様々な思いの入り混じった進路相談も終わり、学校内はいよいよ文化祭ムード一色に染まる。
 柚月自身は、クラスの出し物「謎解きリアル脱出ゲーム」のシナリオに携わったところでお役御免だ。当日の会場設営や進行は担当じゃないので、演劇部の芝居を観に行こうと思っている。
「おれも柚月と一緒に行く」
 学食でオレンジジュースを飲んでいた柚月の前に、「よう」と笑いかける晴太の顔が出てきて、また柚月はジュースをこぼしそうになった。
「急に出てくんの、やめろ」
「いや、何度か声掛けたぞ? 柚月、ぶつぶつ独り言言いながら自分の世界に入ってたから気が付かなかっただろうけど」
「……気が付かなかった」

 やっぱりなー。ニヤニヤと笑いながら、晴太が柚月の顔を覗き込んでくる。近い。柚月は自分の顔に熱が集まるのを感じ、それがまた余計に焦りを呼んだ。
「な、何だよ」
「演劇部の芝居。おれも観に行くって言ったの」
「晴太だって自分のクラスの出し物あんだろ」
「あるよ。青南高校カレー食堂。おれは午前中担当だから、午後の演劇部は観に行けるんですー」
「あっそ。行ったらいいじゃん」
「柚月と観るんだよ」

 晴太の一挙手一投足に、いちいち心が跳ねるのは何故だろう。どうして晴太は、俺なんかに構うんだろう。どうして俺は、晴太と一緒に芝居を観に行けたら嬉しいと思っているんだろう。

「好きにすれば」
 柚月の口から出たのは、思いとは裏腹の不愛想な一言。自分でもその返事はないな、と思うのに、晴太は嬉しそうに笑うから。
「よっしゃ。いろいろ解説してくれよな」
 俺だって楽しみにしてしまうじゃないか、文化祭。晴太のクラスはカレーか。

 大勢の人間はやっぱり苦手だ。
 文化祭当日の朝。柚月はトラブルがないよう早めに家を出て、クラスの控室に座り待機をしていた。
 余計に、大勢の中の孤独を味わっている。柚月は、私たちも行こうかという伯母さん夫婦の申し出を断ってしまったことを、少し後悔していた。自分のことを分かってくれている人がいれば、孤独感を感じなくて済んだのに。

 そうまでして朝から文化祭に来たかったのは、隣のクラスの出し物に行きたかったからだ。そう、青南高校カレー食堂。晴太が腕をふるっている姿を覗いてみたい。
 グループやカップルが楽しそうに廊下を歩いている間を、柚月は制服のポケットに手を突っ込みながら無言ですり抜ける。
いや、ポケットに手を入れていたら危ないと思い返して、慌てて手を出すけれど、そんな柚月の姿を見ている人はだれもいない。アウェイなのはいつものことだけれど、こういう時はちょっとつまらない。

 飲食を扱うクラスは、調理室を交代で使うことになっていた。晴太のクラスが割り当てられたのは、今日のお昼までだという。
「朝五時起きで仕込みだぜ? ヤバくね?」
 今は朝十時。晴太は元気でカレーを作っているだろうか。柚月はドアの前で食券を受け取ると、緊張ぎみに調理室へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませー!」
 晴太の声だ。はやる気持ちを抑えながら、柚月は声のした方を見る。調理スペースから、まるで晴れた日のような笑顔が柚月を迎えていた。