昼休みが終わり、
三限目、コロナ後に浸透した「オンライン始業式」を終えて
三年八組とのご対面は終了した。

自転車、電車、乗り換え、電車、そしてまた自転車。
片道一時間半ほどの帰路を急ぎ、やっとの思いで家に帰った。

ただいま、の一言を言い終わる間もなく
「新しいクラスはどうだった?担任の先生は誰だった?友達できた?」
と母から質問攻めにされる。

本当のことを言えば、
新しいクラス=今までで一番やってけないと思ったクラス。
担任の先生=確か、小谷先生。
友達=一日で友達になれるほど、高校生は甘くない。
なんていう母を不安にさせる要素しか詰まっていない(あ、小谷先生は例外か。ん、例外…なのか?)ことに気づき、言葉を探す。

「え、っと新しいクラスはまぁまぁ良かったよ。みんな元気だし。」
「そう、良かった。」

そう、いいことなんだよ。元気なことは。

「友達は?」
「友達は…あ、去年同じクラスだった林さん、覚えてる?斜め後ろの席なんだ。」
「室長の、林さん?覚えてるわよ、明るい子だなっていう印象が強くてそれ以外のことは覚えてないけど」

うん、明るいっていう以外の要素があまりないからじゃないかな。
それよりも、母の記憶力に私は驚く。

「でも、まぁ、まだ一日目だからこれからもっと友達の輪が広がっていくはずよ。
楽しみね。」

うん、そうだね。と優秀な娘っぽい返事を返し学習デスクに向かう。

私の家は、
駅からのアクセスが大変便利な一軒家で玄関のすぐそばに二階へとつながる階段がある。
漫画では、親と喧嘩した息子が家に帰ってくるなりリビングに行くこともなく、
二階の自分の部屋へ直行するシーンをよく見かけるが、
私の家ではそのシーンを再現することができる。

―二階に自分の部屋があれば、の話だけど。

子どもの教育に対して熱心でもない両親(成績にも口出さないし、好きなことをしてればいいっていつも言ってくれる)のもとで育ってきたのに、
物心ついた時から「リビング学習」を採用していた。

「ひなたが勉強している様子がわかって安心する。」

なんて自他ともに認める親バカな父が言っていたけど、
私もリビングで料理をしている母を眺めることが好きだから一石二鳥だ。

置き勉主義の私は(単に背中に負担をかけて身長が伸びることを妨げたくないだけだが)
教科書を全部学校に置いてきているので、帰宅してから勉強することは滅多にない。

荷物置き場と化した学習デスクに
今日配布された四月の予定表や、進路希望調査票を置いて、
母の元に向かう。

「何か、手伝うことある?」

エプロンを片手に持ち、母に声をかける。

「そうね、お弁当何がいい?」

質問に質問で返すことはタブーだと母が言っていたが、
自分がそうしているよって、教えた方がいいのかな、なんて思いながら

「明日は、卵焼きがいい。」と答える。

「卵、冷蔵庫にあるよ。」

ニコッと笑った母が冷蔵庫を指さす。

わかった、と返事して
こういう家で育ったから私は自立しているんだなって、
また考えすぎてしまう。

晩御飯の準備ができる六時ごろ、父が帰宅する。
テーブルに用意された食事をみて顔が綻ぶ父は、見ているこっちが癒される。

「ただいま、今日も美味しそうなごはん、ありがとう。」

仕事終わりで疲れているはずなのに、笑顔を絶やさない父は私が尊敬する一人だ。

おかえり、と父に返事をしながら先ほど作った卵焼きを切り分け、お皿に盛り付ける。

「今日、学校どうだった?」

手を洗う父が顔だけ私に向けて聞いてくる。

「うん、新しいクラスがまぁまぁ良かった、かな。」

なんて母に言った言葉と同じ言葉を繰り返し、テーブルにつく。
そっか、と言った父は私のものよりもひとまわり、ふたまわり大きいお皿をとって
私と母が作った晩御飯をよそいはじめる。

「まぁまぁ、ってどういうこと?」

やっぱり、鋭い父には曖昧な言葉を使ってはいけない。

「まぁまぁ、っていうのは…」

この辺りから、私の言葉選びが悪かったと自分を責め始める。
あまり口走ってしまうと、「こんなクラスでやってけない!」なんていう本音が漏れてしまいそう。

「なんか、私と違うタイプの人がたくさんいて、」

「これから先が不安。」

うん、そう。と言いかけて父の目を見る。

(え、私、今、不安とか言った?)

私と目が合って父は言葉を続ける。

「人と話すときは目を見て、小さい時からそう教えてきたし、ひなたはいつも目を見てくれるのに、今日は違ったよね。なんかあったんじゃないかなーと思ってさ。」

鋭い、というか敏感?
この人には絶対嘘なんかつけないなと思い直して、

「不安というか、どうすればいいのかわからないんだよね。
まずは、どんな顔して、どんな振る舞いをして、何を言えばいいのかわからないんだよね。」

と不安という漠然とした単語を分解し始める。

「顔と振る舞いと、言葉選び?」

「うん、今まで通り、優等生キャラでいけば明らかに浮くんだよね。
目をつけられるのも嫌だし。
かといって、クラスの子達みたいに元気!明るい!楽しい!みたいなハッチャケモードも私には似合わない。
はたまた、パソコン部っていうのを前面に押し出して真面目、オタクキャラを演じることも疲れそう…」

悩む私を見て父は言葉をかける。

「ありのままで、いいんじゃない。父さんは、ひなたのままが一番自然体で、いいと思うよ。」

「その方が楽だしね、自分を作らなくてもいいし。」

父との会話に母が口を挟む。

「もし、ありのままのひなたで周りが引いたりそっけなくなっても、あと一年のことだし。」

それもそうかもな、と父の言葉に頷く。

「キャラ作りの心配なんかしてる暇があるなら勉強したほうがいいね。
ほんとに、あと一年しかこの学校にはいないみたいだし。」

ありのまま、という言葉に引っかかりながらも自分自身に言い聞かせる。
父の言っていることも、母が言っていることも、
納得するには十分すぎるほど正当性があるが、まだキャラ設定に悩む私。

「あーあ、あと一年だけここにいるのか。次は東京の大学とか行きたいな、
大都会に住んでここでのこととさっぱりお別れしたい!」

振り切った私を見て父と母は笑う。

「それでいいよ。はっきりものを言った方が、心もスッキリするし思考も明瞭になる。」

そうだね、と相槌を返す一方でまた考え事ばかりしている自分に気づく。

(あと一年、か…)

あと何回、こうやって家族揃って食卓を囲むことができるのか、
なんてカウントダウンをしても無駄か、
と思い直した私を置いて
時計の秒針だけがうるさく鳴り響いていた。