。勝てると思う。しかし、勝ったらどうする?俺の仲間や眷属に、犠牲がでる可能性だってある。悔しいけど、立花たちもチート能力を持っている。アイツらが地味な訓練をしているとは思えないが、俺よりも優秀なスキルを持っている。十全に使えなくても、俺の眷属なら倒せるくらいのスキルだ。
「そこが解らない。戦力の把握?対処の説明?」
「戦力の把握は必要だろう?実際に、訓練を行っていれば、大凡の戦力の把握はできると考えている」
「そうなのか?」
「そういう物だと思って欲しい。騎士が100名で対処できるネームドが1体いるだけなら脅威ではないが、騎士が10人で対処できるネームドが10体居るのは、脅威になりえる」
説明を諦めた。為政者ではない俺には解らない事かもしれない
「・・・。なんとなくは、理解ができた。例えばの話・・・。騎士1000人でも対処が難しいネームドは?」
騎士の力量は解らないが、以前に聞いた話では、ヒューマでは多分10人の騎士が必要だろう。
ヒューマが100人居ても、ブロッホには敵わない。ブロッホが、本気を出したら相手にもならない。らしい。
ブロッホが戦えるのは、ワイバーンくらいだ。ブロッホが呼び出した眷属である、レッサードラゴン。ワイバーンと同等だと聞いた。アウレイアだと、ワイバーンと相性がよくて、数体と戦えるらしい。アイルも、1体なら余裕と聞いた。リデルは無理だと聞いた。元々は、戦闘が難しい種族だからしょうがない。他にも、ヴェルデやビアンコやジャッロだと、1対1は無理で仲間と連携すれば戦える。ラトギで、ギリギリだと教えられた。
「ははは。それは、脅威でもなんでもなく、畏怖の対象だ」
「リン君。今の話では、”存在する”の?」
「うーん。騎士の強さが解らないけど、そうだな・・・。ローザス。ワイバーンは、レッサードラゴンという扱いでいいのか?」
「ん?ワイバーン?」
「うん」
「ワイバーンは、ドラゴンだろう?」
「うーん。そのワイバーンを倒すのに、騎士は?」
「・・・。ハーレイ?」
「・・・。最低で5名で、スキルを持つ者が5名は必要だ。地上に降りてこないと何もできない」
「弓は?」
「・・・」
騎士の強さは、大凡、ラトギだと思えばいいようだ。
ラトギでは、ヒューマには勝てない。そのヒューマは、ブロッホに絶対に勝てない。
ヒューマが100人集まっても、ブロッホがドラゴンになって、制約を外した状態では手も足も出ない。
「わかった。それなら、さっきのローザスの答えには、”居る”と答える」
「・・・。リン=フリークス。一応、聞いておくが、単体か?」
「今は、単体だ。しかし、ブロッホは、同種を連れて来ると言っている」
「ねぇリン君?そのブロッホって君が名付けたの?」
「あぁ」
「聞きたくないけど、種族は?」
「あぁ・・・」
「リン=フリークス。秘匿情報なら、言わなくてもいい」
「いや、ルナもアデレードも知っているから・・・。別に、俺に不都合はない。秘密にもしていない」
「それなら!」
「やめ」「ブロッホは、黒竜。ブラックドラゴンだ」
その目は辞めて欲しい。
ローザスが聞きたいと言ったのだろう?
確かに、ハーコムレイが何かを言いかけたけど、無視して言い切ったけど・・・。
沈黙が怖い。
「リン君。ブラックドラゴンと聞こえたけど?」
「そういった。ブロッホは、ブラックドラゴンだ。俺が名付けた」
「リン君が主?」
「そうなる。俺に従ってくれている」
「普段は、どうしているの?神殿に居るの?」
「普段?あぁブロッホは、神殿には居ない」
「そう・・・。それなら?」
ハーコムレイが安心した表情を見せる。
「ブロッホは、メルナの邸に居てもらっている。俺との連絡係だ」
「え?ドラゴンが?」
「あぁそうか、ブロッホは、人の姿になっているから、メルナに居ても解らない」
暫く、ローザスからブロッホの質問をされたが、ハーコムレイは黙ったままだ。
「ローザス!」
「そうだな」
二人は俺を見て、何かを諦めたような表情をする。
別に、王国を攻めようなんて考えていない。
むしろ、攻め込まれないようにするので精一杯だ。
おかしい。
村人が欲しいという話をしに来たいのに、何か違う方向に話が進んでいる。
ナナたちの方は、どんな話になっている?
ブロッホはブラックドラゴンで、他のドラゴン族とは感性が違うとは言っていたのだが、俺の所に来てからはドラゴンの姿になっていない。人の姿で、食事をするのが楽しいと言っていたので、無暗に力を使う事はないと思っている。
二人を見ると落ち着いてはいないが、話ができる状態だと思う。
やっと契約の話が切り出せる。二人の様子をみると、契約が必要になるとは・・・。思えない。契約は、ギルドのためには必要だけど、個人で考えれば必要ない。ミヤナック家や王家との話し合いの結果を契約として残す以上の意味はない。
「それで、ミヤナック家だけでいいのか?」
ハーコムレイを見ると、奥歯でアルミホイルを噛んだ時のような表情をしている。
ミヤナック家だけの訓練にしたいようだけど、ローザスが口を挟みそうだ。
「リン君。最初は、ミヤナック家が使えるようにしてくれる?」
ローザスが笑いながら提案してきた。ハーコムレイは、ローザスを睨みつけるが、口を出すつもりはないようだ。
現実的な提案だが、ローザスは?王家を守るための組織が・・・。近衛を鍛えなくていいのか?
「ん?いいのか?」
いろいろな意味を込めての”いいのか”だったが、ハーコムレイはローザスの言い出した話を不思議に思っていない。
何か取り決めがあるのか?
それとも、動かせない理由があるのか?
「個人が、正式に手続きをして、神殿に入るのは大丈夫だよね?」
神殿に来て、ギルドに登録して、神殿の施設を使うのを禁止したりしない。
神殿の利用には、制限を設けない。
ただし、ブラックリストは作成する。
ギルドとの取り決めだ。
細かい部分は、ギルドに任せる事になるが、神殿の裏側にさえ入らなければ、問題が発生したら”パージ”してしまえばいい。
ブラックリストに載せられたものは、通常の利用は出来ない。神殿を通過するだけで、サービスを受ける事は出来ない。ギルドと決めた事だが、まだ運用の方法を検討している。ロルフが提案した方法になると思っているが・・・。
「問題はない」
「その訓練ができる場所には、個人も使える?」
ローザスが何を考えているのか解らないが、ローザスの疑問には明確な答えが出せる。
それに、個人でギルドに登録する?
問題があるとしたら、犯罪者や奴隷を登録する行為だ。
それは、ギルドとも話し合って取り決めが行われている。
問題になったら、利用を取り消す。ギルドへの登録だけではなく、神殿の通過が出来ない。
「大丈夫だ。ギルドに登録をしてもらうことにはなるとは思うけど・・・。問題はない」
ギルドに登録が必要になる。
これは、元々決めていた。ギルドで、管理を行えば、大きな問題に発展した時でも対処が可能だ。それに、ギルドの運営には、ハーコムレイだけではなく、ローザスの名前が連なっている。
王家派閥の者なら、抑止力としては十分だろう。敵対派閥の人間なら、問題を起こした状況で、王家派閥に報告が到達してしまえば、敵対行為だと騒がれたら、最悪の場合は紛争に発展する。引き金は、自分が引きたくないだろう。
「それなら、ミヤナック家だけでいいよ。ハーレイ。いいよね?」
ローザスが、凄い笑顔で、ハーコムレイを見る。
何か考えがあるのだろう。
神殿が利用される立場なのはわかるが、具体的な方法がわからない。
解らない事を考えてみても仕方がない。ハーコムレイの表情からは何も読み取れない。
「はぁ・・・。近衛とか文句を言いそうだがいいのか?」
「近衛?あぁあんや奴らに配慮しなくていいよ」
ん?
