「今…のは…?」

 ハッと我に返ると、自分は変わらず窪地の焚き火の前に居て、そしてアークはなぜか疲労困憊したような様子でくったりとファルサーに寄り添っていた。

「だ…大丈夫ですかっ?」
「……ああ、大丈夫だ……」

 戸惑った様子のファルサーに顔を覗き込まれて、アークは微かに(かぶり)を振った。
 ファルサーにキスをされた時、それまで感じていた微妙な不快感が消えた。
 唇にキスをされたのは、記憶にある自身の生の中で、初めてのような気がする。
 まだ幼い頃、眠る前に養母が(ひたい)にしてくれた以外に、他人の唇に触れられたことは無いように思うが、幼少期の記憶はあまりに遠くよく覚えていない。
 キスされたかったのかと問われれば、たぶん否と答えるだろう。
 だがあくまでもそれは "たぶん" であって、確信を持ってハッキリと拒絶したかったのかどうか、アーク本人にも判らなかった。
 ただ、ファルサーの顔が迫ってきた時、先程感じた頭痛と動悸も感じたような気がした。
 それを、本能が発する警告だとするなら、ファルサーの好意を拒絶するべきだったのだろう。
 しかし…。
 ファルサーの境遇に同情するのも、旅に同行するのも、本当の名を教えるのも、理性では間違った選択だと思っている。
 間違っていると解っていても、自分はその選択を捨てることが出来なかった。
 今も、なぜかファルサーを拒絶する気にはなれないまま、その行為を受け入れてしまった。

 様々な才に恵まれながら、運には見放されているファルサー。
 孤立してしまった彼の立場、追いやられるようにしてアークの住まいを訪れた経緯。
 どんなに間違っていても、手を差し伸べずにいられなかった。
 尊大な態度や突き放すような物言いで隠せたはずの小さな心遣いを、ファルサーには見透かされてしまった。
 そして、ファルサーから返される好意が心地良かった。
 どんなに本能と相反していたとしても、アーク自身にも止めようが無く、ここに至るまでファルサーと共にした道のりは、アークの想像を遥かに越えて充実していた。
 この先の未来に訪れる後悔がどれほどのものか解っていても、他の選択肢を選ぶことなど出来なかった。
 そうして、ファルサーの気持ちを受け入れると心に決めた瞬間に、本能からの警告のような頭痛と動悸が、綺麗さっぱり消え去ったのだ。
 人を遠ざけるために、アークは常に相手が少し不愉快に感じるような尊大な態度を取っている。
 ルナテミスにやってきた時、ファルサーはそんなアークに向かって逆らうような態度は一切取らなかった。
 それは彼の生きてきた履歴ゆえの態度だ。
 奴隷として散々に踏みにじられてきたファルサーは、心に重い屈託を抱えていた。
 だが、アークがファルサーを一個の人格だと認め、それを受け入れようと思った瞬間、なぜかファルサーの心に重くのしかかっていたそれらの屈託が取り払われ、彼がアークのためならばその生命すらも惜しまないと思っている気持ちが伝わった。
 そして、それまで(おのれ)の心に突き刺さっていた、このままゆけばファルサーをただ失ってしまうのだ…という、不安と傷みがないまぜになった棘が、不思議と感じられなくなった。
 ただ、ファルサーに出逢えた歓びと、彼と一つになった安心感だけがある。
 人間(リオン)の町で偶然に小さな友情を得た時に感じた幸福感よりも、遥かに大きな満ち足りた感覚。
 アークは今まで生きてきて初めて、一人では無いことがどういうことなのかを知ったような気がした。
 しかし同時に、まるで人間(リオン)の大きな国を一つ滅ぼしたような、それに匹敵する魔力(ガルドル)をいっぺんに使い果たしたような、酷い倦怠感にも襲われていた。



 心配げに覗き込むファルサーに、アークは何事もなかったような顔を向ける。

「君こそ、大丈夫かね?」
「え……、あ、はい、なんでもありません」

 改めて問われて、ファルサーは首を振った。
 たぶん、気の迷いのようなものだったのだろう。
 虐げられるばかりだった自分が、なにもかもを肯定してくれるアークと過ごす時間の中で、そんな奇妙な幻覚を見てしまったのだ。

「ねえ、ディザート。どうやったら僕の気持ちを、正確にあなたに伝えることができるんでしょう?」

 アークを想う気持ちは、ファルサー自身でさえ極端に相反していると思ったし、それを言葉にして伝えることなど、到底不可能だ。
 自分がどんなにアークを傷付けたくないと思っていても、必ず最後は裏切ることになる。
 けれどこの止めようもない感情の迸りや、結果必ずアークの期待には応えられずに傷付けることになろうとも、自分の気持ちは変えられないことを、どうしても伝えたかった。
 そんなファルサーの苦悩に、アークは簡潔な返事をした。

