―カンカンカンカン……
夢の中で、今日も踏切が鳴る。
かん高い、耳の奥にまで響く音
点滅する赤いランプ
降りてくる、黒と黄色の遮断機
それは、ずっと、ずっと
絶え間なく、鳴り響く。
そっと目をひらけば、目の前には真っ白な天井がある。
大きな窓を覆うように締め切った、カーテンの隙間から漏れる太陽の光に、今が何時くらいなのかをなんとなく把握した。
……今日もまた、朝がきた。望まなくても当然に。
そのことに軽い絶望を感じながら、体を起こして壁の時計を見れば、時刻は10時29分を指していた。
「……喉、渇いた」
小さく呟くとかすれた声が出て、自分が久しぶりに声を発したことに気が付いた。
ボサボサの寝癖頭に、ラクな黒のパーカー姿で、せまい自分の部屋を出る。
足もとに落ちている、いつだったかに脱ぎ捨てたままの、汚い制服を足で踏みつけて。
東京・世田谷の住宅街の中心にある、白い外壁が目立つ10階建てのマンション。
辺りは緑で囲まれて、敷地内には公園もあり、立派なエントランスホールも備わっている。
そんなマンションの9階にある、表札に『深津』と書かれたわが家は、4LDKのそれなりに広さがある家。
広々とした明るいリビングには大きなソファとテレビが置かれているけれど、その家具の立派さが惨めになるくらい、室内にはひとけがない。
それはもちろん、今日も同じ。
誰もいない静かな家で、私は冷蔵庫からお茶のペットボトルを1本手に取るとひと口飲み、雑に玲倉庫に戻す。
そしてふたたび自分の部屋へと戻って行った。
シングルベッドと小さなテレビ、学習机、それらを置いただけでいっぱいになってしまうほどの小さな部屋。
そこでテレビをつけると、またドサッとベッドに寝転がる。
『今日は12月1日、木曜日。今日の東京は大変いいお天気で……』
騒がしいテレビの音だけがひとりきりの部屋に響いた。
早起きのための目覚まし
『おはよう』のメールをするためのスマホ
学校へ行くための制服
なにひとついらない、これが私の日常だ。
深津なぎさ、17歳。
高校2年生の私は、ぞくに言う、不登校というやつだ。
学校に行かず、部屋に引きこもりテレビを見るだけの生活を、かれこれ4ヶ月以上続けている。
この部屋で寝て、起きて、食事をして、なんとなく時間を潰す。
部屋を出るのはトイレとお風呂の時くらいだけだ。
ときどき、ほんのときどき外に出ることもある。
けれど、情報収集が趣味な近所のおばさんたちが中途半端に知った情報をもとに勝手なことばかりを言ってきてうるさいから、基本的には出たくない。
こんな私を、叱る人はいない。
医師の母と大学教授の父、忙しい両親は私のことをかまう暇もなく、今日もせっせと仕事に励んでいるからだ。
昔からそう。ふたりにとっては仕事が一番で、家庭や子供なんかは二の次だ。
そんなふたりにとやかく言われる筋合いはないし、向こうもそれを分かってか、なにも言ってこない。
……まぁ、顔を見たくなくて、ふたりが帰ってきても私はこの部屋から出ることはないのだけれど。
高校2年生という大きな時期をこうして過ごす私は、当然もう授業にはついていけないし、出席日数もきっと足りない。
だからじきに退学をして、適当にバイトでもしながら暮らすのだろう。
そんな夢も希望もない未来を想像すると、自然と心は無気力になって、こうしてダラダラとした日々をなんとなく過ごしてばかりいる。
……今日も、日差しがうざい。
ベッドに横になったまま、またそっと目を閉じた。
太陽がのぼったと思えば、あっという間に夜になり、こうして月日は流れていく。
私ひとりが、ここで立ち止まっている間にも。
寝て、起きて、ゴロゴロと過ごすうちに時計の針は19時を指す。
室内もすっかり暗くなり、テレビの明かりだけが目を刺激する。
そろそろ電気をつけようかな。そう考えていると、自分の部屋のドアの向こうから、バタン、ガサガサ……と玄関のドアの音や買い物袋などの音が聞こえてきた。
その音は、お母さんが帰ってきたことを知らせる音だ。
……ってことは、お父さんももうすぐ帰ってくるかな。
聞こえてくる生活音を遮るように、私は布団を頭からかぶった。
すると続いて聞こえてきたのは、コンコン、と小さくドアをノックする音。
「……なぎさ?ただいま、ごはんは食べた?」
「……もう食べた」
「そう……わかった」
閉じられたままのドアをはさんでの、短い会話。
腫れものに触れるようなその声を聞くだけで、息が詰まりそうになる。
いつもならそれで終わるはずが、今日はどうしてか、ドアの前から去って行く音はしない。
なんだろう、とテレビを消してドアの外に耳を傾ける。
「……なぎさ、あのね。お母さんたちいろいろ考えたんだけど、このままじゃダメだと思うの」
すると、聞こえたのは、お母さんの小さな声。
このままじゃダメ?
だからなに?
『出てこい』、『学校へ行け』、そう言うつもり?
その言葉の続きを想像しただけで、カッと感情がたかぶり、私は手もとにあった雑誌を思いきりドアに投げつけた。
加減することない力でドアにぶつかった雑誌はバシン!と音を立て、床に落ちる。
うるさい、ほっといて、そう言うかのような音に、お母さんは続けようとした言葉を飲み込んだ。
そしてしばらく黙ったあとに、「……ごめんね」と呟いて、スリッパを履いた足音は遠ざかっていった。
イライラするのは、『なにも知らないくせに』と思うせいか、『出てこい』と言われても仕方がないと後ろめたさを感じているせいか。
分からない心のせいで、言葉ひとつすら出てこない。
そのうち、また玄関のドアの音がしたかと思えば、低い声が微かに聞こえてくる。
その音から今度はお父さんが帰ってきたことを察した。
「なぎさは?今日も部屋か?」
「……ええ。もうダメ、私どうしたらいいかわからない……」
薄いドアで仕切っただけのこの空間では、ふたりの声など聞きたくないと思っていても聞こえてきてしまう。
呆れたようなお父さんの声と、泣いているかのようなお母さんの声。
そんなふたりの様子に胸はグッと締め付けられて、息が詰まりそうになった。