近衛と何かあるのか?
近衛は、王家派閥で構成されているのでは?
「・・・。リン=フリークスが居るのだぞ?少しくらいは配慮を・・・」
ハーコムレイの反応からも、近衛は・・・。
そうか、前から感じていた違和感の正体は、これか!
ハーコムレイの護衛は居るが、ローザスの護衛は決まった人間が二人だけだ。最初は、ハーコムレイの・・・。ミヤナック家の護衛がついているから、ローザスが護衛を連れていないのかと思ったが、近衛が信頼できないから、護衛として連れてきていないのか?
もしかしたら、順番は逆なのかもしれないけど、近衛が信頼できないのは、今に始まったことではなさそうだ。
「はい。はい。でも、大丈夫だよ。ね。リン君」
「意味が解らないが、わかった。大丈夫だ」
何も気が付かなかった。
考えるだけなら大丈夫だろう。
だから、大丈夫だ。
自分で考えておきながら意味が解らない。
そうか・・・。近衛は敵になる可能性があるのか・・・。敵の敵も敵の可能性が出て来るのか・・・。面倒だな。
「リン=フリークス!」
「なんでしょうか?」
ハーコムレイは、気が付いたと考えたようだ。視線が厳しくなるが、一瞬で元に戻った。
俺を見てから、大きく息を吐き出してから、頭を軽く振った。
「はぁ・・・。お前は、悪い所だけ、ニノサ殿にそっくりだ」
正面を見てから、本当にろくでもない事を言いやがった。
ニノサに似ている?
俺が?
褒められたと感じないのは、今までのニノサの評判が悪いのだろう。俺が、悪いわけではない。いい父親ではあるけど・・・。
「それは、誉め言葉ではないですよね?」
ハーコムレイをしっかりと見ながら聞いてみた。
「それが解っているのなら、改めろ」
あぁ・・・。全部、言いやがった。少しは、配慮してもいいと思うのだけど・・・。
「何を”改め”たらいいのか、わかりませんが、わかりました。善処します」
「・・・。リン=フリークス。わざとやっているのか?」
「なんのことでしょうか?おっしゃっている意味がわかりません」
「はぁ・・・。まぁいい。それよりも、ミヤナック家として、神殿を使った訓練を申し込みたい」
ハーコムレイが残念な者を見るような視線で俺を見ているがきにしないことにした。
突っ込んだら負けだ。
ミヤナック家が神殿を使った訓練を申し込む。
立場の強化にも繋がる。それ以上に、ギルドの信用度に繋がる。
「そうですね。手続きの簡略化の為に、ルナ。ルアリーナ・フォン・ミヤナックに手続きを行ってもらいましょう。俺の承諾があれば、あとは事務手続きが必要になるだけで、その事務手続きを行うのがギルドです」
ルナと普段の呼び方をしたときのハーコムレイの目つきが怖かったから言い直した。
面倒な人だ。そもそも、ルアリーナはローザスの婚約者だろう?
俺が何かを言っても意味がないよな?
それとも、ローザスが拒否しているのか?
そんな雰囲気は出ていない。
契約は、俺が行えば終わりだけど、神殿の運営に関しては、ギルドに任せている。
事務手続きを行うのはギルドの役目だ。俺との契約があっても事務手続きが簡略化されるだけで、審査は受けてもらう。
「・・・。わかった。ルナと・・・。その為にも、神殿にいかなければならないのか?」
「そうですね。ルアリーナ嬢は、神殿のギルドで過ごしています」
神殿にはハーコムレイにも行ってもらう。
一度は、見ておいて欲しいと思う気持ちが強い。
これから、敵になるのか、味方で居てくれるのか?最悪でも、中立で居て欲しいと思う。ルアリーナの家族と争うのは避けたい。ルアリーナが敵になるのなら、それでも構わないが、家族と敵対する者を神殿から出したくはない。
俺の表情から、ハーコムレイも何かを感じたのだろう。
「リン=フリークス。大丈夫だ。俺たちがニノサ殿から受けた恩は・・・」
そこで言葉を切った。
ハーコムレイは、神妙な表情のまま、俺に向けていた視線をローザスの手元に向けた。
ローザスが何かを見つけたのだろう。書類の一枚を読み込んでいる。
何度も、何度も、上から下まで読み込んでいる姿は、今までにない真剣な表情だ。
ハーコムレイも、ローザスの仕草が気になったのだろう。
「殿下?何を・・・」
ローザスを見ると、難しい表情をしているように見える。
別室に通された ナナとミトナルは、リンと違う意味で、行動が出来ない状況になっていた。
別室に入ってすぐにマヤが妖精の姿になって、部屋から出て行ってしまった。
ミトナルとマヤは魂でつながっている。妖精の姿になっている者は、戻ってこようと思えばすぐに戻って来られる。戻って来られるという安心感から、久しぶりの王都を探索するつもりのようだ。
マヤも、妖精の姿では目立つのはわかっている。王都に行くと決まってから、準備を始めていたスキルを発動した。
マヤとミトナルは、妖精の姿になった時に、目立つだろうと考えていて、目立たなくなるスキルを探していた。
神殿には、いろいろなスキルを持つ者がいる。ギルドのメンバーもチート級のスキルを持っているのだが、マヤが選んだのはロルフが使っていたスキルだ。
ロルフが、いつの間にか現れるのは、スキルの恩恵だと知ってから、マヤとミトナルはリンにもギルドのメンバーにも黙って練習を行っていた。
マヤとミトナルは、スキルも共有している。主として所持しているスキルは、本人が実行しなければ十全の能力が発揮できない。マヤが取得したスキルをミトナルが使ってもスキルは発動する。アクティブスキルもパッシブスキルも両者に恩恵がある。
取得を目指していたスキルは、ミトナルとしても”ぜひ”ほしいと思えるスキルなので、ミトナルも協力して獲得を目指した。
”気配遮断”
王都に向かう前に取得に成功したスキルを発動した。
ミトナルには、マヤの存在は”感覚”で伝わってくるので認識は変わらないが、ナナには突然、マヤが消えたように思えた。
「ねぇミルちゃん?」
急に存在が消えたマヤを心配してナナは、辺りを見回してからミトナルに話しかける。
「マヤなら大丈夫ですよ。王都を散策すると言っていました」
ナナが何を聞きたいのかミトナルにはわかっている。聞かれると考えていたので用意していた答えを伝える。
「え?」
予想外のセリフが返ってきてナナは少しだけ戸惑の表情を見せるが、表情を戻した。
ミトナルが、何かを見せようとしているのがわかった。
ミトナルは困惑の視線が自分に向いていると認識して一つのスキルを発動した。
「スキル”気配遮断”」
マヤが取得したスキルのために、ミトナルにはまだ簡易詠唱が必要になる。マヤの能力の3-40%程度の能力になってしまう。
「ミルちゃん。スキル?」
ナナは、その場に居るミトナルの存在が希薄になったと認識した。
目の前に居るのに認識が朧気な状態だ。
こんな事が出来るのは、スキル以外にはありえない。
「うん。マヤが取得したスキル。気配を遮断して、認識ができない。認識が難しくなる」
ミトナルは、スキルの”表向き”の説明をナナに行う。マヤと相談して決めた事だ。このスキルは、”気配を遮断”するスキルではない。短縮詠唱を使っての発動なので、ナナとしても不思議に思っている。
「今は?」
ナナは自分が思った疑問をミトナルにぶつける。
