ソネットフレージュに魅せられて

「ただいまぁー。あー、疲れたなぁ。
 あれ、姉ちゃんの靴ある。
 あ、そっか。今日休んだんだっけ。
 まぁ、いいか。」

 雪菜の弟の徹平が帰宅した。リビングに入って行く音がする。雪菜と雅俊は焦りに焦った。
 事が済んだ後で、衣服がはだけていた。焦った雪菜は、雅俊をクローゼットの中に
 隠れなさいと指示しては、自分はベッドの中にもぐりこむ。
 
 しばらくしても、徹平が上に上がってこないとわかり、そろそろ出てもいいよと外に出るよう促した。ワイシャツのボタンが2段目まで取れたままだ。暑くて、ワシャワシャと風を送る。雪菜の部屋から出ようとすると、まさかの徹平とご対面する。一瞬、2人は凍り付く。徹平は指をさす。

「……え、なに、まーくん。なんで、姉ちゃんの部屋から出てくるの?」
「え、あ。あー、見舞い?」

 徹平は雪菜の様子を伺うように部屋の中を見ようとするが、雅俊は、パントマイムのように見せないようにする。

「見舞いするほど、具合悪くしてなかったけど……。てか、まーくんどっから入ったのさ? 玄関に靴ないけど」
「あ! 徹平の部屋に靴置いてたわ」
 
 慌てて、徹平の部屋にかけだす。

「な、なんで?!」
「あ、あった。悪いな。邪魔したな」
 
 床に落ちていたスニーカーを履く。徹平はジロジロと雅俊を見ると、ズボンからワイシャツははだけているし、いつもしないサングラスがワイシャツにつけていて足には包帯巻いていた。違和感しかなかった。

「まーくん。姉ちゃん、食ったのか?」

 驚いた顔をさせた。

「な、何言ってるんだよ。んなわけねぇだろ。大事な姉ちゃん食わないよ」

(本当のこと言えるわけがねぇ〉

「だよなぁ。姉ちゃん、女として魅力ないもんな」
「なんだって?! 聞こえてますけど?」

 隣の部屋から雪菜の声がする。

「魅力がないわけじゃないけどもさ。まぁ、まぁまぁ……。ふふふ……」

 笑いがとまらなくなる雅俊。

「何がそんなにおかしいんだよ」
「いや、なんでもない。んじゃ、またあとで、ゲームしような」
「あ、本当? やったね。そしたら、早く宿題終わらせるわ」

 徹平は、うきうきして、机に向かって勉強道具を準備し始めた。雅俊は、入ってきた窓から、自分の部屋に器用に飛び移った。その飛び移った様子をちょうど帰ってきた龍弥に見られていた。

「おい!? 雅俊。そこで何してる?!」
「うわ、やべぇ。親父さんに見つかった」

焦る雅俊は、慌てて、家の階段を下りて、謝りに行く。くどくどと説教タイムが始まった。龍弥の説教は30分はかかっていた。
何度もぺこぺこと謝り続ける雅俊だった。

それを2階の窓からのぞく雪菜は呆れてため息をつく。

人生良いことと嫌なことの組み合わせで出来ている。
雅俊にとって、最高に幸せの時間を手に入れたため、一気にバロメータが下がっているんだろう。

この後は、さらにいいことしか起きないのかもしれない。2階から見えた雪菜に説教ついでにウィンクして
時間つぶしをすると、龍弥は、それさえも怒っている。



◇◇◇


学校のチャイムが鳴った。ガタガタと椅子が鳴る。

「雪菜、おはよう」

 何週間かぶりに緋奈子が声をかけてきた。

「あ……おはよう」

 雪菜は涙が出そうなくらい嬉しかった。ずっと話しかけられなかったし、話そうともしなかった。 和解ができた気がして嬉しかった。

昼休みに机を並べて、一緒にお弁当を食べた。この上なく、お弁当がおいしく感じた。ボッチ飯より、やっぱり友達同士で食べたほうがおいしいんだ。

「雪菜……。雅俊くんとどうだった?」
「え、どうだったって何の話?」

 顔がお猿のように赤くなる。

「あ、ごめん。その話じゃなくて、付き合うとか付き合わないとかの話。結局、雅俊くんって正式に言わないと交際にならないって聞いてて。どうなったのかなって。雪菜、凛汰郎くんと付き合ってたのはやめたの?」

 違う話だと分かると、いつもの表情に戻した。緋奈子はお弁当のミートボールをパクパクと食べる。

「あ、そっか。何も言ってないや。確認しないといけないよね。確かにOKとは言ってないんだよね。凛汰郎くんとは距離置こうって言われてたから、これからどうするかはっきり言ってないから、今日、話そうと思ってて……」

「そうなんだ。でも、安心したよ。雅俊くんに彼女のふりしてってずっと言われてたからさ。本当のこと言えなくて……。だましてたみたいで本当にごめんね」
「あ、そうだったんだね。私が勘違いだったんだ」
「彼女のふりしてと言いながらやることはやってるけど。何か、雅俊くんって校内で人気あるっていうし、ファンクラブもあるもんね。交際にならなくても良いって思っちゃったかな。優しいもんね」

 緋奈子は照れながら話していた。

「好きになっちゃった?」
「あ、いや。うん。私は、もうこりごり。やっぱり、女子を敵に回しそうじゃん。浮気性だし。彼氏にはしたくないのよ」
「だよね。わかる。私もわかってはいるんだけどさ。だまされてるのかな」
「……雪菜は昔から本命だって何回も言ってたよ。本当か嘘かはなぞだけど」

 食べ終わった弁当を片づける緋奈子。雪菜は、弁当箱に入っていたおにぎりをちびちび食べた。

「それも口説き文句ぽくない? 半分聞いておくんだけさ」
「まぁ、いいじゃん。そういいながらも雪菜も雅俊くんが本命なんでしょう?」
「え?」
「だって、顔にかいてる」
「……あー、ばれてたんだ。何も話したことなかったのに。緋奈子には嘘つけないな」

 顔をポリポリとかく雪菜。廊下側に座っていた凛汰郎がアイコンタクトで雪菜を呼んだ。ちょうど、お弁当は食べ終わっていた。

「ごめん。凛汰郎くんと話してくるね」
「いいよ。私のことは気にしないで。ごゆっくり~」
「ありがとう」

 立ち上がり、屋上に続く階段の踊り場まで歩いた。

「呼び出して、ごめん」
「ううん。大丈夫。私も話したいことあったから。あ、手の傷。大丈夫? 雅俊が関係してるんだよね」
「う、うん。そう。俺も感情的になってしまって……。申し訳ないなって思ってるんだけど、雪菜のことだましてたっていうのが
 許せなくて、悪いな」
「大丈夫大丈夫。あいつは、不死身に近いから。私のことで怒ってくれてありがとう」
「いや、そんなことはない」
「話って、何?」
「あー、いや、雪菜からいいよ」
「そう? いや、でも話しにくいから先に凛汰郎くんから」
「あぁ、うん。距離置こうって話なんだけど、やっぱり、俺、付き合うのは
 やめた方がいいかなと思ってたんだ。受験勉強に本当に集中しないといけなくて……」

