パメラは白魔法医師のラーバスに、体に傷があるか確認してもらった。
何も問題ないということで、私は一安心だ……。
私たちは夕方、ラーバスに街の川の外周にある小さな料理店に招かれた。
女性看護師のポレッタは家に帰ったらしいが、この街は不気味だし魔物がでるので心配だ。
料理店にはちゃんと料理人もいるし、お客は少ないがきちんと経営している。
客は街の住人だろう。
「こんなに食料があるなんて。グレンデル城の城下町みたい」
私は料理を食べながら言った。
牛肉や野菜のコース料理や、パンもあり、今のご時世では考えられない豪勢な食事だ。
ラーバスは言った。
「物資や食材はジャームデル王国から届いています」
物資や食材が届く……?
しかも悪名高き戦闘国家、ジャームデル王国から?
確かあの国はイザベラ女王と関係が深いと聞く。
(おい、アンナ。料理をあんたの能力で調べたほうがいい)
隣に座っているパメラが、私に耳打ちした。
私はあわててうなずいた。
疑うのはいけないと思ったけれど、料理に毒があるかを透視魔法で見た。
料理から緑色の「気」は出ていない。
毒はまったくなさそうだ。
私とパメラはホッと息をついた。
「この街は二年前に、ジャームデル王国が寂れたゾートマルク村を改造して造り上げた街なのです」
ラーバスがそう言ったので、私は思わず聞いた。
「なぜジャームデル王国がそんなことを?」
「私はジャームデル王国に雇われただけの白魔法医師なので、詳しくは知りません」
「ラーバス、あなたはジャームデル王国の人間なの?」
「私は安い金でジャームデル王国に雇われた、単なる白魔法医師ですよ。しかし医者として誇りをもって人を診察、診療します」
そしてラーバスは静かにこう言った。
「この街はジャームデル王国の実験施設なのです」
私たちは眉をひそめた。
「実験施設だと? 一体何の実験施設なんだ?」
ジャッカルは半ば声を強めて聞いた。
「先程の魔物……グールは、この村の川の内周に住む街の住人なのです。それをジャームデル王国は監視しています。私が知っているのはその程度です」
驚く私たちを尻目に、ラーバスは静かに続けた。
「夕方から住人はグールとなり、朝になると普通の人間に戻っていく。しかし人間に戻っても正気はないが」
「お、おいおい! それが本当ならやばいじゃないか。今は夕方だろ? そのグールとやらが川の内側から来るぞ!」
ジャッカルが声を上げると、レストランにいた数名の客はこっちを見やった。
(アホ! 声がでかい!)
パメラがジャッカルを肘で小突いた。
ラーバスは再び言った。
「石橋は開閉式になっており、夕方は川を渡れません。グールは川を渡ることはほぼありません」
「では、昼にパメラを襲っていたグールは?」
私が聞くとラーバスは答えた。
「時折、昼にグール化する者がいるのです。そういうときには私の魔法で眠らせます」
「あたしを襲ったグールは? 担架であいつの家に運び込んだんだな?」
パメラは少し怒っているようだった。
「そういうことです。元は人間ですからね。彼にも家があります」
「周辺住民は危険じゃないのか?」
「私の魔法で眠っているから大丈夫です。朝になればグール化が解けます」
私はローバッツ工業地帯の村のターニャを思い出していた。
「となると……私の知り合いの娘さん、ターニャもグールになっていたのですね」
「私もそう思います。なぜここから離れたローバッツ工業地帯の村に、グール化した子どもがいるのかは不明ですが」
うーん……確かに謎だ。
「あなたたちはローバッツ工業地帯の村人を治癒する協力者を探しているのでしょう? この街のニ十キロメートル南に、ルバイヤという村があります。そこには白魔法医師たちの隠れ里があります」
白魔法医師たちの隠れ里!
私はそんな場所があるのか、と驚いた。
「ウォルターさん、ジャッカルさん、あなたたちはかなり腕が立つとみえるが」
ラーバスはウォルターとジャッカルを見やった。
「私から見ると、まったく力が解放されていない。特にウォルターさん、あなたはまだ力を秘めていますね。──私の知り合いには『聖騎士』という職業についている者がいます。あなたは今の騎士から、聖騎士に転職するべきだと思う」
「聖騎士!」
ウォルターは驚いたように声を上げた。
「伝説の職業じゃないか。騎士《きし》よりもずっと強く位の高い職業だ……! ぼ、僕にそんな資格があるのか?」
「あなたならその力を備えているのでは? ルバイヤ村に人間の力を引き出してくれる人がいます。それに加え、ルバイヤ村の者ならあなた方の要望に応えて、たくさんの協力者を派遣してくれるかもしれません」
「そ、それはすごい!」
私は思わず声を上げた。
ルバイヤ村に行かなければ……!
「ルバイヤ村に人間の力を引き出してくれる人がいます。それに加え、ルバイヤ村の者ならあなた方の要望に応えて、たくさんの協力者を派遣してくれるかもしれません」
「そ、それはすごい!」
私は思わず声を上げた。
ルバイヤ村に行かなければ……!
だが一方でここ、ゾートマルクの街の魔物──グール化した人々のことも調査したいという気持ちもあった。
聖女として、人を苦しめるこの謎の現象を放ってはおけない……!
◇ ◇ ◇
川の内周地域の住人は夕方からグール化する!
となると問題は、私たちが夜をどう過ごすか。
私たちが宿泊する場所を探さなければならない。
ちょうど、川の外周地域に「陽馬亭」という宿屋があったので、そこで宿泊することになった。
「ご主人はグールが怖くないのですか?」
私は宿泊手続きをする際、宿屋の痩せた主人に聞いた。
しかし宿屋の主人はまったくそれについては答えなかった。
「……お前たちの宿泊する部屋は102号室と103号室だ」
そして彼はこう付け加えた。
「この街で余計なことをするな。分かったな。変な真似をしたら……報告するぞ!」
こ、この主人──ジャームデル王国の監視人だ!
「僕たちは常に監視されている──そう覚悟しておけばいい」
ウォルターは受付から離れた窓の前で静かに言った。
窓からは川の向こう側の内周地域の家々が見える。
すでに開閉式の石橋は跳ね上げられ、川の外周地域と内周地域の行き来はできないようになっていた。
そのとき!
