二手に分かれてダンジョンに潜るようになって数日。ラクシャとリヒトが居ない時エルとリーアナに言われるがままに料理しているが、プリン・パンケーキもどき・アイスクリーム・クレープもどきと、どれも指示されながら調理すれば思い出す最初の世界のものばかり。この世界では未知の料理ばかりで世界の調理学の成長に対して害を与えかねない。似た材料が一般流通しているだけに、外部に知られた場合本当に危険だ。
「リーアナ」
「何か御用でしょうか」
素手でかぶりついているエルと違い、丁寧にパンケーキをナイフで切って食べているリーアナは口元をナプキンで拭う。
「出来れば魂の記憶を勝手に探るのは止めてもらえませんか?」
私が努力して思い出さなくても記憶を探って必要な情報を取り出せるのは助かるのだが、料理のためだけに探られるのはなんとなく不条理な気がしてならない。エルは言っても聞かないが、止め役でもあるリーアナが言えばわかってくれるはず。
「記憶を読む練習の一環ですので、得るものがあったほうが私達にも良いのです。特にエルはすぐ面倒だと投げてしまうのですが、料理などは真剣に探ってくれるのです」
「しかし世界にとって知識が洩れた場合」
「私達が外部に漏らす事はありません。状況を見てラクシャ達が居ない時頼めるもの、居ても問題がないものを選別しています」
こちらの意図する事の先を理解ししっかり説明し、何よりも人間と世界のことをしっかり見据えてもいる。やはり二人はテラス様の従属神か何かではないのだろうか。
「問題はありません。それにこの情報が役に立つときもきっときます」
強い確信を持って話すリーアナの表情が記憶の誰かと重なってみえる。とても大事な者だった気がするのだが思い出せない。ただ、世界と私の敵でもなく信頼できる事だけははっきりした。
「わかったよ。何も問題がないならそうしてくれ。ただ見られたくない事もあるのは知っていて欲しい」
「最初の世界で幼い頃お漏らしした事ですか? それとも前世で大丈夫だと言いながら足を滑らせて橋から川に落ちた事ですか?」
「それを止めてくれと言ってるんだ!」
頭を抱えたくなる。もうしっかりと忘れてしまっていた過去を発掘され覚えられているようだ。その後本当に止めてくれと真剣に頼むと色々納得してくれたが、今後も料理に関しては言われた通りにすると条件を着けられてしまった。
その頃、ジノは焼いたり煮たりと肉の調理に拘り、器用に調味料で味付けをした肉を魔法で浮かせ食べていた。
そして兄の依頼からちょうど一月後。依頼どおり見習いの貴族騎士達の評価相手として全員で公爵邸の訓練場に集まり、見届け人である数名の騎士が待機しているそうだ。正騎士ともなれば実力はB級冒険者クラスの猛者。50人が公爵家に仕え、その下にCクラスの見習い騎士や兵士が450名ほどを従えている。
「姉さんどうしたらいい」
「あたいだって知るかよ。それにしても、本当に騎士相手にやりあうのかい?」
この日のためにラクシャ達も武具を磨き上げ、服装も比較的良いものを着用している。それに説明は済ませているのだが、公爵家の騎士団は王国騎士団と並ぶ精鋭揃いと名高く、不安になるのも仕方がない。
「見習いの評価試験ですが、恐らくラクシャなら相手にもなりませんし、後遺症でも残すような事をしない限り何も問われませんよ」
待合室では他にも10名程度の冒険者が集められており、各自腕に覚えがあるのか名乗りはしないが、互いを探り合っており良い雰囲気ではない。時折文官が尋ねてきては試験相手となる冒険者を連れてどこかに行く。
「お待たせいたしました。グレン様は第3騎士団の評価担当になっており、私がご案内するよう承っております」
「わかりました」
グレンに続いてラクシャ・リヒト・ナルタが部屋を出て長い通路を進む。
「グレン、第3騎士団ってなんだ?」
小声でラクシャが尋ねてくる。確かに貴族ではない限り、情報をしっかり集めてないと知るすべは余りない。とはいえ余りこの場で詳細に話すのは体裁が悪い。
「女性騎士だけで編成された騎士団です。それでも実力は男性騎士団とかわりません」
エウローリア公爵家の第3騎士団、女性騎士のみで構成された女性王族の護衛担当でもある。女性だけで華やかなイメージを持ちがちだが、実態はえげつない。戦場で捕らえられ男達の慰み者になりえる故に、鍛え方は一般兵士連中よりも遥かに激烈。サーシャからの情報では団長であるロセ・ギゼル・スティア・アール・コークは見習い騎士時代に他国の部隊に捕らえられ、陵辱輪姦された経験もあるそうだ。その後男達を殺して単独で脱出したらしい。
到着した訓練場では女性騎士達がカカシ相手に模擬剣での打ちこみが行われていたのだが。
「だから! お前ら戦場で男に犯されたいのか! XXXにでも腕を突っ込まれていきたいのか! それとも糞でも喰わされたいか!」
危機感を煽る意味でも間違っていないが、品も無ければ加減も無い。事実ロセ団長になってから女性騎士の被害が激減した情報から有能ではあるのだが、もう少し言い方ってものがあるのではないだろうか。
「作り物が一生が彼氏なんて事態に陥りたいのか貴様ら! 38の独り身としても結構と辛いのだぞ!」
頭を抱えたくなる。アレが伯爵家の元令嬢というのだから人は変わるもの、見習い騎士達がぞっとした表情で真剣に練習に打ち込み始めた。女見習い騎士は中級や下級貴族の3~5女である事が多い。監禁陵辱でもされれば婿取りや嫁入りなど不可能に近くなるため避けたいのだろう。
「ロセ様。グレン様とそのお連れ様がいらっしゃいました」
「おう、お前がアークス副長の弟か」
文官の声で振り返ったロセの顔を見て少々驚いた。茶髪の茶眼の片目が白色失明し顔は傷だらけ、恐らく鎧の下も酷いはず。傷がある状態に体が馴染んでしまったため、治癒魔法が傷を完全に消せる期間を超えてしまい完全には癒せなかっただろう。
「今回の試験の件は聞いている。女見習い騎士からはあの3名が試験を受ける。方法は任せるが評価はこちらで着けさせてもらうからな」
腰にある剣の柄に手を預けてはいるが、どうやら警戒はしていないようだ。試験を受ける3名の見習い騎士は身なりもかなり良い防具を身につけ、訓練や戦闘を行うような装備ではない。かなり問題があると思うのだが、貴族としての立場と自己責任もあるので強く言うわけにも行かない。それに見習い騎士のままでも護衛としての職務はこなせるし、騎士として生きるつもりがないのなら現状の立場を利用して婿もしくは嫁入り先を探しているのだろう。
「3対1の模擬戦を行いますが、私が戦うことはありません。 男相手なら負けて当然と思われては困りますので、まずはナルタが、次にラーラクシャが相手となります」
後を着いてきていたナルタが前に出ると他の見習い騎士が木剣をナルタに渡す。温厚とはいえミノタウロス族、ダンジョンを潜っているのを見たところC級冒険者クラスの実力はあるはず。ナルタに勝ち、ラクシャとそれなりに戦えるのなら今の態度でも問題ない実力を持っていると判定も出来るはずだ。
「えーと、私は武器要らないです。木剣だと折れちゃって危なそうですし」
受け取った木剣を両手で握ると軽くへし折り、準備運動をかねて軽く屈伸している。細身に見える腕でも筋肉の質が全く異なり、人間よりも遥かに強い力を出せる上、身体強化魔法を使わないのであれば鬼人族のラクシャやリヒトよりも力は上回っていた。
「お前達、あいつを倒すつもりでいけ。ミノタウロス族はただでさえ強い、加減しても勝てる相手ではないぞ」
3人の見習い騎士は少しだるそうに木剣を握り構えを取った。しかし構えは悪くはないのだが、型どおりで固まってまだ揺らぎが見えない。地力が同じ程度ならあれで良いかも知れないが、力が上かもしれない相手には悪手だ。きっちり構えるよりも連携をとって戦う事を優先することが騎士として正しい。
「ところで、君は結婚はまだだったな。その辺の連中でも一人夫人にしてはどうだ」
ナルタと試験中の三人を除く女騎士達は相変わらず鍛錬を続けており、こちらの言葉が届いている様子は無い。妙な空気になられても困るし、このまま聞こえないままで居てほしいのだが。
「私に求められても困ります。子爵家のものとしてそのようなことは許されません」
正直、騎士にも貴族にもなる事を考えてはおらず、そんな状態で貴族に連なる女性と結婚するつもりはない。それに結婚するには才能と努力が要るが、前世でも前々世でも独身だった私に才能があるとは思えない。
「女の3~4人くらい甲斐性がなきゃ貴族の男児とは言えん。 ほれ、そこに居る女騎士二三人でも適当に声をかけてやれ」
確かに貴族は複数の妻を持つ事が多く、女性当主なら入り婿を持つか養子として親族の第二婦人や第三婦人の子を迎える事も少なくはない。しかしそれにしても妙に推してくるのをどうやって断るべきか。
「その辺にしときな。あんたがどういう考えかはわかった。 だけどそれをグレンに求めるのはやめな」
「ふん。戦えない貴族女が生き残るにはその方がいい。冒険者のお前にはわからないだろう」
ラクシャの横槍にロセ団長の表情は曇る。過酷な体験をしても生き残ってきたロセにしてみれば、いくら部下を厳しく鍛えたとしても危険が無いわけではない。例え第一婦人になれないとしても、戦場で敵に捕らえられ陵辱されるよりは安全が保障され、事によっては第一婦人が子供を設けられず、第二婦人の子が家を継ぐ事になることさえある。第二婦人や第三婦人となれば少なくとも戦場に出ることはほぼ無くなる。最悪妾でも同じ事だが、戦場の危険から逃れるには確実な事。貴族の女性同士の交友はかなり大変だが、文官の情報収集と大差はないとは聞く。会ったことは数度しかないが、両親にも建前上第二婦人が居るし、貴族間のやり取りなど文官兼任として立ち回っていた。考えてみれば婚姻はともかく、今後起こる可能性が高い貴族間の契約や交渉ごとにはサーシャ以外の文官が必要ようだ。