少しでも情報を抜き取ろうとするのは、戦闘を生業にしていた時の癖のようなものだ。
「あっ。マヤが取得したスキル。僕が使うと、気配に敏感な人や僕が居ると知っている人には、効果が薄い」
情報を抜き出すようなナナの態度でもミトナルは気分を悪くしたりしない。
「マヤちゃんがスキルを使うとどうなるの?」
「認識しにくくなる。僕はマヤとつながっている。僕を見つけるのはリンでも難しいと思います」
「そう・・・」
ナナは、ミトナルが何かを隠しているとは思うが、これ以上は無理だと考えて話題を変えることにした。
「ミルちゃんは、これからどうするの?」
「”これから”?」
「そう、リン君は・・・」
「僕の存在理由は、リンと一緒に居る事」
「え?」
「リンが僕に”死ね”と言えば、僕は喜んで死ぬ。僕は、リンに生かされている。リンにもらった命だから、リンのために使う。マヤも同じ」
言い切るミトナルの表情をナナがしっかりと見つめている。無理をしていないのは表情からもわかる。そして、今までの行動や二人から聞いた話から、本気なのだとわかっている。
「なぜ?そこまで・・・」
当然の疑問だ。
ミトナルも、何度も聞かれたことなので、よどみなく答える事ができる。
答えるだけで真意が伝わるとは考えていない。
「リンは、僕の全て・・・。ただそれだけ・・・。マヤも同じ。同じだから、僕とマヤは一緒になった」
それだけ言うと、ミトナルはナナから視線を外した。
ナナも、これ以上は何も聞けないとわかっている。理解はできないが、ミトナルとマヤの気持ちは痛いほどによくわかる。ナナも、一人の男性に救われた。
当事者のマヤは、スキルを使って王都に飛び出していた。
(前に来た時にも感じたけど、本当に汚い場所だよね)
マヤは、王都が”汚い”と表現している。
リンにもミトナルにも同じように語っているが、二人にはあまり理解されていない。
マヤは、性質が精霊に近づいてしまったために、”悪意”を感じると汚いと思ってしまう。
しかし、久しぶりの王都にマヤは浮かれていた。
姿が隠せるようになって、前では入ることが出来なかった場所に潜り込むことも可能になっている。
マヤのスキルは、本人が望んだものだ。
獲得してからは、リンの眷属に頼んでスキルの使い方を考えて、熟練度を上げるように訓練を行っていた。
マヤのスキルは既に高いレベルで安定している。
それこそ、ブロッホなどの一部の者だけにしか察知されないレベルになっている。マヤに劣ると言っても、ミトナルも動揺nスキルを使う事ができる。人の姿の状態では、認識され難くなるだけだが、それでも実力者と呼ばれる者たちが、ミトナルが居るはずだと認識していなければ見つけるのは困難だ。他にも条件はあるのだが、ミトナルも高いレベルで安定して、マヤのスキルが使える状態になっている。
二人が、このスキルを身につけたいと思ったのは、リンが望む情報を盗み出そうとするときに必要になるだろうと考えたからだ。そして、普段では入ることができない場所でも、忍び込める可能性がある。
それ以外にも、リンは絶対に命じないとはわかっているが、暗殺を考える時にも使えるスキルだ。
ミトナルがマヤのスキルを使えるように、マヤもミトナルが所持しているスキルが使える。
そして、ミトナルのスキルには凶悪なスキルが存在している。
スキル:魔法の吸収、剣技の吸収、念話
ユニークスキル:鑑定
マヤが使っても、ミトナルが得られる吸収とは差がでてしまうが、それでも吸収は発動する。
今日のマヤとミトナルの目的は、王都にある貴族家や王家が所有する訓練所に潜り込んで、魔法と剣技を吸収することだ。可能なら、回復やバフ系の魔法を吸収したい。リンの眷属は優秀だが、後方支援が弱い。
リンの性格から、戦いになった場合に、マヤやミトナルだけではなくギルドのメンバーは理由をつけて、後方支援に回すだろう。どれだけ、スキルが優秀でもリンは前線に立つのは自分だけだと考えている。
横に立てればいいが、マヤとミトナルはリンからお願いされれば、従う以外の選択肢はない。
ミトナルのスキルでは、前線での活躍は期待ができるが、後方支援ではあまりにも弱すぎる。それだけではなく、ミトナルにはゲームの知識も欠落している。ギルドメンバーは、知識の多寡には差がでているが、それでもミトナルよりもゲームで遊んだ知識があり、リンからの指示を受けても動けている。
ミトナルとマヤは、指示を受けるが、指示の確認をしなければ動けなかった。
二人で相談をして、王都にいる間に、貴族家が抱えている魔法師から魔法を吸収して、近衛や護衛たちから剣技を吸収する。そして、教会が秘匿している魔法のスキルを吸収するのが目的だ。
マヤは、ミトナルと相談して、まずは教会に向かっている。
神殿と最初にぶつかるのは、教会勢力だと考えた。
ローザスが読んでいた書類をハーコムレイに渡した。
ハーコムレイもじっくりと読んでいるのがわかる。視線の動きからの判断だが、しっかりと読み込んでいるのだろう。ゆっくりとした動きで、視線を上から下に動かして、また上に戻る。複雑な書類なのだろうか?ハーコムレイの額に深い皺がきざまれていく。
「ローザス」
「ふぅ・・・。従兄殿も諦めればいいのに・・・」
「諦めきれないのだろう。そもそも、あの愚物が元凶なのだ。なぜ、生かしておく必要がある!」
ん?
元凶?生かしておく必要?
「なぁ俺が聞いてもいい話なのか?」
「ごめん。ごめん。リン君にも関係する話だけど・・・」
ローザスの歯切れが悪い。
今までになく、何かを言い澱んでいる。
「リン=フリークス。この書類は、今日の話には関係がない物だ。証拠固めが終わっていないことや、神殿勢力・・・。リン=フリークスとの関係を悪化させる可能性があるために、事情がわかってリン=フリークス・・・。人柄の判断ができてから話をする予定だったものだ」
「え?そこまで”説明した”ってことは・・・。”見せない”というつもりがないのだな?」
ローザスは、”にっこり”と笑ったが、ハーコムレイは眉間の皺を増やしてから、書類をテーブルの上を滑らせた。
書類を読んで良いのだろうか?
持ち上げて、内容を・・・。
おいおい。
「ローザス?」
「そうだよね。リン君への説明は、ハーレイではないよね」
ハーコムレイを見れば、ローザスに視線を固定している。
書類の内容を考えれば、ハーコムレイでも説明はできるのだろう。しかし、ローザスが説明をしてくれたほうが、納得ができる。
「頼む」
一言だけローザスに告げる。
書類の内容をなぞるようにローザスが語り始める。
サビニ・・・。母親のサビナーニが、王家から抜け出した。当時の話は聞いていた。
経緯も大まかには把握していた。話されていたのは、表の事情だけだったようだ。実際には、裏の事情の表側。おおやけになっても、王家や貴族社会に大きなダメージがない内容だ。サビナーニとニノサが悪いという印象を植え付けられる内容だ。
「・・・」
貴族の考えそうな内容だ。
「リン君?」
ローザスが窺うようなそぶりを見せる。
至って冷静だ。サビナーニとニノサの話として客観的に考えられる。しかし・・・
「大丈夫。聞いているよ。それで?そのクズは?生きているのか?」
「・・・。あぁ」
処罰ができなかったのか?