「う、う、う……ぐ、ぐぐ……」
……うなり声が窓の外から聞こえた!
それはほぼ間違いなく、グール化した人間の声だった……。
◇ ◇ ◇
ウォルターとジャッカルの部屋──102号室で私たちは相談した。
ウォルターが口を開いた。
「明日、僕が一人でルバイヤ村に行こう」
「そ、それは危険じゃない?」
私は心配してあわてて言った。
「魔物のゴブリンが道中にいるかもしれないし、ルバイヤ村はジャームデル王国の国境付近の村らしいわ。ジャームデル王国はグレンデル王国と友好国。国王はイザベラ女王と深い仲だというし……危険よ」
「アンナ、ウォルターに任せておけ」
ジャッカルが言った。
「アンナとパメラはここ、ゾートマルクで色々やることがあるんだろ。この街には俺が残ってやるから安心しろ」
「ジャッカル、あんたが~? 余計心配だなあ」
パメラがそう突っ込んだので私たちはクスッと噴き出した。
ウォルターは話はまとまった、という風にうなずき言った。
「僕がルバイヤ村に行き白魔法医師たちに協力者を募ろう。アンナたちは、この街のグール化現象を解明するんだな?」
「ええ。明日の朝、グール化から解けた人々の様子を見ます」
私がそう言った……そのとき!
窓の外でガラスが割れるような音が聞こえた。
私たちは窓から川の向こう側──川の内周地域を見た。
薄暗い中で、何かがうごめいているように見えた。
……人間……いや、グールだ!
「グールが家の外に出ているのか!」
ジャッカルが声を上げたとき、またガラスが割れる音がした。
グール化《か》した人間が、家の窓ガラスを割っているのだ!
これは思った以上に深刻な状況だ……。
◇ ◇ ◇
翌朝──快晴。
私、パメラ、ウォルターはラーバスを診療所の外に呼び出した。
ジャッカルは朝の見回りに行ってしまっている。
「アンナ、あ、あなた方がグール化した人間たちの診察をするというのですか?」
私がうなずくとラーバスはため息をついて言った。
「まったく無茶ですね。朝はグール化がおさまるといっても、彼らは正気を失っています。また、時折グール化する者もいる。危険ですよ」
「僕はルバイヤ村に一人で行きます。ここからニ十キロ南に行けば良いのですよね?」
ウォルターはラーバスに言った。
ラーバスは首を横に振りつつも、観念したようにつぶやいた。
「まったくウォルター……あなたも……。確かに私はあなたに聖騎士に転職することを勧めました。しかしその道中には魔物のゴブリンもいて危険です。それに、白魔法医師の隠れ里という名前の通り、物凄く警戒が強い村なのです。……私が紹介状を書きますが、追い返されるかもしれませんよ」
「恩に着ます。馬車で早めに帰ってきます」
ウォルターはラーバスに頭を下げた。
すぐにウォルターはラーバスに紹介状を書いてもらい、馬車の停車場に行ってしまった。
そのとき……!
「何だ、お前らは!」
私たちの後ろで、ダミ声が上がった。
後ろを振り向くと、そこには太った強面の中年男が立っていた。
おや? 医者のような服を着ている。
白魔法医師ではなく普通の医師の格好だ。
「ああ? 新参者が街に来たと聞いてきたが……何だぁ? お前ら」
中年医師は怒鳴った。
「こ、これは、ゴランボス先生!」
ラーバスがその中年男に頭を下げて言った。
「か、彼女たちが、昨日話したグール化現象を解明したいと言っている人たちです」
「はあ? グール化現象を解明したいだと?」
この太った医者は私たちを睨みつけて叫んだ。
「できるわけねぇだろうが! 俺が二年もかけて研究しているのによ。さっさと帰れよ。邪魔だよ、お前ら!」
な、何だ、この中年男は?
本当に医師なのだろうか?
「はあ? グール化現象を解明したいだと?」
この太った医者は私たちを睨みつけて叫んだ。
「できるわけねぇだろうが! 俺が二年もかけて研究しているのによ。さっさと帰れよ。邪魔だよ、お前ら!」
な、何だ、この中年男は?
本当に医師なのだろうか?
ラーバスは咳払いしながら言った。
「こ、この方は医師のバルジョ・ゴランボス先生だ」
パメラは太った中年医師を見やり、眉をひそめている。
ラーバスは私たちにこの医師のことを説明した。
「ゴランボス先生はジャームデル王国と密接な繋がりがある。私の診療所にも多額の助成金を出してくださるのです」
「その通りだ!」
ゴランボス氏はそう言って、太った腹を突き出して大きく笑った。
「俺はジャームデル国立大学を卒業し医師となった。噂では聖女とやらがこの街に来たと聞いたが、お前らのことだったのか?」
「は、はい。そうですが」
私がそう言うと、ゴランボス氏はあからさまに顔をしかめた。
「聖女とかいう訳の分からん怪しい団体の役員は、信用ならんね」
「せ、聖女は怪しくなんかありません!」
私が抗議すると、ゴランボス氏は舌打ちしながら言った。
「俺はまじないの類は信じないんだよ。きちんとした大学卒業をして、医師免許があってこそ、しっかりとした医療ができるってもんだ」
正論だが……。
するとパメラが疑問点を口に出した。
「じゃあさぁ、このグール化現象は、ゴランボス先生のお力ですでに解明できたの?」
「……そんなのできたら誰も困ってねえんだよ。だから研究を続けているんだろうが!」
ゴランボス氏はわめいているが、私は言った。
「今日は私、聖女のアンナ・リバールーンがグール化しそうな患者様を診ますので」
「……聖女などよく分からんがまあ、いいだろう。だが、俺の監督のもとでなくちゃダメだ。お前らは医療の素人なんだからな」
そのとき、ラーバスの診療所から女性看護師のポレッタが出てきた。
「ラーバス先生はお仕事がありますので、私が川の内周地域をご案内いたします」
「おお、助かる。俺がこいつらを案内するなんて面倒だ」
ゴランボス氏は大きく笑った。
……ようやくゾートマルクの内周地域に足を踏み入れられるわけか。
◇ ◇ ◇
朝の九時半、ゾートマルクの外周地域の住人の操作で跳ね橋は下がった。
──彼らもジャームデル王国の監視人だろうか?
