白い雲がゆっくりと空を流れていた。
ところどころに灰色の雲もあったが、雨を降らせるつもりがないが、魔女が魔法をかけたような形になっている。
今日も、高気圧の影響で気温が上昇している。学校の近くには、雑木林が多い茂っている。必死でこれでもかとミンミンゼミが秋になろうとしてるのに鳴いている。
残暑は厳しいようだ。
学校のとある教室では、数学の授業が行われていた。
うちわやセンス、下敷きで仰ぐ生徒がいた。
エアコンがついているが、換気をしながらだからか
全然涼しくないようだ。先生は黒板に問題文を書き、教科書を左手に持った。
前から三列目、窓から二列目に座る杉浦美琴《すぎうらみこと》は、頬杖をついた。
少し離れたところから見える数学担当の白狼龍弥の授業はそっちのけで頭のてっぺんからつま先まで見ていた。
今日の髪型はワックスで固めたのか寝癖はついていない。群青色のフレームメガネをつけている。白いワイシャツのシワは丁寧にアイロンされたんだろう。奥さんにやってもらったのか。ネクタイは青のチェック柄だった。教科書を持つ左手の薬指には、結婚指輪がきらりと光る。ズボンは黒のスラックス。これにも綺麗にアイロンされている。
美琴は、ため息をついた。
ぼんやりしていた為か、先生がこちらに近づいてきた。
ポスッと、頭に教科書が当たる。
「杉浦、今の問題、前に出て解いてみろ」
「え?! 私?」
「今、ぼーーっとしてただろ」
「……そうですけど。解けばいいんですよね」
美琴は、仕方なく、立ち上がり、黒板に書かれた問題の答えをスラスラと解いた。チョークの置く音が響く。
「はい、正解。この問題、テストに出るからな。やり方覚えておくように」
美琴は席に着いて、履いていたスカートと首に着いているリボンを整えた。好きな先生の教科は成績が良くなるって言うのは、高校生の時だけだろうか。
美琴は極端に90点代で数学だけ点数が良かった。チャイムが鳴った。
「今日の授業はここまで」
「起立、注目、礼」
日直が号令をかけた。
授業終わりに出席簿と教科書を整えて職員室に戻ろうとした時、教室の出口で足止めをくらう。
「先生、私、成績いいんですから、指名するのやめてもらえますか?」
「おいおい、随分と鼻高々だなぁ。指名したのは、成績の問題じゃないよ。授業態度の話な」
右手でポンポンと頭を触れて、立ち去ろうとする。
「ちゃんと、話、聞いてましたから!」
「いや、話聞かないで、よそ見してた」
「え?」
「俺をジロジロ見過ぎだ。授業に関係ないだろ。」
「……すいません」
(バレてた……)
「あ、小林! 4時間目のホームルームは読書の時間ってことになってるから図書室行ってクラス人数分取りに行ってな」
「え、なんで?! 俺?」
「お前、学級委員じゃないの?」
「先生、僕です。小川です」
「あ、そうだった。ごめん。んじゃ、小川、よろしくな」
「先生、勘弁してくださいよぉ。小林と小川って全然違いますよ。漢字の《《小》》だけしか合ってないっすよ」
「すまんすまん。間違いもあるだろ。人間なんだから。それより、小林、ちゃんと勉強してるか?この間の数学のテスト……見てられない点数だったぞ」
「えー、そういうのは覚えてるんですね。忘れてくださいよ」
「ハハハ……」
廊下を笑いながら、立ち去っていく先生の後ろ姿を眺めていた。
生徒たちからは評判が良く、親身になって相談にも乗ってくれる優しい先生だった。
美琴はそんな先生が好きだった。でも既婚者ということも知ってるし、手の届かない存在っていうもわかる。
片思いでも良いから、一瞬でも、自分のことを見てほしい気持ちがあった。
叶わない恋。寂しくて切なくて、それでも好きな気持ちは消えなくて、ため息が出ない日はない。
どうして、好きになってはいけない人を好きになってしまったんだろう。
「美琴? 今日は、お昼休みに購買部行く?」
友人の白井美優《しらいみゆ》が美琴のそばに寄って話しかけてきた。