 本当は、振られたくない気持ちが強くあって、自分から言った方が好都合だと思った凛汰郎。もう、自分に気持ちが薄れているんだろうと察していた。

「あー、そうなんだね。勉強、大変だよね。私といたら、はかどらないもんね」
「そんなことはないんだけどさ。お互いのためにと思って……。雪菜、今、幸せ?」
「え?」

 不意打ちに聞く質問にどきっとする。

「う、うん。幸せだよ」
「俺、雪菜が幸せなら、付き合うってことしなくても平気だから。受験終わったら、その時は、お祝いかねてどこか食べに行こう」
「それは、別れるってこと?」
「そういうことになるね」

 目に涙を浮かべて、凛汰郎を見る。どちらも同時に手に入れることはできない。彼氏から友達に戻る。

「悲しいけど、ありがとう。忘れないから。絶対合格したら、連絡してね。一緒にご飯食べにいく約束。それだけは一緒」

 小指で指切りした。それだけは絶対一緒という言葉に心がほくほくした。本当は同時進行で2人と恋人として続けられるならいいのにと感じながら、雪菜は別れを告げた。雅俊に気持ちも確かめていない間に。
がやがやとたくさんの生徒たちで、昇降口は騒がしかった。放課後の靴箱で、雪菜は外靴に履き替えた。バックを持ち直して、立ち上がる。横からひょこっと、ズボンのポケットに手を入れて、雅俊はのぞく。

「靴履けた?」
「うん」
「んじゃ、いこっか」

 雪菜を誘導し、段差をおりる。

「くかぁー、何か、新鮮だ。許可おりて、まさか隣に雪菜いるなんて今までかつてないから。マジで新鮮」

 前歯を光らせて、ニカッと笑う。

「何よ」

 照れているのか怒っているか自分でもわからない表情を浮かべる。

「いいんでしょう? 手、つないで」

 左手で、雪菜の右手をにぎり、雅俊の胸元でアピールする。

「べ、別に……いいけど」

 それを見ていた外野が悲鳴をあげる。そんなに手をつなぐだけで驚くか。ファンクラブがあるのはやっぱり怖い。

「あ、やっぱ、やめようかな」

 周りの反応で、さっさと手をひっこめた。

「な、なんで。せっかく、手つなげたのに……」
「だって……」
「周りなんて気にするなよ。俺たちの世界でいいだろ? まったく、どこ気にしてるんだか……」

 雅俊は、ぷんぷんと頬を膨らませて、引っ込めた雪菜の手をつないだ。

 「わかったよ……」

 不満げな顔を見せながら、言う通りに行動する。世間一般から見たら、いわゆる美男美女と言われて、輝いて見える2人も、それぞれに不満はある。2人しかわからない事情とか、外野なんて知らない。手つないでいたって、どれくらいの仲良しかとかどれくらいの交際期間とか知る由もない。

 2人は、幼馴染であり、幼稚園児からの付き合いで、雪菜が5歳から18歳だから、13年も期間が経っているが、お互いが同意あって交際と認めるのは、今回が初めてだ。
 
 どこか背中がそわそわするというか胸がざわざわする。自分でいいなとか好きだなとか思って今に至っているのに、過去の遠い記憶をたどると恥ずかしい出来事ばかりが思い出される。

 お互いの恥ずかしい思い出を想像すると、なんで隣にいるんだっけと思ってしまう。自分で選んだはずなのに。

 パンツひとつ姿のまま雪菜の前に披露してふざけたり、公園で夢中で遊んでる時におもらししてしまっていたり、小さい時の記憶が無い方が、かっこよく見えるのに、何だか変なフィルターが急に3Dめがねをするようになっている。 

「ふっ……」

 思い出し笑いがとまらない。

「な、なんで、急に笑ってるんだ?」
「なんでもない。何か思いだしただけ」
「あ、そう。思い出し笑いするやつってすけべらしいよな」
「は?」
「やーい。すけべな雪菜」
「……」

 怒り心頭。つないでた手を離す。

「あ」

 やっちまったという顔をする雅俊。

「もう言わないから。ごめんなさい」
 
 顔の前に手を合わせて謝罪をする。犬のようにかわいい姿に思わず、許してあげたくなる。こんなにまつげ長かったかな。

「わかったよ。許すから。その代わり、何かおごって?」

 高校前にあるコンビニ指さして、雪菜はニコニコという。

「はいはい。わかりました。よくバイト代が入ったばかりってわかるよな」
「え、そうだったの?」

 駆け寄って、雅俊の腕をしがみつく。

「マジ、近い。何、さっきとの差」
「おごられるならサービスしないとね」
「キャバクラか?」
「何それ。そういう意味じゃないけど」
「胸触らせてくれるなら……」

 頬に一発、平手打ち。

「えっと……何、おごってもらおうかなぁ」
「切り替え早すぎない?」

 たたかれた頬を抑えて、先に入って行く雪菜を追いかけた。コンビニの自動ドアを開いた。

「最近、マイブームだから。これにする」
「何、肉まん?」
「うん。豚まんが食べてみたいかな。この間は普通の肉まん食べたんだよね」
「は? 何言ってんの? ピザまんでしょう。あと、カレーチーズまんだよ」
「え、あーそうだっけ。あ、思い出した。凛汰郎くんと食べたのが肉まんだった」
「あ?!! なんで平澤先輩の話すんの?」
「え、あー。ごめん」
「何かムカつく」
「雅俊、やきもち焼いてる。あんこもちですか?」
 
 やきもち焼いてるのを少しうれしかった雪菜。ものすごく不機嫌になる雅俊。青筋を立てて、睨む。

「肉まん買いたくなくなってきた」
「えー、食べたいのに」
「やだ。俺買って行った肉まんのこと忘れてたから。つい最近なのに」

 ぶつぶつと文句を言ってそっぽを向く。雪菜は買ってくれないとわかると自分の財布から、お金を取り出して、やっぱり肉まんを店員に注文していた。

「ちょっと、そこはピザまんでしょう!!」
「え。あー、じゃぁ、ピザまんで」

 雪菜は慌てて、肉まんからピザまんに変更した。

「雪菜、今日から肉まん禁止ね。ピザまんかカレーチーズまんだけ。」
「えー、なんで食べ物制限するの?」
「だから、ムカつくって言ってるの。なんで、平澤先輩なんだよ。ちくしょう」

 些細なことで雅俊を怒らせるようになる。雪菜はもう凛汰郎の話は雅俊の前でしないことにした。ちょっと面倒な人だなと感じた。 一人コンビニの出入り口で、黙々と腕を組んでイライラしている雅俊の横で、ピザまんを食べた。何だか味気ないピザまんだった。凛汰郎と食べた肉まんは最高においしかったなと思い出してしまう。
いつも通りの朝だった。寝坊して、朝ごはんは、目玉焼きとウィンナーで隣に住んでる1つ下の後輩は、幼稚園の頃からの幼馴染で、つい最近、彼氏彼女になった。高校生になってやっと交際することになる。本当はお互いに昔から気になっていた。ずっと温めていた想いが叶った訳だが、全然、普段通りで新鮮さもほんの一瞬。交際ってドキドキするもんじゃないのかと通学路を隣同士で歩いて、顔をジロジロと見ても全然気持ちが上がらない。

「何、見てんだよ]
「別に……。寝ぐせと髭と……。どこがかっこいいって思うのかと」
「は?」

 眉毛をゆがませてイラッとする。

「それでファンクラブはいまだ健在のようね」

 昇降口の靴箱に雪菜は、指さして現状を報告する。ここ、連日、上靴に画鋲が入る日もあれば、上靴そのものが無くなる日もあり、片方のサイズが変わってることもあったり、雅俊と付き合うことになって、かなりの嫌がらせを受けていた。上靴のほかにも外靴が行方不明になることもあった。