「王家が庇ったのか?」
「リン=フリークス!」
ハーコムレイが立ち上がる。
「なんだ?ミヤナック家も関係しているのか?」
テーブルをたたいて抗議の意思を見せるが、今までの流れから、本気でミヤナック家が関係しているとは考えていない。
どちらかというと、正面に座って、苦虫を噛み潰したような表情をしているローザスの・・・。王家が関係しているのだろうか?
もしかしたら、庇ったのは、国王か?
「違う。王家は、やつを罰しようとした」
予測は正鵠を得ている。ハーコムレイの言葉で、確信した。
「それなら?なぜ、生きている?」
王家が処罰したのなら、生きているのが不思議だ。
確実に、醜聞につながる。それだけではなく、生かしておくメリットがないだろう。幽閉して、時期が来たら”自殺”する流れだろう。
「それは・・・」
ハーコムレイも自分で言っていて、王家のやり方に納得ができていないのだろう。
自分で納得ができていない事柄で、他人を・・・。当事者に近い人間を説得できるわけがない。わかっているのだろう。被害者の家族に、加害者に近い者たちが、いかに言葉を並べても無意味なことが・・・。
それが、真実だったとしても、事実として認識ができないように追い込んだのは、加害者や加害者を擁護した者たちだ。被害者側が求める真実は、加害者の言葉ではない。被害者が納得のできる情報を提示して、被害者の疑問に、被害者にわかる言葉で説明ができる者が必要だ。そして・・・。そんな人物は存在しない。
「ハーレイ。いいよ。従兄殿は、教会に逃げ込んだ」
黙ってハーコムレイとのやり取りを聞いていたローザスが、ハーコムレイの肩に手をおいて座らせてから、まっすぐに俺を見て、隠さずに情報を提示した。
「リン=フリークス。王家は、やつをとらえようと・・・」
ハーコムレイが、王家を擁護しようとしたが、ローザスが手を上げてハーコムレイの発言を遮る。
「ん?教会にいるのか?宗教都市か?」
王国の中に存在するが、王国の権力が及ばない場所だ。
逃げ込むには最良の場所だ。そして、神の代弁者を語る者たちにとっても、王家の血筋は利用価値が高い。
教会の保護下で、子供を作らせて・・・。その子供は王家の血筋だ。教会と強いつながりがある新しい統治者として担ぎだすことができてしまう。
「そうだ。やつは、宗教都市で軟禁されていたはずだ」
ローザスも、教会を信じていないようだ。そして、王家でも、教会の機密情報は簡単には盗めないのだろう。
「そうか・・・。教会も敵なのか?」
一部の貴族だけではなく、教会が敵になるのか?
神殿が公開されれば、絡むことができない貴族・・・。アゾレムに関係する者たちから敵視されるのはわかっている。同時に、教会とも微妙な関係になるのは最初からわかっている。
「・・・」
「それは・・・。一部の者たちが・・・」
ローザスは、黙って頷いているが、ハーコムレイは何か気にしているのか?
それとも、この件を追いかけると、何か問題があるのは、王家ではなく、ミヤナック家なのか?
「それは、俺には関係がない。王家や貴族・・・。ミヤナック家は、教会の一部勢力と結託するのか?」
俺の問いかけに、ハーコムレイは苦虫を噛み潰したような表情をさらに厳しくしている。
ローザスは、ハーコムレイを見てから、俺をまっすぐに見る。
「リン君。王家の中にも、貴族の中にも、教会に協力する者たちはいる」
正直に答えてくれるとは思わなかった。
国の考えでは、公爵家は王家ではない(はずだ)そうなると、ローザスの身近にも教会に協力する者がいるのか?
ハーコムレイはローザスを見てから、下を向いてしまった。
辺境伯家は、王家ではない。
ローザスが第一王子で、跡継ぎのはずだ。
第一王女と第二王女は、嫁いでいるから、話の流れからは、王家とは言わないだろう。
第三王女は、神殿に匿っている。ローザスにも近いから教会勢力とつながっているとは思えない。
俺が考え込んでいると、ハーコムレイが資料の中にあった答えにつながる名前を指さした。
「そうか・・・」
前国王の側室の子供。
俺たちの二つ年上になり、現在まだ継承権を放棄していない。
宰相の血縁者だ。
「リン=フリークス。誓って言うが、ルナは、ルアリーナは、教会とは関係がない。ルナは、教会に近づいたこともない」
資料から視線を離したタイミングで、ハーコムレイがミヤナック家ではなく、ルアリーナが教会勢力とのつながりはないと断言した。
あまり、意味があるとは思えないが、ハーコムレイの心情としては、自分やミヤナック家は自らが守ればいいとしても、神殿に身を置いているルアリーナが心配なのだろう。
「ハーレイ。神殿にいる連中を疑ったりはしない。そもそも、教会に情報を流す意味がない。そうだ、教えてほしい」
「なんだ?」
「コンラートは、教会の・・・。枢機卿だよな?」
「・・・。そうだ」
「今回の件に絡んでいるのか?」
「・・・」
ローザスが、ハーコムレイを黙らせている。
「リン君が、なぜ”コンラート”の名前を出したのか気になるけど、今は聞かない」
「それで?」
「コンラート家が率いている派閥は、王家とは適度な距離での付き合いに留めて、教会の・・・」
「ん?」
「教会を本来の姿に戻すことを考えている」
「本来の姿?」
「あぁ・・・。それに関しては、僕から説明するよ。ハーレイもいいよね?」
よくわからないが、教会の中にも派閥が存在するようだ。
敵の敵は味方なのか、それとも、敵の敵もやっぱり敵なのか?
ローザスの説明を聞いてみなければ、判断はできない。
新しい関係を教会とも築けるのか?
