僕が尊敬している作家のサイン会へ来たけれど、最後尾からではその姿を見ることが出来なかった。改めて、名瀬雪菜にはこんなにも多くのファンがいるのだということを実感する。

 正直、もう夢も目標も見失ってしまったから、サイン会に足を運ぶのは躊躇われた。先生に伝えたかったことは、今は伝える必要のないことだから。

 行くか行かないか、自分の中での問答を前日まで続け、それに疲れた頃、ふと本棚の中に入っている先生の第一作目を手に取った。

 僕はそれを徹夜で読みふけり、そして泣いた。もう何度も読み返したというのに、僕はまた泣いてしまった。

 その時に、サイン会へ行こうという決心は固まった。もう夢も目標もないけれど、先生の小説が好きな気持ちだけは本物だと、自分の中で確信したから。

 だから、寝不足の体をなんとか奮い立たせ、駅前ショッピングモール五階にある本屋へと足を運んでいる。

 いつもより早く鼓動する心臓の音を聞きながら、僕はカバンから先生の新刊を取り出す。それは、今日あらためて購入したものだ。もう発売日に購入したけれど、二冊目を買うことに躊躇いはなかった。

 その新刊をめくって、僕は内容を流し見する。一生かかっても、こんな小説は書けないなと心の中で自虐する。

 僕の才能の無さには、心底呆れてしまった。呆れ果てた末に、僕は夢を諦めたのだから本当にどうしようもない。

 そういう風に一人で勝手に気分を沈めていると、いつの間にか僕の後ろに十人ほど人が並んでいた。前に並んでいる人との間隔が空いてしまっていたため、僕は慌てて列を詰める。

 それから僕は、何気なく後ろを振り返った。列に並ぶ人は、どんどん増えてきている。そんな中、僕は一人の女性が気にかかり、視線が固定された。

 彼女は先生の新刊を大事そうに持ちながら、壁に寄りかかって額に手を当てていた。マスクをしていて、きっと風邪を引いているのだろう。

 僕はなんとなく、その女性が気になった。大丈夫なのだろうか。立っているのも、辛そうに見える。

「あの」

 ふと、後ろに並んでいた気の強そうな女性に声をかけられる。僕の意識は一旦、そちらへと向けられた。

「列、詰めてくれませんか?」
「あ、すみません……」

 また、前の人と間隔が空いてしまっていた。僕は一瞬迷って、並んでいた列を抜け出る。その際声をかけてきた女性に怪訝な表情を浮かべられたけれど、気にしないことにした。

 僕は、マスクをした女性のことを本棚の陰からうかがう。他に彼女に気付いた人が、声をかけるかもしれないから。

 だけど待ってみても、彼女に声をかける人はいない。僕が行っても大したことは出来ないが、せめて下げているミニバッグを持ってあげるぐらいは出来ると思って、勇気を出して彼女へと近付いた。

「あの、大丈夫ですか?」

 マスクをしているから、彼女の表情はわからなかった。ただ、苦しそうにしているということは、雰囲気でなんとなくだけど伝わってきた。

「すみません……少し、頭が痛くて……」

 少しじゃないだろうと、僕は心の中でツッコミを入れてしまう。気が強いのか、それとも嘘が下手なのか。会って初めての僕には、どちらかなのかわからなかった。

「バッグ、持ちますよ」
「そんな、申し訳ないです……」
「気にしないでください。困ってる人を、放っておけないので」

 そうは言いつつも、自分以外の人間が彼女に手を差し伸べていたとすれば、僕は彼女へ近付かなかっただろう。そういう事なかれ主義的な自分の性格と、困っている人を助けない周りに対して、僕は少しだけ憤りを感じていた。

 とても、自分の行動と考えは矛盾している。そう思って、僕はまた自虐する。

 彼女はとても申し訳なさそうに「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます……」と言い、僕にミニバッグを任せてくれた。

「そちらの名瀬先生の新刊も、持ちましょうか?」

 大事そうに持っている先生の本を、僕は指差す。すると彼女は、苦しそうにしていたのが嘘だったかのように、突然元気な声を出した。

「名瀬先生のファンなんですか?!」

 僕は彼女の変わりように驚いて、思わず半歩後ずさってしまう。

「あ、はい……そうですけど……」
「実は私も、すっごくファンなんです!もう一作目が出た時から、ずっと追いかけ続けてて!」
「あ、えっと、そうなんですか?」
「一番泣けるのはもちろん一作目なんですけど、私は二作目も面白いと思うんですよ! 登場人物の秘密を知った時は、そうきたか! って驚きましたし!」

