巡回していた兵士を呼び止め、縛り上げていた死体漁り引き渡す。事情を少々説明するだけで理解してもらえるのは助かった。
「罪人の引渡しに感謝いたします」
簡易敬礼で礼を言われると少々恥ずかしいものがあるが、これもまた仕事の一つだろう。
「彼は今後は殺人奴隷として扱われるか、処刑が行われます。また今後も罪人を捕らえましたら引き渡して貰えると助かります」
兵士達に引っ立てられ死体漁りは出口へと向っていく。
「殺人奴隷か」
この世界にも一部だが奴隷制度があり、罪によって罪人奴隷のクラスが分けられている。
貴族奴隷
国家への反逆等から稀に貴族や商人等が落とされる身分だが、頭が良い為他の貴族や商人に雇われ短い期間で平民に戻ることが多い。 時には親族によって購入され即座に貴族に戻る事もある。
借金奴隷
国が運営する商人ギルドから貸し付けられた金を返せず、長らくそのままにした場合、10分の1の返済義務を与えられ落とされる。 10分の1になった借金を返せば平民へと戻れる。
犯罪奴隷
盗賊など犯罪行為を行ったものが焼印を押され落とされる。
上記と異なり購入者が許した上で厳しい試験を合格しないと 奴隷の身分から逃れることは出来ない。
殺人奴隷
盗賊以上の重犯罪行った者が落とされる最下位の奴隷。逃れる術もなく生きる術もなく使い潰される。
逃れる術は、半年に一度の闘技場で功績を挙げることそうすれば平民として軍隊に所属することが許される。
損壊奴隷
もはや価値も無い奴隷。奴隷でも生存の自由が与えられているがそれを無視して所有者に再起不能にさせられた奴隷。国によって保護と生存の手助けが行われている。腕や足や眼や耳などを失い、時には心も失ってしまっている。望めば安楽死が与えられる。
奴隷にも低価ながら労働報酬と最低限の衣食住を与える事が購入者の義務であり、借金奴隷などは自ら稼ぐ事で平民に戻る者も多い。
多くの書類や立会人や保証人等も必要だが、結婚する事で奴隷の身分から逃れる事も出来る。
死体漁りを引き渡したあと気分がのらなくなり寮に戻ってしまった。途中ギルドでリザード種の素材を15匹分を売り払った総額11万8960フリスを受け取る。イノシシ型は一匹辺り3000~4500フリス、リザード種となると7000~9000フリス。
出来ればもう少し多く稼ぎたいが、Dランクになったばかりのものが一人でこれ以上一度に稼ぐのは悪目立ちしてしまう。今の状態では仲間が居ない事は致命的、襲われ易い上に知名度が無く少々危ない。やはり秘密を守れる仲間が必要だ。
だが、仲間を集めるのは簡単な事ではない。てっとり早いのは従魔なのだが、ジノの方を見るとはすでに毛皮とクッションで作った寝床で眠りに付いている。
Bランクの魔物と成れば知性も高いのだが、そもそもそういった魔物を楽に討伐しても問題ないように誤魔化す為に仲間が必要なのだから論外だ。
「ぉーぃ」
どうしたものかと考えていると聞いた事も無い声に周囲を見回す。ある程度の防音が成されている寮の自室で聞こえるなど魔法通信くらいだが、魔法の気配も感じない。
「こっちこっち」
声のするほうを向くと棚の中段に14センチ程度の人間が見える。妖精か精霊なのかは分からないが、人間が住む寮の一室に出てくるとは非常に珍しい。
「君達は、精霊か?」
しゃがみながらほんの少し視線をずらすと涎を垂らしながらジノは眠ってる。敵意は間違いなくないだろうが、ジノは一体何の夢を見ているのやら。
「あたしはエル。あんた力はあるんでしょ。ちょっと手を貸しなさいよ」
「私はリーアナといいます。御願い致します」
ホワイトのショートヘアで少々勝気な目をしている子はエルと名乗り、ホワイトのロングヘアーの少々落ち着いた雰囲気のある子は丁寧に頭を下げるとリーアナと名乗った。どうやら事情があるようだが。
「事情を話してくれ。あとジノを起こすから少し待ってくれ」
どうやらジノは美味い肉を食っていた夢を見ていたらしく起こすと少々不機嫌だったが、残っていたイノシシの肉を次の食事に出す事で納得してくれた。二人にはテーブルの上に立ってもらい話を伺う。
「鬼人族の二人を助けて下さい」
鬼人族--------------------
亜人であり人間よりも若い時代が長く力も強い為戦士として各国の兵団や冒険者として名を上げているものは多い。 一方で魔法耐性と毒耐性が高いが、強化魔法以外をほとんど扱えない欠点もある。
--------------------
事情は簡単なものだ。以前世話になった鬼族の二人が重傷を負い、怪我でほとんど喋れない事を利用され雇い主に罪を擦り付けられてしまったそうだ。幾らか状況に違和感が残る事情だが、今のところ私に頼む理由はない。
「何故私に頼むんだ?」
私である必要性を感じない。妖精や精霊ならば力のある魔導士なら従えるものが多い。実際兄セズの元には3人の火の精霊が常に従えていた。権力のある魔導士であるならば簡単に救う事も可能だろう。
「言う事聞きそうだから?」
「御願いします。以前助けてくれた鬼の姉弟なんです。どうか」
二人ともはっきり言ってくれるが、さすがに否定は出来ない。困っているモノを放っておくのは目覚めも次の食事の味も悪くなる。何よりも精霊の目元には僅かながら涙のようなものが見える。困った時はアレだ。前々世の凄腕の傭兵が語っていた、~美人の涙が最優先さ~に当てはまるだろう。条件を着けなければ、結局それがごたごたを招きかねないが精霊なら大丈夫。精霊が嘘を付いたり騙したりする事は滅多に無い。
「その二人は戦えるのか? 秘密を守れる仲間を探す予定で、良い戦士なら願ってもないが」
「良い戦士の方々です。怪我はしていますが、治す事が出来ればきっと力になってくれるとおもいます」
治せればとは妙に引っかかる事ではあるが、実力があるなら何も問題は無い。少なくともCやBクラスの実力があるなら、身を隠すのに助かる。
「今すぐにでも向おう。 それでどこにいるんだ」
日が傾き始めた頃、あまり行きたくはなかった場所に到着した。多くの奴隷が牢獄の中に繋がれ、虚ろな目で座り込んでいる奴隷市場。やはりここはイライラする。男にしろ女にしろ人は道具として扱うべきものではない。だが、世界の奴隷制度を壊すのは一朝一夕や一人では不可能な事だ。それこそ世界の神々の使徒達が長い間かけて教育と矯正を施していくしかない。
前々世でも奴隷制度はなくなっても奴隷のような仕組みは残されていた記憶がある。世は発展しても大して変わっていないという事だろう。だが奴隷制度はともかくどうしようもない人間がいるのも間違いないこと、その人間の有効活用方法とも言える故に難しいところだ。
国の保護施設に移送される予定の者達が集められているところまで行くと目当ての二人を見つける事ができた。額から伸びる二本角、そして姉は片方の角が中頃から折れていた。二人から聞いている特長と一致している。檻に掲げられている価格は、用意していた予算でも充分足りる。策を弄して強奪する必要はなさそうだ。
「その二人を購入したいのだが」
「損壊奴隷をですか?」
「購入するのに理由は必要ない。そうでしょう?」
金の入った袋を出すとすぐに値段交渉の話にはいった。商人はやはり商人、ルールに則った取引さえ出来れば相手が何者であろうと関係は無い。奴隷の取り扱いの説明と税金、そして主従契約を確認し終わりとなる。
「では、二人は貰い受ける」
檻から出された二人を連れ、王都や学園内を通る間に警備兵や学生にじろじろとみられたが、別に恥じる事ではないと気にせず二人を寮に案内する。部屋に通された二人は室内を見て驚いた後、ジノを見て怯えているが確かに警戒態勢のままでは仕方ないだろう。
だがジノは仲間で部下ではない。止めろと命令する事は不可能だ。テーブルの上で待っていた精霊の二人をみてある程度落ち着いたようだ。どうやら治療する話もしてくれているようだが、治療できるかどうかははっきり言って不明だ。
「積もる話は好きにしてくれていいが、先に治療を施したい」
空いていた椅子に座らせると状態を調べていく。弟の方は手や足の裂傷も酷い物だが幸い姉よりは程度は軽いだろう。問題は足の腱を損傷しているところだろうか。
姉は右腕を肘から先の部分で喪失、長い前髪で隠しているが顔の半分は毒液系だろう爛れ傷、残っている左手も腱を損傷してしまっているようだ。ただ姉弟共に喉が大分潰れてしまい、意思疎通も若干困難なほど。
私は壊したり殺すのは得意だが、治癒的なものはどうしても苦手だ。水術で重症では無い限りどうにかできるが、重傷となると水術で治す事はできない。神聖術を使うしかないが私の属性は魔逆の暗黒側、反動覚悟で治療するしか無いだろう。何か他に手段があったはずだが思い出す事はできない。
「まずは顔を治療する」
爛れた顔に直接触れるとやはり嫌な感じを受けるのか身が硬直しているのがわかる。だが直接触れずに治せるほど器用ではない。
「動いてくれるな。神聖術は得意ではないんだ」