「お話のところすみません。終わっちゃいましたけど、どうします?」
ナルタの声に視線を向けると3人とも腹部を押さえながら蹲り吐き戻している。本当はある程度ナルタと戦ったあとラクシャと交代するはずだったのだが、素手のナルタに負けるとは余りにもふがいなさ過ぎる。
「何か色々言ってましたけど、加減しなくて良かったんですよね?」
なんというかどこかのほほんとしているというか、おっとりし過ぎているというか、全く空気が読めていないというか。<?>でも頭上に浮いているような表情をしているナルタを見ていると肩の力が抜ける。恐らく家柄を理由に負けるように言っていたのかもしれないが、ナルタは冒険者の上にどこかの貴族領に住んではいない。ミノタウロス村があるのは王国の管理地域、税もない開拓中のエリアゆえに権力でどうにかできるものではない。ナルタにそこまでの考えは回っていないかもしれないが、戦闘中に権力や家柄を持ってどうにか出来る考えは愚かだ。
「ん、見てなかったが問題はこれからだな。 ほら立て。 立たないならこのまま降格処分にするぞ」
蹲っている貴族見習い騎士の横に立ち、その背を軽く木剣で軽く叩く。家柄だけで取り成せるのは安全な貴族関係と王都内のみ、そこを離れれば実力だけが身を護り身を立てられる。今は実力が不足していても問題は無く、現在評価すべきは根性があるかどうかに絞られていた。それなりに吐き終わって落ち着いたのか、3人とも立ち上がりまだやる気が萎えていない事がわかった。
「よし、次はラクシャとかいったな。 存分に絞ってやってくれ」
「ったく。お前達、あたしにくだらない事言ったら骨の数本は覚悟しな!」
ぞっとする表情を浮かべているがそれでも戦意は失っていないらしく、ラクシャとの戦いでカエルが潰れるのに似た悲鳴を上げ続ける。それから30分近く経った所でとうとう立てなくなり地面に倒れたまま動けなくなった。
「3人とも降格は無しだ。これからも努力するように」
ロセ団長の言葉に返答も無く、その場に倒れたままだが折れた木剣を握ったままで心だけは折れていないようだ。恐らく心を入れ替えたわけではないが、家柄や権力など気にせず叩き潰しに来る存在が居るとわかり、それでも戦う意思を捨てなかった以上降格させる必要はないと判断したようだ。
どの試験場所でもB級冒険者相手に貴族騎士見習い達は叩きのめされ、一応の反省をしたことで二名の欠員出るだけとなったそうだ。欠員が出たことで新たな入団者が決められることになり、一般兵士の中から採用試験が行われ見習い騎士として採用されることになった。今回も兄に採用試験の相手として呼び出され、多くの正騎士が試験官として選抜中の5名の兵士を見定める事になっている。
試験の時間が近くなる頃、騒ぎが大きくなり何事かと視線を向けると、貴族の身なりの者が弓的の近くで騎士達と小さな争いとなっていた。内容は聞き取れないがあまり良い雰囲気ではない。私を見つけると騎士達を押し退けこちらを睨みながら指を差した。
「貴様らのような下賎な者が良くも私の顔に泥を塗ってくれたな!!」
見た顔ではないのだが、状況からして退団させられた元貴族騎士見習いだろうか。横に居る男は顔まで隠れるローブを脱ぎ捨てると、黒い鉄光する筒状のものを身につけていた。
「大金を払って雇った傭兵だ。皆殺しにしろ!」
爆発音と共にローブの男を止めていた一人の騎士が地面に倒れる。ローブを纏った男の手が握る鉄色の棒状の先端から煙が出ているが、あれは魔法の類なのか分からないが命の危険をひしひしと感じる。
「避けろ!」
「あれは"銃”です! 壁となるものを!」
「アースウォール」
複数の土の壁が地面から迫り出し身を隠す盾となるが、何か起きたのか理解できないでいた騎士が胸を撃ち抜かれ地面に倒れる。他の騎士たちは理解できずとも盾を構え、比較的装甲の薄いや腕を狙われながらもアースウォールの後ろに身を隠した。
「リーアナ、あれは ジュウ というのか?」
身を隠しながらな記憶を探るが、なんとなく記憶にあるのだけでしっかりとは思い出せない。ただ向けられると死の恐怖は身近に感じられ、その眼前に立っていてはならないと直感が訴えている。
「しっかり思い出せ! お前以外対応出来ないだから!」
エルは相変わらず耳を引っ張って怒鳴るせいで頭にがんがん響くのだが、うっすらと思い出し始めている。轟音と共に鉄が撃ち出される鋼鉄の玉。6連発 回転式拳銃 弾はかなり大きめの部類だったはず。特徴はクロスボウよりも連射が効き音が大きいが、その反面再装填も早い。
「タイミングは」
まだおぼろげだが思い出しかけている。問題はこの世界に比較該当するものが無い為、あの武器の脅威程度を理解し辛い。6回爆発音がした後、何か操作をする事で再び6回撃てるようだ。操作時間はおよそ4秒、身体強化で接近するにしてもあの威力で膝や頭部に直撃すればただではすまない。
今は感覚的に居る場所を把握しているが、相手をみないで魔法を使うには位置が曖昧すぎるし、魔法を使う為に僅かでも集中を欠いたり動きが鈍ったらいい的だろう。今は相手もこちらを探っているのか最初の位置、弓的の裏から殆ど動いていないようだが、何を考えているのか読めない。
「時間は無い・・・・・・か」
最初に撃たれた騎士の周囲には徐々に血の池が広がり始めている。あまり長く撃たせていると救護処置が間に合わなくなりそうだ。義理も関係もないが、見捨てるには少しばかり気分が悪い。相手の男が半身を隠している場所は魔法練習用的、中級攻撃魔法を撃とうにも生半可なものでは隠れる事で防がれてしまう。やはり接近して斬るしかない。
「突貫か特攻か。 どちらにせよ即死しなければどうにか」
最近余裕が無い為手元にある武器はバスタードソードが一本のみ、アイスソードではあの銃の弾丸には耐えられないだろう。
「アースフルプレートアーマー」
石や土を含むため動きにくく重いが、鋼鉄とほぼ同等の強度を持つ厚い鎧。思い出した記憶が確かなら分厚い装甲なら耐えられるはず。覚悟を決め、的に向けアースウォールから実を出すとすぐに左足に銃弾が食い込むが貫通するほどではない。右手で逆手に持ったバスタードソードで頭部への銃弾を防ぎ、一歩一歩と進んでいくが身体強化魔法を4割使用しても走る事はできない。脚部、関節部、頭部と的確に狙ってくるが、重い上に動きにくいアースフルプレートアーマーはただ頑丈、むしろその頑丈さ以外特徴が無い為ガントレットのみ使っているほど、歩くためだけでも身体強化魔法を使わなければならないという酷い欠陥はある。一歩ずつ歩きながら近付いているのだが、相手は的の裏から離れようとしない。依頼主の貴族の男もそこに居るため一応護る為のか、それとも何か対策があるのか。
剣が届くまであと3歩と迫ったところで銃を消し、小さな鉄の塊を取り出しこちらに投げた。
「防いで!」
エルの声にとっさに剣の平を鉄の塊に向けると同時に爆発し、衝撃で砕け散った剣の破片が鎧に突き刺さり数メートル弾き飛ばされる。そして倒れず着地した体勢を整える間もなく、今度は大きな銃らしきものを取り出し、連続した銃弾が撃ち出され鎧ごと体を貫き、貫いた弾丸によって背中の肉の一部がはじけ飛び激痛で意識が遠くなる。それでも兄達に切り刻まれながら意識を保つよう訓練を受けた事で気絶せず、すぐ近くのアースウォールに身を隠す事ができた。怪我も身体強化のおかげで身が砕けるまでにはいたらなかったようだ。
「ウォーターヒール」
鎧を消し、治癒魔法によって損傷した部位を補い、仮初でも形が整えられ悪化は抑えられる。だがまともに戦って勝つ手段が尽きてしまった。大物、それも連射できるあれを防ぐ手立てが何もない。連射できる大口径の弾丸、片手で持てる銃よりも大きく、絶え間なく連射し続けられる。
「軽機関・・・銃か」
アースウォールも大口径の弾丸によって徐々に削れて行く。先ほどの爆発物は手持ちが少ないのか、もしくは生成するのに手間がかかるのが使おうとしないのでまだ防げて入るようだ。あれは 軍人、元居た世界では銃器を使用し戦争に行く者。殺人訓練を受けたものがこの世界では余りにも強大過ぎる銃器を持つ。それも自在に操り亜空間倉庫から取り出し、弾にも限りがあるように見えない。やはり転移者相手にするには並の力では対抗する事ができない。
この場で黒い力を使えばもはや隠す事は出来ないが、このままでは多くの騎士が殺されてしまう。そのような事を許容できるはずもなく、覚悟を決め複数の魔剣を取り出そうとした時声が響いた。
「皆は下がれ!」
声に振り向くとそこには兄アークスが居た。今回の試験には団長クラスは誰も来ないはずだったのだが、周囲を複数の光の精霊が舞い、すでに臨戦態勢に入り全身から聖なる光を放っている。当然のように兄にも銃口が向けられ銃弾が襲い掛かると思われたが、光速の剣撃ですべての銃弾を弾きとばした。さすがに予想外だったのか、驚愕の表情を浮かべながら徐々に後ろに下がっていく。だが反動が強いのか連射したまま本当にゆっくりとしか歩けていない。しかし兄は銃弾を弾き飛ばしながら確実歩みながら距離を詰めていく。他の武器を取り出そうにも、少しでも動きに揺らぎがあれば一気に間合いに飛び込んでくるのが分かるようだ。だが大きな弾倉とはいえ納められている弾は有限、再び亜空間倉庫だろう場所から交換弾装を取り出すか別の銃器を使わない限りジリ貧だろう。弾切れで銃撃が止んだ瞬間兄は20m近い距離を一気に接近し機関銃を斬り飛ばした。その瞬間、男は左手で腰に下げられていた長めのナイフを掴みアークスの顔目掛けて突き出す。余りにも手馴れている上に躊躇が全くない。右腕を貫き柄が腕にぶつかるまで深々と突き刺さり止った。そのまま兄は無理やり腕を動かした事で右腕を切り落とされるが、残った右腕の肘と右膝でナイフを掴む手を潰すように叩き付けた。身体強化魔法ならあの威力なら骨ごと砕けるはずだが、折れる音はしない。しかしさすがに衝撃がある程度は抜けたのか手から離れたナイフが空中に舞う。アークスが残された左手でナイフを掴むのと同時に、相手の男は右手で大振りな拳銃を取り出し、放たれた3発の弾丸はアークスの胴体を貫通し血が噴出す。だが、それ以上続くことは無く男は首を斬り飛ばされ地面に転がった。
