ーーすごく、きれい!このびじゅつかん。
なんか『ゆーふぉー』みたい!


ーーとってもひろーいおにわだね、おとうさん、おかあさん。


ーーねえねえ、あれみて!
あのこのえ、とってもじょうず!


ーーじょうずだね!
わたし、えがへたっぴだからうらやましいなあー。


ーーみせてくれてありがとう。
またあおうね。ゆびきりげんまんーー


小さい頃の、夢を見た。



私は重い病をかかえて生まれてきた。

赤ん坊の頃にした手術で一命は取り留めたものの、呼吸器系にさまざまな後遺症が残ってしまった。


それにより私は激しい運動はできなくなり、ちょっと早歩きをしただけでも息が切れたり、咳が止まらなかったりした。


肺に穴が空いてしまう『気胸』を発症することが時々あり、呼吸器系の感染症にも人一倍かかりやすいので、いつでも入院できるように私たちは大きな病院のある町に住んでいた。



夢は、私が四歳だった頃、お父さんとお母さんと初めて旅行をしたときのものだと思う。

あまり覚えてはいないのだけど、病状が少しよくなったため、遠出が許されたらしい。


見るものすべてが新鮮で、とても楽しかった記憶がある。

旅の終わりに、ふと見つけた公園に寄った。

そこにいたのは、絵がとっても上手な男の子だった。

それから小学六年生になるまでは、ずっと同じ町にいて、入退院を繰り返していた。


小学五年生になる頃からお父さんは単身赴任で家を空けた。


場所は四歳の頃に旅行で訪れた町だ。

美術館や日本庭園など、美しいものがたくさんある。

私は、そんな町で働けるお父さんを羨ましいと思っていた。


また病状がよくなり始めたのは、その数カ月後だった。


しばらく気胸も感染症も起こらず、安定して過ごせるようになっていた私は、


「お父さんのいるところに行きたいな」と口にした。


 お母さんは反対すると思っていたけれど、予想に反して同意してくれた。


さらに、
「私たちもあっちに引っ越しちゃおうか?」なんて言ったのだ。

冗談で言っているのかと思ったけどそうではなかった。


お母さんは、目を輝かせて旅行を楽しんでいた私の
姿が忘れられなかったのだそうだ。



あの町は静かで、でも活力に満ちていた。

古い町並みも残り、伝統工芸や日本古来の食文化も継承されている。


私も、楽しかった記憶しかない。


そんな町で暮らせると思うと、ワクワクした。


こうして、私はあの町の学校に転校することになった。

黒板の前に立って挨拶をしているとき、一番後ろの席に座っている男の子と一瞬だけど目が合った気がした。


そのとき、なぜか私は彼のことを知っている気がした。


眼鏡の奥に見える、澄んだその瞳の輝きに見覚えがあった。



クラスメイトは、転校生というめずらしさから、私にたくさん話しかけてくれた。


でも、それも、初めの数日だけだった。


私は昔から身体だけでなく、気も弱かった。


それもみんなが離れていった原因のひとつだろうけど、今考えると六年生の女の子が好きそうなものの知識が足りなすぎたのが一番大きいと思う。


入退院を繰り返していたから流行りを知る機会がなかったし、絵本ばかり読んでいてそういうものには疎かった。


それに、明るく笑顔で話しかけてくるクラスメイトの会話には、スピードがあった。


対して私の声は小さくて、しゃべるのも遅かった。


そうするとどうしても、会話のテンポが悪くなる。


私の返答を待つ間、彼女たちの顔がだんだんとひきつっていくのがわかった。


そうなると私は、さらに焦って口をどもらせる。


私がいると、彼女たちは会話のペースを崩すことになる。


彼女たちが私に話しかけたくなくなるのも、無理はないと思う。



運動制限のせいで、みんなと一緒に外遊びもできなかった私は、休み時間中ひとりぼっちでいるようになった。


でも、私には、友達の代わりがいた。


それは、子どもの頃からお父さんとお母さんが読み聞かせてくれた絵本だ。

その世界に浸ることが、私にとっての幸せだった。


ページをめくると、美しい絵に引き込まれた。


お気に入りのものは、何度読んでも飽きることはなかった。

読み返すごとに、新しい発見があったから。


絵の中の工夫。

登場人物の気持ち。

絵本全体からにじみ出ている作家さんからのあたたかいメッセージ。


私はどんどん夢中になっていった。


それに絵本は、私のペースに合わせてくれる。


ときにはぐいぐい引っ張ってくれるし、ときには立ち止まる私をじっと待ってくれていたりする。


誰ともうまく話せない私にとって、
絵本を読む時間はとても大事なものだった。


それに、この町には絵本を専門に扱う本屋や、古本屋さんも多くある。


公園もあり、本を探したり読んだりして物語に親しむ場所には困らなかった。



そんな生活をしていたものだから、私が物語を読むほうだけではなく、書くほうにも興味を持つのは必然的なことだった。




どんなお話を書いてみようかな、と想像を膨らませている頃、私は奇妙な夢を見るようになった。


絵本の読みすぎだろうか、と思うような内容だった。


その夢の中で私は、高校生だった。


そこまでは、まだいい。


未来の夢を見る人もいるということは聞いたことがあった。


でもそれだけじゃない。


私はなんと、

男子高校生だったのだ。


健康的な身体を持ち、体力もある。


私が苦手な絵だって上手だ。


なにもかも今の自分とはかけ離れていたし、
性別まで違うことには驚いた。