「異形を崇拝する邪教の話ならば、授業で聞いたことがある」
『それなら貴様は、邪教を祀る民を祖とする、その末裔ということになる』
「こんな古代人の遺跡、俺には何の関係も無いぞ」
『ヌシはそう考えておるのやもしれんが、しかし貴様は自身の親の顔すら知らぬのであろうが。先祖が誰々であったかなぞ、知らんだろう?』
「おまえは、俺の姿形を見て、先祖がどんな者なのか判る特殊技能でも持っていると?」
「特殊技能どうこうの話ではない。明らかな "証" が貴様の額に現れておると言っているのだ。その水鏡に映して良く見てみよ。そんな細かい文様が、痣である訳がなかろうが』
言われてマハトは、水面に浮かぶ自分の顔を見た。
「なんか今までと形が全然違うぞ。もっとぼんやりしてて、こんな細かな模様なんかじゃなかった」
『貴様が額に触れると、石柱にも同じ紋章が浮かび上がる。完全に呼応しておるな』
「ちょっと待ってくれ…」
マハトは混乱気味に言った。
「確かに親の顔は知らん。だが、俺が修道院に預けられたのは、そこの院長が遠縁の親族だったからだぞ。俺が邪教の巫だと言うなら、なぜわざわざ自分たちを迫害する可能性のある場所に預けると言うんだ?」
『人間の細かい事情まで、儂が知る訳もないが…。可能性として考えるならば、貴様を院長に預けた者が、事情を知らずにただ親族だから預けたか、もしくは院長もその一族の者で、解っていて預かったかのどちらかであろうなぁ』
「自分たちを邪教と呼ぶ者たちの元に、わざわざ身を寄せるか?」
『あえて選んだ、可能性はあるであろ。例えばその院長は巫の才は無いが、一族の者を守るためにそこで出世をしておるとか…な』
「院長が…、邪教の一族…?」
『そんな、考えたところで解らぬことを、メソメソ悩んでも仕方あるまい。とにかく貴様は、このストーンサークルを使っておった……あー、なんと言ってたかな…、なんとかタタン…?』
「タタンと言ったら、菓子だろう」
『貴様…、なんでも食い物に変換するのをやめい! むむむ…、菓子と言われたら、単語がタルトタタンしか出てこなくなったではないかっ!』
「名称は飛ばして、話をしたらどうだ」
『そのなんとかタタンの一族は、最初こそ大いなる権勢を誇ったが、途中から巫の能力が落ちたようで、民衆の支持を失ってな。人間にありがちな内部分裂を起こしたり、ヌシの言う通り邪教を流布する者として排斥されたりと、歴史の表舞台から消えてしまったのじゃ』
「見てきたように言うんだな」
『馬鹿者、大いなる歴史の流れは、きっちり見てきておるに決まっておろ! だが、当時…というか今もじゃが、儂は人間の動向になんの興味も無いのでな。貴様の本性も、こうなるまで見抜けなかったのも、仕方あるまいよ』
「そう言われても、俺は亀の甲羅で八卦見など出来ないし、俺自身の能力で空を飛んだ訳でも無い。そもそもこんなところでびしょ濡れになるのが一族のあかしとか言われても、迷惑なだけだ」
『亀の甲羅だの、八卦見だのは関係無い。言っただろう、巫の仕事は、当時の人間が "神" だと思っていた存在と交信し、願いを叶えてもらうために呼び出すことだ』
「神を呼び出すのか?」
修道院育ちのマハトにしてみれば、神とは祈りを捧げる対象であって、呼び出すような存在では無い。
あまりにも異質な慣習に、マハトはすっかり驚いてしまった。
『神のほうからご機嫌伺いには来ないじゃろ。呼ぶしかあるまい?』
「しかし、言語の通じない相手にどうやって希望を伝えたんだ?」
『なに、言葉の通じない相手を呼び出すような巫は、無能ということになるだけよ』
「待て。それが巫の能力と、どう関係するんだ?」
『能力うんぬんは関係ない。そもそもこんな石柱を依代に、滅多矢鱈と通りかかっただけの上位の存在を呼び止めておるのだ。術も拙い上に、人間という存在自体が拙いわい』
「つまり、ほとんどくじ引きのようなもので、言葉が通じる相手なら話し合いが出来る可能性があるが、通じない者だった場合は交渉が決裂する…と言うことか」