*
(……遅いなぁ…)
天狗の籠屋は待てど暮らせどなかなか来なかった。
あたりはもうどっぷりと日が沈み…灯りはゆかりさんの持った袋に入ってたから、暗くてほとんど何も見えない。
俺の住んでた世界ではこんなに暗い夜はなかった。
深夜でさえも街灯や各民家から漏れる光があったし、一日中開いてる店だってたくさんあるんだから。
だけど、こっちにはそんなものはない。
あるのは星や月の光だけだ。
この世界の月は、俺たちの世界の月よりなんだか大きいような気がする。
しかも、形が変化するのがずいぶんと遅い。
多分、惑星の配置の違いから、そうなるんだろうな。
今は新月なのか、月はほとんど見えないから、いくら星が綺麗だっていってもあたりは相当暗い。
ごくたまにすれ違う人がいるくらいで、街道もひっそりとしてるし……不気味だ。
「うがーーー」
「うわっ!びっくりした!」
背中の一人が大きな声を上げた。
それをきっかけに、ほかの二人も同じように騒ぎ出した。
腹が減ってるんだ。
「辛抱してくれ。
食料はゆかりさんが持って行ってしまったんだ。
俺は何も持ってないし、町まではまだ遠い。
な、今夜はおとなしく寝てくれ。」
俺がそう言っても、三人はおとなしくなるどころか、背中の籠の中で泣きながら暴れ始めた。
「こらこら!暴れるんじゃない。」
(そうだ…)
「ね~んね~ん、ころ~りよ
おこ~ろり~よ~♪」
俺は歩きながら古い子守唄を歌った。
そんなものがこいつらに効果があるのかどうかはわからないが、今の俺にはそのくらいしか出来ることがなかったから…
それにしても「ころり」とか「おころり」って何なんだろう?
子守唄にしては、なんだか切なすぎるメロディと歌詞だよなぁ……
そんなことを考えながら歌い続けていると、いつの間にか俺の頬を熱い涙が濡らしてた。
(なんで、こんなことになっちゃったんだろうなぁ…)
暗くて寂しくて…腹が減って、疲れてて……
それでも、俺は歌いながら町を目指して歩くしかなくて……
「うぅっ…じいちゃーーーん!
俺、帰りたいよーーーー!」
*
「とってもおいしいよ。
ゆかりさんは、料理が上手だね。」
「ば、ばか!こんなの、切って煮込んだだけじゃないか。
料理なんて呼べるようなもんじゃない。」
「そんなことないよ。
この味付け、すごくうまいと思うよ。
それに、切り方も綺麗だ。」
「……もう良いって。」
僕は思ったままを言っただけなのに、ゆかりさんはぷいと背中を向けてしまった。
なにか悪いことでも言ってしまったのかなぁ…?
「でも、本当に良かった。
ゆかりさんが、デラックスのことを教えてくれなかったら、僕はなにも知らず宝の持ち腐れになるとこだった。」
「雑貨屋で見たことなかったのか?
あんた、都会から来たんだろ?
大きな町の雑貨屋にはたいてい売ってるはずだけど……」
僕が話しかけると、ゆかりさんがゆっくりと振り向いた。
それほど怒ってるってわけでもなさそうだ。
「あ…あぁ、僕、まさか自分が旅に出るなんて思ってなかったから、見てもきっと頭の中を素通りしてたんだね。」
「そういうもんかねぇ…あたいなんて、買えるはずはなくても、気になって見てしまったけどな。
それにしても、こんな高価なデラックスや籠パスを持ってるなんて、あんた、お金持ちなんだな。」
「そうじゃないよ。
僕の家はどちらかっていうと貧乏で……
あ…慎太郎さんの家がお金持ちなんだ。
だから、僕が慎太郎さんを探しにいくことになった時、こんなにいろいろ準備してくれたんだ。」
「へぇ、そうなのか。
あんたの方がずっとお金持ちっぽく見えるけどな。」
ゆかりさんは、そう言いながら、納得がいかないように首をひねった。
そういえば、僕はおじいちゃんに服を買ってもらう前には、あの白い着物一枚しか持ってなかったんだよねぇ…
ずーっとそればっかり着てたから、もうすっかりすりきれてたよ。
なんでおばあちゃんもさゆりさんも僕に服を買ってくれなかったんだろう…?
