「なんで画用紙ピンクなん!?」

「何色でもいいって言ったん、たっくんやろ」

「う……」


たっくんを見事に捩じ伏せて、由香はご機嫌だ。

四人の机を引っ付けた、班の形。柊と由香とは向かい合うような形になって、ピンクの画用紙をみんなで囲む。

そんな水曜日、学活の時間。


「班ポスターって、つまり何?」


ポスカをプリントの裏にぶしゅぶしゅしながら、おもむろに柊は口を開く。

たっくんは同じようにぶしゅぶしゅしながら、少し考えるようにしてからこう言った。


「んーと、班のメンバーの名前書いたり、誰が班長か書いたり、班の係は何か書いたり、目標書いたり……」


あと何かあったっけ、と首を傾げて由香を見る。


「だいたいそんな感じやね。要するに、班の紹介みたいな」

「ふーん」


柊は納得したらしく頷いて、画用紙に視線を落とした。

シャーペンで下書きをしていく由香の手を見つめる。

ピンクの画用紙でダメージを受けたたっくんは、もう口出しする気がなくなったらしい。


「みど、赤のポスカある?」

「ぬ、ない」

「どっかの班が取ってったんやろか。ちょっとたっくん、探してきてよ」

「俺?」

「うん」


不満げに口を尖らせながらも、仕方ないな、とたっくんは椅子を引いて立ち上がる。

きっと将来、たっくんはいい旦那さんになると思う、うん。






「柊、ポスカぶしゅぶしゅするのはもういいから、これハートに切って」

「……え」

「はい、みどもね」

「ういー」


こういうとき、しっかりしてる由香はすごく頼りになる。班ポスターくらいなら、言うことを聞いているだけで出来上がってしまうだろう。

シャーペンでうっすらとハートの形に下書きしてある、赤い画用紙。言われた通りにハサミを動かす。


「ハート……」

「柊さん、ハサミ全然動とらんよ」


そんなに嫌か、ハート。

渋る柊を促して、あたしはまたハサミを動かす。

可愛いけどなあ、と呟くと由香は同意するように笑った。


「ゆかー、赤のポスカ発見したー」

「ん、ありがと」


六班が持ってた、と付け足して、たっくんは由香に差し出す。

受け取った由香はすぐにキャップを外して、さっきまで柊がぶしゅぶしゅしていたプリントの裏にぶしゅぶしゅする。

インクが出てきたのを確認すると、ピンクの画用紙の下書きをなぞり始めた。

2、と大きく書いたのを縁取っていく。


「由香、何したらいい?」

「じゃあ、たっくんはここ黒でなぞって」

「ネームペンで?」

「んー、ポスカで」


たっくんは頷いて、すでにインクが出ている黒のポスカを持つ。


「これ切り終わったら、どうしたらいい?」

「その辺に置いといて」

「はいよー」


切り終えたハートを机の上に置くと、柊もすぐそばにハートを置いた。

柊にハート、……似合わん。


「みどり、俺にハート似合わないって思っただろ」

「なんで分かったん!?」


驚いてそう言うと、すかさずデコピンが飛んできた。


「あうっ」


中指は痛いです、柊さん。





おでこを押さえていると、由香からピンクの画用紙がまわってきた。


「自分の名前書いて」

「え、由香が書いてくれていいのに」

「はよ書いて。みどはどうせ書くの面倒くさいだけやろ」

「なんで分かったん!?」


いいから早く、と急かされてシャーペンを握る。

すでにたっくんと由香の名前は書いてあって、あたしは由香の下に書いた。


「柊もね」


あたしが書き終えると、すぐに由香は柊に言う。

由香に逆らえないことが分かったのか、柊は神妙に頷き、一番下に名前を書く。


「副班長はどうする?」


柊からピンクの画用紙を受け取り、野口達郎、の前に赤のポスカで二重丸を書きながら、ふと由香が顔を上げた。

副班長はそんなに仕事がないし、結局は名前だけ。別に誰でもいいんじゃない、と言おうとすると、先に柊が口を開いた。


「由香」

「……え?」

「由香がいいと思う」

「私?」


首を傾げた由香に、柊は頷いて、それからあたしを見て言った。


「みどりもそう思うよな?」


それは確認するというよりも、もう確定しているような言い方で。

有無を言わさないような柊の笑顔を不思議に思いながらも、あたしは頷いた。


「うん、いいと思うけど」

「……じゃあ、私でいっか」


とくに不満もないらしい由香は、野口由香、の前に丸を書く。

柊はそれを見て、にやりと笑っていた。トシちゃんの笑い方によく似ている。


「変なかおー……」

「うっせ」

「ぬうっ」


またデコピン。柊はデコピンするのが好きなんだろうか。







「はーい、じゃあちょっと係決めるから、班長来てー」


しばらくすると、教卓に座っていた雅子先生が各班の班長を呼んだ。