新しい関係が、友好的な物でなかったとしても、神殿という新しいファクターを咥えた関係になっているのだろう。
ローザスの説明を聞いた。
ロルフから聞いていた話とは違う。多少の脚色が入っているのだろう。ローザスの説明では、教会にも、王国にも、都合がよすぎる。
「ローザス。過去の話はわかった。それで、現状の教会を教えてくれ、俺たち・・・。神殿の敵になりそうな連中がいるのだろう?」
ハーコムレイは頭を抱えてしまった。
「リン=フリークス。現状の理解は?」
「現状?教会の関係者はいるけど、よくわからない」
「そうか・・・。教会内部にも派閥があるのは知っているか?」
「派閥?知らないけど、派閥くらいはあるだろう?それがどうした?」
俺の返答を聞いて、ローザスは少しだけ困った表情をして、ハーコムレイを見た。
ハーコムレイは、ローザスでは言いにくい事なのだろう。説明を続けてくれるようだ。
「そうだ。その派閥が問題だ」
「ん?」
「リン=フリークス。教会の総本山が、一国の王都の中にあり、宗教都市と呼ばれているのを不思議に感じないか?」
「不思議?俺が産まれる前から、そう呼ばれていたのだろう?確かに、宗教都市と呼ばれているのは、違和感を覚えるが・・・」
そういう物だと認識している。
俺だけではないだろう、事情を知らなければ、国と宗教が密接に結びついていると認識するだけだ。
「宗教都市と呼ばれる経緯は・・・。歴史の勉強でもしてくれ、それよりも、リン=フリークスが感じた、”違和感”が問題だ」
「何が・・・。そうか、共依存になってしまっているのだな」
経緯はわからないが、”神”を名乗っている者たちが存在する世界で宗教は一定の権威と権力を持っている。どちらかだけなら、大きな問題にはならない。しかし、両方を持つと、それは”国家”と同じだ。そのために、国家の中に国家として存在する形になっている。
俺の考えが当たっているのか、ハーコムレイは目を見開いてから、頷いて肯定している。
ローザスは、それでも困惑した表情を浮かべるに留めている。
ここまでは、前段なのだろう。
「王家と教会は、目指すべき方向が同じだった」
ローザスが口を挟んできた。
ハーコムレイも、ローザスに説明を譲るようだ。
「”だった”?」
「そうだね。リン君の思っている通りだよ。以前の教会は、王家に協力して、民衆を・・・。違うね。正確に言うのなら、王家と一緒に、民衆を奴隷化していった」
「ローザス!」
「ハーレイ。いいよ。本当のことだ。王家と一部の貴族は、教会の力を使って、民衆から学習の機会を奪った。それだけではなく、戦う力を奪った。それだけでも、十分に悪辣なことだが、教会はそこから一歩進めた」
「それが、パシリカか?」
「そうだね。パシリカは、教会が行っていたのではない。神の権限を委譲された、各国の王家が担っていた」
「ん?」
俺がロルフから聞いていた話と違うが、今はローザスの説明を”是”としよう。
「それを、教会が各国から取り上げた」
「?」
「多分だけど・・・。リン君。神殿に、パシリカが行えるような施設が有ったよね?」
「・・・。祈りを捧げるような部屋がある」
「やっぱり・・・」
完全に話が横道に逸れてしまっている。
知りたい内容ではあるが、神殿で調べないとわからないことも多い。ロルフあたりなら何か知っているかもしれない。
「ローザス。教会は、宗教を弾圧したのか?」
「弾圧・・・。そうだね。国家間の争いを治めるという建前で、各国から、パシリカに必要な装置を没収した。神の名の下に・・・」
「神?」
「そうだ。パーティアック神の神託に従って、教会が強行した」
「ん?神は、一柱だけなのか?」
「違う。それが派閥にもつながっている」
「そうか・・・。教会の派閥は、神の力に関係しているのか?」
「以前は・・・。今は・・・」
「リン=フリークス。宗教都市は教会が仕切っている。その教会が一柱の神託で強権を発動できたのを不思議に思わないのか?」
「・・・」
ハーコムレイのいっている内容は理解ができる。
しかし、ローザスやハーコムレイが言っているのは、トリーア王家から見た歴史だ。判断できるだけの情報が与えられている状況ではない。
「ハーレイ。リン君に、この件で判断を聞くのは間違っている。僕たちが、判断しなければならない」
「わかっている。しかし、リン=フリークスは、神殿を得ている。教会に渡すことも、王家に渡すことも拒否するだろう。そうなると、神の争いに巻き込まれるのは・・・」
ハーコムレイは、その先の言葉は紡がなかった。
沈黙が場を支配する。
雑踏も、沈黙の中に消えていくような感覚になっていく、この場に居ながら意識は違う場所に飛ばされるような感覚に近い。
「リン君。君は、既に教会と王家派閥から狙われている」
「え?」
「教会は、二つの派閥が君を狙っている」
「二つ?」
「そうだ。君を抑えたいと思っているのは、エリフォス神を祀る派閥と、どこにも所属していないパシリカを取り仕切っている派閥だ」
「ローザス。パシリカを取り仕切っているのは、パーティアック神を祀る派閥ではないのか?」
「そう思うよね。それが、王家の罪につながる」
「え?」
ローザスが語るのは、罪というにはあまりにも愚かな行為だ。
パシリカの結果を、王家が秘密裡に収集して、国家運営に役立てようとした。
それだけを聞けば、いい事のように思える。有益なスキルを持つ者を国家で保護すればいい。力を持つ者に、力を発揮する場所を与えればいい。
しかし、王家と一部の貴族の考えは違っていた。
民衆が力を持つのを恐れたのだ。力を持った者を秘密裡に捕らえた。
存在しない神の名前を語った。
王家が用意した道筋を、教会は利用した。
新しく神を作り出した。人神。人が神になった。壮大なストーリーが用意された。そして、王家と結託した一部の教会関係者が力をつけるきっかけになった。
「今の話だと、王家と教会が結託して、パシリカの情報を握っているように思えるのだが?」
「そこは、安心してほしい。一部の聖職者は、いまだに情報を盗んで、売っているようだが・・・。今ではパシリカの内容は本人以外には知らせられなくなっている」
「ん?それなら、どうやって、情報を売っている?」
「スキルの力に頼っている」
鑑定のスキルとかか?
隠蔽が使われていると、判別できなくなる程度のスキルならいいけど、強力なスキルだとわかってしまう。
そうか・・・。
パシリカを受ける全員をスキルで見張れない。だから、一部の情報だけを売っているのか?
「それで?」
「今の教会は、パシリカを牛耳っている者たちの派閥が大きい。そのために、王家は教会には強く言えない状況になっている」
感想としては、”まぁ。そうだろう”以上は出てこない。
「王家が、クズの処分ができなかったのは、クズが属しているのが、その派閥なのだな」
「そうだ。他の派閥も黙ってはいなかったが・・・」
「まぁそうだな。貴族にも、教会とつながっているものたちが居たのだろう?」
「そうだ。僕たちは・・・」
「これからの話は、俺が聞いてもしょうがない」
俺の言葉で、ローザスは黙ってしまった。
「リン=フリークス。これからの話は、おまえに、違うな。おまえたちにも関係している」
まぁそうだろうな。
実際に、教会から狙われた女の息子がいる。そこから連れ出した男の息子でもある。義理だが娘もいる。他にも、第三王女も身を寄せている。そして、神殿の力が知られてしまえば、教会は黙っていないだろう。
普段なら足の引っ張り合いをする派閥関係も、協力して神殿を手に入れようとする可能性が高い。
既に狙われるだけの下地ができあがっている。
しかし、それは教会から狙われるだけの話ではない。王家からも狙われる可能性が高い。そして、王家から距離を置いている貴族からも狙われる可能性は高い。
リンが、ローザスやハーコムレイから教会と王家の関係について話を聞いているころ、狙われても不思議ではない一人であるマヤは妖精の姿のまま、姿を隠してミトナルとナナと一緒に王都を見て回っていた。