力が優れていようが本来は暗黒側、神聖術は精神を激しく乱す反術でしかない。神聖治癒術によって顔の傷が消え始めたときには視界は暗転し、もはや制御をするだけで状態を視認することはできない。
「あぁ・・・・・・、そう・・・・・・か」
意識が薄れていく中思い出した。複数の魔剣を所持していること、その中には治療に特化した魔剣がある事を。なんとか薄れていく意識を引きとめ、視界が再び開けてきたときには二人は心配そうにこちらを見ていた。
「顔は治ったようだな。 後は残りの治療だが、信頼はしてくれるか?」
顔のただれは完全に治っている。そのことからどうやら二人は信頼してくれたようだ。僅かに意識を傾けると前世で生成した無数の魔剣の存在を確認、どうやら転生した今も無事保有できているようだ。これを失っていたら力の9割以上なくした事になっていただろう。
「はっきり言っておく。眼球が残っているから失明した目も元に戻せるが、体に無数にある古傷は消せない。そして欠損した右腕を元に戻す事はできない」
強力な治癒魔法を行使できるといっても、時間が経った傷は治せないし失ったものは戻せない。高位の神聖術や神術なら可能だろうが、今現在の実力では不可能。
「だが、靭帯と筋は治せる。それ故に治ったら二人と戦士契約を行いたい。奴隷ではなく 鬼人族の戦士としてだ」
二人は驚いた表情でお互いを見合っている。本来は戦士としてはすでに死んでいる身、それを態々治して戦士として契約するなど奇特な考え方だ。
「事情があるし、精霊の二人は」
「エル!」
「リーアナです」
「エルとリーアナが君達二人は良い戦士だと言っている。最大限治療する代わりとして完全守秘が出来る仲間として契約したい」
記憶を思い出し力を取り戻し続ければ失った腕も戻せるかもしれないが、どちらにせよ今現在の能力では無理に違いは無い。二人はエルとリーアナを通して考える時間が欲しいと伝えられた。
「好きに考えてくれ」
二人が部屋の隅でエルとリーアナと共に考えている間、調合室兼調理場で夕飯の準備を始める。寝床から起き上がったジノも夕食を手伝うつもりのようだ。
「よし、焼肉だな」
「骨ナシ焼肉ダ」
「塩かタレか」
「塩」
「では、やるとしよう。野菜は、たっぷりのスープで良いか」
適当に刻んだ野菜を大なべに次々と投入し出来る限り調味料を使わずに味を調える。網の上に置かれた肉の焼き加減はジノ任せだ。主に食うのだから当然ではあるが、拘りもあるジノが焼いた方が一番いい。
自らの火の魔力でじっくり炎を調整しながら焼き上げ、横で他の料理を作っているこちらまで良い匂いが漂ってくる。器用に魔法で壷の中から少量の塩を浮かび上がらせると肉に振りかけていく。食への拘りは凄い。
15分程して焼き上がった肉をジノ用の皿に取り分け、氷魔法で冷やした野菜スープを並々と丼に入れて部屋に持っていく。ジノは肉の皿だけは器用に魔法で浮かび上がらせ持って行くのだから、いずれ丼運びもできるだろう。
ジノの丼を運び終わったあと、二人の鬼人の分と自らの分をテーブルに運ぶ
「大したものじゃないが、二人も食べてから考えてくれ。エルとリーアナもどうだ?」
二人は控えめに椅子に座り食べるかどうか悩んでいるようだが、エルは構わず肉を掴むとほおばり出した。エルを見た二人も少しずつ食べ始め、数分もすれば遠慮がなくなり凄い勢いで皿の上の肉が消えていく。考えてみれば損壊奴隷は生活は保障されるが、生活全般は最低限のモノになる。実力のある冒険者だったのなら短い奴隷生活でも辛かったのだろう。
「好きに食ってくれ。多めに焼いたから余裕はあるしな」
エルは大き目の肉を一切れ食べ終わったようだが、体の体積の半分以上を腹に収めているはずなのに見た目に変化が無い。一方でリーアナはどこから取り出したのか小さなナイフとフォークを使って肉を切り分け、スープも小さな器に取り分け行儀良く食べている。
「あと甘い物が食べたい!」
「エル、そういう我が侭は止めた方がいいよ」
「特に用意して無いんだが、ちょっとまってくれ」
調理場に戻ると小さくちぎったパンに砂糖をたっぷり入れた牛乳に浸したものを器に載せて持ってくる。言葉を思い出した事で元居た世界の事をいろいろ思い出し、簡単な料理のこともいくらか思い出す事が出来た。問題は私の技術的にも世界の食材的にも作れるかどうかは別だし、今回も果実もあれば良かったのだが生憎買ってきていない。
「エルの我侭を聞いていただいてありがとうございます」
丁寧に頭を下げる。どうやらリーアナの方は礼儀正しいようだし作法も見たところ私より良いかもしれない。二人は食事を終えた後満足げにジノの所まで移動するとその身に寄りかかり眠り始める。ジノが気にしていない様子からして敵意や悪意は全く無いのだろう。
食事が終わったあと二人には、客間がないため空室に毛皮を置いて寝た貰った。翌朝、エルとリーアナから契約するという意思を伝えら、二人をテーブルに案内すると治療を行う前に最終確認を行う。
「では、本格的に治すが、今後契約に基づき守秘はしてもらう」
二人とともにエルとリーアナも何故かテーブルの上でこちらをみている。依頼というか願いのとおり二人を助けたのだがいつまで居るつもりなのだろうか。ともかく二人を治療する為にこの世界に来て初めて魔剣を取り出さないといけない。目を瞑り意識を集中させる。本来こんな事必要ないのだが、数万本あるの中から該当する能力を持つ魔剣一本だけを取り出すとなるとそう簡単にはいかない。
該当する魔剣を選ぶと私のすぐ横の空間がひび割れ、無数の小さな穴から白い腕が現れる。その手一つ一つが魔剣が握られており、望む剣が何も収められていない腰の鞘に納められ、その様子を見た二人は恐れる表情を浮かべている。白い腕は死者の腕、魔剣に喰われた命の欠片が腕となり従属しているが恐怖を感じるのは当然か。
固有能力 生命の魔剣化-----------
魔剣で殺した生命を喰らい従属する魔剣を生成。白い腕は命を奪われた亡者の腕であり、人格は残っておらず命令に従い魔剣を握っている。普段は狭間の空間に保管され、呼びかけに応じて必要な魔剣を取り出し自在に使う事が出来る。
魔剣毎に固有能力を持ちその中には重傷者を治癒する事ができる魔剣も存在し現在の所持数は数万本に至る。
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魔剣に魔力を流しながら両手を二人に向ける。大抵魔剣は自らの魔力や生命力を流し力を増幅させ身に戻すタイプか、魔剣が力そのものを生み出すタイプの二種類。今鞘に収められている魔剣は魔力を流す事で治癒の力を発揮するタイプ、ほんの僅かな魔力で傷を癒してくれる。
一部えぐれていた肉が盛り上がり、靭帯や裂傷が繋がり綺麗にふさがっていく。30分ほどで完全に治り、二人は自らの体の変化に声を出さずに驚いているようだが、これだけ時間がかかるようでは上手く扱えているとはいえない。炎や雷で焼け焦げていく体を瞬時に治しながら突撃するには治療速度が遥かに遅く、戦争クラスの戦いとなるとこのままでは命が危ない。魔剣の扱いに成れるために常時一本くらいは手元に持っておいたほうがいいだろう。
「それで、もう声は治ったはずだがどうかな」
体を左右に動かし状態を確認しているのだが、できれば声が治ったかどうかも確認してほしい。
「あっ、あぁ感謝する。ほらリヒトも礼をいいな」
「すまん。驚いてた、感謝する」
怪我を治った二人を見るとなんというか美男美女だ。
弟のほうは随分と整った顔に赤い瞳に切れ目、赤い短髪と額に一角、全身戦うために引き締められた体は無駄な膨らみがまったくなく、体格そのものは自分と幾分か似ている。
姉のほうは美麗な顔と赤い瞳に切れ目、黒い長髪と額に二角、戦いの為引き締められては居るが女性を主張する部分はかなり主張し、随分と人目を引くプロポーションをしている。もしかしたら怪我の原因は嫉妬から罠に掛けられたのかもしれない。
「そのまま軽く動いて違和感が無いか確認してくれ。それが終わったら契約を行ってもらう」
「だが、いいのかい。あんたはあたい達を奴隷とした買ったんだ」
姉の鬼人族の言う事ももっともかもしれないが、はっきり言えばそんなことどうでもいい。
「エルとリーアナが優秀な戦士だと薦めてくれたし、それに鬼人族は契約を重んじると聞いてもいる。なら奴隷より戦士として契約すべきだろう?」
奴隷として最低限の賃金で自由に扱っても良いのだが、奴隷の考え方では命懸けのダンジョンでは困る。戦士として共に戦う仲間が必要なのだから。
「それに割当は少なめだがダンジョンと依頼報酬割当は行う。少し経てば奴隷から離脱もできるはず」
二人は驚いているようだが元々奴隷として扱うつもりなど毛頭無い。エルとリーアナは何か頷いているようだが、予想通りだったとでもいいそうな顔をしている。精霊も格が上がれば下級神となるのだが、もしかしたら随分神に近い精霊なのかもしれない。
「わかった。それじゃあんたと鬼人族で一番の契約を行うよ」
