ざわざわとにぎわう駅前のステンドグラス。改札口を抜けてすぐにドキドキしながら、辺りを見渡した。よくよく考えてみると、凛汰郎と待ち合わせしてる時点でこれはデートというやつではないでしょうかと変に意識して顔を下に向けたまま、カーキ色のカジュアルスエットパーカーの袖口に口を隠して、待っていた。いつもよりおしゃれを気にして、黒のスキニーパンツと紐付きのスニーカーを履いていた。学校では制服やジャージ、弓道着しか着ていない。私服姿なんて見られたことがない。
想像以上に緊張度がマックスになって、頭から煙が出そうになった。
凛汰郎は、コードありイヤホンを外し改札を抜けて、待ち合わせ場所のステンドグラスを見渡したが、
それらしい人がいなかった。制服じゃない私服姿を見たことがないのを思い出す。
雪菜はポニーテールではない違う髪型のおだんご結びをしていた。近くにいるが、お互い気づいていない。
凛汰郎はというと、黒のチェスターコートと白いニット、黒のスキニーパンツ、黒の革靴を履いていて、高校生には見えなかった。
とりあえず、待ってみようと、佇んでいると知らない女の人に声をかけられたりして困っていた。
ざわざわしている方に、雪菜は野次馬のように目がいってしまう。
目をこられて、見つめると、私服姿の凛汰郎が、大人っぽい女性にナンパされているのが見えた。超絶恥ずかしくなって、その場から逃げ出した。いつもの雪菜から気軽に話しかけるのに今日は違っていた。私服だからか。学校ではないからか。いつもの調子が出ていない。こんなに意識して男子と話したことないのに。
歩幅を大きく、デパートに続く連絡通路を歩き出した。ななめにかけていたショルダーバックの皮ひもを強く握りしめる。
(もう逃げ出したい。何だか自分がみじめになる。もう遠くにいこう)
誰にも声を掛けられない嫉妬してるのかこの状況に耐えられないかわからない。
「おい!」
走って追いかけてきた凛汰郎が、雪菜の左腕をつかんだ。
はっと気づき、足がとまったまま、振り向かない。
「髪型、いつもと違うから気づかなかった」
「……声かけられてたから話しにくかった」
「え、さっき見てたんなら、声かけろよ」
凛汰郎は、頭をかきあげた。雪菜は横目で確認する。学校の印象とまるで違っていた。あんなに人を寄せ付けないオーラを
発しているのに、外出ると、雅俊となんら変わりない雰囲気。ちょっと浮いている。
本当はこれが平澤凛汰郎なのか。一歩雪菜の前に進んで指をさす。
「雑貨屋でいいんだろう。あの黄色い看板のところ? それとも家電量販店」
気合い入れて今日の服を決めてきていた凛汰郎。いつもは半そで短パンに長袖にジーンズで済ませている。今日のために新調していた。
「雑貨屋でいいよ」
雪菜は気持ちを切り替えて、凛汰郎を通り越し、出口方向へと先に進む。後を追いかけて、雪菜の横に移動をした。こんなに近くで歩くのは初めてだった。通行人が行きかう中、雑貨屋に向かう。2人ともどこかぎこちなく、ドキドキして。まともな会話ができていなかった。この調子で2人の初めてのデートが始まった。
後ろを気にせずにペデストリアンデッキを歩いて行く。
目的地の雑貨屋デパートの入口に着いてもなお、後ろを向かずにさっさと、エスカレーターを登っていく。
声をかけてとめようとするが、雪菜はあきらめて、そのまま一人歩いて行く。
ハッと後ろを振り向いた凛汰郎は、雪菜がいないことに気づく。
まったく知らない女性が下の段のエスカレーターに乗っていた。
小さなため息をついて、3階の踊り場で待っていた。
雪菜は、下を向いたまま、3階におりる。
声をかけるのも恥ずかしさがあった。
「……悪かった」
顔を横にして、雪菜はふくれっ面になっていた。
「迷子になったら困るから、こうしておこう」
凛汰郎は、雪菜の右手を自分の左手でつかんで、さらに上の5階フロアに向かった。この瞬間が初めて手をつなぐのが
初めてだった。無意識に手をつないでる。凛汰郎は雪菜を子どもかのように保護者目線で対応をしていた。
雪菜はそんなふうに思われているなんて思いもしていない。
でも、目的地って一体どこだったのか。
頭が働かなくなっていた。
つないだ手が想像よりも骨骨していて、細い指ひとつひとつが暖かいことになんだか、胸がどきどきと気持ちもホクホクしていた。手汗がかいてないかも気になる。
「あのさ、ここでいい? ついでに見ていきたいんだけど」
凛汰郎は、音楽フロアコーナーを指さした。せっかく手をつないでいたのが急に離れて寂しくなった。
「……あ、えっと、うん。あれ、そういや、なんでここに来たんだっけ」
「これ」
凛汰郎は、自分の耳を指さして、アピールする。
「あ!! ワイヤレスイヤホンだよね。その節は、本当にごめんなさい」
何度も謝る雪菜は、申し訳なさそうに顔を上げてとジェスチャーする。
「選ぶから、見てよ」
「うん。わかった」