ポルタ村と違って王都は人が多いのは当然だとして、他にもいろいろ見たいものが多い。
マヤは好奇心の赴くまま王都の中を移動していた。
ミトナルとナナは、マヤの行きたいという方向に進んでいる。
「このまま行くと、宗教都市に行くけど?」
「え?何か、問題でも?」
ナナの問いかけにミトナルは不思議そうな表情で答える。
「え?聞いていないの?」
ナナは、ミトナルがリンから聞いていないかったのが不思議に思ったのだが、実際にはリンも教会と自分たちの関係を知らなかった。
ナナとミトナルは、マヤに聞こえないように小声で会話をしている。実際には、ミトナルとマヤはつながっているので、話を内緒にするのは不可能なのだが気分の問題と様式美として内緒話をしている。
「何を?」
「無理やり、リンの母親・・・。サビニを奪おうとしたクズ貴族を匿ったのが宗教都市の当時の教皇よ」
「え?」
「そして、サビニに子供が産まれると、宗教都市に寄越せと言ってきたクズでもあるわよ?ニノサがサビニを連れ出さなければ、宗教都市に連れていかれる所だったのよ」
「なに・・・。それ?そのクズは生きているの?」
「そこまでは知らないけど、王家なら何か掴んでいるかもしれないわね」
「うーん」
「どうしたの?」
「ナナ。正直に言っていい?」
「いいわよ?」
「もし、リンとマヤに手を出してくるようならつぶしてしまえばいいでしょ?」
「でも、そうしたら・・・」
ナナは、宗教都市に向かっている集団を目線で捕らえる。
パシリカを受けに来ている者たちだ。
「それなら問題はない」
「え?」
「リンの神殿でも、パシリカの様なことができる。多分、ロルフの言葉を借りれば、パシリカの上位互換」
「は?なんで?あれは・・・。教会は・・・。え?」
「詳しいことは、僕にはわからない。ロルフが言うには、パシリカはもともと、神殿の権能でスキルを与える儀式だと言っていた。スキルの種を埋め込んでから訓練をする。埋め込まれたスキルの種の発芽を確認するのが、パシリカだと言っていた。今、教会が行っているのは、潜在的に持っていたスキルの確認だけ、実際にパシリカを受けなくても、スキルが使える。ただ、スキルの種類がわからないから”使えない”と錯覚している」
「うそ」
「真相はわからない。でも、ロルフの言っていることは正しいと思う」
「なぜ?」
「ナナ。ミアは、人?魔物?」
「え?ミアちゃん。教会は認めていないけど、種族は人ではないけど、人でしょ?獣人族という人だと思うわよ?」
「うん。あと、少ないけど、エルフ族やドワーフ族もいるよね?」
「そうね。種族は違うけど、人と呼ばれる者はいるわ」
「ジャッロやヴェルデやビアンコやラトギは、魔物に区別されるけど、進化した彼らなら人と言われてもわからないよね?大きさは別にして・・・」
「そうね。そう考えると、人って何?」
「難しいことはわからないけど、”神”の祝福を持っているのが人だと、ロルフは言っていた。だから、ラトギは人だけど、オーガは人ではない」
「??」
「僕もよくわからない。でも今は関係ない。ナナ。ミアは僕たちと・・・。神殿に来る前にもスキルを使っていた」
「えぇそれはなんとなくわかるわ。彼らは、自然と・・・。そういうことね」
「うん。エルフもドワーフも、もちろんミアも、宗教都市でパシリカを受けていない。でも、スキルは使えている」
「それは、種族的な・・・。あぁだから、知っていれば使えると考えるわけね」
「うん。エルフとドワーフ。ミアも、”種族的に、このスキルは使えるはずだ”と考えてスキルを発動している。パシリカを受けなくても、スキルの発動ができる証拠」
「でも・・・」
ナナは、何か反論が出来るのではないかと考えたが、自分の常識を照らし合わせても、反対の考えが思い浮かんでしまう。
「僕も確証はない。でも、ロルフの話や、僕とマヤが経験したことから、神殿ならできるとおもう。リンなら、なんとかしてくれると思う」
「そうね・・・。ニノサが居たら・・・。教会が何もしないことを祈っているわ」
「うん。それがいい。出された手を切り落とすくらいなら、本体をつぶそうと考える」
「出された手を握るという選択肢はないの?」
「握ったままで、刺されたい?」
「・・・」
「僕たちは鏡」
「鏡?」
「善意には善意を、悪意には悪意を、ただそれだけ」
「ねぇミルちゃん」
「何?」
「ミルちゃんの判断基準は危ないわよ?」
「わかっている。僕は、リンが全て、リンが居れば・・・。なにもいらない。最近、それにマヤが入った。そして、神殿が入った。リンが大切だと思うから僕も大切だと思う。だから、神殿に悪意を向ける者は僕の敵。敵なら倒す」
「一人では限界があるわよ?」
「うん。わかっている。リンには、頼れる仲間が居る。リンのためなら死んでもいいと思っている者たちも多い。だから僕だけじゃない」
先に移動してしまったマヤが、二人が話し込んでいるのに気が付いて戻ってきた。
話は聞いていなかったが、雰囲気は察している。
マヤは、空気を読めるようになってきた。
今までは、狭いコミュニティーの中で生活をしていた。リンの関係者と言え、多くの違う価値観を持つ者たちと接することで、マヤも自分の考えを押し通すよりも、場をまとめる方が自分の意見を通しやすいと知った。
『あれって、パシリカを受けに来た子たち?』
マヤが指さした方向を見れば、また違う団体が宗教都市に吸い込まれるように入っていく。
『ナナ。あの人たちは、どこから来たの?』
「服装から考えると、北方連合国だと思うけど・・・」
『へぇ他国からも来ているの?』
「そうね。パシリカが出来るのは、宗教都市だけ・・・。だと、言われているから・・・」
先ほどの、ミトナルとの話が引っかかって、断言するのに躊躇いを感じた。
『ふぅーん。神殿でもパシリカができるようになれば、神殿を訪れる人が増えるよね?』
「そうだ!ナナ。聞きたいことがあった」
「何?ミルちゃん?」
「僕たちは、宗教都市でパシリカを受ける時に、金銭を渡していない。話を聞いて、教会が”ただ”で儀式をやってくれているとは思えない。たしかに、情報を握るという意味ではメリットはあるけど、それだけのために、得られるはずの金銭を放棄するような行為を行うとは思えない」
「あぁ。教会は、トリーア王国からは、表面上は金銭を受け取ってはいないわよ」
「表面上は?」
「そ、領主にしろ、王家にしろ、優秀なスキルを持っている者は囲い込みたい」
「スキルの取得情報を売っているの?」
「教会は、トリーア王国の人間からは、金銭を取らないと明言している。その裏でスキルの取得情報を売っている」
「ナナの言い方では、トリーア王家以外からは、金銭を受け取っているみたいだけど?」
「受け取っているわよ?国によって金額が違うらしいけど、詳細は教会の秘事だと教えてもらえなかった。どうやら、教会に友好的かどうかで判断しているみたい」
「へぇクズだね。つぶした方がいい?リンなら、そんな面倒なことはしない。本当のパシリカを公開してしまうかもしれない」
「え?公開?」
『ミル。本当のパシリカって、この前、ロルフが言っていた”やつ”?因子がどうとか言っていた”やつ”?』
「そう」
『なんか、リンがいろいろ実験していた”やつ”だよね?』
「そう」
『公開しても大丈夫なの?』
「わからない。リンは、教会と王家への切り札にしたいらしい」
『へぇ・・・。難しいことを考えるね』
ナナは、マヤとミトナルの会話をそれだけで終わりにしてしまう二人と、恐ろしいことを考えているリンの思考に震えを覚えつつ、ニノサとサビニの子供は立派に育っていると嬉しくおもうことにした。
パシリカを受けるためにできていた行列を眺めているだけでは面白くないのか、マヤは飽きてしまって、別の場所に移動すると二人に告げた。
ローザスから話を聞いて考えがまとまった。
神殿でもパシリカを行う。教会が行っているパシリカとは違う方法で・・・。ロルフが言っている本当のパシリカを公開する。
あと可能であれば、ミヤナック家や王家に近い貴族家でも同じように、本当のパシリカを行わせたいが、時期尚早だろうか?