「美優は、好きな人いないの?」
「え、なに、突然だね。そうだなぁ、このクラスにはいないことは確かだよ。大きい声では言えないけどもっさい人ばかりじゃん。」
小声で話す美優にクスッと笑う美琴。
「そういう美琴はいるの? 好きな人。」
「うん。ずっと、片思いだと思う。」
「え、なんで?」
「強力なライバルだから無理かなぁって」
「ん? なにそれ。彼女いる人ってこと?」
「それは、秘密。それより美優、次の授業は化学だから、移動教室だよ」
「秘密ってなにそれ。気になるじゃない。化学? ちょっと待って、教科書持ってくるから」
美琴と美優は、教科書とノート、筆箱を持って化学室へ移動するため、廊下を出た。
****
「おはようございます」
「紗矢ちゃん、おはよう。今朝は起きれたよ」
「そうですね。良かったです。いつもこれくらいで来てくださいよ」
弓道場には、部員たちが朝練習に全員参加していた。 もちろん、副部長の凛汰郎の姿もあった。お辞儀をして、立ち去る。何か言いたそうだったが、通り過ぎていった。
「凛汰郎くん、ちょっと待って。えっと、まず、おはようございます。」
雪菜は思い切って話しかけてみた。
「……おはようございます」
小声で返答してくれた。
「あの……。今まで、朝練習に遅刻ばかりしてごめんなさい。部長という役割を担っていながら、しっかりしていなくて申し訳ないです」
「いえ……。俺なら、できますし。大丈夫です」
素っ気ない返事で少しがっかりする雪菜。言葉は少ないが、目はギラギラと睨んでいた。
「いや、本当にごめんなさい」
「……すいません、そんなに謝るなら、部長代わりますか?」
「え!?」
「いやなら、代わりますけど」
「あ、それは、できません。ごめんなさい。やります。やらせていただきます。よろしくお願いします。」
「そうですか。んじゃ……」
凛汰郎は、ボソッとつぶやくとそのまま練習を再開させていた。雪菜は、何となく怖くなって、涙が出てきた。物言わぬ、凛汰郎の圧力がヒシヒシと伝わってきた。
雪菜は、弓道場の外に駆け出した。
「先輩、どうしたんですか?」
紗矢が心配して、追いかけた。
「ごめん……紗矢ちゃん。私、凛汰郎くんに怒られた……」
出入り口の扉の近くでしゃがんで、顔を覆った。
紗矢は、雪菜の背中を撫でた。
「大丈夫ですよ。先輩、怖がりすぎですよ。平澤先輩は、部長の仕事大変だと思って、代わりにやるって言ってくれてるんですよ。多分、手伝うとかサポートするのは苦手って言っていたので、自分なら全部任せられるならやるんだけどって小声で呟いてました」
「……え、そうなの?だって、いつも私のこと睨みつけてくるよ。さっきも」
「うまく言えない人だと思うんですけどね。お2人とも会話しなすぎなんですよ。全く……。ほら、起きて。せっかく早く来たんですから、練習しましょう」
「……うん」
戻ろうとすると凛汰郎が腕組みして待っていた。
「白狼、今日は帰った方、良いじゃないの?」
「え……」
紗矢は横から小声で
「先輩、平澤先輩は、大丈夫かって心配してるんですよ。帰れってことじゃないです」
「あ、そうなの??」
小声で受け答えする。
「凛汰郎くん、私は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
「……」
鼻息を荒くして、元の位置に戻って弓と矢を持って、練習を開始した。練習をしていたはずなのに、雪菜を心配して中断してまで、待っていたようだ。
その様子を見て、何だかホッと、安心した。嫌われていての睨みつけなわけじゃないことに安堵した。好きな気持ちがあるはずなのに、実際会話すると嫌われているんじゃないかと思ってしまう。
紗矢の言うとおり、会話をしてないから相手の思いがわからないのかもしれない。後輩ながら、ものすごく尊敬してしまう。
雪菜は黙想をして、今日、一回目の矢を放った。やっぱり、邪念が多いことと集中力が途切れているせいか的には当たらなかった。