 最初は、やっぱりちょっと驚いた。だけど、こんなにも名瀬先生のことが好きなファンに巡り会えて、僕の心は知らず知らずのうちに高揚していた、

 おそらく、この書店にいる誰よりも、彼女は名瀬先生のことが好きなのだろう。そういうことが、直感的に理解できた。

「僕も、二作目はすごい好きですよ。三作目も、伏線とかいろいろ投げっぱなしだって批判されてますけど、ちゃんと読めば主人公やヒロインたちのことがよくわかるように出来てますし」
「ですよね! あの三作目を批判するのは、絶対飛ばし飛ばし見てた人です!」

 僕にしては珍しく、自分の意見を饒舌に語ってしまっていた。それを、彼女は笑顔で受け止めてくれる。だから、また僕は感じたままのことを、彼女へ伝えた。

 そういった本音のやり取りをして、僕は純粋に楽しいなと思った。こんな風に、彼女と話をするのが。

 だから、彼女の体調が芳しくないのを、僕はすっかりと忘れてしまっていた。彼女はまた、思い出したかのように額に手を当てて、辛そうに眉を寄せる。

 そして先ほどよりも悪化してしまったのか、僕の方へふらりと倒れこんできた。慌てて彼女のことを抱きとめると、甘い柑橘系の匂いが僕の鼻孔を通り抜ける。

 それに、大きく心が揺り動かされた。

「あの、大丈夫ですか……?」
「すみません……少し、はしゃいじゃって……」
「六階のカフェで休憩しましょう。サイン会が終わるまで、まだ時間はありますし」

 普段ならそんな提案は絶対しなかっただろうけれど、なぜかすんなりと言葉にできた。だから、自分で自分の言動に驚く。彼女が頷いてくれたのを見て、僕は安心した。
 こんな風に、女性の方とカフェに入るのは初めてだった。

 しかし、そもそもカフェに入ったことのない僕は、そのおしゃれなメニュー表を見て目を白黒させる。

「ご注文はお決まりでしょうか」

 大学生ぐらいの女店員さんに、笑顔でそう聞かれる。僕は、迷ったけれど隣の彼女のことを考え、「すみませんが、お水を一つください……」と注文した。ここに来て、水を注文する客なんて滅多にいないだろうから、少しだけ気がひける。

 それから自分のも注文しなければと思い、メニュー表をもう一度見る。早くしなければ、また後ろの人に声をかけられるから、一番見慣れたコーヒーを注文した。

 お金を払い、水とコーヒーを受け取る。周りにあまり人のいない席を選んで、僕らは腰を落ち着ける。

「体調、大丈夫ですか?」

 そう訊ねると、彼女は素直に首を振った。

「まだ、頭痛がします」
「薬とか、持ってきてないですか?」
「ここに来るときにまだ時間があったので、薬局で買ってきました」

 おそらくその薬は、ミニバッグの中に入っているのだろう。僕は彼女に、慌ててバッグを返した。

 それから彼女はバッグから、紙の袋に入った錠剤を取り出す。薬を飲むためにはマスクを外さなければいけないため、一度、マスクを顎のあたりまで下げた。

 その時、僕は初めて彼女の顔の全体像を目にする。

 第一印象から瞳が大きくて綺麗だなと思ったが、鼻は対照的に小ぶりで自己主張をしていない。落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、どこか幼さも垣間見える。そのちぐはぐさが、いい意味で彼女の魅力だった。
 
 美人に見えて、可愛くも見える。明らかに、僕と不釣り合い。

 きっとマスクをしていなかったら、話しかけられなかった。自分との差に愕然として、今すぐにでも席を立ちたくなる。

 僕は、注文をしたコーヒーに口を付ける。そうしていなければ、彼女との間が辛かった。緊張をしていて、自分の心臓の鼓動を制御することができない。

「あの、ありがとうございます。私に気を使ってくださって」
「いえ、気にしないでください……」
「あなたが声をかけてくれて、私、嬉しかったです。そういえば、お名前はなんていうんですか?」

 そう彼女に名前を聞かれて、まだ名乗っていなかったことを思い出す。

「小鳥遊公生っていいます。えっと、あなたは?」
「私は、嬉野茉莉華っていいます」

 綺麗な名前だなと、思った。彼女にぴったりな名前だ。

「公生さんは、小説をたくさんお読みになるんですか?」

 名前で呼ばれてしまい、僕は思わず顔が熱くなる。最近の女性は、みんな相手のことを名前で呼んだりするのだろうか。

「……はい。月に五冊ほど」
「あ、私の勝ちです!私、月に十冊以上は読むんです」
「えっ、そんなに読むんですか?」
「休日はあんまり外に出ないで、本を読んでる人なんです」