教会と敵対するのは確実だ。そして、貴族の一部からも反感を持たれるだろう。
そのためにも準備は必要だ。
すぐに公開しても意味がない。
「ハーコムレイ。神殿でパシリカを行うとして、例えば、ミヤナック家でも現在のパシリカと同じようなことができる道具が用意できたとして、使うか?」
「どういうことだ?」
ハーコムレイの疑問は当然だ。
「今、教会がおこなっている”パシリカ”という行事は、本当のパシリカではない」
「え?」「は?」
「そうなるよな。俺も、神殿で事実を知った時には驚いた」
「リン=フリークス!」「リン君?」
「説明するから落ち着けよ」
二人に、ロルフから聞いた話と、実際に神殿で行った”パシリカ”を説明した。
「・・・」
「リン=フリークス。貴様の言っていることは、”理”にかなっている。しかし・・・。教会と王家が本当に隠したかった事は・・・」
「パシリカで、スキルが”芽生える”という話は間違っている。本当のパシリカは、”新しいスキルを覚えさせる”が正しい」
「何が違うのだ?」
「ローザス。あぁハーレイにも聞きたい。魔物と言われる生物もスキルを使うよな?」
「あぁ」
ハーコムレイは、俺の話を聞いて何かを考えていたようだが、呼びかけに肯首でこたえてくれた。話はしっかりと聞いているようだ。
「亜人と呼ばれる人たちも、固有スキルだけど使うよな?」
「・・・。そうだな」
ハーコムレイは、何かに気が付いたようだ。
ローザスも、俺の話を肯定してくれているが、何かにきがついたようだ。
「不思議に思わないのか?」
二人に視線を向けてから聞いてみた。
「・・・」「リン=フリークス。魔物がスキルを使うのは、そういう種族だからではないのか?エルフやドワーフも同じだ。獣人族と呼ばれる者たちも、固有スキルを持っていると言われている。だが、人は固有スキルを持っていない。だからこそ、パシリカでスキルを得るのではないのか?」
ハーコムレイの疑問は当然だと思うが、自分が答えをいってるのには気が付いていない。
「ハーレイ。人は種族的な固有スキルを持っていない。そうだな」
「あぁ。人族には、”ジョブ”が存在する」
ロルフに指摘されるまで俺も勘違いをしていた。
人族は、固有スキルがない代わりにジョブを持っていて、ジョブに関連したスキルが芽生える。
”白い部屋”でのやりとりを思い出しても、ジョブに関連したスキルが固有スキルだと考えてしまっていた。
「ハーレイ。それは違う。獣人族にも、それこそ魔物にも、ジョブは存在している」
「それは・・・。”名持ち”だからではないのか?」
そう考えるのも当然だ。
しかし、それでは説明ができない事象が多い。特に、魔物と呼ばれている者たちは、ジョブを持っていないと思われていた。しかし、俺の鑑定では、ジョブは存在している。空白になっている者も多いが、種族が明記されている者もいる。種族とは別の種族名が明記されている者もいる。進化している者や、”名”を持ったことで、種族名ではなく”ジョブ”として認識したのだろう。
魔物は、種族=ジョブだと考えても大丈夫だ。
「それだとしても、”ジョブ”が存在しているのは間違いない」
「・・・。リン君。ジョブとスキルは違うよね?」
ローザスが、ジョブとスキルが違うと言い出している。
意味合いは違うが、ジョブもスキルに関係している。しかし、ジョブとスキルは違う物だ。ジョブは、指標でしかない。特性と言い換えてもいいのかもしれない。しかし、スキルは明確に力に直結している。
「そうだな。ハーレイ。人族と獣人族と亜人に何か違いはあるのか?まぁ魔物は少しだけ違うけど、そうだな”名持ち”の魔物を入れてもいいかもしれない」
実際には、魔物と呼ばれる者たちにも違いは存在する。
意識がある者たちと、意識がない者たちだ。その違いに関しても、ロルフは何かを知っているようだが、まだ教えてもらえていない。今のところは、明確な違いは”意識”だけなのだが、その意識が”スキル”や”ジョブ”に関係している。
「・・・。違い?」
ローザスも何かを考えている。
「そうだな。スキルを持っていて、ジョブを持っていて、言葉によるコミュニケーションができる。それぞれの文化を持っている。なぁローザス。ハーレイ。何が違うか説明してくれないか?」
二人は黙ってしまった。
姿かたち以外の相違をあげることはできない。知識に関しても同じだ。教育を受けているかどうかを二人は上げなかった。上げられても困らない。そうしたら、教育を受ける環境の違いをいえばいい。そうしたら、”種族”としての違いではない。環境の違いだけになる。
ようするに、産まれてからの”環境”が違うだけだ。
「すまん。今は、意味のない質問だ」
二人が考えてしまったことで、話を元に戻す必要を感じた。
質問を取り下げるだけで、二人にはしっかりと考えてほしい。種族の違いとそれが産まれた意味と、現状の歪な状況を・・・。
「話を戻すけど、本来のパシリカは教会が行っている”スキルの確認”ではない。新しいスキルを芽生えさせることだ。そのうえで、あらためて確認したい。ミヤナック家に”本来のパシリカ”ができる道具や施設があったら使うか?」
「リン=フリークス。答える前に、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「実際にそんな道具や施設があるのか?」
「ある」
「・・・。そうか・・・。”本来のパシリカ”で得られるスキルには制限はあるのか?」
「存在しない。しかし、パシリカで芽生えるのはスキルの種だと言ってもいい。そして、人にはスキルの枠組みのような物が存在する」
「え?」
「枠組みの話は、今は忘れてくれ、あとで説明する」
「わかった。スキルの種とは?」
レベルの話ができれば簡単だけど・・・。
「そうだな。テイマー系の、魔物を使役できるスキルがあるとしよう」
「あぁ」
「そのスキルを得たからといって、すぐに”ドラゴン”の使役はできない」
「当然だな」
「スキルの種は、”スキルを得る”きっかけを与えるだけだ。そこから、スキルを芽生えさせる訓練を行う」
「訓練?」
「あぁ今、神殿で試している。特性に合っていなくてもスキルの種は植え付けられる。芽生えまでは行えるだろうけど、そのあとでスキルとして使うことができるのかは、努力次第だ」
「ん?」「そうか・・・・」
「ローザス?どうした」
「リン君。神殿の・・・。”本当のパシリカ”が廃れた理由がわかったよ」
「”努力が必要”なことだろう?皆にも、指摘された」
「・・・」「リン=フリークス。あとひとつだけ教えてほしい」
「なんだ?」
「スキルの種は、どんなスキルでも可能なのか?鑑定を持っていない者に鑑定を覚えさせることはできるのか?」
「できる。条件はある」
「条件?」
「スキルの種と呼んでいることから想像ができるとおもうが、種を植えるのには畑が必要だ。その畑は、大きさが決まっている。訓練で畑を広げることはできるが、スキルを芽生えさせる努力よりも大変かもしれない」
「ねぇリン君。その方法を、公開するつもりなの?」
「そのつもりだ。あぁまだ条件というか、お願いに近いのだが・・・。ルアリーナは、短弓と長弓のスキルを持っている」
ハーコムレイが頷いていることから、聞いているのだろう。
「例えばだが、ミヤナック家では、”弓”と”赤”のスキルの大家を目指さないか?」
「例えばだが、ミヤナック家では、”弓”と”赤”のスキルの大家を目指さないか?」
ハーコムレイが目を見開いた。
「王家は、”白”か?アデレードに適正があって、神殿で訓練をしている。転移は、難しいけど、”白”として癒やしを与えるくらいにはなっていると思う」
ローザスがテーブルに手をついて体を乗り出す。
「他にも、神殿に友好的な貴族家に”パシリカ”の儀式が行える道具を貸し出す」
ハーコムレイとローザスは、お互いの顔を見た。
ローザスが、テーブルの上に置いてあったカップを取り上げるが、中身がない。部屋から離れていたメイドを呼んで、新しいカップと飲み物を持ってくるように指示を出している。
俺とハーコムレイのカップからも湯気が消えている。
4人のメイドがカップを持って部屋に入ってきた。新しいお茶請けも持ってきてくれた。
紅茶は、俺たちから見える場所で入れるのがマナーのようだ。ローザスだけではなく、ハーコムレイも毒殺を心配しなければならない身分だ。俺は毒は(多分)効かないから気にしない。
「これは?」
ハーコムレイの指示ではないようだ。
ローザスと同席していることや、ローザスが手を伸ばしそうな物だったのか?
