新しいお庭へ行こう

 お母さんは「庭じまいをしたから、庭にはそんなに手はかからないよ」と言っていたが、雑草は盲点だった。
「今度来る時は除草剤買ってこよ……」
 あたしはせっせと草むしりを始めた。
 そうこうするうちに日が高くなってきた。お昼だ。
 あたしはここに来る前にコンビニで買ってきた惣菜パンとペットボトルを取り出した。
 おばあちゃんのうちには濡れ縁がある。そこに腰掛けてパンをほおばる。
「労働の後の飯はうまいぜ」
 もぐもぐと食べていると、一匹の猫がみゃあーと鳴いて通り過ぎて行った。そよそよと風が吹くと、雑草も揺れる。ほっこりとした気持ちになりそうになるが、これからこの雑草をむしらなければならないと思うと、ほっこりはどこかに消えた。
 あたしは立ち上がった。百坪ほどあるうちの半分以上はきれいになった。雑草に覆われていて見えなかったが、ところどころコンクリートになっていて、思ったよりは雑草だらけではなかったのだ。
 ブロロロロ……と音がしたので道路のほうを見やると、車がやってくるところだった。あの水色の車はさっきのお向かいさんの車だろうか。
 案の定車はお向かいの駐車場に止まった。車の中からは先程の女性が出てきた。あたしは挨拶をしようと思い、ふと名前を聞いてなかったことを思い出す。
「こんにちはー、えーと」
 あたしが道路の反対から声を掛けると、彼女もぺこんと頭を下げた。とことこと道路を渡ってこちらにやってくる。あたしは元気に自己紹介をした。
「あたし、相良愛良です。韻を踏んでます! これからよろしくね」
「小林です。まあ、この地域は小林も多いですけど」
「え、じゃあ下の名前も教えてよ」
 すると、また彼女は警戒するように目を細めてこちらをじっと見た。
 は? あたしナンパだとでも思われてる!?
 そう思ったのは杞憂だったようで、「奏です。よろしくお願いします」と微笑んでくれた。
「奏ちゃんね! かわいい名前だね!」
 それには奏ちゃんはふふっと笑ってくれた。「ずいぶんきれいになりましたね」
 奏ちゃんが庭を見渡す。あたしは胸をはった。奏ちゃんは続けた。
「実は心配してたんです。しばらく奥さん来なかったから。このまま放置されちゃったらどうしようって。昨日もうちで話題になってて」
「奥さん」というのはうちのお母さんのことだろう。あたしは申し訳なくなった。そうか、近所にゴミ屋敷ならぬ雑草屋敷があったら嫌だよね。
「母が骨折してしまって、代わりにあたしが来ることになったんですよ。母が治るまではあたしが来ますので、ご安心を!」
 奏ちゃんは「良かった! うちの家族にも言っておきますね」と喜んでくれた。

 のに。喜ばせておきながら。
「なんで……」
 あたしは愕然とした。
 一ヶ月後の土曜日、あたしがおばあちゃん家を訪れると、雑草は以前よりも勢いを増していた。手の中のスプレー式の除草剤が申し訳なさそうにしている。
 ふと隣地を見ると、そこは畑。きれいに手入れされており、雑草ひとつない。向かいを見ると、奏ちゃんのおうち。きれいな花々が咲き乱れており、奥には家庭菜園らしきものも見える。
 庭に誰か肥料でも撒いてるのでは。「ほうら、肥料だよ。雑草さん大きくなあれ」って。 そう疑いたくなってしまうほど、うちの庭だけ草ぼうぼうだった。
 呆然と立ちすくんでいると、奏ちゃん家からわらわらと人が出てきた。奏ちゃんの姿も見える。
 おじいちゃんらしき人が杖をつきながらにこにこ話かけて来た。
「良かったなあ。もしかしてもう来ないのかと思ったよ。奏の言うことはほんとだったなあ」
「だから言ったじゃない、おじいちゃん」
 奏ちゃんは苦笑した。
「あれ、そんなちっこいスプレーでやろうとしてるのかい。それじゃ大変だよう」
 おばあちゃんらしき人があたしの手元をじろじろ見る。
「相良さんちのお嬢さん。これから夏になるから、もっと装備をしっかりしないと駄目だぞ」
 お父さんらしき人が腕を組み、うんうん言っている。
「お父さん、草刈り機で刈ってあげたらいいじゃない。こんな若い女の子一人じゃ大変よ」
 お母さんらしき人がお父さんに言う。
「そうだな、それがいい。健、刈ってやろう」
「そうだな、よし、やるぞ!」
 あたしは目の前の会話をぼうっとして聞いていた。
 え、待って。皆自己紹介も無しにフレンドリーすぎじゃね!?
