何体かレッサードラゴンやオーガを倒し、ダンジョンを徘徊していると初めて通路ではなく扉のある部屋を見かけた。こういった部屋には何かしらの魔の力が宿ったアイテムがあるのだが、それに惹かれた強い魔物がいるため注意が必要だ。
ゆっくり扉を開けて中をみるとそこは倉庫。しかし武器だけではなく炉や金床が置かれており、何かしら知性が高い魔物がいるようだ。
「侵入者?」
「まずは様子見」
「殺しちゃえばいいよ!」
声のほうを向くと三者三様というか三顔三様、顔が全て女性のオーガ亜種が部屋の奥にある椅子に腰掛けていた。オーガ亜種の腰布だけと異なり、きっちりと服らしきものを着用し理性が見て取れる。まともにやって勝つには相当リスクを負わなければ無理だ。
オーガ亜種のユニーク種******
亜種と同じだが顔の性別が男のみもしくは女のみであり、知性が人並みに高い。ダンジョン内の一室を設けて何かを作っていたりするが、個体差が非常に激しい。
酒や食べ物と引き換えに見逃したり手を貸したりしてくれる。
***************
刺激しないよう剣を取り出さず、酒樽を倉庫から出しその場に置くと三顔が一様に見る。今にでも酒樽に手を出しそうな表情だ。
「酒と交換で剣を打ち直して貰えませんか」
炉があり金床がある部屋。それならと思ったのだが、酒樽をじっと見た後警戒を少し解いてくれたのか椅子から立ち上がると酒樽を掴む。
「まずは酒だね?」
「話は酒が先」
「もっと酒をよこせ」
ラクシャ達用にと買っておいた大樽を合計3個ほど空け、一応に満足したのかその場に座ると左の3腕をこちらに開いて向けた。
「それで?」
「どれを打ち直して欲しい」
「とっとと出せ」
バッテリングラムを両手でもったまま差し出すと第一右腕で持ち上げ、第二右腕とあわせて軽々と振り回してみせる。そして残った6本の手で叩いたり撫でたあと、金床の上に置いて考えるように首をかしげていた。
「ただの鉄作りにしては丈夫?」
「人にしては良い出来。でも人には大き過ぎる」
「屑鉄」
金床の上に置いてハンマーで軽く叩き、何かを確かめているようだ。しかしその表情はあまり良くない。オーガの視点から見て色々足りていないのだろうか。
「一からやり直し?」
「魔鉄を混ぜて打ち直し」
「設計思想から直す」
こちらを振り向かず炉に火を入れると作業を始めた。その表情は真剣そのものでこちらが何か言う隙はない。
「二日掛かる?」
「明後日追加の報酬を持ってきて」
「酒だ酒」
それからこちらに意識を向けることはなく、そのまま炉を調整したり道具を用意したりと忙しくしており、邪魔しては悪いと静かに部屋を後にしたあとレッサードラゴンとオーガを狙い続けた。
ジノと食事を終え、次の獲物を探していると1頭のレッサードラゴンが姿を現した。少々大柄ででっぶりとしており、威厳と言うか竜としての誇りを感じない。先にジノが飛び出すと速さと分身でかく乱、ブレスをかわしながら眼前で身を翻し跳び上がる。それを追って視線が上に向けられこちらへの意識が甘くなる。充分な距離まで接近したところでこちらに気付き、遅れて振り下ろされる爪を避けて腹部に大型杭打ち機であるブレーカーガントレットをたたきつける。大きな爆発音が響き、胴体に大きく抉られレッサードラゴンは絶命した。再び爆発の魔石に魔力を込める。
毎回この作業が必要なのは手間ではあるのだが、威力と引き換えに大型化したブレーカーガントレットはレッサードラゴンを一撃で屠れる所まで到達。しかし痛みで右腕を押さえその場にしゃがみ込む。構造的に右手から右胸部の関節部まで完全に覆ったフルプレートアーマー、衝撃で肘と肩関節部が変形し腕に当たっていた。想定していたよりも反動を押さえ込めず関節部まで影響がでたようだが、肘と肩関節部を取り外し、腕を動かしてみると痛みもない。結局自分の体で押さえ込めるように体勢を変えながら使う事になりそうだ。レッサードラゴンを倉庫に押し込み、再び次の獲物をジノと共に探し始めた。
翌々日
「報酬と引き換え?」
「名は城崩し 鈴風」
「さぁ酒をよこせ!」