ピンクの画用紙に、さっき切った赤いハートを貼り付けている手を止めて、たっくんは立ち上がる。


「たっくん、頑張ってー」

「生活班がいいけど、昼食班以外ならどれでもいいから」


あたしと由香が口々に言うと、たっくんは苦笑しながら頷く。


「……係って何があんの?」


教卓の前に行くたっくんの背中を見届けていると、柊が首を傾げた。


「えっとー……」

「一週間の目標を決める生活班、昼食の準備をする昼食班、花の水やりとかする美化班、プリントとか取りに行く集配班、それから学習班AとBがあるよ」


いきなり現れた声に驚いて顔を向けると、柊の後ろから得意げに笑ったスミレちゃんが顔を出していた。


「スミレちゃん、それ一気に言って疲れやんの?」

「トーキョーにもこういうのってあったりするの?」


疑問に思ったことを口にすれば、完全スルーされた。

えええ、と思って由香を見れば、呆れたように苦笑している。


「……あったけど」

「でも昼食班は嫌よねー、牛乳パック洗わないといけないし」


小さく頷く柊と、顎に人差し指を乗せて溜め息を吐くスミレちゃん。

今日もスミレちゃん自慢の巻き髪は、綺麗にハーフアップしてある。

くりんくりんの毛先を、ぼんやりと眺めていると、教卓のほうがわっと湧いた。


「ぬ、何だ?」

「係決まったんかな?」


ざわめきの中、たっくんはあたしたちのところに帰ってくる。どうやらもう、係は決まったらしい。





「何になった?」


由香が立ち上がって、こっちに向かって歩いているたっくんに声を掛ける。


「美化班。昼食じゃないで、まあまあやろ?」


じゃんけん二番目に勝ったからな、と付け足して、たっくんは自分の席に座った。

そんなたっくんを大袈裟に褒めて、由香はピンクの画用紙に、美化班、と書き足す。


「美化班って、花の水やりとか言ってたやつ?」


柊は由香に聞いたつもりなのだろうけど。


「そうだよっ」


スミレちゃんが高速で振り向いて、満面の笑みで頷いた。


「今、スミレちゃんの髪の毛すごかったー、ぶわってなっとっ……」

「みど、しっ!」


突然、斜め前にいる由香の手が伸びてきて、口を押さえられる。

本当に髪の毛すごかったのに、と思ったけど、由香が必死に首を振るから、大人しく口を噤んだ。


「花の水やりって、どの花?」

「教室に植木鉢あるやろ? あれとか、中庭の花壇とか。あとは全体的な教室の美化やな。仕事少ないから楽やぞー」


柊の問い掛けにたっくんは楽しそうに答えたけど、それを遮るように雅子先生が言った。


「美化班ってどこになったんやっけー? あ、二班?」

「そうですけど」


たっくんが頷くと、雅子先生は深く微笑んだ。



「あんたら今日、放課後残りな。早速仕事あるで」



ぽかん、と口を開けたまま固まったあたしたち四人。




「……達郎」

「うん」

「仕事、少ないんじゃなかったっけ」



たっくんは柊の問いに、そのはずだったんだけど、と曖昧に笑った。













「緑のカーテン?」

「そう。ゴーヤ植えようと思って」


放課後。

あたしたち四人と日焼け対策ばっちりの雅子先生は、中庭の花壇の前にいた。

中庭の花壇はあたしたちの教室に面していて、ちょうど窓を開ければ真下に花壇があるようになっている。

ひとつずつ持たされた小さいスコップ。雅子先生は張り切って、大きいスコップを持っている。


「ここの土は固いから、とりあえず掘り返すで」


そこどいて、とあたしたちに言って、大きいスコップで花壇を掘り返す。

柊はゴーヤの苗をつついて、緑のカーテン、と呟いていた。


「この土、固すぎやん?」

「こんなとこでゴーヤ育つん?」


由香とたっくんは、小さいスコップでグサグサと土の塊を砕く。

あたしは何をしたらいいんだろう、と小さなスコップの先でミミズをつついていたら、それに気付いた雅子先生が声をかけてきた。


「……みどり、ミミズつつくのはやめんさい」

「うい」

「ジョウロに水入れてきて」

「ういー」


手持ち無沙汰だったあたしは、その指示に従い立ち上がる。

スコップはここに置いていくとするか。






少し離れたところにある水道まで小走りして、その周辺に散乱していたジョウロの中で一番大きなものを選び、蛇口を捻った。

勢いよく飛び出してきた水は、ジャーッと底にぶつかる。


「おー……!」


ジョウロの中で反響して、大きな音に聞こえていたのも、水が溜まっていくのにつれて、だんだん小さくなる。

溢れるギリギリのところで蛇口をキュッと捻ると、数滴ぽたぽたと落ちたあと、水は止まった。


「うっし」


右手でジョウロを持ち上げた。


が、しかし。



「おっも……!」


