そこまでの話を訊いて──ボクは、自分が無意識に緊張していた謎が解けた気がした。

今から向かう先には、《黄泉の国》の入口がある。それを、神子の本能が察知していたのだ。

 漠然とした不安が胸に迫り、どうにも気持ちが落ち着かない。蒼摩が苛立っている理由も、これと同じなのだろう。

 真織が《狐霊遣い》である訳も理解した。

善と悪──二つの顔を持ち併せる精神の不安定さは、《黄泉比良坂》という、生と死の境界に立って生きる行者の宿命なのだ。

 まるでパズルのピースが合わさる様に、あらゆる出来事がピタリピタリと符合する。…何やら恐い程だ。

ボクが、こうして向坂家を訪れる事になったのも、恐らく偶然などではない。

全ての事象に何等かの理由があるのだ。

 暫くして…車は県境を越えた。
幾つもの村や町を行き過ぎ──やがて、大きな街の郊外に出る。

 真っ赤に色付いたナナカマドの街路樹。
外国の石畳を思わせる様な、インターロッキングの道を右折して…ボク等は、とある小さな病院に到着した。

 正面入口の前に立ったところで、改めて建物の全容を見る。

ガルバリウム鉱板の外壁と、傾斜のキツい屋根。周囲の景観を考慮した、落ち着いたデザインだ。

ステンレス製の看板には、細いフォントで品良く《向坂クリニック》と書かれた文字が彫り込まれている。

天然の緑で囲まれたシンプルモダンな外観が、如何にも彼の職場らしかった。

 建物の中は、大勢の患者で犇(ヒシ)めいている。待合室は、既に立錐(リッスイ)の余地も無い。

間もなく診察も終わろうかという時間だったが、受付を済ませた途端、診察室から真織本人が姿を現した。

「やぁ、いらっしゃい。」

 穏やかな微笑みが、ボク等を出迎えてくれる。《狐憑き》だなんて…とても、そんな風には思えない。

 白衣に身を包み、シンプルなフレームの眼鏡を掛けた真織は、信頼出来る優秀な青年医師にしか見えなかった。