それって、やっぱり、貧乏だからだよねぇ…
慎太郎さんがこっちの世界に来るようなことにならなけりゃ、僕はきっと一生あの白い着物を着て…もっと擦り切れてぼろぼろになってもきっと新しい服は買ってもらえなくて…あの薄暗い部屋の中でテレビを見るだけの毎日を過ごしてたんだろうな。
いま、こんなに格好良い服を着て、あちこち旅をできるのは慎太郎さんのおかげだね。
(慎太郎さん…ありがとう…)
僕は心の中でそっと呟いた。
*
「じゃあ、そろそろ寝ようか。」
「あ、あたいは…外で寝るから。」
「遠慮しなくて良いよ。
狭いけど、三人くらい寝れるから。」
「で、でも……」
ゆかりさんは、なぜだか部屋に入りたがらなかったけど、女の子を野宿させるわけにはいかない。
僕は無理にゆかりさんを部屋の中に押し込んだ。
「ゆかりさん、どっち側に寝る?」
「あ、あ、あたいは、ここで良いよ。」
そう言うと、ゆかりさんは部屋の片隅に座り込んで身を縮めた。
「布団も狭いけど、くっついて寝れば三人くらい寝れるよ。」
「い、いいんだってば!
あたいには甲羅が付いてるから、横になると眠りにくいんだ。
特にそういうふかふかした布団は……」
「そうなの?……じゃあ……」
僕は布団を部屋の片側にひっぱった。
布団の下は畳に似た麻みたいなものだから、それだったらゆかりさんにも良いかと思ったんだ。
「さ、ゆかりさん、ここに寝て。」
「あ、ありがとう。」
ゆかりさんはようやくそこに来たけど、横にはならずになんだそわそわしてる。
「さ、でかめも……」
「あ、でかめはこっちだ。」
僕がでかめを壁側に寝かせようとしたら、ゆかりさんがでかめを引っ張ってそれとは反対側に寝かせて、それから、ゆかりさんもでかめに寄り添うように横になった。
「じゃあ、明かりを消すよ。」
「あ、明かりはあたいがあとで消すから……」
「……そう?わかった。」
「ねぇ、ゆかりさん…ゆかりさんは、慎太郎さんと偶然会ったってことだったけど、一体どこに行くつもりだったの?」
「どこって……特にあてはなかったさ。
ちょっとしつこいかっぱに出会ったから、そいつから逃れるために適当に旅してただけだ。」
「そうだったんだ。ゆかりさん、モテるんだね。」
「好きでもない奴にモテたって仕方ないだろ!」
ゆかりさんは、よほどそのかっぱがいやだったのか、ひどく不機嫌な声を上げた。
「……あ、ご、ごめん。」
「ううん、僕の方こそ無神経なこと聞いてごめんね。」
僕がそう言うと、ゆかりさんは束の間黙り込んで、そしてぼそっと呟いた。
「……あんた、あたいがかっぱでも全然差別しないんだな。」
「え…この世界では、誰も差別なんてしないんじゃ……」
「そんなことあるか!
……あたいはかっぱだぞ。
それに、有害種ややさぐれのせいで、ヨウカイ自体を嫌う人間も根強くいる。
ヨウカイは泊めないとかいう宿屋や、ヨウカイには食わせないっていう食堂だって、今でもたまにあったりするんだ。
それにヨウカイの数自体が最近少しずつ少なくなってきてる…そうは思わないか?」
「そ、そういえば確かにそんな感じも……」
僕にはよくわからないから、適当にそんなことを言って誤魔化した。
「あんたの町だってそうなってるはずだ。
ヨウカイ達の中には人間との暮らしがいやになり、山の中に移り住む者が多くなってる。
……そういうヨウカイが増えたら困るのは人間の方なんだけどな。」
「そうなの?」
「そりゃあ、そうじゃないか。
たとえば、この部屋の壁には、ヨウカイあつさむの汗が混ぜ込んである。
だから、外が寒い時には暖かく、熱い時には涼しくなるんだ。」
「そうなんだ!