私たちが石橋を渡ると、ガラスが割れた家々が目についた。
家はモルタルと石でできていて古くはないのだが、外壁やガラス、玄関の扉が壊れている。
恐らくグール化した人たちが壊したのだろう。
「ふん」
ゴランボス氏は舌打ちした。
「こいつら、夕方から狂暴になるからなあ」
横の家の前にあるベンチには、人が黙って座っている。
地面を見つめているだけだ。
他にはただゆらゆらと歩く人を、七名も見かけた。
壁をじっと見ている人が四人もいる。
みんなグール化から覚めてはいるが、正気を失っている状態だ。
「ポレッタ、この内周地域に話せる人はいないの?」
私が聞くと、ポレッタは首を横に振った。
「会話ができる人はいません。……あっ」
ポレッタは近くの公園の中を見つつ言った。
「あそこの公園にいるのは、二十三歳のリースマン・リングラムさんですね。リースマンさんは昨日、パメラさんを襲った人です」
「えっ! き、昨日のグール!」
パメラは目を丸くした。
「ガハハハ! お前らを襲った人間が公園のあいつか!」
ゴランボス氏は笑った。
「よし、許可をだす。あいつなら観察していいぞ」
「冗談じゃないよ……」
パメラは眉をひそめた。
しかし、この内周地域の人たちはどうやって生活しているんだろう?
◇ ◇ ◇
内周地域の芝生公園に行くと、かなり痩せた男性が芝生広場に座っていた。
彼がリースマン・リングラムという人らしい。
格好はシャツとズボン。
「おとなしそうだな。昨日、あたしを襲ったグールにはとても見えない……」
パメラは恐る恐るリースマン氏を見た。
おや? 昨日は気付かなかったがリースマン氏の髪の毛が短い。
つまり、髪の毛が整えられているのだ。
「彼の髪の毛はどうしているんですか?」
私がポレッタに聞くと、彼女は答えた。
「月に一度、外周地域の美容師さんが、この人たちの髪の毛を切ってくれるんですよ」
「入浴は?」
「彼らは自分でシャワーを浴びたり、服を着たりすることはできます。グール化する前に自発的にするのです。ただ、シャワーが出しっぱなしになっていたり、ボタンをはめ間違えたりすることはしょっちゅうありますね」
ポレッタがそう説明したので驚いた。
自分で入浴や着替えができる……。
「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」
私が聞いてもリースマン氏は座って地面を眺めている。
私は一つの仮説を考えていた。
彼らに問題があるのは──頭の中──「脳」か?
「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」
私が聞いてもリースマン氏は座って地面を眺めている。
私は右人差し指を立てて、リースマン氏の目の前でゆっくり大きく左右に振った。
しかし彼の反応はない。
「あ、あの……何をしてらっしゃるんですか?」
ポレッタが目を丸くして、そう聞いてきたので私は答えた。
「人間は目で物を見ます。こうやって指を振ると、自然と指のほうに目が向くのです。でもリースマンさんはそうならない。──リースマンさん、どうですか?」
私はリースマン氏の名前を呼びつつ、彼の右耳のそばで手を強く叩いた。
しかし彼はまたもぼんやりしているだけだ。
「お前……何をしとるんだ」
ゴランボス氏はイライラしつつ言った。
今度はパメラがゴランボス氏に説明した。
「リースマンさんの耳が聞こえているかどうか、反応を確かめてんだよ。っていうか分かるでしょ、それくらい」
ゴランボス氏は眉をピクピクさせていたが、私はポレッタに耳打ちした。
(ポレッタ、リースマンさんに気づかれないように後ろにまわって。そしていきなり彼の背中を軽く触ってください)
(え? は、はい)
ポレッタはそっとリースマン氏の後ろに回り、彼の背中を触った。
それでも彼はまったく反応を示さない。
「おい、何の悪ふざけなんだ?」
ゴランボス氏は眉をひそめてそう言ったが、パメラが説明してくれた。
「リーズマンさんに『触覚』があるかどうかを試してんだよ。人間っていきなり触られると、『何だ?』という風に反応するでしょ。それがないみたい」
「だから、それが何だというんだ!」
ゴランボス氏が怒鳴ったので私は静かに答えた。
「リースマンさんの『脳』の『後ろ部分』『両横部分』『上部分』に、何らかの理由で『神経伝達物質』が行き来していないと思われます。問題は脳の部分です」
「何? の……『のう』とは何だ?」
「聖女医学では、頭の中に『脳』というものがあるとされています。人間はその脳で、考えたり物を見たり音を聞いたりするのです」
「そ、そんなバカな。──いや、頭の中に奇妙な塊があるのは知ってるぞ」
ゴランボス氏はふん、と笑った。
「人間の頭の中に存在する、シワのある奇妙な塊だろう? 俺たちの医学ではまだ解明できていない、謎の肉の塊だ。一応、人間は物を考えるときに、そこを使うと考えられているが」
「ええ、おっしゃる通り、人は思考するとき脳を使います」
「だが、物を見るのは目。音を聞くのは耳だ。その頭の中の肉の塊なんぞと関係があるわけない!」
「いいえ」
私は言った。
「『物を見る』『音を聞く』『運動する』『刺激を感じる』……この世の中の事象をとらえる機能が、頭の中の脳という部分に備わっているのです」
「はああ? 何だそれは。か、勝手にそんなデタラメを作るな」
「いえ、聖女医学の知識に間違いはありません」
私がそう言うと、ゴランボス氏は首を横に振って言った。
「じゃ、じゃあ百歩譲ってお前の言い分を聞いてやろう。どうしてリースマンは反応を示さない?」
「それをこれから解明します。私の透視能力で脳の中の『神経細胞』と『神経伝達物質』を見るのです。ただし、これらは目で確認ができませんから、私の頭の中だけで診ることになりますが」
「バ、バカバカしい! 透視能力? そんなものがあってたまるか」
ゴランボス氏は地面を踏みつけた。
「俺は帰る!」
ゴランボス氏はさっさと公園を出ていってしまったが、代わりにラーバスが入れ替わるように公園に入ってきた。
「お、おや? ゴランボス先生だ。君らが心配になって来てみたが」
「怒って帰ってしまわれました」
「な、何だと? そうなのか?」
私はラーバスに脳の説明をした。
彼は驚いていたが、やがて深くうなずいた。