情報の守秘、得た報酬の分配割合、戦いのルール等を確認。問題なしとして鬼人族特有の血と骨の契約を行う。契約違反は死を持って償う。それが鬼人族の最高である契約。
姉の名前はラーラクシャ・ドゥーガ
23歳 鬼人族女性
190センチ 78kg
得意武器は両手持ちの斧
元Bランク冒険者
弟の名前はリヒト・ドゥーガ
20歳 鬼人族男性
205センチ 88kg
得意武器は片手斧の二本持ち
元Bランク冒険者
これで契約は出来た。鬼一族は元々契約にも厳しいが、最高の契約となればこちらも相応の代償はあるが信頼はできる。残る問題は奴隷服ではなくちゃんとした服や武具の購入、姉が片腕を失った事による武器の変更が必要な事だ。
「ラーラクシャには義手でも調達しよう。それでいくらかましになるはず」
魔法が発達しているが故に機械の発達は非常に緩やかだ。だがまったく無いわけではない。水車や風車もあるしそれに伴う機構も幾らか存在している。武器についても大砲もあるにはあるが、火薬ではなく火系魔石の爆発を利用している。
話を戻すが貴族などが治療が間に合わず失った腕や脚の代替物として義手や義足を作る事は多々あり、そこから発展し治癒できなかった冒険者向けに武器義手や義足など多数の物がオーダーで購入する事が出来る。
「ラクシャでいい。それに義手がなくてもどうにか」
「目的は王都のダンジョン35層じゃない。 標的はドラゴン以上、それでも不要と言えますか?」
本来の標的はある意味で世界そのものなのだが、伝えるわけにも行かない。ある意味では転生者はドラゴン以上の強敵、もしかしたら今の自分よりも上かもしれない。
「・・・・・・それなら必要だね。片腕だけでやれる相手じゃない」
「ならまずは服を買いがてらギルドに行こうか。武具は、義手のあとかな」
ギルドに向う途中で出来れば鬼人族の服を買いたいが、王都では作られて居ないため商人頼りで高価だ。武具や義手のことを考えると普通の服で我慢してもらうしかない。二人は気にしないと言ってくれているが、仲間が不遇な状態というのは精神的によくない。
「出来る限り優先する。本当にすまない」
今売れるものがあるとしたら付与魔法剣だが、特殊付与魔法剣は鍛冶教官で判断する限り技術がなく希少、通常の付与についてもギルド酒場で見かけた冒険者の武器から判断して、やりすぎれば同じ事だろう。どちらにせよ過ぎたる武器を売れば出所を探られて面倒な事になる。市場コントロールと信頼ができる商人が見つかるまでは注意しながら売るしか無いだろう。
道中の店で購入した服に着替えた二人と共にギルドに入ると二人を見た冒険者達がひそひそと話し始める。
「おぃ、あれドゥーガ姉弟じゃねぇか」
「奴隷落ちしたと聞いてたが、あんなガキに買われるとはおちぶれたもんだ」
「へっ、腕も失って無様なこった」
随分と雑音が響いているが、リヒトが睨むと黙りこんでしまう。元々勝てるなら雑音のような声で悪態を吐くことはない。それ以上相手にせずギルドの雑務対応窓口に相談してみるとあっさりと教えてもらえた。
「機構術士の方々が集まっている商業区に行くのが良いかと、あそこでしたら多くの義手職人も集まっています」
さすが冒険者ギルドが斡旋している事もあり、道路の両側は義手や義足だけではなく珍しい機械の道具などの商店が立ち並び活気に溢れていた。商店の前に並べられているお客向けの義手をいくつか歩きながら眺めるが、どれも装飾が施されていたり見た目重視の良い作りになっている。やはり比較的資金のある冒険者が利用するとなると装飾性が求められるのだろうか。
人通りもさほど多くなく奥まった場所にある一軒の店の前に並べられた義手に目が留まった。頑丈な鋼鉄で作られ重そうだが衝撃にも耐えられるし、そのまま殴りつける事もできるだろう。ラクシャにも見てもらうが、気に入ったのか片手で義手をあれこれ調べている。
店の扉を開くと中は多くの義手や義足が天井から吊るされ、若干異様ともいえる雰囲気をかもし出している。少し奥まった場所では一人の女性が義手を調整している姿があった。
「ごめんなさい、お客さんですか」
こちらに気付いたのか作業を止めるとテーブルから立ち上がった。30から40代くらいの風貌からして熟練技師と言った感じなのだが、どうやら直接応対もしてくれるようだ。
「義手を願いたい。程度は鬼人族の実際に耐え得る物を」
「こちらで調べるから来てください。時間がかかりますのでお連れの方は店内でお待ちください」
ラクシャの義手を見立ててもらっている間店の中を見回らせてもらう。どの義手や義足も実用重視なのか装飾らしいものは何一つ施されておらず、店が対象としている客層は冒険者などであることは間違いないだろう。
部屋の隅まで見て回ると、がらくたのように積み上げられたわけの判らないものある。なんなのかわからず眺めているとガラクタの山の置くから人影が現れた。
「興味をもつものはあるかい」
こちらも熟練技師のようだが、ぼさぼさの髪や無精髭からして普段は接客などしないようなタイプに思える。
「つまらない武器は、それだけで良い武器ではありえない。そうは思わないかね?」
実戦で使用する事を考えたら実用性を無視する事はできないのだが、使い心地が良い武器ならば話は別だろう。
「良いものはありますか?」
どこか狂気さを含む良い笑顔のままガラクタの山の奥に誘導され、どれも綺麗に並べられているがやはり限度がある。握り部分まで刃の両刃の剣や棘だらけの杖、二股どころか九又の槍など使いこなせる気がしない。いくつも見せてもらったが、一品だけ一際心惹かれるキワモノがあった。
見た目は腕に直接取り付けるアームガントレットの刃&シールド付きのなのだが、極めて単純な蒸気機械構造と火の魔石が接続され、30センチ程度出ていた刃部分が60センチまで打ち出される。構造としては火の魔石の爆発を利用して杭を撃ち出すだけの杭打ち機。
「この構造、一体どこで思いついた?」
間違いなく元々いた世界にあった建機のブレーカもしくは杭打ち機を模倣しようとしたものだろう。技術的には中途半端な代物だし発想が途中でこの世界に準拠したものになっている。恐らく発想やデザインなどを誰からか聞いたはずだ。
「8年ほど前だが、露店で絵描きをやっていた奴と親しくなってな。ドワーフの蒸気構造や機構に詳しい奴で、こいつはその時一緒に製作したもんだ」
どうやら古い機械工学に詳しい転生者のようだ。ただ一緒に製作したという事は元の世界の技術を大分隠しているという事だろうか。
「試作一号が完成したらドワーフの国に行くと言って町を出てしまってその後はわからんが、2年前に敷設された魔道蒸気列車を向こうで見たりしてきっと楽しんでいるだろうさ」
ドワーフの国 ウルツァイト-----------------
ドワーフ達が主要種族として住む山岳鉱山地帯の国であり、鍛冶と蒸気機構が世界一発展している。
オーディン国の国王とウルツァイト国の国王が親しい仲であり、交易も頻繁である事から友好国である。
魔道蒸気列車
2年前にドワーフの国から友好の証としてオーディン国に寄贈された魔石を動力源とした蒸気機関車。
石炭ではなく火の魔石もしくは火の魔法を利用して稼動し、今や国内の主要都市と国境地帯までを繋げている。
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ドワーフの国 ウルツァイトとなるとほぼ隣国を挟んでさらにその先、さらにウルツァイトと隣国は小規模の争いが続き険悪な状態だ。たかだかCやD級程度の冒険者では国境を通してはくれないだろう。最悪国境を破るか密入国でもすればいいのだが、最後の一人ならともかく一人目で最終手段を行うのは避けたい。
「変わった発想をしているとかじゃなくて、ドワーフの技術に詳しいだけなのか?」
「詳しいといっても、所々抜けてるようでな。私が説明した物をまとめなおす方が得意な感じだったな」
まとめなおす か。どうやら積極的に元の世界の情報を出すのは控えているようだ。技術レベルを探っているのかそれとも影響を与え過ぎるのを控えているのか、どちらせによ急いでどうにかする必要性はないようだ。
「購入したいのだが、あなたとその一緒に作った者の名を彫ったらどうだ。せっかくの一品物なのだろう?」
「それもそうか。よし ちょっとまってくれ。まずは俺の名前をと」
正直興味はないのだが、二人目の名前が刻まれるところを確認しておく。彫られた名は ムダン・ラジャム なんとなく人名以外として聞き覚えがあるのだが、元の世界の記憶を失いすぎた影響だろう。
「よし、それじゃ装着するから動かないでくれよ」
装着してみると思ったより大掛かりだった。右手から肩口までを安物とはいえフルプレートアーマーを纏い、その上にブレーカーガントレットを装着。人間が直接試験するのは初めてなのは分かるが厳重にし過ぎな気がする。軽く動かして調整しているとラクシャの義手も出来上がったようだ。