「侮るなかれ。俺も上靴、行方不明はもちろん。財布の盗難。自転車のカギの紛失。いやー、数えたキリがない。雪菜のファンクラブも半端ないぞ」
「ちょっと待って。その自転車のカギ紛失は、ただ自分で無くしただけでしょう?」
「あ、ばれた?」
「うん。誰も自転車のカギ盗まないでしょう。自転車盗むならわかるけど……」
「俺だって、苦労してるってアピールしたかったの。」
「今までの歴代の彼女は嫌がらせ受けてたの?」
「……あまり聞いてない。そもそも、すぐ別れるしな。ハハハ……」
「でも、私らもそんな経ってないよ? まだ2週間じゃん」
「ほら、見ろ。学校内では、歴代1位だぞ。前の先輩は半年以上続いたけど、ここの学校では、雪菜がダントツだね」
「どんだけ、女子を振り続けたのよ。あんたは……」
「最短2日かな?」
「はぁ……」
 
 頭を抱えて、ため息をつく。

「かなり嫌がらせ受けているけど、やめる? 付き合うの。リスク背負うね、俺と付き合うと」
「うん、ちょっと考えておく。今後のこと」
「マジか……」
「上靴何回買いなおせばいいか。いつか破産するわ」
「大丈夫だろ? 雪菜の家、共働きだし、公務員だろ。何とかなるって」
「よく言うわ。家庭事情知ってるからって。マジで、付き合うのやめようかな?!」
「えー、せっかく2週間も続いてるのに?」
「あんたの性格知ってるから言ってるんだわ。やっぱ恋愛と友情は別よ!? じゃあね! 私こっちだから」

 雪菜は頬を膨らまして、画鋲の入った上靴処理をした。買わずに済んで少し安堵したが、この画鋲をどこに持っていこうかなとバックを探っていると。

「これに入れたら?」

 近くを通りかかった凛汰郎が声をかけた。手には小さなビニール袋を持っていた。

「あ、ありがとう。助かる」

 ジャラジャラと袋に入れていく。

「小学生みたいなことするやつ、いるんだな。
 今の時代にも。発想が古いな……」
「そう、確かに。今は、100円均一とかで安く手に入るもんね。画鋲も。足つぼになるかなって思ったけど、無理だった」
「頑張ろうとしなくてもいいって」
「ハハハ……。だよね」

 画鋲を入れたビニールをバックに入れる。

「大変だな、いろいろと……」
「うん、そうだね。やめようかなって考えちゃうくらい」
「やめるのか?」
「……すぐにはやめないんだけどさ」
「……他人にどうこう言われてもってところなのか?」
「そこまで追い求めてはないけど。あと数か月の辛抱かなと……。私たち、卒業するでしょう。学校から出ればそんなことないだろうし」
「まぁ、そうだけどな」

 教室までの距離を雪菜は凛汰郎の横を歩きながら進む。
 
「何かあれば言いなよ。大したことはできないけど」
「ありがとう。大丈夫。気持ちだけ受け取っておく」

 教室に入ると、凛汰郎は、スイッチを入れたようで急に話さなくなった。凛汰郎は、雪菜と別れてから、誰とも話さない。前と同じ陰キャラに戻していた。付き合いで、気を使って陽キャラを演じていたのかもしれない。それが本当の凛汰郎なのか分からなくなる。

「雪菜、おはよう」

 緋奈子が声をかけた。

「おはよう。今日も事件が起きました。ほら」

 雪菜は毎朝の上靴事件を緋奈子に報告していた。

「うわ、最悪だね。画鋲じゃん。幼稚な人もいるもんだ」
「でしょう? 足つぼになるかなぁなんて入れてみたけど、無理だったわ」

「よくやるね。それ無理だって。足つぼもきっと痛いだろうけど」
「明日はどんな嫌がらせしてくるかな?」
「雪菜、もしかして、楽しんでる?」
「殺される訳じゃないし、小学生のいたずらって思えば平気だよ」
「強いメンタル?! 雅俊くんと付き合ってから嫌がらせがあるんでしょう?」
「そうなんだけどね。雅俊の方も嫌がらせあるって言ってた。だから、引き分けだよ!」
「どんな戦い? いや、お互いあるからいいでしょうじゃないと思うけど?」
「大丈夫、ほとぼりいつか冷めるって。あと、うちら数か月で卒業するわけだし」
「ざっと4か月くらいかな」
「うん。そうだね。ほら、ホームルーム始まるよ。席に戻った方いいよ?」

 雪菜は緋奈子を席に誘導する。ちょうどよく、担任の先生が教室に入ってきた。窓の外を見ると飛行機雲ができていた。
 学校に通うのももう少しだと思うと名残惜しくなる。
 カザミドリがせわしなくカラカラとまわる。

◇◇◇

 
「お邪魔します」

 雪菜の父、龍弥に怒られてから、一度も雪菜の部屋に入っていない。入ることができなくなったため、今度は、雪菜が雅俊の部屋にお邪魔することになった。放課後にそのまま、帰ってきたため、制服のままだ。
  雅俊は、リビングから、慌てて、麦茶の入ったピッチャーとコップをトレイに乗せてやってきた。

「ごめん、適当に座ってってもう座ってるよな」

 ベッドの上に腰かけて、部屋をジロジロと見渡す。

「ここに置いておくから飲んで」
「うん、ありがとう」

 雪菜は、立ち上がり、壁に貼ってる写真やポスターを見た。雅俊は、テーブルや、机の周りを急いで片づけている。

「ごめんな、全然片づけてなくて」
「あ、これ。元カノ?」

 指さしたのは、お祭りに浴衣を着た女性が映った写真だった。背景には打ち上げ花火があった。

「あー……。ごめん。見たくないよね」

 手を伸ばして、写真をはがした。

「いいのに、別に。知ってたし。梨沙先輩でしょう。バイトで一緒の」
「……うん」

 寂しそうな顔で見る雪菜。申し訳なさそうな顔で雅俊は、写真を机の引き出しにしまった。

「私がもっと早くに気づいてればよかったのかな」
「え?」
「雅俊が梨沙先輩と付き合うって知った時から、遠慮してた。もう、そのまま幼馴染の関係でいようって思ってたから。ごめんね。ずっと自分に嘘ついてた。一度は気持ちに清算していたのに。でも、実際、こういう写真見るとダメかも」

 顔を塞いで、涙を流す雪菜。過去の記憶で、自分とは違う人と一緒にいるのを思い出すだけで、嫉妬心が溢れ出てきた。いつも一緒にいるのが自分ではない。今は一緒なのに、時系列を図り間違っている。写真は過去が残るもの。見るだけでショック受けることもある。

「俺が片づけてなかったから。ごめん。今は、雪菜だけだから」

 頭を抱えてぎゅっとハグをした。その言葉を聞いてもどこか信用できないのはなぜだろう。こんな思いを何度もしなくてはいけないかと思うと、心がいくつあっても足りない。

 想いは、目に見えてわかるものではない。持っているものがたとえ、考えていないものでも、他の人から見たら、想ってるものだと勘違いするものだ。雅俊は、本当に梨沙のことよりも雪菜のことが忘れなかったはずだった。それが伝わない悔しさがにじみ出る。どうしたら、信じてくれるのか。どうやったら、想いが伝わるのか。
 
