不意うちにまた手をつながられた雪菜はドキドキしながら、後を着いていく。何も断ることができなかった。
でもどうしても手を離さなければいけないことが起きた。

「ごめん、凛汰郎くん。トイレに行ってきてもいいかな」

 いきなりパッと手を離す。急に進行方向を切ったハンドルみたいにポケットに手を入れている。

「ああ、どうぞ」
「ごめんね。すぐ戻るから」


 雪菜は、エレベーター近くの女子トイレに駆け出した。手持ち無沙汰になった凛汰郎はキーホルダー雑貨が並ぶ商品を
 眺めては何かを閃いて、レジカウンターに持って行った。無表情だった顔が笑顔になっていく。トイレの鏡を見つめ、深呼吸をした。いくつ心臓があっても足りないくらい鼓動が早かった。


 (イヤホンを買って終わりだと思ってた……。一緒にいて大丈夫なのかな。嫌いじゃないとは言ってたけど、好きではないだろうなぁ)


 バックに入れていたハンカチでぬれた手を拭いた。トイレの通路から、お店の方に行くと凛汰郎が待っていた場所にいなかった。どこに行ったんだろうと辺りを探す。どこにもいなかった。雪菜が探してた頃、凛汰郎は、レジカウンターで商品のラッピングを頼んで待っていた。雪菜はスマホを取り出し、初めて、凛汰郎に電話をかける。無意識だった。ポケットに入れていたスマホのバイブがなる。気づいて、すぐに電話に出た。

「もしもし……」
『凛汰郎くん、今どこ? トイレから出たところなんだけど……』

 いつも通りの会話ができていた。

「あー-、もうすぐ終わるからそこで待ってて」

 凛汰郎は、雑貨スタッフからラッピングされた商品を電話をしながら受け取った。スタッフより雪菜を優先していた。待たせるのは悪いと駆け出して、さっきのトイレの前に行った。

 雪菜は、壁を背にスマホをポチポチと触っていた。誰からかラインが来ていた。凛汰郎は、ラインの相手に嫉妬した。今、雪菜と一緒にいても、まだ心はつながっていないんだろうなと思っていた。声をかける前に雪菜が先に気づいた。

「あ、凛汰郎くん。もう、どこに行ったのか心配したよ。迷子になるのはそっちじゃない?」
「……迷子じゃないよ。これ買ってたから」

 手に持っていたピンクのかわいいラッピング袋を見せた。

「誰かにプレゼント?」

 自分へのものじゃないとすぐに解釈する雪菜。凛汰郎は袋を雪菜に押し付けた。

「今日のお礼」
「え? なんで? 弁償するのは私の方だしお礼なんて、いらないよ」
「バックに付いてたクマ、壊れてただろ」
「そ、そうだけど……」
「ほかに渡すやついないから。ん!」
 
恥ずかしそうに顔を向こう側で手だけ雪菜に伸ばした。

「あ、あー、ありがとう。開けてもいい?」

静かにうなずく。雪菜は袋から商品を出すと、中からいつも持っているクマとは全然違っていたが、同じ大きさの可愛いグレーの狼のぬいぐるみだった。ボールチェーンがついていて、バックにつけられるものだった。

「可愛いね……何か凛汰郎くんみたい。クマじゃないけど」

雪菜はずっとぬいぐるみをぐるぐるとまわして見つめた。

「え、嘘。クマじゃないの? クマだと思って買ったつもり……。ちょっと買いなおしてくる」
「別に、いいよ。これで。選んでくれたんでしょう。大丈夫だから。可愛いし、クマじゃなくても。凛汰郎くんにそっくりだから、
 むしろこれで」

 雪菜は、凛汰郎の顔の横にぬいぐるみを垂らしてみた。くすくすと笑う。

「俺にそっくりってどういう意味だよ」
「そのままだよ。ねぇ、それより、あとどこに行くの?」
「……何かわけわかんないけど。アーケード行こうかと思ってて」
「そうなんだね。んじゃ、行こうよ。あっちから行く?」

 雪菜は、自然と凛汰郎の腕をつかんで、出入り口に進んだ。凛汰郎は頬の端っこを少し赤くして、言われるまま着いていく。ペデストリアンデッキでは、男性がストリートスナップをモデルさんのようなスタイルの良い女性をパシャパシャと撮っていた。通行人がちらほらと通りかかったが、少し恥ずかしくなって、歩幅を縮めた。

 駅周辺でデートするのは初めてのことで緊張しっぱなしの2人だった。下の交差点ではクラクションが鳴り響いている。