「君の考えていることなんて、口に出さなくても私は知ってるよ」
「本当に…?」
「ああ、解ってる。君が私をどれほど大事(だいじ)に想ってくれているか、君を失ったあとの私の心情を慮って、どれほど苦悩しているかも」

 やや酷薄にも思えるあの鋭い視線で、アークはファルサーの顔を見る。

「ディザート……」
「そんな顔をするな。これは私が自分で選択した結果でしかない。君が後ろめたさを感じる必要など無い」

 アークの両手がファルサーの頬を包み、薄く柔らかい唇が、しっとりと触れてくる。
 本当に全ての気持ちを読み取られていると、ファルサーは思った。
 アークからキスをして欲しいと、思っていたからだ。
 ファルサーがアークにキスを返すと、アークが言った。

「そんなことをしたら、君は一生後悔するだけだ」
「え…」

 ファルサーの心を過ぎった気の迷いまでも、アークは見透かしていた。

「君は今、君に与えられた使命を放棄してしまいたいと考えた。だが、それをしたら、君は必ず後悔を覚える」
「しかし、明日の危険は回避出来ます」
「それでどうするのかね? 時が経てば故郷に残してきた母親のことも気掛かりになるだろう。君の矜持も傷付くだろう。死が訪れた時に、君の手に残るのは後悔だけになる。私に、そんな姿を見届けろと、君は言うのか?」

 アークの言葉の、全てが真実だった。
 生まれながらの剣闘士(グラディエーター)として人格も感情も否定され、理不尽な討伐を押し付けられた。
 それでも、今でも自分はそのちっぽけな矜持を握りしめて、手放すことが出来ないままだ。
 アークにこれほどまで魅了されたのも、元を辿ればそれが理由なのだから。
 透明な青い瞳が、心の奥底までを鋭く見透かしてくる。

「こんな時に、こんなことを思うのは、おかしいのかもしれません。あなたが僕の気持ちを察することができると言うなら、もう感じ取っていると思います。でも、僕はどうしても、自分の言葉であなたに告げたい。僕が、あなたを愛しているということを」
「その言葉の意味を、私はたぶん正確に理解出来ないと思う」
「それでも、構いません。あなたは僕の好意を受け入れ、僕の無礼を許してくれました。僕を尊重し、僕の人格を肯定してくれた。もし僕が奇跡的にドラゴンの元から生きて戻って来られたら、僕は王に国外追放を願い出ます。僕の全てを、あなたに捧げたい。例えそれがあなたの時間の中のほんの一瞬であったとしても、僕はあなたに "幸せな時間の記憶" を残してあげたい。あなたを取り巻く孤独の中で、心の慰めになるような時間をあなたに残したいです」

 ファルサーは、その目線でアークの全てを愛でているようだった。
 髪を梳く指先の感触が、不思議なほどアークを夢見心地にする。
 しかしファルサーは解っていない。
 最後には、彼の言葉の全てが欺瞞になってしまうということを。
 そして、アークはそれを知っていた。



 頼りにならない地図を頼りに、二人はようやくドラゴンの棲み家に繋がると思われる坑道の入り口を見つけた。
 ファルサーは用意していた松明を灯し、坑道内に踏み込んだ。

「わっ!」

 だが、さほども進まない所で、足を滑らせる。
 取り落とした松明は、少し先まで転がっていき、か細い煙を上げて消えた。

「ひどく滑るな」

 そう言いながら後ろから着いてきたアークが、ファルサーに手を差し出してくれている。

「これは参ったな…」

 片手を岩に付いて歩けば、それなりに安定もするが、もう片方の手には松明を持たねばならない。
 つまり咄嗟の時にも、即座に剣が抜けなくなるということだ。
 どうしたものかと思案するファルサーの目の前に、小さな灯りがフワフワと過ぎっていった。

「これは…昨日の虫ですか?」
「そうだ。松明ほど明るくは無いが、全部を放てば相手の顔ぐらいは見えるだろう」
「ありがとうございます」

 アークは "相手の顔ぐらい" と言ったが、虫達が先まで飛んでいるためか、数メートル先まで様子が判る。
 松明のほうが明るいが、見通せる距離や手に持たずに済むことを考えると、こちらのほうが都合が良いぐらいだ。
 更に虫達は、道が分かれるところでも、なぜか迷いなく進んでゆく。
 足を止めて、頼りない地図を見るとさほど間違ってもいない。
 それはまるで、ファルサーの道案内をしているかのようだった。

「この虫は、なぜ行き先が判るんでしょう?」
「ドラゴンの魔気(ガルドレート)を察して、(いざな)われているのだろう。…たぶんだがな」
「たぶんなんですか?」
「研究というものは、望む結果と、望まざる結果と、予想外の結果が得られるものだ」