2人は、縦並びに店の中に入って行った。イヤホンコーナーでは、ワイヤレスイヤホンとコード付きイヤホンといろんな種類のものがあった。
「これいいかもなぁ……」
商品を手に取り、雪菜に見せる。
「え?!! それはちょっと……。いくら弁償するって言っても高すぎるよ……」
凛汰郎は反応を見たかったようで、わざとお高いワイヤレスイヤホンを出して見せた。金額は10950円と書かれている。
「嘘に決まってるだろ」
「え……」
舌をペロッと出す。
「これで勘弁してやる」
高いイヤホンの隣にあった3000円相当のワイヤレスイヤホンをぽいっと雪菜の両手に渡した。
ほっと一安心した半面、凛汰郎にこんな茶目っ気あったかなと信じられなかった。
いつも部活では終始真面目な様子で、違ったいじわるのされ方していたのに、前と違う性格にどぎまぎしていた。
「ちなみにこれより安い商品は、コードつきイヤホンだよね」
「一番安くてその金額が相場だよ。俺が前買ったワイヤレスイヤホンはそれくらいの値段」
「そうなんだね。私が壊してしまったんだから、仕方ない。しっかりと弁償させていだたきます」
「ああ」
腕を組んでうなずいた。雪菜は凛汰郎から渡された商品をレジカウンターに持って行った。
本当は壊したものを買ってもらうつもりなんてさらさらなかった。会う口実ができていたため、本来の思いと違う行動をしていた。私服姿で雪菜に会うことは今までなかったため、興味本位もある。
申し訳ない気持ちを解消するために凛汰郎は何かを企んでいた。
「こちらをお受け取りください」
「あ、どうも」
無事、雪菜が買ったイヤホンは、凛汰郎の手に渡った。
「これで任務完了だね。よかった」
雪菜は胸をなでおろした。
「これで許したとは言ってないけどな」
「え?どういうこと」
目を丸くする雪菜。
「ちょっと、来てほしいんだけど」
また迷子になると心配した凛汰郎は自然に手をつないでいた。拒否する理由も見つからない雪菜は言う通りに着いて行った。
不意うちにまた手をつながられた雪菜はドキドキしながら、後を着いていく。何も断ることができなかった。
でもどうしても手を離さなければいけないことが起きた。
「ごめん、凛汰郎くん。トイレに行ってきてもいいかな」
いきなりパッと手を離す。急に進行方向を切ったハンドルみたいにポケットに手を入れている。
「ああ、どうぞ」
「ごめんね。すぐ戻るから」
雪菜は、エレベーター近くの女子トイレに駆け出した。手持ち無沙汰になった凛汰郎はキーホルダー雑貨が並ぶ商品を
眺めては何かを閃いて、レジカウンターに持って行った。無表情だった顔が笑顔になっていく。トイレの鏡を見つめ、深呼吸をした。いくつ心臓があっても足りないくらい鼓動が早かった。
(イヤホンを買って終わりだと思ってた……。一緒にいて大丈夫なのかな。嫌いじゃないとは言ってたけど、好きではないだろうなぁ)
バックに入れていたハンカチでぬれた手を拭いた。トイレの通路から、お店の方に行くと凛汰郎が待っていた場所にいなかった。どこに行ったんだろうと辺りを探す。どこにもいなかった。雪菜が探してた頃、凛汰郎は、レジカウンターで商品のラッピングを頼んで待っていた。雪菜はスマホを取り出し、初めて、凛汰郎に電話をかける。無意識だった。ポケットに入れていたスマホのバイブがなる。気づいて、すぐに電話に出た。
「もしもし……」
『凛汰郎くん、今どこ? トイレから出たところなんだけど……』
いつも通りの会話ができていた。
「あー-、もうすぐ終わるからそこで待ってて」
凛汰郎は、雑貨スタッフからラッピングされた商品を電話をしながら受け取った。スタッフより雪菜を優先していた。待たせるのは悪いと駆け出して、さっきのトイレの前に行った。
雪菜は、壁を背にスマホをポチポチと触っていた。誰からかラインが来ていた。凛汰郎は、ラインの相手に嫉妬した。今、雪菜と一緒にいても、まだ心はつながっていないんだろうなと思っていた。声をかける前に雪菜が先に気づいた。
「あ、凛汰郎くん。もう、どこに行ったのか心配したよ。迷子になるのはそっちじゃない?」
「……迷子じゃないよ。これ買ってたから」
手に持っていたピンクのかわいいラッピング袋を見せた。
「誰かにプレゼント?」
自分へのものじゃないとすぐに解釈する雪菜。凛汰郎は袋を雪菜に押し付けた。
「今日のお礼」
「え? なんで? 弁償するのは私の方だしお礼なんて、いらないよ」
「バックに付いてたクマ、壊れてただろ」
「そ、そうだけど……」
「ほかに渡すやついないから。ん!」
恥ずかしそうに顔を向こう側で手だけ雪菜に伸ばした。
「あ、あー、ありがとう。開けてもいい?」
静かにうなずく。雪菜は袋から商品を出すと、中からいつも持っているクマとは全然違っていたが、同じ大きさの可愛いグレーの狼のぬいぐるみだった。ボールチェーンがついていて、バックにつけられるものだった。
「可愛いね……何か凛汰郎くんみたい。クマじゃないけど」
雪菜はずっとぬいぐるみをぐるぐるとまわして見つめた。