ところどころに灰色の雲もあったが、雨を降らせるつもりがないが、魔女が魔法をかけたような形になっている。
今日も、高気圧の影響で気温が上昇している。学校の近くには、雑木林が多い茂っている。必死でこれでもかとミンミンゼミが秋になろうとしてるのに鳴いている。
残暑は厳しいようだ。
学校のとある教室では、数学の授業が行われていた。
うちわやセンス、下敷きで仰ぐ生徒がいた。
エアコンがついているが、換気をしながらだからか
全然涼しくないようだ。先生は黒板に問題文を書き、教科書を左手に持った。
前から三列目、窓から二列目に座る杉浦美琴《すぎうらみこと》は、頬杖をついた。
少し離れたところから見える数学担当の白狼龍弥の授業はそっちのけで頭のてっぺんからつま先まで見ていた。
今日の髪型はワックスで固めたのか寝癖はついていない。群青色のフレームメガネをつけている。白いワイシャツのシワは丁寧にアイロンされたんだろう。奥さんにやってもらったのか。ネクタイは青のチェック柄だった。教科書を持つ左手の薬指には、結婚指輪がきらりと光る。ズボンは黒のスラックス。これにも綺麗にアイロンされている。
美琴は、ため息をついた。
ぼんやりしていた為か、先生がこちらに近づいてきた。
ポスッと、頭に教科書が当たる。
「杉浦、今の問題、前に出て解いてみろ」
「え?! 私?」
「今、ぼーーっとしてただろ」
「……そうですけど。解けばいいんですよね」
美琴は、仕方なく、立ち上がり、黒板に書かれた問題の答えをスラスラと解いた。チョークの置く音が響く。
「はい、正解。この問題、テストに出るからな。やり方覚えておくように」
美琴は席に着いて、履いていたスカートと首に着いているリボンを整えた。好きな先生の教科は成績が良くなるって言うのは、高校生の時だけだろうか。
美琴は極端に90点代で数学だけ点数が良かった。チャイムが鳴った。
「今日の授業はここまで」
「起立、注目、礼」
日直が号令をかけた。
授業終わりに出席簿と教科書を整えて職員室に戻ろうとした時、教室の出口で足止めをくらう。
「先生、私、成績いいんですから、指名するのやめてもらえますか?」
「おいおい、随分と鼻高々だなぁ。指名したのは、成績の問題じゃないよ。授業態度の話な」
右手でポンポンと頭を触れて、立ち去ろうとする。
「ちゃんと、話、聞いてましたから!」
「いや、話聞かないで、よそ見してた」
「え?」
「俺をジロジロ見過ぎだ。授業に関係ないだろ。」
「……すいません」
(バレてた……)
「あ、小林! 4時間目のホームルームは読書の時間ってことになってるから図書室行ってクラス人数分取りに行ってな」
「え、なんで?! 俺?」
「お前、学級委員じゃないの?」
「先生、僕です。小川です」
「あ、そうだった。ごめん。んじゃ、小川、よろしくな」
「先生、勘弁してくださいよぉ。小林と小川って全然違いますよ。漢字の《《小》》だけしか合ってないっすよ」
「すまんすまん。間違いもあるだろ。人間なんだから。それより、小林、ちゃんと勉強してるか?この間の数学のテスト……見てられない点数だったぞ」
「えー、そういうのは覚えてるんですね。忘れてくださいよ」
「ハハハ……」
廊下を笑いながら、立ち去っていく先生の後ろ姿を眺めていた。
生徒たちからは評判が良く、親身になって相談にも乗ってくれる優しい先生だった。
美琴はそんな先生が好きだった。でも既婚者ということも知ってるし、手の届かない存在っていうもわかる。
片思いでも良いから、一瞬でも、自分のことを見てほしい気持ちがあった。
叶わない恋。寂しくて切なくて、それでも好きな気持ちは消えなくて、ため息が出ない日はない。
どうして、好きになってはいけない人を好きになってしまったんだろう。
「美琴? 今日は、お昼休みに購買部行く?」
友人の白井美優《しらいみゆ》が美琴のそばに寄って話しかけてきた。
「美優は、好きな人いないの?」