 これが田舎の人付き合いの距離ってやつ?
 あたしもここから車で三十分の所で生まれ育ったまごうかたなき田舎者だが、この距離は戸惑うに十分だった。
 が、どうやら小林さんご一家がこの庭の草刈りをしてくれることになったようだ。
「ありがとうございます!」
 あたしはめっちゃ頭を下げた。
「あ、待って。お父さん。花壇があるから気をつけてね」
 奏ちゃんがお父さんに声を掛けた。
「そうだったな、奏もよく一緒に育ててたもんな」
「そうなんですか?」
 意外だ。おばあちゃん、お向かいさんのお嬢さんとそんな交流があったのか。
 奏ちゃんは寂しそうに笑った。
「うん。実はほとんどわたしの趣味のお花を育てさせてもらってたの。相良さんがいなくなってからは花壇も放置されちゃってるけど」
「え、もったいないね。今までどおり使ってもいいのに」
 あたしは思った。どうせ使っていない花壇だ。奏ちゃんが好きに使ってはどうだろう。
 すると奏ちゃんは目を見開いた。
「さすがにそれは……」
 距離感近すぎのこの地域でも、さすがに人様のお宅の花壇を自由にするのは気が引けるらしい。
 あたしはうーんと考え込んだ。
「奏、良かったじゃないか。好きなお花育てなさい」
 おじいちゃんが口を出した。やはり距離感はあっていたようだ。
「待ってください、お義父さん。それはあんまりでしょう」
 お母さんの言葉に、奏ちゃんもうんうんと頷いている。あたしはさらに考えた。
 花壇は三つ。家屋と道路の間の細長い花壇と、家屋の対面にある金木犀の周りの長い花壇、庭の中程にある大きな円形花壇、だ。
「じゃあ、こうするのはどうでしょう。道路沿いの細長い花壇に、あたしと奏ちゃんが相談してお花を植えましょう。そして、奏ちゃんはあたしが不在の間水やりをしてくれる、ってのは」
 道路から敷地内に入らず水をやるくらいなら気にならない距離感ではと思った。
「ほうほう、いいな。良かったなあ、奏」
 おじいちゃんがにこにこ奏ちゃんを見ると、奏ちゃんは嬉しそうに頬を染めていた。

「奏ちゃん、どんなお花植える?」
「愛良さんも好きなお花選んでくださいね!」
 お父さんの電動草刈り機で雑草共をあっという間に駆逐したあと、あたしと奏ちゃんはホームセンターに来ていた。
「んーと」
 奏ちゃんは真剣な表情で目を細めた。
「そんな睨まなくても」
 あたしが笑うと、奏ちゃんははっと顔を上げた。慌てたように手を左右に振る。
「いや、睨んでないです。目が悪いんです」
 初めて会った時も目が悪いからあの目つきだったのかとあたしは合点した。不審者扱いされていたのも事実だろうが。
「眼鏡かけないの?」
 何気なく聞くと、奏ちゃんは困ったように口をへの字にし「似合わないから」と呟いた。 似合わなくはないと思うが、難しいお年頃なんだろうなとあたしはそれ以上は突っ込まなかった。
 奏ちゃん、けっこうおとなしいタイプなのかな。お花が好きでおとなしいなんて、めっちゃ女の子っぽいじゃん。顔もけっこうかわいいし、大学じゃモテるだろうな。
 あたしは親気分になってにんまり笑った。十歳くらいしか離れていないが。
 あたしと奏ちゃんは十ポットほど小さな花の苗を買った。
「ビオラ、ペチュニア、ブルーサルビア」と奏ちゃんは言っていた。ビオラとサルビアはなんとなくわかるが、ペチュニアというのは初めて聞いた。
「こんな少しでいいの?」
 庭の広さを考えると少なすぎる気がしたが、奏ちゃんは「これからもっと大きくなるから大丈夫ですよ」と自身ありげに笑った。
「あと、小さめの木も植えたいなって思ってるので。それはあとでゆっくり考えようかなって」
「小さめの木って、どんなの?」
 奏ちゃんは瞳を輝かせた。
「バラとかです!」
「えっ、バラって木なの?」