 それは意外だった。嬉野さんみたいに気の良さそうで元気な人は、休日に男友達と遊びに行ってるという勝手な先入観があったから。

「私、名瀬先生の第一作目は、毎月一回は読み返すほど好きなんです。また新しい発見があって、何度読み返しても飽きないです」
「一作目もたまに読み返しますけど、僕は二作目を毎月読み返してます。二作目の方も、奥が深くて面白くないですか?」
「わかります!二作目の方は毎回、幸せとは何かについて考えさせられるんですよね!」

 また、嬉野さんが興奮し始める。どうやら本のことになると、熱くなってしまう人のようだ。

「あの、もう少し安静にした方がいいかもしれません。また、頭痛がひどくなるかもしれないので」

 そう指摘すると、嬉野さんの頬が少しだけ赤くなった。

「す、すみません。私、本のことになると熱くなっちゃって……」
「そんなに、本が好きなんですね」
「はい……昔から、本に囲まれて生活してきたので……」

 それから彼女は、僕の目をうかがうように見てきた。

「こいつ、趣味のことになるとペラペラうるせーなって思ってませんか……?」

 僕は思わず、小さく噴き出してしまう。そんなことは微塵も感じていなかったから、嬉野さんの口から飛び出した言葉が面白かった。

「全然、気にしてませんよ。むしろ、嬉野さんの話を聞いてると楽しいです」
「そう、ですか?」
「はい」

 照れているのか、嬉野さんは僕から視線をそらす。彼女はこんな表情もするのだなと、僕はそんなことをぼんやり考えていた。

 それからもたわいない会話を続け、嬉野さんの体調がよくなってきたのを見計らって、僕らはカフェを出る。その後の目的地は、もちろんサイン会の会場だ。

 もう体調がよくなったから、自然と僕らは別れるのだろうと思っていた。だけど嬉野さんは当然のように僕の隣を歩き、一緒に列に並んだ。

 並んでいる間、彼女は笑顔でいろいろな本の話を聞かせてくれる。僕の読んだことのない本は、ネタバレにならない程度に魅力を教えてくれた。

 僕は、それを聞いているのが純粋に楽しくて、いつのまにか、心の内に抱いていた劣等感は薄らいでいた。彼女と話をするのが、楽しい。不釣り合いだけれど、嬉野さんが僕を会話の相手として選んでくれている。それならば、そんな後ろ向きな気持ちを抱かなくてもいいんじゃないかと、僕はそう思い始めていた。
いつのまにか、僕らは列の先頭付近まで近付いていた。

「もう少しですね」彼女は期待に満ちた声色でそう言う。僕の心も、いつもより浮き足立っていた。

 名瀬先生に、伝えたいことがある。あなたの作品が、純粋に好きだと。あんなにも素晴らしい作品を作ってくれて、ありがとうと。

 それを伝えたくて、僕は早まる鼓動を耳の奥で聞きながら、その瞬間まで待ち続けた。

 そして、列の先頭にたどり着く。

 ようやく僕は、名瀬雪菜の正体を知った。

「先、輩……?」

 そこに座っていたのは、僕の隣の部屋に住んでいる七瀬先輩その人だった。先輩は僕を見て、安心したように表情を緩める。

 しかし、続く嬉野さんの声を聞いて、先輩の表情は急に張り詰めた。

「えっ、名瀬先生と公生くんって知り合いなの?」

 僕はその事実を知って固まってしまい、嬉野さんに言葉を返すことができない。ただ、先輩を見つめたまま、様々な感情が渦巻いていた。

 どうして隠していたのか。どうして正体がバレるようなことをしたのか。どうして、そんな表情をしているのか。

 先輩は寂しげな表情を浮かべていた。そして、その表情を隠すように、先輩は笑った。とても不恰好な、作り笑いだった。

「とうとう、バレちゃったか」
 サイン会が終わっても、僕ら二人はずっと一緒にいた。先ほどのカフェで、嬉野さんは興奮した表情を浮かべながら、名瀬先生の作品の魅力を僕に語り続けている。