要求どおり酒樽4つと干し肉を出すと剣を手渡された。手持ちを加えても2m切るまで小型になり、装飾もない実戦のみを考慮された少々幅広の諸刃の両手持ちの剣、通称ツーハンデットソード。両手で握ってみると重心が持ち手に近いのか以前よりもずっと扱いやすい。
「魔剣に近い造り?」
「魔力を流せば分かる」
「あんたが死ななきゃな!」
言われたとおり僅かに魔力を流すとそれまで感じなかった強力な魔の息吹を感じる。目覚めたかのように急激に魔力を吸い取り始め、刀身が黒い影のようなものを纏い始めた。総魔力の2割弱を喰われたところで安定し、なんの力を持つかはっきりと判る。黒い影は怨念や呪いの様なもので剣を強化し強度を上げているようだ。
「必要ならまたきなよ?」
「あたいらが生きていたら」
「そのうちおっちぬけどな!」
対話が出来てもダンジョンで生きる魔物であることに違いはない。ここに居ればいずれは冒険者に襲撃を受け、追い払えなければ倒されてしまう。出来ればそんな目には会って欲しくはないが、私が出きる事は殆どない。
「一緒に来ませんか? 私達の拠点に」
「ここが良いし?」
「人間は面倒」
「もういけ!」
断られる事が分かっていても聞きたかった。頭を下げると部屋を後にし、ラクシャ達と合流して改築の終わった新たな拠点への帰路に着いた。
ダンジョンから戻り、ラクシャ達は改築の終わった新たな拠点で休んでいる。稼ぎが多かったので高い酒を飲んで3日くらいは過ごしたいそうだ。そして私は二週間ぶりの地上の町を歩いていただけなのだが、突然銀の短剣を足元に投げられた。
「我はランドルフ伯の息子 ゼノン・ランドルフ! 貴公に決闘を申し込む!!」
ランドルフ伯爵というとサーシャが言っていた結婚しなければならない相手の家だったはず。名前からして子息だとは思うのだが。精悍な顔つきと伯爵らしい質が良い服装に身を包み、体格は私より幾らか大柄だが鍛えているらしく服の上からでも引き締まって見える。従者もを何人も連れ、任務以外で直接その足で街に出るような人間には見えない。
「理由を聞かせていただけますか」
「貴公が我が許婚を奪った!」
決闘を申し込むのに充分な理由、むしろこちらが全面的に悪い。結婚させられそうではなく許婚なら、間違いなく私がそそのかしたに違いない。下手すれば貴族間の抗争に成りかねない事案だ。頭が痛くなるが私が背景や裏をしっかり取らなかった自業自得。
「それ故に決闘を申し込む!」
足元に投げられた銀の短剣を抜き取り、代わりにこちらも銀の短剣を投げ返し決闘を受領する。この世界では決闘は両者の承認があってこそ。例え断っても罰せられたり嘲笑されることは無いのだが、名誉に関するため受けない者は余り居ない。一方で決闘を申し込む側も、取り繕えない誇りを傷付けられたという証明にもなってしまうのだが。
「立会人は両家の代表及びサーシャ、決着方法は」
「死もしくはサーシャが止めた時だ! 場所は王都第二 公共訓練場、3日後の夕刻に使用許諾を得ている!!」
あの殺人狂になりかけが止めるとは思えないが、外見もしくは子爵の淑女としてのサーシャしか知らないのではないだろうか。
「分かりました。それでは3日後に」
騎士の名門ランドルフ伯爵家、200年程前から王家に使える騎士の家系であり、十騎士団の第五騎士団 団長をランドルフ伯が勤めている。その息子が相手となると油断は出来ないだろう。
「では失礼する!」
ゼノン・ランドルフは数名の従者を連れ立ち去った。周囲がざわついているが、当日野次馬が来ないように立会人は決めている。野次馬に関わられぬよう、急いで学園の総合教科窓口に赴く。
「すみません。サーシャ・サターナに貴族として重要な案件があるのですが、現在どの教科を受けているでしょうか?」
「現在冒険者D級ライセンス試験を受けております。このままお待ちなるか 第4訓練場をお尋ねください」
「わかりました。ありがとうございます」
