「──まずヒデヨシさん。身体能力ですが、打たれ強くは無く力も種族がら高く無いものの、俊敏で小さいので攻撃を回避しやすく、テクニックや的確に急所を狙って短所をうまくカバーしていました。
次にスキル面ですが……普通のモンスターに対しての初期スコアは高くありませんでした。炎を吐いたり爪や歯を使っていて倒せはしますが、冒険者の上位30%程度の才能といった所でしょうか。
……ただ、ラードロと相対した時にスコアが跳ね上がりまして、格上でも一瞬の隙さえ突くことができれば圧倒できていましたね。それに、その後もう一度普通のモンスターと戦った時に新しいスキルを巧みに使いこなしスコアが一足飛びに伸びていたのも印象的です。
職業としましては、アサシン、シーフあたりの素早さの要求されるものか、唯一無二の特殊な近接型スキルを使う"トリッカー"というもので登録するのがオススメです」
ヒデヨシのデータを受付のお姉さんが説明してくれた。
ちなみにこの職業は、就いたからといって覚えられるスキルが変わるというものではない。
冒険者のデータベースに登録しておいて、助っ人が必要な時や複数ギルドで協力するときに参照するためのものだ。ただ、登録した職業に対応した訓練を受けることができるので、すぐには決められなかい初心者や、気になった職業があったり、パーティのバランスを考えるために一度職業を変えるなんてこともよくある話だ。
「トリッカーですか?」
ヒデヨシが首を傾げる。
「はい、トリッカーは先ほども言ったように近接型の希少性が高かったり唯一無二のスキルを持った方が、他の職業の型にハマらない、スキルを活かした戦い方をする場合に名乗ることが多いですね。
例えば、敵を麻痺させたり毒にしたりする状態異常スキルを活かしたサポートや、特殊な人形を使って戦ったり、手品のようにトランプやコインなどを使って意識外から攻撃したり。
モンスター種の方が多いんですが……よくあるパターンだと炎や氷などのブレスを吐いてみたり、牙や爪を使った戦いをしたり、珍しいパターンだと身体から溶岩を噴出させたり、姿をドラゴンやゴーレムなどにその都度変化させて戦ったり、翼がある方は貫通力の高い羽を飛ばすなんて方もいますね。訓練される場合はもちろん、ベテランの教官がスキルに応じた戦い方をアドバイスしてくれますよ」
「……アサシンがかっこいいなと思ったんですが、僕のスキルも客観的な視点で知りたいですし……トリッカーにしましょうか」
ヒデヨシは悩みながらもトリッカーを選択した。
「星1の冒険者の職業は一応"仮登録"になってますので、変えたくなったらこちらに仰って下さい。手続き無しで変更できますからね」
お姉さんがそう言いながら、パソコンを操作してヒデヨシの職業欄に『トリッカー』と入力する。
「──はい。それでお次はメーシャさんですね」
「きたきたっ」
今度はメーシャの番だ。
「素の身体能力もさることながら、魔力の総量もすさまじく、こと攻撃系のスキルや魔法に至っては上位0.5%の才能がありました。特殊スキルを駆使してどんな状況でも臨機応変に対応できていて、まさにダイヤの原石です」
メーシャの才能に対しベタ褒めだったが、それを1番喜んだのはメーシャでは無かった。
『くぅ〜!! っぱ、そうだよな? 初めて見た時から他とはひと味違うと感じたんだよな! へへっ、俺様の審美眼もさることながら運命力の振り幅もすさまじいってな!』
「振り幅がすさまじいって、マイナスもすごそうだけどイイのかっ」
『ことツッコミの切れ味に至っては上位0.5%の才能ってか?』
今のデウスなら何を言ってもウキウキで喜びそうだ。
「……ただ」
「『ただ?」』
しかし、そこに不穏な香りのする言葉が付け足される。
「才能に甘んじて無理やり突撃するシーンが散見されました。それに、魔法も特殊スキルも使う時に勢い任せなので、必要量の数倍以上魔力を消費しており、長期戦や強敵と戦う場合倒しきれないとジリ貧で追い詰められていました。
同じ格上の敵と戦った時、メーシャさんは毎回途中でバテてしまってスコアが振るわないのに、不慣れな状態のヒデヨシさんの方が大幅にスコアが高いなんてこともありました。慣れれば尚更です。
