私は彼に赤いスイートピーを贈った。
私が彼に贈ったスイートピーにおめでたい意味はない。私が私に与えたけじめ。私がそんなにきれいな思いを託すわけないでしょ。大好きで大事なことに気づかせてくれた彼。ねぇ廉治、逢佳のこと忘れていいよ。
赤いスイートピーをみるたびに私は彼を思い出す。赤いスイートピーは私にとって良くも悪くも呪いになった。
別れは突然きたんだ、怖かったその時が。初詣に行った帰り道でのこと。
『なぁ、俺たちもうそろそろ潮時じゃないか?』
そんなひとことが私の心に大きすぎる穴を作った。
私から逃げるように聞こえた。
私はその質問には答えず絞りだすように一言返した。
「廉治は私とさようならしたいんだね?」
口から出た言葉は思ったよりも重かった。
視界がかすんで雫がみえた。
「あ、私泣いてるんだ」
『そうだな、泣いてるな』
その言葉は私が流す涙より冷たかった。びっくりした、そんな声出るんだと。
『逢佳は泣き虫だもんな』
声のトーンを変えずに星に投げるようにポツっと。
私に向けられない私のことはひどく冷めていて夜空には月もなくって。年明け早々に泣いた。別れを告げてきた元カレを横に置いたまま。割としっかりとメイクが全部落ちちゃうくらいに。
それでも廉治は私の横を離れずに私の泣きっ面を最後まで見届けた。
そのあとは真っ赤な顔で帰った、独りで。廉治は顔色を変えずにトボトボと帰っていった。一言も発することなく静かに地面と睨めっこしてるように。今わかることは、廉治のことはもう何も分からないということだけ。私ってなんにも知らなかったんだ。あんなに好きだったはずなのに。離れたらなにもかも無くなるんだ。なんだか寒いな。前を向いて歩いているけれど視界はかすんだままで、鼻水は止まらないままで。人の形を保つのはこんなに難しいことだったっけ。私は前を向いていたのに小さな石ころにつまずいて転んだ。
「いった! もう!」
私は歩道の真ん中で傷口を傍観しながら立ち上がれずにいた。こんな時に廉治なら……。そんなことを考えてしまう。別れたのか別れていないのか曖昧な関係に成り下がった。やっと立ち上がった私の足は真っ赤っかで自分勝手な私にはお似合いだなと思った。そこでふと廉治の言葉を思い出した。
『赤はね僕の大好きな色だけど、一番苦手な色なんだ』と言っていたことを。聞いていた時は大好きなのに、苦手ってどういうことだろうなと思って質問したんだ。
「ねぇ大好きで苦手ってどういうことなの?」ってね。そしたら
『赤は戦隊モノのリーダーだからずっと赤が好き、苦手な理由は血の色が赤で痛そうだから』
そうやって答えたんだ。
廉治はいつまでも誰かのヒーローで居続けていたんだ。それは彼女だった私にもそうだった。でも、ヒーローでいるってことは自分の気持ちにふたをしていた可能性が大きいんだ。いつも笑顔だった廉治の心が壊れた瞬間が潮時で、ヒーローじゃなくて等身大の廉治に寄り添ってあげられなかったのは私自身だ。なんだ、悪いのはいつも私だったのにヒーローに甘えていたってことか。何とも情けない。
情けない私が最後に渡せる贈り物を考えよう。受け取ってくれなくても渡しに行くんだ。
そんな決心をして遂に訪れた一月二十一日。そう、スイートピーの日。私は最近知ったんだけど今日はスイートピーの日なんだって。
廉治には“最後のプレゼントを渡しに行くから、受け取ってほしい”と送った。返信がないかもと心配したけど、“わかった”とだけ返ってきた。
当たり前だけど、甘さなんてものはなくて苦さが残っていた。
私は赤いスイートピーの花束を抱えて廉治の家に向かいチャイムを押した。
「あの、逢佳です。廉治くんはいますか。」
そしたら玄関の鍵が開いて廉治が顔を出した。
『はい、なんでしょう。』
「廉治、あのねわた…」
『僕はあなたの謝罪を聞くためにここにいるんじゃない