義手は右腕と肘を基点に取り付けるアームガントレットタイプ、全体が盾のような構造と鋼鉄で頑丈に作られ、振り切ればハンマーの代わりにもなるだろう。極めて簡単な機械構造を取り付け、武器は握れないがコップ程度なら掴める用に仕上げられている。関節の調整など行っている事から機構術士としての腕は良いようだ。
「問題はなさそうね。鬼人族だけあって重さを苦にもしてないし、良い材料があればもっと良い物が作れるんだけど」
予算もなければ材料も無い。一度15層程度で数日滞在して稼ぐしかないだろう。幸い二人は奴隷になったタイミングでランクは消失しているが元はBランク冒険者、怪我の治療さえ上手く言い逃れれば問題は無い。
「ブレーカーガントレットは壊しても構わないが問題点の抽出には気をつけてくれ」
店を出たとダンジョンに潜る為に武具店を回るが、購入できたのは革の防具だけで武器はなしとなった。とりあえずは15層程度に居るリザードマンの武器を奪って使うそうだが、今後のことを考えるとやはりちゃんとした鋳造と付与技術を思い出したほうがよさそうだ。魔剣の事を思い出したので不要だと思っていたのだが、考えてみれば武器は無事だったが防具を失っているので製作する以外方法が無い。
残金は約2万フリス、正直すぐにでもダンジョンに潜らないと拙いのだが、残った2万フリスで食料を買い込みそのままダンジョンに潜る。二人は元Bクラス、深い層まで潜ってもなんら問題は無いし、大量に狩りを行っても怪しまれる事は無い。急いで寮に戻りジノを呼んだのだが、何故かエルとリーアナはジノの背中に乗り共に行く気のようだ。
「二人とも、ダンジョンに行くのだが大丈夫なのか?」
戦えというつもりはないが、安全を保障できない。しかし二人は問題は全然無いと頷くとしっかりジノにつかまる。確かにジノの強さなら大抵のモンスターなど相手にはならないのだが、二人が問題ないというのなら大丈夫なのだろう。
「ジノは二人が背中に居てもいいのか」
ジノが静かに頷き問題ないというならこれ以上は不要だろう。町を出てダンジョンまで移動すると入場登録を済ませ15層まで寄り道せずに下っていく。
今回の標的は15層の主要モンスター リザードマン。Dクラス冒険者一人ならまず逃げだすのだが、討伐対象としては中々割りの良い相手だ。
リザードマン----------------------------------------------
水性系の人型の魔物。体長約2メートル。王都のダンジョンでは15層から20層程度に存在しているが、魔素が濃い湿地エリアなら地上でも住み着いている事もある。
強靭な鱗は刃を通しにくく、槍を武器として持っていることが多いため非常に厄介。
素材としては鱗も魔石も高値売れる上に肉質も良いことからリザード種と異なり、リザードマンの買い取り価格は一体辺り10000フリスから16000フリスほどとなる。
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15層に到着するまでの道中、現れた敵はリヒトが流れ作業のように倒していくのだが、見向きもしないため売れる素材はまるごと亜空間倉庫に放り込んである。元々Bランクだけあって獲物としてすら認識していないようだ。15階層に下りてすぐに単独行動しているリザードマンが視界に入った。
「テストを兼ねて一人でやる」
ここまで戦う必要もなかったのでブレーカーガントレットのテストが終わっていない。ラクシャもリヒトも頷くと他の獲物を求め移動し、すでにジノは近くには居ない。心配する必要がないのは分かっているのだが、倒したリザードマンをどうやって引き摺ってくるのかだけが気がかりだ。
「さて、それじゃこちらも始めるか」
リザードマンに数歩近付くとこちらに気付き、槍を振り上げ迫ってくる姿に身構える。突き出された槍を避けながらブレーカーガントレット軽く動かしてみるがどうも関節部の動きが鈍く、改良の余地有りと言ったところか。反動を抑えつつ爆発の衝撃から守るためとはいえ、右手から肩まで全体を覆っている事から全体的に動きが悪く思ったよりも戦闘レベルで動き回るには完成度が低い。
考えながらも槍を避けながら執拗に手を狙い打撃を見舞っていると、イラついてきたのか大きく槍を横薙ぎに振る。身を屈めながら大きく踏み込み、槍を避けてリザードマンの胴体に杭を押し付け魔石の力を解放、下級爆発魔法のフレイムを使ったような音が鳴り響く同時に爆発の衝撃が肩まで走る。
痛みはない程度だが身体強化魔法を使えないとしたら腕を痛め、後方に数歩下がってしまっていただろう。衝撃で吹き飛ばされたリザードマンを確認してみると、撃ち当てた場所から胴体の反対方向に向って肉が引き裂け胴体に風穴が開き絶命している。
「・・・・・・これじゃやりすぎだな」
「買い取り価格は半分ってとこじゃないか?」
いつの間にか1体のリザードマンを倒し、引き摺って戻ってきていたリヒトの言うとおりだ。これでは 倒す ことは出来ても採取する 狩り には向かない。それに火の魔石に込められていた魔力が全て尽きてしまっている。威力を下げて数回使える機構と一撃に全て消費する二構成が必要だろう。
「俺は次の狩りに行くが、こいつの魔石は取り出すか?」
「いや、全部そのままにしてギルドで手数料を払う形にしておこう」
ギルドでは手数料を支払えば解体屋が素材の分別処理をし、部位ごとの買取もしてくれる。
「それなら加減せずに狩りにいける。こいつは任せるよ」
その言葉に振り向くと3匹のリザードマンを引き摺っているラクシャが居た。義手になったばかりなのだがどうやらリザードマン程度ではなんら問題はないようだ。
ダンジョンに潜り10日、手当たり次第にリザードマン等を狩っては亜空間倉庫に放り込んできたが食料が尽きてきてしまった。
「いい加減武器が欲しくなってきたし、一旦戻らないか」
ラクシャとリヒトはリザードマンが持っていた武器を奪って使うつもりだったのだが、数回の使用で武器が壊れてしまうため結局素手で殴り倒すか首をへし折って倒してしまっている。素材としてはその方が高値で売れる状態だが、無理をさせてしまっている感じだ。
ダンジョンを出てギルドに入ると買い取り窓口に移動、事情を話して解体場に案内され大量のリザードマンの素材買取を依頼。100体を超える数に担当者は驚いていたが、仲間にドゥーガ姉弟が居る事がわかると納得したように計算を始めた。やはりBランクが居ると言うだけで素性を隠すには都合が良い。
「全部で242万1473フリスとなります。高額ですがお持ちになりますか? ギルドで保管とすることも可能ですが」
ギルド側で保管してもらえれば盗まれる事もないし、優遇もつくのだが今回は使う為に稼いだので預ける事はしない。全て受け取るとそのままラクシャとリヒトに分配分を渡す。
「武器はこちらで用意するからこれで防具を調達してくれ。 自分は行く先があるから戻っていてくれて構わない」
その足で学園に戻ると総合受付で鍛冶の受講を申請し、担当している教官の下に移動する。学園内に設置されている鍛冶場は騎士団に納品したり外部の商店に卸しているため、何人もの鍛冶師や見習い達によって昼夜問わず鋳造が行われていた。
「それで、魔法鍛冶を学びたいってのは正気か?」
他の生徒ならともかく、特待生の大部分が主戦力であってサポート側ではない。受講することについて正気を疑うのも当然か。
「自分が使っている武器がどのように作られているか興味があるんですよ」
少々怪訝な目をして納得はしてくれなかったようだが、受講申請を出している以上講義はしてもらえるようだ。
「まぁいい。それでは始めるから教本を開きながら手順を覚えるように」
教官は元となる鉱石等を空中に浮かせ結界に閉じ込める。鍛冶魔法によって溶解・整形・調質・圧縮・火入れ・冷却を延々と繰り返し剣の形に仕上げていく。時間が経つにつれ徐々に剣の形になっていく様は見事なものだ。
「2時間ほど掛かるが基本はこんなもんだな。後は職人の出番ってわけだ」
この時点でも並の鍛冶屋で売られている剣よりよっぽど出来が良い代物なのだが、それでもまだ未完成。騎士団やB級冒険者向けに武具を作っているだけあって武具の品質は非常に良い。鍛冶教官は鍛冶魔法を解除すると出来上がった剣を手に取り、手で砥石にかけたり直接触れて魔力調質を行い始める。手を掛けるたびに剣は完成度を高め、目に見えて質が向上し鍛冶教官の腕のよさがよくわかる。
「これで仕上がりだ。良くもまぁ飽きもせず5時間も見ていられるもんだな」
教官は感心したような呆れたような表情を浮べると剣をテーブルの上に置いた。僅かにミスリル化しているのか薄青く輝く刀身からは僅かながら魔力を感じる。じっくり見ていたおかげで色々思い出すことが出来たが、前世よりも幾らか劣っていたり違いがあるようで基本的なところは共通しているようだ。
「ドワーフ達には鉄の声を聞けって言葉もあるらしいが、俺にはわからん」