……まさに原石。原石のまま放置されている状態ですね。個人的にとてももったいないです。差し出がましいかもしれませんが、メーシャさんはこれからしっかり戦い方を学んでください」
『……つまりメーシャの戦い方は大ざっぱで、後先考えてないってこったな』
「……デウスはせめて『全力で今を大事にしてる』みたいな言い方してよ。こんなの、言葉の切れ味上位0.5%だよ」
先ほどまでの大はしゃぎはどこへやら、メーシャとデウスはお通夜なみにテンションが急降下してしまった。
「……あ、審査で他に良かった点とか向いている職業とかってなんですかっ?」
見かねたヒデヨシが慌てて話を進める。
「良かった点ですね。……まずやっぱり欠かせないのが特殊スキルでしょうか。これは前例のない唯一無二の性能で、敵の出した魔法や武器を奪い取って無力化できるのはもちろん、仲間のスキルをタイミングをズラして使って相手を翻弄したり、手に入れたものを組み合わせてみたりと、手が読めない上に汎用性が高い素晴らしいスキルです」
『……だろうな』
デウスはもし実体があったらきっとこれ以上ないくらいドヤ顔をしているだろう。湧き上がる嬉しさがまったく隠しきれていない。
「あと魔法の適性も軒並み高く、現状風魔法しか使えないようですが、他にも炎、水、地、雷、闇、光全ての魔法も学べば習得できそうですね。ただ、全てを最高まで成長させるとなると時間がかかりますので、2〜3種類を極めて他の属性に手を出すのもありです。
それと、やはり身体能力の高さなんですが、ただの回し蹴りが音速を超えて衝撃波を放ち敵を一網打尽にしていました。
小さな衝撃波を出すだけならさほど難しくはありませんが、ダメージを与えるだけでなく複数の敵を薙ぎ払う威力にするのは高ランク帯の前衛職冒険者でも難しいと言われています」
メーシャはやはり勇者に選ばれただけあって才能が突出しているらしい。
「……あーしがすごいのは分かったけど、冷静に聞いてるとあーし並かそれ以上にすごい人もいるんだね。世界って広いな」
上位0.5%ということなら、冒険者が1000人いたらメーシャの他に4人は同じかそれ以上のそれ以上の強さの者がいるわけだ。
「そうですね。メーシャさんはまだ駆け出しでもありますし、才能を引き出したりそれに見合う経験もない現状では、メーシャさんより強い冒険者の方は少なくないでしょうね。とは言っても、メーシャさんも適切な努力をすれば、特殊スキルと合わせて冒険者のトップに立つのも不可能ではないと思いますが」
「そか。がんばんないとだね」
「それで、メーシャさんの職業のおすすめですが……」
お姉さんはそこでニヤリと笑って焦らす。その表情はどこか、子どもにサプライズプレゼントをする前の親のようだ。
「なになに?」
その表情に釣られてメーシャも笑顔になってしまう。
「ずばり……"勇者"はいかがでしょうっ」
これが言えたのがよほど嬉しいのか、お姉さんの言葉尻も弾んでしまう。
「勇者……?」
メーシャはその言葉に驚いてしまう。
受付のお姉さんはメーシャがウロボロスの勇者だということは知らないはずだったからだ。
「はい。隣国の"コリンドーネ"の貴族サフィーア家の方がひとり勇者と名乗っているそうですが、才能や特異性を考えればメーシャさんだって負けてないはずです。近接も魔法もできて、身体能力も魔力も才能も申し分ありません。特殊スキルもあります。それに……」
お姉さんはそこまで言うと声をひそめ、結界がしっかりあるのを再度確認して言った。
「不確かな話ですし、騒ぎになるとご迷惑かもしれませんのでここだけの話ですが……審査のデータを見ていたら、メーシャさんが一度だけ虹色のオーラを出したんです。虹色のオーラというのは、昔話とか神話で知ったんですが『ウロボロス様のチカラ』を示しているんだとか。……機械のバグかもしれませんが、メーシャさんは才能もありますし私にはなんとなく本当のような気がするんです」
メーシャは今まで虹色のオーラは出したことがない。宝珠を手に入れてチカラを解放すれば、もしかするとそのオーラが出せるようになるのだろうか?