強い。相手が特殊な力を使わなかったり相性というのもあるだろうが、理解はしていたが転移者を倒すほど兄が強いとは思っていなかった。一際大きい光の精霊が兄の切り落とされた腕を掴むと切り口に押し当て、周囲を他の光の精霊が飛び回ると降り注ぐ光の粒子によって傷が癒え、数秒もかからず完全に治ったようだ。
「ヒールオブセイントミスト」
兄の魔法によって光の粒子が霧のように周囲に広がり、重症だった騎士達の傷が癒えていく。光の大神の祝福と加護を与えられ、多数の光の精霊が守護し、あらゆる光・神聖魔法を苦も無く扱える兄は名実共に閃光の聖騎士であることは疑いようがない。ようやく到着した治癒術を使える魔導士達が騎士達の手当てに入り始める。
「私のことはいい! アークス副長の怪我を診てくれ!」
「副長ご無事ですか!」
腕や足を撃たれ、まだ動けない騎士達も兄を心配している。これが人徳という奴だろうか。治癒魔法を行える魔導士達を兄に向わせようとしている。しかしすでに完治している兄には不要だろう。その時兄は死亡した騎士の横にしゃがむと自らのマントを取り外し、その体にかける。
「一人・・・・・・間に合わなかったか。残りの者は治癒魔法を完了するまで安静に」
最初に撃たれ、胸から血を流していた騎士はどうやら助からなかったようだ。
「私が遅くなったばかりに、すまない」
兄がゆっくりと目を閉じると他の騎士達も簡易ながら黙祷を捧げている。死者への追悼、騎士はその強さから亡霊になりやすく、またその強さは計り知れない。属性が全く異なるため少々時間はかかったが、兄の魔法によって私の傷も癒え立ち上がる。気にする必要はないかもしれないが、いくら兄でも腕を切り落とされ体を弾丸が貫通して負担がないとは思えない。
「アークス兄さん、傷はもう大丈夫ですか?」
「竜のブレスの方がもっと辛いものだ。あの程度なんということもない」
こちらをほとんど振り向かずに答えてはいるが、僅かに伺える表情はどこか辛そうに見える。兄は私と異なり優しい。部下を救えなかった事を自ら責めているのだろう。
「そう、ですか。しかし無事で何よりです」
しかし兄にとって未知の武器を持つ転移者さえも打倒すほどだとは思っていなかった。この世界に私が送り込まれないでも、兄のようなこの世界の住人だけでも問題ないのではないだろうか。
「アークス様! こちらへお急ぎください!」
「今行く」
声の方に向う兄の後を追うと、先ほどの男の残骸が徐々に塩の塊に変わり砕けていくのが目に写った。持っていた銃やナイフも同じだ。
「魔族か、魔物なのか。 これは こいつは何だ」
兄は何も言わないが、騎士や魔導士達が戦々恐々としている。武器もそうだが死んだ後の変化がもっとも異常だと感じているようだ。兄アークスは振り返ると私の肩を掴み小声で話す。
「グレン、伏せておけ。 公爵様には私が伝えるが、これは他の者には難しい問題だ」
どうやら兄は光の大神から聞いているようだ。相手が何者でありそして何をしようとしているのかを。男を連れた元騎士見習いの貴族は自害しており、家に影響が及ばないようにしたのだろうが、もはや家の取り潰しは避けられないだろう。事情を聴取のため兄に呼び出され執務室を訪ねたが、文官や護衛騎士さえおらず、重要な話であるように部屋の隅には盗聴防止の魔道具まで置かれている。
「あれはゲストと呼ばれる者、それに違いはない。私が崇める光の大神フォティ様が仰られていた」
「ゲスト? ですか」
「グレン、お前が崇める神の名は知らないが、あれは“お前と”同じようにこの世界の者ではない。それは間違いないな?」
兄は私がこの世界物ではない事を知っている数少ない人だ。それでも弟と見てくれるのだが。
「・・・・・・確かにあれは一番最初に私が居た世界の武器を持っていました」
「やはりか、だがフォティ様のお言葉通り世界に安定を齎す筈のゲストが世界を乱す存在になるとは、苦しい戦いになる」
兄の話は私がテラス神様から聞いていない情報だった。 いままで時折ゲストと呼ばれる転移者や転生者が現れ、勇者、英雄、救世主、神の使徒、世界に与えた影響で評価する言葉は変わっていたが世界に平和をもたらしていたそうだ。最低でもSSクラスの実力を持ちながら知らぬ考え方を持つ“ゲスト”、世界に良い影響をもたらし戦乱を治め、王都戦士養成学校の設立を提案したのもその“ゲスト”の一人だったそうだ。
しかし兄アークスは光の大神フォティ様から今世界に複数のゲストが存在し、ほぼ全員が世界に平和など齎す事など何も考えていない事を教えられたそうだ。兄は私も一時は監視していたそうだが、私の崇めるのがテラス神様だと分かると問題ないとお墨付きを貰ったそうだ。結局はこの世界にとって紛れも無く“ゲスト”であり部外者、立ち振る舞いが全てを決めるのだろう。
ある程度の世界の安定と平和によって娯楽や食べ物が発展したように、戦いで弓が生まれ、機構が産まれ、クロスボウと成ったように、自然と必然によって発展していく。偶然出来る物のにもその時の知識や技術によって産まれる限界点があるからこそ、それを解明する技術や知識が発展する。先に進みすぎた物は解明する手段さえ存在しないのだから。魔法の世界なら魔法が、科学の世界なら科学が主流となり、ゲストがもたらしたものは歪な形で残るだろう。数百年先か育つ事のない未知の技術と情報をもたらし混乱を招く存在でしかない。
この未成熟な世界の最上位神の管理が不足し、何度も崩壊し掛ける度にゲストを呼んでバランスを取り戻させていたが、今はゲストによって壊されかけている。
「グレン、お前は他のゲストと異なり何故世界を変えようとしない。お前は何を考える」
何をと問われても困る。私は神命に従い、最初の世界に戻るため現在の最上位神を括っている転移者を仕留める。それに何か世界に影響を与えて責任を取れる気がせず、無責任に放置する気になれないだけだ。
ラクシャ達を癒した魔法も最上位神聖魔法が使える兄なら苦労することなく欠損した腕さえ元に戻す事が出来る。コネと金はかなり掛かるが高位神聖魔法が使える治癒術士でも時間さえ掛ければ出来る事も知っている。渡した武器でさえ世界基準で製造が難しく非常に高価なだけであって作れないわけじゃない。
「変えるも何も、私はほとんど覚えていません。それに私は神命を受けており自由などありません」
もしかしたら私の思考は転生する時に無意識下で縛られているのかもしれないが、それもこの世界にとって必要なら疑問に持つ必要さえない。
「お前は・・・・・・」
兄が側で仕えている光の精霊と共にどこか呆れたような表情を浮かべる。力を持つ者なら一度は支配や権力に憧れを持つはずだが、責任を取りたくない故にそのような立場を求めないグレンを理解しつつも変わり者と思ったようだ。
「今後はあのようなものが現れると、エウローリア様にはお伝えする。お前の事は今のところ黙っておくが、知られないように注意するように。私もエウローリア様に問われれば答えねばならないからな」
「・・・・・・ご配慮に感謝いたします」
今後はもっと暗に行動しながら転移者を探さねばならない。情報を集められる人物と表立って功績と注目を集める人物が必要そうだ。
塩となった二人目の転移者、塩とはつまり肉を持たず、肉体の枷をかけられていないということ。肉体はいわば生命体としての限界点、それを越える為に魔法で枷を緩め、枷でもある器が壊れないよう維持しながら限界を超えさせる。身体強化魔法はいわば枷を緩めながら器を強化していることだ。だか枷が元よりないのならいくらでも強化できる。それこそ魂が許す限り上限無く強くなれるはず。
正直今の私は武器も技術も戦闘技術も不足しすぎている。兄の戦いをみて、多くの点で不足している事が良く分かった。今までは暴走させるだけでも転生者に勝てると思っていたが、一人目と二人目を見る限りそう甘いことは言っていられないと感じている。暴走させる事しかできない力を制御できるようにしなければ、本来の力を発揮する事などできない。ほんの僅かでも制御するきっかけさえ掴めば少しずつどうにか出来るのだが、その為には開放した状態で一定時間力を使い続けることで慣れなければならない。つまり力の完全な制御を出来るようになる為に、力を使った状態で何かと戦わなければならないということだ。だが兄は立場上不可能、その他の誰かに知られるわけにもいかず何かしら方法を考えないといけない。
やるべき事が多いが、順調なのは治癒の魔剣を常時帯剣していることで、魔剣への魔力の流しかたや制御方法は慣れ始めているただそれだけだ。そして治癒術についても兄の治癒速度と比較して現状は遅すぎる。いくら魔剣を使ったとしても、私自身の治癒術に関しての知識が浅過ぎて力を使いこなせていない。治癒術を向上させる必要性を感じたのだが、知っているのは自己治癒系か、反動覚悟でラクシャを治療した神聖系治癒術のみとなる。一度しっかりと知識と技術を磨いた方がよさそうだ。
「別に構わないよ。ナルタには色々教えたいからね」
二週間ほど技術を学び直したいと二人に伝えると、酒と鍛錬、そしてダンジョンでナルタと共に狩りに行くとラクシャ達は了解してくれた。ラクシャとしても最下層のアースドラゴンを狙う事を考え、30層まで降りてレッサードラゴンとオーガ相手に腕を磨いてるそうだ。アースドラゴンから取れる素材は高値で売れるし、アースドラゴンそのものを素材として使った武具もいいかも知れない。下位に属するとはいえ竜種、その柔軟性と強度は鋼鉄と革で作られた防具より遥かに優れている。一方でレッサードラゴンは竜種ではあるが最下位に属し、強さこそ上回るものの素材としての価値は最上位のリザードマン種に劣る。翌日から学ぶため養成学園に在る蔵書保管室を訪れた。