編入して一月程度しか経っていないはずだが、元々の貴族として学問を修め、あとはあの夜見せた動き、殺しの才能の助けもあったかもしれない。向った第4訓練場で少しの間サーシャに見惚れていた。なんというか振り乱れる赤い髪と楽しそうな微笑み、そしてかすかに香る殺気の篭った攻撃に危険な美しさがある。舞い、そう形容したほうがいいのだろう。両手に持つ短剣で舞い踊るように上下左右に短剣を繰り出している。ブルーのアフタヌーンドレスに低いとはいえヒール姿、あれはダンスをしっかりと習っている貴族子女であるサーシャだからこそ出来る。私には到底無理だ。緩慢のようで敏捷に、相手の動きに呼吸を合わせタイミングを計り、体の回転と重心移動を利用してリズムを刻むように回避と攻撃を行ってい緩急をつけている。
だが随分と手を抜いている。突きも無ければ氷の爪も使っては居ないし動きが全体的に綺麗なものだ。こちらに気付き、僅かに殺気が増えたと感じた瞬間試験官の腕に短剣が吸い込む様に近付き、血が噴出し教官は剣から手を離した。
「そこまで。サーシャ、やりすぎですよ」
「そうかしら? 仮にもC級冒険者ならもう少し愉しませてくれませんと」
微笑を浮かべているが、ほんの少し開かれた眼には飢えが見える。そろそろ盗賊の討伐にでも行かないと殺人衝動を抑えられないのかもしれない。
「あんたは合格だよ。 くそっ、腕をやられるなんてな」
教官は腕を押さえたままだが、治癒術士が近くで控えたいたのですでに治療によって出血は収まりつつある。どちらにせよサーシャはすでに興味を失っているのか視線さえ向けては居ない。
「これから盗賊討伐依頼でも行きましょうか。 依頼内容次第では捕縛するかは受領者の任意だから」
「すぐに向いましょう。 民のために罪人を片付けるのも貴族の務めです」
サーシャに腕を組まれ強引に引っ張られていく。どうやら限界が近かったようだ。
いくら騎士団があっても、各地の領主が頻繁に討伐隊を派遣しても、広い国土において盗賊が尽きることは無い。そのためギルドには常に盗賊討伐の依頼が張り出され、捕らえれば追加報酬は出るが指名が無い限り原則として生死を問うことは無い。さすがに元冒険者だったり騎士見習い崩れが所属している可能性がある盗賊団相手はB級冒険者のみとなるが、その可能性が低い相手ならC級冒険者でも受領することは出来る。もちろんB級冒険者が率いる部隊の一員としてだが。
「よし、それじゃ盗賊狩りに行くぞ!」
依頼をギルドで受け、集合場所に集まると白髪が若干混じった熟練の冒険者が隊長らしい。その他10人集まった中に私とサーシャがいる。他の冒険者達と違って、サーシャはアフタヌーンドレスにヒールのためかなり浮いているのだが、当人が気にしている様子は無い。
大体荷物も私が持たされているし、それに。
「それではグレン、行きましょう」
「・・・・・・はい」
大きな椅子を背負わされ、その後ろにサーシャが座っている。なんというか、鍛錬になるし私のこの扱いも別にいいのだが、哀れみのような物を他の冒険者に向けられるのが若干辛い。私は奴隷でも下僕でもないのだが。
「もう少し揺らさず傾けないで。それと紅茶はだせますかしら?」
「紅茶は少し待って下さい」
揺らさないよう気をつけて歩きながら倉庫から茶葉とポットと水を取り出し、空中に浮かせたままカップに丁寧に注ぐ。錬金術魔法でやった物体を移動させる術が思いのほか役に立つ。操作距離は広くはないが、背後に背負っているサーシャの前に出す程度なら問題はない。お茶菓子であるクッキーと共にサーシャの前に浮かせる。歩きながらなのでかなり大変なのだが、魔法の多数同時操作はかなり練習になる。
「お待たせいたしました」
「ご苦労様」
サーシャは紅茶を受け取ると優雅にティータイムを愉しみ始める。他の冒険者は呆れているような神経の太さに関心しているようななんとも言えない表情を浮かべ、こちらをたまに見ながら道を進んでいく。
「言いそびれていましたが、ランドルフ伯爵の子息から許婚を奪ったとして決闘を申し込まれました」
サーシャの気配が変わり紅茶を飲んでいた手を止めた。
「許婚? 私は19の歳に結婚せよと言われては居ましたが、許婚など話を聞いていません。何よりも再三私から断りを入れてますから」