 どんなに考えても解けない難題だ。

 顔を近づけて、口づけしようにも拒否られて、雪菜は、部屋を飛び出した。腕からするりと抜けた雪菜の体がパッと消えた。自分の体をぎゅっと抱きしめては、握りこぶしを作って、手のひらに爪が食い込んだ。タイムスリップができるなら、梨沙と会う前の時間に戻りたい。切実に願う雅俊だった。

 嫌な気分でも、真っ暗な夜空にはキラキラと輝く満月があった。雪菜は、目に涙を浮かべて、隣の家の自分の部屋まで駆け上がった。ベッドに顔をうずめては、朝まで起き上がることはなかった。
「雪菜、もう気を使って声かけなくていいよ」

 朝の静かな教室、凛汰郎に朝の挨拶をしたら、そう言われた。単語帳を片手に勉強で必死の様子。まだ見込みあるかなと、雅俊のことをいったん忘れて、より戻せないかなと微かな望みを持ちながら、毎日挨拶だけは欠かすことはなかった。

 でも、今日、それさえも拒否された。ショックだった。二兎追うものは一兎も得ずってこのことか。
 2人のことを追いかけたからか。それとも、1人と真剣に向き合えなかったからか。

「ごめんね。勉強の、邪魔したね。声描けるのやめるから」

 さびしそうな顔を下に向けて、自分の席に向かう。本当は挨拶ひとつしてくれただけでものすごくうれしかった。勉強なんてお飾りで、必死で勉強しなくても、模試の結果はA判定だった。無理して自分は一人でも大丈夫だとアピールして、安心して雅俊と付き合いができるようにと凛汰郎なりの配慮だった。自分よりも相手ファーストの気遣いなのに、雪菜は全然気づかない。もう傷つくのは嫌だと感じた雪菜は、机に顔をうずめては、眠ったふりをし続けた。もちろん、授業中に先生に注意はされるのだが、優等生の雪菜でさえも注意されるのかと周りのクラスメイトたちは驚いていた。

 カザミドリがくるくると回る屋上におにぎりを持って、1人ベンチに座る。何人かの生徒が屋上の端の方でお昼ごはんを食べている。空を見上げると、うろこ雲がふわふわとあった。遠くに揺れ動くお店のアドバルーン広告は飛ばされたりしないだろうかと疑問に思った。突然、手のひらで両目を隠された。

「だーれだ?!」
「……言いたくない」
「つれないな。そういうときは『まーくん♡』だろ。それでも彼女か?!」

 目をそらす雪菜。

「すいませんね。理想通りの彼女じゃなくて」

 隣のベンチにまたがって座る雅俊。

「もう、雪菜は昼飯食べたの? 俺はこれから。フランスパン持って来た」
「でかいね」
「でしょう? 昨日、ばぁちゃんがおしゃれなパン屋で買ってきたから持ってけってうるさくてね」

 少し笑みをこぼす。雅俊はバリバリと硬いパンを食べ始めた。

「なんで、そんな落ち込んでんの? 今朝の上靴? 今日のはすごかったね。ボンド入れるとは思わなかった」
「……ボンドよりショックだったから。絶対話さないけど」
「えー-マジで? ボンドは最悪だって。それよりもショックって、雪菜どんなメンタルしてんのよ。ちょっと普通じゃないの?」

「放っておいて。というか、今日の昼休みも別に待ち合わせしてないし。なんで来てるの?」
「えー--、今頃? 別にいいじゃん。一緒に食べたって。ここかなぁって俺っちセンサーが働いたわけ。すごいだろ?」
「どんなセンサーしてんの? んじゃ、私のご機嫌も感じ取ってよ」
「だから、聞いてるじゃんよ。これでも心配してんのよ?」

 しばし間が訪れる。フランスパンが硬くてなかなか減らない。雪菜は持っていたおにぎりを食べ終えて、ペットボトルのお茶をぐびぐび飲んだ。

「もう教室戻る」
「えー。俺まだ食べ終わってないよ?」
「だから、待ち合わせしてないから」
「ちぇ……」

 雪菜は荷物をまとめて、そうそうに屋上から教室に戻った。後ろをちらりと戻ると、女子の後輩何人かに声を掛けられる雅俊の様子が見えた。自分じゃなくても相手してくれる人いるからいいだろうと思った。幼馴染からの彼氏というのは、まるで熟年カップルかのような空気みたいにわかりきってる関係性で、恋愛のモードに入りにくいというデメリットを感じ始めた。交際ってどんなふうにするんだっけ。ときめきってなんだっけ。雅俊と一緒にいると弟と一緒にいる感覚になって、好きは好きなんだろうけども、可もなく不可もなくのグラフで言うと、ずっと横ばいな気持ちになっていた。それって付き合うってことになるのだろうか。

 自問自答をする毎日に加えては日常に刺激を求め始めつつあった。現状を変えたいのかもしれない。学校から帰宅して、
 部屋の机にドサッとバックを乗せては、スマホを取り出して、スワイプした。通話ボタンをタップする。
 隣の家の部屋の窓がカラカラと開くのがわかった。

「雪菜~! 電話するなら、直接でいいだろう?」

 手を振って合図する。一人で帰ってきたため、雅俊が、家にいるとは思わなかった。

「お父さんから禁止令出てるでしょう。んじゃ、ここからでいいよ」

 スマホの電話モードを閉じた。

「おう。んじゃ、ここから。んで、何の用?」
「もう、やめよう。彼氏彼女ごっご」
「……え? ごっこだったの?」
「私には、やっぱ、無理だったかも。いろんな意味で辛い。いつもの幼馴染の関係に戻ろう」

 窓から身を乗り出して、声を出す。

「俺、彼氏彼女ごっこって思ってないから。本気で付き合ってたつもりだったよ? それでもだめなの?」
「うん。私には、無理。ごめんね。ありがとう」

 窓をピシャンと閉じた。雅俊の部屋の窓は開いたまま。ずっとこちらを見ていた。諦めきれない何かがあるようだ。

「だめなところあったら、直すから! 考え直すし。雪菜が希望する通りに行動するから。それでもだめ?!」

 話を聞くととても女々しい。そんな会話が逆に愛しく感じるが、もう、恋愛対象ではなかった。
 窓越しに

「ダメ!」

 その声を聞いても今度は家の中に入ってきて、階段を上ってきた。ガチャとノックも無しに入ってくる。

「ねぇ、なんで、そうなんの? 突然? もうすぐ1か月記念日なのに?」

 机を前に椅子に座った雪菜は、宿題のノートを広げた。

「勝手に入ってきちゃダメじゃん。お父さんに叱られたばかりでしょう。でも窓から侵入じゃないからセーフなのかな」

 シャープペンをあごにトントンとつけた。そんなのお構いなしに横からぎゅうっとハグをする。

「大事にするからさ。本当にやめようとか言わないでよ。せめて、高校卒業まで一緒にいて」

 急に小さな子供のように懇願する。寂しさからか、雅俊は首を縦には振らなかった。推しに弱い雪菜は結局、雅俊の言う通りに卒業まで付き合うということになった。複雑な気持ちのまま、ハグする雅俊の頭をなでなでした。駄々をこねる子をなだめる保護者になった気分だった。
本当に雅俊のことが好きかそうじゃないのかわからないまま付き合って、1か月記念日も過ぎて、恋人たちのクリスマスという12月になろうとしていた。交際はするが、一緒に登下校することは毎日はしないとか。