「実は私も『頭の中の謎の塊』の機能について、君の話と似た古い医学の伝承を聞いたことがある。頭の中の謎の塊……つまり君の言う脳──が人間のほとんどを司っていると。……で、これからどうするんだ?」
「リースマン氏の頭の中を診ます」
「な、何?」
私は驚くラーバスを尻目に、リースマン氏の頭の中を透視した。
私の頭の中に彼の脳の映像が入り込んできた。
外面的には問題ない脳だ。
だが、神経細胞に伝わる神経伝達物質の伝わり方がおかしい。
神経伝達物質は実際に見えるわけではなく、「光」として流れが見える。
光はネズミが排水管を動き回っている様子に似ている。
だが、その光が脳まで行き届いていないようだ。
「神経伝達物質の流れが悪いね」
パメラも透視能力を使いながら言った。
「そのくせ彼の内臓には毒の『気』が見えないし」
「ええ」
「──毒性がなく脳に作用するもの……。酒飲みのおっさんが『お花畑が見えるぞ』とか言ってるけど、あれと似たようなものかな?」
「お酒……」
私は頭にひらめくものがあって言った。
「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮や鎮静、幻覚作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」
私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。
閉ざされていた扉が開いた──と思った。
「もしかしてお酒に近い、それ以上に気持ちの興奮や鎮静、幻覚作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは」
私が言うと、パメラとラーバスは顔を見合わせた。
しかし私はこの問題──死霊病に対して、かなり人の悪意が及んでいることを感じていた。
何者かが意図的に、巧妙に人を苦しめている……?
◇ ◇ ◇
リースマン氏はよろよろと芝生広場を立って、公園を出ていってしまった。
「知らない人に会って疲れてしまったのでしょう。彼は家に帰ると思います」
ラーバスは言ったが、パメラは「あたしを襲っておいて疲れたはないもんだ」と怒っていた。
グール化──いや、死霊病になった人間は記憶があるのだろうか?
それも疑問だが……。
「彼らの食事を知りたいのです。それがこの事件の鍵になります」
私がラーバスに言うと、彼は深くうなずいた。
「口で話すよりも実際に患者の家に行ってみましょうか。近くにデアーチェ・ロゼタンという六十歳の婦人がいます。彼女はグール化したことはあるが、回数は少ないはず。昼間は危険性が比較的少ないと思われるが……。彼女の家に行ってみましょう」
「ラーバス先生、私はゴランボス先生の様子を見てきます」
ポレッタが言うと、ラーバスはため息をついて「頼みます。ゴランボス先生を怒らせるとお金が入ってこないですからね」と言った。
やはりゴランボスという人は、この街にとって重要な人物なのだ……。
◇ ◇ ◇
私たちはジャッカルと合流し、デアーチェ・ロゼタンさんの家に向かった。
ジャッカルがブツブツ言った。
「おいおい、俺、グールになりそうな女の家に行くなんて嫌だぜ」
「いいからさっさと来な。危険な目にあったら盾になるヤツが必要なんだから」
パメラはジャッカルに言った。
──比較的きれいな白いモルタルと石作りの家が川の前にあった。
これがデアーチェ・ロゼタンさんの家か。
中に彼女はいるのだろうか?
「デアーチェさん」
私たちはそう呼びかけつつ、玄関のベルを鳴らした。
しかし反応がなかったので、「お邪魔します」と言ってそっと彼女の家に入った。
扉に鍵はかかっていなかった。
──年配の女性が椅子に座って猫をなでている。
目の焦点が合っていないが、ほのぼのとした光景だ。
しかし!
彼女は突然立ち上がり──いきなりパメラ目がけて飛びかかってきた。
「う、うわああああ! まただ!」
パメラが背中から抱きつかれた!
デアーチェさんは衣服を着ていたが、肌が紫色で爪が長く伸びていた。
口には牙が生えている。
グール化だ!
「くそ、昼間のグール化現象か!」
ジャッカルがデアーチェさんを後ろから抱え、床に投げ飛ばした。
しかしデアーチェさんは立ち上がろうとしている。
「近づかないで! デアーチェの爪で引っかかれたら『病原体』が入るぞ!」
ラーバスはそう叫んで呪文を唱えた。
するとデアーチェさんは途端に床に倒れ込んで寝てしまった。
──強制睡眠魔法だ。
「もう、最低!」
パメラはわめいている。
ふう……だけど誰にも怪我がなくて良かった。
「彼女の食事はこの水分ですか?」
水が入った瓶、牛乳の瓶が床に転がっている。
机に置いてあったようだが、さっきの騒ぎで倒れてしまったようだ。
デアーチェさんは床にごろんと寝てしまっているままだ。
「グール化《か》した人たちは固形物を一切食べないですね。食事は水分だけです。栄養が不十分なので心配ですが、固形物の食事を受け付けないので仕方ないですね。あ、それと……」
ラーバスは注意するように言った。
「瓶には一切触らないように」
「おっ! 赤ワインだ!」
ジャッカルが嬉しそうに声を上げた。
見ると机の横に赤ワインの瓶が置かれている。
瓶に貼られているラベルを見ると「赤ワイン」と書いてあるが、瓶は銀色で非常に珍しい。
口は開いているが中身はたっぷり入っているようだ。
コルクは無いようだが……。
ということはかなり酸化して酸っぱくなっているはず。
「よさそうな葡萄酒じゃないか」
「き、君! 瓶に触るなと言っているでしょう!」
ラーバスはジャッカルに注意したが、彼は少し赤ワインを手に出してなめてしまった。
「ちょっと味をみるだけだって。……おや? ものすごく甘いぞ。『エード』みたいだ」
「えっ? ものすごく甘い?」
私は首を傾げた。
それはおかしい。
赤ワインは酸化すると酸っぱくなるはずだ。
私もこの赤ワインを少しなめてみた。
ちなみにエードとは柑橘類などの果汁に、砂糖や香料で味をつけた飲料だ。
「アンナ! 君まで……」
ラーバスは声を上げたが味をみてみないと始まらない。
少量だ、問題はない……と思う。
「この味は……!」
甘い……赤ワインにしては驚くほど甘いといえる。
何か嫌な予感がする。
「甘すぎる葡萄酒に注意せよ」
聖女医学の教えにそうあったことを思い出した。
……そ、そうか!