大体分かってきた。サーシャは恐らく貴族の子女として重要な情報をかなり与えられていない。<結婚せよ>とはつまり許婚がいるということ、恐らく現在の部下達も両親の息がかかっており一部情報を秘匿されているはずだ。しかしそうなるとサーシャは新たに手足となる人材を集める必要性も出てくるし、貴族との交渉用に用意された人員だけではなく、貴族として意図的に基礎教育されていない部分を補填した方が良い。
王都から歩いて半日、夕闇が周囲を覆い始めた頃ようやく着いた場所は王都から南西にある小さな丘がある荒地だった。森の中に身を隠して様子を伺う。盗賊がねぐらにしている砦は木材作りだが立地を有効に利用しており、石を落とせる小さな穴や森の全体を見回せるように物見台まである。
「よし、それでは3部隊に別れるぞ。1部隊が正面から囮になるから人数は多めだ。残り2部隊は侵入し砦に火をかけたり盗賊を仕留めてくれ」
盗賊の予測されている人数は20人程度、隊長をあわせて6人が囮になり、残り5人が侵入することになった。グレンとサーシャはその1部隊として侵入し盗賊を仕留めることだが、もちろんこれはサーシャの殺人衝動を満たすためだ。私とサーシャが攻撃が始まった直後に裏手から侵入、盗賊を出来る限り討伐。もう1部隊念のため囚われた人々が居ないか隠密に適した3名が別方向から侵入する予定になっている。
「それでは行きましょうか」
相変わらず落ち着いた笑顔の仮面を着けたままだが、両手に短剣を握り準備は出来ているようだ。
「ムーンシャドウ」
月夜に発生する影のように薄黒い色を纏い、他者からの認識力を下げる魔法。夜に属する魔法であるため余り印象が良くないのだが。
「これで走ったり大きな音を立てない限り気付かれにくいはずです」
「そう、便利なのね。 でもあなたは手出ししないで下さいな」
「危ないとき意外は何もしませんよ」
砦の裏に回ると閂がかけられた扉があったが、サーシャは氷の刃によって延長した左の短剣で分厚い木製の扉を切り裂き、驚いている盗賊の首を切り落とすと噴出す鮮血を楽しそうに眺める。もはや隠したり抑えたりするつもりもないのか、吹き出した血を右の短剣に刃のように纏わせ、3mを超える血刃で砦の木製の壁や柱を切り裂きながら3人の盗賊を上下に分断する。
稀有な可能性、そして道を違えれば人類にとって脅威となる存在。
<吸血鬼 真祖>
その可能性と素養。世界の敵となるか味方となるか、もし敵となるなら最初に殺さなかった責任として、この場で消滅させる。
「ご気分はどうですか?」
書物と兄セズの話では吸血鬼化すると精神構造まで変容してしまうらしい。それは個々によるものだがサーシャは人としての自我を保っているだろうか。
「気分は晴れるけど、弱過ぎて楽しくはないわね。何もしないよりは良いけれど」
紅い目のままけだるそうに身を翻し、横薙ぎに両手の短剣を振るうと壁が斜めに切り倒され、その裏に居た5人の盗賊だったろう残骸から血が噴出している。吸血鬼の魔眼による生命探知で居場所が分かるのだろう。
「渇きや飢えはいかがですか? 運動すると乾くでしょう」
「そうね。 でも今のところは何もないわ。 それに私は 転化 するつもりはないわよ」
血への上や渇きもなく、さらに 転化 するつもりがない。つまりサーシャ自身が吸血鬼への素養を持っていたことをなんとなく理解し、そして理解していながら人であり続けようとする。思考の先が読めず本当に不思議な女性だ。僅かに張っていた気が抜け肩の力が抜ける。
「大丈夫でしたら、頭目を狙いに行きませんか?」
情報は僅かしかないが、少なくともC級冒険者以上B級冒険者未満程度だと判明している。サーシャならそれなりに楽しめる程度の相手になるはずだ。
すでに中に侵入されたことに気付いた盗賊達は逃げる者も現れ始め、正面から攻撃を仕掛けていた部隊が扉を破り戦いが始まっている。一人の盗賊を締め上げと言いたいところだが、半吸血鬼化しているサーシャの魔眼に魅入られ簡単に居場所を話した。しかしそこは地下室であり、今も何かしらの魔法の実験をしているためにそこにいるそうだ。階段を下りて地下室に入ると嫌な空気が流れていた。
「これは、魔力かしら。随分と澱んでいるわね」