「え、嘘。クマじゃないの? クマだと思って買ったつもり……。ちょっと買いなおしてくる」
「別に、いいよ。これで。選んでくれたんでしょう。大丈夫だから。可愛いし、クマじゃなくても。凛汰郎くんにそっくりだから、
むしろこれで」
雪菜は、凛汰郎の顔の横にぬいぐるみを垂らしてみた。くすくすと笑う。
「俺にそっくりってどういう意味だよ」
「そのままだよ。ねぇ、それより、あとどこに行くの?」
「……何かわけわかんないけど。アーケード行こうかと思ってて」
「そうなんだね。んじゃ、行こうよ。あっちから行く?」
雪菜は、自然と凛汰郎の腕をつかんで、出入り口に進んだ。凛汰郎は頬の端っこを少し赤くして、言われるまま着いていく。ペデストリアンデッキでは、男性がストリートスナップをモデルさんのようなスタイルの良い女性をパシャパシャと撮っていた。通行人がちらほらと通りかかったが、少し恥ずかしくなって、歩幅を縮めた。
駅周辺でデートするのは初めてのことで緊張しっぱなしの2人だった。下の交差点ではクラクションが鳴り響いている。
横断歩道で信号機の音が鳴った。たくさんの人が反対側の商店街に移動している。
遠くの方で救急車のサイレンが鳴っている。雪菜と凛汰郎は、いつの間にか数センチ離れて歩いている。
手をつないでいない。
この微妙な距離感。周りにたくさんの人がいる。見られるのが恥ずかしい方が勝っている。
目的地がわからずにただ、凛汰郎の後ろでアーケード商店街を歩いている。
ふと、気が付くと、凛汰郎が、雪菜の方を見て、右側の店を指さして誘導した。
「え、ここ?」
キラキラと光りガチャガチャと音が鳴る。目の前には、大きな可愛いぬいぐるみがガラスケースの中に入っていた。
お金を入れずにボタンを押してみる。何もならないのはわかっていたが、突然、音楽が鳴る。
凛汰郎が100円玉を入れた。
「1回やってみなよ」
「え?! これ、どこ狙えばいいの?」
「このぬいぐるみの脇にアーム寄せれば取れるかもしれない」
UFOキャッチャーの機械を右から横からのぞいてどこを狙うかを吟味した。
今のゲーム機械は進化していて、確率機でアームが緩くなったり、きつくなったりと変則的に力が変わる。それが運良ければ、少額でとれることもある。のめりこみすぎると散財してしまう。
「……無理だぁ。取れなかった。つかんだと思ったら、すり抜けたよ」
「俺、やるよ」
凛汰郎は、両替してきたばかりのお金を一気に500円入れて、回数を増やした。この機械は100円で1プレイだったが、500円入れると6回できるお得になるものだった。
右から左からといろいろ試しては、最後の6回目にタグに見事に引っ掛かり、景品出口まで落ちてきた。
「よっしゃー」
見たことない笑顔で喜んでいる。こんな一面もあるんだなと少し安心した。
「何笑ってんだよぉ」
「ううん。何か普通の高校生なんだなって思っただけ」
「は? 俺が普通じゃないって言いたいわけ?」
「そういうことじゃなくて、凛汰郎くん、いつもロボットみたいに学校いるとき、こわばってるから、今みたいな笑顔見せると
みんなも接しやすいのにって思っただけ……」
「俺、人間嫌いだから。愛想ふりまく意味わからない。人に媚び売ったり、ごますったりするの好きじゃないから」
急に顔が暗くなった。せっかく笑顔をほめたのに機嫌が悪くなった。
「え、でも、なんで、さっき笑ってたの?」
「知らない。笑いたくて笑っただけだし……」
「ふーん。そうなんだ」
ぎゅっと持っていたぬいぐるみを雪菜に手渡した。
「え?」
「これ、やる」
「もらっていいの?」
「ああ」
顔を向こう側にして、恥ずかしいそうに頬を赤らめていた。
「ありがとう。うれしい。大事にするね。今日は、なんだかもらってばかりだね」
ふわふわ素材でできたの真っ白な可愛いうさぎのぬいぐるみだった。雪菜の笑顔がキラキラと輝いて見えた。さらに耳まで赤くして、商店街の通路に走っていく。あまりにも雪菜が可愛くて、照れているようだった。
「え! ちょっと、凛汰郎くん、置いてかないでよ。早いよぉ!!」
数メートル先をささっと早歩きで進んで行く。雪菜は、必死で追いかけた。近くで鳩がぽーぽーと鳴いている。
2人横並びにならぶとはたから見たら、彼氏彼女と見られても全然おかしくない後ろ様子だった。
帰りにハンバーガーショップによって、ランチを一緒に食べた。待ち合わせた場所で別れを告げて、その日は、何も進展せずに終わりを迎えた。
◇◇◇
雪菜は自分の部屋について、テーブルの上にUFOキャッチャーで取ってもらったぬいぐるみをポンと置いて見つめ合った。
ふわふわで赤いキラン光る眼、ピンク色のリボンを首につけている。ぎゅーっと抱きしめた。
目の前に凛汰郎は、いないのにいまだに心臓が早く打ち鳴らす。
ワイヤレスイヤホンを弁償するだけかと思っていた。ゲームセンターでぬいぐるみを取ってくれたり、おみやげの狼の小さなキーホルダー買ってくれたりどうしてそういうことをしてくれるのか不思議でありがたさより、申し訳なさが勝つ。