「私はさっき『お酒に近い、気持ちの興奮や鎮静、幻覚作用のある物質を体内に取り込んでいるのでは』と言いました」
私は皆に言った。
「しかしそれは完璧な推理ではありませんでした。──分かりました。死霊病の正体が」
「ほ、本当ですか?」
ラーバスは目を丸くした。
私はそれにうなずいた。
「それをお話するために、いったんこの家を出ましょう。新品のこの赤ワインと同じものを手に入れてからご説明します」
私は死霊病の発生は、ある者が意図的に行った非人道的行為だと確信した。
僕──ウォルター・モートンが、アンナたちのいるゾートマルクの街から馬車で旅立ったのは四時間前だった。
御者は僕だ。
当然客車には誰も乗っていない。
馬車は荒野を進んでいく。
これから白魔法医師たちの隠れ里があるルバイヤ村に行き、今まで知り合った病人たちを救うため、協力者を連れて戻るのだ──。
◇ ◇ ◇
やがて岩場の平坦な高台を確認し、その高台の上に家々があるのを見た。
恐らくルバイヤ村だ。
僕はすぐ馬車を降り村に近寄った。
ゆるやかな階段の前には屈強そうな男が一人、立っていた。
「何だ? お前は」
「僕はウォルター・モートン。騎士だ」
「騎士だと? ダメだ、帰れ。お前のような者が来る場所ではない。ここは神聖なルバイヤ村だぞ」
「僕が仮住まいしている街や村に病人がたくさんいる。ここは白魔法医師の隠れ里だと聞いた。病気を治してくれる協力者を募っているんだ」
僕はラーバスに書いてもらった紹介状を彼に手渡した。
入り口の番人と思われる彼は、紹介状を見て首を横に振った。
「白魔法医師、ラーバス・アンテルムの紹介状か。ラーバスという男は知っている。しかし紹介状は偽物かも知れん。悪いがお引き取り願おう」
「頼む、話だけでも聞いてくれ。この村で最も偉い人に会いたい。あなたは誰だ?」
「俺はジェイラス・トルセ。このルバイヤ村の入り口の番人だ。それを聞けば満足だろう。さあ、帰ってくれ」
僕らが押し問答しているとき、上から「何をしている?」と声がした。
あご髭を生やした老人が岩場の上からこちらを見下ろしている。
「グラモネ様!」
番人のジェイラスは背筋を正して上を見上げ、岩場の老人に言った。
「この者が村に入らせろと言って聞かないのです」
「ふむ……誰だ? 君は」
老人が僕を見て聞いてきたので僕は答えた。
「僕は騎士のウォルター・モートンです」
「ウォルター……モートン……騎士……だと?」
老人は驚いた顔をしているように見えたが、そのとき……!
「ゴブリングールだぞ!」
村の右側から大声がした。
「敵襲! 敵襲!」
一人の若者が見張り台に立って叫んでいる。
ゴブリン……グール? 敵襲か?
迫ってくるのは普通のゴブリンではないらしい。
僕が東のほうを見ると、そちらには墓地があり何かがゾロゾロと歩いてくる。
……魔物だ!
その数、約二十数匹!
「どけい!」
ジェイラスは僕を押しのけて腰の剣を引き抜いた。
魔物はどんどん近づいてくる。
僕も剣を取り出した。
久しぶりに真剣を使用する!
「グウウウアアアア」
そんな魔物のうめき声が聞こえてくる。
僕は魔物の大群に近づくと奴らの姿を確認した。
魔物の肌は紫色で爪は伸び、牙が生えた──見たことのないゴブリンだ!
「こ、この魔物は……!」
どこかでこんな魔物を見た覚えはあるが、そんなことを考えている場合ではない。
戦闘が始まった。
ゴブリングールは棍棒を持ち、上からそれを振り下ろしてきた。
物凄い音を立て、荒野の岩を砕いた。
「と、とんでもない力だ! ゴブリンにこんな力はないはずだが」
僕はうめいた。
左耳元で風が鳴る。
別のゴブリングールが、左から爪を振り下ろしてきたのだ。
僕はその瞬間を見逃さなかった。
ゴブリングールの胴体を剣で斬り裂いた。
すると瞬間、仕留めたゴブリングールは宝石に変化した。
──魔物は魔力によって宝石から生み出されるのだ!