澱み穢れかけている魔力、地下室の分厚い扉を開けると歪に動物同士が繋ぎ合わされた化け物の屍骸が多数転がっていた。
「これは・・・・・・キメラ」
兄セズはS級冒険者であり魔導士ギルドの幹部、魔法学や知識に置いて徹底的に教えられている。この戦乱だらけの世界でも一種の倫理観、いかなる探究心に溢れる魔導士であっても生命を嬲る行為は魔導士ギルドにおいても禁止されていた。キメラ創造・生者の生贄・記憶の改竄は禁忌に当てはまる。キメラ生物の屍骸の中には人らしきものもあり、禁忌を犯していることはすぐにわかった。
大きな何かを引き摺る音に身構え、角から這いずりながら巨大な影が現れた。熊やオークの複数の足で巨躯を引き摺り、オーガやミノタウロスの多くの腕を持つ、様々な生き物が結合した形が定まらず、人間の頭が一つだけ飛び出している。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
魔力を増やすために繋ぎ合わされた魔獣の体がうごめき、苦痛と絶叫の言葉にならないうめき声を上げる異形の化け物。その後ろから一つ人影が現れ、その手には制御するためだろう杖を持っていることからどうやらキメラの化け物を従属させている主のようだ。
「おやおや、こんなところまで新しい素材が来てくれるとは」
ローブから覗かせるその顔は継ぎ接ぎがされており、自らもある種の改造を施していると思ったほうがよさそうだが。その表情は不気味な笑顔が張り付き、得も知れぬ不気味さがある。
「まずは味見といこうか」
こちらに無造作に向けられた腕が三つに避け、牙と涎をたらす醜悪な顎へと姿を変えた。もはやギルドによってキメラの製造が禁止されていることを問う必要さえない。これだけの知識がありながら違法であることを知らないなどとはありえないからだ。
「ファイアボルト」
腕の口から放たれた火の矢は大きく、矢と言うよりはまるで防衛用の弩弓の太矢。まともに受ければ矢傷と火傷だけでは済まず、肉ごと抉られてしまいそうだ。サーシャとともに避けるがさすがにそのおぞましさに眉を歪めている。
「こいつらの相手は私がします。サーシャは」
「私はあの肉塊をやるわね。 あの気色悪い人間はまかせるわ」
サーシャが地下室の壁に触れると大量に転がっていたキメラの屍骸から骨格が引き千切れ、組み合わさり一つのボーン系アンデットモンスターを、人型ではなく六脚の獣のようなモノを作り上げた。人間さえ一噛みで半身を持っていきそうな大顎を持つ骨の獣は重そうな頭部を持つ。それ狼類のようにも、巨大なトカゲのようにもみえた。
「いきなさい」
吸血鬼は死者を操る力があるというが、一からボーン系モンスターを作り上げるとは思わなかった。骨の獣は肉塊の化け物に喰らいつき、鋭い爪を立てながらもつれ合うように戦っている。あんなものに紛れたくはないが、サーシャは制御に手一杯でこちらに気をかけられる様子はない。
「14号、捕食しないようにしなさい。出来る限り形を保ったままですよ」
あの化け物は14号と言うらしいが、それまで13体の失敗作と無数の命を費やしてきたのだろう。少々嫌悪を超えて怒りを覚えるが、サーシャを狙わないというのならまだいい。ローブから左腕出てくるとその腕は青緑色をしており、ぞっとした感覚とともに後ろに跳ぶと、それまで居た場所の足元から突如炎が噴出する。詠唱もしない魔物が使用するのと同じ魔法、どうやらキメラ化技術を使って自らに魔物の力を移植でもしたようだ。
「アイスジャベリン ショット」
2m程度の大きさがある氷の槍を3本の放つが、炎の噴出に阻まれ全て消えてしまう。中級氷属性魔法なのだがこの程度では意味がないようだ。それほど広くない地下室を走り回りながら炎の噴出と火の矢を避ける。
「人間の魔法は弱くて不便ですねぇ。私のように魔物の力さえあればこんな事も自在と言うのに」
右手からは火矢を左手からは炎の噴出を自在に操る自らの力に酔っているようで、その声は歓喜に満ちて油断しきっている。ブレーカーガントレットを取り出して打ち込む隙はないが、僅かな間視界を覆う位は出来そうだ。
「アバランチ」