気分的な時に良いよと許可する形にしたり、少しでも雅俊の嫌いな要素を作らないよう雪菜としても努力はした。倦怠期というやつが来てるのかもしれない。周りからは都合の良い人になってないかと非難を浴びたり、相変わらずの学校での嫌がらせは続く。

殺されはしないからいいかとたかをくくったり、直接文句を言いに来ないだけマシかと思っていた。放課後、久しぶりに一緒に帰ることになった。

「あのさ、クリスマスなんだけど、俺、バイトのシフト入っちゃってさ。当日、一緒にいられないんだけどいい?」
「あー、そうなんだ。私は別に、気にしないけど。別な日にクリスマスする人もいるって聞くし」
「光ぺ。見に行こうよ。俺、まだ誰とも光ぺデートしたことないから」
「光ぺって……。光のページェートのこと? でも、それに行くと別れるってジンクスあるよね。気にしないの?」
「そんなの、嘘に決まってるだろ。恋人たちのクリスマスに光ぺは欠かせないさ。なぁ、いいだろう?」

 雪菜よりも女子力が高い雅俊だった。

「いいけど、どこでご飯食べるとか。予約してくれるんだよね」
「あーうん。わかった。予約するから。希望ない?」
「なんでもいいよ。まぁ、クリスマスだし、洋食がいいかな」
「了解。そしたらさ、12月10日の日曜日でいい? ちょっと早いけど、他は、バイト入って予定組めないから。鬼店長、俺のシフト入れまくってくれたからさ」
「いいよ。大変だね。バイトするの。部活やめたからなおさら?」
「まぁ、足けがしたから無理できないしね。バイトはできるから」
「稼げるならいいじゃないの? 大学の費用貯めてるんでしょう」
「うん、親父が貯めろっていうからさ。厳しいからそういうの」
「でも雅俊、勉強は大丈夫なの? 学年違うから気にしたことない」
「俺の成績知りたいの? でも教えないけどね」
「えー、いじわるだね。でも知りたくないかも」
「な、なんで?! 学年2桁以内でおさまるよ?」
「……言っちゃったぁ」

 指さしてしてやったりの顔をする雪菜。

「うわ、最悪。だまされた」
「頭いいじゃん。大丈夫そうだね。頑張れ、来年受験生。んじゃ、また明日ね」

 玄関の扉を開けては手を振る雪菜。約20分間の通学路を歩くのがすごく貴重な時間に思えた。扉が閉まっても、しばらく様子を見ていた雅俊は、ため息をついて、自分の家の扉を開けた。一緒にいても距離感を感じるようになった。ここに心のあらずの雪菜と一緒にいていいのだろうかと疑問符を感じる。

 雪菜と雅俊は、お互いに何だか満たされない日々を過ごしてる感覚が過ぎていた。
12月10日 午後5時 駅前のステンドグラスで待ち合わせをしていた。昨日から光のページェント点灯式が始まったこともあるせいなのか駅の中はいつもの日曜日よりざわついていた。白いウシャンカを頭にかぶり、マフラーをつけて、スマホを見ながら待っていた。近くの出入り口から吹きすさぶ風が冷たかった。同じように待ち合わせをしているのか待っている人がたくさんいた。

改札口では電車が到着したようで、混雑していた。スマホの画面では、かわいい果物のパズルゲームに夢中になる雪菜。広告が多すぎるのが難点だが、流行りには乗っかりたい。隣に住んでいるのになぜここで待ち合わせなのか意味不明と感じながら、時計の針を見つめると当に待ち合わせ時刻は過ぎていた。

「な……なんで来ないの?」

独り言でスマホの電話帳を開いて、雅俊に直接電話した。コールが5回鳴ってやっと声がした。通話時間が開始している。

「雪菜? ごめん。今日、行けなくなった」

 まさかのドタキャン。

「え、なんで? レストラン予約していたんじゃないの?」
「バイト先のコンビニで、今日の勤務の人が風邪引いて、来れなくなったって。代わりに出てって言われたから。今から行くところ」
「嘘、それって、断ることは……」
「……うん。ごめん、人数少ないメンバーで回してるから。もう1人の人も風邪だって言うから」
「そ、そうなんだ……」
「そしたらさ、俺の代わりに行ってくれる人探して行ってもらうから待ってて。な? 俺とのデートは他の日でいいから。マジでごめんな」

 そういうと雅俊は電話を切った。切れたスマホをだらんとして、佇んだ。これでも楽しみにしていたのに……と、絶望した。

「あれ、雪菜?」

 そこに現れたのは、緋奈子だった。

「え、緋奈子。もしかして、雅俊に言われた?」
「え? なんのこと? もしかして、デートだったの?」
「うん。今、ドタキャンされたところ」
「あちゃー。やっちゃったね。まぁ、そういうときもあるよね」
「緋奈子は待ち合わせ?」
「うん。実は……」

 緋奈子は雪菜に耳打ちで話す。

「え!? よりを戻した?! 早くない?」
「だって、やっぱりさ、忘れられないっていうか。もう、今の彼女と別れてって直談判したよ。懇願してさ。言ってみるもんだね。私の推しに負けたのよ」
「えー、すごいね。そういうこともあるんだ。あ、そうか。デートってこと?」
「そういうこと。楽しみで仕方ない」

 にやついた顔を元には戻せない緋奈子。雪菜はうらやましそうに緋奈子と彼氏が待ち合わせ場所に来ると手を振って別れを告げた。

(元さやに戻るってことか。いいなぁ……幸せそう)

 腕を組んでイチャイチャしている2人を見ると何だかみじめになる。自分の左腕をぎゅっとつかんでは下を向いた。誰かがここに来るって雅俊は言っていた。
 もう誰でもいいから今は、心を救ってくれる誰かが来てほしいとさえ思ってしまう。スマホを見てる余裕もなく、下を見つめて待っていると……。目の前に黒い皮靴が見えた。

 まさか、自分じゃないだろうなっと顔を見上げるとそこにはーーー。
 改札の奥の方から発車ベルの音が響いていた。
革靴を見つめて、誰か来たかと顔を見上げると、スーツを来た大人の男性が立っていた。こちらを見て、声を掛けたそうにしている。

「あ、あの……。マッチングアプリで齋藤で登録してる人の代わりで来たんですけど……」

(雅俊のことかな……。齋藤だったから)

「あ、はい。待ち合わせ……。ですよね?」

もう、半ば誰でもいいって思っていた。自分に話しかけてくれてるし、きっと雅俊がお願いした人なんだろうと思い、自然の流れで着いていく。

男性は、頬を赤らめて、可愛いなぁと平気な顔をして
雪菜の隣に近づいて、街中の方へ足を進めた。全く見たことない知らない人。明らかに年上で、お仕事してるのかなと想像しながら、歩いていく。