「うわあ! た、助けてくれ!」
向こうでは剣を持った村人が、ゴブリングールに殴り倒されていた。
魔物たちはもう約十匹程度に少なくなっていたが、それでも村人たちに応戦していた。
僕は殴られ倒れた村人のそばに駆けつけ、殴ったゴブリングールの体を剣で斬り裂いた。
宝石化を確認し、今度は後ろから襲い掛かってきたゴブリングールの胴を貫いた。
「や、やるな、お前!」
ジェイラスは僕を見て声を上げた。
おや? 彼の剣は不思議な透明の炎のようなものをまとっている。
その剣でゴブリングールを斬り裂くと、ゴブリングールの断面は蒸発して溶けてしまった。
な、なんだ? あの剣の術は? 見たことがないぞ。
それから三十分の戦闘が続き、村人は倒れ魔物も宝石化していった。
やがてゴブリングールは三匹となり、墓地へ逃げていった。
「大丈夫か!」
僕は倒れて失神している村人を背負った。
「……こっちだ。村に運んでくれ」
ジェイラスも怪我をした村人を背負っている。
僕は村人を背負い、階段を上がってルバイヤ村に入ることになった。
◇ ◇ ◇
ルバイヤ村は岩場を削って作った上がり階段の上にあった。
高台の上は木造の家々が建ち並んでいる。
先程の老人──グラモネ老人の家はその村の最も大きな家にあった。
かなり大きい建物だ。
家というよりは木造の診療所に見える。
「君のおかげで助かった」
グラモネ老人が診療所の診察室の中で僕を出迎えた。
「君の名前は……ウォルター・モートンか。椅子に座りなさい」
「はい」
「私は元白魔法医師長のグライモス・グラモネだ。ここは白魔法医師の隠れ里ルバイヤ村の診療所だ。私が村長で、弟子の白魔法医師たちはこの村に七十名ほどいる。皆、この村で白魔法の研究と研鑽をしているのだ」
グラモネ老人は自分も木の椅子に座り、そう言った。
僕に対する警戒心は解かれたのだろうか。
窓から下を見下ろすと、ジェイラスはまた村の入り口の番をしている。
隣の部屋を見ると、さっきの戦闘で怪我をした人々がたくさんのベッドに寝かされていた。
「先程の魔物は、ゴブリングールという魔物だそうですね」
僕はグラモネ老人に聞いた。
「僕は初めてその魔物に遭遇しましたが、似た魔物を見たことがあります」
「グール化した人間だろう?」
「ええっ? そ、そうです」
僕は驚いた。
グラモネ氏に言い当てられたからだ。
「まず、死霊病とグール化を分けて考えなければならない。二つは別の症状だ」
僕は再び驚いた。
死霊病とグール化は同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。
「全然違うものだ。死霊病は脳の病気。グール化は呪術的な薬剤を使った症状である」
「し、知っているのですか?」
僕は真剣な表情でグラモネ老人を見た。
「まず、死霊病とグール化を分けて考えなければならない。二つは別の症状だ」
僕──ウォルター・モートンはグラモネ老人の言葉に驚いた。
死霊病とグール化は同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。
「死霊病は脳の病気。グール化は呪術的な薬剤を使った症状である」
「グール化はさっきのゴブリングールを見れば分かるように、肌は紫色になり爪は伸び牙が生えるようです」
「その通り。ゴブリングールの正体はゴブリンにとある薬剤を注射して、一時的に狂暴化させた魔物だ。ゾートマルクの人間のグール化も同じ仕組みのはずだ」
グラモネ老人がそう断言したので、僕はあわてて聞いた。
「だ、誰かが注射していると?」
「そうだ。詳しく説明しよう。肌の色というのは肌の成分の『色素』の量で決まるのだ。その色素の一部を増加させると紫色になる」
「色素……」
「一方、爪や歯は、牛肉や鳥肉などに含まれる『蛋白質』という成分からできている」
僕は今まで人間の爪や歯が何でできているか、ということすら考えたことがなかった。
蛋白質という言葉も初めて聞いた。
「では、ゴブリンや人間をグール化してしまう原因は何ですか?」
「魔族が作り上げた魔族の薬剤だ。魔族の薬剤は、塩、毒キノコ数種、ドラゴンの皮、コウモリの爪、数種の薬草、魔力の結晶の粉末をエキスにしたもの。この魔族の薬剤を体に注射するとグール化現象が起こる」
「何とも複雑な薬剤ですね……」
「魔族に古代から伝わる技術があるらしい。白魔法医師は古代文献を研究し、それを解明した。魔族の薬剤を注射すれば、一時的に肌の色素は増加し、蛋白質に作用し爪は伸び、歯は牙に成長する。しかしそれは副作用で狂暴化が目的だがな」
さっきのゴブリングールも岩を砕いたし、グール化した人間も狂暴化した。
「では、死霊病のことを教えてください」
「うーむ。死霊病は難しい」
グラモネ老人は腕組みをして考え始めた。
「昼間におとなしくなり、正気がない状態を死霊病という。白魔法医師の結論としては、死霊病は脳に問題があることは分かっているのだ」
「脳……とは? その言葉を聞いたことはありますが、よく知りません」
「頭の中に入っている肉の塊だよ。脳は人間の思考、行動をすべて司るといわれている。死霊病は脳に問題がある症状だということは分かっているのだが、あまり解明できていない」
「なぜ?」
「脳には神経伝達物質というものが行き来しているらしい。これが行き届かないと死霊病になる。しかし神経伝達物質は目に見えないものなのだ。白魔法医師は魔法で人体を透視はできるのだが、神経伝達物質を視ることがでる者はいない」
グラモネ老人は残念そうに首を横に振った。
「一方で聖女には、脳を透視し、神経伝達物質の行き来を視ることができる者がいるらしいのだが……」
僕はアンナのことを咄嗟に思い出した。
彼女はこのことを解明できたのだろうか。
「さっき仰ったグール化の薬剤は手に入れることはできますか?」
「魔族の薬剤なら、すでにこの隠れ里で研究し、我々が複製を作成している。──君はさっき協力者が欲しいと言っていたようだな」
僕がうなずくとグラモネ老人はしばらく考えてから、決意するように言った。
「ゾートマルクの状況は我々も気になっていた。良い機会だ。魔族の薬剤の複製を持って、我々も行こう。君には先程の戦闘で、世話になったしな」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、その前に君には、強力な魔物と戦っていく力が足らぬ」
「ど、どういうことですか?」
僕は自分の未熟を指摘されたようで驚いたが、グラモネ老人は続けて言った。
「ジェイラスの剣術を見たか? あれが聖騎士の剣術だ」
「あ、あれが聖騎士の剣術!」
「そう、剣に白魔法をかけ、悪霊系、グール系の魔物を撃退、打倒する」
ジェイラスのゴブリングールを蒸発させて溶かす剣術は、聖騎士の剣術だったのか!
「君の力を引き出してやろう。ただし、訓練し力を伸ばすのは君の努力次第だ。──今から君は聖騎士となるが良い!」
彼は立ち上がり、座っている僕の頭の上で何かを唱え始めた。
「では『霊よ、私を上昇させてください』と言いなさい。そうしないとお前を守っている霊から許可が下りない」
「れ、霊よ、私を上昇させてください」
僕はその通りの言葉を言った。
グラモネ老人は僕の肩に右手を当てて、左手で宙に何かを描きながら唱えた。
「この者の霊に語り掛ける。上昇、上昇、上昇……」
そして続けて言った。
「霊よ、この者は次の段階まで進んでいけるようだ。福音、福音、福音……」
すると僕の頭の中で何かが引っ張られる気がした。
体が引き伸ばされ、そして元に戻り体が熱くなった。
体の奥から力が湧き出てくるような感覚を感じたが、気のせいだろうか?