ドワーフ、この世界にも居る鍛冶技術の匠。他にも蒸気や火気を使った機構にも優れているのだが、自分達の国から出る事はあまり無いため、多種族の鍛冶士は変わり者で国を出たドワーフに学んだり、直接ドワーフの国に出向いて学んでいる。
「何を造りたいのかを明確にし、何をすれば造れるのか、どの手順を抑えればいいのか。造れなかったら何が足りなかったのか、何がよくなかったのか。所詮はそんだけの事だ。結局何本も武器を作ってみなけりゃわからん。何本も造ってみることだ」
「ありがとうございます。参考になりました」
「武器が出来上がったら見せに来い。難癖の一つでもつけてやる」
職人は気に入った相手に対しては面倒見が良いのはどこの世界も一緒らしい。後はひたすら繰り返すことでより記憶と体が一致していくはず。購買部で鉱石類を買った後自室に戻ると、すでに酒を飲んでラクシャとリヒトが眠っていた。
翌日、買い込んだ素材と砥石を工作室の床に並べ、鍛冶魔法によって調質・整形・圧縮・火入れ・冷却を延々と繰り返し武器のイメージを明確にしていく。練習用として一般的なロングソードを構成、何事もやってみなければわからないというが、予想よりも消費魔力が少なくこの程度なら作業時間を除けば日に100本程度は作れそうだ。
自ら魔法を操作し作り上げていく中記憶が蘇り、刀剣鋳造の製法を思い出す。最終工程も魔力で練り上げ、限界まで圧縮し加速させた水で刃の部分を研ぎ上げていく。まだいくつか試したい事もあるが、鍛冶教官に見せる以上あまり手を加えるわけにはいかない。出来上がった剣に最終工程である付与をしようとしたとき、教本に書いてあった魔石合成を試そうと思い立つ。
「魔石も、加えてみるかな」
スライムから取れた直径5ミリ程度の魔石を1個取り出し、剣に押し合てると溶け込ませるように中に押し込んでいく。宝石のように見た目を結晶化させる方法もあるようだが今回はやり易い単純合成。
「試作一本目、なんだがこの模様は?」
薄っすらと青い波模様が浮かんでいる。前世では魔石と合成してもこのような変化はしなかったのだが、何か異なる点があるのだろう。付与をする為魔力を流そうとするが不思議な抵抗感がある。これ以上手をつけず鍛冶教官のところを尋ね武器を見せるとすぐに理解してくれた。
「こりゃスライムの魔石が持っていたなんらかの特性が影響したんだろうよ。ちゃんと特性を消去処置しなかっただろ」
そのような処理はしてない。鍛冶教官の言うとおり特性がそのまま残ってしまったのだろうか。鍛冶教官は武器の鑑定に特化した魔道具の上に剣を置くと詳細が浮かび上がる。
タイプ ロングソード
付与 未
状態 新品
特性 波の模様
委細 魔石を持つ未付与の魔法剣
「特性が生きていると影響がでるんだが、こいつは模様だけだな。模様特性の影響で付与の増幅効果が小さくなっちまってる」
「特性を生かす事は難しいのですか?」
生かすことが出来れば特殊な魔法剣が作れるかもしれない。だが険しい表情を浮べていることから難しいのだろうか。
「特性は個体差みたいなもんだ。狙って特性なんて出るもんじゃねぇが、ちょっと待ってろ」
奥から一本の剣を取り出してくるとテーブルにおいた。赤い波紋が刀身に美しく波打つ直剣 フランベロジュタイプ。
「こいつは偶然の産物だが、ファイヤーリザードの魔石の特性が生きた代物だ。並の魔法武器よりも火の力を大きく増幅させる特性を持っている」
タイプ ブロードソード
付与 未
状態 新品
特性 火の力を大きく増幅する
委細 魔石を持つ未付与の特殊魔法剣
「20本作ったが他のものはそいつと同じ様に波の模様が浮んだだけで何も特性はない。特性を求めず付与や魔法の増幅に使ったほうがいいってもんだ。一点物で金に糸目を着けないなら話は別だがな。それでこの剣はどうする。要らんのなら買取してやるぞ」
提示された金額は相場より若干安い気がするが失敗作なので妥当だろう。鍛冶教官に剣を買い取ってもらい、購買部で新たに鉱石を買い込み寮に戻る。今回判った事は尖った特性増幅を持たせるなら魔石に特性を生かしたままのほうがよいということだ。問題はその特性を意図して引き出す事だが、魔石を詳細に鑑定し特性情報を引き出す事を試みる。
タイプ 魔石
性質 消化
特性 水属性の親和性
委細 スライムの魔石
しかし鑑定が安定せず情報を上手く整理して読み出せない。鑑定スキルはあっても技能がまだおいつかず、経験を積まないとどの場所でも自在に鑑定を行うことはできないようだ。
試しに中級鑑定用の直径20cmは程度の魔方陣を描き、再び魔石を鑑定してみると詳細な情報が出てきた。つまり魔方陣を使わない限り私の鑑定能力は簡易よりは上だが初級程度ということだ。
タイプ 魔石
状態 消耗
性質 消化
特性 水属性の親和性
委細 スライムの魔石
消耗状態、魔力や特性を使い切ってしまっているという事だろうか。手元に残していたスライムの魔石30個ほど鑑定してみたが2個を除いて全て状態消耗になっていた。これが原因かもしれないと予測を立て、今度はショートソードを構成し選別したスライムの魔石を合成し完成した剣を鑑定する。
タイプ ショートソード
付与 未
状態 新品
特性 水の力を大きく増幅する
委細 魔石を持つ未付与の特殊魔法剣
これなら適切な人間に情報を開示すれば技術は広がり、特性が生きた付与魔法剣も広く販売され所持も売却も問題がなくなる。もしかしたら誰かが秘匿している製法の一部かもしれないが、広めるつもりも無いので考慮はしなくていいだろう。
付与も予想通り特定の方向に特化した付与魔法剣を作る事はできた。問題はこの武器の価格だが、そうそう出回る事の無い物である以上流通させるべきではないだろう。あと30本ほどショートソードを作ってこの武器は偶然出来てとして鍛冶教官に売り払ってしまえばいい。
余計な手間を片付け、まずはラクシャ専用の武器に取り掛かる。多種類の鉱石を溶かし刃渡り170センチ、持ち手40センチ、幅は20センチ程度の大鉈を構成。根元から僅かずつ刃の部分を反らせ分厚い作りとし、鋭利な切れ味よりも破損しない事を最優先とする。
ふざけている作りだが、鬼人族のラーラクシャにとって片手ならば充分扱え、比較的慣れた斧に近いタイプの武器となるはずだ。
次にとっておきの魔石、領地に一度だけ現れたオーガを兄クロムと共に討伐した時に貰ったオーガの魔石、ダンジョンで言うなら20層から25層程度を主とするBクラスの魔物。鬼人族に似ている為 差別や暴言として鬼人族をオーガと吐く者も居るが、体長3メートルを超える角を持った人型魔物でまったく別の存在。
大鉈に最終工程である魔石付与を行う前に調整を行う。推測に過ぎないが、スライムの魔席と同じならば消耗しているのは魔石の生命力と魔力、それならば外部から補充してやればいいということになる。問題は理論が無いために補充をする為の魔法や魔術式が無いと言うことだが、方法がないなら作れば良い。
残念ながら自分は魔法や魔術を使う側の人間であって作る側ではないが、白い腕が空間の穴から現れ治癒の魔剣から魔道の魔剣に入れ替えられる。我ながら便利な能力だと思うが、これが全て誰かの命の残照と思うと複雑な気分だ。
魔剣に魔術式の構成を描かせる。トライ&エラー、大量にあったスライムの魔石がいくつも砕け散って行く中、少しずつだが魔石の中心に光のようなものがうっすらと宿り成功例が増えていく。
スライムとリザードの魔石を合計で200個近く使用した後、リザードマンの魔石を連続10個ミスなく充填に成功。ようやくオーガの魔石に取り掛かり、問題なく充填できたようだ。
タイプ 魔石
状態 活性
性質 身体強化
特性 身体能力の親和性
委細 オーガの魔石
どうやら充填するための魔術式も問題がないようだ。朝から作業してすでに昼を回っているが、数時間で安定して成功するようになっただけ良いほうだろう。成功した魔石は全て倉庫に仕舞い直し元の作業に戻る。オーガの魔石に魔力を充填し、大鉈に魔石の融合処置を行い完成させる。外観に見えるように魔石を宝石化してもよいのだが、内部に溶け込ませるのと効果が同じなら戦いの邪魔にならないようにしたほうがいい。貴族騎士など立場があるものならば話は別だが。
付与を掛けたあと最後に軽く研ぎ上げ完成。
タイプ 大鉈
付与 強靭・耐久・鋭利
状態 新品
特性 筋力・毒耐性・魔法耐性を大幅に増幅させる。
委細 魔石を持つ付与の特殊魔法剣
硬質化も加えたい所だが、柔軟性がなくなると強い衝撃で折れてしまう。武器はただ硬ければ良いわけではなく、折れない為には適度な柔軟性が必用であり、材質によって適正処置がある。次にガントレット、こちらはリザードマンの魔石の特性を殺して付与する。
タイプ ガントレット型義手
付与 耐久・強固・硬質化
状態 新品
特性 なし
委細 付与の特殊武具
次にリヒト用として斧を鋳造、壊れにくいよう基本的なものを付与する。魔石を使って特別な作りにしても良かったのだが、肝心の魔石に良い手持ちがなかった。リザードマンの魔石があるが、水の属性と皮膚合成の強化がいいところのようだ。同じように特性を殺して付与を行う。
