ボクは、家の隅から隅まで駆け廻った。

何処にも紫の姿は無い。
残るは、この西奥の和室だけだ。
キッチリ閉じられた襖の向こうには、微かに人の気配がしていた。

「紫…?」

慎重に声を掛けてみる。
でも、返事は無い。

「入ってもいい?」

 やはり、返事は無かった。
もしかしたら、声が出せない状態なのかも知れない。

「入るよ!」

 ボクは思い切って、襖を開けた。

タン──!

 大きく開け放った其処には、長い黒髪を華奢な背に垂らした性別不祥の人物が、虚ろに宙を見上げて座り込んでいた。

破れた障子。
蜘蛛の巣だらけの天井。

散らかってはいないけれど、どこもかしこも灰色の綿埃が堆積している。

「…紫…くん?」

 恐る恐る声を掛けるが、華奢な背はピクリとも動かなかった。

死装束の様な白い着物と袴を身に纏い、何かをジッと見詰める様に、いつまでも虚空を眺めている。

「あの…君、紫…だよね?」

 ゆっくりと近付いてしゃがみこみ、もう一度声を掛けてみる──すると。

白装束の人物が、突然ボクを振り向いた。
長い髪を振り乱し、いきなりガバッと覆い被さって来る。

「ぅわ!」

 バタンと畳に押し倒されて、ボクの視界が反転した。

色褪せた天井画が見える。
胸の上には小さな頭が乗っていて…枯れ枝の様に細い腕が、首に確り巻き付いていた。

「紫…??紫だよね?」

 静かな声で訊ねると、ボクの胸の上で、小さな頭がコクリと頷いた。