しばらくパソコンの画面を見て
僕は黙り込む。

「ご主人様」不安そうな声を出し、スズメは閉じた目をゆっくり開いて画面を見ると

「ごしゅじんさまぁ」

泣くのが早すぎ。

「奇跡だ。こんな最終に残ったのは初めて」

編集部からメールが届き
僕の作品は最終審査に残ってしまった。
驚きで言葉も出ない。

「おめでとうございます」

スズメは僕の背中にまた抱きつき号泣。

「おめでとうございます。本当に嬉しいです。昔からの夢が叶いますよ」

「まだ決まったわけじゃないから」
うん。
だって他の4作品が凄いのばかり残ってる。
最終まで残っただけでも奇跡だよ。

「うれしいよぅ」

「大げさだって」

背中に手を回してスズメを背負う形になりながら、この背中の温かさを失いたくないと思ってしまう。

けど

それはスズメを苦しめる。

『好きな人には、笑っていて欲しい』

そうだね木之内さん。その通りだ。

「ねぇスズメ。今度の土曜日さ休日出勤しないから水族館へ行かないか?」

「水族館?」
背中でスズメは泣き止んだ。

「うん。久し振りに行きたくなった。動物園の方がいい?映画とか買い物でもいいよ」

「水族館に行った事ないです」
スズメはキョトンとした顔で僕の背中から離れて、僕の顔をジッと見る。

キョトンとするのは僕の方
だって水族館に行った事ないなんて……え?そうなの?

「イルカとか見た事ない?魚とか……」

「魚はさばいて食べる物です」
堂々と言われてしまった。
いや、そうだけどさ。

「行かない?嫌ならいいよ。予定あるなら遠慮しないで」

「行きたい!」
怖いくらいのド迫力でスズメは僕に訴える。

「行きたい。絶対行きたいです。行きます!地球が壊れても行きます!」

地球が壊れたら行けないよ。

「じゃ土曜日に行こうか」

「はいっ!」

「じゃ着替えるね。ご飯にしようか」

「はいっ!」

元気に元気に返事をするスズメ。

一緒に水族館。


想い出作るぐらい

いいよね。



土曜日までスズメはご機嫌

朝のベランダでは雀仲間に『ご主人様と水族館へ行く』と自慢。
会社ではガラスクリーナーで魚のイラストを描いていた。
魚料理が食卓から遠ざかる。その理由は魚から離れて土曜日まで魚テンションを上げるという……ワケわからないけど

すごく楽しみにしているのは伝わった。

金曜日の夜
『神様お願いします。明日だけは地球をお守り下さい』って願ってるし

明日だけって
あさってからはいいの?

そんな姿を横に見て
僕は顔では笑いながら
心の中には寂しさが広がってしまう。

明日はスズメが沢山楽しめるように。

いっぱい笑って

素敵な一日になるように。













土曜日は晴天。

「スズメの普段の行いがいいからですね」

「はいはい」
堂々と言うスズメを聞き流し
僕達はレンタカーに乗り込んで水族館へGO。

昨日は珍しくドライヤーを使って髪を乾かしていた。
服装はいつものようにTシャツにジーンズとラフな服装だったけど、いつもの服装が小柄で活動的な彼女に一番似合ってる。

少し混んだ道路を通り
無事到着してスズメは大きな水族館を前にして目を丸くする。

「大きいですね」

「中はもっと凄いよ」

彼女の手を取り中に入り案内すると

思った通り
子供のような歓声上げて大喜び。

僕は喜ぶスズメを見て
連れて来てよかったって心から思う。

たくさんたくさん
君の笑顔を見たい。

ガラスのトンネルを何度も通ったり
イワシの大群の前でずーっと立ち止まったり

「すごいキレイ」
「いっぱい泳いでる」
「わぁ大きいんだ」
「美味しそう」
「怖い怖い怖い」

ちょっと普通じゃない感想もあるけれど

僕はずっとスズメを追いかけ
スズメの気の済むまで
ずーっと好きな場所を付き合っていた。









食事を取って
イルカのショーを観て
また魚を見て

ラストに売店へ

「何か欲しい物ある?」そう聞くとスズメは「めっそうもない」って首をブンブン横に振る。

「連れて来てもらっただけで幸せです。こんなに嬉しい幸せな日は生まれて初めてです」

「大げさだよ」

「本当です。ありがとうございます」

「はいはい。あ、これスズメに似てる。どこか上から目線」

近くにあったラッコのぬいぐるみを彼女に見せると「可愛いじゃないですかっ!」って怒ってからニンマリ笑顔。

「イルカも可愛いかも」

「イルカはご主人様って感じですね。あ、カメ!亀山だからカメでしょう」

おいっ!