 まさか、名瀬先生が公生くんの知り合いで、隣の部屋に住んでたなんて。そんな嬉野さんのセリフを、僕はもう五回は聞いた。五回も聞いてなお、僕はその事実を頭で理解することができなかった。

 だから嬉野さんが先輩にもう一度会いたいと言った時、なんの迷いもなく頷いて、僕の住んでいるアパートへと向かった。

 いつものように、からかうように先輩は微笑んで、ネタバラシをしてくれると思ったから。けれど、そんなネタは一つもなかった。僕の隣の部屋から出てきた先輩は、僕らを見て困ったように微笑んでから、知りたくもなかったネタバラシをしてくれた。

 もう、小説は書かないと。

※※※※
 名瀬先生がもう小説を書かないと言った時、私は大切な人が死んでしまったことを聞かされたかのような喪失感に囚われた。その場で泣き崩れてしまいたかったが、そんなことをしてしまえば先生が困ってしまうだろうから、私は最後の最後まで涙をこらえ続けた。

 それが決壊したのは、公生さんが呆然としていた私を心配して、部屋へと入れてくれた時。私はその場にへたり込み、壊れたように泣き崩れた。それから彼は、部屋の中で私を慰め続けてくれた。彼がいてくれなかったら、私はきっと立ち直ることができなかっただろう。

 先生は、もう小説を書かない。その事実をようやく頭の中で理解できた頃には、すでに涙は枯れ果てていた。仕方のないことなのだと、私は諦めにも似た感情を心の中に抱く。

 それから壁にかけられた時計で時間を確認して、私は焦った。

「もう、終バス終わっちゃってる……」
「えっ?!」

 最終バスは、もう三十分も前に最寄りの駅を通過していた。事前にバスの時間を調べていたはずなのに、泣き崩れていたため、すっかりと頭の中から抜け落ちていた。

 公生さんはタクシーを呼ぶよと言ってくれたけど、夜中に娘が涙で目元を赤く腫れさせて帰ってきたら、きっとお父さんとお母さんは心配してしまう。だから無理を言って、今日だけ部屋に泊めさせてもらった。

 今日会ったばかりの人に、その提案をすることは少しばかりの勇気が必要だったけれど、不思議と抵抗はなかった。この人なら、信頼できる。そんな予感が、密かに私の心の中にあった。

 結局は無理を押し通すことに成功して、公生さんは私が部屋に泊まることを了承してくれた。私たちは一緒の部屋に寝たけれど、それ以上は何もしなかったし、何もされたりしなかった。私の心には、ただ純粋な安心感が芽生えていた。
 翌日、男性の部屋であまりにも無防備に寝ていた私は、部屋のドアが開く音で目が覚めた。時刻を確認するために跳ね起きた私と、すでに私服に着替えていた公生さんと目が合う。彼は困ったように、微笑んだ。

「おはようございます。ぐっすり寝てたので、起こすのも悪いかと思って」
「あ、いえ……」
「もしかして、今日お仕事でしたか?」

 今日は、仕事ではない。だから私はすぐに首を振って、口元から垂れていた液体を手の甲で拭った。そして公生さんが持っている、コンビニの袋に視線が向かう。

「朝ごはん、本当は用意できたらよかったんですけど。僕、ちょっと料理が苦手で……」

 そう言って彼が袋の中から取り出したものは、健康を気遣ってくれたのかサラダ系のものが多く、私のお腹がくーっと小さく鳴った。

 その恥ずかしい音が公生さんに聞こえてしまったのか、口元を緩めて苦笑する。

「朝ごはんにしましょうか。すぐ、用意しますので」
「あ、はい……」

 その優しさは卑怯だろと、私は心の中で密かに思った。
 朝食を食べ終わった後、公生さんは「体調、もう大丈夫ですか?」と心配してくれた。そういえば、起きてからは全然頭の痛みを感じていない。昨日の薬が、しっかりと効果を発揮しているのだろう。

「もう、大丈夫みたいです」
「そっか……」

 彼は安心したように微笑んだ後、照れ臭そうに頬を指でかく。そんな姿に私は首をかしげると、意を決したように公生さんは口を開いた。

「あの、これから映画見に行きませんか?気分転換に」
「……えっ?」

 私が思わず聞き返すと、焦ったように彼は早口でまくし立てる。緊張しているのは、雰囲気で伝わってきた。

「落ち込んでる時は、たくさん遊んだ方がいいと思うんです。僕も、わりと落ち込んだので……」

 きっと、昨日私が泣き崩れたのを心配してくれたのだろう。その優しさが嬉しくて、だけど同時に顔を赤くしている彼が面白くて、思わずくすりと笑ってしまった。そうして笑うと、彼はさらに顔を赤くさせる。