 しばらく進んだところで、アークはファルサーの肩に手を掛けてきた。

「なんですか?」
「この先に、大きな気配がある」
「ドラゴン…ですか?」
「ああ。君に戦略はあるのかね?」
「そうですね。ほとんど無いに等しいでしょう。どう仕掛けたところで、向こうのほうが圧倒的なチカラを持ってますから」

 そう答えたあと、ファルサーはおもむろに深呼吸をしてから、目を閉じて口の中でぼそぼそと何か祈りのような言葉を呟いている。

「それは、どういった儀式なのだろうか?」
「儀式…と言うほどのものじゃありません。ジンクスですね」
「なにに対する呪縛(ジンクス)なのかね?」
「試合をする前に、軍神に勝利を祈願するんです。コレをやらずに試合に出た時に負けたんで、それ以降は戦いの前には必ずやるコトにしてるんです。まぁ、今回ばかりは意味が無いと思いますケド」
「そもそも、思い込みだと思うが?」
「そうですね。でも思い込みが暗示になれば、それだけ勝機も強くなるんじゃないですか? 同僚も、ジンクスを持っている(もの)のほうが多かったですよ。軍神以外のものに祈る(もの)もいました。親しかった奴は、イルンと言う不滅の神に祈りを捧げていました。その神に見初められると神の力を与えられて、勇ましく戦って死ぬと、美しい戦乙女が迎えに来てくれると信じてましたよ」
「では、今の君は軍神では無く、私に祈りを捧げるべきなのでは?」

 アークの言葉に、ファルサーは一瞬ビックリしたような顔をした。

「確かに、今はいるかどうか判らない神じゃなくて、目の前のあなたに力を貸して欲しいと願うべきですね」
「こちらを向きたまえ」

 アークはファルサーに真っ直ぐ立つように促し、指先を(ひたい)に当ててきた。

「冷たい手をしていますね」
「黙って、動かないでくれたまえ」

 指先で(ひたい)をくるくると撫でたあとに、アークは何かを取り出して、ファルサーの(ひたい)に線を描き始めた。



 黙れと言われていたので、ファルサーはアークが作業を終えるまで黙っていた。

「なんだろう? 涼しくなった気がします」
「君の(ひたい)に、(ヘンジ)を刻んだ」
「刻んだ? 書いたんじゃないんですか?」
呪文(スペル)は、音…つまり声で詠唱(チャント)するか、空中に魔力(ガルドル)を込めた指先で(サークル)を描くことによって、(じゅつ)を顕現させるものだ。だが時間差を付けた発動や、しばらく維持したい場合など、物理的に描いたほうが都合が良い時には、特殊な道具を使って(サークル)を描く。その特殊なペンで描かれた(サークル)(ヘンジ)と呼び、本来は形の残らない状態で使われるものを敢えて形に残すので "刻む" と表現するのだ」
「それって、ホントは書いてるだけのコトを、刻むと表現してるってコトですか?」
「まぁ、そうだ」
「僕はそもそも学が無い所為もあるんでしょうけど、魔法(ガルズ)って面倒くさいものですね」

 ファルサーの答えに、アークは微妙な表情をしたが、今は "それどころではない" と判断して、気になったことを敢えて無視した。

(わたし)への祈りを聞き届け、君にドラゴンと対峙できるだけの奇跡(チカラ)を与えたと言ったほうが、君には理解がしやすいか?」
「なるほど。本来なら、ドラゴンとは存在するだけで、人間(リオン)を殺すと言いますもんね」
「剣を、こちらへ」

 ファルサーがグラディウスを差し出すと、アークはそれにも手に持っている物で何かを描き付けている。

竜殺しの剣(ドラゴンキラー)になりますか?」
「それは、君次第だな」

 一渡りの術式の記述が終わったところで、アークは改めた様子で顔を上げた。

「さて。あのドラゴンは、言語は(かい)さないが知能は非常に高い。見た目は少々厳つく巨大なトカゲのようだが、その姿に騙されるな。それと私は、趣味で術式の研究をしているが、実戦で使ったことは無い。一応、攻撃や防御をいくらか想定して術式を組んでいるが、君の戦いに適ったアシストは期待しないほうが良いと思う」
「僕としては、ここまで着いて来てもらえただけで感謝のしようもありません」

 ファルサーは、手を伸ばしてアークを抱き寄せようとした。
 するとアークはファルサーの頬に手を当てて、そのまま互いに引き寄せ合うような形で、唇を重ね合わせる。

「僕の気持ちを読み取って、僕に合わせてくれているだけだって判っていますが。でも、こうしていると、まるであなたと想い合っているような錯覚を覚えます」
「そう思ってもらっても、私は一向に構わないがね」