「虹色……」
「だから、嫌でなければ勇者を名乗っちゃいましょうよ」
お姉さんはノリノリでニッコニコだ。
「…………」
メーシャが少し考えていると。
『メーシャが虹色か。虹色のチカラは神の領域なんだが……もし本当にそうなったら面白えな。それこそ邪神を超えられるかもしれねえ』
デウスと同じ領域。いや、デウスの協力があるのだから、それ以上のチカラを使えるだろう。そうなればデウスだけでなく、たくさんの人を救うことができるはずだ。
「……そっか。じゃ、いい機会だし"自称"を取り払って大々的に『勇者』と名乗っちゃうか!」
それで何かが変わるわけではない。しかし、メーシャはひとつ勇者としての覚悟が強まったのだった。
アレッサンドリーテはずれの荒野。トレントの森から北上し、隣国コリンドーネとアレッサンドリーテを隔てる『煌めきの岩山』手前にある荒野だ。
近くに砂漠も存在しているため乾燥が強く、街周辺の温暖で緑豊かな雰囲気とはガラッと変わり、植物はサボテンやガジュマルのようなも乾燥に強いものが生え、生息するモンスターは鱗が鉱物でできている"ロックサラマンダー"や額に大きなツノが生えた"ひと角シカ"、ほぼ無害な砂漠ハトなどが住んでいる。
これらは大して脅威にはならないが、砂漠に近づくにつれて強いモンスターが増えてくる。
エモノを石化するトカゲの"バジリスク"、体高が3m以上あり突進で魔法装甲車ですら押し返すというサイの"タンクライノ"、爆発するかのごとく突進してエモノを仕留めるライオン"ジェットレオ"、凶暴凶悪で大きく発達した下顎と牙が印象的な肉食鬼型モンスターの"オーガ"など、星4冒険者がパーティを組まなければまず厳しいモンスターばかりだ。
ちなみに、砂漠はもっとヤバいモンスターがいるので、上記のモンスターもうかつに砂漠に入ればもれなくエサにされるという。
そして、その砂漠のモンスターすらエサにしてしまう砂漠のヌシが、砂漠の中を泳ぐ盲目のドラゴン亜種である"サンドワーム"だ。
サンドワームは砂かきのように進化した小さな翼を使い、音速ギリギリのスピードでエモノに近づき音もなく丸呑みにするとか。
「──ただ、今回のターゲットはサンドワームじゃない。生息地外に現れたオーガだ」
メーシャとヒデヨシは研修のため、ギルドマスターのデイビッドと共に荒野に来ていた。
デイビッドは今回はモンスターと対峙すると言うことで、前回も着ていた重装鎧に加えて、虎の頭からフルフェイスヘルムをかぶり、背中にはメーシャの胴よりも太い巨大なバスターソードをかけていた。
「そのオーガって縄張りを広げたカンジ? 単体? 複数?」
「オーガって武器を使うんですか?」
メーシャとヒデヨシは立て続けに質問する。
「質問があるのは良いことだ。確信があるなら良いが、そうでないのに疑問も湧いてこないのは知識不足が原因。つまり、スタート位置にもまだ立っていないと言うことだからな。それに、どんなに経験を積んでも冒険者の性質上初めから確信が持てると言う場面は少ない。むしろ、小さな疑問を放置して命を落とさないよう、毎回謙虚に慎重に、そして大胆にクエストを進めるんだ。分かったな?」
デイビッドは優しい笑顔でそう言った。そして、荒野の方に顔を向けると続けて。
「……事前に分かっているのは、近くにある集落の家畜が食い荒らされていたことと、その住民がこの近くでオーガを1体見たと言うことだけ。だから、そのオーガが縄張りを広げたかそれとも追い出されたのか、単体での移動なのか群れなのか、武器や戦略を使う知能があるのかも冒険者自身で調べることになる」
「まあ、なんでも最初から全部分かってて敵を倒すだけってのは難しいか」
メーシャがふむふむと頷く。
「そうだ。だが君たちは初心者だ。故に何をどう調べたらいいか分からないだろう。だから、今回は俺がすでに調べてある。そして、どこをどう調べていくかを教えながらオーガの仮住まいを目指していくぞ」
これはあくまで研修であり、全てを新米冒険者に任せるのは荷が重すぎるので、実践するのは一部で基本的には説明や現地の空気感を味わうのが目的だ。