部活で接してる時よりも表情が柔らかかった。話し方が優しかった。周りに知っている人がいないためか。雪菜は純粋に違った凛汰郎を見て、ますます気になる存在になってきていた。
ベッドの上、うさぎを抱きしめて、眠りについた。どんな安眠グッズよりも優れていた。
目覚まし時計がジリリリリと部屋中に鳴り響く。
「姉ちゃん!!! うっさい!!」
ベッドから起きない雪菜。寝返りを打っては、うーんと唸る。隣の部屋から大きな声を出す徹平。我慢できなくなって、扉をガンッと開けて姉の部屋にズカズカと入る。ベッドの宮に置いていた大きな目覚まし時計の
スイッチをオフにする。一度だけ止めるボタンではない。スヌーズ機能までオフになるものだ。
徹平はイライラしながら、結局その行動で1階のリビングへと移動する。雪菜はずっと寝ている。起きもしない。
「徹平、おはよう。起きたのか」
コーヒーを飲んでいた父の龍弥が声をかける。台所で朝ごはんの準備をしていた母の菜穂は後ろを振り向いて、声を出す。
「徹平、おはよう。お姉ちゃんはまだ起きないの?」
「おはよう!! あいつは、起きない。また目覚まし時計無視して寝続けてるから止めてやった」
どや顔で腕を組む。
「なんで起こさないのよ!! まったく、遅刻するじゃない。お父さん、起こしてきて!!」
「えー-、なんで、俺が。女子の部屋はお父さん入らない方がいいじゃないの?」
「いいから!! もう、雪菜にはそういうのないから早く、起こしてきて!!」
「はいはい」
龍弥は、コーヒーを飲み干して、階段をのぼっていく。徹平は、ぶつぶつイライラしながら、クローゼットで制服に着替えていた。雪菜の部屋の前に着いて、軽くノックをする。何の返事もない。まぁいいかと思いながら、龍弥はそっと中に入った。
いつもより部屋の中が片付いている。ベッドには、大きなぬいぐるみを抱き枕のようにすやすや寝ている雪菜がいた。
「でっけーぬいぐるみだなぁ。ゲーセンでも行ってきたのか? ……おーい、雪菜、朝だぞぉ」
そっと近づいて、肩を軽くトントンとたたいた。
「むにゃむにゃ…凛汰郎くん……」
(寝言か?!寝言なのか。誰だ、りんたろうだと?! あのチャラい芸人のことか? 雪菜、ああいうのが好きなのか?)
めらめらと父の計り知れない娘愛が湧き出てきた。炎が燃えるように目が熱くなる。
「……え? 何。なんで、お父さん、そこにいるの?!」
雪菜は、ベッドの下に置いていたクッションを龍弥の顔めがけて投げた。
「ブハッ!! 何、投げてんだ?!」
「クッションを投げました!! 勝手に入ってこないで。女子の部屋はお母さんだけって前に言わなかったっけ?!」
「なに?! 聞いてないぞ」
「もう、いやだ。制服着替えるから、あっちに行ってて」
背中を押して、部屋から追い出す。とりあえずは、起きたため、父のミッションは完了した。
もやもやした気持ちを残したまま、龍弥は、1階におりていく。
高校生というお年頃。親子関係は難しいものだ。放っておいてはいけないし、近づきすぎてもいけない。反抗期なのだろうか。
ため息をつきながら、全身鏡を見ながら、ワイシャツの袖に腕を通し、制服のスカートに足を通す。セミロングの寝ぐせのついたセミロングの髪にヘアスプレーをかけて、とかした。目の下についていた目ヤニをティッシュでふき取る。
CCクリームを顔に塗りつけて、眉毛を描いて、ビューラーでまつげをあげてマスカラを使って目を大きくさせた。
「よし、これでいいな」
リップクリームを塗って、鏡をもう一度見た。前髪の位置が気になった。くしでとかして整えた。
「雪菜!! 時間大丈夫なの?」
1階から、菜穂が叫ぶ。
「今行くー」
机に乗せていた茶色のバックの中に充電していたスマホを入れて、持ち上げた。もらったばかりの狼のぬいぐるみが揺れていた。ベッドに寝かせていたうさぎのぬいぐるみをハグして、部屋を出た。
「間に合わないから、今日、朝ごはんいらない」
「はい、お弁当と水筒」
「ありがとう」
「このパンくらいなら食べられるでしょう?」
菜穂は、小さなクリームパンを差し出した。
「うん。それなら、大丈夫。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
雪菜は、パンを口にくわえて、玄関のドアを開けた。
「雪菜、行ったのか?」
「うん。今行ったよ。ほら、徹平、ごはんのんびり食べてないで準備しなさいよ」
「ほぉーい」
パクパクとお茶碗を持って食べきった。
「ごちそうさまでした」
「お父さんも、食べ終わったら、食器片づけてね」
「ああ、わかってるよ。ったく、俺は雪菜起こしに行かない方いいだろ。クッション、顔に投げられたぞ」
「え、そうなの。ごめんなさい。いろいろ準備して忙しくしてたから。お年頃だってこと忘れてたわ」
