「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」
私が聞いてもリースマン氏は座って地面を眺めている。
私は右人差し指を立てて、リースマン氏の目の前でゆっくり大きく左右に振った。
しかし彼の反応はない。
「あ、あの……何をしてらっしゃるんですか?」
ポレッタが目を丸くして、そう聞いてきたので私は答えた。
「人間は目で物を見ます。こうやって指を振ると、自然と指のほうに目が向くのです。でもリースマンさんはそうならない。──リースマンさん、どうですか?」
私はリースマン氏の名前を呼びつつ、彼の右耳のそばで手を強く叩いた。
しかし彼はまたもぼんやりしているだけだ。
「お前……何をしとるんだ」
ゴランボス氏はイライラしつつ言った。
今度はパメラがゴランボス氏に説明した。
「リースマンさんの耳が聞こえているかどうか、反応を確かめてんだよ。っていうか分かるでしょ、それくらい」
ゴランボス氏は眉をピクピクさせていたが、私はポレッタに耳打ちした。
(ポレッタ、リースマンさんに気づかれないように後ろにまわって。そしていきなり彼の背中を軽く触ってください)
(え? は、はい)
ポレッタはそっとリースマン氏の後ろに回り、彼の背中を触った。
それでも彼はまったく反応を示さない。
「おい、何の悪ふざけなんだ?」
ゴランボス氏は眉をひそめてそう言ったが、パメラが説明してくれた。
「リーズマンさんに『触覚』があるかどうかを試してんだよ。人間っていきなり触られると、『何だ?』という風に反応するでしょ。それがないみたい」
「だから、それが何だというんだ!」
ゴランボス氏が怒鳴ったので私は静かに答えた。
「リースマンさんの『脳』の『後ろ部分』『両横部分』『上部分』に、何らかの理由で『神経伝達物質』が行き来していないと思われます。問題は脳の部分です」
「何? の……『のう』とは何だ?」
「聖女医学では、頭の中に『脳』というものがあるとされています。人間はその脳で、考えたり物を見たり音を聞いたりするのです」
「そ、そんなバカな。──いや、頭の中に奇妙な塊があるのは知ってるぞ」
ゴランボス氏はふん、と笑った。
「人間の頭の中に存在する、シワのある奇妙な塊だろう? 俺たちの医学ではまだ解明できていない、謎の肉の塊だ。一応、人間は物を考えるときに、そこを使うと考えられているが」
「ええ、おっしゃる通り、人は思考するとき脳を使います」
「だが、物を見るのは目。音を聞くのは耳だ。その頭の中の肉の塊なんぞと関係があるわけない!」
「いいえ」
私は言った。
「『物を見る』『音を聞く』『運動する』『刺激を感じる』……この世の中の事象をとらえる機能が、頭の中の脳という部分に備わっているのです」
「はああ? 何だそれは。か、勝手にそんなデタラメを作るな」
「いえ、聖女医学の知識に間違いはありません」
私がそう言うと、ゴランボス氏は首を横に振って言った。
「じゃ、じゃあ百歩譲ってお前の言い分を聞いてやろう。どうしてリースマンは反応を示さない?」
「それをこれから解明します。私の透視能力で脳の中の『神経細胞』と『神経伝達物質』を見るのです。ただし、これらは目で確認ができませんから、私の頭の中だけで診ることになりますが」
「バ、バカバカしい! 透視能力? そんなものがあってたまるか」
ゴランボス氏は地面を踏みつけた。
「俺は帰る!」
ゴランボス氏はさっさと公園を出ていってしまったが、代わりにラーバスが入れ替わるように公園に入ってきた。
「お、おや? ゴランボス先生だ。君らが心配になって来てみたが」
「怒って帰ってしまわれました」
「な、何だと? そうなのか?」
私はラーバスに脳の説明をした。
彼は驚いていたが、やがて深くうなずいた。
「実は私も『頭の中の謎の塊』の機能について、君の話と似た古い医学の伝承を聞いたことがある。頭の中の謎の塊……つまり君の言う脳──が人間のほとんどを司っていると。……で、これからどうするんだ?」
「リースマン氏の頭の中を診ます」
「な、何?」
私は驚くラーバスを尻目に、リースマン氏の頭の中を透視した。
私の頭の中に彼の脳の映像が入り込んできた。
外面的には問題ない脳だ。
だが、神経細胞に伝わる神経伝達物質の伝わり方がおかしい。
神経伝達物質は実際に見えるわけではなく、「光」として流れが見える。
光はネズミが排水管を動き回っている様子に似ている。
だが、その光が脳まで行き届いていないようだ。
「神経伝達物質の流れが悪いね」
パメラも透視能力を使いながら言った。
「そのくせ彼の内臓には毒の『気』が見えないし」
「ええ」
「──毒性がなく脳に作用するもの……。酒飲みのおっさんが『お花畑が見えるぞ』とか言ってるけど、あれと似たようなものかな?」
「お酒……」
私は頭にひらめくものがあって言った。
「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮や鎮静、幻覚作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」
私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。