 草花の類いかと思っていた。バラなど花屋さんでしか見たことがなかった。
「バラなんて高貴っぽい花、うまく育てられるかなあ」
 あたしは遠い目をした。
「品種によってはあんまり大きくならないし育てやすい花木ですよ」
「そっか」
 まあ、奏ちゃんが一緒にお世話してくれるなら大丈夫だろう、とあたしは納得した。

 翌週の土曜日、あたしはまたおばあちゃんの家に来ていた。
 こまめに庭の手入れをしないとやばいと気付いたからだ。あと、だんだんわくわくしてきたというのもある。
 今日はだんだん足がよくなってきたお母さんも一緒に連れてきた。
「わあ! かわいいねー」
 家についてまずお母さんが反応したのが、例の花壇だった。
「お向かいの奏ちゃんが選んでくれたんだよ」
 あたしがそう言うと、お母さんは驚いたような顔をした。
「あら、奏ちゃん、またお花育てるようになったんだねえ」
「また?」
 あたしが怪訝に思って聞き返すと、お母さんはこくこくと首を縦に振った。
「うん、奏ちゃん、小さい頃からおばあちゃん家の花壇に遊びに来てたんだけどね。もちろん奏ちゃんのおうちの花壇でもたくさんお花育ててたんだよ。でもね、おばあちゃんが施設に移った後、奏ちゃんに言ったの。『良かったら花壇使ってね』って。そしたら奏ちゃん『もうガーデニングはやってないんです』って言ってたよー」
 あたしは一瞬聞き間違いかと思った。
 お母さんがもう「花壇使っていい」って言ってあったんじゃん。
 あたしは首を捻りながら尋ねた。
「なんでガーデニングやらなくなったの」
 お母さんは「さあ」と言ったあと「受験だからじゃない?」と答えた。なるほど、それなら納得だ。
 あたしは花壇にぴょこぴょこ生えている草をむしり始めた。お母さんは車の助手席に横向きに腰掛けてそれを見ていた。
「そういえば、愛良は東京でいい人見つかったー?」
「は?」
 あたしは驚いて草をむしる手を止めた。
 うちのお母さんは世間の母親像とは少し違った。「早く結婚しなさい」などとは言ったことのない人なのだ。そのお母さんからその類いの言葉が出てきたのに驚いた。
「相良愛良、韻を踏んでてかわいいでしょー。一生大事にしてね」と、全く別の姓になることを考えていない発言をして周囲の親戚を慌てさせたこともある天然さんだった。婿取りなども全く脳裏になかったに違いない。
 あたしは顔を上げた。
「いないよ。なに、急に……」
「そうなんだ! じゃあさ、愛良ここに住まない?」
「……は?」
 思いがけない言葉に対する返事の返答は、さらに思いがけないものだった。
「あれ? 絵美さん?」
 車の横から声を掛けられ、あたしたちは振り向いた。奏ちゃんだ。手に持っているコンビニ袋は差し入れと思われる。
 絵美とはお母さんの名前だ。奥さんではなく、絵美さんと呼んでいたらしい。
「車あったからまた来てるんだと思って、これ」
 微笑みながら奏ちゃんは袋の中からポテチを取り出した。
「久しぶりねー、奏ちゃん。愛良から聞いたよ。またガーデニング始めたんだって?」
 お母さんも笑顔で返したのだが。
「はい……」
 奏ちゃんの顔は、なぜか浮かなかった。
 その後、三人で草むしりをしたりお花のお世話をしたりして青空女子会に花を咲かせた。 奏ちゃんは前回バラを植えたいと言ったあと何を植えるか考えたらしく「まずはモッコウバラがいいです!」と宣言した。モッコウバラとは、と検索すると、あたしのイメージしたものとは全く違う小さな花のつるバラだった。
 小さいけれど、花びらが何層にもなっていて可憐だ。派手すぎない黄色もかわいい。
「奏ちゃんみたいねー」
 とお母さんが言うと、奏ちゃんは顔を真っ赤にして「光栄です」と難しい言葉を使った。 帰りの車の中で、お母さんが再び例の話を始めた。