「それに、さっき『りんたろう』とかってつぶやいてたし、雪菜、いつの間にチャラい芸人好きになったんだと思って……」
ぶつぶつとつぶやく龍弥。
「え?!姉ちゃん、そんなこと言ってんの?」
口に歯ブラシをくわえたまま、龍弥の声に反応する徹平。洗面所から食卓に移動している。
「徹平、歯磨き終わらせてから話せって。垂れてるぞ」
「雪菜がりんたろうっていうの? ぜんぜん、テレビ見てても反応してないけど、むしろピンクの頭の人がいいって言ってたよ。聞き間違いじゃない?」
「え、それって、平澤先輩のことじゃねぇの? 確か、まーくんが言ってた気がする。ムカつく先輩がいるとかって
ライバルとか言ってて……。確かそれが、平澤凛汰郎先輩って言ってたような……」
「ふーん。リアルな友達ってことか。なおさらだな。徹平、姉ちゃん、ちゃんと見て置けよ!!」
「え、なんで俺が……。まぁ、良いけど」
「お父さん、雪菜の干渉しないの。親子関係崩れるわよ。様子見ておきなさいよ」
「……もしそれが彼氏だったら、どうするんだよ」
「どうもしないわよ。娘のことで嫉妬? やめなよ。父親として嫌われるわよ」
「……マジか」
急にテンションが下がる龍弥。
「お父さん、俺がちゃんと監視するから安心して。ね」
「おう、任せた」
「放っておけばいいのに……。この親子は」
徹平は、歯磨きを終えて、寝ぐせを直すことも忘れて、学校に向かった。雪菜に彼氏ができることにもやもやする龍弥だった。
「ゆーきな。今日の放課後、暇?」
雅俊が、校舎に向かう途中、校門の抜けた坂道で後ろから雪菜に声をかけた。左肩にバックを左手で乗せていた。
「え、なんで?」
「だって、今日午前授業で、
午後は部活も休みっしょ?」
「そうだっけ?」
そっけない態度をとる雪菜。軽いノリの雅俊には、あまり深入りしないようにした方がいいと同級生からのアドバイスを真に受けていた。
「雪菜、おはよう。今日のテスト、私、自信ないんだよね。勉強してきた?」
「おはよう。緋奈子。全然、してないよ」
「何よぉ。そうやって、いつも雪菜点数高いじゃん。勉強してない詐欺しないでよぉ」
緋奈子は、雪菜を左腕で軽く体当たりした。
「えー。そうかな。大丈夫だよ。緋奈子なら。ね?」
「え、待って。俺の話はどうなった?」
「あ、ごめん。雅俊くんいたの? 2年の後輩くんは、混ざれない話だよ? 君、彼女いるくせに、 こんなところで油売ってて大丈夫?」
緋奈子はぐさっと弓矢のように話しかけた。親友を守りたい一心だ。
「え!? どうしてそれを……。彼女って、あれは……」
「雅俊くん?! 何してるの? 浮気しないでって言ってるじゃん。彼女になったんだから、放っておかないでよ?」
「あ、あ、あ……」
彼女と言われる2年の女子は、雅俊をずるずると引きずって連れていく。雅俊の目から涙が溢れ出てきている。不本意のようだ。
「なんだ、ちゃんといるじゃん。彼女」
雪菜はほっと安心する。
「雪菜、早く、教室行こう」
「うん」
緋奈子に腕をつかまれて、昇降口に向かっていく。雅俊は両踵をひきずりながら、進んで行く。彼女と言われる笹川マリンは、
有無も言わせず、雅俊を連れまわしている。雅俊ファンクラブから見事選ばれた子だけあって、見た目はものすごく美人で、
お人形のようにまつ毛は長く、髪はサラサラセミロング。肌は白雪姫のように白い。ただ、性格に難ありといったところだ。一緒にいれば、美男美女で申し分ないのだが……。
「ごめん、笹川さん。俺、ちょっとトイレに行きたいんだけど」
「あ、ごめんなさい。さすがに彼女ともいえど、トイレの中までは入れないわよね」
雅俊は、そう言いながら、逃げ出すタイミングを見計らっていた。
「うん、大丈夫。んじゃ、ほら、予鈴のチャイムも鳴ってるし、教室、行った方いいよ?」
「あ、そうね。ありがとう。んじゃ、休み時間にね」
同級生で隣のクラス。フラッシュモブのごとく、告白されて、断りづらい中で、イエスと言ってしまってから3日目。いつ、別れを切りだそうかを考えていた。
その彼女に追いかけまわされてるのを見ていた凛汰郎が、雅俊の横を通り過ぎると、にやりと笑っていた。
「な?!」
その笑みを見た瞬間に怒りがこみ上げる雅俊だった。
◇◇◇
3年の雪菜のクラスでは今日の分の授業が終了した。チャイムが響く。ガタガタと机といすの音が鳴る。生徒たちは放課後になり、ざわざわし始めた。すると、雪菜は机にバックを置いたところで目の前に凛汰郎が近づいてきた。
「昨日は……どうも」
「あ、うん。こちらこそ」
「……あのさ、弓道部の引退セレモニーなんだけど」
「あ、そのこと?」
「うん。それ、出るから」
「あ、うん。そうだよね。苦手だって言ってたし、無理しないで。……え?ごめん、出るの?」
凛汰郎はほくそ笑んだ。
「ああ」
「そっか。後輩たちも喜ぶよ。せっかく準備してくれてるわけだし。考え変わってくれてよかった」
「……行く意味あるかなっと思って。」
「?」