 少し寂しい微笑みを浮かべ、ファルサーはアークから離れた。
 手に握ったグラディウスを構え、ファルサーは一歩を踏み出した。
 ドラゴンが巣食っている場所は、(くだん)の特殊な金属が埋蔵されている場所で、元は坑道の一部だったはずだが、今や大きな広間のようになっている。
 天井が高くなった巣の中で、ドラゴンはうつらうつらと眠っているようだった。
 大きさはファルサーの三倍ぐらいだろうか。
 アークはトカゲと表現したが、ファルサーは巨大なワニのようだなと思った。
 試合では、凶暴な動物や妖魔(モンスター)と戦うこともある。
 闘技場(コロッセオ)の中に水を満たして、戦艦を浮かべた船上の戦いの時に、水の中にワニを放っていたことがあった。
 船から落とされた(もの)が、悲鳴を上げてワニに食われた姿を思い出す。
 しかし目の前のドラゴンは、あの凶暴なワニよりも更に面倒な相手なのだ。



 四足で、ワニより胴回りが大きく、前脚の付け根にコウモリに似た大きな翼を持っている。
 ファルサーの足音に目を開き、起き上がったドラゴンは、ファルサーに向かってブレスを吐いた。
 少し温度の高い滝を浴びているような、強風の中に立たされているような、奇妙な感覚に全身が覆われる。
 アークに(じゅつ)を掛けてもらっていなければ、この一瞬で消し炭になったのかもしれない。
 ブレスを吹きつけられると、押し戻されるような圧迫感があるが、それでもしっかり足を踏みしめると、前に進むことができる。
 敵が息継ぎをしたところでファルサーは構えていたグラディウスを逆手に持ち替えて、振り上げた刃で一気にドラゴンの片目に剣を突き立てた。
 ドラゴンのウロコは、物理攻撃はもちろん魔法(ガルズ)も通さないと言われていて、王の鎧に使われていると聞いたことがある。
 そんな物に全身を覆われていては、魔剣と呼ばれるような高名な魔道具(ガルドラル)でなければ、ダメージを与えられるものでは無い。
 更に、もしそういった武器を持っていたとしても、こんな高ランクな生き物は、その生態によほど精通していなければ、急所を突くのは難しい。
 だがどんな生き物でも大概は顔面、特に眼や耳といった場所はガードが緩くなる。
 ファルサーは最初から、もしドラゴンに近付けるチャンスがあったならば、とにかく目玉を狙おうと決めていた。

 会心の一撃にドラゴンが悲鳴を上げる前に、ファルサーは敵の顔に乱暴に足を掛けて、突き立てたグラディウスを引き抜いた。

 暴れだし、尖った牙の生えた大きな口で噛みつかれる前に、俊敏な動きで相手から離れる。
 最高に調子がノッていた試合の時よりも、身体が軽快に動く気がする。
 これもアークの施してくれた(じゅつ)のおかげだろうか?
 片目を失ったドラゴンが怒り狂ってファルサーに突進してきた。
 それこそ正に、思う壺だとファルサーは思った。
 感情が高ぶって凶暴化すると、攻撃力は増すが、同時に隙も出来やすい。
 アークの(じゅつ)でほとんどブレスが効かないことが、ファルサーの有利に働いている。
 四足動物としては考えられない速さで迫ってきたドラゴンを、頭でイメージした通りの動きで身軽に躱し、ファルサーはグラディウスの()で、敵の頭部にかなり強烈な一撃を当てた。
 出来ればもう片方の目も潰していきたいところだが、流石にそこまでの隙は見せない。
 ドラゴンの巨体を飛び越えて、離れた位置で相手の次なる出方を身構えたところで、ふとファルサーは、奇妙な疑問を感じた。
 今、自分は易々とドラゴンを飛び越えた。
 自身の三倍はあろうかと思っていた、巨体をだ。
 四足動物としては素早いと思ったが、そもそもドラゴンの動きは小さなトカゲほどの俊敏さで、こちらの動きを封じようとブレスや尻尾で柱や壁を打ち壊している。
 それらの上げる砂煙や、頭上から降り注ぐ岩石などを、自分は軽快な足取りで今も易々と避けているのだ。
 ドラゴンに見舞った一撃の強さも、平素自分が闘っている時のそれとは比べ物にならないほど、全てのコンディションが最高の状態にある。
 最高…どころでは無い。
 俊足な四足動物と張り合って、闘技場(コロッセオ)同様の空間を駆けまわり、反撃をする隙も無く打ち殺されたはずの敵を、一方的に打ちのめしている。
 しかも息切れひとつしていない、なんて…。
 いくらアークの(じゅつ)の加護があったとしても、たかが一介の剣闘士(グラディエーター)が一個師団よりも戦力が上がることなど、あり得ない。
 これが、おかしいと言わずしてなんだというのだ。