両腕に氷を纏わせ凪ぐように振り払うと2m程度の雪崩が現れ視界を覆うようにキメラの男に迫っていく。倉庫から魔方陣が描かれた布と媒体となる木炭を取り出し右腕に巻きつける。条件が良くないため媒体が無ければ召喚は難しい。
「面白い魔法を使うね。これは中々解剖のやり甲斐がありそうだよ。まずは火の耐性を見てみようか」
迫り行く雪の波を阻むように炎が噴出し雪崩が全て溶かされ、同じように私の周囲も炎の噴出に囲まれてしまう、だが詠唱の準備はすでに整っている。
「舞台は整い、人は集った。炎舞を始めよう。 炎熱の舞姫」
右腕を炎が覆いつくし、中性的な炎の精霊が二人現れると命令権を強奪しその両手に炎が集まっていく。何が起きたのか理解できないのかキメラの男は両手で火を扱おうとしているようだが、中位以上の火の精霊である炎熱の舞姫が周囲を支配しているため、それ以下の存在が行使しようとする精霊に関わる魔法は意味を成さない。
「魔導士ギルドの法に置いてと言いたい所だが、兄だったらきっとこういうだろう。外法しか使えない魔導士など 業火に焼かれ灰になれ と」
知識を元に、身の魔力が枯渇する寸前までありったけ炎熱の舞姫に魔力を譲渡する。
「火の精霊 サラマンデル。炎の精霊 ヴルカン。全てを照らす精霊神 ヘオス。 我は今魔力を奉納し、炎熱の舞姫を通してあなた方の力を望む者。暖かき火、穢れを焼き払う炎、空に燃える太陽、我が願いを聞き届けその偉大なる力を顕現させたまえ」
炎熱の舞姫が炎で象形文字を描き火属性の禁呪である立体魔方陣で構成していく。
「スピサ(火)・フロガ(炎)・ヘリオス(太陽)・ヘオース(朝)」
視界が真っ白に変わるほどの火が炎熱の舞姫から放たれ、キメラの男に当たると同時に結界で覆われた範囲を真っ白な光が全てを覆いつくす。2秒ほどして光が消えた後は地下室の床や天井が溶け落ちるほど何もかもを焼き尽くし、キメラ化した男の残骸も灰が極僅かに残っているだけだ。
魔力が枯渇し掛けその場に座り込む。兄セズのように稀代の天才魔導師でもないのに精霊の力を借りて火の禁呪を使用したのは不味かった。生命力まで削られ身動き一つとれない。今この瞬間なら手も足も出せずサーシャと戦っているはずのキメラがこちらに向ってきたら抵抗せず殺される。
「あらあら、油断したみたいねぇ」
背後から聞こえるサーシャの声に冷や汗が流れる。振り返ることも出来ず首筋を撫でる手は血で汚れておらず、サーシャは前に回ると自らの亜空間倉庫から椅子を取り出し目の前に座った。
「早く椅子を担いで下さいな」
すでに力を完全に抑え込んだのか、普段どおりの蒼い眼の変わらぬ笑みに苦笑してしまう。少し回復した体でなんとか立ち上がり周囲を確認すると、キメラの化け物はずたずたに引き裂かれた残骸となりはて生命活動を完全に停止していた。骨の獣も用が済んだのか隅の方でばらばらになった残骸が積まれていた。
盗賊討伐依頼をサーシャと共に完了し、ついにその日が来た。
王都第二 公共訓練場、直径50mは広場であり、コロシアムのように円形座席はなく結界と防壁によってほとんどが囲まれており、一部に治療所と僅かな客席のみが設けられている。いまこの場には、ランドルフ伯爵の子息 ゼノン・ランドルフ、ソーディアン子爵の子息 グレン・ソーディアン。そいて立会人としてサーシャ、ランドルフ伯からは当主と奥方、 私は兄アークスのみが客席にいる。
コロシアムの中央に私とゼノンのみがいるのだが、ゼノンは騎士の正装で着てくれたがこちらはそんなものは持っていない。普段どおり鎧を着けず、身軽な服装のまま三顔のオーガ亜種に打ち直してもらった《城崩し 鈴風》のみを背負っている。正装しない為、考えによっては相手を侮辱している行為かもしれないが、騎士の家系ではなく冒険者の家系ゆえに問われることはないと思いたい。現当主であるランドルフ伯が客席から立ち上がる。40代だろう皺の刻まれた顔にはいくつかの刀傷痕があり、がっしりとした体格は現役の10騎士団長の一人である。
「互いに死んでも恨んでは成らぬ。それが貴族であり騎士である。お互い死を賭して戦い、後悔の無き事を戦の神に誓え!」
