全国的に梅雨。

外は雨。景色は灰色。
リズムよく教室に響く雨音は、心地よい眠りを誘う音楽。
先生がチョークで描く化学式は、羊が柵をジャンプする公式。
5時間目の化学は眠い。

ウトウトと集団催眠にかかったような我がクラス。真面目に勉強してる人達もいるけどね。

私は黒板を見る振りをして
その上にある大きな時計をチェックするけど
針はさっきから動かない。
時計止まってない?
時間が経つのが遅い。

こっそりミンティアでも食べようかと思っていたら

隣の席で大きな金属音が鳴る!

「うわっ!」と、みんな驚いて目を覚ます。

「あ、ごめん。ごめんね!」
金属音は隣の席に座ってる、美音ちゃんの左手首から大音量で鳴っていた。
美音ちゃんは誰よりも焦りながら、慣れぬ手つきで大きな腕時計もどきのスイッチを押す。

「あれっ?あ、違ったこっちだ。……もしもしっ?」

美音ちゃんは先生に頭を下げ、教室の後ろにパタパタと走ってうずくまる。

もう
みんなわかってるんだから
ここで会話していいのに。

「はい了解です。あ、違った……らっ……ラジャー!」

遠慮しながら言うラジャ―は
クレヨンしんちゃんに出てくる、かすかべ防衛隊より弱そうだ。

「せんせー。すいません」
ほぼ涙目で美音ちゃんは情けない声を出すと

先生は「早く行きなさい」と、冷たい声を出す。

怪人が現れたのね。

こんな雨の日に。











「リカちゃん。ノートあとから貸してね」
美音ちゃんは私にそう言い残し
後ろのドアから走って行ってしまった。

「はい。こっち見る!教科書の35ページ見て」
先生は何事もなかったようにみんなに声をかけ、授業に戻る。

私は雨の降る校庭を見下ろすと
美音ちゃんが白を基調とした戦闘服のミニワンピで、パタパタと走って行くのが見えた。

白いブーツの泥ハネがひどい。

あ……転んだ。
固まって立ち上がらない。大丈夫か?
戦闘前なのに、べちゃべちゃ泥だらけじゃん。
絶対泣いてるぞ。

小学校からの仲良しさん。

山本 美音(やまもと みおん)ちゃん。

私の親友。高校一年生。

ふんわりボブがよく似合う
色白で癒し系の可愛い顔
わりと天然入ってて泣き虫。
でも、根性があってスポーツ万能。
空手教室をやっている、自分のおじいちゃんに習って小学校で黒帯。ついでに柔道も黒帯。

空手も柔道もオマケみたいなものらしく
美音ちゃんの両親はオリンピックの体操選手で、美音ちゃんは体操に一番力を入れていた。
ジュニアオリンピックでメダルをもらい
小学生の頃から天才少女と騒がれて注目されていた。

その注目が悪かったのか


彼女は
地球を守る

戦隊レンジャーにスカウトされ

この春から
地球の為に戦っている。








最初はみんな驚いた。
そんな戦隊レンジャーなんてありえない。
日曜の朝8時の話だと思ってたけど

マジだった。
怪人はたしかにいる。
それも最近は堂々とウロチョロしてる。
こないだスタバでも見かけたし。
言葉は通じなかったけど友達がナンパされてた。

最初、美音ちゃんは断った。
強いけど虫も殺せない
心優しいチキンな美音ちゃんが、敵と戦うなんてありえない。

でも親、兄弟、親戚はノリノリで喜んだ。
体育会系の家族だから
こんな名誉な事はない。

美音ちゃんの意見は関係なく、美音ちゃんはレンジャーに参加させられた。

美音ちゃんのピンクのマントには【山本体操教室 生徒募集中】と、書かれている。

美音ちゃんは泣きながら闘う。
いつもその闘いの様子は、不定期でNHKの7時のニュース枠で国民に報告してくれる。

たまに大相撲の中継が推してたり
都知事の不正疑惑会見があったら
つぶれてしまうけどね。
闘いの様子はwebで……って感じ。

敵との戦いは不定期で
曜日も時間も関係ないから
朝が早い時もあって
起きれないレンジャーもいるらしい。

大切な商談とか会議とか
やっぱり人間だし大人だから避けられない用はある。

そんな時は
本当は5人で戦うけど
4人になるようだ。

その時は特別ボーナスとしてAmazonカード3000円分もらえるらしい。
身体はハードだけど
けっこう嬉しいらしい。
Amazonカードでごまかされるレンジャー。