贈り物を先にこちらに渡してから小言を聞きます』
素っ気ない言葉で赤の他人であるかのように言い放った。
「あ、はい。廉治の好きな赤色のスイートピーをプレゼントするね」
『赤いスイートピー、なんで?』
「もうプレゼントを渡したから話していいのよね、赤いスイートピーの花言葉は門出とさようならなの。廉治はずっと私のヒーローで在り続けてくれた、でも私は廉治の彼女ではないからそのヒーローの役目は今日で終わり。そして、私は改めてお正月の潮時の答えを自分勝手だけど伝えさせて、今までありがとう。私の最高のヒーロー廉治くん。これからは等身大の君でこれからも優しい君でいてください、さようなら。」
『言いたいことは終わった?じゃあ、こちらからも少し話をしよう。
ここまで来てプレゼントしてくれたことに感謝を、ありがとう。
君が彼女でいてくれたこと、毎日が楽しかったことは確かで。でもその反面、仮面の下で歯を食いしばることが多くなって自分の未熟さに気づいた。だからあの時潮時だと言ったんだ。自分の未熟さが招いた結果だった。でも、それを言ったことで逢佳を傷つけたことはあの時分かっていた。でも後にひけなかったのも事実だった。そこから僕は考えるのをやめて仮面を脱いで正直に生活してみたんだ。そうしたら泣けるし、怒れるしで新しい気づきを得られた。
これで最後だ、傷つけてしまったことごめんなさい。
そしてありがとう、これからはもう少し自分に正直に生きてみるよ。
さようなら。』
廉治は淡々と赤いスイートピーの花束を抱えながら正直に話してくれた。そうだ、こういうことが聞きたかったんだ。最後に聞けてよかった。“さようなら”の交換が本心でできたことがうれしかった。
この別れが無駄にならないように、これからも前を向いて。自分勝手にならず寄り添えるようにしたい。ありがとう廉治、さようなら廉治。
これで終わりじゃない、自分勝手な私が他人に優しくできる人間になるための一歩。大きな一歩だ。
私が彼に贈ったスイートピーにおめでたい意味はない。私が私に与えたけじめ。私がそんなにきれいな思いを託すわけないでしょ。大好きで大事なことに気づかせてくれた彼。ねぇ廉治、逢佳のこと忘れていいよ。
赤いスイートピーをみるたびに私は彼を思い出す。赤いスイートピーは私にとって良くも悪くも呪いになった。
別れは突然きたんだ、怖かったその時が。初詣に行った帰り道でのこと。
『なぁ、俺たちもうそろそろ潮時じゃないか?』
そんなひとことが私の心に大きすぎる穴を作った。
私から逃げるように聞こえた。
私はその質問には答えず絞りだすように一言返した。
「廉治は私とさようならしたいんだね?」
口から出た言葉は思ったよりも重かった。
視界がかすんで雫がみえた。
「あ、私泣いてるんだ」
『そうだな、泣いてるな』
その言葉は私が流す涙より冷たかった。びっくりした、そんな声出るんだと。
『逢佳は泣き虫だもんな』
声のトーンを変えずに星に投げるようにポツっと。
私に向けられない私のことはひどく冷めていて夜空には月もなくって。年明け早々に泣いた。別れを告げてきた元カレを横に置いたまま。割としっかりとメイクが全部落ちちゃうくらいに。
それでも廉治は私の横を離れずに私の泣きっ面を最後まで見届けた。
そのあとは真っ赤な顔で帰った、独りで。廉治は顔色を変えずにトボトボと帰っていった。一言も発することなく静かに地面と睨めっこしてるように。今わかることは、廉治のことはもう何も分からないということだけ。私ってなんにも知らなかったんだ。あんなに好きだったはずなのに。離れたらなにもかも無くなるんだ。なんだか寒いな。前を向いて歩いているけれど視界はかすんだままで、鼻水は止まらないままで。人の形を保つのはこんなに難しいことだったっけ。私は前を向いていたのに小さな石ころにつまずいて転んだ。
「いった! もう!」