王都戦士養成学園・蔵書保管室------------
蔵書数 数万を誇る王都でもっとも大きな書庫。貴族や騎士、そして養成学校に所属するものなら誰でも保証金を支払う事で閲覧する事が出来る。
禁術や禁本などに関わるものは閲覧することはもちろん出来ないが。
-----------------------
治癒術に関する棚を見かけ、何冊か分厚い魔道書を調べてみれば神聖術でなくとも治癒効果の高い魔法はいくらでもあるようだ。著者の欄には魔法ギルドの印と見知らぬ名前が書かれている。魔法に関する研究は魔法ギルドによって行われ、新しい本には所々に兄セズの名が見える辺り、随分と研究成果をあげているようだ。だが問題は、どれだけ読めば終わるか分からないほど陳列された本が並ぶ棚だ。だが知識を得るには理解できずともまずは読んで置かない事には話しにならない。深くため息をつくと肩に乗っているリーアナに話しかける。
「・・・リーアナ、すまないが頼みがある」
一緒についてきたのはリーアナだけでジノとエルは部屋で寝ているし、ラクシャとリヒトはナルタをつれてダンジョンに潜っている。
「なんでしょうか」
「魔法を使って意識を速読と理解に優先する。影響で反応が鈍くなるからサポートを頼みたい。いいかな」
「わかりました。お任せください」
非常に難しい兄セズの魔法学についていけないこともあり、そのために態々兄が製作した強制勉学魔法。異常なまでに集中力を発揮させ理解力を引き出すのだが、反動として効力が切れた後は酷い倦怠感に襲われるため出来れば使いたくはなかった。食事を取る事さえ億劫になり眠っても夢はその内容ばかり、これは思ったよりも精神的苦痛が酷い代物だ。
それから毎日朝から晩までひたすら書を読み漁り、やつれた顔をしながら寮に戻り寝るだけの日々を過ごした。そして16日間休むことなく連日通い詰め、治癒術に関しては読み終えることは出来た。治癒魔法そのものよりも、魔法ギルドによって考案された魔法の理論や魔方式による効果の向上や消費魔力の減少などが殆どであり、幼い頃習った単純なヒールでさえ2~3割程度、私が知る物より効果を上げつつ魔力消費量を1割程度下げられるようだ。
一方で治癒術の影の部分、死霊術及び人体の構造について詳細に記載されており、ゾンビの作り方などが記載されていた。生死は表裏一体、治癒術の反術である死霊術を詳しく知る事もまた治癒術の向上に繋がる。
「死霊戦士の作成・・・・・・か」
魔剣の中にはそういった技術に極めて長けるモノがある。多くの戦士の死体を組み合わせ、最強の死霊戦士を造ろうとした最高峰の死霊術師、神殿からは下種だとか屑だとか言われていたが、死の神への信仰を熱心に捧げ、知性さえ失った怨霊の魂に理性を与え、家族に最後の言葉を伝える。殺され恨みによって亡霊の話を聞き、動くだけのゾンビやスケルトン、そういった魂を静める知性人でもあった。
この世界も知識や技術の蓄積によって徐々にだが着実に魔法は進化している。それを伝達する方法が学園という枠のみなだけで、恐らくドワーフの蒸気機構学も転生者や転移者が居なくても発展していくだろう。それ故になおさら考えてしまう。何を焦って外部のモノを引き込み急速に発展させようとしているのかと。考えても仕方ない。最低限気になっていた治癒術の知識の再確認はできたし、今は寮に戻り次の転生もしくは転移者を探す為の手段を考えなければならない。一番有力なのはブレーカーガントレッドを製作したモノだが、技術を広めている様子も無くこれもさほど問題になるとは思えず、やはり大事を起こしてどこかに隠れているモノを引っ張り出すしかないのだろうか。
治癒術に関する得た知識を実践することで理を実にすることだが、ダンジョンで無差別に治療を行うのは妙な噂が立ちかねないし、態々怪我をして治す様な真似をするつもりもない。貧民街で治療を施すのも良いかもしれないが、妙な噂になったり取り巻きや宗教団体にかかわりを持ちたくはない。妥当なところが怪我の酷い奴隷を安く購入し、治療したあとは何か雑用させるか自由にするのがよいだろうか。
「あたしが選別するよ。 心を見れば分かるし」
エルとリーアナは相変わらず思考や心を読むことに躊躇が無いが、話す手間が省けるのは助かる。
「どちらにせよ練習しない事にはどうにもならないし、明日一緒に行こうか」
翌日、フード付きのローブを纏い奴隷街に赴く。相変わらず奴隷街では虚ろな目をした者達が檻に入れられ、時には道行く人々に自らを売り込んでいる。
「おや、お客様ですか。また奴隷をお探しで?」
外れ近くまで言ったところでやや恰幅の良い男が店の入り口から出てきた。記憶にないのだが相手の奴隷商はこちらを知っている。可能性があるとしたらラクシャの二人の件の時か。
「突然失礼いたしました。私は奴隷商のサバスと申し、以前欠損奴隷をお売りいたしました。その後お二人を治療されたと聞き及んでおります」
「治した事が伝わっているとは、随分耳が良いのですね」
「ほとんど知られては御座いません。私が管理しておりましたので、その後どうように扱われたのか確認しておりました」
商品の追跡調査、妥当な言い分だが油断はしない方がよさそうだ。ローブの下のエルも余り良い顔をしておらず、裏切りはしないだろうが信頼は出来そうにない男のようだ。
「この度はどのような奴隷をお望みでしょうか。当方であればお客様の満足できる奴隷をご用意いたします」
裏のある商売人特有の笑みは浮かべていない。むしろ商売相手として何か利を得ようと考えている、そんな力のこもった目をしている。
「・・・・・・治療魔法の実験に適した奴隷を探している」
「そうでございますか。該当する奴隷が5名ほどいますので奥の席でお待ちください」
数分して目の前に並ばされた奴隷は皆少なからず怪我をしているが、どれも軽い怪我で重症と言えるものではない。ただ他の奴隷商人の奴隷達とは異なり、疲れや若干の栄養不足な様子はあるが虚ろな目をしてはいない。どうやら他の商人と比べてまだましな扱いをしているようだ。
「もっと重いのは居ないのか? これでは練習にはならない」
「一人だけ居りますが、以前と同じ損壊奴隷で御座います。 元々調度品奴隷ですので余りにも」
渋る奴隷商に分かるよう5人の奴隷の方に片手を向ける。
「ウォーターヒール」
奴隷達に薄緑色の液体が纏わりつき、腕や足についていた裂傷が消えていく。その様子を見て奴隷商のサバスは驚いているが、中級の治療魔法で大したものではない。慈善行為をしている治癒術士や神官なら扱える程度のはずだ。
「見ただろう。これでは練習にはならない」
「・・・確かにそのとおりで御座います。 すぐご用意致しますのでお待ちください」
数分して次に連れて来られたのは頭までローブを纏い片足も無い女の子だった。
「こちらは元調度品奴隷で御座います。詳細をご説明いたしますのでそのままお座りになってお聞きください」
調度品奴隷は犯罪奴隷とは別の分類に当てはまる。奴隷同士の子であったり元孤児や貧民街で親に売られた子供が殆どで扱いは一般奴隷となる。一般奴隷は借金奴隷とほぼ同じ扱いであり、自由になるには相場たる金額の半分以上を所有者に支払うか、もしくは所有者が自由を認める事で開放される。調度品扱いの奴隷は見た目も良い幼子が選ばれ、きっちり礼儀作法など教育を施され最も高値がつく16歳ごろ売り払われる。美男美女であればそういった趣味趣向をもつ貴族や商人いるため、幼い頃から才がありそうな子に芸と外見を磨き上げるそうだ。奴隷商サバスの話では持ち主である先代商人が死んだ途端、奥方が調度品として扱われていた奴隷達を殺そうとし、家を出ていた息子がたまたま戻り気付いて止めるまで4人が死にこの子だけ生き残ったが重症だった。高額の罰金や教育などにかけた損害などで家が傾いたが、長い付き合いもありただ同然だが損壊奴隷として格安で引き取ったそうだ。
「法を違反するとは面倒な事だな」
「奴隷にも権利が御座います。それを破る事は商人としてもあってはならぬことです」
どうやら奴隷商人とはいえしっかりとした考えを持っているようだ。確かにこの店にいる奴隷は通り沿いにあった他の店とは奴隷達の扱いが異なるように見える。
「問題ないよ。この子随分意思が希薄だけど裏切るような気質じゃない」
エルが心を読み、問題ないと分かればこの子で良い。意思が希薄なのは調度品だった為か、それとも元からなのか判断がつかないが問題ない。
「その子で良い。それと馬車を呼んでくれ」
「承りました。契約の準備をいたしますのでお待ちください」
価格にして35万フリス、調度品奴隷なら本来は最低でも600万フリスはするそうだが、損壊している事で大幅に落ちたそうだ。そして5人の怪我をした奴隷を治したサービスも含まれているという事だが、あの程度の治療で恩を売れたとは思えない。後々の縁を残しておきたいのだろう。
「それでは契約の印を刻みます。 こちらの印章に魔力をお流しください」
支払いを済ますともろい素焼きの陶器で出来た印章が用意された。一回限りで砕け再生できないように出来ているのだろう。魔力を流すとサバスは印が常に見えるような位置に立ち、奴隷の右手に押し付ける。禍々しい気配が印から噴出したあと粉々に砕け散り砂になっていく。呪印が手に刻まれ契約は完了したようだ。
「これで契約完了で御座います。また御入用でしたら当店にお任せください」
店の前に止められた馬車に乗り込むと奴隷商のサバスは丁寧に頭を下げ馬車を見送った。
寮の部屋に連れ帰るとき歩けないため抱き抱えて部屋に戻ったが、途中随分とまったく面識の無い寮生に見られてしまった。妙な噂でも立たなければいいのだが。