「はーい」
「ワクワクしてきましたね、お嬢様」
ヒデヨシは今回小さなショルダーバッグを背負い、念のために頭には半球状のアイアンヘルムをかぶっている。
「だね。ヒデヨシも油断しちゃダメだよ〜?」
メーシャはいつもの制服の上に鉄の胸当てと、鉄の腰鎧、それとヒデヨシがかぶっているアイアンヘルムの大きいサイズだ。ちなみにこれらはシタデルの備品であり、冒険者は星2まで無料でレンタルできる。
「それじゃ出発するぞふたりとも」
デイビッドは手をクイっと動かしてメーシャたちを呼ぶ。
「しゅっぱつしんこー」
「おー」
● ● ●
「──ここ、一見わかりにくいが地面の色が少し濃いだろう? 血の跡だ。近くに……ほらあそこ、動物の骨が落ちているのが見えるな。襲った家畜をここまで持ってきて食べたんだろうな」
デイビッドが草むらの方を指さして言う。
「ほんとだ。でも、依頼者さんの牧場から何キロも離れてるよ? 道具を使って運んだのかな? 手で運べるほどの力持ちなのかな?」
「お嬢様、でも車輪の後とか何か引きずった後は見えませんよ」
「マジか。……あ、よく見ると足跡がいっぱいあるね」
ヒデヨシもメーシャもヒントはもらいつつも自分の頭で考える。
「よく気がついたな。オーガはとても筋力が発達していてな、牛一頭くらいなら肩に抱えて簡単に数km運べるんだ。
足跡を見るときに気をつけるのは行きと帰りの数の差、足跡の深さや乱れ、道の通り方だ。同一個体なら道を歩くのも規則化されてあまり乱れがないんだ。深さや乱れは急いでいたりどれだけ踏みしめたかわかる。数の差がある場合は、片方に進む場合もう片方から挟み撃ちにされないよう気をつける。とかだな」
「では、オーガは複数体いるんですね」
「深くはあるけど、乱れてはないから急いでないのか。周囲に逃げるほどの相手がいないのか、それともいないタイミングで決行したか……」
● ● ●
足跡をたどりながらもう少し進むと、天然にできた洞窟が見えてきた。
「下に少ないながらも水が流れているだろ? 長い年月をかけてできた天然の洞窟だ。これを飲み水にして、家畜をエサにして食いつないでいるようだ」
「なんかにおってきたね」
メーシャが強まるにおいに鼻をつまむ。
「排泄物のにおいだな。だが、それだけじゃない。なにか気付かないか?」
デイビッドの質問にふたりは考えるが、少ししてヒデヨシが閃いた。
「……血のにおいですか?」
「当たりだ。しかし、家畜の骨があったところと比べて乾いた印象を受ける。新鮮な肉や怪我人はいなさそうだな」
「それで何がわかんの?」
メーシャが質問する。
「まだ何も。これは後々生きてくるヒントだ。それで、次によく見てみろ……!」
デイビッドが少し身をかがめ、洞窟の方を指をさした。
「……あ、なんか灰色の2mくらいのツノが生えたやつ出てきたよ」
メーシャとヒデヨシもデイビッドにならって姿勢を低くする。
「棍棒を持ってますし、周りをキョロキョロしています。それに、何か声を発しています」
「……見張りだ。中に仲間がいるんだ。これで複数いることは分かったな。そして最後……よく見とけ」
デイビッドの言う通り様子を見ていると、怪我をしたらしいオーガが出てきた。
「でも、怪我は治りかけてるっぽいね。さっきの血のにおいってこれか。でも、この辺じゃオーガって強いんだよね?」
「強い。一体でもな。だが、怪我をしているし、警戒心も強い。これは調べたら分かるんだがオーガは天敵という天敵はいなくてな、見張りをすること自体が少ないんだ」
「じゃあ、縄張りを広げるっていうのには無理があるね」
「では、元の住処を追い出された複数体の群れが、この辺りに移り住んで、エサがないから家畜を襲ったということですかね?」
ヒデヨシがデイビッドに確認する。
「……ほとんど正解だな。ただ、エサがないわけじゃないんだ。自分たちより強いモンスターに襲われて追い出されたオーガは、再び見つかって襲われないために周囲に誰もいないタイミングを見計らって、静かに家畜をさらいエサにしたってところだな」
