式本番では厳かな寂しい雰囲気の中、みんな鼻をグスグス鳴らしたり目を潤ませたりしていたのに、俺と九条だけにやけそうになるのをずっと我慢していた。おかげで全然感傷に浸れなかった。

 教室では卒業証書の筒を持ってあちこちで記念撮影会が行われていた。告白と卒業式で疲れてしまった俺はぐったりと机に突っ伏していた。

 「春樹ー」

 名前を呼ばれて顔を上げる。目を少し赤くした健吾がカバンを持ってやってきた。胸元には花のコサージュが付いたままだ。

 「ラーメンいくっしょ?」

 「えぇ、卒業式だぞ?」

 「だから行くんじゃん! 卒業記念だよ!」

 「永嗣は? いく?」

 俺たちの許可なく写真を撮っている永嗣に尋ねると「いいよ」とあっさり承諾した。

 「真叶もくるよね?」

 いつの間にか傍にきていた九条に、健吾が尋ねる。

 「いく~」

 「お前もう激辛ラーメン食うなよ?」

 「え? ダメ? 最後に挑戦しようと思ってたんだけど」

 「前みたいにお前が残したぶん俺たちが食う羽目になるだろ」

 「今日は完食できる気がするんだよね!」

 「絶対無理だから!」

 じっと俺たちのやりとりをみていた永嗣が静かに口を開いた。

 「ねぇ、なんか二人雰囲気違うんだけど」

 九条と俺は、永嗣の鋭さに驚いて顔を見合わせるが、気まずくなってすぐに視線をそらした。

 「え? なになに? なんかあった?」

 健吾が興味津々にニヤニヤしている。

 「なんもねぇよ。ラーメンいくぞ」

 カバンを持って素早く教室を出る。階段をおりて下駄箱で靴を履き替える。3人が来ないので生徒玄関で待っていると、健吾と永嗣がすごい勢いで上靴のまま俺のところにやってきた。

 「春樹ー! おめでとう! 今日は俺たちが奢るから!」

 「は?」

 「真叶と春樹のお祝いさせて」

 「え?!」

 慌てて九条をみると頭を掻きながらテヘッと笑っている。

 「お前もしかして」

 「え? うん。二人にはちゃんと伝えた方がいいと思って」

 「いや、まあ、そうだけどさ…急にこんなこと言われたら反応に困るし」

 「ん? 全然大丈夫だよ。だってこの二人付き合ってるもん」

 「…はぁ?!」

 今日一番の大きな声が出て、周りにいる生徒からチラッとみられた。

 「いやいやいや…え?」

 二人をみると少し気まずそうにモジモジしている。

 「黙っててごめん」

 「受験おわったらちゃんと言おうと思ってて…」

 「……あー、百歩譲ってそれは見逃すとして、なんでこいつが知ってんの?!」

 「いい雰囲気だったから付き合ってるのって聞いたらそうだよって」

 「……そうなんだ」

 (あれ? 俺の方が長い付き合いなのに…この敗北感はなんだろう…気づけなかった俺が悪いんか…)

 頭を抱えてフラフラしながら生徒玄関を出る。慌てて追いかけてきた三人がずっと謝り倒してきて、ラーメンとぎょうざとチャーハンを奢るということで話がついた。俺の心の寂しさは食べ物では埋まらない。

 「じゃあさ、二人の受験おわったらダブルデートしよ!」

 「いいねぇ~! 卒業旅行も兼ねてどっか遠出しようよ!」

 「どこいく? 温泉とかテーマパークとか?」

 「両方いきたい!」

 盛り上がっている三人の後ろをとぼとぼとついていく。九条が後ろを振り返り肩を組んできた。

 「春樹~そんなに拗ねないでよ~」

 「うるせぇ…ほっとけ」

 「ほらこの温泉春樹すきそう」

 「テーマーパークでさ、ジェットコースター乗ろうよ!」

 永嗣が温泉のホームページがのってるスマホをみせてきて、健吾が俺を元気付けようとハイテンションで話しかけてくる。

 (こいつら元気だなぁ…)

 「わかったよ。温泉いってテーマパークいって激辛ラーメン食うぞ」

 「わ~い!」

 「激辛ラーメンはちょっと…」

 「俺たちは遠慮しときます」

 「うるさい、お前ら俺に黙ってた罰だ。二人で大盛激辛ラーメン食え!」

 「えーパワハラ~」

 「いじめだ~」

 「俺が手伝ってあげるよ?」

 「「「いや、戦力外です」」」

 「ひどい~」

 しばらくはまだ騒がしい日々をおくれそうだ。