公爵邸から寮に戻り、依頼内容と帰り際に文官によって渡された報酬額の話をすると皆一応に依頼の受領に納得はしてくれたのだが、礼儀作法については難色を示され、対外的なやり取りには関わらいといわれてしまった。冒険者と模擬線を行う事で強さの一定指標にするのだからそれ以外は求められないだろうが、面倒である事には違いない。

「やり取りはこちらでやりますが、試験については相手を殺さないよう気をつけてください」

「一月もあるなら防具の買いなおしたりできるな」

「私は新しいポールアックスを仕立てにいきます」

「それまでにあんたはCランク依頼を受けたらどうだ?」

 しっかり聞いてくれたのかわからないが、依頼内容については悪いようにはおもわなかったようだ。一月後を見据えて各々準備を行う予定を立て始めた。翌日ギルドに赴き、掲示板でよさそうな依頼を物色していると一つよさそうなものがある。

 ギルド公式依頼
 ランクC
 依頼 夜間警邏
 対象 不振人物の取り締まり
 報酬 1万
 委細 夜間を警邏し不振人物を取り締まり。警邏兵の休暇の為一晩限りの警邏協力。


 報酬も安いし手間はかかりそうだが、一晩限りというのが良い。ギルドからの公式依頼なら信頼も出来るしCランクに上がる為の基準も満たせる。受付嬢に依頼受領の申請を行っていると大声が響き、扉を開けてすぐの広間で新人と思われる冒険者が熟練冒険者に喧嘩を売られていた。止めようかと考えていると受付嬢は小声で話し始める。

「新人評価試験ですので、手出しはしないようにお願いします」

「あれが試験ですか?」

「書面や口頭質疑では本質はわかりませんので、そういった事を確かめる為に職員があのようにやり取りをしています。もちろん酷い怪我をさせないよう気をつけております」

 根本的な部分が知的なのか攻撃的なのか、多対数相手に逃げるのか、など見極める為に少々危険なやり方で試しているらしい。私は初期対処は冷静ではあるが、結果としては攻撃的な人物だと記録された可能性が高い。

「彼らもギルド職員というわけですか。私は相手に怪我をさせたのですが、そういった場合のペナルティは何かあるのですか?」

 何も知らずの事とはいえ骨折というそれなりの怪我をさせている。そのあとギルドから何も言われていないので問題はないはずだが。

「ギルド職員も冒険者も怪我であればペナルティなどはありませんのでご安心ください」

 怪我であればという言葉になんとなく裏を感じるのだが、殺してしまった場合を除いてペナルティなど何もないということだろうか。それは少々基準が甘過ぎるとは思うのだが、討伐依頼なら最悪命懸けもありえるのでこの程度は自己責任と考えるべきなのだろう。相変わらず思考の読みにくい笑顔の受付嬢からはそれ以上の意図が読めない。

「お待たせいたしました。夜間警邏の登録が出来ました。警邏の方々が集まりますので日が暮れた後ギルドにお越しください」

 色々考えているうちに依頼の受領が完了したようだ。受領書を受け取り日が暮れてから依頼どおりギルドに集まると10人程度の冒険者が集まっていた。簡単な依頼の様だが、不振人物という不明確な対象を取り締まるというのは難しい為かどの冒険者も気楽な顔はしてない。巡回用のランタンと持ち場を示す地図を受け取り巡回に出かける。王都は基本的に安全ではあるのだが、真夜中ともなれば歩いているのは巡回している兵士を除いて残るは冒険者と酔っ払いくらいなものだ。
 担当エリアである貧民街と平民街の境の警邏を続け、人通りも無くなり虫の鳴き声も無くなりそろそろゴーストなど亡霊系モンスターがもっとも活発になる時間だが、教会も多く存在するため日々祈りが捧げられ祭事も行われている事からよほど凶悪な存在でもない限り王都内に入る事さえ叶わない。
 平民街の商業区を抜け貧民街に刺しかかろうとした時僅かながら血の臭いが風に乗って漂っている。奴隷集めや日常的喧騒で暴力沙汰は当然の地域ではあるが、血の臭いが風で流れてくるほどの事は滅多にないはずだ。

「血の匂いか」

 何度か路地を曲りながら匂いの元を辿ると血溜りが広がりその中心に男が倒れていた。周囲を確認するが屋根上にも路地の影にも人の気配は他になく、倒れている男を起こすが心臓をえぐるように貫かれておりすでに死んでいる。傷口から見て背後からではなく正面から一撃で心臓を爪らしきものでやられたようだ。
 仰向けに寝かせ顔の血だけを拭ってやると、以前ナルタにしつこく声を掛けていた若い男だった。ナルタやラクシャならせいぜい引っ叩くくらいだっただろうが殺されるとは。
 少しだが持っていた水で傷口を洗ったあと両手を組ませ目を閉じさせる。

「魂が御許に迷わず向かう事を」

 少なくともこの簡単な処理で聖職者が思念の浄化と魂の奉納をするまで亡霊化を防げるはず。後は衛兵隊に届けるだけで良いのだが、一撃で仕留める腕の良さと死体をそのままにしておく稚拙さに不釣合いなものを感じる。無計画とまでは言わないが追跡者が来るのを誘っているかもしれない。

「すまないが、髪を少々貰うぞ」

 死体から髪を少々切り取り、小さな魔方陣を地面に描き中心に髪を置く。媒体と成ったモノと同じ存在を選んで追う事が出来るだけの魔法なのだが、血を完全に落として入れば追跡することは可能なはず。これで不可能なら今回は衛兵に伝えて終わりだ。

「マウストーカー」

 髪の毛が魔力に覆われ小さな黒ネズミの姿に変わると走り始める。どうやら血を落としていないようだがやはり追跡される事を望んでいるのだろうか。5分くらいねずみを追いかけ街中を走ったとき、マウストーカーが対称の人物だと足元に纏わり着いたのは目深くローブを被った女性だった。