なんだかこの部屋、暖かいなぁって思ってたんだ。
そういうことだったのか。」
「あんた、本当になにも知らないんだなぁ…
灯りだってそうだし、急ぎの用がある時も、人間の籠じゃヨウカイの籠みたいに速くは着けないし、力仕事をする時だって、ヨウカイの中には人間とは比べ物にならないほどの怪力がたくさんいるからそれで助かってるんじゃないか。
そんなことも忘れて、人間は……」
僕らの住んでる世界よりはずっとのどかで平和そうに思えるこの世界にも、いろいろと問題があるみたいだ。
「そういえば、ゆかりさんはどのあたりに住んでたの?
家族は?」
僕はまたなにかいけないことを聞いてしまったみたいで、ゆかりさんは返事もせずに、くるりと僕に背を向けた。
「あ…ごめんね。
今の質問は忘れて……」
「……あたい…故郷や家族のことはもう全部忘れたから。」
「そう……
余計なこと聞いて、本当にごめんね。」
きっと、ゆかりさんには何か言いたくないことがあるんだろうね。
家族とうまくいってない人って意外と多いもんね。
僕は、良く見ていたテレビの悩み相談のことを思い出していた。
僕の家もうまくいってるんだかいってないんだかよくわからないけど…
とりあえず、喧嘩っていうのはほとんどなかった。
さゆりさんが帰って来た時は、どれだけ働いてもお金がない!みたいなことを言って、おばあちゃんと飲んで暴れてたけど、あれは喧嘩とは少し違うし……
きっと、僕は幸せなんだろうね。
心の中には特に大きな悩みはないし、誰かのことを酷く恨んだりすることも何もないから。
(あ……でも、スマホの電池のことは悩みだなぁ…
この世界のいろいろなものをもっとたくさん撮りたかったのに……)
僕は今まで携帯も一度も持ったことなくて、テレビで見ただけだったから、スマホは電池がもたないって話は聞いてたけど、どのくらいもたないのかがよくわかってなかったんだ。
こんなことなら、おじいちゃんに充電器も買ってもらうんだった。
(……それにしても、慎太郎さんはなんであんなにメールを打つのが遅いんだろう…?)
そんなことを考えているうちに、僕のまぶたはだんだん重くなって……いつの間にかそのままぐっすり眠ってた。
*
(ま…町だ……)
結局、一睡もしないで俺は真っ暗な闇の中をただひたすらに歩き続け……
空が明るくなって、近くに町が見えて来た時には、安心感に思わず胸が熱くなった程だ。
金もなく、食べるものもなく、なかなか泣き止まないあいつらを背負っての道中は、本当にきつかった。
(ほうら、もうすぐ町に着くぞ。
町に着いたら、何か食べさせてやるからな。)
俺は背中のあいつらに向かって、心の中でそう呟いた。
あの町はけっこう大きな町らしいから、しばらくそこで働いてお金を稼ぐのも良いかもしれない。
お金はあとわずかしかないんだ。
ゆかりさんも美戎もとにかくものすごい大食いだし、今あるお金はきっと数日ももたないだろうから。
でも、そんなことよりもまずは休みたい。
肩も背中もバリバリだ。
本当なら熱いお風呂にでも入りたい所だけど、お金がないから宿屋には泊まれないし、しばらくは無理だろうなぁ……
ま、贅沢は言えないさ。
美戎やゆかりさんだって、昨夜は野宿だったんだ。
幸い、雨は降らなかったけど、二人も大変だっただろうな。
そんなことをあれこれ考えながら、俺はようやく町にたどり着いた。
*
「な、な、な、なんだ、これ?」
「あ、慎太郎さん…早かったね!」
「早かったじゃないだろ!