 私は結局、公生さんの提案に素直に頷いた。ほっと胸を撫で下ろしている彼を見て、また密かにくすりと笑みがこぼれた。


 とりあえず駅前ショッピングモールの映画館で映画を見ようということになり、私たちはバスに乗って駅へと向かった。商業系の高校へ通っていたから男性と接する機会が少なかったため、そういえば最後に男の人とこんな風に出かけたのはいつだっただろうかと、バスに揺られながらふと思う。

 隣でつり革を掴む公生さんを盗み見ると、緊張しているのか口角が引きつっていた。この人は多分、女の人と二人で出かけたことがないのだろう。私も多分、男の人と二人だけで出かけたのは、これが初めてだった。

 高校時代に友達が他校の男子生徒を呼んで、親睦会と言う名の合コンを開き、それに参加させられたことは何度もあった。波風を立てないように連絡先を聞かれれば交換をした。だけど二人で出かけるようなことはしなかった。

 私はなんとなくチャラチャラしている人が苦手で、申し訳ないけど拒否反応を起こしていたから。少なくとも合コンに参加するタイプの男性とは、上手く話をすることができなかった。

 私は趣味を共有することができる、もっと落ち着いた人が好みなのだろう。だから合コンでとても有名な作家さんの、とても有名な作品の名前をあげて、読んだことがあるかと聞いてみたりした。けれど返ってくるのはだいたい、映像化されたものは見たことがあるという言葉で、その後に原作も読んでみるよと笑顔を向けられる。試しに原作本を貸してみて、二日ほどで読了報告をされた時に感想を聞いてみたけれど、彼の感想は原作の感想じゃなく映画の感想だった。おそらく、原作と映画の内容が違うことを知らなかったのだろう。

 たくさん本を読んでて頭がいいんだね、と言われたりもしたが、別に活字を読むのに頭の良さは関係がないでしょと、心の中でツッコミを入れていた。だからせめて趣味を共有できないかと思い、メールで十冊ばかりオススメの本を紹介してみたけど、それからというもののその人からメールが返ってくることはなかった。それからというものの、私は私の趣味のことを誰かに打ち明けるのはやめにした。

 そういう高校生活を送っていたから、男性の方とこんな風に出かけることになるなんて、想像すらしていなかった。私を元気付けるために、映画へ誘ってくれたのは嬉しい。けれど、外見は落ち着いた雰囲気で、内面は狼だったらどうしようと、私は一人で勝手に心の中をモヤモヤさせている。

 書店で話しかけられた時も初めはナンパかと思ったが、彼のことを知れば知るほど、私の思い描いていた理想の男の子だと感じてしまう。

 彼は、どっちなのだろう。肉食系なのか、草食系なのか。そんな風に公生さんの顔をジロジロ見つめていると、見つめていたのがバレていたのか、顔を赤くさせて俯いてしまう。

「……公生さんは、歳はおいくつなんですか?」

 突然話しかけると、公生さんはびくりと肩を震わせて、囁くように答えてくれた。

「あの、二十歳です……」
「え、ほんと?」

 私は思わず、目を丸めてしまう。

「公生さんって、二、三歳は上なのかと思ってました」
「えっ?」
「私も、二十歳なんです」

 今度は彼が、私と同じように目を丸める。

「嬉野さんも、二十歳なんだ。てっきり二、三歳は上なのかと思ってた」

 それから自分のデリカシーのない発言に気付いたのか、慌てたように「あ、あの。別に老けてるとかじゃなくて、大人っぽいって意味ですっ」と訂正した。

 私は慌てる彼がおかしくなって、思わず笑みをこぼす。

「大人っぽいって言ってくれたの、公生くんが初めて。いつもは子どもっぽいって言われるから」

 思わず公生くんと呼んでしまい、しかも敬語が抜けてしまった。だけど同い年なんだから、失礼じゃないよねと思い直す。突然くだけた話し方になったため、公生くんはまた、ほんの少し顔を赤くさせた。

「公生くんは、何月何日生まれ?」
「えっと、四月二十七日です」
「うわ、マジですか」
「もしかして、嬉野さんも?」
「うん。四月二十七日」

 同じ日に生まれた私たちは、偶然にもこうして知り合うことができた。もしかすると、こういうのが運命なのかも知れないと、私は密かにロマンチックに浸っていた。