「ファルサー!」

 アークの声に、ハッとなる。
 奇妙な現象に気を取られて、ドラゴンを不用意に近付けてしまった。
 左右のどちらに避けることも出来ずに後退り、岩壁が背に当たる。
 迫るドラゴンは、怒りの隻眼でファルサーを睨みつけてくる。
 大きく開いたドラゴンの口を、咄嗟に両手で押さえ、取り落としたグラディウスが地面に当たる硬い音が響く。
 後ろの壁で左足をしっかりと踏ん張り、両手に渾身の力を込めて右足を踏み出した。
 ドラゴンがファルサーの力に押し負けて、ズルズルと後ろに下がっていく。
 それもまた、あり得ないことだった。
 自分の身になにが起きているのか、全く解らない。
 身体を捻って、四足動物を転ばせる。
 追い込まれた壁際から、走り出る。
 慌てて走り出てしまって、グラディウスを拾い損ねたのが手痛い。
 ドラゴンは予想よりも早く身を起こし、構えて口を開くと、ブレスを吐き付けてくる。
 それを何度か躱し、ファルサーはなんとか回りこんで、グラディウスを取り戻そうと考えた。

 攻撃的に前に出てくるかと思えば、何かを恐れているのか、後ろに下がる。
 ドラゴンの行動は、最初に怒りで襲いかかってきたものとは、少し違っていた。
 ようやくグラディウスを掴んだ時、ファルサーはドラゴンが恐れて下がったのでは無いことに気付く。
 ブレスによって熔解した岩が、言葉通り溶岩の川を形成していた。
 アークが言っていた「言語は(かい)さないが、知能は高い」という言葉が、脳裏を過る。

 尾っぽを地面に叩きつけ、勢いを付けてドラゴンは前脚を跳ね上げた。
 その二足で立ち上がったような格好から、一気に身体を打ち下ろす。
 おおぶりな攻撃なので命中率は低いが、破壊力は想像を絶する。
 打ち下ろされた瞬間の衝撃は、咄嗟に動くこともままならぬ程に地面が振動する。
 その一瞬の隙に、ドラゴンは素早く身を翻し、振り回した尾でファルサーの横っ腹を打った。
 息も出来ない程の衝撃のあとに、身体が空に飛ばされる浮遊感。
 肩から地面に落ちたが、落とされた先は溶岩の川だった。
 落ちる直前、さすがにこれで一巻の終わりかと思ったが、想像と違って熱した泥に突き落とされたような、少しの息苦しさを感じただけだった。
 どうやらアークの(じゅつ)が、またしても身を守ってくれたらしい。
 むしろ、硬い地面に叩きつけられるよりも状況は有利で、体に感じた温度はかなり高かったが火傷もしていなかった。
 しかしそこで、なまじ安心したのが命取りになった。

「ファルサー!」

 再び聞こえたアークの声に、ファルサーが顔を上げた時。
 目の前にあったのは、ドラゴンの腹だった。
 大振りの一撃が、頭上にある。
 三本の鉤爪が、目一杯開かれているのが、不思議なほどハッキリと見て取れた。
 思考は真っ白になり、もう逃げることも反撃することも出来ずに立ち竦む。
 すると先程、ドラゴンの尾に打ちのめされたファルサーの横っ腹を、再び何か強烈な一撃が打ち据えた。
 だがその一撃にはドラゴンの尾ほどの破壊力は無く、ただファルサーをその場から数歩動かしただけだった。
 その数歩で、ファルサーはドラゴンの強烈な一撃を避けることが出来た。
 しかしファルサーをよろめかせた衝撃の(ぬし)に気付いた瞬間、ファルサーは言葉にならない声で絶叫していた。


 遠くで、(だれ)かが叫んでいるのが聞こえる。
 瞼が酷く重くて、なかなか目を開くことが出来なかった。
 そんなことは今まで体験したことが無い。
 アークは聞こえている音のほうに、ようやくの思いで顔を向けた。
 叫んでいるのは、ファルサーだった。
 彼は、ドラゴンの上顎を両手で掴み、下顎に右足を掛けている。
 そのまま、少年が小動物を興味本位で引き裂くように、ファルサーはドラゴンの身体を引き裂いた。

「君は、本当に神話の英雄のようだ」

 自分に駆け寄ってくるファルサーに、アークはそう言葉を掛けた。
 けれどその言葉は頭の中に響いただけで、声にはならなかった。
 身体にほとんど感覚が無い。
 駆け寄ってきたファルサーに抱き起こされた時、もしかしたら自分は下肢を欠損したのかもしれないと、ぼんやりと、しかし酷く冷静に考えていた。

「ああ、君は酷い姿をしているな、全身がドラゴンの血まみれだ。早く此処を出て、身体を清めたまえ。嘆く必要は無い。君は凱旋し、再びルナテミスを訪れてくれるのだろう?」

 手を伸ばしてファルサーの頬に触れながら、そう言った。
 つもりだった。
 だが、それを言葉に出来たのかどうか解らない。
 スウッと意識が、遠のいていく。
 それもやはり、今まで体験したことの無い感覚だった。
 自分の体が、大きく開いた深淵の穴に落ちていくような気がした。