閉ざされていた扉が開いた──と思った。
私が聞いてもリースマン氏は座って地面を眺めている。
私は右人差し指を立てて、リースマン氏の目の前でゆっくり大きく左右に振った。
しかし彼の反応はない。
「あ、あの……何をしてらっしゃるんですか?」
ポレッタが目を丸くして、そう聞いてきたので私は答えた。
「人間は目で物を見ます。こうやって指を振ると、自然と指のほうに目が向くのです。でもリースマンさんはそうならない。──リースマンさん、どうですか?」
私はリースマン氏の名前を呼びつつ、彼の右耳のそばで手を強く叩いた。
しかし彼はまたもぼんやりしているだけだ。
「お前……何をしとるんだ」
ゴランボス氏はイライラしつつ言った。
今度はパメラがゴランボス氏に説明した。
「リースマンさんの耳が聞こえているかどうか、反応を確かめてんだよ。っていうか分かるでしょ、それくらい」
ゴランボス氏は眉をピクピクさせていたが、私はポレッタに耳打ちした。
(ポレッタ、リースマンさんに気づかれないように後ろにまわって。そしていきなり彼の背中を軽く触ってください)
(え? は、はい)
ポレッタはそっとリースマン氏の後ろに回り、彼の背中を触った。
それでも彼はまったく反応を示さない。
「おい、何の悪ふざけなんだ?」
ゴランボス氏は眉をひそめてそう言ったが、パメラが説明してくれた。
「リーズマンさんに『触覚』があるかどうかを試してんだよ。人間っていきなり触られると、『何だ?』という風に反応するでしょ。それがないみたい」
「だから、それが何だというんだ!」
ゴランボス氏が怒鳴ったので私は静かに答えた。
「リースマンさんの『脳』の『後ろ部分』『両横部分』『上部分』に、何らかの理由で『神経伝達物質』が行き来していないと思われます。問題は脳の部分です」
「何? の……『のう』とは何だ?」
「聖女医学では、頭の中に『脳』というものがあるとされています。人間はその脳で、考えたり物を見たり音を聞いたりするのです」
「そ、そんなバカな。──いや、頭の中に奇妙な塊があるのは知ってるぞ」
ゴランボス氏はふん、と笑った。
「人間の頭の中に存在する、シワのある奇妙な塊だろう? 俺たちの医学ではまだ解明できていない、謎の肉の塊だ。一応、人間は物を考えるときに、そこを使うと考えられているが」
「ええ、おっしゃる通り、人は思考するとき脳を使います」
「だが、物を見るのは目。音を聞くのは耳だ。その頭の中の肉の塊なんぞと関係があるわけない!」
「いいえ」
私は言った。
「『物を見る』『音を聞く』『運動する』『刺激を感じる』……この世の中の事象をとらえる機能が、頭の中の脳という部分に備わっているのです」
「はああ? 何だそれは。か、勝手にそんなデタラメを作るな」
「いえ、聖女医学の知識に間違いはありません」
私がそう言うと、ゴランボス氏は首を横に振って言った。
「じゃ、じゃあ百歩譲ってお前の言い分を聞いてやろう。どうしてリースマンは反応を示さない?」
「それをこれから解明します。私の透視能力で脳の中の『神経細胞』と『神経伝達物質』を見るのです。ただし、これらは目で確認ができませんから、私の頭の中だけで診ることになりますが」
「バ、バカバカしい! 透視能力? そんなものがあってたまるか」
ゴランボス氏は地面を踏みつけた。
「俺は帰る!」
ゴランボス氏はさっさと公園を出ていってしまったが、代わりにラーバスが入れ替わるように公園に入ってきた。
「お、おや? ゴランボス先生だ。君らが心配になって来てみたが」
「怒って帰ってしまわれました」
「な、何だと? そうなのか?」
私はラーバスに脳の説明をした。
彼は驚いていたが、やがて深くうなずいた。
「実は私も『頭の中の謎の塊』の機能について、君の話と似た古い医学の伝承を聞いたことがある。頭の中の謎の塊……つまり君の言う脳──が人間のほとんどを司っていると。……で、これからどうするんだ?」
「リースマン氏の頭の中を診ます」
「な、何?」
私は驚くラーバスを尻目に、リースマン氏の頭の中を透視した。
私の頭の中に彼の脳の映像が入り込んできた。
外面的には問題ない脳だ。
だが、神経細胞に伝わる神経伝達物質の伝わり方がおかしい。
神経伝達物質は実際に見えるわけではなく、「光」として流れが見える。
光はネズミが排水管を動き回っている様子に似ている。
だが、その光が脳まで行き届いていないようだ。
「神経伝達物質の流れが悪いね」
パメラも透視能力を使いながら言った。
「そのくせ彼の内臓には毒の『気』が見えないし」
「ええ」
「──毒性がなく脳に作用するもの……。酒飲みのおっさんが『お花畑が見えるぞ』とか言ってるけど、あれと似たようなものかな?」
「お酒……」
私は頭にひらめくものがあって言った。
「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮や鎮静、幻覚作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」
私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。
閉ざされていた扉が開いた──と思った。