「その子が治療するための奴隷かい?」
リーアナから説明を受けていたラクシャ達は気にしている様子も無く受け入れ、頼んでいた大きい魔法陣が描かれた敷物を床に広げてくれていた。魔方陣の中央に子を下ろし、自らは魔方陣の端に移動し座る。
「傷を見る。服を脱いでその魔方陣の中央に寝るんだ」
表情も無く淡々と着ているものを脱ぎ、魔方陣の中央に横になるが目も当てられない。さすがのラクシャとリヒトも顔をしかめ、傷跡の酷さにナルタは顔を覆った。全身の裂傷、刃物で抉られたのだろう肉が削れた傷、片目は失われ頭髪も火傷で一部無くなってしまっている。訓練を兼ねているとはいえ余りにも酷い状況だ。よほど奴隷が憎かったのだろうが、いくらなんでもやりすぎだ。
「そのまま動かないように」
魔力を魔方陣に徐々に流し、描かれている象形文字や言語が浮かび上がっていく。
「優しき水の女神ヒュドール様。私は魔力を奉納し、その慈悲深き御身の力に縋る者。聖なる水の力を持ちて、傷に苦しむ者を癒したまえ」
両手を魔方陣に着き魔力を一気に流し込み最後の詠唱を行う。
「蒼水の癒し手」
魔方陣から綺麗な水が湧き出し、傷付いた箇所を覆う。完全に水の中に収まると火傷や裂傷の傷が癒され、肉が抉れた場所も徐々に盛り上がり塞がっていく。しかし何も感じていないのか奴隷の子は無表情のままだ。
「今はここまで」
5分ほど経ったところで外見的な治癒が終わったが、魔力操作の限界を感じ一旦治療を中断させる。水属性の最上位治癒魔法だけあって思ったよりも精神的に疲れる上に魔力の消費が激しい。重症箇所を治すのなら魔力消費量を抑える魔石や媒体などの準備が必要だろう。
「手や足、目はまだ治せないのかい?」
ラクシャが言う気持ちは分かるが、欠損している部位は一箇所ずつ集中してやらない限り治癒は難しい。本に書いてあったスライムと契約が出来ればもう少し簡単かもしれないが、魔物との契約は困難。魔法の力で無理やり従属させてもそれでは性質が変質し、契約することは出来ない。魔物もまた精霊の分類、変質してしまえば契約することは不可能となってしまう。
「また30分ほどしたら足を戻します。ですがそれ以上は二週間は間を置かないと」
傷を治すことは出来ても、弱った臓器を整え失った血液を魔法で造ることはできない。欠損した部位が戻った反動もどのような結果をもたらすか分からず、傷や失った部位を戻せても感覚に誤差が生じるだろうし、失った部位に流れる込む血液分、全身を巡る栄養や血液が一時的に不足するはず。そうなると臓器を整え血液を造るための薬が必要となる。自らの体なら身体強化の応用でどうにかなるのだが、調度品奴隷故に世話の訓練は受けていても身体強化など戦闘向きなのは皆無だろう。
「グレン、あれをつかえばいいじゃん」
エルに突然耳を引っ張られるが、特に心当たりがなにもない。
「あれとは?」
「自然スライム、湖畔にでも行って数日探せばあたいが心を読んで契約できる奴も見つかるはずだよ」
自然スライム***************
単純な粘液系魔生物、コアと魔石を持ち溶解液で出来た粘液で身を構成している。
ダンジョンで発生した魔物のスライムとは異なる。生態系に関わり自然発生したスライムであり、攻撃性はほとんどなく酸性度もかなり低い。
スライム系と契約する事によって強力な細胞増殖の加護を得られ、上位神聖治癒魔法にも匹敵する治癒魔法 細胞増殖 を得られる。
温厚なためペットとして飼ったり、より良い粘液を採取するためにスライム牧場のようにしている人々もいる。
****************
「自然スライムとの契約か。出来れば随分と治癒魔法が楽にはなるけど」
魔物も精霊の一種、契約が出来れば精霊が持つ特殊な力を扱えるようにはなるのだが、問題は魔物は他の精霊と異なり価値観が全く異なり、話す言葉も分からないため難易度は高い。しかし心を読んで会話が成立するなら助かる。スライムとの契約で得られる細胞増殖は魔法とは異なり非常に効果が高くリスクもないためぜひともほしいところだ。
「焼き魚♪焼き魚♪」
どうやらエルがやる気だったのは焼き魚を食べるのが目的だったようだ。リーアナは少しため息をついたようだが、双子の考えを咎めるつもりは無いらしい。
「この子を連れて行くわけにはいかないだろ? あたいらは残っておくよ」
「そうだな」
「私もこの子がきになるからのこります~」
ラクシャとリヒト、それにナルタが残るとなると、私とジノだけでいくことになる。問題はないが命令を待っているのか寝たまま微動だにしていない奴隷の女の子はどうしたものか。
「一旦起きて傷の確認を・・・だめだ。すまないがナルタ、あの子を頼む」
「ほらおきて~」
母性でも刺激されたのかナルタは優しく抱き上げると頭を撫でている。どう対応するべきか少々迷っていたのでこのまま任せてもいいだろう。
「ナルタが面倒みるのですか? 欠損さえ治れば一通り一人でも出来るのですが」
「私がみるよ。 体が治っても少しの間動きにくいし、誰かが見てあげないと」
それから30分後、失っていた足を元に戻し治療は一旦終わった。まだ治ったばかりでバランスを取るのに少し苦労しているが、引き摺る事もなく歩く姿は美しい。自らを充分に魅せる癖がついているようだ。今夜はナルタのベッドで一緒に寝るらしく、タオルで体を拭いてあげるといって部屋に戻っていった。
その夜、人目に付かぬ様寮のの屋上、その屋根に上る。月が出ている夜は闇属性や魔の物にとって非常に心地よく、私自身が内在する力と似た魔力を吸収しやすい。力を制御するための前準備として適合属性の魔力を存分に補給しておきたかった。ジノも時折夜に力を吸収していたようだし、数ヶ月も経たないうちに再び挑んできそうなこともある。
「戦いを思い浮かべて笑うなんて、あんたはやっぱり戦ってる方が性に合ってるんだよ」
エルは珍しく着いてきた肩の上でクッキーを食べている。おかげでカスがぼろぼろと肩におちているのだが、話をするのにここはちょうどいい。誰かに聞かれないようにするには魔法で簡易結界を張りつつ、近場に人が居ない事を確認する。
「エル、あの子を完全に治療して何を考えている」
治しはするが練習であってその後の事を考えていたわけではない。だがエルはわざわざ早期に完治させる為スライムの心を読むと言い出した。治癒技術の向上は助かるが他の意図があるとしか思えない。
「次の、また次の世代の為だよ」
エルは相変わらず夜食代わりだとクッキーを食べながら話を続ける。あっけらかんと、そしてさほど興味ない話をしているかのように。
「あの子に知識と技術を与える。奴隷制度がずっと続くか、それとも変化させるかはあの子次第」
奴隷制度を変えるとは随分と大事になるはず。外部の私がそれほどの影響を世界に与えてることに接触してよいものなのだろうか。
「あの子を使徒にするつもりか?」
神の使徒、聞こえはいいが個人の一生はほとんどなくなる。グレン自身、今まで生きてきた事もこれから生きていく事も、ある種定められた目的のためだけに存在し、それが終わるまで安寧も望む死すら得られない。
「使徒? そんな事私に出来るわけないよ。それにあの子を治して放逐しても、また奴隷に戻るだけ。それなら使おう? 可能性がない子なんて選んでないし」
人とは思考が違う。それすなわち神か悪魔、リーアナよりも明らかにエルの思考は人間とは離れている。
「・・・・・・どこまで教えて何を伝える」
「貴族の全て。なんならあの子をグレンの養女にでもすればいいよ」
「独身の貴族四男に養子を持つ権利は無い。 学問や教養は誰か雇って教育させ、戦闘はみなで教える」
「好きにすればいいよ。あたしらにとっては人間も奴隷も大差ないし、どうにかしたいって考えがあったから少し手を貸すだけだから。 水ちょうだい」
倉庫から水の入った皮袋と小さなコップを取り出し、水を入れるとゆっくりエルの前に差し出す。
「人間の一生は短い。グレンでも出来る時間は限られてる。考え方を継承して少しずつ導かないと、奴隷解放なんて数百年は先。この世界の使徒がいつあらわれるかもわかんないし、何よりもあたしらの使命には本来関係ないかんね」
考え方はまるで違えど人を良い方向に導くのが神、欲望に身を任せさせるのが悪魔、それならばエルは我がままで自分勝手でも導く側ということ。
「寒いし、もう帰って寝よ」
水を飲み終えるとエルは内ポケットに入り込み目を瞑った。
王都から全力で走って4日、北西にある巨大な湖畔に到着した。かなり遠いが海まで巨大な川が続いており、川を遡上してくるかわった魔物も幾らか確認されているそうだ。
ヴァダー湖畔の町ゴドラ
ハーミットクラブやスライムなど衛兵の巡回で事足りる魔物などが多く、危険な魔物も季節を除けば出現する事がないため観光地であり貴族達の別荘も多くある。湖畔はシーサーペントの繁殖地でもあるため、湖畔の中央に近づくことは禁じられており、命の保障はされていない。一方でシーサーペントが居る事から鈍感なハーミットクラブやスライムのみが生息する安全な場所でもある。
泊まるのはギルドに隣接する宿 スルン。木造の少々古びた宿で、入り口近くにある食事テーブルに座っている冒険者も少ない。一応愛想よく受付テーブルの向かいにはふくよかな女性が立っているが、やはり王都などに比べると服装など色々違いがある。
「一人と一従魔泊まりたいのですが、一室空いてますか」
「一泊900フリス、朝昼夜、どれも一食300フリスだよ」
「10日ほど先払いで支払います。夕食のみ御願いします」
「先払いだと泊まらなくても金は返さないけどいいかい?」
「それでも構いません。10日分部屋を御願いします」
