いくら騎士団があっても、各地の領主が頻繁に討伐隊を派遣しても、広い国土において盗賊が尽きることは無い。そのためギルドには常に盗賊討伐の依頼が張り出され、捕らえれば追加報酬は出るが指名が無い限り原則として生死を問うことは無い。さすがに元冒険者だったり騎士見習い崩れが所属している可能性がある盗賊団相手はB級冒険者のみとなるが、その可能性が低い相手ならC級冒険者でも受領することは出来る。もちろんB級冒険者が率いる部隊の一員としてだが。

「よし、それじゃ盗賊狩りに行くぞ!」

 依頼をギルドで受け、集合場所に集まると白髪が若干混じった熟練の冒険者が隊長らしい。その他10人集まった中に私とサーシャがいる。他の冒険者達と違って、サーシャはアフタヌーンドレスにヒールのためかなり浮いているのだが、当人が気にしている様子は無い。
大体荷物も私が持たされているし、それに。

「それではグレン、行きましょう」

「・・・・・・はい」

 大きな椅子を背負わされ、その後ろにサーシャが座っている。なんというか、鍛錬になるし私のこの扱いも別にいいのだが、哀れみのような物を他の冒険者に向けられるのが若干辛い。私は奴隷でも下僕でもないのだが。

「もう少し揺らさず傾けないで。それと紅茶はだせますかしら?」

「紅茶は少し待って下さい」

 揺らさないよう気をつけて歩きながら倉庫から茶葉とポットと水を取り出し、空中に浮かせたままカップに丁寧に注ぐ。錬金術魔法でやった物体を移動させる術が思いのほか役に立つ。操作距離は広くはないが、背後に背負っているサーシャの前に出す程度なら問題はない。お茶菓子であるクッキーと共にサーシャの前に浮かせる。歩きながらなのでかなり大変なのだが、魔法の多数同時操作はかなり練習になる。

「お待たせいたしました」

「ご苦労様」

 サーシャは紅茶を受け取ると優雅にティータイムを愉しみ始める。他の冒険者は呆れているような神経の太さに関心しているようななんとも言えない表情を浮かべ、こちらをたまに見ながら道を進んでいく。

「言いそびれていましたが、ランドルフ伯爵の子息から許婚を奪ったとして決闘を申し込まれました」

 サーシャの気配が変わり紅茶を飲んでいた手を止めた。

「許婚? 私は19の歳に結婚せよと言われては居ましたが、許婚など話を聞いていません。何よりも再三私から断りを入れてますから」

 大体分かってきた。サーシャは恐らく貴族の子女として重要な情報をかなり与えられていない。<結婚せよ>とはつまり許婚がいるということ、恐らく現在の部下達も両親の息がかかっており一部情報を秘匿されているはずだ。しかしそうなるとサーシャは新たに手足となる人材を集める必要性も出てくるし、貴族との交渉用に用意された人員だけではなく、貴族として意図的に基礎教育されていない部分を補填した方が良い。

 王都から歩いて半日、夕闇が周囲を覆い始めた頃ようやく着いた場所は王都から南西にある小さな丘がある荒地だった。森の中に身を隠して様子を伺う。盗賊がねぐらにしている砦は木材作りだが立地を有効に利用しており、石を落とせる小さな穴や森の全体を見回せるように物見台まである。

「よし、それでは3部隊に別れるぞ。1部隊が正面から囮になるから人数は多めだ。残り2部隊は侵入し砦に火をかけたり盗賊を仕留めてくれ」

 盗賊の予測されている人数は20人程度、隊長をあわせて6人が囮になり、残り5人が侵入することになった。グレンとサーシャはその1部隊として侵入し盗賊を仕留めることだが、もちろんこれはサーシャの殺人衝動を満たすためだ。私とサーシャが攻撃が始まった直後に裏手から侵入、盗賊を出来る限り討伐。もう1部隊念のため囚われた人々が居ないか隠密に適した3名が別方向から侵入する予定になっている。

「それでは行きましょうか」

 相変わらず落ち着いた笑顔の仮面を着けたままだが、両手に短剣を握り準備は出来ているようだ。

「ムーンシャドウ」

 月夜に発生する影のように薄黒い色を纏い、他者からの認識力を下げる魔法。夜に属する魔法であるため余り印象が良くないのだが。

「これで走ったり大きな音を立てない限り気付かれにくいはずです」

「そう、便利なのね。 でもあなたは手出ししないで下さいな」

「危ないとき意外は何もしませんよ」

 砦の裏に回ると閂がかけられた扉があったが、サーシャは氷の刃によって延長した左の短剣で分厚い木製の扉を切り裂き、驚いている盗賊の首を切り落とすと噴出す鮮血を楽しそうに眺める。もはや隠したり抑えたりするつもりもないのか、吹き出した血を右の短剣に刃のように纏わせ、3mを超える血刃で砦の木製の壁や柱を切り裂きながら3人の盗賊を上下に分断する。
 稀有な可能性、そして道を違えれば人類にとって脅威となる存在。

<吸血鬼 真祖>

 その可能性と素養。世界の敵となるか味方となるか、もし敵となるなら最初に殺さなかった責任として、この場で消滅させる。

「ご気分はどうですか?」

 書物と兄セズの話では吸血鬼化すると精神構造まで変容してしまうらしい。それは個々によるものだがサーシャは人としての自我を保っているだろうか。

「気分は晴れるけど、弱過ぎて楽しくはないわね。何もしないよりは良いけれど」

 紅い目のままけだるそうに身を翻し、横薙ぎに両手の短剣を振るうと壁が斜めに切り倒され、その裏に居た5人の盗賊だったろう残骸から血が噴出している。吸血鬼の魔眼による生命探知で居場所が分かるのだろう。

「渇きや飢えはいかがですか? 運動すると乾くでしょう」

「そうね。 でも今のところは何もないわ。 それに私は 転化 するつもりはないわよ」

 血への上や渇きもなく、さらに 転化 するつもりがない。つまりサーシャ自身が吸血鬼への素養を持っていたことをなんとなく理解し、そして理解していながら人であり続けようとする。思考の先が読めず本当に不思議な女性だ。僅かに張っていた気が抜け肩の力が抜ける。

「大丈夫でしたら、頭目を狙いに行きませんか?」

 情報は僅かしかないが、少なくともC級冒険者以上B級冒険者未満程度だと判明している。サーシャならそれなりに楽しめる程度の相手になるはずだ。