本当は卒業まで残り少ない雪菜との時間を少しでも長く過ごしたかったからなんて本当のことは言えなかった。にこっと見つめ合って笑った。
「それ、つけてたんだな」
狼のぬいぐるみがバックの横で揺れていた。
「あ、うん。ありがたくつけてたよ」
手のひらに狼の足を乗せた。いつもそんなに笑わない凛汰郎が笑顔を見せた。
「え、何、何? 2人はそういう関係なの?」
ずっと近くの席からしゃがんでかくれんぼするように様子を伺っていた緋奈子。
「え、なんのこと?」
頬を赤らめて、逃げるように教室を出ようとする雪菜。凛汰郎は、何かを言いかけた。
「どうなのよ」
「なんでもないよぉ」
緋奈子と雪菜が絡んでいると、凛汰郎が後ろを追いかけた。
「白狼!」
「あ、ごめん。話終わってなかった?」
「……いや、その引退セレモニーの後、予定なかったら、開けててほしい。」
「えっと、今のところ、何もなかったよ。わかった。覚えておくから。んじゃ、明後日だね」
「ああ」
手を軽く上げて、別れを告げる。階段の踊り場で出るタイミングを失っていた雅俊が、壁を背中にして
左足を軽くあげてつけていた。ポケットに手をつっこんで聞いていた。
(明後日か……)
「雪菜、平澤くんとの関係詳しく教えてよ」
「なんでもないってば」
緋奈子には、本当のことは言ってない。まだ言えない。自信が持てない。まだ告白だってしてないし、されてもない。何か進展があったら、話そうと決めていた。雅俊が近くにいることも知らずに雪菜、緋奈子、凛汰郎は階段をかけおりていく。教室から続く廊下から階段は放課後だけあって帰る生徒たちで混み合っていた。
昇降口では人だかりができていた。みな、早く帰りたい一心で、靴箱が行列になっている。
「雪菜、今日は何か予定ある?」
「え、緋奈子は明日のために勉強しないの? 明日もテストだよ?」
「……そんなの、知ってるよ。お昼ごはん食べるだけならいいかなと思って誘ってみたんだよ。嫌ならいいけど」
「……そっか。どうしようかな」
「え。なになに。ランチタイム? 俺も仲間に入れてよ」
後ろから、のぞき込んで入ってきたのは雅俊だった。
「雅俊は、勉強を最優先した方いいんじゃない?」
「それ、どういう意味? 俺にバカって言ってる?」
雪菜は、緋奈子の腕をつかんでアピールする。
「女子トークにまざってこないでってこと。それくらい読みなさいよ、バカ!!」
「えー-、やっぱりバカって言った」
後ろから凛汰郎が、雅俊の肩をポンとたたいた。
「なぐさめられたくない!! 平澤先輩にはなぐさめられるの嫌!!」
ご不満があるようで、文句を言っていた。凛汰郎は笑って、靴を履き替えていた。
「今日もやるんだろ? 徹平が言ってたぞ」
「あ。それはやるけども……」
なんだかんだ言いつつもスマホのオンラインゲームは雪菜の弟もまざっては一緒に楽しんでいた。
「そしたら、次やるときはてっぺんとるんで頼みますよ?」
「いつも1位取ってるし。足引っ張ってるのはお前だろ?」
「す、すいません」
ゲームのことになると凛汰郎に頭が上がらない雅俊だった。数時間後、結局は、雪菜は緋奈子と一緒にファミレスで一緒にご飯を食べていた。話す内容は恋バナだったが、まだ進展もないことを言って傷つくのが怖かった。
うんうんと緋奈子の話だけ聞いていた。緋奈子は満足そうに帰って行った。
家に着いて、自分の部屋の中、ぼんやりとぐるぐると回るいすに座っていた。
サンキャッチャーが天井からつるしていて、ゆらゆらと揺れていた。ポロンとライン通知が鳴った。
凛汰郎から机の上に映ったワイヤレスイヤホンの写真だけを送られてきた。
きっとお礼を言いたいのだろうと雪菜は、その返事に「どういたしまして」のかわいいスタンプを送った。ただそれだけで元気になれた。
もっと何か送られてくるのかなと思ったら何もないことに少し残念になった。
そうかと思ったら、隣でまたゲームをする声が聞こえてくる。
最近、徹平がハマっているゲームに凛汰郎が参加していることを知った雪菜は、ゲーム中に話すのを控えた。姉弟の喧嘩する声を凛汰郎に聞かせたくなかった。
隣の部屋でも、声は響く。ヘッドホンをして静かにテスト勉強に集中していた。話しながらやってるなと気づいていながらも目の前のことに集中する。
ガチャとノックもなしに徹平は入ってくる。
「姉ちゃん!! 平澤先輩すごいだぞ。いつも俺らのチームが第1位にさせてくれんだ。神だ」
『ちょ、徹平、近くに雪菜いるのか?』
雅俊がオンラインの中で話してる。
「いるよ」
『別にアピールしなくても……』
凛汰郎はボソッとつぶやく。
「……」
雪菜は何も言わずに英語の教科書を読み返している。
「ちぇ、何も反応しないじゃん。戻ろうっと」
『雪菜、何してるん?』
「勉強……。いつもしないのに」
「してるわよ!!」
「うわ、それだけには反応するんだ」
『えらいな。テスト勉強するのか。齋藤、きちんと見習えよ?』
『わかってますよーだ』