宿屋の部屋を確保したあとはギルドに寄らず、翌朝から湖畔を回ると水棲生物とスライムをちょくちょく見かける。湖畔を回りながら、ここに来て始めてみる魔物が水中から姿を表した。カニ型の魔物 ハーミットクラブ、大きさは大人の半分ほどまで大きく堅い甲殻は加工品としても売られ、身は食料としても買取がされている。
「せっかくだ、今回は売らずに食べようか」
「さんせー!」
「半分は夕食にとっておきましょう。 カニ鍋というものも食べてみたいですし、早めに戻って宿屋で調理してもらうのもいいですね」
カニ鍋は良いのだが、人の半分ほどあるでかいカニを鍋にするのはかなり無理があると思う。足一本も携帯用の鍋に入る気がしない。
「それなら冷却して倒そう。 アイスジャベリン ショット」
2m程度の氷の槍を3本作り出す。放たれた氷の槍の2本は爪で砕かれたが1本が胴体の甲殻を貫き地面に倒れた。敵としてはCマイナスもしくはDプラス程度だろう。こちらから襲わなければ温厚で被害も殆ど無いのだから簡単な相手に間違いは無い。
「足3本はこの場で焼いて食べてみようか」
近付いて足3本を引き千切り、少し出てきた身に触れてみる。堅過ぎず柔らか過ぎず、煮ても焼いても美味そうだ。1本でも全長2m、太さも大人の腕くらいある立派なもので食べがいはある。5分割して火で炙ると美味そうな匂いが漂ってくる。観光地である為焚火をするのは禁じられているが、魔法の火で焼くのは禁じられていない。後始末をしない冒険者がいた為の処置のようなものだ。久しぶりの外での食事、湖畔から聞こえる波の音がなんとも心を安らがせてくれる。
ジノはまるまる一本殻ごと、5分割したものをエルとリーアナと分けて食べる。エルは、焼き上がったカニの足に入りながら食べるのは行儀が悪すぎじゃないだろうか。
「グレン、塩頂戴」
殻から半身だけ出しながら片手を向けている。塩を一つまみ渡すと再び殻にもぐりこむ。ここまで来ると行儀が悪いではなく豪快と言った方がいい気がしてきた。
「私には果汁を下さいな」
「レジの果汁でいいかな?」
「それでいいです」
半分に切ったレンジの身を握りつぶし、コップに果汁を満たす。後でエルもほしがるのだから多めに作り、冷気で果汁をほんの少しだけ凍らせ冷やしておく。
「それでは頂きますね」
コップから必要量だけ果汁を自らのコップに移し飲み始める。皆が一応に満足するまで食べた後、匂いに釣られてきたのか真っ黒いスライムが少し離れた場所に居る。それもその辺の青や緑と違って透明度も低くコアが殆ど見えない。ただ知性があるのか突然襲い掛かってこず、離れたところでこちらをじっと見ているようだ。
「エル、あれと契約は出来そうか?」
少しスライムをじっと見ているようだが、僅かながら交互に魔力の流れがあり何かはなしをしているようだ。
「えーと、たっぷりの栄養がある物と交換みたい」
意外と簡単なものだ。確かにスライムにとって普段の食料は動物の屍骸や草木が主流となる。それ以上の栄養ともなれば偶然に頼るしかないはずだ。焼いていたハーミットクラブの足の一部をつかみ、目の前に投げると上に飛び乗り消化液を出して吸収し始めた。満足したのかスライムの体から一部が小さく分裂し、こちらに近付いて着たので手に掴むと溶け込むように消えていく。
「契約成立だってさ。 グレンが知らない事でスライムと対話もできるけど、対話できるだけで敵対したままだって」
スライムとの対話が可能、そんな事本には載っていなかったが、もしかしたら獣魔の本には書いてあったかもしれない。
「これで一応の予定は終わってしまったが、2日くらいはのんびり食事をしていこうか」
ここは貴族の避暑地であり観光地のようなもの、食べ物も豊富で水棲生物を使った料理は王都ではほとんど味わえないものだ。目に着く店で持ち帰りで買っては食べながら歩き、食べ終えては次の店で買う。
繁華街を半周したところで満腹になり、のんびり歩いていると武器屋の横に置かれている巨大な物体に目が留まり、近くでじっくり見てるとなおさらその異形さが伝わってきた。全長2mの巨躯の鉄塊、なんというかそれ以外言いようが無い。刃は随分甘く造られており、鈍器と剣の中間的存在だろうか。長らく風雨に晒されて表面は錆びてはいるが、欠け落ちているような箇所はない。
「そいつが気になるかい?」
かなりお歳を召した女性が店の奥から出てくる。
「でかいだろう? 旦那が城を壊せる剣を作ろうとして、出来たもんなのさ。 名前は バッテリングラム」
「城を破壊するとは凄い目標ですね。何本か売れたんですか?」
「一本も売れとらんよ。今じゃ看板代わりじゃな」
笑いながら剣を叩いているが、どこか悲しそうに懐かしそうに剣を見上げていた。
「婆ちゃん、店の前でなにやってんの。 あ、お客さんですか」
店の中から40歳くらいだろう男が出てきた。状況から見て今の鍛冶師もしくは店主だろうか。
「少しこの武器について話を聞いていました」
「いやぁ こんな看板にもならない代物、年寄りの与太話につき合わせてすみませんね」
僅かながら顔に共通点が見られることから息子なのだろうが言い方が少々癇に障る。いままで使い手が居なかっただけで、この武器のつくりはかなり良いものだ。一言言おうかと迷っていると湖畔の方で騒ぎのような音が聞こえ、警告の鐘が鳴り響く。
「シーサーペントが出たぞ! 戦えない奴は湖畔から離れろ!!」
シーサーペント***********
全長3~9m程度の海蛇。鱗は硬く特別な力などないが単純に力も強いB級クラス魔獣である。
綺麗な鱗は美術的価値が高いが加工に難があり、武具としては余り使い道が無い。
基本的にこちらから仕掛けない限り温厚ではあるが、卵を産んだ直後は飢えて凶暴であるため非常に危険である。肉は珍味として有名であり、海と僅かしか面してない王都ではほとんど出回らない。
ヴァダー湖畔まで遡上し、卵を産む繁殖地となっている。
*************************
湖畔に視線を向けると5m級だが5体のシーサーペントが現れ町に向ってきている。警報を聞いた冒険者や兵士達が湖畔に向っていくが数が少なく、産卵の季節ではないためB級冒険者や騎士団員も居ないようだ。
「この武器、借ります」
大物狩りに向いたブレーカーガントレットがあればいいのだが、まだ新造中で出来上がっていない。魔法を使うには人目が多すぎるし、5匹ものシーサーペントを仕留められるだけの魔法を使うには時間がかかりすぎる。柄を握ると店主だろう男は驚いているが、今はこいつを借りる以外大物を仕留めるには手間がかかる。
「お・・・おい、そんなもの使い物に」
両手で握り力を込める。力任せに地面から引き抜くとその重量に体が振り回され、担ぐだけで体が潰れそうだが扱えない重さではない。引き抜いて確認すると手持ち部分とあわせて2m半もある大物だった。
「やるぞ ジノ。 今夜は珍味と聞くシーサーペントの肉三昧といこう」
その言葉と同時に4体に分身したジノが高速で襲い掛かり、もっとも奥に居たシーサーペントに食らいつき血が噴出している。身体強化魔法を使わないで動きを目で追うのが随分と難しくなってきている。
(また強くなったのか。これはそろそろ下克上を挑んでくるか?)
狼種は従属しているように見えて時が着たら再度挑んでくる。ジノは別に従属しているわけではないが、仲間とはいえ挑んでこないわけが無い。
「さて、2人とも気をつけてくれよ」
20人近い冒険者が1体のシーサーペントに、徐々に集まってきているが15人近い衛兵が2体のシーサーペントを、そして一体をジノが食らい着いているが、残り一体が町に、こちらに一直線に向ってきている。誘き寄せるために昨日倒したハーミットクラブを置いたのだが、その効果は良いらしく大口を開けて飲み込もうとどんどん近付いてくる。上段に構え、先端が背後の地面に接触。気合と共に振り下ろした巨剣バッテリングラムをシーサーペントの頭に叩き付ける。鱗を砕きほんの僅か骨に食い込み、それと同時に刃の抵抗が無くなり頭骨を砕き地面に到達した。頭部を真っ二つに切り裂かれ、絶命したシーサーペントの頭から引き抜き剣を確認するが歪みも刃の欠けも無い。
(良い武器だ。使いこなせる気はしないが、今は助かる)
魔法剣で戦うのは無理なのが分かっていたため勝手に借りたが良い武器だ。たった一振りしかしていないが、純粋な力に溢れどんな無理にでも耐え切ってくれる信頼感を与えてくれた。亜空間倉庫に倒したシーサーペントとハーミットクラブを入れ、まだ戦闘が行われているジノの方に向う。余りの重さに身体強化魔法を使わないと走れないが、他のシーサーペントが暴れまわる場所は近い。
「ジノ! 手を貸そうか!」
「フヨウ!」
1体が隙を突いて首元に噛み付くと次々首に噛み付き、肉を噛み千切り骨に変わっていく。それまで無傷で他の場所に噛み付いていたのは首から意識を完全に離すためだったようだ。
「アズカッテクレ」
口元からだらだらと涎が出ているが、どうやら食いちぎった肉も美味しかったようだ。ジノが倒したシーサーペントも倉庫に押し込む。
「さて、残りは3体か」
どこも苦戦しているようで一体も倒せては居ない。けが人が出る程度で済んでいるだけまだいいのだが、このままだと何名かは重傷者もしくは死者が出るかもしれない。
「手を貸す必要はあるか?」
手を貸すにも冒険者には一応のルールがある。先に戦っているのを横から攫うように倒すのは良く思われず、のちのちの取り分の話でもめてしまうために避けたほうがいい。後方で指揮らしきものを取っているらしい男に声をかける。
「頼む! 俺達じゃ荷が重い!」
荷が重いといっても、C級の集団で囲めばB級くらい倒せるはずだが、誰一人手馴れたまとめ役がいないのか。単独戦闘ばかりで連携を取らない私が言うのもなんだが、それはちょっと冒険者として不味いのではないだろうか。
「取り分は2人分追加だ」
剣を持って前に出るとジノも続いて前に出る。
「ジノ、分け前は折半でいいか?」