私は歩道の真ん中で傷口を傍観しながら立ち上がれずにいた。こんな時に廉治なら……。そんなことを考えてしまう。別れたのか別れていないのか曖昧な関係に成り下がった。やっと立ち上がった私の足は真っ赤っかで自分勝手な私にはお似合いだなと思った。そこでふと廉治の言葉を思い出した。
『赤はね僕の大好きな色だけど、一番苦手な色なんだ』と言っていたことを。聞いていた時は大好きなのに、苦手ってどういうことだろうなと思って質問したんだ。
「ねぇ大好きで苦手ってどういうことなの?」ってね。そしたら
『赤は戦隊モノのリーダーだからずっと赤が好き、苦手な理由は血の色が赤で痛そうだから』
そうやって答えたんだ。
廉治はいつまでも誰かのヒーローで居続けていたんだ。それは彼女だった私にもそうだった。でも、ヒーローでいるってことは自分の気持ちにふたをしていた可能性が大きいんだ。いつも笑顔だった廉治の心が壊れた瞬間が潮時で、ヒーローじゃなくて等身大の廉治に寄り添ってあげられなかったのは私自身だ。なんだ、悪いのはいつも私だったのにヒーローに甘えていたってことか。何とも情けない。
情けない私が最後に渡せる贈り物を考えよう。受け取ってくれなくても渡しに行くんだ。
そんな決心をして遂に訪れた一月二十一日。そう、スイートピーの日。私は最近知ったんだけど今日はスイートピーの日なんだって。
廉治には“最後のプレゼントを渡しに行くから、受け取ってほしい”と送った。返信がないかもと心配したけど、“わかった”とだけ返ってきた。
当たり前だけど、甘さなんてものはなくて苦さが残っていた。
私は赤いスイートピーの花束を抱えて廉治の家に向かいチャイムを押した。
「あの、逢佳です。廉治くんはいますか。」
そしたら玄関の鍵が開いて廉治が顔を出した。
『はい、なんでしょう。』
「廉治、あのねわた…」
『僕はあなたの謝罪を聞くためにここにいるんじゃない
贈り物を先にこちらに渡してから小言を聞きます』
素っ気ない言葉で赤の他人であるかのように言い放った。
「あ、はい。廉治の好きな赤色のスイートピーをプレゼントするね」
『赤いスイートピー、なんで?』
「もうプレゼントを渡したから話していいのよね、赤いスイートピーの花言葉は門出とさようならなの。廉治はずっと私のヒーローで在り続けてくれた、でも私は廉治の彼女ではないからそのヒーローの役目は今日で終わり。そして、私は改めてお正月の潮時の答えを自分勝手だけど伝えさせて、今までありがとう。私の最高のヒーロー廉治くん。これからは等身大の君でこれからも優しい君でいてください、さようなら。」
『言いたいことは終わった?じゃあ、こちらからも少し話をしよう。
ここまで来てプレゼントしてくれたことに感謝を、ありがとう。
君が彼女でいてくれたこと、毎日が楽しかったことは確かで。でもその反面、仮面の下で歯を食いしばることが多くなって自分の未熟さに気づいた。だからあの時潮時だと言ったんだ。自分の未熟さが招いた結果だった。でも、それを言ったことで逢佳を傷つけたことはあの時分かっていた。でも後にひけなかったのも事実だった。そこから僕は考えるのをやめて仮面を脱いで正直に生活してみたんだ。そうしたら泣けるし、怒れるしで新しい気づきを得られた。
これで最後だ、傷つけてしまったことごめんなさい。
そしてありがとう、これからはもう少し自分に正直に生きてみるよ。
さようなら。』
廉治は淡々と赤いスイートピーの花束を抱えながら正直に話してくれた。そうだ、こういうことが聞きたかったんだ。最後に聞けてよかった。“さようなら”の交換が本心でできたことがうれしかった。
この別れが無駄にならないように、これからも前を向いて。自分勝手にならず寄り添えるようにしたい。ありがとう廉治、さようなら廉治。
これで終わりじゃない、自分勝手な私が他人に優しくできる人間になるための一歩。大きな一歩だ。