まったりとした夜ののんびりタイム。雪菜は部屋で今日の学校の宿題である
英語の教科書の日本語訳を必死で辞書をひきながら、解いていた。

徹平の部屋からナイスやちくしょーなどゲームをする声が響いてうるさかった。いつもだと、ヘッドフォンをして静かにゲームしているはずなのに、今日はやけに声が大きい。インターネットをつないでやってるオンラインのはずが声が2倍ですごく大きく聞こえる。

宿題に集中できないと思った雪菜は、バンッと英語のノートの上に辞書を置いて、徹平の部屋にノックなしで入って行った。

「ちょっと!徹平!!! ゲームの音大きいんだけど、宿題するからもう少し音小さくしてもらえないか……な。あ、あれ?」
「ちぃー--す」

 スマホをポチポチといじりながら、徹平のとなりにいたのは、雅俊だった。オンラインでゲームしている声だと
 思ったら、実際にこの部屋に入っていた。

「ちょっと姉ちゃん、ノックもなしに入ってこないでよ。俺が着替えてたら、どうするんだよ。恥ずかしいでしょう」
「誰が恥ずかしいか。というか、雅俊いつからいたの?」
「ひ・み・つ」

 口に指をあてて、投げキッスをする雅俊。思いっきり嫌な顔をする雪菜。

「ほら、てっちゃん、ゲーム始まるよ。準備して。次はてっぺんとってやるからな。100人切りしてやるぞ」

 銃で敵をやっつけるシューティングゲームを夢中になってやっていた。
 
「はいはい。まーくん。俺のフォローよろしくね」
「わかってますよ。任せとけ」
「ちょっと、2人とも私の話聞いてる? 大きい声出さないでね」
「はいはーい」
「それ絶対聞いてない返事。というか、雅俊、平然とそこにいるけど、あんたのファンクラブだかなんだか、しっかりしてよね。今日、私、ファンクラブ隊長みたいな人に睨まれたんだから」
「は? なにそれ。俺、知らないよ?」
「本人が知らずところでファンクラブができるって? そんなまさか。怖い怖い」
「俺はモテるってことだな。モテる男はつらいぜ。な、徹平、気をつけろよ」

 髪をかきあげる雅俊は、徹平の肩をバシッとたたく。

「ちょっといいから。スマホ、しっかり持って。銃口向けて、打って。敵来てるよ?」
「お、おう」

 2人でオンラインゲームに夢中になっている。雪菜は呆れて、部屋を出た。

「まったく、男子ってやつは……」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ徹平の部屋をもう気にせずにヘッドフォンをつけて、宿題に集中した。
 今日は週末の金曜日。明後日の日曜日にある試合に向けて、やっておくべきことはやっておこうと思っていた。

スマホにライン通知の音がなった。

『試合のお知らせ』のタイトルに集合時間とバスの発車時刻が書かれていた。外部委託のバスが手配されていて、朝早くに集合となっていた。今回の試合は個人戦と団体戦が行われる予定だった。雪菜は今回の試合が3年で最後の出場の試合だった。 事故でけがした足もすっかり治っていて、試合に出れることに喜んでいた。
 
 でも、まだ体の調子が戻っていなくて、練習で放った矢の的が落ち着かず、真ん中に当たらず、外れることが多かった。
 凛汰郎とだんだんと自然な会話ができるようになっていた。的が外れていることを気にかけてくれていて、

 「今日は風が少しあるし、たまたまだろ」

と励ましてくれた。

 いつもだと、外れてよかったなといじわるを言われていたのになんだか、入院してはなれてから優しくなっていた。なんでだろうと疑問をもちながら、何度も矢をひいていた。机の上で頬杖をついて、部活のことを思い返すと、笑みがこぼれてしまった。

ドアの隙間から雅俊が雪菜をのぞく。

「きもっ」
「は?! 人の部屋、勝手にのぞくのやめてもらえる? 用事が済んだら帰って!」
「ひど。お客様にその態度。なんて日だ!!」
「い、いやいや。そのタイミングで小峠さんなんて面白くないから。はやく、どうぞ。ご帰宅くださいませ」

 雅俊の背中を押す雪菜は、階段をおりると電子タバコの一服に行こうとするスーツ姿の父の龍弥と鉢合わせする。

「あれ、雅俊、いつの間にいたの?」
「えっと、昔から?」
「は?!」

 なぜかガチギレする龍弥に雅俊は、失言だったと、慌てていた。

「ご、ごめんなさい。お邪魔しましたぁ」
 
 そそくさと、その場から逃げ出していく。慌てて履いた靴が半分かかとの部分をつぶしていた。

「別にいいんだけどさ。家上がる前に、声かけろよ。徹平、あいつに言っておいて」
「まーくん、俺の部屋の窓から侵入してたから……」
「はぁ!? 住居侵入者だな。徹平も、ゲーム楽しいのわかるけど、勉強を疎かにするなよ?
 中学生だって、難しい問題これからたくさん出てくるんだからな」
「……ほーい」

 徹平は自分の部屋に駆け上がっていく。龍弥は灰皿がある外に一服に向かった。呼吸を整え、空に煙を吐く。
 
夜空には下弦の三日月が光っていた。



○○○


早朝の学校にて、雪菜を含めた弓道部の部員たちは、バスに乗り込んでいた。座席は、なぜか、凛汰郎の隣になっていた。部長と副部長だからと理由だからと言われていたが、納得できなかった。そう思う反面、本当は隣になれてうれしかったりする。


「出発するよ? 忘れ物ないよね?」
「はーい」

顧問の白狼いろはは、運転手の小林さんの近くに座って、発車するよう、うながした。
雪菜は、窓際で、ほぼ外しか見れない。何を話そうか迷っていた。

「今日、遅刻してないな」

ぼそっと話したのは凛汰郎の方だった。

「え……。うん。さすがに試合だから、今日は親に起こしてもらって車で送ってもらったよ。実は、寝坊……してたから」
「……あ、そう」

 バスの通路側に顔を向けて、手で顔が見えないように隠した。凛汰郎は笑ってはいけないと体が震えていた。

「凛汰郎くん、笑ってもいいよ? 怒らないよ?」
「別に。笑ってないし……」

 そういいながら、顔を腕で隠す。

「先輩、何の話で盛り上がってるんですか?」

 菊池紗矢が後ろの座席に座っていた。にょきと頭を出して、2人に聞いてきた。

「紗矢ちゃん。なんでもないよ」
「なんだ、つまらないな」
「ごめんね、何もなくて」

 すっと横を見ると、無表情の凛汰郎が見えて、逆にその姿に雪菜は笑いをこらえるのは難しかった。紗矢の前では、素の姿を見せたくなかった。またその様子を見た紗矢は楽しそうでうらやましいと思った。

試合会場につくまでに終始和やかに過ごしていた。