「お疲れさまです。長い間、お休みしちゃってごめんなさい。みんな元気にしていたかな。これ、差し入れのバアムクーヘン持ってきたから食べてね」

 雪菜は、制服姿のまま、松葉杖をついて弓道場に訪れていた。
 手には紙袋にバウムクーヘンを部員のために買ってきていた。

「おかえりなさい。雪菜先輩。待ってましたよぉ。もう、大変だったんですから。いただきます、やったあ」

 弓道着を着た1年の楠木が雪菜にハグをしてお菓子を受け取って話し出す。

「えー、どうしたの? 私いなくて寂しかった?」
「寂しいのはそうですけど、だってぇ、副部長の平澤先輩が……」
「彩絵、しっ!」

同じ1年の細川絵莉(ほそかわえり)が凛汰郎が弓道場に入ってくるのが見えたのを指差した。

「あ……」
「なになに。もしかして、凛汰郎くんの話? 大体予測はつくけどね」

 小声で話す雪菜は、後ろを振り返るとなぜか来たばかりの凛汰郎は、制服姿のまま校舎の方へ戻ろうとしている。
 それに気づいた雪菜は慌てて追いかけた。

「ちょ、ちょっと凛汰郎くん!! 待って、あっ……」

 ズテンと転んだ雪菜。松葉杖が地面にひっかかっていた。膝をぶつけていた。

「いたたた……」

 それに気づいた凛汰郎は、急ぎ足で戻ってきた。何も言わずに、腕を引き上げて起こしてくれた。

「あ、ありがとう」
「まだ治ってないんだろ……」
「う、うん。まぁ、そうなんだけど。部活始まるんだから、なんで帰るのかと思って」
「……帰ろうと思ったけど」
「え、なんで、帰るの?」
「やっぱ戻るわ。引き止められたから」
「ん?」

 よくわからないまま、弓道場に戻ろうとした。

「白狼、俺、やっぱ、間違ってたわ」
 
 後ろ向きのまま話し続ける。

「え? 何が?」
「部長代わるって簡単に言って悪かった」
「え、ああ。そのこと? 随分前のことだから覚えてないよ。気にしないで。ほら、稽古しに行こう」

 本当はすごく傷ついていたが、傷ついていないふりをした。それを言ったことで凛汰郎が困るのを見たくなかった。顔がふっと緩んでいたのを見て、安心した。

「あのさ、白狼、入院してる時、花飾ってた?」
「え、あーー。そうだね。なんか、雅俊が贈ってくれたって言う話だけど、あの人花なんて全然興味ないくせに 
 変なのって思ってさ。ん? 凛汰郎くん、なんでそんなこと聞くの?」

 その話を聞いて、凛汰郎は、ムカムカと止まらなかったが、グッと堪えて、耐えた。怖い顔をおさえるのが逆に
 気持ち悪い顔になっていた。

「え、どうかしたの? すごい変な顔してるけど……」
「……いや、綺麗な花だったんだろうなって」
「ん? そうだねぇ……雅俊がソネットフレージュの花だって言ってて、それ違うよってソネットフレーズだよって教えてあげたんだけど」

 状況が読めずに雪菜は花の出来事を話し続ける。

「え、ソネットフレージュでしょう?」
「え、違うよ、凛汰郎くん。ほら、見て」

 雪菜はスマホを見せて、正式な名前を確認させた。

「あ、本当だ」
「ここにも間違う人いたね。雅俊と同じ間違いするんだ。男子って細かいところ
 気にしないもんね。なんでだろう……」

 そういいながら、スマホをぽちぽちと触ってバックにしまおうとした。

「それ、俺だから!!」

 黙っていられなくなった凛汰郎は叫んだが、雪菜には理解不能だった。そこへ、雅俊が通りかかる。

「あ! 雪菜、大丈夫なのか? 今日から部活参加するの?」
「雅俊! ううん、今日は見学しながら、後輩指導だよ。まだ松葉杖だしね」
「そっか、あんま、無理すんなよ。ん、誰?」

 雅俊は、雪菜の横に立ち、近くにいた凛汰郎を指差す。

「誰って指差すな。先輩。3年の平澤凛汰郎くんだよ。」
「あー、弓道部の。どうも。雪菜がお世話になってます」
「誰がお世話よ。保護者じゃないんだからやめて」
「……」

「ごめんね、凛汰郎くん。この子、ウチの近所に住んでて幼馴染なの。生意気だからしごいてくれないかな」
「そっか。どうも」

 眼力を強めに凛汰郎は、雅俊を睨みつける。

「こわっ」
「こら!!」
「それじゃぁ、お邪魔しましたぁ」

 雅俊は、睨みを恐れて急いで、体育館の方へ進んでいく。

「ごめんね。生意気で。申し訳ない」
「白狼が謝ることはない」
「まぁ確かに。んじゃ、行こうよ」

 松葉杖を横に無意識に凛汰郎の制服シャツをくいっと引っ張った。
 少し接近したため、凛汰郎は頬を赤くして黙っていた。
 屋上に飾られているカザミドリがカラカラと急いで回っていた。