その声を聞きながら、雪菜は勉強を続けた。徹平は自分の部屋に戻っていく。本当は近くにいるみたいで
ものすごくドキドキしていた。いつ、ボロが出るかそんな不安を抱えていた。
凛汰郎も本当は、ゲームなんてしないで、電話とかライン、すればよかったのかと少し後悔した。別に付き合っているなんて宣言は
していないが、近いようで遠い。なんとなく、お互いに心寂しかった。
高校でのテスト期間が終了して、みな、浮かれ気分の最中、弓道部の部員たちは化学室を借りて、引退セレモニーが開かれていた。
弓道部員全員と、顧問の先生が、集まって、黒板にお花紙で作られた桜とチョークで雪菜と凛汰郎の名前にありがとうございましたと書いてあった。
後輩たちはセレモニーが始まる前に、準備をしていたようだ。
新部長の紗矢がジュースのペットボトルを開けて、人数分の紙コップに飲み物を注ぎ入れた。
さらに横には駄菓子が乗せられた紙皿が置いてある。
「あ、これ、知ってる。美味しいよね、わさびのり。このフルーツのお菓子も」
後輩たちは、駄菓子に話が盛りあがっていた。
「準備はこれくらいでいいかな。寄せ書きもラッピングしたし。あとは、先輩方、お2人が来るのを待ちましょう」
ざわざわと化学室は部員たちで騒がしくなっていた。
その頃、凛汰郎はラウンジで、飲み物を買っていた。
教室でイヤホンで音楽を聴きながら時間潰ししていたが、凛汰郎がいないことに気づいて、学校内を探し回っていた。
自販機からガコンとペットボトルのジュースが落ちてきた。取り出し口から取ろうとした。
「凛汰郎くん!」
雪菜が声をかけた瞬間にびっくりして、自販機に頭をぶつけた。
「いった〜」
「ごめん、大丈夫?」
両手を合わせて謝った。
「ああ……。んで、何?」
「いや、その。ほら、弓道部の引退セレモニーの時間だからそろそろ行かないとと思って、凛汰郎くん探してたよ」
ぶつけた頭の髪をごまかして、ワシャワシャとかき上げた。
せっかくワックスをつけて、セットした髪が崩れた。
「あー……」
「髪? 女性ものだけど、固めるワックスあるよ? まとめ髪用だけど……」
バックから小さい緑色の丸いワックスを取り出した。
「悪い、借りていい?」
「うん、いいけど」
雪菜は凛汰郎にワックスを手渡した。サッサッと髪の毛につけて整えた。
「こんなもん?」
「うん。大丈夫」
何気ない会話でなぜかホッとする2人だった。ふんわりとした時間が流れる。自然の流れで、化学室へそのまま横に並んで移動した。ガラガラと引き戸が開くとクラッカーが次々と鳴った。
「弓道部引退セレモニーへようこそ」
拍手が沸き起こり、凛汰郎の頭にクラッカーの残骸が垂れ下がる。何も言わずに手で避けた。せっかくの催し物を台無しにしてはいけないと引き攣りながら笑顔を振る舞った。後ろの方で顧問のいろはも見学していた。雪菜は終始、笑顔でいつも通りに振る舞っていたが、そういう行事などのイベントが苦手の凛汰郎は無理に笑顔を作り、時折、窓の外に映る雲を眺めては時間が過ぎるのをただ待っていた。
紗矢はプログラムを作っては先輩が喜ぶようにと必死にビンゴゲームをしたり、寄せ書きのプレゼントをしたりして場を盛り上げた。
ビンゴゲームの景品の特賞にたまたま当たったのは雪菜だった。駄菓子のてんこ盛りバラエティパックだった。みんな楽しそうにわいわい過ごしていた。
閉会の挨拶をいろはが最後に口を開く。
「部長である白狼雪菜と副部長の平澤凛汰郎は、2人とも相反する性格だったけど、最後まで部員たちを引っ張ってくれて活躍してたと思います。雪菜が入院した時はどうなるかとヒヤヒヤする部分があったけど、2人がいてこそ、この弓道部が成り立っていたってその時気づきました。本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう! みんな、2人に盛大な拍手を!!」
歓声や口笛を吹く生徒もいた。ずっと続けて来て本当に良かったと身に沁みて感じた瞬間だった。
やっと終わったと、ぞろぞろと生徒たちは化学室を出た。
最後に歩いていたのはいろはと雪菜、凛汰郎だった。
「2人がいなくなるって寂しいもんだね。いつもより弓道部に花が無くなってきたよ。」
「何言ってるんですか、先生。紗矢ちゃんがいるでしょう?」
「紗矢はああ見えて、人見知りだから部長やるのも緊張しすぎてるから心配なのよ。慣れてくれるといいんだけど」
「えー、そうなんですか。私にはすごい話してくれるのに」
「まー、それは打ち解けているからだろ。とりあえず、お疲れ様。よくがんばりました! 気をつけて帰りなさいよ?」
背中をポンとたたいて、いろはは職員室の方向に向かう。後ろを歩いていた凛汰郎はふぅーとため息をついた。
「あ、そういや、凛汰郎くん。話あるって、ここで聞いてもいいの?」
ついに来たと言わんばかりの顔をする凛汰郎は。一瞬、硬直した。
廊下で佇む2人の横で、窓から夕陽が差し込んだ。また息をのむ。時間が長く感じられた。