すると、後ろから、突然、左腕を掴まれた。

「ちょ、何してるの?!」

 まさかの引き留めにまるでスローモーションに
なった感覚だった。ハッと現実を取り戻す。

「え?! なんで?」
「すいません、人違いです。他をあたってください」

 彼は、ぐいっと腕を引っ張って、男性から引き離された。スーツの男性は、寂しそうな顔をして、もう1度、待ち合わせ場所であるステンドグラスに戻っていく。

「……どうしてここに?」

 冷静になって向き合う。

「俺だから。雅俊に頼まれたの。今日、どうしても行ってほしいって言われたから」
「え、でも、なんで。なんで、凛汰郎くんなの?」

なんでの言葉がしつこいくらい連続が続く。

「いいから。行くよ」
 
 雪菜の言葉は聞きもしないで、手を繋いで、先々に進んでいく。なぜか心臓の高鳴りが早くなる。

 さっきまで嫌な気持ちだったのが、わくわくし始めた。

 大きな駅の中の時計の時間は、17時40分は過ぎていた。手を繋いだまま、一歩先に歩く。何も話せない。

「ったく、なんでギリギリの時間の予約なんだよ……。ってかさ、雪菜、知らない人に着いていくなよ!? あれ、明らかに嘘だって。釣りだろ。名前確認しないで連れて行かないだろ、普通」

 額から汗を流しながらブツブツとイライラしながら、凛汰郎は、雪菜に注意する。
 
 危なく、知らない大人に連行されそうになっていた。ギリギリで止めてもらってよかったと安堵した。
 
「ご、ごめんなさい。今日、雅俊が来ないって言うから……。何かどうでも良くなっちゃって。声掛けられて嬉しくなった」
 
 口角が上がってきた。

「危なかったな。来てよかったわ。……悪いけど、予約時間18時らしいから急ぐよ」
「え、あ、うん。わかった」


 2人は久しぶりに隣同士歩いて、お互いにドキドキしていたが、しばらく話もしてなかったのに何だかそわそわとよそよそしい雰囲気だった。


一方、その頃の雅俊は、風邪を引いた代わりにバイトだと、言っていたが、本当は自分自身が風邪を引いて高熱を出していた。

部屋のベッドで横になっては、冷えピタを額に貼って眠っていた。寝返りを打って、スマホを眺める。

(これでよかったんだよな。これで……)

息を荒くして、ラインの既読を確認する。
手からスマホを落とすと、1通のメッセージが来ていた。宛名は【梨沙】から
『風邪大丈夫? お大事にしてね。』
本当のことを話していたのはバイト先の先輩で元カノの梨沙だった。メッセージを見ることをせずに、そのまま眠りについた。



雅俊は、雪菜と凛汰郎にうまい具合に2人が会えるようにセッティングしていた。当日に風邪をひくのは予測してなかったが、前々から考えていた。雪菜との関係性が良くないと感じ始めたときに思いついた。神様が存在するなら、きっと、自分はお家で休んでおけということなんだろう。

最近の雪菜の行動や言動に気持ちが離れてることが
何だか落ち着かなかった。この行動を起こすことによって幾分穏やかになりつつあった。

ライバルである凛汰郎は、なんだかなんだで雅俊とスマホのオンラインゲームはずっとやり続けていた。

そのきっかけで、デートに土壇場で行けなくなったと
約束時間の30分前に言うと最初は面倒になった凛汰郎は、なんとなく、雪菜がかわいそうと思い始めた。

仕方ないから行くしかないと現在に至った。


(なんで汗たくさんかいてるのかな。冬なのに、体冷えないかな)

 雪菜は横にいて、変に凛汰郎の状態が気になった。
汗で体が冷えないようにと自分のしていたマフラーをかけた。ペデストリアンデッキでは、クリスマスツリーのイルミネーションが光っていた。

「あ、なに。どうした?」
「風邪ひいちゃうと思って。汗かいてるから」
「あ、うん。ごめん。んじゃ、借りるわ」
「なんで、汗かいてるの? 走ってきた?」
「……ああ。雅俊のやつ、待ち合わせ時間の30分前に言うから、準備するのと、タクシー乗ってきて、おりてからあそこまで走った……」
「そうだったんだ。電話くれればよかったのに……」
「……そんな余裕なかった。だよな、電話すればよかったんだな。待ち合わせもだけど、予約時間もギリギリなんだよな。定禅寺通りはここから歩くと15分かかるだろ?」

 凛汰郎は、時間に差し迫ることに焦っていた。スマホでマップを開いて徒歩時間を調べている。

「う、うん」

 雪菜は、それどころじゃない。なんで、別れたはずの凛汰郎が今ここにいることの方が気になって仕方ない。歩きながら話す凛汰郎に着いていく。つないでた手が離れた。

「ねぇ」

 早歩きで階段をかけおりる凛汰郎に声をかける。

「え……」
「聞いてもいい?」
「なんで今日、来てくれたの?」

 ハピナ名掛丁に入る前で、一瞬、立ち止まる。
周りは人でごった返してる。そのままいたら、人におされたりしそうだった。気になった凛汰郎は、雪菜を端にひきよせた。

「ずっと待ってるのかわいそうだなって……」

 ポケットに手を突っ込んでは、そっぽを向く。恥ずかしそうだった。

「かわいそうって……。それだけ。」

「……あ。それと、雅俊がかなり推して言ってきたのもあるし。キャンセル料とられるかもしれないからとか何とか……」
「……お金の問題か」
「いやその……。そういうわけじゃないけど」
「別にいいよ。とりあえず行こう。そのレストラン」

 なぜかもやもやした気持ちのまま雪菜は話を終わらせた。さっきまで手をつないでいたのに微妙な距離間で隣にいる。聞かなきゃよかったと後悔する。

 歩行者信号機の青の音が鳴り響く。2人は、沈黙のまま、定禅寺通りをめざした。

 行く先々でイルミネーションが飾られているのに、少しテンションがさがって綺麗に見えなかった。
アーケード内をひたすら進むとところどころでクリスマスセールをやっていた。
今の目的は光のページェントももちろんだったが、予約していたレストランに向かうこと。
予約時間18時ぴったり。今は17時53分。

あと数分で着くかというところ。相変わらず、絶妙な距離を保ちながら雪菜と凛汰郎は先に進む。
前を見ると人だかりができていた。

もちろん、目的は、ケヤキにつけられていたLEDのライト。光のページェントだった。2人は、あまりの輝きに息をのんだ。

そこらへんに飾られているイルミネーションとは違う輝きがあり、圧倒される美しさに人々は魅了されている。
さっきまでテンションがさがっていた雪菜も心がわくわくして、レストランに行くことさえも忘れて、上を見上げながら、ケヤキ通りを歩き始めた。

凛汰郎も同じく、雪菜の後ろを着いて行きながら、光を見つめた。

「知ってる? テレビで言ってたんだけど、このライトの中にピンク色もあるんだって。でもあまり数が少ないから見つけにくいとか
 言ってたけど……あるかな?」

 上を見上げてはキョロキョロとLEDライトを探した。

「あー、見た。その話。見つけるといいことあるんだろ?」
「そうそう。確か……恋叶うとか? ピンクだからかな?」
「……恋ねぇ……」


 人だかりができて、混雑していた。ぶつかりそうになり、慌てて、凛汰郎は、雪菜の手を引っ張った。

「あ、ごめん。ありがとう。上見てて、気づかなかった」
「あ、予約時間。今、18時だ」
「そうだよね。ごめんね。夢中になっちゃった。行こう」
「俺も、気にしてなかった。……で?見つかったの?」
「……教えない」
「ふーん」