ゼノンはヘルメットを外し、重槍を両手で持つと天に掲げ何かに誓いを捧げている。私は誓える戦の神は知らないが、今は両手剣を抜いて剣礼を取りそれらしく振舞う。そしてお互いに誓いを終え、戦う体制を取る。
「それでは、はじめ!」
ランドルフ伯爵家、正統な騎士にして王国において名の通った一族。代々受け継がれ洗礼され、ランドルフ家流騎士戦技なんというものまで存在する。本来両手で持つはずのランスを左手で持ち、右手では身の半分を隠す盾を構えている。こちらも充分間合いを取り、中段に構え城崩しに魔力を流し黒い影が纏わりつき始める。先に動いたのはゼノンだった。稼動部位が鎖帷子のフルアーマーとはいえ、驚く速さで走り重槍の間合いに入った。
槍や薙刀に対して剣術で戦う場合、段位で言うなら3倍の技量が必要というが、魔法がある以上その法則は正しくはない。せいぜい1.5倍程度、それも身体強化魔法でいくらでも覆せる上に、剣は刀身が長いため魔力を乗せた攻撃を行いやすい利点もある。一方で絶対的に剣では勝てないものがある。それはツーハンデットソードよりも長いリーチがあるし、重槍は剣では受け流す以外防御が不可能な刺突を行える。槍は突いてよし、重量に任せて打撃に使ってよしの中々の万能武器だが、重槍は貫く事を最重要視し、打撃の汎用性を削って高い貫通性を持つ。
「はぁぁぁ!」
気合と同時に重槍がこちらに迫り、半歩身をずらし槍の軌道から外れる。直撃すれば剣や盾を簡単に貫く以上、避けるか受け流すくらいしかできない。だが、かわした筈の突きが軌道を変えこちらに追る。装甲や甲殻を貫く重槍を使用した、殺傷力が特に高い刺突系を主とする流派というのは飾りではない。私は一応殺さない事を考えているのだが、相手のゼノン・ランドルフは殺す事を厭わないようだ。重槍の先端が体をかすめ、まるで軽槍のように連続した鋭い突き。先手を取られ、中段に構えた剣で左右に受け流し徐々に下がりながら反撃のタイミングをはかる。
「ショックブラスト!」
こちらを意図を読んだのか、回転を加えた重槍の魔力突きに体制を崩され、数歩下がりながら中段構えを解いてしまう。その隙を逃さず即座に体の中心を狙って突き出される重槍を、剣を地面に突き刺す事で受け流し難を逃れ体勢を整えなおす。
「ショッククラッシュ!!」
効果があると見たのか、さらに捻りと体重を加えた同種の技を連続して繰り返す。人間相手ではないのならそれでいい、だが一度踏み込みも突きの早さも見ている。即座に剣を振り上げると真正面から重槍に叩きつけ、重槍の軌道をずらすと表面を滑らせながら胴薙ぎに振るう。盾の半分程度まで食い込み、衝撃で数m弾き飛ばす。身体強化していないのだが、どうやらこの剣 城崩し 鈴風 にはまだ知らない力があるようだ、全身に負担が掛かり体が軋み、負担と引き換えに全身を強化するのだろう。ためしにと振り上げながら強く踏み込み、一気に接近すると上段から全力で振り下ろす。分厚い盾を打ち砕き、ゼノンは驚きながら再度距離を取ると盾を捨てて両手で重槍構え警戒している。
「長くは使えない代物・・・・・・だな」
魔剣からの助力と言うべきか何も考えなければ5割身体強化したのと同じだけの効果があるのだが、身体強化魔法と違って体に負担は掛かっている。どうやら1.5倍の力を出せば1.5倍の、2倍の力を出せば2倍の負担が全身に掛かるのだろう。ハイリスク・ハイリターン、実戦にも鍛錬にも使える実に良い魔剣だ。これが終わったらお礼に高い酒樽と酒の肴を持って再び3顔のオーガを尋ねるとしよう。
残る問題はどこまで倍加できるかだが、次は2.5倍を意識しながら地面に突き刺し、一歩踏み出しながら剣を振り上げる。吹き飛ばされた土塊がゼノンに襲い掛かり、そのまま剣を上段に構え直し再び踏み込む。土塊を気にせずゼノンが突き出した重槍に剣を叩きつけ、そのまま力任せにへし折る。地面にめり込んだ衝撃で浅いが直径1mほどのクレーターが出来たが、体の負担が大き過ぎ一旦距離を取り直す。
「・・・・・・この化け物が」
