受験生と新年度。
天秤にかけてみてもやっぱり必要らしい「自己紹介タイム」に二時間もかけた私のクラスは、
自習の時間なんて一分たりとも取れなかった。

「他のクラスは自習しているので、静かにするように」なんて、巡回していた伊藤先生や
隣のクラスの先生からの半ばクレーム?のような注意が届いても、
三年八組は自分の趣味や、好きな映画や、漫画について話すことに夢中だった。
私はといえば、趣味なんかよりも語るべき大事なことがあった。

「下原」という苗字はよく読み間違えられるから、
自己紹介ほど、緊張する時はない。
万一、正しい名前を覚えてもらえなかったら
この先ずっと、したはらさん、したげんさん、しもげんさん…なんて呼ばれて、
え、私のことかなと常日頃、四パターンぐらいの名前に気を配らないといけないハメになるから。

小学校のレクリエーションのように円形になって座って、
一人ずつ立って自己紹介するスタイル。
私の番がやってきて、立ち上がった。

「しもはらひなた、といいます。下に原と書いてしもはらと読みます。
パソコン部で部長をしています。趣味は映画鑑賞と音楽を聴くことです。
よろしくお願いします。」

はい、これで一礼すれば完璧、のはずだった。

「え、じゃあ、この高校選んだのってパソコン部があるから?」

自己紹介シーンに質問が含まれるって、誰か教えてよ。
急に飛んできた質問に、私は戸惑う。

「えっと、そう、ですね。パソコン部があることは高校を選ぶ決め手となりました。」
「え、じゃあさ、」

そこまで言いかけたところで、
「質問は、後で、個別に、お願いします。
皆さんの自己紹介、あと三十分で終わらせないと、昼休みにまで延長することになりますよ。」と先生が微笑みながら昼休みを危険に晒している。
えー、それは困る。早よしよ、早よしよ、と口々に聞こえ、
さっきまで私に質問を投げかけていた生徒は口をつぐむ。

(あの人は誰なんだろう?
もしかして、知っている人…?)
と私は早々に自己紹介を終えていた彼に目をやる。
短髪、長身、眼鏡…どこにでもありそうな特徴ばかりをかねていた彼を、
私の脳内検索にかけることはものの数秒であきらめた。