 凛汰郎は、雪菜の顔をのぞきながら、お店の方へ足を進めた。雪菜は、少し隣の間隔を狭めて着いていく。幾分、気持ちが落ち着いていた。

「いらっしゃませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「はい。斎藤の名前で18時にお願いしてたんですが……すいません、少し遅刻しました。」
「18時ご予約の斎藤様ですね。お待ちしておりました。大丈夫ですよ。お気になさらず。では、お席にご案内します」

 白いワイシャツと黒いエプロンをつけた店員が優しく案内してくれた。雪菜はドキドキしながら、凛汰郎の後ろを着いていく。案内された席は、光のページェントが見える窓際の特等席だった。いつでも窓から見えて、贅沢な席だった。

 サンタクロースのアロマキャンドルがテーブルに置いてあった。 
 
 お店の中央には、大きなクリスマスツリーが飾られている。お酒を提供している店だったが、高校生のため、ジュースを注文した。いつからか成人は18歳というけれど、お酒とたばこは20歳からだ。それでもまだ高校生でもある。
 時代の流れか……。


「雪菜はソフトドリンクどれにするの?」

 メニュー表を見ては、何にするか考えていた。
 
「えっと……どうしようかな。うーん…。ジンジャーエールにする。凛汰郎くんは?」 
「俺はコーラ」
「そうなんだ。店員さん呼ぶ?」
「いいよ、やるから。すいません」
 
 率先して、注文してくれて助かった。

「コーラとジンジャーエールお願いします」
「かしこまりました。少々、お待ちくださいませ」
 
 店員は、伝票にメモをして、立ち去った。注文を終えて、メニュー表をしまう。

「クリスマスメニューだから結構多く出るみたいなんだ。雪菜、食べられるの? 前菜から5種類だって」
「……うん、たぶん。あまり、こういうところで食べたことないけど」

 話を聞いてるようで聞いてない凛汰郎は、コップに入った水を飲みながら、窓の外をぼんやり見ていた。
 光のページェントが窓に反射してなおさらキラキラ光っている。

「綺麗だな……」

 見とれている凛汰郎を横から見た雪菜は何だかうれしかった。一緒にここに来ると思ってなかった。想像以上にドキドキする。もし、これが、雅俊だったら、こんな思いしたのだろうか。倦怠期で嫌な気持ちが多かった。久しぶりに学校じゃないところで凛汰郎と会って、前に一緒に出掛けたゲームセンターのことを思い出す。ぬいぐるみを取ってくれて楽しかった。
 水を飲みながら、笑みをこぼす。

「何、笑ってるの?」
「……別にぃ。ずっと話してなかったのに急に話すんだなぁと思って、びっくりしてた」
「……そう。その帽子、買ったの?」

 急に話を振られた。

「あ、うん。まぁ、寒くなってきたからと思って」
「可愛いよね。……帽子が」

 その一言を言うとまた外を見る。

「そ、そうだね。《《帽子》》がね」

 頬を膨らませて、帽子を外して、席の横に置いた。

「嘘……。可愛いよ」
「あ、ありがとう」

 急に褒められる。何だか、心の振り幅がエグイ。頬を赤く染める。

「そういや、受験勉強は、大丈夫だったの? 邪魔しちゃ悪いと思って」
「それも、嘘だから。俺、勉強しなくても受かるし」

 頬杖をついてまた外を見る。恥ずかしくなってるようだ。

「は? え? んじゃ、なんで勉強がとかいうの?」
「それは……内緒」

(秘密主義者?!)

 下唇を噛む雪菜。何だかもやもやしてくる。

「今日は、俺の予祝会しよう。大学受かったって前祝ね。クリスマスでもあるけど……。あ、あそこにピンクのライト見つけた」
「え? 前祝? ん? え、どこピンクのライト」
「あそこ」

 窓を指さして、大体の位置を示す。雪菜は全然わからない。体を起こした雪菜の腕を寄せて座らせた。

「いいから、座って」
「……見つからなかった」
「いいんだよ、俺が見つけたから」
「なんで、いいの?」
 
 自然と雪菜の手を両手で触る。

「……雪菜、俺、前に本当は別れようって言ったのずっと嘘ついてた。本当は、別れたくなかった。でも、あの時、雪菜は、雅俊のこと、見てたから諦めていた。でも、もし雪菜がいいなら、俺たちやり直せないかな」

 どっちが優柔不断なんだろう。雪菜なのか。凛汰郎なのか。はたまた雅俊なのか。いや、どれも正解はない。みんな、その時、その時々で相手に思う気持ちが変わっただけ。雪菜にとって今、ここで一緒にいてほっとしたり、ドキドキしたりするのは、凛汰郎だった。これまで雅俊と過ごして、逆に凛汰郎への気持ちが鮮明に大きくあらわれた。
 
「……ありがとう。そう言ってくれてうれしい。何か、ずっと嫌われちゃったのかなって思ってたから。そうじゃなかったんなら……よかった」
 
 涙がホロリと出る。少しくまができている目に流れた涙を指でぬぐってあげた。
 
「本当、ごめんな」

 湿っぽくなったところに次々と前菜からメニューが運び込まれた。グリーンサラダから始まり、仙台牛のサーロインステーキ、かぼちゃのポタージュスープ、花火のついたサンタのブッシュドノエル、トナカイも乗っている。

「美味しそう。いただきます!」

涙を拭って、すぐにえくぼができるくらいの笑顔になった。雪菜の気持ちの切り替えができたようで凛汰郎は安心した。
数ヶ月間、引っかかっていたわだかまりが消えた瞬間だった。

ジェットコースターのように気持ちがアップダウンしていたが、後半ではどうにか一定の高い位置で幸せを噛み締めることができる1日となった。光のページェントの輝きに加えて夜空は快晴でいつもより星と月が綺麗に見えた。
いつもの教室が今日は違って見えた。笑みがこぼれて普通の表情ができない。

幸せすぎると表情って元に戻せないんだ。席に座り、頬杖をつくと、斜め前に座る凛汰郎とバッチリ目があった。
ぱたぱたと軽く手を振られたが、それどころではなく、ニコッと笑いかける
だけで余裕がなかった。顔が耳まで赤くなるのがわかる。

熱があるのかな。照れて照れて、下を向いた。

机がカッターか何かで一本の白い線が引いてあることに気づく。

今までそこまでマジマジと机を見たことがない。
でへへとまたえくぼを出して、笑ってしまう。
こんな感情になるのは初めてだ。

2日前は、雅俊と約束したはずの一足早いクリスマスデートだった。でも、なぜかドタキャンされて、急遽助っ人のように現れたのは凛汰郎だった。それもこれも、雅俊の作戦だったとは、まだ知らなかった雪菜。

しっかりと光のページェントも見て、ケーキも食べて、高級なステーキも食べた。

まさか、そのあとにサプライズがあるとは思わなかった。

それは、雅俊が計画したわけじゃなく、雪菜と凛汰郎で話していて、突然決まった。

前に一緒に見る約束していたレンタルDVDで一緒に映画見ることをやっていなかったと、思い出して、夕飯を食べてから凛汰郎の家で
映画を見ては、そのまま朝まで帰らなかった。

もちろん雪菜の両親には、女友達の家に泊まるという口実を作っていた。

翌日、学校があったが、両親には素知らぬ顔して、朝に具合悪いと嘘ついて、ズル休みして家に帰っていた。

そう言いつつも、母の菜穂は雪菜のことを薄々感づいていて、父の龍弥には絶対ばれないようにごまかしていた。雪菜が帰って来て、菜穂は、とても幸せそうな顔を見ると外泊や嘘をついたことなどどう責めようか、こんなに幸せならいいじゃないかと叱る気にもならなかった。