ゼノンはそう言うと腰に止めていたロングソードを抜く。化け物というが、恐らく身体強化魔法を使ったナルタよりも力はないはずだし、まだ見たことはないがミノタウロス ファロー族の戦士ラームならもっと怪力のはずだ。だが問題は未体験の身体強化15割と同じ負荷を掛けた全身が酷く痛み、治癒に関わる魔法を使わずに居るのが非常に辛いということだ。しかしここで魔法を使えば楽かもしれないが、相手のゼノンが使わない以上義に反した行為は出来ない。
「決着をつけようか」
「あぁ」
ゼノンは中段に、私は左脇に構えると一気に踏み込む。頭部を狙って突き出す体勢に入ったゼノンの剣を横薙ぎに振るい破壊、そのまま城崩しを上段に構え頭から真っ二つに振り下ろす体制に入る。その時、観客席で見ていたサーシャは席を立つと闘技場に飛び込んだ。
「そこまで」
突如乱入してきたサーシャに顔を切り裂かれ血が流れ、振り下ろそうとしていた剣を止める。
「決闘とはいえランドルフ伯の子息を殺すとあなたも大変よ? 」
態々それを言うためだけに人の顔を爪で切り裂くのはどうかと思うが、眼を外す辺り気を配っているのかもしれない。傷痕なく治したとしても痛いものは痛いので控えては欲しいが。
「リジェネレーション 低級」
出血が弱まり徐々に傷が塞がっていく。目の前の状況が読めず、ゼノンは折れた剣を握ったままその場に立ったままだ。サーシャの行動を理解できないのかもしれないが、元々こういう女性で外見の美しさや立ち振る舞いは別物。落ち着いていれば確かに貴族の淑女だが、殺人衝動を満たさなければいつ暴走してしまうかわからない。どちらにせよゼノンも私もこの戦いを継続できるだけの余裕はない。見届け人でもある当主のランドルフ伯が椅子から立ち上がる。
「ゼノン。負けを認めるか!」
ゼノンは静かに折れた剣をその場に置き敗北を認めた。
「よし、それではグレン・ソーディアン及びサーシャ・サターナの婚姻を許可する!」
『はっ?』
余りの事態にサーシャと言葉が重なってしまった。
「兄上、これは?」
「父上、これはどういうことでしょうか」
サーシャは唖然として固まっているが、私もランドルフ伯の息子も疑問に思い尋ねる。
「グレン、今回は婚姻するはずであったランドルフ伯爵家の子息から、サターナ子爵家の次女をお前が奪ったと言う決闘の体裁になっている。つまり勝てばお前が第一婦人として迎えると言う事だ」
「相手がリーゼハルト侯爵家と由縁のあるソーディアン子爵家ならば私から言う事は無い。もちろん爵位を持つまでは正式な結婚は許さぬが」
完全に詰んでいる。立場上の見届け人ではあるが公爵の兄が居るだけではなく、奪う形になった伯爵家の当主から認められ立場上逃れる術が無い。つまり私が何か方法を伝えた時点でどのような形になろうと、サーシャは誰かと結婚する流れになっていたわけだ。サーシャの方を見るとさすがに逃げようがないと分かったのか諦めの表情を浮かべている。元より貴族に自由な結婚や生活など無く、何も知らない相手と結婚させられるよりはお互いをある程度理解しているだけましかもしれない。
城崩しを地面に突き刺し、亜空間倉庫から儀礼用の剣を取り出すと腰に下げる。サーシャの前に右ひざを地面に着いて片膝で跪き、頭を垂れながら右手を差し出す。一生する事はないと思っていたのだが。
「我が剣はあなたの為に」
形式上騎士にまつわる貴族の男児は第一婦人を迎える為の言葉や作法は決められている。騎士ではないがこれしか私は知らない。
「違うでしょう?」
驚いてサーシャの顔を見上げるとつまらなそうな表情で首を振っている。
「あなたの剣はあなた自身の為、あなたは私に何が出来るのかしら?」
型通りの、貴族としての希望など何も求められていない。立ち上がると儀礼用の剣を仕舞い、先ほどまで使っていた城崩し 鈴風を背負う。そしてサーシャの右手取ると自らの首筋に当てる。
「あなたの空虚と飢えを満たしましょう。 私の命が続く限り」
笑みを浮かべるとその爪に氷の爪を宿らせ、爪を立てながらその顔を近づける。
「受けましょう私の騎士。私が私で居続けられるように、満たし続けなさいな」
これがお互いにとっての誓い。この世界に居続ける間ずっと続く縁の始まりだった