     §


 突然、アークは意識を取り戻した。
 見慣れた床と、見慣れた家具、見慣れた部屋。
 此処は長年自分が暮らしてきた、ルナテミスの中央にある "中央居室(シュープリーム)" の中だ。
 身体を起こして辺りを見回す。
 なぜか自分は素裸だった。
 何の物音もしない。
 アークは立ち上がると、奥の部屋へ行き、キャビネットを開いて、とりあえず着衣を整えた。
 そしてもう一度キャビネットの中身を確かめて、ファルサーと共に出掛けた折に身につけた服が無いことを確認した。
 ルナテミスの外に出る。
 麓の町から湖とその中央にある島、更にその向こうに広がる山並みなどを一望して、アークは確信した。
 今までの総てが、現実だったことを。
 自分の身に何が起きたのか解らない。
 だがファルサーがルナテミスを訪れてから、自分がドラゴンの一撃を受け止めて死に至るまでの事柄は、間違いなく現実に起こったことだ。
 湖の島からは、ドラゴンの気配が消えている。
 そしてドラゴンとは違う、別の妖魔(モンスター)…むしろドラゴンだった時よりも大きくなった魔気(ガルドレート)を感じる。
 アークはルナテミスに戻った。
 自分が死に至ったあと、意識を取り戻すまでの間に何があったのか、たぶん自分だけの知識では解明出来ないだろう。
 だがファルサーの身に何が起こったのかは、自分だけでも調べることができる。
 だから自分は、自分にできる最大の範囲で、今後どうすべきかを考えなければならない。
 アークは身支度を整えると、湖畔に向かって歩き出した。



*剣闘士の男:おわり*
 作者の主観によるキャラや、ネーミングの元ネタなど。
 意図せずにネタバレなどしている可能性がありますので、物語のみをお楽しみになりたい方は、読み飛ばしを推奨します。

○登場人物
○アーク
 銀髪碧眼で色白な、白子のような容貌の人物。
 麓の町の人間(リオン)からは "隠者のビショップ" と呼ばれる、人間(リオン)以外の長命なヒトガタ種族。
 その正体は、本人にすら判っていないナゾのヒト。
 性格は神経質で、ややマッドサイエンティスト気質がある。

○ファルサー
 ナントカ帝国の剣闘士(グラディエーター)
 金髪碧眼で筋骨たくましい、大柄な男。
 苦労の多い人生だったせいか、年齢以上に達観していて、人格は穏やか。


○用語解説
○麓の町
 町の名称は、設定では既に決めてある。
 ただ、人間(リオン)の町の名称なんぞ、アークには微塵も興味がナイだろうな…と言う理由で、この章ではあえて出さない方針に決めた。

○湖とその真ん中にある島
 周囲が標高の有る山に囲まれているカルデラ湖。
 カルデラ湖なんだから、真ん中の島は、島じゃなくて湖底が盛り上がった地形の一部。
 なんで同じ地質なのに、そこでしか稀少鉱石が採掘出来ないのかは、一応理由がある。
 佇まいのイメージはモンテ・イーゾラ。

○ルナテミス
 こだわりの巨大露天風呂・巨大図書室・巨大倉庫が完備されていて、かつ研究室・乾燥室・燻煙室などの施設もある、アークの趣味のお屋敷。
 風呂のイメージは、スーパー銭湯とデスラー総統(by 宇宙戦艦ヤマト)のお風呂と、教皇様(by 聖闘士星矢)んトコのお風呂を、いい感じに混ぜ混ぜして、更に崖っぷちで落ちたら一巻の終わり的なロケーションが加わった感じ。
 山の地理的なイメージは、スイス辺りなんだけど。
 視覚的なイメージは、アマ・ダブラム山とか、スタートレックDS9 シーズン5「あの頂を目指せ」で、オドーとクワークが登ってたトコ(場所は不明)とか。

○種族
 ファンタジーらしく、いろいろなヒトガタ及び、ヒトガタじゃない知的生命体が存在する。

○人間
 本編内では、リオンもしくはフォルクと呼称される。
 特に問題もなく年齢を重ねた場合は、100年程度生きるが、種としては弱いために平均寿命は60〜70年程度。
 能力値(ステータス)は軒並み平均値か、それ以下で、飛び抜けた能力などもなく、この世界における種族のヒエラルキーで見ると割と下の方に属する種族。
 リオンは "頂点に立つ者" フォルクは "数の多い者" を指す古代語(フォニルオロ)である。
 他種族からの呼び名の通り、ヒトガタ種族の中で最も数が多い。
 この世界の(ことわり)から少々外れていて、他種族が多かれ少なかれ必ず持っている魔力(ガルドル)を持たない者が、持っている者の数を上回っている。
 その数の多さ故にコミュニティを発展させ、魔力(ガルドル)を持たないハンデや寿命の短さを物ともせずに蔓延(はびこ)っている。