食べ物には警戒心が働くのだろう。
「はい。一度外に出かけていたナナ様たちが、リン様に食べてほししいと持ってきた者です。毒の確認はいたしました」
「そうか、ありがとう」
メイドがしっかりと説明したことで、ハーコムレイがお茶請けを受け取った。
新しいカップに紅茶が継がれていく、最後に残った紅茶をハーコムレイに説明をしたメイドが小皿に少しだけ入れて、飲み込んだ。
4人が頭を下げてから部屋を出ていく、扉が閉められたことを確認して、ローザスがカップを持ち上げて口をつける。
「リン=フリークス。わが家や王家で、スキルを好きに与えるようになるのか?」
「正確には・・・。違う。スキルの種を埋め込む・・・。あぁ今、教会が行っているニセモノのパシリカが行えるようにはなると思うぞ?」
「リン君。それがどんな・・・。いや、わかって言っていると思うけど、君の・・・。神殿のメリットは?」
「神殿を隠すのが目的だな。すぐに、神殿に辿り着けるとは思うけど、王家やミヤナック家がパシリカを行いだせば、教会は対応を考える必要がでてくる。神殿が大本だとわかっても、すぐに手を出せる状態ではない。違うか?」
ローザスは、俺の言葉で納得ができないようだが、ハーコムレイはすこしだけ考えてから口を開いた。
「リン=フリークスの求める物はなんだ?先ほどの話は、メリットではない。実際に、パシリカを渡さなくても、何もしなければ、神殿の存在は秘匿できる」
「そうだな。でも、俺は神殿を公開したい。王家やミヤナック家に利権の一部を渡してでも、アゾレム家をつぶしたい。母を、サビニ=フリークスを追い込んだクズを始末したい。父を・・・。ニノサを殺した連中を破滅させたい」
「・・・。ハーレイ。王家は、僕の権限で、神殿の主からの要請を受けるつもりだ」
「ローザス!」
「わかっているだろう?王家にとってメリットしかない。神殿の利便性を考えればメリットが大きい。宰相派閥の連中が仕切っているマガラ渓谷を通過できるだけでも大きなメリットだ。そして、僕の結婚だけではなく、アデレードの身柄まで要求してくる腐った教会を排除できる可能性がある。王家から出ていくものは・・・」
「それが問題だと言っている!ローザス。わかっているのだろう?国を割るぞ!」
「すでに割れている。ハーレイ。違うか?もう修復なんてできない。僕たちがなんとか踏ん張っている状態だ。いつまで持つのか・・・。少しでもかじ取りを間違えれば、宰相たちの暴走は止まらない。教会の常識派が居なくなってしまう。そうなってからでは、遅い。そして、残念なことに、すでに手遅れな状態だ。父は、何も手を打たない。父は、もうなにもしないだろう。もう終わってしまっている」
ローザスは、言い切ってから、湯気が出なくなってしまっているカップを見ている。
ハーコムレイは、何かを言おうと立ち上がったが、ローザスの言葉を聞いて、座りなおした。俺を見るのではなく、天井を見ている。
「リン君。父は、国王はもう何もしない」
「え?」
「サビナーニ殿が王宮から逃げ出した時に、心を壊してしまった」
「え?ん?なぜ?」
「”なぜ”という質問は、僕が答えられる言葉を持ち合わせていない。リン君、不思議に思わないかい?国王は、寵姫を持たないでいる。後継者も、僕とアデレードだけだ」
「ん?アデレードは、第三皇女だよな?」
「そうだね。形だけのアデレードには姉がいることになっている。父とも母とも、もちろん僕とも血のつながりはない」
「え?」
「教会の連中が、”神託”と言って・・・。国王には、それに逆らう意思はなかった。でも、母はあきらめないで、アデレードを産んだ」
「ちょっと待ってくれ、俺にそんな話をしても・・・」
「ふふふ」
「・・・」
「アデレードが産まれたことで国王は”自分の役割は終わり”だと宣言をした。そして、宰相に全てを任せてしまった。それでも、最高権力者として権限だけは渡していなかった。国王である父は死んでしまった。しかし、父として俺に残してくれるものだけは守りたかったようだ。国王としても、父としても、人としては母が支えているからなんとか踏みとどまっている。毎日・・・。庭に植えているバラの手入れだけが生きがいの人になってしまっている」
ローザスは、カップに向って独白するように呟いている。俺に説明しているのではない。本当に”独白”なのだろう。自分でも何を言っているのかわかっていないのだろう。
今までハーコムレイにしか打ち明けていない内容なのかもしれない。
ローザスの”独白”を聞いて、いろいろな事がつながった。
不思議に思っていたことが・・・。最後のピースが与えられた感じだ。
ローザスが王太子なのに権限が著しく少ない。王都に居た時間は少ないが、それでも不自然なくらいに国王の話は聞かなかった。国王だけではない。王族の話を聞くこともなかった。
そしてアゾレムが”男爵家”なのに権力を握っているのが不思議だった。
他にも、教会の力がもともと大きかったことはわかるが、王家が拒絶すれば引かざるを得ない。形だけだとは思うが、王家が譲歩している。遠慮しているといってもいいくらいだ。
ローザスは、何かを考えている。
そして・・・。
カップに残っていた飲み物を一気に流し込んで、勢いよくカップをソーサーに戻す。
「ハーレイ。これはチャンスだ。違うか?」
「・・・。ローザス・・・。リン=フリークス。ミヤナック家の最終決定は、父がするが・・・。貴殿の提案に、ミヤナック家も乗ろうと思う」
「ありがとう。神殿からは、アデレードはダメだろうから、ルアリーナとサリーカとフェナサリムが説明を行う。ミヤナック家を訪ねればいいか?」
二人を見るが、ハーコムレイは渋い表情をしている。
ルアリーナは、ローザスの婚約者だ。ローザスが会いに行くのには問題はないだろう?
「リン=フリークス。わが家への配慮で、ルナの名前を出してくれたとおもうが、教会の連中がおとなしくなるまで、アデレード殿下と一緒にルナも神殿で匿ってほしい」
「・・・。わかった。教会関係か?」
「そうだ。命までは狙われていないと思っていたが、最近の教会のやり方を考えると・・・」
「わかった。ローザスとハーコムレイが神殿に来るのは難しいよな?」
二人はお互いを見てから、”無理”だと口にした。