「ソレデイイ。ソチラニユウドウスル」
分裂もせず高速で近付くと頭部に噛み付苦とすぐ離れ、怒ったシーサーペントはジノを追ってこちらに向ってくる。手を抜いているようだがこちらも楽できるのだから文句は言えない。再び横に振りかぶり、大口を開けて真正面から向ってくるシーサーペントの口から体の中頃まで切り裂きその動きは止まった。
「おい、あれ武器屋の看板じゃねぇか?」
「武器だったのかあれ」
「一撃でシーサーペントを、どんな筋力と身体強化魔法使ってんだ」
看板とか身体強化魔法がどうとか雑音が聞こえるが構うつもりは無い。今回は身体強化魔法を使ってはいないためにかなり全身に負担が掛かったが、大きな予備動作さえあれば扱えなくは無い。結局は体と技の鍛え方次第ということだ。
「こちらは片付いたぞ! 怪我した冒険者は治療するから集まってくれ!」
衛兵達の方も討伐したらしく戦闘は終わった。冒険者と衛兵に怪我人はかなり出たが、重傷者や死人は出ておらず町にも石畳が幾らか壊れただけで一応の影響はなかったようだ。
「勝手に借りてすみません。手持ちの武器が無かったもので」
店の前には驚いて何も言えずに居る男と婆さんが私ではなくじっと武器を見ている。
「あんた・・・・・・それが扱えるんだねぇ。そいつは良い武器かい?」
「良い武器ですよ。見てのとおり頑丈なシーサーペントの頭を無理やり叩き切っても、歪みも刃こぼれもありません。少々表面のさびは落ちちゃいましたが」
錆が落ちた箇所からは金属が鈍く光りを放ち中は錆びていない事を伝えていた。
「そうかい・・・・・・。ありがとうよ」
お婆さんは少し涙ぐんでいる。息子でさえ武器として認めず、長年放置されていた代物。それを良い武器だと認められたことが嬉しいのだろうか。
「看板なのは重々理解していますが、この剣を譲って頂けないでしょうか」
全身を鍛え込むには充分過ぎる重量をしている。筋力と体力だけを鍛えるのには適しているし、何よりも砕ける心配が全くないというのが素晴らしい。
「旦那は生前扱える奴にただで譲ろうとしてたんだよ。 あんたは扱えたんだからあんたものだよ」
今手持ちで自由に扱えるのは200万フリス、鉄だけで作られ付与も何も無い武器として破格かもしれないが。
「霊前に供えてください。 良い武器を作ってくれてありがとうございます」
100万フリスを渡し丁寧に頭を下げる。実際には広い場所でブレーカーガントレットを使わないという条件下でしか使うことはない。だが鍛錬で使うには充分過ぎる。
その日の夜、新たに倒した2匹ハーミットクラブを担いで一人湖畔に潜る。水魔法で呼吸に困ることはない。ゆっくり泳ぎながら湖畔の中央付近につくと、そこでは10mあるだろう一匹のシーサーペントの卵を護っていた。卵の数は遠めに見て20~30程度、季節から少々外れているが、卵を産んだ直後の飢えで暴れていたようだ。いずれこの多くの卵が孵った後は川を下り、数年すればこのうち何体かがつがいとなってまた川を上り湖畔に戻ってくる。それまでこのシーサーペントが縄張りである湖畔を護り続けるはずだ。こちらに気付いたのかゆっくり向くとそれ以上近付くなと警告しているように睨んでいる。気になって結果が分かり、戦わずに済むよう2匹のハーミットクラブを置き、静かにその場から離れる。
王都に戻ってから2週間、訓練場でバッテリングラムで素振りをしているが体が振り回され、上段から振り下ろし以外バランスが取れない。横薙ぎに振るうと反動を殺せず、全身の筋肉が悲鳴をあげ2撃目まで1秒以上間が空いてしまう。もっと重心移動と反動を生かす剣撃を心掛け、基礎身体能力を高めないといけない。
身体強化魔法はその身のスペックを割合で増やす。100の力を110や120と上げるのであり、基礎が高ければ高いほど意味がある。前世よりも鈍っている体を鍛え上げるにはかなり無理をしないといけない。最悪一度祖父に会って鍛えて貰うしかないのだが、生き残れなければ死ぬ。祖父の鍛錬で命を落とした冒険者は少なくは無いが、生き残れた者はB級冒険者として箔どころか、平民だろうと騎士や冒険者ギルドに無条件で取り立てられていた。
だが
「真正面から突くなど死にたいのか!」
16歳のとき、祖父に中段突きを怒声と共に両腕ごと切り落とされ、首の皮一枚を切られた記憶が蘇り冷や汗をかいてしまう。あの後祖父は妹のシーナに烈火の如く怒られ凹んでいたが、腕も問題なく兄セズによって繋げられ後遺症も無い。兄アークスも左腕を切り落とされた事があるし、兄クロムは大剣で体を貫かれ掲げられたこともある。つまり祖父の訓練とは命懸けで、死なない為に全力を尽くしている間に強くなれるようなものだ。
部屋に戻るため寮の共同浴場で汗を流していると、他の同級生がちらちらこちらをみてくる。気にはしていないが18歳で全身傷跡だらけ、手足にも繋いだ痕が残っているのは確かに異常ではある。最初から無類の強さでもあればいいのかもしれないが、前世もかなり鍛え込む為に師匠に無茶をされたがここまでではなかった。ソーディアン家ではかなり厳しい所か命を削る教育方針と言った方が正しい。
「なぁグレン。寮を出ないか?」
部屋に戻るなりリヒトに伝えられどういうことかと頭をかしげる。
「なんつうか、別に悪くは無いんだが手狭だろ?」
確かに人数も増えてきた。私・ジノ・ラクシャ・リヒト・ナルタ・元奴隷のイノ、5人と1匹人だとさすがに手狭だ。イノの体もヴァンダー湖畔から戻ってすぐに スラムの加護魔法 細胞増殖 で治療を完了し頭髪も少しずつ揃ってきている。名前もなかったのだがナルタとラクシャがイノ・ミラルスと名付け、貴族院に行かせるということで今は約半年後に備えて私塾に通い勉強に励んでいる。
「明日ギルドに問い合わせてみます。予算は共有費用から出しておきます」
翌朝、冒険者ギルドに問い合わせ、パーティー向けの拠点として使える場所の斡旋を依頼する。大規模パーティーになると拠点として下級貴族より大きいな屋敷や庭を持っている所もあり、一種のステータスであり力のあるパーティーである証明でもあった。そのためギルドは拠点となる家屋の斡旋も行っている。
そして三日後。
「良く見つけたね」
「借地で古い倉庫ですから。一括で10年分600万ほど支払いましたが、場所が場所ですし」
貧民街ではないものの、平民地区の外壁に隣接する日陰の場所。その上先日近場で殺しがあったそうで、治安も大して良くない為二年ほど借り手がつかなかったそうだ。
「建物もボロボロですが、代わりに好きにして良いそうです」
倉庫の扉を開けると中は蜘蛛の巣や埃まみれで荒れ果てている。潰れた商店の倉庫だったらしく中は非常に広く簡易的ながら中二階と半地下も造られていた。
「随分と手を入れなきゃだめだが、広いしこれなら安心だな」
リヒトは片手で蜘蛛の巣を払うと中を見回し、壁を叩いたり床の埃を軽く払ったりしている。一階と二階しかないがそれでも18部屋分はある。壁や部屋を直したり鍛冶場や調合室を用意したりと大変そうだ。
「それじゃ一稼ぎしようか。3000万フリスもあれば充分そうだね」
現在の共同金の残額は1200万フリス、あと1800万となると今までの階層では二週間程度ダンジョンに篭らないと稼げない金額だ。30層よりも深く潜るか、35層に存在する迷宮主アースドラゴンを仕留めれば素材で軽く1億フリスは超える。だが現在C級の私が倒すのは不味い。実力的にはすでに討伐経験のある兄クロムとセズから可能だといわれているが、それは自分の血を与えて地道に育てていた魔剣があればの話だ。だがそれは教育係に没収され、妹の護衛で着いて行く時に持っていかれてしまった。苦しいが、出切れば使いたくないがやはりあれを売るしかない。
「いままで蓄えた魔石を売りましょう。 また稼がなきゃ行けないことは変わりませんが、改築中に稼ぐ事が出来ます」
魔石、いままで一度も売らずに貯めていた虎の子貯金のような物。大小と品質は様々だが数千個は確保してある。
「それならギルドで売り払ってから建築店で依頼して、その足でダンジョンに潜ろうぜ」
「行きますか。30層以下のドラゴン狙いに」
「う~ん、私はこの子と寮の方に居るよ~」
「では、ナルタとイノ以外は明日潜るために今日は準備としてましょう」
ナルタが残り、残りのメンバーで31層以下を目指す事となった。レッサードラゴンなら40000~45000、オーガなら28000~32000、レッサードラゴンとオーガを狙えば価格としても一気に稼げる。ギルドで魔石を全て売り払い、ナルタの要望を加えて建築店で依頼料を支払い各自準備を整えることとなった。
私は久しぶりに義手店に赴く。漸くできたブレーカーガントレットを受け取り、最終調整の為右腕に装着する。爆発と反動に耐えられるよう手から右胸部までを完全に鋼のフルプレートアーマーで構成、基礎構造部は鋼で作られ前の1.5倍は大型化し、杭の先端からカウンターウェイト長も最大で135cmはある。杭はミスリル合金製で太くなり、中級爆発魔法の爆発と反動に耐えられるよう重さも相応に増えたが、これならあの時と同じように使用したとしても耐えられる。
「これでアースドラゴン狩りが出来る」
レッサードラゴンやワイバーン程度には充分だし、最下層の主アースドラゴンを相手にするにはこれでなんとかなる。ここ二 三年、アースドラゴンを討伐した冒険者グループは居らず、市場に出回るのが騎士団が定期討伐した時だけに限られるため、金の為ではなくアースドラゴンの魔石や素材があれば交渉事に関して有利に運べる。
王都ダンジョンも30層以下にもなると巨大な洞窟作りではなくなり、回廊といった立派な作りとなる。各所に点在する個室のようなものがあり、亜種やユニーク種が屯しているか、稀にダンジョンで投棄された武具が自然と集まり、魔素によって変質した特別な物に変わる倉庫や宝物庫となる。これを狙う冒険者も居るが大抵住みかとしている魔物の餌食となりただの屍となるか、大したものを得られず後悔する事になる。