「いい人いないなら、地元に帰ってきてもいいんじゃないかなーって思ったのー」
「いやいや、あたし仕事あるし」
 仕事は好きではないが嫌いでもない。というか、働かないと食べていけない。今の職場に強い思い入れがあるかと言えば「別に」という感じだが、どう考えても都会より田舎のほうが職は少ない。
「でも、東京は家賃高いんでしょー? おばあちゃん家に住めばタダじゃない」
「いや、固定資産税かかるし」
「それはお父さんが払ってるから大丈夫よー。おじいちゃんが亡くなるちょっと前にリフォームしたからまだすごくきれいでしょ?」
 確かにリフォームして十年経っていないおばあちゃんちはきれいだった。リフォームするにしても水回りくらいで済むだろう。
 しかも、広い。東京のあたしの家はワンルームだ。広いマンションはあたしの給料では借りられない。
 しかも、庭つき。
 今までガーデニングとやらに興味を持ったことはなかった。というか、草花や木自体にたいした興味はなかった。
 でもおばあちゃん家でお花を育てたりするうちに「この広い庭、好きにしほうだい!」とわくわくしてきたのは確かだ。実は園芸雑誌なども読み始めていたのだ。そして、今我が家には三つほど多肉植物もある。
 が、ここで何かを育てるには通いではきつい。
「心が揺れてきたでしょー?」
 お母さんににやにやと言われ、あたしは「まあ、考えとくわ」と適当に答えた。

 おばあちゃん家に通っているうちに夏になり、お母さんの足も治ってきた。
「ありがとう、もう頻繁に帰って来なくていいよー」と、無情にもお母さんにシッシとされたが、あたしはおばあちゃん家に通っていた。
 奏ちゃんと話し合い、家屋の向かいの長い花壇も一緒に世話をすることになった。今、金木犀が生い茂る周りでは、小さな花々以外に、雪柳も揺れている。
 そうこうしているうちに、庭の金木犀が香る季節になってきた。
「すご! さすが金木犀。まず香りで咲いてるのがわかる」
 木を見上げると、オレンジ色の小さな花びらがちょこちょこと密集してついている。が、花が咲き始めたのを見るより先に、香りで花が咲いたことが知れた。
「わたし、金木犀大好きなんです。相良さんも大好きだったの。だからどうしてもこれだけは残そうって話し合って」
 奏ちゃんとうちのおばあちゃんがそこまで親しかったのを知っても、もうそれほど驚かないようになっていた。
 その日、奏ちゃんは大学の友達と遊ぶ用事があるとかで、午前中にはさよならをすることになった。
 奏ちゃんが家の前の道路を渡って自分の車に乗ろうとした時だ。
「あれ? 奏?」
 チャリに乗った若い男が、奏ちゃんの前でキュッと止まった。
「直くん」
 奏ちゃんの口がそう動いた。あたしは目を眇めてお母さんに尋ねた。
「誰?」
「ご近所さんの直くんよー」
 予想通りの答えが返ってきた。予想していたのに思わず確認してしまったのは、男が「なんか感じ悪い」と思ったからだった。
「久しぶりじゃーん。大学入ってから初めてじゃね?」
「そうだね、二年ぶりかもね」
 直くんとやらは、ちらっとあたしたちのほうを見た。
「何? まだ土いじりやってんの? 田舎くせえ。俺なんかさ、東京でギンギンにいわしてんよ」
 何がギンギンにいわしてるのか全くわからない。大学生になれる学力はあるのだろうが、多分こいつは国語は苦手だ。
「でも眼鏡やめたんかよ、コンタクト? 色気づいてんなあ、田舎者のくせに!」
 がはは、と笑って直くんはチャリでてろてろ去って行った。
 すごい、初見と違わぬ感じ悪さ。
「直くん、ちびっ子の頃から東京に憧れが強かったからねー。こじらせすぎたねえ」
 お母さんが微笑ましいものを見る目で言ったが、あたしは我慢ならなかった。
「ちょっと、奏ちゃん!」