獣人族(セリアンスロウ)
 平均寿命は300〜500年程度。
 能力値(ステータス)人間(リオン)と似通っているが、細分化された動物的特徴を備えているために、一部では非常に秀でており、ヒエラルキーの上位の種族にも劣らない能力を発揮することもある。
 一般的に占い師(ソーサラー)に向くのは蜘人族(アラクネ)だが、アークの出会った旅芸人(ジョングルール)占い師(ソーサラー)蛇人族(ラミア)だった。

幻獣族(ファンタズマ)
 ヒトガタをしておらず、知能があり、かつ大きな魔力(ガルドル)を備えている…という条件が揃った生き物の総称的な種族名。
 ヒトガタ種族とは言語が異なるために、基本的に意思疎通は不可能とされる。
 ひとくくりに "幻獣族(ファンタズマ)" とされるが、冒険者組合(アドベンチャーギルド)では、周囲に及ぼす影響や危険度などから、上級・中級・下級の分類がされている。
 本能的に周囲を魔障(ガルドリング)する性質を持ち、上級ともなると致死の災害に等しい存在となる。

旅芸人(ジョングルール)
 人間(リオン)のコミュニティに外貨を稼ぎに来る獣人族(セリアンスロウ)達には、割とポピュラーなお仕事。
 本当に芸を売る本格派と、口先三寸で金を巻き上げる詐欺師派がいる(アークが出会ったのは詐欺師派)。
 占い・吟遊・奇術・ジャグリングや火吹きといった芸を、酒場や結婚式などの祝いの席で披露して、場を盛り上げたりするのが主な活動。
 ドサ回りで民衆に向かって歌う詩人はバード、もちょっと有名人でセレブに呼ばれて歌うような詩人はミンストロジーと呼ばれる。

戦士(フェディン)
 冒険者組合(アドベンチャーギルド)で職種として認められた職業。
 もしくは、主に剣を持って戦う人の総称。
 故に剣闘士(グラディエーター)のファルサーも「戦士(フェディン)たる者」とゆー教えを受けた。

司教(ビショップ)
 人間(リオン)の信仰する宗教の中の位階の一つ。

魔導士(セイドラー)
 己の魔力(ガルドル)を、完全に自身でコントロール出来る者の名称。
 もしくは、魔導組合(セイドラーズギルド)によって、上記の状態であると認定されし者。
 この "認定" がされていない魔力持ち(セイズ)は、社会に貢献する気がない危険分子扱いされて、袋叩きにさせる可能性がある。
 ちなみに、魔導士(セイドラー)達は魔力(ガルドル)を持たない者を "持たざる者(ノーマル)" と呼んで蔑んでいるとかなんとか…。

魔素(ガンド)
 世界に存在する元素のひとつ。

魔力(ガルドル)
 魔素(ガンド)を扱える量であり、その生物が体内に留めている魔素(ガンド)の量。
 成長期には身体同様に育つが、成人するとフツーはそれ以上大きくならない。

魔法(ガルズ)
 体内の魔素(ガンド)を放出することで、顕現する(じゅつ)
 (じゅつ)を行使した分の魔素(ガンド)は体内から失われるが、周囲の魔素(ガンド)を吸収することで、体内の魔力(ガルドル)の量は一定を保つことが出来るが、なんらかの要因により吸収が出来ないと気絶したりする。
 また、長時間に渡って放出と吸収を繰り返したり、自身の限界に近い量を一気に放出したりすると疲労する。

呪文(スペル)(サークル)(ヘンジ)
 魔力持ち(セイズ)が少なく、更に扱える魔力(ガルドル)も小さな人間(リオン)が、火力を安定して扱うために考案した方法。
 呪文(スペル)魔力(ガルドル)を込めた声(音)で、(サークル)魔力(ガルドル)を込めた指先で、(ヘンジ)魔力(ガルドル)を込めた道具で、それぞれ術式を行使する。

古代魔法(フォニルガルズ)
 魔法(ガルズ)よりも系譜が古い、太古の時代に創られた術式。
 古代語(フォニルオロ)で記されており、行使するには言葉の意味を理解している必要がある。
 変幻術(ブリンディ)のように、現在でも受け継がれているものもあれば、結界(フルンド)のように殆ど忘れられているものもある。

魔気(ガルドレート)
 魔力(ガルドル)の気配。
 自身の持つ魔力(ガルドル)よりも魔気(ガルドレート)の濃い場所に、特になんの対策もせずに長く滞在すると、その影響を受ける。
 細胞が変質するほどの影響を受けた場合、変質に馴染むと妖魔化(ガルドナイズ)し、馴染めなければ死に至る。