その日、凛汰郎の父と妹の柚樺はというと、たまたま父の実家にいる祖父が具合悪くして父が呼ばれて外泊していたため、特に問題なかった。凛汰郎は、1人、留守番するようにと言われていた。

花屋は臨時休業になっていた。

2人きりになれる絶好のチャンスだったということだ。

休み時間に、緋奈子が前の席に座って、頬杖をついて、こちらを見た。

「ゆーきな。 ねぇ、朝からなーに? その顔。昨日、休んだのってズル休みっしょ?」
「え? なんでなんで。違うよ。調子悪かったんだって。顔はいつもの顔だよ。どこも変わってないよ」
「絶対いいことあったんだ」
「えぇー?」
「顔にかいてるよぉ」
「どんな?」
「私は幸せですって!」
「……」

 雪菜は、突然、無表情にして、わからないようにしてみる。だが、数分で顔が崩れてまたでれでれになる。

「そっかなー。普通だよぉ」
「さては、やったねぇ? 雅俊くんと?」
「え? ちょっ……」

 雪菜は、緋奈子の口に人差し指をあてた。小声で話し出す。

「もう、雅俊とは付き合ってないよ。まだ言ってないけど!」
「え?! だって、日曜日会ったとき、ドタキャンしたとか何とか……。デートする予定じゃなかったの?」
「そうだけど……。いろいろあって。ここでは話しにくいから。あとでね」
「え、何それ。どういうことよ」

 緋奈子は納得できずに自分の席に戻っていく。チャイムが鳴って、授業が始まろうとしていた。
 凛汰郎は、丸聞こえだった2人の話に呆れた顔でため息をついていた。


◇◇◇


 昼休みのチャイムが鳴った。今日は、雅俊にはっきり言わないといけない日と決めていた。それは、凛汰郎にも了承済だ。
 緋奈子に真実を話すのは置いておいて、お弁当を持っては、いつも雅俊と会う屋上に向かった。

 カザミドリが相も変わらずに右2回か左3回に回っている。
 風が強いのだろうか。混乱しているようだ。


 ベンチに座って、雅俊が来るのを待ちながら、ペットボトルの機能性表示食品の体脂肪を減らすと言われているお茶をぐびぐびと飲んだ。部活をやめてから運動不足であることを体で感じていた。ダイエットしないとと思いながら、お茶にも気を使っていた。
念のため、スマホを見て、ラインも送ってみる。

『屋上に来れたし』
『昔の人?!』

 と返事が来たかと思えば、屋上の扉がガチャリと開いた。

「こっち見てるし。誰だができないっしょ」

 雅俊は不満そうにもう一度扉を閉めてやり直す。雪菜はめんどうだなと思いながら、扉と反対方向に顔を向けた。テイク2が始まった。突然、ドラマの撮影現場かと思ってしまう。抜き足差し足忍び足で、雪菜の後ろ側にまわって「誰だ?」と両目を隠した。

「……これやらなきゃだめ?」
「ちょっと雰囲気でないでしょう?!」
「いやいや、もうわかってるし。意味ないよ」
「まったく、テイク3ね」
「いいから!座って」
「わかったよ、仕方ないなぁ」
 
 雅俊は、ベンチにまたがった。
 
「誰がやるか。ドラマじゃないんだから。NG大賞なら何回でも出れる」
「トロフィもらえるね。すごいじゃん、雪菜」
「もう深堀しなくていいよ。それは」
「んで? なんかあんの? 珍しいじゃん。誘うの」

 雅俊は、お弁当袋からびっくりするくらいのおにぎりを出した。

「ちょっと待って、話進める前にそのおにぎり何? というか、おにぎりなの?」
「これ? 母ちゃんが作ったおにぎらず。美味しいそうでしょう?ツナマヨだよ。珍しいんだよ。料理嫌いの母ちゃんが作ったんだから」
「そっか。でかすぎてツッコミどころありすぎだよ。確かに雅俊のお母さん、料理好きじゃないって言ってたもんね。いつもおっぴばあちゃんかおばあちゃんが作るって話もんね」
「そうそう。俺は、下手でもこうやって作ってくれる母ちゃんの食べるんだ。かわいそうだからね、食べてあげないと」
「親孝行だね。喜ぶよ、お母さん」
「だろ? へへん」

 ぼーっとおにぎらずを食べる雅俊を見つめるが、話さないといけないことを思い出す。

「って、言うか。雅俊!私、言いたいことあって」
「知ってるよ、平澤先輩のことだろ?」
「え、あ。えー--…。うん、そうだけど」
「見くびるなよ。何年、雪菜のこと見て来たと思ってるのさ。お前が何が言いたいかことくらい予想つくっての。わかりやすいからなぁ。本当。心理戦なんてできないっしょ。ポーカーフェイスとか」
「……そ、そんなことないよ。できるし。ほら」

 無表情になってみたが、主旨を脱線させている。

「あんなぁ、そういうことじゃないんだよ。嘘つけないってこと。誰が、無表情になれって言ったんだよ。これだから、雪菜は。困ったちゃんだね。まぁ、それがおもしれぇんだけどさ」
「むむむ……」
「つまりは、お前はもう、俺は眼中にないってことっしょ」
「あ!?」

 目を丸くして驚いている。図星だったことを表してしまっている。

「せめて、少しくらい違うよって言ってほしいけど」
「違う違う」
「もう遅いって。てかさ、ありがたく思ってよ。日曜日のデート。本当は俺、さらさら行く気なかったから。平澤先輩誘ったのも俺だし、風邪ひかなくても、俺じゃなく平澤先輩に行ってもらおうとしてたから」
「え、風邪ってバイト先の人引いたんじゃなかったの? 雅俊が風邪ひいたの?」
「あ、やべ。ばれた。言っちゃった」
「えー? どういうこと? 大丈夫だったの?」
「うん、まぁ、平気。ただの風邪だし。知恵熱ってやつかもしんないけどな」
「ふーん」
「って言いながら、そんなに心配してないっしょ」
「うん、ごめん。雅俊は不死身だと思ってるから」
「おい。俺も人間だぞ」
「はいはい。え、なに。ってことは、私たちは雅俊プロデュースのデートしたってことなの?」
「おう。そうなるな。名称があるとするならば、俺はプロデューサーか。かっこいいな」
「……なんか、おもしろくない」
「なんでよ? いいじゃん。どうせ俺といてもそこまで盛り上がらないわけだし。結局俺の単方向の想いだったわけでしょう。理想は双方向だけど」
「両想いってことね。雅俊は好きだけど、恋愛の好きじゃない気がする」
「ラブじゃなくてライク?」
「英語でいえば、そうなのか。ごめんね。でも結局はお隣さんだから。これからもライクな関係でよろしくね」
「別にいいよ。大体学校で会う回数も減ってたしさ。歴代で2位の交際記録ね。1か月半だから」
「2位で長い方なんだ。1位は梨沙さんでしょう」
「……うん。そだね」

 急にシリアスになる雅俊。雪菜は、何となく、考えてることが分かった気がした。東の空には雲から雲に虹が綺麗に出ていた。これからいいことがありそうだ。