タイプ 片手斧
付与 強靭・耐久・鋭利
状態 新品
特性 なし
委細 付与の魔法斧
鉈や斧ももちろん切れ味は大事だが重要な事は 折れず・歪まず・欠けずの三つ、技術で斬るのではなく力と重量で切断する武器であるということだ。ラクシャは出来上がった大鉈を握ると軽く振り回し調子を見ている。中々様になっているようだが、馴れるにはいくらか時間がかかりそうだ。
「凄いな。銘はないのか?」
武器に銘を与える事は命を吹き込む事でもある。銘とは人にとって名であり今後の行く末と有様となりえるのだが。
「武具に銘をつけたことがないんだ」
魔剣も産まれると同時に自ら名を持つ、そのため前世でも武器に銘を付けたことは無い。
「なら私が付けても文句は無いね。 ん~、 岩断ちの大鉈」
鬼人族固有の言語はなんとなく元居た世界の言語である日本語にニュアンスが似ているためか少しずつだが記憶と能力が一瞬過ぎる。それだけでも仲間にした価値があるというもの。
「さて、リザードマンの外皮を貰うよ」
ラクシャとリヒトは倉庫部屋に積んであったリザードマンの外皮を持ってくると手早く鞘と止め具を作り背負う。
「それで次はいつダンジョンに潜る? 早くこの武器を試したい」
やはり鬼人族が荒っぽい武器を持っていると絵になるのだが、やはり戦っている方が一番だろう。
「あんたの魔剣用に鞘をふたつ作っておいた。使ってくれ」
リヒトが投げ渡してきた鞘は少し大振りなものだが、腰に納めていた魔剣を差し込むと柄元まできっちり納める事ができた。今までのものはいまいち合っていなかったのだが、どうやらそれに気付いていたようだ。感謝しつつ腰と背中に新しい鞘を留め直す。
「しかし、こんなものを一日足らずで作れるとあんた自身が高値で売られるね。気をつけたほうがいいよ」
力の事を知ったら大抵の者が数の暴力と権力を持って昼夜問わず捕縛しようと手を尽くす。捕まりはしないが、実家にも迷惑がかかって面倒な事になる。鬼人族の二人は契約もあるしエルとリーアナが選んだ以上信頼できるだろうが。
「そんな事にはさせないけどね」
「そうですね。人見は私達がきっちりします」
いつのまにか居ついていた二人が人見を任せろと胸を張っている。
「予定がないなら18層か24層に狩りに行こうじゃないか。少しばかりまともな奴で武器を試したい」
18から24層。この範囲はリザードマンがほとんどだが、買取価格としては1割程度上がる大型のダイルリザードマンや小型だが俊敏なゲーターリザードマンが徘徊し始める。恐らくラクシャの狙いはそのさらに上、稀に出現するエーリッヒリザードマンだろう。
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エーリッヒリザードマン
稀に現れる水性系の人型の魔物の変異種。体長約3メートル近い巨体で凶暴かつ極めてタフ。リザードマンキングやクイーンよりも強い為、Cランク冒険者は警戒すべき対象。
強靭な鱗は非常に刃を通しにくく、槍や斧を武器として持っていることが多いため非常に厄介。
素材として鱗は強靭で防具として多岐に利用され、魔石も高値で売れる。買い取り価格は一体辺り25000フリスから30000フリスほどとなる。
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それ以上の獲物と成ると25層で極々稀に発生するリザードマンのユニーク種のカリアだが、ギルドの発見暦を見る限り十数年に一体現れるかどうかだ。
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体長7メートルを超える超大型のリザードマン。
25層の階層の階層主であるリザードキングやリザードクイーンさえも捕食し、貪欲な捕食能力から出会った生き物全てを食い尽くしてしまう。
Aマイナスクラスに認定され、リザード種だがその鱗や皮は竜麟に非常に近い。
階層を跨ぐ珍しいタイプだが、何故か上ることはせず下りながら全ての生き物を捕食していく。
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「14日を目処にエーリッヒを狙う。ダメなら25層まで行こうじゃないか」
やはりエーリッヒリザードマン狙いのようだ。その階層に棲む他のリザードマンも売れる為問題はない。討伐部位証明もそろそろ集めておけばランクアップにも役立つ。
翌日からダンジョンに潜り、標的を見つけるまで4日ほどかかってしまった。そしてようやく見つけたエーリッヒリザードマンは他のリザードマンを捕食していた。
「いたよ。あいつだ」
同族さえも捕食する凶暴さは中々のもの、遠めに見ても図体はでかく顎も凶悪だ。こちらに気付いたエーリッヒリザードマンは食事をやめると両手斧を掴む。恐らく冒険者が捨てていった物か殺して奪ったものだろう。
「リヒトもグレンも邪魔するなよ。後ジノもね」
本気になればあの程度どうとでもなるのはわかるのだが、ジノは暇そうに欠伸をするとその場に横たわる。前足の上に顎を置いているが目を開き、耳は常に左右に動いているから油断はしていないだろう。
ラクシャは大鉈を構え近付いていくと、エーリッヒリザードマンはもっとも近いラクシャに向け襲い掛かる。3メートル以上の高さから振り下ろされた両手斧を、ラクシャは大鉈を使い左手と右腕で器用に受け止めた。身体強化魔法を使っている様子がないことから素の筋力と技術で耐えたのだろう。ラクシャはエーリッヒリザードマンの両手斧を横に打ち払うと大鉈を振りかぶり、よろめいているうちに両手斧に叩きつけ粉々に打ち砕く。
「斧を砕いたというのにまったく刃が欠けてない。 最高じゃないか!」
敵の前だというのに大鉈の刃を確認し、欠けも歪みもないことに笑っている。武器を失ったエーリッヒリザードマンが襲い掛かろうとしたが、空を切るように大鉈が横薙ぎに振るわれ頭が地面に転がった。
<まともな奴で武器を試したい>
その言葉のとおりB級冒険者としても充分なまともな奴で試し切りが出来たようだ。
「参ったな。姉貴が前よりも強くなっちまった」
リヒトは苦笑しているようだがやはりうれしそうだ。自分も怪我をした馬鹿兄達が全快すれば同じように喜ぶだろうか。
一月後、ラクシャは義手の調整を繰り返し出来る限り自然体で使えるようしてきた。見た目も随分と普通のガントレットに近くなり、腕を失っていると知らない限り私生活では気付かないほど扱いも上手くなった。
「これで一旦は終わりですが、これ以上となると材質そのものから改めませんと」
「鋼鉄以上となるとミスリル合金か。 さすがに高過ぎるかな」
ミスリル合金-----------------------
別名魔法金属
魔法との親和性が非常に良い上に同質量の鋼鉄の倍近い強度を持っている。
半面流通量が少なく加工も大変なため、金価格=ミスリル価格に近く高価。
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ラクシャが義手について話している頃、こちらはこちらで話がまとまらずにいた。
「大穴ばかり空ける上に一回切りじゃ実用性がないと言っているんだ」
ブレーカーガントレットの改善点をまとめ、新造品について話しているのだが。
「構造的強度を上げながら2種の激発など構造的に出来るわけないんだよ!」
「一撃ごとに魔力充填など戦闘中に出来るわけないだろう。必中させるため打撃距離まで接近するのも命懸け、失敗だってありえる」
「だからこそシールドを付けようと言っているんですよ! それなのに重いから腕部以外のアーマーを取り外せとかおかしいでしょ!」
はっきりいって平行線だ。私は回避しつつ接近するため軽量さと数箇所撃ち込む事を考えているが、技術者としては重い攻撃を受けてでも無理やり接近し最大の一撃を撃ちこむ事を考えている。ロマンとして技術者の意見も分かるのだが、人の身で攻撃を受けつつ撃ち込むなどやりたくはない。
よほど鍛え込んだ重騎士でもない限り、フルプレートアーマーを付けていたとしてもリザードマンの槍を真正面から受ければ貫通するかもしくは骨折するというのに。
「Cクラス魔物の攻撃を鋼鉄のシールドごときで対処できると思うのか?」
技術者の悪い点はどの世界も共通して同じだ。頭が痛いが私も元々は設計技術者の端くれ、現場の人間に散々怒られた記憶が僅かに残っている。対処法ははっきり言うか体験させる事だが。
「・・・・・・Cクラス相手さえ無理なのか」
表情が暗いところを見るとどうやら鋼鉄のシールドなら簡単に防げると思っていたようだ。機構に詳しい技術者ではあるが、防具に関しては詳しくないと言う事か。
「どうやら理解してくれたようだが、武器の開発方針を決めようか」
これから苦しく楽しい無理難題を構造に組み込む設計のお時間だ。
「えぇ、これから方針を決めませんとな」