なんで、迎えに来なかったんだ!」
「あぁ、ごめんね。
籠屋さん、お得意さんからの呼び出しがかかっちゃったみたいで……」
美戎は特に悪びれた様子もなく、さらっとそんなことを言う。
言いたいことは山ほどあったが、疲れすぎて、もう文句を言う元気もなくなっていた。
広場の隅っこにはなにやら取って付けたような場違いな小屋があって、その前でゆかりさんと美戎がご飯支度をしていた。
どうやら、やつらは昨夜この小屋に泊まったようだ。
「あ、これね…おじいさんがくれた旅人セットに入ってたんだ。」
「旅人セット…?」
それなら、俺ももらったぞ。
でも、中には数回着たら破れそうなぺらぺらのおかしな服と、何かの膏薬みたいなものと丸薬と…あと、手帳みたいなのも入ってたな。
何て書いてあるのかは読めなかったけど、きっと日記みたいなものを書き留めておくもんじゃないかと思う。
もちろん、こんな小屋が入ってるはずも……
(……ん?入ってた??)
こんな小屋がどこに入ってたっていうんだ?
小さいとはいえ、材料だけでもかなりなもんだぞ。
一体、こいつは何を言ってるんだ?
(これだから、アホは困る……)
「美戎、もうちょっとわかるように話してくれないか?
こんな大きなものがどこに入ってたっていうんだ?
おまえは、ドラのすけの四次元リュックでも持ってるとでもいうのか?」
「ドラのすけ?
四次元リュック?
……なんだ、そりゃ?」
ゆかりさんが、俺の世界のアニメを知ってるわけがない。
でも、美戎は知ってるはずだ。
「あぁ、そういえばそれに近いかも……!
こっちでは、無限袋って言うんだって。」
なんだなんだ?
何がそれに近いんだ?
無限袋って何なんだ?
「無限袋って……」
「さぁ、出来た。
とにかく、まずは朝飯を食べようぜ。
慎太郎、そこ、開けてくれ。」
鍋を抱えたゆかりさんに言われるまま、俺は小屋の扉を開けた。
部屋の中は三畳程度だろうか。
小さなちゃぶ台と布団が一組……
布団は、なんだかやけに乱れてる……
それを見ているうちに、俺の頭の中にいやな妄想がわきあがった。
(……ま、ま、ま、まさか!!……美戎の奴……ゆかりさんと……!?)
いや、そんなことがあるはずがない。
ゆかりさんは女の子とはいえかっぱだぞ。
いくらなんでも、そんなことは……
でも、身体の大きさ的には人間の女の子とほとんど変わらない。
背中には甲羅のようなものがあるにはあるが、他のところがどんなふうになってるのかはわからない。
なんせ、ゆかりさんはノースリーブのワンピースのようなものを着てるから。
そういえば、今までに出会ったヨウカイはけっこうみんな服を着てるな。
籠屋は着物っていうか、行者みたいな服装をしてたし、さむいもは言われなきゃヨウカイだなんて思えない。
いや、俺の世界の人だって言われても信じてしまいそうなポンチョを着てたし、考えてみれば裸っていったら、うちのあしでか達だけだ。
……って、そんなことはどうでも良い。
美戎はいかにも軽そうっていうか遊び人風だし、好奇心も強そうだから、ゆかりさんとそういうことになっても不思議はない…
あ~あ…ヨウカイもやっぱりイケメンには弱いってことか……ゆかりさんって硬派な雰囲気なのに、意外と軽いんだ…なんだか、がっくりだな。
俺は、気持ちがずどんと沈み込んでいくのを感じた。
「おい、そんな所に突っ立って、一体……あ、あんた、おかしな想像してるんじゃないだろうな!
あたいはこっち側で寝たんだ。
布団に寝たのは、美戎とでかめだけだからな!
さ、そこをどいてくれ!!」
ゆかりさんは、酷く焦った様子でそう話した。
なんだか顔色がいつもの緑とは違ってるのは興奮してるからなのか?