「これで聖騎士になるきっかけはお前に与えた。人間には七つの見えない『門』がある。お前はすでに四つ門を開いていたが、今回は喉の辺りにある五つ目を開き、頭周辺にある六つ目の門を半分開いた」
「そうなるとどうなるのですか?」
「聖騎士に目覚めることになる。真の聖騎士なるにはまだまだ修行が必要だがな……。さあ、一緒にゾートマルクの街に行こう。私と、私の弟子の白魔法医師を五名連れていこう」
僕は聖騎士となり、白魔法医師たちと一緒にゾートマルクの街に戻ることになった。
驚いた……。
必要なことがすべて与えられ、アンナたちの元へ戻ることになったのだ!
私──アンナ・リバールーンはゾートマルクの街の死霊病患者を治癒するため、調査を行った。
そして昼、内周地域の住人の正気がない状態──死霊病に関して私は普段、彼らが飲んでいる赤ワインに問題があるとにらんだ。
ただし、それは半分しか解決していないことに気付いてしまった。
ウォルターがルバイヤ村に旅立った翌日の朝、私とパメラは宿屋の一室で考えていた。
「死霊病……つまり人の無気力状態に関してはある程度は分かったけど、グール化についてはほぼ何も分かっていないわ」
私はため息をついてパメラにつぶやくように言った。
「どういうこと? 死霊病は解明できたと言っていたじゃないか」
パメラは驚いた顔で私に聞いてきたので、私は答えた。
「よく考えたら、それは半分だけ解決できたということ。死霊病とグール化は、分けて考えなければならない別の病気だと気付いたわ」
「え? そ、そういう考え方もあるか。っていうか、何で赤ワインが死霊病の原因なんだよ。あたしはまだそれを知らないぞ。早く教えろよ」
「それはまだ言えない」
私はきっぱり言った。
死霊病とグール化《か》は分けて考えなければならないが、実際に起きている問題は同時に出ている。
だからどちらも答えが出ないと、真の正解に辿り着かない気がしたのだ。
「グール化の真相が分かってから、あなたにも皆にも話すわ」
「ったく……。あんたは何でも一人で抱え込むクセがあるからなあ」
パメラがそう不満を口にしたとき……。
「おいアンナ、パメラ! 起きてるか。す、凄いぞ!」
ジャッカルの声が部屋の外から響いた。
「ウォルターが戻ってきた! 白魔法医師をたくさん連れてきているぞ。早く外に来い!」
私とパメラは顔を見合わせた。
◇ ◇ ◇
私たちは街の入り口に急いだ。
凄い!
ウォルターと六名の白魔法医師たちが街の入り口付近に立っている!
「ほほう、ウォルターはやりましたね」
私たちと一緒に来ていたラーバスはうなった。
「おお、何と。グラモネ様がいらっしゃる! あの方は元白魔法医師長ですよ」
「ラーバス、久しぶりだな。元気かね?」
グラモネという老人はラーバスに挨拶した。
ラーバスはグラモネ老人に向かって、深く頭を垂れている。
二人は知り合いか……。
「ちっ、何だ。本当に白魔法医師を連れてきちまいやがったのか。ゾートマルクの医師は俺だけで十分だっていうのに!」
医師のゴランボス氏は舌打ちして不満をぶちまけた。
「あなたがアンナさんか。聖女だと聞いている」
グラモネ老人は私に近づいてきて言った。
「私はグライモス・グラモネだ。ウォルターから君が様々な人の病気を治癒してきたと聞いている。会えて嬉しいよ」
「ど、どうもありがとうございます。光栄です」
私はそう答えつつ、ちらりとウォルターを見た。
ん……? ええっ?
「ウォルター! 何だか体が輝いて見えるけど……」
「え? そ、そうか?」
ウォルターは恥ずかしそうにした。
私はハッと気づいた。
「あっ、そうか。聖騎士になれたのね?」
「ま、まあそうらしい。実感はそれほどないのだが。これから修業次第で真の聖騎士になれそうだ。──そういえばアンナ、このようなものを手に入れた。大変危険な薬剤だが……」
ウォルターは袋から瓶を取り出した。
中には緑色のドロドロの液体が入っている。
「こ、これは!」
「これがグール化の原因、『魔族の薬剤』という薬剤だそうだ。グール化はこれを注射することによって発現する。白魔法医師たちの研究で分かったことだそうだ」
「ウォルター! すごいわ!」
私は思わず声を上げた。
これで死霊病とグール化……二つの病気の原因が分かったことになる。
しかしこの魔族の薬剤の重大な謎について、私はまだその時点では気づいてなかったのだが……。
「では、誰かに頼みたいことがあるのだけど」
私は周囲を見回し、看護師のポレッタを見やった。
「ポレッタ、申し訳ないけど頼みがあるの」
「何でしょう? 私が力になれることだったら、何でも言ってください」
「──それは良かったわ。私は死霊病とグール化など、このゾートマルクの街全体にはびこる問題について、人々に説明したいのです」
私は川の外周地域の一番大きな建物を指差した。
あれはどうやらこの街の公民館らしい。
「あそこの公民館の会議室を借りて、人を呼べないかしら。それから新品の赤ワインを、外周地域と内周地域のものを二種類手に入れたいのだけど」
「はい、どちらもお任せください」
ポレッタは静かにうなずいた。
ポレッタならこの街に長く住んでいて顔が広いし、看護師として信頼されているから適任だと思ったのだ。
「え? 何だ? ワインが二種類? 初耳だぞ!」
パメラは目を丸くして私を見た。
──私はこれから皆に、死霊病とグール化について、私の独自の調査結果を話すつもりだ。
◇ ◇ ◇
三時間後、私は自警団の若者たちに、外周地域の公民館の会議室へと案内された。
ポレッタがうまく手配してくれたのだ。
私が会議室の檀上に立つと、すでに会議室の椅子にはウォルター、ジャッカル、パメラ、ラーバス、ポレッタ、ゴランボス氏が座っていた。
そして外周地域の住人数名、グラモネ様、ルバイヤ村の白魔法医師たち五名もぞろぞろと会議室に入ってきた。
「くだらん、まったくもってくだらん! 聖女などというまじない師が、死霊病とグール化を解明しただと?」