窓から廊下へ日差しが差し込む。東の空ではからすが飛び立っていく。
「ここで話す」
凛汰郎は、緊張しながら、息を吐いた。
雪菜は首をかしげて、凛汰郎を見つめる。
「俺、前から白狼のこと好きだから。それだけ伝えたかった。……まぁ、欲を言えば、付き合えれば良いかなと思ったり……」
口を両手でふさいで、息をのんだ。
「嘘だ。前、嫌いじゃないって、好きでもないって意味だと思ってて」
目から涙が無意識に溢れ出てくる。
そっと凛汰郎が近づいて、人差し指で頬に伝う雪菜の涙をぬぐった。
「白狼の気持ち、聞かせて」
「私も凛汰郎くんが好きです。その言葉だけで終わりにしたくないけど……」
雪菜は、前髪で顔を隠した。恥ずかしすぎて、顔をあげられなかった。さっと、凛汰郎は、手をのばした。
「んじゃ、これからもよろしく」
「う、うん」
「それは、付き合うってことでいいの?」
「え、あ……。どうしよう。恥ずかしすぎて、わからない」
両手で顔を覆った。気持ちを紛らわせようとバックで揺れていた狼のぬいぐるみを手でつかんでみた。
「大事に使ってくれてるんだな」
「え、あ、うん。そう。クマのぬいぐるみと一緒。これ、実際に一緒にいたら、狼に食べられそうだけど……」
少し気持ちが和らいだようで笑みがこぼれた。
「そうだな」
口角を上げて、えくぼを出した。
「……私、もっと凛汰郎くんのこと知りたいな」
「あぁ、俺も白狼のことまだわからないこと多いから」
「お互い初心者ってことだね」
見つめ合って笑い合った。
そのまま2人は昇降口までゆっくりと歩いていた。誰もいない放課後は静かだった。ラウンジのそばの壁によりかかって、まちぶせしていたのは雅俊だった。弓道部の引退セレモニーが化学室で行われることを事前に知っていて、凛汰郎と雪菜が2人きりになることがあることも知っていた。心中穏やかではなかった雅俊は、こちらを気づくことなく、昇降口に向かっている2人を後ろから気づかれないように尾行した。
何があったかは分からないまま、2人はさりげなく手をつないでることを見た雅俊は、ぐっと下唇をかんだ。曲がり角を抜けるまで、何も言葉を発することのない2人。空気感なのか。雰囲気なんか。自然と安らぐ空間を作っているようでとてもじゃないが、その間には入れなかった。雪菜は、凛汰郎と別れを告げた。雅俊と帰る方向が同じになるそのタイミングで、あえて雪菜に声をかけずに追い越して、通行人のように通り過ぎてみた。
はっと気が付いた雪菜は、変な空気を発する雅俊に声を発することができなかった。ごくりとつばを飲み込んだ。これはよろしくないと空気を変えて、振り向き様に雪菜に声をかける。
「どんな顔してるんだよ?」
いつもと違う態度をとられて、ショックだった雪菜は、寂しそうな顔をしていた。
「……」
「何、泣いてるんだよ?」
「だって、雅俊、違う人みたいだった」
「ごめんって。悪かったって。俺がすっごい悪い人になっちゃうから、泣きやめ、な?」
雅俊が突然、泣きじゃくる雪菜の顔をぎゅっとハグした。いつもと違う態度の雅俊にかなりショックを受けたらしい。
体から発する冷たいオーラ。天真爛漫でニコニコする雅俊からは考えられない空気感に耐えられなかった。
「ごめん、マジでごめん。俺、雪菜がほかの別な人にとられるの見たくなくて……。変な態度とった」
「え?」
顔をあげて、雅俊を見た。
「俺、雪菜が好きだから。他と誰かと付き合ってるのとかマジありえないし、むしろ付き合うなら俺とって思ってるし」
「は? 雅俊、彼女いるでしょう」
正気に戻ってきた雪菜。雅俊の告白をさらりとかわそうとする。本人は本気で言ってるつもりだった。
「彼女とは別れた、昨日」
「いや、昨日別れたから、はい、次いいですよじゃないよ?」
「え、いいじゃん。きちんと清算してるんだから」
「そういう意味じゃない。雅俊は今も昔もずっと幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもない。悪いけど。ごめん」
立ち去ろうとする雪菜の腕をつかんだ。
「んじゃ、さっきの涙はなんだよ? 俺に嫌な態度取られて嫌だったじゃないのか?」
「怖かっただけ。あと、目にゴミ入ったの」
「……目にゴミだ?! そんなの嘘だろ。わけわからねぇな」
そう言いながら、腕を引っ張り、無理やり口づけした。突然のことで状況が読み取れない。雪菜は、袖でぬぐう。
「な?!」
顔を耳まで真っ赤にさせる。バックで雅俊の体をたたいた。
「最低!!!」
雪菜は、口を腕でおさえてイラ立ちを隠せずにその場から足早に立ち去った。雅俊は、腕にバックが当たり、その拍子でバックについていたキーホルダーのぬいぐるみが、側溝に落ちていくのが見えた。泥の中に白い狼のぬいぐるみが入って、かなり汚れていた。雅俊は、雪菜の大事なものだろうと自分のバックの中に入っていた手提げのビニール袋に大切に入れて持ち帰った。