 あたしは道路を早足で突っ切った。奏ちゃんはきょとんとしている。
「何、あいつ!」
 あたしはいきり立った。そして確信した。
 きっと、あれだ。そうに違いない。
 奏ちゃんは直くんとやらのことが好きなんだ。どこがいいのか不明だが。
 だから眼鏡もやめて好きだったガーデニングもやめたんだ。
 仁王立ちしているあたしを見て、奏ちゃんは言った。
「ご近所さんの直くんです」
「それは知ってる!」
「ちょっと、愛良落ち着きなさいよう」
 お母さんもこちらにやってきて、あたしをどうどうとした。奏ちゃんは困ったようにきょろきょろした。
「あ、愛良さんがなんで怒ってるのかわかる気がしますが、直くんは素直な人なだけです」
「素直って言えばなんでも許されると思ったら大間違い!」
「はい。だから許してません」
「いやいや! 許さないと駄目……、は?」
 あたしは目を見開いた。奏ちゃんは困った顔のまま説明をしてくれた。
 予想通り、奏ちゃんは直くんのことが好きだったらしい。子供なんてのは元気がよくて背が高くて顔が良ければ簡単に好きになってしまうものだ。
 が、直くんが大学受験に受かった時に言われたらしい。
「俺は! こんな田舎とはおさらばだ! お前みてえな田舎くさい土いじり眼鏡ともおさらばだー!」
「言われた、というより、勝手に直くんが盛り上がってガッツポーズしてただけ、と今では思いますが」
 奏ちゃんは冷静に分析した。
「大学離れちゃう、とか悲しむほど好きでもなかったですし。でも、ムカついたんですよ」
「そりゃそうだよ!」
 あたしはうんうんと同意した。
「でも、直くんの言うことも一理あるなって。だからガーデニングはお休みして、オシャレを頑張ることにしたんです。コンタクトは合わなくて駄目でしたけど」
 奏ちゃんはそこで一旦言葉を切って遠い目をした。そしてこちらに向き直ると、にっこりと笑った。
「でも、言われたんです。後輩に。『オシャレな小林さん、すごく素敵です。でも、無理してないですか。そんなことしなくても、小林さんはすごく素敵なのに』って」
「そのとおり!」
 奏ちゃんは微笑んだ。
「最初はすごく戸惑ったんですけど、でもそうかもなって気持ちになって。だから今からその後輩と初デートです」
「それでこそ、奏ちゃん!」
 あたしの喝采を背に受け、奏ちゃんは車に乗って去って行った。
「あー、良かった良かった」
「あの奏ちゃんも大きくなったねー」
 あたしとお母さんは庭に戻ってきた。そして金木犀を見上げる。
「ほんとうに、いい子に育って……」
 出会って一年経っていない奏ちゃんのことを想い、あたしは嬉しくて涙ぐんだ。

「我が社の新しい支店が来春オープンする運びになった」
「それだ!」
 年が明けた。職場の朝礼中、突然でかい声を上げたあたしに、皆の視線が集まった。けれど、あたしはそれどころではなかった。
 そうだった。実家のある県に支店ができるんだった。
 確かあそこはおばあちゃん家から車で一時間くらい。通える。
 これは、異動願いを出すべきでは。てか、みんな行きたがらないだろうからむしろ歓迎される。
 おばあちゃん家が、あたしの家になる。
 昼休み、あたしはいそいそとスマホを開いた。LINEを送る。まずはお母さん。
「おばあちゃん家、もらうわ」
「雑草」
 お母さんの返信の「雑草」は、「草がたくさん」でとても笑っているという意味だ。
 次に、奏ちゃん宛てに。
「師匠になってもらいたい」
 何事かと思うだろうか。そうしたら、お願いするのだ。
「あの庭で本格的にガーデニング始めます。あたしの師匠になってください」と。


 


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