「ゆーきな。今日の放課後、暇?」

 雅俊が、校舎に向かう途中、校門の抜けた坂道で後ろから雪菜に声をかけた。左肩にバックを左手で乗せていた。

「え、なんで?」
「だって、今日午前授業で、
 午後は部活も休みっしょ?」
「そうだっけ?」

 そっけない態度をとる雪菜。軽いノリの雅俊には、あまり深入りしないようにした方がいいと同級生からのアドバイスを真に受けていた。

「雪菜、おはよう。今日のテスト、私、自信ないんだよね。勉強してきた?」
「おはよう。緋奈子。全然、してないよ」
「何よぉ。そうやって、いつも雪菜点数高いじゃん。勉強してない詐欺しないでよぉ」
 
 緋奈子は、雪菜を左腕で軽く体当たりした。

「えー。そうかな。大丈夫だよ。緋奈子なら。ね?」
「え、待って。俺の話はどうなった?」
「あ、ごめん。雅俊くんいたの? 2年の後輩くんは、混ざれない話だよ? 君、彼女いるくせに、 こんなところで油売ってて大丈夫?」

 緋奈子はぐさっと弓矢のように話しかけた。親友を守りたい一心だ。

「え!? どうしてそれを……。彼女って、あれは……」
「雅俊くん?! 何してるの? 浮気しないでって言ってるじゃん。彼女になったんだから、放っておかないでよ?」
「あ、あ、あ……」

 彼女と言われる2年の女子は、雅俊をずるずると引きずって連れていく。雅俊の目から涙が溢れ出てきている。不本意のようだ。

「なんだ、ちゃんといるじゃん。彼女」

 雪菜はほっと安心する。

「雪菜、早く、教室行こう」
「うん」

 緋奈子に腕をつかまれて、昇降口に向かっていく。雅俊は両踵をひきずりながら、進んで行く。彼女と言われる笹川マリンは、
 有無も言わせず、雅俊を連れまわしている。雅俊ファンクラブから見事選ばれた子だけあって、見た目はものすごく美人で、
 お人形のようにまつ毛は長く、髪はサラサラセミロング。肌は白雪姫のように白い。ただ、性格に難ありといったところだ。一緒にいれば、美男美女で申し分ないのだが……。

「ごめん、笹川さん。俺、ちょっとトイレに行きたいんだけど」
「あ、ごめんなさい。さすがに彼女ともいえど、トイレの中までは入れないわよね」

 雅俊は、そう言いながら、逃げ出すタイミングを見計らっていた。

「うん、大丈夫。んじゃ、ほら、予鈴のチャイムも鳴ってるし、教室、行った方いいよ?」
「あ、そうね。ありがとう。んじゃ、休み時間にね」

 同級生で隣のクラス。フラッシュモブのごとく、告白されて、断りづらい中で、イエスと言ってしまってから3日目。いつ、別れを切りだそうかを考えていた。
 
 その彼女に追いかけまわされてるのを見ていた凛汰郎が、雅俊の横を通り過ぎると、にやりと笑っていた。

「な?!」

 その笑みを見た瞬間に怒りがこみ上げる雅俊だった。


 ◇◇◇


 3年の雪菜のクラスでは今日の分の授業が終了した。チャイムが響く。ガタガタと机といすの音が鳴る。生徒たちは放課後になり、ざわざわし始めた。すると、雪菜は机にバックを置いたところで目の前に凛汰郎が近づいてきた。

「昨日は……どうも」
「あ、うん。こちらこそ」
「……あのさ、弓道部の引退セレモニーなんだけど」
「あ、そのこと?」
「うん。それ、出るから」
「あ、うん。そうだよね。苦手だって言ってたし、無理しないで。……え?ごめん、出るの?」

 凛汰郎はほくそ笑んだ。

「ああ」
「そっか。後輩たちも喜ぶよ。せっかく準備してくれてるわけだし。考え変わってくれてよかった」
「……行く意味あるかなっと思って。」
「?」

 本当は卒業まで残り少ない雪菜との時間を少しでも長く過ごしたかったからなんて本当のことは言えなかった。にこっと見つめ合って笑った。

「それ、つけてたんだな」

 狼のぬいぐるみがバックの横で揺れていた。

「あ、うん。ありがたくつけてたよ」

 手のひらに狼の足を乗せた。いつもそんなに笑わない凛汰郎が笑顔を見せた。

「え、何、何? 2人はそういう関係なの?」

 ずっと近くの席からしゃがんでかくれんぼするように様子を伺っていた緋奈子。

「え、なんのこと?」

 頬を赤らめて、逃げるように教室を出ようとする雪菜。凛汰郎は、何かを言いかけた。

「どうなのよ」
「なんでもないよぉ」

 緋奈子と雪菜が絡んでいると、凛汰郎が後ろを追いかけた。

「白狼!」
「あ、ごめん。話終わってなかった?」
「……いや、その引退セレモニーの後、予定なかったら、開けててほしい。」
「えっと、今のところ、何もなかったよ。わかった。覚えておくから。んじゃ、明後日だね」
「ああ」

 手を軽く上げて、別れを告げる。階段の踊り場で出るタイミングを失っていた雅俊が、壁を背中にして
 左足を軽くあげてつけていた。ポケットに手をつっこんで聞いていた。

(明後日か……)


「雪菜、平澤くんとの関係詳しく教えてよ」
「なんでもないってば」

 緋奈子には、本当のことは言ってない。まだ言えない。自信が持てない。まだ告白だってしてないし、されてもない。何か進展があったら、話そうと決めていた。雅俊が近くにいることも知らずに雪菜、緋奈子、凛汰郎は階段をかけおりていく。教室から続く廊下から階段は放課後だけあって帰る生徒たちで混み合っていた。