蒼空がいなくなった学校で、俺は海斗のそばにいることにした。
仲間はずれにされて、無視されて、その上満足に英語も使えない海斗。
俺は、かつて蒼空が俺にしてくれたみたいに、力になりたかった。
自己満足だって、わかっているけど、蒼空が仲間はずれを貫いた数ヶ月間、
何もできなかったことを謝りたかった。
海斗は本当にいいヤツで、謝った俺をすぐに許してくれた。
「俺もきっと、同じ立場だったら、同じことしてたから。」
そんなふうに笑った海斗を見て、
蒼空のことを止められなかった自分に嫌気がさした。
蒼空と俺がしていたように、放課後と朝の学習を続けていくと、
海斗の英語力はすぐに向上し、クラスメイトとも溶け込めるようになった。
「海斗、めっちゃ面白いやつじゃん!」
英語がわかって、コミュニケーションになんの阻害も感じなくなったクラスメイトは、
何事もなかったかのように海斗に話しかけるようになった。
海斗はそれで、大丈夫だったみたいだけど、俺は納得がいかなかった。
(あんなに仲間はずれにしてたのに、結局これかよ。)
一度、醜い仕打ちができる奴らだとレッテルを貼ってしまっては、
もう二度と「いいクラスメイト」として見ることができない。
どこか居心地の悪さを感じつつ、俺は日々を淡々とこなしていった。
「中学三年は、日本に戻るよ。」
受験はどうするんだろう、なんて呆然と考えていた中学二年の冬休み、
親にそう告げられ、俺はインターを出ることになった。
日本を出た時とは違い、
色紙も花束もなく、「元気でな。」という海斗の一言と、
いつもの「バイバイ」と全く同じ温度で手を振るクラスメイトに別れを告げる。
そして、唯一の心残りである蒼空との思い出もその地に置いていき、
ハンガリーをあとにした。
日本に戻ってからは、高校受験があるからと、
インターで磨かれた英語以外の教科の勉強に励んだ。
再開した夕梨亜も、五十嵐も何にも変わっていなくて、なんだか安心した。
ただ、俺に対する周りの反応は変わった。
今までとは違って「帰国子女」という肩書きがある分、
ずっと日本にいたクラスメイトたちとは明らかに扱われ方が違った。
ことあるごとに指をさされ「あいつ、帰国子女だから。」と言われる。
そんな日々に俺は、疲れていた。
高校受験が刻々と迫る冬、雪の降るある日、高校に行って人権学習を行う
謎のイベントがあった。
ハンガリーのインターの講義室とは違って、
真冬の冷たい体育館の床に座らされ、早く終わらないかな、なんて考えていた。
スピーチをするらしき人の列は、パイプ椅子に座っていて、
無神経ながら椅子に座るためだけにスピーチしますとか言えばよかったと考えてしまった。
高校生、中学生、小学生の一人ずつが代表として選ばれたらしく、
トップバッターの高校生は、祖母の介護経験について話していた。
高校生なのに、ハウスワーカーのような日々を送るというその生徒を、
少し気の毒だと感じた。
次の発表者が前に出た。
その少女は、これからスピーチをするというのにも関わらず、
原稿すら持っていなかった。
まっすぐ、マイクの元へ歩き、凛と佇むその姿に目を奪われた。
そして、彼女はゆっくりと語り始めた。
「私のクラスで、いじめがありました。」
空気が変わった。
ただでさえ冷たい冬の空気が、一本の糸のように張り詰める。
「上靴に画びょうが入っていたり、椅子に液体のりがぶちまけられたり…」
臨場感のある語りに、皆が息を呑む。
「いじめは犯罪だ、と誰もが口にします。」
そうだろうな、と頷いている生徒たちを気配で感じる。
「だけど、その犯罪者は裁かれません。」
少し目を落として彼女は続ける。
「なぜなら、彼ら、つまり、いじめをする側こそ、私たちが寄り添うべき相手だからです。」
ハッとなった。
意味がわからなかったけど、わかった気がした。
俺は、怖かった。
蒼空がこんなヤツじゃないって、信じたかった。
何もできない自分が嫌になった。
無力だと思った。
俺はあの時、何をすればよかったのか、探るような気持ちで彼女の言葉に聞き入る。
「彼らはただ、自分には敵わない相手を、蹴落とすことでしか前に進めません。
自分の苦しみを、誰かにぶつけないと生きていけません。
誰も彼らを、そのSOSを、拾ってはくれません。」
苦しそうに彼女は言い放つ。
「だから、いじめは終わりません。なくなりません。」
俺は、寒いからなのか、怯えているからなのか、
それとも緊張しているからなのかわからない体の震えを抑えられなかった。
その後も永遠に続いたかのような、彼女のスピーチ、
いや、独唱と呼ぶべきその言葉たちが胸に残って仕方がなかった。
最後に、彼女はこう締め括った。
「『傍観者も、いじめっ子と同じ。』
そう言われたから、教わったから、私は止めようとしました。
だけど、私が止めたのは、カタチだけ。
いじめをしていた子の心の葛藤は、その苦しみは、止めることができませんでした。」