「カメはどこかな。カメさーん」
歌うようにスズメは亀のぬいぐるみを探して僕に渡す。
キラキラした目はやめなさい。

これ以上ないくらい遠慮するスズメを横目で見ながら、ラッコとカメのぬいぐるみを買ってスズメに渡すと

「どうしよう。嬉しすぎます」ってまた涙目。

「もう帰る?もう少し観る?」

「もう少し観たいです」

名残惜しいのか
元気いっぱいでまた歩き出すスズメ。
明日は筋肉痛になるかも。

スズメはあちこち歩き出し、僕はお供のように付いて歩いた。
そして日が暮れる時間にレンタカーに乗り込むと、たった10分でスズメは目を閉じ眠りにつく。

予約したレストランに着くまで寝てなさい。
どうせ昨日は嬉しくて寝てないんだろう。

そっと僕は手を伸ばし
愛しさにこらえきれなくなって
彼女の髪を撫でた。

笑っちゃうね
逆に別れがつらくなったかも。





太陽が沈む時間
レンタカーはカジュアルレストランの駐車場に入った。
服装にはうるさくない
ジーンズで入れるイタリアンレストランだけど味は完璧。
中岡君の超おススメ。
本当に彼は仕事も凄いけど
別の意味で全てに凄い。

「スズメ。もう起きていいよ」
軽く頬をペチペチ叩くと

「うーん……イルカにつぶされる……」
苦しそうな返事が返る。

どんな夢見てるの?

柔らかな髪をもう一度触ると
今度は安心した顔をした。
夢の中でも表情がコロコロ変わるんだね。おもしろい。

顔を寄せてキスしたい衝動を深呼吸でこらえ
「ほらスズメ起きろ」乱暴に彼女を起こしてから、寝ぼけるスズメと共にレストランに入る。

スズメは店の広さに驚いてから
たくさんのメニューを見てまた驚く。

「好きなの食べていいよ」

「贅沢すぎる日です」

ここでは彼女は遠慮せず
色んな食べ物を注文し完食。

ひと口ずつ食べながら
難しい顔をして頭を悩ませる。

「オリーブオイルと酢とバジルと……」
食事を楽しむというのか分析してる。

料理と闘ってる雰囲気。
まぁいいか
彼女が楽しんでるなら。

笑顔が広がったのはデザートのアイスを口に入れた瞬間。

これ以上ないってぐらいの笑顔。

簡単すぎて笑ってしまいそう。

こんなに喜ぶのなら
もっと色んな場所へ連れて行けばよかった。
気が利かなくてごめん。


「スズメ。今までありがとう」

「ご主人様」

あらたまった僕の表情に、彼女もスプーンを置いて姿勢を正した。

「婚約者がいるのに、三ヶ月も一緒に過ごしてくれてありがとう。お弁当も美味しかった」

「いえ、スズメの力不足で、ご主人様をつがいにできなかったのが心残りです」

「でも幸せだったよ」

スズメと一緒に暮らして幸せだった。

「これ……気持ちだけど」
僕は用意していた水色の箱をスズメの目の前に渡した。

「スズメにですか?」

「うん。気に入らなかったら売っていいから」

スズメはおずおずと水色の箱を手にして
白いサテンのリボンを外す。
そこには小さな巾着に入った
超シンプルな一粒ダイヤのネックレス。

「もらえません。木之内さんにあげて下さい。こんな高価な品物もらえません」
すぐに箱を閉じて僕に返すけど
僕はそのままスズメに押し付ける。

「もらってくれなかったら、近くのゴミ箱に捨てるけどいい?」

「ダメです」

「では受け取って」

本当は現金を用意しようと思ったけれど
絶対受け取らないからこっちにした。

「ありがとうございます」

スズメは涙目でもう一度箱を開き、何度も声を上げていた。

時間が止まればいいのに

現実主義者の僕がこんな風に思うなんて
とっても重症。
自分の事ながら
スズメが居なくなった後
大丈夫なのかと本気で心配してしまう。

「雀に戻ったら、ぬいぐるみもそれも邪魔になるかな」
コーヒーを飲みながらポソリと言うと

「ぬいぐるみは寝床になりますし、ネックレスはその中にしっかり大切に隠しておきます。カラスに見つかったら大変ですよ。ヤツらは光る物が大好きですから」

鳥世界のリアルを知る。

「今年の冬は温かいなぁ」
そう喜ぶスズメ。

もういいよ。
雀でもなんでも。

「スズメ」

「はい?」

「また会える?家は裏のマンションの電線なんだろう。たまに僕の元に来てくれる?婚約者に怒られる?言葉が通じなくてもいいんだ。僕は早く起きてベランダに出て……」

「ご主人様。もうお別れなんです。期限切れです」

優しい声で彼女に諭される。

「どんな姿でもいいんだ。君ともう少し一緒に……」

「あと数日でお別れです」


お別れ……。


「ギリギリまで、木之内さんを落す対策を練りましょう」

真剣な顔で言われて

僕は「そうだね」って答えるしかなかった。





スズメとのお別れの前日。

ベッドの中で朝を迎え
今日の予定を考える。

会議がひとつあるけど
何とか素早く終わらせて
ダメなら倒れてもいいから早退し
早く家に帰る。

そしてもう一度
しつこくしつこくもう一度
今後の話を聞いてみたい。

リアルに雀だとしても
まだ彼女と別れたくない。
婚約者共々、朝のベランダで一緒に朝食って手もある。

人間でも雀でも何でもいいから
とにかく
彼女を失いたくなかった。

この数日間で家の中をピカピカにして
カレーとかハンバーグとかコロッケとか
冷凍できる品物を大量に作り
冷凍庫をジップロックだらけにする。

「心残りがあるならば、楽天カードを作りたかった」

遠い目をしてそう言ったけどスルー。

ラスト一日
悔いのない
楽しい一日を過ごしたい。

「スズメおはよう」
いつもより早くベッドを抜け出しリビングへ行くけど

彼女の気配がない。

ベランダも静か。

コンビニでも行ったかな?