「慎太郎さん、本当だよ。
僕、そんなことしてないよ。」
美戎にも今の話が聞こえたらしく、奴はごく落ち着いた様子でそう言った。
「わかってるよ。」
まだ釈然としない気分ではあったけど、二人の間にもしなにかあったとしてもそんなことは俺には関係ないことだ。
ちょうどその時、料理の匂いを感じたのか、今まで眠っていた籠の中の三人が目を覚まして騒ぎ始めた。
「昨夜から何も食べてないから、こいつらも腹ぺこなんだ。
早く食べよう!」
*
「おまえ…お腹がぱんぱんじゃないか。
大丈夫か?」
あしでか達は、必死になって朝食をかきこみ、やがて満足したのか、部屋の中に固まってごろごろしている。
「それにしても、でかめは成長が早いな。
足だってしっかりしてるし…なんでだろう?」
「なんでだろうねぇ…あ、もしかしたら、おじいさんがくれた成長剤のせいかも…」
「成長剤?」
「うん、ヨウカイのサプリみたいなもんなんだって。」
なんだ、なんだ?ヨウカイのサプリだって…?
あ、でも、そういえば、あのじいさん、なんだかそんなことを言ってたなぁ…
ヨウカイ専用のものを与えないと、ヨウカイ本来の力が備わらないとかなんとか……
じゃあ、美戎はそれをもらったってことなのか?
俺はそんなものもらってないっていうのに、なんで、美戎ばっかり!
(あ……)
「美戎、さっきの小屋の話なんだけど、無限袋って何なんだ?」
「無限袋っていうのは。何でも入る袋だ。
旅人セットデラックスは、無限袋に入って売られてるんだ。」
美戎の代わりに、ゆかりさんが説明してくれた。
「旅人セットデラックス……?」
……そうか、わかったぞ。
きっと旅人セットっていうものにはいろいろとランクがあって、俺がもらったのはその中でも安物の奴なんだ。
そして、美戎がもらったのは高い方のデラックス……
畜生…あのじいさんめ…!!
「ゆかりさん、これは、旅人セットの何?」
俺は、じいさんからもらった旅人セットをゆかりさんに見せた。
「あぁ、これは無料のお試しセットだな。」
「む、無料…!?」
俺は、心の中であのじいさんへの怒りがめらめらとわきあがるのを感じた。
*
(畜生……!)
朝食が済むと、あしでか達はそのまま眠り込んでしまった。
昨夜、遅くまで起きてたから眠いんだろう。
布団に並んで眠る姿は、とても可愛らしい。
ゆかりさんがあいつらに寄り添っていてくれるから、俺は、町の中をどこに行くとはなしにぶらぶらと歩き回っていた。
本当なら俺もゆっくり眠りたい所だけど、さっき旅人セットのことを聞いてから、イライラして眠れなくなったんだ。
(俺って本当に運が悪いっていうか、なんていうか……
いや…違うな。そうじゃない。
美戎がツイてるだけなんだ。
ツイてるっていうよりは、あいつがあんなに綺麗だから…
あ、綺麗に生まれるって事自体が、運を持って生まれて来たってことなのか……)
そんなことを考えていると、少し離れた所に人だかりが見えた。
女の子達が大勢集まって…そしてその中央にいるのが……
(……あ)
「あ、慎太郎さ~ん!」
女の子に囲まれた美戎が俺をみつけて手を振る。
嫌な感じだ。
あの余裕の笑顔……
僕はこんなにモテるんですよ~って、自慢でもしたいのか!?
気分が悪いから、俺はすっかり無視して知らん顔して歩き出したのに、美戎は俺の背中に向かってまたも俺の名を呼び、そして、駆けてきた。
「慎太郎さん…ちょうど良い所で会えて良かった。」
「……何なんだよ。
何か用でもあるのか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……
女の子達が集まって来て、なかなか逃げ出せない雰囲気だったから……」
むかーーー
やっぱり、自慢だ。
はいはい、あんたは男前ですよ。
俺なんかとは比べ物になりません。はいはい。
「……また、この前みたいなことになったらいやだし……」
「なんだよ、この前って。」
美戎と話したくはなかったけど、つい反射的に訊ねてしまった。
「この前ね、天国に連れられて行ってしまったんだ。
それまでお金もけっこう持ってたのに、天国に行ったらほとんどなくなっちゃって……」
「何なんだ?その天国ってのは……」
「それはね……」
美戎は、俺の傍に近付き、耳元で小さな声で説明した。