仲間はずれにされて、無視されて、その上満足に英語も使えない海斗。
俺は、かつて蒼空が俺にしてくれたみたいに、力になりたかった。
自己満足だって、わかっているけど、蒼空が仲間はずれを貫いた数ヶ月間、
何もできなかったことを謝りたかった。
海斗は本当にいいヤツで、謝った俺をすぐに許してくれた。
「俺もきっと、同じ立場だったら、同じことしてたから。」
そんなふうに笑った海斗を見て、
蒼空のことを止められなかった自分に嫌気がさした。
蒼空と俺がしていたように、放課後と朝の学習を続けていくと、
海斗の英語力はすぐに向上し、クラスメイトとも溶け込めるようになった。
「海斗、めっちゃ面白いやつじゃん!」
英語がわかって、コミュニケーションになんの阻害も感じなくなったクラスメイトは、
何事もなかったかのように海斗に話しかけるようになった。
海斗はそれで、大丈夫だったみたいだけど、俺は納得がいかなかった。
(あんなに仲間はずれにしてたのに、結局これかよ。)
一度、醜い仕打ちができる奴らだとレッテルを貼ってしまっては、
もう二度と「いいクラスメイト」として見ることができない。
どこか居心地の悪さを感じつつ、俺は日々を淡々とこなしていった。
「中学三年は、日本に戻るよ。」
受験はどうするんだろう、なんて呆然と考えていた中学二年の冬休み、
親にそう告げられ、俺はインターを出ることになった。
日本を出た時とは違い、
色紙も花束もなく、「元気でな。」という海斗の一言と、
いつもの「バイバイ」と全く同じ温度で手を振るクラスメイトに別れを告げる。
そして、唯一の心残りである蒼空との思い出もその地に置いていき、
ハンガリーをあとにした。
日本に戻ってからは、高校受験があるからと、
インターで磨かれた英語以外の教科の勉強に励んだ。
再開した夕梨亜も、五十嵐も何にも変わっていなくて、なんだか安心した。
ただ、俺に対する周りの反応は変わった。
今までとは違って「帰国子女」という肩書きがある分、
ずっと日本にいたクラスメイトたちとは明らかに扱われ方が違った。
ことあるごとに指をさされ「あいつ、帰国子女だから。」と言われる。
そんな日々に俺は、疲れていた。
高校受験が刻々と迫る冬、雪の降るある日、高校に行って人権学習を行う
謎のイベントがあった。
ハンガリーのインターの講義室とは違って、
真冬の冷たい体育館の床に座らされ、早く終わらないかな、なんて考えていた。
スピーチをするらしき人の列は、パイプ椅子に座っていて、
無神経ながら椅子に座るためだけにスピーチしますとか言えばよかったと考えてしまった。
高校生、中学生、小学生の一人ずつが代表として選ばれたらしく、
トップバッターの高校生は、祖母の介護経験について話していた。
高校生なのに、ハウスワーカーのような日々を送るというその生徒を、
少し気の毒だと感じた。
次の発表者が前に出た。
その少女は、これからスピーチをするというのにも関わらず、
原稿すら持っていなかった。
まっすぐ、マイクの元へ歩き、凛と佇むその姿に目を奪われた。
そして、彼女はゆっくりと語り始めた。
「私のクラスで、いじめがありました。」
空気が変わった。
ただでさえ冷たい冬の空気が、一本の糸のように張り詰める。
「上靴に画びょうが入っていたり、椅子に液体のりがぶちまけられたり…」
臨場感のある語りに、皆が息を呑む。
「いじめは犯罪だ、と誰もが口にします。」
そうだろうな、と頷いている生徒たちを気配で感じる。
「だけど、その犯罪者は裁かれません。」
少し目を落として彼女は続ける。
「なぜなら、彼ら、つまり、いじめをする側こそ、私たちが寄り添うべき相手だからです。」
ハッとなった。
意味がわからなかったけど、わかった気がした。
俺は、怖かった。
蒼空がこんなヤツじゃないって、信じたかった。
何もできない自分が嫌になった。
無力だと思った。
俺はあの時、何をすればよかったのか、探るような気持ちで彼女の言葉に聞き入る。
「彼らはただ、自分には敵わない相手を、蹴落とすことでしか前に進めません。
自分の苦しみを、誰かにぶつけないと生きていけません。
誰も彼らを、そのSOSを、拾ってはくれません。」
苦しそうに彼女は言い放つ。
「だから、いじめは終わりません。なくなりません。」
俺は、寒いからなのか、怯えているからなのか、
それとも緊張しているからなのかわからない体の震えを抑えられなかった。
その後も永遠に続いたかのような、彼女のスピーチ、
いや、独唱と呼ぶべきその言葉たちが胸に残って仕方がなかった。
最後に、彼女はこう締め括った。
「『傍観者も、いじめっ子と同じ。』
そう言われたから、教わったから、私は止めようとしました。
だけど、私が止めたのは、カタチだけ。
いじめをしていた子の心の葛藤は、その苦しみは、止めることができませんでした。」