テーブルの向かいに座っているのだが、お互い悪い顔をしているだろう。お互いが技術者であり設計者であり出資者、言い負かされたり技術的問題点や欠点を論理的に突かれると一気に持っていかれかねない。その上こちらは素性を抑えた上で知っているドワーフの蒸気機構を、つまり現存する機構のみで話さなければいけないという弱みがある。
「・・・・・・疲れた」
宿屋に併設されている酒場のテーブルに突っ伏す。頭だけをこれだけ使ったのは前々世振りだ。
「あんたもまぁ良くやるね。聞いててこっちが眠くなったよ」
「あの男も中々引かない強い奴だ。何を言っているかは分からなかったが」
ラクシャとリヒトは笑いながら頼んでおいた酒樽にジョッキを突っ込み飲んでいる。鬼人族は極めて大酒飲みの上に全く酔わず、武具屋生活費を除いた稼ぎの殆どが酒に消える一族といわれる所以でもある。
「グレンもどうだ」
リヒトがジョッキに入った酒を差し出したので半分身を起こし受け取る。
「あぁ、一杯は貰う。 残りは茶を壺でくれ」
酒は余り好きではないが付き合いで最低限飲みはする。酒の成分を毒と仮定して無効化する訓練にもなるのが理由ではあるが。
「よし それじゃあんたの奢りだ!」
「またですか。すみません。エールを1樽と料理の追加御願いします。薬草茶も壺で下さい」
先払いで店の人に御願いすると急いで酒と料理が運ばれてくる。
「ははっ、あんたは本当に話しが分かる雇い主だ!」
「よし、乾杯だな!」
「私ニモ酒ヲクレ」
他の冒険者達に尻尾を踏まれないようテーブルの下でジノが陣取り大き目の肉を食べていた。仲間になってからグルメになったというか、肉は焼いた物以外基本食べないし酒まで飲んでいる。
「あんたを忘れてないさ」
ラクシャは小さな桶を酒樽に突っ込むと、酒が並々と入った桶をジノの前に置いた。安い酒ではないのだが、別に稼ぎを独占するつもりで割合を多くしているわけではない。武具の素材やこういった諸経費が基本こちら持ちだったりするためだ。ラクシャとリヒトが2樽ほど酒を飲み干した頃、酒場の隅で小さな騒ぎが起きた。
「このあばずれが!」
聞き間違いでなければ日本語の暴言、小さな騒ぎになっている声の元を見ると酔っ払った冒険者が娼婦だろう女の腕を掴んで顔を殴っている。奴隷が最低身分を保証されているように、娼婦もまた身分を保証され暴力など奮っていいものではない。
椅子から立ち上がると走りより、暴力を振るっていた冒険者の腕を掴み上げる。何事かとこちらを向くが表情をゆがめ娼婦から手を離すとその場にしゃがみ込んだ。加減せず掴んでいるため腕の骨にひびが入ろうが、激痛でろくに動けなかろうが構っている余裕はない。
「あばずれという言葉、誰から聞いた。 答えろ」
「そっ・・・・・・その前に手を」
「今すぐ言え。この腕、圧し折るぞ」
「傭兵団マッドネスの団長だ! 嘘じゃねぇ! 俺は先月までそこにいたんだ!」
傭兵団マッドネス-----------------------------
総団員数100人程度 奴隷30人ほど抱えている傭兵団。
実力こそあるものの金で動く何でも屋であり、強盗や戦時犯罪など悪名も少なくない。
団長は単独でアースドラゴンを倒したといわれ、実力はAランク冒険者に匹敵するといわれている。
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「私の用件はすんだが、酒場で暴力を振るった問題はなくならない」
酒場の入り口では店主と娼婦から事情を聞いている数名の衛兵が待っていた。衛兵に向って男を蹴りだすと恨みの一言でもこちらに向って叫んでいるが、暴力を振るわれた娼婦が何度も衛兵に被害を訴えている。こちらに構っている余裕などすぐなくなるだろう。
「傭兵団マッドネスを狙う」
テーブルに戻りそう伝えるとラクシャとリヒトは一瞬驚いた表情を浮かべた。
「傭兵団だが悪名もあるから問題はないが、結構な相手じゃないか。3人とウルフだけでやるのは少々大変そうだ」
リヒトは持っていた依頼書の写しの束の中からどくろマークがついたものを取り出した。元Bランク、伝手があれば危険な依頼や守秘が堅い仕事を回される事がある。いずれBランクに戻れるだろうという事でギルド職員からリヒトに渡されていたものだ。
「先日昔なじみがくれたものだが」
ランクC ギルド依頼
依頼 調査
対象 傭兵団マッドネス
報酬 20万フリス
委細 傭兵団マッドネスの素行を秘密裏に調査する。
守秘のあるCランク、どくろマークはつまり危険度はそれ以上である可能性が高いということだ。
「馴染みに頼んでまわしてもらってくる。俺が行けば大丈夫だろう」
損傷奴隷になって剥奪されているとはいえ元はBランク、いまだ信頼されているのだろう。信頼で言ってしまえばグレンはDクラス、名もなく実績もないため信頼は皆無に等しい。だがCランク依頼であればDランクでも斡旋を受ければ受領することは可能だ。
ギルドから正式に依頼を受け、与えられた情報から王都の北西を拠点としていることがわかった。北西の地は魔物も多いことから傭兵団や兵士達が駐留しているが、治安が良い王都の中ではかなり悪い方だろう。
二日後、武具を整え皆で駅舎にいた。話し合った結果、王都から魔道蒸気機関車にのって北西端の町に二日、終着駅からは馬車を購入して探す事になった。数刻待っていると蒸気を噴出しながら高さ五メートル近い巨大な機関車が駅に入ってくる。前世では魔道とはいえ蒸気機関車に類するものはなかったのだが、機構学が随分と進んでいる。しかし馬車や水車、蒸気ポンプなどから徐々に発展しているが、ドワーフの技術にしては発想が人間寄りなのがいささか気になる。
「魔道蒸気機関車に乗るなんておもってなかったよ」
「あぁ、まだ冒険者がおいそれと乗れるものじゃないからな。Aランクにでもなれば話しは別なんだろうが」
「人ハ不思議ナモノヲ作ル」
切符を検査員に示し、個室へと案内される。魔道蒸気列車はいまだ高価な代物であり、数人が入れる寝起きできる個室作りとなっている。価格は3人と1匹で280万、正直かなり痛い出費なのだが出来る限り急ぎたい。王都戦士養成学園の年次主席、そして相場の2倍を支払う事でなんとか人数分確保する事ができた。やはりコネクションが無いのはこういったときに困る。
問題はコネクションを作る手段だ。有効性があり世界に悪影響を及ぼさない程度の技術は魔法剣の鋳造だが、一国に独占されたり戦争に使われても困る。
「ラクシャ」
「あ~ なんだい」
個室の車窓から見える風景をネタにすでに一本酒瓶を空けている。リヒトはすでに酒を飲んだあとベッドに寝転がり、ジノはすでに寝ておりその毛皮の上でエルとリーアナも静かに眠っていた。
「誰か信頼できる貴族や商人は知らないか。入用な予算を得るために武器を売る事も考えている」
「そんなやつ知らない」
はっきりと否定する。事実裏切られて奴隷に落とされたラクシャにしてみれば信頼に値する者などいないと考えていた。
「だが、ドワーフ一族なら話別だ。奴等は武具を蔑ろにしたり下衆な商品とする奴らは大嫌いだからね」
「ドワーフか」
前世では耐えられる武具に困り、導きによってドワーフ達に依頼をする事になったが、分かりやすいほど職人気質の堅物。信頼してもらえるまで鉱山や鍛冶の荷物運びなど手伝いを散々させられ、宴会で倒れるまで酒を飲んだ事でようやく認められ武具を作ってもらったのだが。今は失ってしまったが、この世界でも同じものを作れるだろうか。
「あいつらと会いたいならあんたが作った武器と酒を持っていけば国境も開けてくれるだろうさ。あんたの武器はドワーフにとっても珍しいはずだよ」
「そんなものか?」
「魔石の増強効果がなくても、あたいが知ってる武器の中じゃドワーフの武器と比べても上質な分類だよ」
色々思い出したのもあるが、基本は鍛冶教官から得た技術を踏襲し、一般流通している素材で出来る事をしたつもりだったが、どうやら鋳造技術に関して鍛冶教官は一流だったということだ。
「ただ、馬鹿貴族や商人に知られた場合は、やはり拘束を狙ってくるだろうね」
捕縛されて奴隷にされるだろう。それが出来るのはAランク以上の冒険者だろうが、不意を突かれでもしたら
「やはりラクシャが居て助かる。 リヒトは・・・・・・自分とおなじみたいだな」
「弟はあんたより考えるのは苦手さ。 ジノは考えても話さないだろうけどね」
「程度を抑えて技法を秘匿しておくべきか。やはりコネがないと手間だな」
ため息をつくと列車の外をみる。静かになった車内でラクシャはうたた寝を始めているグレンを見ていた。
鬼人族のあたいから見てもこの男は変わっている。人族でありながら鬼族と同じ黒い髪は珍しく、右頬に刻まれている二つの傷跡も含め鋭い眼も顔立ちもよく似ている。外見だけではない。ダンジョンで戦うときも急所や弱点を狙うよりも自らの望む形に誘導する事で優位性を得るなど鬼族に似た戦い方もする。