「え、なに、突然だね。そうだなぁ、このクラスにはいないことは確かだよ。大きい声では言えないけどもっさい人ばかりじゃん。」
小声で話す美優にクスッと笑う美琴。
「そういう美琴はいるの? 好きな人。」
「うん。ずっと、片思いだと思う。」
「え、なんで?」
「強力なライバルだから無理かなぁって」
「ん? なにそれ。彼女いる人ってこと?」
「それは、秘密。それより美優、次の授業は化学だから、移動教室だよ」
「秘密ってなにそれ。気になるじゃない。化学? ちょっと待って、教科書持ってくるから」
美琴と美優は、教科書とノート、筆箱を持って化学室へ移動するため、廊下を出た。
****
「おはようございます」
「紗矢ちゃん、おはよう。今朝は起きれたよ」
「そうですね。良かったです。いつもこれくらいで来てくださいよ」
弓道場には、部員たちが朝練習に全員参加していた。 もちろん、副部長の凛汰郎の姿もあった。お辞儀をして、立ち去る。何か言いたそうだったが、通り過ぎていった。
「凛汰郎くん、ちょっと待って。えっと、まず、おはようございます。」
雪菜は思い切って話しかけてみた。
「……おはようございます」
小声で返答してくれた。
「あの……。今まで、朝練習に遅刻ばかりしてごめんなさい。部長という役割を担っていながら、しっかりしていなくて申し訳ないです」
「いえ……。俺なら、できますし。大丈夫です」
素っ気ない返事で少しがっかりする雪菜。言葉は少ないが、目はギラギラと睨んでいた。
「いや、本当にごめんなさい」
「……すいません、そんなに謝るなら、部長代わりますか?」
「え!?」
「いやなら、代わりますけど」
「あ、それは、できません。ごめんなさい。やります。やらせていただきます。よろしくお願いします。」
「そうですか。んじゃ……」
凛汰郎は、ボソッとつぶやくとそのまま練習を再開させていた。雪菜は、何となく怖くなって、涙が出てきた。物言わぬ、凛汰郎の圧力がヒシヒシと伝わってきた。
雪菜は、弓道場の外に駆け出した。
「先輩、どうしたんですか?」
紗矢が心配して、追いかけた。
「ごめん……紗矢ちゃん。私、凛汰郎くんに怒られた……」
出入り口の扉の近くでしゃがんで、顔を覆った。
紗矢は、雪菜の背中を撫でた。
「大丈夫ですよ。先輩、怖がりすぎですよ。平澤先輩は、部長の仕事大変だと思って、代わりにやるって言ってくれてるんですよ。多分、手伝うとかサポートするのは苦手って言っていたので、自分なら全部任せられるならやるんだけどって小声で呟いてました」
「……え、そうなの?だって、いつも私のこと睨みつけてくるよ。さっきも」
「うまく言えない人だと思うんですけどね。お2人とも会話しなすぎなんですよ。全く……。ほら、起きて。せっかく早く来たんですから、練習しましょう」
「……うん」
戻ろうとすると凛汰郎が腕組みして待っていた。
「白狼、今日は帰った方、良いじゃないの?」
「え……」
紗矢は横から小声で
「先輩、平澤先輩は、大丈夫かって心配してるんですよ。帰れってことじゃないです」
「あ、そうなの??」
小声で受け答えする。
「凛汰郎くん、私は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」
「……」
鼻息を荒くして、元の位置に戻って弓と矢を持って、練習を開始した。練習をしていたはずなのに、雪菜を心配して中断してまで、待っていたようだ。
その様子を見て、何だかホッと、安心した。嫌われていての睨みつけなわけじゃないことに安堵した。好きな気持ちがあるはずなのに、実際会話すると嫌われているんじゃないかと思ってしまう。
紗矢の言うとおり、会話をしてないから相手の思いがわからないのかもしれない。後輩ながら、ものすごく尊敬してしまう。
雪菜は黙想をして、今日、一回目の矢を放った。やっぱり、邪念が多いことと集中力が途切れているせいか的には当たらなかった。