ゴランボス氏は腕組みして、ギシリと椅子にもたれかかった。
「しかも俺に講義をたれるだって? まったく偉そうに!」
私はゴランボス氏に、「講義ではなく調査報告です」と言った。
「これより死霊病と人のグール化の解き明かしをいたします!」
私は会議室にいる人々に宣言をした。
「これより死霊病と人のグール化の解き明かしをいたします!」
私は公民館の会議室にいる人々に宣言をした。
「デアーチェ・ロゼタンさんなど内周地域に住む人々は、水、牛乳、ワインが主に栄養源でした。それを好きなときに飲んでいたようです」
私はそう言い、ポレッタが持ってきてくれた赤ワインの瓶、二本を机に置いた。
「そういえば疑問に思っていたことがあるんだけど」
パメラが手を挙げて言った。
「死霊病の人は、瓶の封をどうやって開けるの? 水や牛乳、ワインはコルクで封をしているんだよ。彼らは日頃、無気力状態。できることは入浴と着替えくらいだろ。彼らにコルク開けでコルクが開けられるの?」
「レストランの主人に聞いたのですが、配達人が三日に一度、水、牛乳、赤ワインを配達してくれるのだそうです。配達してくるのはジャームデル王国から。そして配達人がその場でコルクを抜いてくれる」
「な、なるほど。配達人がコルクを抜いてくれるから、自分でやらなくていいわけか」
「そして三日経ったら、配達人はその瓶を回収しにきます」
「び、瓶の飲み口が開いたまま、三日間も放置するのか?」
ジャッカルが顔をしかめて言った。
「牛乳もワインも悪くなるぞ。少なくとも俺は飲まないね。貴族の家みたいに涼しいワイン専用の保管室があればいいが。そんな立派なものはこの街にないだろ」
ジャッカルが声を上げたとき、ラーバスもため息をついて言った。
「それに、『病原体』の感染の心配があるから、瓶の回収は勧めないですけどね。ジャームデル王国の方針があるのでしょう」
「三日間の放置についてですが、味と品質に関してはギリギリでしょう。そう考えると水と牛乳についてはまあ一応……問題はありません。しかし、問題は赤ワインです」
私は言った。
「私は少量、デアーチェさんの赤ワインをなめてみましたが驚くほど甘かったのです。こんなワインは味わったことがありません。皆さんはゾートマルクに配達される赤ワインを飲んだことはありますか?」
「俺はたまに飲む。だが、俺の飲んでいるのは甘くない美味い辛口ワインだぞ」
ゴランボス氏がそう言ったので、私はうなずいた。
「それは外周地域の赤ワインですね」
「ふむ……。今思い出した。確か外周地域のワインと、内周地域に配達されるワインの瓶は違うはずだ」
ゴランボス氏がそう言ったとき、パメラは首を傾げて言った。
「ワインは二種類あるのか。でもそれはなぜ? 分ける理由が分からない」
「それには理由があります。外周地域に配達されるワインは飲んでも健康被害はありません。しかし、内周地域に配達されるワインは飲んだら健康被害が出る」
会議室が騒めいた。
「配達された赤ワインで健康被害ですって?」
ラーバスが声を上げた。
「そんなことが……私は二年間もここに住んでいるが、そんなことは気付きませんでしたよ」
ラーバスが言うと、私は「これを見てください」と言って机の上の赤ワイン、二本を指差した。
「左が外周地域の赤ワイン。右が内周地域の赤ワインです」
外周地域の赤ワインの瓶は緑色のガラス瓶だ。
一方、内周地域の赤ワインの瓶は銀色だ。
全く見た目が違う。
「見た目が全然違いますね。これでは絶対に間違えようがない。いえ、絶対に間違えて配達してはいけないのです」
私は言った。
「なぜなら内周地域──つまり死霊病およびグール化する人々が飲んでいる赤ワインは、鉛の鍋で煮てあるからです」
「な、鉛の鍋だって? 何のために?」
グラモネ老人が声を上げたので、私は答えた。
「ワインに酢酸鉛という成分を作り出すためです」
「わ、分かったぞ!」
グラモネ老人は声を上げた。
「ワインを鉛の鍋で煮ると酢酸鉛がワイン内に生成され、驚くほど甘くなる! それこそ柑橘類の飲料水、エードのようにだ!」
「そうです。だから死霊病の人でも飲みやすかったのです。──しかし、ワインを鉛の鍋で煮るのは、飲みやすくすることが目的ではありません。この酢酸鉛が体に蓄積されると……」
「貧血……腹痛……いや、それどころか脳障害、神経障害を引き起こす! 二年間以上も定期的に飲んでいれば、人間は無気力状態に陥ったようになる!」
グラモネ老人はそう自分で言って、驚いたように声を上げた。
「そうか……そうか! 死霊病の正体は、ワインの中の鉛だったのか!」
「しかも内周地域のほうは、鉛を主としたもので作り上げた瓶です。すさまじい鉛の量がワインに溶け込み、それはそれはとろけるように甘くなっていたでしょう。──悪魔の媚薬のように」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何のためにジャームデル王国はそんなものを配達する?」
パメラが声を上げて質問すると、ラーバスが答えた。
「それはまさに人体実験です。内周地域の人間を使い、グール化《か》の準備段階を作り出す。昼は死霊病を引き起こしておいて、夕方はグール化を引き起こす」
ラーバスが言うと、パメラが「し、しかしそのグール化は」と言った。
「だ、誰かが魔族の薬剤を注射しないとグール化しないはずでは?」
そうだ……誰かが魔族の薬剤を注射しないとグール化しない。
逆に言えば、この街の誰かが人々をグール化《か》させているのだ。
そういえば、ターニャはなぜ離れたローバッツ工業地帯の村で、死霊病になったのか?
そんな疑問が頭に浮かんだそのとき──公民館の外で大きな音がした。
あわてて公民館の窓の外を見ると──。
「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」
外で自警団の若者たちが声を上げている。
たくさんの住人がグール化している!
その数──約四十数名!