31層。ここまで来れるのはC級冒険者でも10人以上のパーティーを組んだ実力のある者達、もしくはラクシャやリヒトのように少数のB級冒険者だけとなる。
「では、何かあればここで」
パーティーの意味がないという人もいるかもしれないが、互いに無理だといわない限り協力する必要はない。この階層の主な魔物はレッサードラゴンとオーガの二種類、稀に屍骸喰いのスライムが居るがその程度。30層と繋がる階段の前で個々に別れる。
分かれた直後ジノは一匹のレッサードラゴンと相対していた。
レッサードラゴン****
体長3m程度の退化によって翼を失い地を歩くだけのドラゴンだが、その牙や爪や竜燐は健在でありB級冒険者でも一苦労する。
一方でレッサードラゴンを倒すことで得られる強固な素材が他のドラゴン種やワイバーン種を相手にする時役に立つ。それほどの相手に使われた武具は長くは持たない為常に素材の流通量が不足している。
また肉類は美味で貴重な食材、血も薬の材料、骨も強固な建材として買い手は沢山居る。主に尻尾は僅かしか取れない上に非常に美味。
*********************
レッサードラゴンの咆哮、身に降りかかる振動に油断できない相手だと否が応でもわかる。強い相手、毛が逆立ち血が沸騰していく。臆することなく真正面から突進しながら5体に分身。大きく息を吸い込みレッサードラゴンの吹き出された灼熱のブレスで2体がやられ消え去る。シードラゴンの攻撃でも耐えた分身がまるで役に立たない。だが壁際に近い2体と飛び上がり天井近くに舞っていた1体の合計3体が逃れ、レッサードラゴンの身に取り付き牙を突き立てる。
「ッ!?」
シードラゴンの鱗を貫いた牙が強固な竜燐に阻まれ通らない。レッサードラゴンは振り落とすために暴れ回り、落とされまいと爪を立てるが振り落とされ、体制を整えるまもなく襲いくる尻尾がぶつかり離れた壁に叩きつけられる。骨がきしむどころか尻尾がぶつかった肋骨にひびがはいったようだ。長い戦いをしていると不利になる。
「オォォォォ!」
月狼の咆哮、ルーンウルフの身体強化魔法でもあり全身が3倍近くまで大きくなる。サイズだけならレッサードラゴンと同じ大きさ、全ての力も比例して大きくなり皮膚や体毛も硬化した。真正面から突進、人間のように小ざかしい戦い方は出来ないしするつもりもない。レッサードラゴンが振りかぶった爪が胸の肉をえぐり血が噴出すのも構わず首に噛み付く。その状態のまま左足に噛みつかれ、剣も通さぬ皮膚を貫き骨にひびが入り、レッサードラゴンの左前足爪が肩の肉を抉る。身を犠牲にし顎に全ての力を込め、牙にひびが入るが竜燐を貫き肉に到達した。噛み付かれた足と爪によって抉られた胸部から血が噴出すが構わず力を込め続け、一分と経たずレッサードラゴンの呼吸が止まり息絶えたようだ。
「済んだか?」
いつから見ていたのかすぐ背後の通路の分れにグレンが居た。レッサードラゴンの首から牙を離し、体を元のサイズに戻してその場に伏せるとグレンが治癒の術をかけ傷が塞がっていく。仲間、それが居なければこんな無茶は出来なかった。いつの間にか仲間が治療してくれる事を考えていたようだ。それはともかく傷を癒され、立ち上がるとようやく倒した獲物を味わえる。
「やれやれ」
ジノはレッサードラゴンの尾を噛み千切り、焼いて食べ始めた。傷を癒したばかりでまだ体力は戻っていないはずだが、血塗れのままで食らいつかなくてもよいだろうに。足音に振り返り標的を目にするが、ジノはそのまま動く気配がない。手を貸す必要だと思っていないのだろう。
「オーガとオーガ亜種の二体か、余りいい獲物ではないな。ジノ、こいつらは譲ってもらうよ」
オーガ*********
体長3~5mからある緑や赤肌の角を持つ人型の魔物。
皮膚は硬く怪力な上にあらゆる状態異常に対して高い耐性を持ち、Cクラス冒険者単独討伐は難しい。
酒に非常に弱く、飲んでいる間は敵意が消える為逃げ切るだけなら酒があるなら楽。
飲み比べに勝つと契約出来る事があり力の加護を得られるが、勝つ事は非常に難しい。
オーガ亜種
体長3mの3顔と6腕を持つオーガの亜種。
男と女の顔が混ざっており、個体別に異なるが、3顔ともに性別が同じな事は無い。
やや知性的であり、酒よりも戦う事や追う事を優先することがある。
オーガ種は血と魔石以外価値は無い。しかしうっすらと光るオーガの魔石は価値が高く、その血は弱った体を癒す薬の材料となる。
***************
酒樽を倉庫から取り出すとオーガ亜種に投げつけ、空中を舞う酒樽に目を奪われたオーガに向って走る。こちらに気付き、一瞬遅れて振り上げられた巨大な棍棒の動きは余りにも鈍い。
「ウォーターエッジ ハインドスラスト」
いくら頑丈とはいえ木製、細い持ち手周辺を狙えば切り落とすことは可能。水流で造られた刃を左腕に宿らせ、手元を狙って放つ事で水の刃が棍棒を切り落とす。そのまま振り下ろされた腕の横をすり抜け、腹部に杭打ち機ブレーカーガントレッドを開放した。強烈な爆発音はあるが反動は殆どなく、腹部を中心に粉砕されたオーガがその場に転がる。予想通り充分な火力を持っている。ここまではこれでいい問題は。
「うぐぉぉぉぉ!」
樽の酒を浴びるように飲んでいたがオーガ亜種が腹を立て、6本の腕がそれぞれに棍棒や剣や斧を持ちこちらに向ってくる。
「自由な風の精霊シルフよ。気まぐれな風の力を貸したまえ」
ブレーカーガントレットに魔力を込める暇はなく、魔法で対処しつつ左腕を主体で使える武器を取り出す暇を得られればいい。
「ウィンドスラッシュ」
2つの風の刃が一顔の両目を切るが、余計に暴れ回るだけで失明しておらず対して効果はない。距離を取るように走りながら次の詠唱を始める。
「ダンジョンに喰われし怨霊共よ。いま一度その身を起こす力を貸し与える」
黒い汚れが地面の一箇所に集まると形を成し始めた。
「スラッシュダンサー ボーンナイト」
黒い染みが広がるとダンジョンの床から白骨の剣士達が現れオーガ亜種に向っていく。下級の死霊術で弱いが数だけは豊富に踏み出せ、本来の白骨死体ではないため魔法で怨霊に形を与えているのだけなのでもろい。しかし5秒持てばいい。ブレーカーガントレッドの基礎部分をしまうと、ダンジョンの途中で拾った錆て刃の一部が欠けたクレイモアとショートソードを取り出す。相変わらずの金欠病でこんなものしかないが、一撃を振るうには充分だ。オーガ亜種の6腕で振り回された武器にボーンナイトが全て倒され、こちらに向くその表情は怒りはなく、弱い獲物を仕留める為にゆっくりと向ってきた。向けられる敵意に感情が高ぶり、両手で剣を構える。
「さぁ、こちらも準備は出来た。 ご相手願おうか」
ブレーカーガントレッドも悪くないのだがやはり剣がもっともしっくりくる。切り裂いたり叩き潰すよりも、断ち切る剣技が身に合う。落ち着き構えているとオーガ亜種は6本の腕から振るわれる剣は前方面を全て同時に仕掛けてきた。
「いくぞいくぞいくぞぉぉ!!!」
恐怖を振り払うように狂ったような声をあげ前に踏み込む。左第一腕と第二腕が持つ斧と剣をクレイモアで受け流し、第三腕の棍棒を右手のショートソードで受け止める。体が軋むが身体強化魔法で耐え、ショートソードは折れたが棍棒を抑える程度は出来た。そして狙い通り大柄ゆえに懐に入り、こちらを仕留めるにはオーガ亜種の手が長すぎ反応が遅れている。ショートソードを捨てるとクレイモアを両手で握り、右第一腕を断ち切る。クレイモアがへし折れもう役には立たないが、これで武器が手に入った。切り落とした腕が持っていた剣を握り一旦距離を取る。大振りで刀身が歪んだ片刃の大剣、オーガにとっては片手で振るう代物だが、人間の私にとっては両手で扱うのが限界だ。オーガ亜種は腕から血が流れているが怒り狂ってはおらず、むしろおごりや油断がなくなったのか鋭い眼光でこちらを睨み、構えらしきものを取りながら腕の出血を止めた。
戦いの狂気に身を任せ再び正面から突撃を行う。全力で振り下ろした大剣をオーガ亜種は受け止めるが、一本では止め切れず左腕三本で抑えた。かまわず右第二腕と第三腕が腹部と頭部を狙って迫ってくる。
「アースウォール」
左側面に石と土で作られた壁が構成され、剣と棍棒が食い込み動きが止まる。受け止められた大剣を引き、胴体を狙って突き出すがオーガ亜種はアースウォール側に身をかわす。視界から右腕が完全に隠され次の一手が読めない。後方に跳ぶとアースウォールが棍棒によって砕き散らされ、飛び散る土と石の破片が身に叩きつけられるが構わず剣に魔力を流す。訓練用のもろいツーハンデットソードとは異なり、がんがん魔力を流してもなんなく受け止め、大剣が戦いの邪魔にはならない。
「バスターウェーブ!」
横薙ぎに放たれた破壊の波動はオーガ亜種の腕を破壊し、体をばらばらにしたあとは壁を僅かに抉った。大きく息を吐くとその場に座り込み呼吸を整える。兄には簡単に破られたがB級の魔物ならやはり効果は十分過ぎるほどあるのは分かったが、ここまで剣に影響されていたとは思わなかった。まだ握っている剣を見るが、一度は耐えてはくれたがすでに芯にダメージが入っておりこれでも万全ではない。
「・・・・・・これではダメだ」
戦の狂気に酔ってしまい、理性を中核に置いた戦いをする事ができなかった。前世と同じ恐怖や狂気に振り回されていたらきっと後悔する。まだ10歳の頃、何度か戦いの狂気に侵され兄と教育係に襲い掛かり怪我をさせてしまった事がある。正気に戻った後の後味の悪さは酷いものだ。大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、オーガ亜種を倉庫にしまうと自らの傷を癒し立ち上がり次の敵を求めて移動する。