ちょろいわ。







同級生が戦隊レンジャーなんて……って、いじめの対象になるかもしれないと、親友の私は実はビクビクした。

その時は頑張って守ろうと覚悟したけれど、みんな美音ちゃんの苦労を目にすると、冷やかしもいじめもできる状態じゃなくて、逆に見守っていた。

ごくごく
普通の女子高生なのに

こんな雨の日に
泥だらけで
どっかのゴツゴツした岩場で戦うなんてありえない。

私は早く雨が止むように願いながら
さっきまでの眠気を取り払い
2人分のノートを一生懸命書いていた。


今日のVS嵐は録画しよう
7時からはニュースを観よう。



せっかくvs嵐を録画したけど
NHKは都知事の会見で時間が推して、レンジャーの戦いは放送ならず。

受信料返せ!

しかたないからスマホで検索。

今日の戦いは海岸だった。
海から出てきたのか、ワカメみたいな海草を沢山付けた怪人と戦っていた。

あれ?今日は三人じゃん!大丈夫?
あぁ美音ちゃん海風が強いのか、おデコ全開になってる。
女子高生 デコ全開はキツいわ。

スマホの画面が切り替わり
ご本人の美音ちゃんから電話が入る。

『リカちゃん。化学と現国のノートありがとう。あとテスト範囲も教えてくれてありがとう』

レンジャーは几帳面。

「今日、三人しかいなかったじゃん。大丈夫だった?」

『あー観てくれてたの?ありがとう。うん。Amazonカード5000円分もらっちゃった』

声が弾んでる。よかったね……なのか?

「身体は大丈夫なの?観てる途中で電話きたからさ、ケガしなかった?」

『うん大丈夫。戦隊服が高性能だから。それよりね、今日聞こうと思ってた話があって……』

モジモジしてる雰囲気。

「どした?」

『B組の上野君が、漆原さんと別れたって聞いたから……リカちゃん、知ってるかな?って思って』

B組の上野ったら
タラシで有名じゃん。

まぁ顔がいいし
話しやすいしノリもいいけど
綺麗な漆原さんと別れたのか?
今回は3週間もったから長かったかな。

って

え?えええっ?

美音ちゃん……上野がいいの?



美音ちゃんはホレっぽい。
そして
戦隊レンジャーなのに悪い男に惹かれる。

顔が良くてチャラいのが好きだ。

だから可愛い顔していても
いつも恋は実らない。

私としては、美音ちゃんと同じタイプの平和な優しいタイプがお似合いと思うんだけど、美音ちゃんはこれだけは譲れないと言い、制服を着崩してバンドの話をする男子が好きだ。
けれど
超照れ屋な女の子だから、好きなタイプを陰から見るだけで終わってしまう。

「湊(みなと)君と同じクラスだから、リカちゃん聞いてくれたら嬉しい」

湊君というのは私の彼氏である。

申し訳なさそうに言う美音ちゃん。
怪人と戦って疲れてるのに
あんたも大変ね。

「聞くだけ聞いてみるよ」
私がそう返事をすると

「ありがとうリカちゃん!」
嬉しそうな声が耳に届く。

「これでスッキリと寝れる」

いやまだ8時前なんですけど。
もう寝るんかい。

「まだ寝るの早くない?もう少しダラダラ話しようよ」

「私もリカちゃんとお話したいんだけど、今日は疲れたから寝る。また明日ね」

そう言われると何も言えん。

「身体、大事にしてね」

「ありがとう。グルコサミンと黒酢飲んだから大丈夫」

うちのおばあちゃんと同じ物飲んでるし。

美音ちゃんとおやすみなさいをして

私は湊にソッコー電話した。