魔物や精霊と寝食を共にし、奴隷に対して何も思っていないなど考え方も変わっていた。今は少なからずあたい達を信頼してくれているようだが、時折この男からは前族長が放つものと同じ常闇のようなモノを感じる。いずれは分かるときがくるかもしれないが、その時は仲間のままなのかそれとも敵になるのか。
椅子の横に立てかけられている大鉈を見つめ、今眠っているこの場で殺してしまった方がいいのだろうかと頭を過ぎる。大鉈に手を伸ばそうとしたとき身が凍るような魔力が流れ出し、グレンはゆっくりと身を起こすと周囲を警戒している。
「襲撃ですか?」
ほんの僅かな気配の揺らぎでも気付いたのは驚きだ。
「いや、こちらも妙な気配を感じたが気のせいみたいだよ」
「そうですか。列車強盗でも出たのかと思いましたよ」
気を抜いたのか凍るような魔力は徐々に薄れ普段どおり氷属性が強い性質に戻る。
「ラクシャが居るので油断しすぎたかな」
それに窓ガラスに映る自らの顔を見ると迷いの表情が浮かんでいた。キメラドラゴンによって爛れた顔も無理な身体強化で切れた靭帯も治癒してくれた事、借りはあるし恨みは無いが私の手に余る。深くため息をつき、色々考えても今は仕方ないと思いながら酒を飲みつつ再び車窓を眺め始めた。
終着駅、そこは要塞都市とも言える終端の町 ニールグン。
車中聞いた話ではここから先には小さな村々が点在し、非常時はこの要塞都市から派兵されることになっているそうだ。王都には劣るものの防壁で囲まれた都市は多くの兵士が巡回し、魔物の襲撃にも対応している。
「でっかい町だな。 おっ、姉さんあそこで鬼人族の服が売ってるぜ」
「いいじゃないか。懐もまだ暖かい内に数着買っておこう」
「町を出る準備を分担もあるので、ラクシャもリヒトもそれからにしません?」
「馬車は俺が買ってくる。集合場所はあの馬車屋の前だな」
「あたいは食べ物と酒だな」
「情報と酒は自分が酒場で調達します。食料とジノを御願いします」
情報を得るには基本酒場な事はどこも同じ、酒が入れば口は軽くなり奢ると成ればさらに聞きやすくなる。二人と別れたあと酒場に入ると随分と賑わっていた。終着駅な事ことから周辺から王都へと向う物資や人々が集まっているのだろう。奥のカウンターに座りオーダーを頼む。
「薬草茶をください。」
こちらを数人の冒険者が頼んだ物を嘲笑う声が聞こえるが相手にしても意味がない。
「この辺で傭兵団を見かけてませんか。荷物を届ける依頼を受けているのですが」
所詮は方便、薬草茶を受け取りながら僅かな金 1000フリスほどを握らせる。
「あぁ、そいつらなら一週間前に向かいの店で食料を買い込んでったよ」
「どちらに向ったかわかりますか」
「さてね。ちょっと思い出せないなぁ」
もう少し金を要求しているようだ。面倒だが大抵の情報は金次第、むろん守秘させるのも金次第だが。
「一週間前になると中々思い出せませんよね。それと酒樽を買いたいのですが」
「あー そうだな。ちょっと裏にあるから直接選んでくれ。案内するからよ」
裏の倉庫に案内されたところで5万フリスほど握らせ、酒樽を渡される。
「村から西に出て行った。4日ほど歩いた先にミノタウロス族の村があるからそちらできいたほうがいいだろう。だが何人も冒険者を見てきたが、あれはまともな奴らじゃないな」
「いい酒ですね。こちらは静かに御願いします」
追加で10万フリスほど握らせ口止めを支払い樽を担いで表に出て行く。
<まともな奴らじゃない> 酒場の店主がそんな事を言うような傭兵団、嫌な予感がしてならない。馬車屋の前に行くとすでに準備が出来たラクシャとリヒトが荷物を積み終え待っていた。
「それじゃあんたが御者な。あたいらは一杯飲んでるからさ」
どこから調達したのかすでにラクシャとリヒトは干し肉をあてに酒を飲んでいる。
「わかった。他の食料は二人の亜空間倉庫?」
「あたいが往復4日分と、念のため2日分をリヒトが持ってるよ。それでどこに向うんだい?」
「西にあるミノタウロスの村で聞けば分かるかもしれないそうです。徒歩で四日だそうなので、馬車で二日ちょっとでしょうか」
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ミノタウロス
亜人族であり体長1.9~3メートル程度の種族であり、人の姿だが力強く頭部に角を持っている。
昔はダンジョンの守護をしていたそうだが、今は村で人間と共に暮すものがほとんどとなっていた。
大まかに戦闘を主とした者達と農耕を主とした者達に別れている。
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馬を操り続け二日目の夕方、向かい風から僅かに木材が燃える臭いがしてくる。
「ジノ!」
ラクシャは声を上げると荷台からジノと共に飛び降り、一足先に森を抜けた先に在ったのは焼き討ちされた村の残骸だった。
「くそっ!」
「マッドネスの奴らがやったのか」
リヒトは馬車を降りると斧を両手に掴み、警戒しながら死体を確認していく。遠めに見ても元は人間だっただろう死体は複数転がっていたが、ミノタウロス族と思われる死体はない。馬車を引きながら死体を調べてみるが所属がわかるものは何一つ落ちたり持っては居ない。
「どうやら被害に会う前にミノタウロス達は逃げたようだが、戦士でもついているのか?」
リヒトはいくつかの死体を確認し状況を把握している。たしかに人間の残骸は叩き潰されたり 巨大な武器でなぎ払われたように無残なものだ。地面にすり潰された死体から察するに2mは超えるだろう巨体から繰り出された何かだろうか。人間だとしたら強力な身体強化魔法を使い、桁外れに馬鹿でかい武器を使わないとこんな芸当は無理だ。
「少しずつだけど死体が一方向に向ってる。そちらに行けばいるはずだが」
死体の残骸を追い続け、村から1時間ほど離れた場所に砦を囲う傭兵団を見つけた。砦は100~200人程度篭れるだろう大きさのものだが、周囲を完全に囲まれてしまっている。
「姉さん。 砦の上にミノタウロス族がいる」
遠めではっきりとは見えないが、角のある大きな人間といったところか。
「あれは攻め切れてないって感じだね。ミノタウロス達も結構やるじゃないか」
砦に篭り抵抗しているようだ。数人居る大柄なミノタウロスが魔法や弓を受けながら砦の上から巨大な石を投げつけている。大きな岩など原始的な物しか見当たらないが上に10にも満たない人数しか見えないのだが、攻城兵器がなかった為に攻め切れていないのだろう。
これからどうしたものかと考えているとエレとリーアナは肩に乗り耳を引っ張る。
「グレン、人間の群れの中に一つだけ気配があるよ」
「間違いなく転生者です。でも誰かまでは」
「・・・・・・そうか」
大きくため息をついたあとラクシャとリヒトの方を向くと覚悟を決める。
「ラクシャ、エルとリーアナと共にミノタウロス族の守る砦に行ってくれるか。 こちらが夜明け寸前に奇襲をかけるが、火柱周辺に決して近付かないよう伝えてくれ」
「火柱・・・・・・か。あんた何をやらかす気だい」
ラクシャは酔っていなければ勘が鋭い。出来れば普段から禁酒して欲しいものだが無理な話か。
「荒々しい精霊を召還して可能な限り焼き尽くす。制御はほとんど出来ず近付けばラクシャもリヒトも巻き込んでしまう」
「俺達もか。それは召還といえるのか?」
「召還ではある。従順な性質ではないというだけさ」
もっとも魔道士の兄セズから引き継いだというか押し付けられた召還魔法だが、ほとんど制御が利かない代わりに威力は破壊力と範囲は絶大で単独で群を相手にするには適している。
「念のため確認しておくが、 本当に全員でいいんだな?」
ラクシャはマッドネスが所有する奴隷達の事を言っているのだろう。遠くから見ても傭兵団のやつらは、昼間から酒を食らって奴隷を殴り犯している。あれでは傭兵団ではなく盗賊や強盗団のようなものだ。奴隷も恐らく買われた者がほとんどだろうが、誘拐されてきた者も居るはずだ。
「生存者は居なくていい」
残念だが奴隷を救う余裕はない。たった3人と1ウルフで何が出来るというのだろう。神の如き力があれば救う事も出来るだろうが、私はただの使徒に過ぎない。
「あんたに覚悟があるならいい。 リヒトあんたも準備をしておきな」
「あぁ、久しぶりの戦場だ」
やはり鬼人族は頼りになる。人間なら大多数相手に戦いを挑むなど正気では引き受けたりなどしない。
「私ハ見学サセテモラオウ。毛並ミガ燃エテハ困ル」
「ジノは好きな場所で待機でいい。エレとリーアナはラクシャと一緒にいってくれ。誰かが一緒に居ないと戦えない二人は危険だからな」
「それじゃ夜まで一眠りしよう。何をするにしても昼間はないわ」
「馬は逃がすぜ。獣が寄ってきて手間がかかるしな」
どこかに繋いでおいても獣にやられかねないため、馬車につながれていた馬を放してしまう。帰り道に困るかもしれないが、最悪歩けばいいだけのことだ。離れた場所に繋いでおいた荷馬車の所に戻ると、夜になるまで食事をしつつ休憩となった。