魔障(ガルドリング)
 魔気(ガルドレート)によって及ぼされた影響、もしくはその結果。
 魔力(ガルドル)を完全にコントロール出来る(もの)であれば、他者への影響は抑えることが可能だが、幻獣族(ファンタズマ)のように本能的に他者を魔障(ガルドリング)する存在もある。
 他者からの魔障(ガルドリング)は、(じゅつ)を使ったり、魔道具(ガルドラル)を使用することである程度は防げるが、絶対ではない。
 強大な魔気(ガルドレート)に晒された場合、耐性が無いと不調をきたし、最悪の場合は死に至る。

妖魔化(ガルドナイズ)
 魔障(ガルドリング)によって、変質してしまった状態。
 魔気(ガルドレート)を防ぎ切れず、なおかつ妖魔化(ガルドナイズ)出来なかった場合は、死に至る。
 このため、人間(リオン)のように魔力(ガルドル)を持たない者にとっては、上級の幻獣族(ファンタズマ)はその存在が致死の災害に等しい。

傘下(ファミリア)
 幻獣族(ファンタズマ)特殊技能(スキル)
 自身の魔気(ガルドレート)よって妖魔化(ガルドナイズ)した生き物を、従属させる能力。

特殊技能(スキル)
 個々が持つ特殊な能力。
 基本的に常時発動しており、よほどの鍛錬をしなければ自身の意志で発動を()めることは出来ない。
 意識的に使いこなすことで研鑽され、効果や技術が向上するが、無意識の放置にしておくと、ヒエラルキーの下位の者に越される事もある。

幻像術(ブリンディ)
 一般的には獣人族(セリアンスロウ)人間(リオン)のコミュニティに紛れ込むために使用する。
 基本的に錯覚を用いた(じゅつ)なので、自身の体の部位を、物理的に隠したりはしていない。
 術そのものは非常に単純で、魔力持ち(セイズ)なら直ぐに使えるようになるが、魔力持ち(セイズ)同士の場合は、魔力(ガルドル)やヒエラルキーの上下で比較的簡単に看破出来る。
 ただし、熟練することで上位の(もの)を相手にしても騙すことは可能。



「クロスく〜ん。大人なんだからさぁ、わかるでしょ? キミだけ(・・)、なんだよねぇ〜。商隊と護衛隊、両方からクレームきてるヒトはさぁ…」

 商隊のリーダーを務めている小太りの男は、じろりと視線をクロスに向け、これみよがしのため息を()き、実に面倒くさそうな顔をした。
 これは要するに、解雇通知だ。
 そしてクロスは、数日前にようやくの思いでありついた護衛の仕事を、あっさりとお払い箱にされた。

「ああ、またか…」

 もう、ため息も出ない。
 いつもの(・・・・)ことだが、自己肯定感がダダ下がる。
 魔導士(セイドラー)としての技量は、(だれ)にも引けは取らないし、それに関しては絶対の自信がある。
 但し、それ以外のことに関しては、(だれ)にも引けを取ってばかりだ。

「どうすっかな…」

 クロスは、一人で森の中の切り株に座り込んでいた。
 商隊の護衛の仕事は、冒険者組合(アドベンチャーギルド)の斡旋だが、解雇の権限は商隊にある。
 出先でクビを言い渡されるのは、クロスに取っては "いつものこと" であった。
 魔力(ガルドル)を持たない、いわゆる持たざる者(ノーマル)達は、魔導士(セイドラー)を嫌う。
 もっとも彼らにしてみれば、 "魔法(ガルズ)" などという、得体のしれないモノを使う魔導士(セイドラー)は、薄気味悪い嫌悪の対象なのだから、仕方がないのかもしれないが。
 仕事の難易度に関係なく、基本は "彼らをやり過ごす" ことが出来れば、仕事の90%は成功したと言えるだろう。
 雇用主が魔導士(セイドラー)を嫌悪していれば、くだらぬ口喧嘩程度のことがきっかけでも、これこのようにクビになるのだから。

 そうして、今までにクビにされた履歴を細かく思い返して、余計に気分を落ち込ませて歩いていたら、いつのまにか方向を見失って、森の中にいた。
 無闇に歩き回っても良いことはないだろう…と考え、とりあえず動くのをやめ、目についた切り株に座っている。

「こういう場所って、レイスみたいな、実体(じったい)のない変なものが出やすいんだよなぁ…」

 そう呟いてから、思わずブルブルと(こうべ)を振る。

「いかん、いかん! 弱気こそがヤツらを呼ぶんだ!」

 (おのれ)を鼓舞しようとしたクロスの耳に、ヒトの声が聞こえた。
 こんな場所で? と言う疑問と、考えた途端に "出た" のか? と言う恐怖が同時に脳裏を掠めたが、それらを払拭する生気が漲った喊声(かんせい)が、再び聞こえる。
 クロスは、声のする(ほう)へ急いだ。