張り切って入れすぎたのか、ジョウロなみなみいっぱいの水は、思うように動いてくれず。

もう一度気合いを入れ直して、両手で持ってみると上がったジョウロ。


「よっし、今だ!」


腰は曲がったまま、ジョウロの底は足首あたりの高さのまま、両腕は伸びきったまま。

右、左、右、左、と足を細やかに動かす。

そのたびにジョウロの水は、ぴちゃぴちゃと音を立てて跳ねた。



「持って来たよーっ!」

「ありがと、……ってどうしたんよ」

「お?」

「水遊びでもしたん?」


あたしからジョウロを受け取って、雅子先生は言う。

自分の足元に視線を落とすと、なるほど、靴下はびしょびしょだ。


「みどの通ったところ、めっちゃ分かるやん」


呆れたような由香の声に、今通ってきたところを振り返ると、コンクリートの上に一本の筋が出来ていた。

ジョウロの水が零れて、線を描いたらしい。


「おー……!」

「感動するところじゃないだろ」


柊は溜め息混じりで呟く。

その言葉に、むう、と眉間に皺を寄せていると。


「よし、苗植えるでー」


雅子先生はそう言って、あたしたちに二つずつ苗を持たせた。





野口ペアは、苗が入っていた黒のポリポットを、手慣れたように外す。さすが農家の子。


「……達郎」

「これはなー、茎の根元を右手の人差し指と中指の間に挟んで、そのままひっくり返して……うん、そうそう」


名前を呼ばれただけで教えてあげるたっくん。柊が外したのを見て、あたしもそろっと外す。


「等間隔に植えていってー。大体この辺かなってところ、軽く掘ったから」


雅子先生はてきぱきと動きながら、花壇を指差した。


「あたしはこことここの穴にするー」

「じゃあ私は、みどの隣に植えるわ」


そう言って、隣にしゃがみ込んだ由香を見ると、目が合った。

無性に照れ臭くて、でも嬉しくて、へらっと笑うと由香は微笑んだ。


「微笑み合うのはいいから、ちゃっちゃと植えてやー」


そんな雅子先生の声に頷き、浅めの穴に苗を埋めて、その周りの土を少し被せる。

他の苗も同様に植えて、ぽんぽんと叩くと、固い土の感触が手の平に伝わった。


「柊もたっくんも植えたー?」

「うん、植えたで」


たっくんが頷くと、雅子先生は待ってましたと言わんばかりにジョウロを持ち上げる。

等間隔に並んだ苗に、ひとつひとつ、雅子先生は丁寧に水をやる。


「支柱はまだいらんのですか?」

「もう少し成長してからでいいやろー」


由香の質問に答えて、ジョウロを下ろす。


「そんなわけで明日から、昼休みでも放課後でもいいから、ちゃんと水やりしてな」


よろしく、と言ってから、雅子先生は花壇のほうにふと視線を向けて、満足げに笑った。

柊がぽそっと、仕事増えた、って呟いていたけど、聞かなかったことにしよう、うん。


「よし、じゃあ解散ー」


そう言った雅子先生が、からっぽのジョウロを振り回すと、ぱらぱらと水滴が飛んできた。


「あうっ」


もろに顔面ヒットした水滴。

ちょっとぬるい。


「あっはは、ごめんごめん! 気を付けて帰りなやー」


高らかに笑って去っていく後ろ姿を突っ立って眺めていたら、帰るよ、と由香に腕を引かれた。










知らないおじさまに遭遇した。


「お、この子が噂のみどちゃんかー」

「だ、だれ……!」


それは、帰宅後。

なんとなく駄菓子が食べたくなって。畳んであった洗濯物の中から適当に引っ張り出したTシャツと、学校指定の青いハーフパンツを着て、畑ひとつ挟んで隣の酒屋さんに足を踏み入れたときだった。

トシちゃんが店番してるのかと思ったら、まさかのおじさま。……どちらさま。


「それにしても、小さいねー」

「ちっさくないです、うっさいです!」

「うんうん、可愛い可愛いー」

「……へへっ」


なんだこの人、いい人だな。


誰だか知らないけど、悪い人ではなさそうな感じで。

普段言われ慣れていない褒め言葉に、へらっと笑っていると、家のほうからトシちゃんが顔を出した。


「あれ、みどり」

「トシちゃん!」

「おー、俊彦。みどちゃん可愛いな、馬鹿っぽくてー」

「へへっ、……え、あれ?」


これは、さりげなく貶されたのか?


ぼんやりおじさまを見ていると、トシちゃんが盛大に溜め息を吐いた。

そういえば、この人、どうして店番してるんだろう。

今更ながら、不思議に思っていると、着替えた柊が居間のほうから出てきた。


「おー、ちょうど良かったー」

「……は?」


おじさまが笑いかけると、眉間に皺を寄せて、ものすごく嫌そうな顔をする。

それを見たトシちゃんが、また溜め息を吐いて、至極面倒くさそうにあたしに言った。



「このおっさんは、柊の父親な」


「……うん?」