「なるほど。……そんな状態で群れが手分けして行動しているとも考えられないし、オーガはみんな洞窟ら辺にいるって考えて良いのかな?」
メーシャたちは答えにたどり着くことができた。
「正解だ。どんなモンスターがオーガを襲ったか気になるところだが、今は後ろの警戒は解かずに洞窟にいるオーガを倒すぞ。良いな?」
「っし! いっちょやりますか」
「いざ突入です!」
縄張りから追い出されたオーガは洞窟に移り住んでいた。家畜を襲うために集落に侵入、そして人の前に姿を現している以上、放置していれば家畜を食いきった後人を襲う可能性は高い。
オーガを奥地から追いやったモノの正体は依然掴めていないが(キマイラが暴れた地域とは別)、まず目の前のオーガを倒して周辺の安全を確保するのが最優先だ。
そして、その後この洞窟を調べてオーガを追い詰めたモノの手がかりを探す。
* * * * *
デイビッドが茂みや岩陰を流れるような忍び足で移動して少しずつ洞窟に近づいていく。メーシャとヒデヨシはまず待機だ。
「グルフゥ……」
デイビッドがすぐ側まで来ていたが、足音どころか鎧のこすれる音すら出していないのでオーガは全く気がついていない。
「──…………!」
デイビッドは5m程度の距離まで来たところで足を止め、口を素早く動かして速度アップの魔法を自分にかける。──刹那。
──斬!!
オーガが反応する間も無く袈裟懸けに一刀両断。オーガは身体を構成していた魔力が霧散し、核となっていた魔石がドロップ。
デイビッドは切り抜けとともに勢いをそのままに半周回転して剣とは逆の手で魔石をキャッチ。そして、半周回転しながら勢いを弱め、バスターソードを背中に背負い直した。この一連の流れを、デイビッドは一度も音を立てることなく2秒で完遂したのだった。
「……おお」
素人目に見てもデイビッドの動きは洗練されているのが分かった。
「……お嬢様、行きましょう!」
ヒデヨシが感心しているメーシャに声をかける。
そう、今のは群れの他のオーガに気付かれることなく見張りを倒しただけだ。メーシャたちは見つからずにスニーキングするのは慣れていないため、今回はお手本を兼ねてデイビッドが先陣を切ったのだった。
「そうだった……!」
そしてメーシャたちの役割は、まだこちらの存在を知らない洞窟内のオーガを急襲することだ。
ただ、洞窟内で大暴れをしたら中が崩れて仲間ともども生き埋めになってしまうのと、囲まれる心配は少ないものの敵は全て前から現れるので、戦い方を考えなければ押し返される。
ゆえにそれを踏まえて、立ち回りを考えながら素早く、かつ確実にオーガを倒す必要があるだろう。
「君たちの実力を見せてもらうために、危険と判断した場合を除き俺は手を出さん。あと、今回は研修という事で出口の確保と後ろの見張りはさせてもらうが、本格的にクエストをするようになったら自分でするんだぞ。……では、準備は良いな?」
「はい」
「うん」
「……よし。健闘を祈る!」
● ● ●
メーシャたちは洞窟に突入した。
「ところどころ松明が置かれていて明るいですね」
オーガはある程度の知能があり、松明のほか木や石でできた簡易的な武器を作ることができる。
その武器はヒトが作るものに対して質が低いものの、卓越した筋力や身体能力のおかげで鋼の武具を身につけた戦士以上の破壊力を放つことができる。
オーガの恐ろしいところはパーティですら1体で返り討ちにしてしまう
そして、オーガの恐ろしいところはそれだけに留まらず、初心者を抜けた星2冒険者パーティなら1体で返り討ちにできる強さを持っていながら群れで行動し、自分たちの持っているものより優れている武器を手に入れたら迷いなく使うしたたかさもあるのだ。
「……いたよ。休憩してるっぽいね」
洞窟を進んで少し広くなった場所に、オーガが3体座ってなにやらモンスター語で話していた。
「では行きますよ!」
まず飛び出したのはヒデヨシ。
「ウガ……!?」
「──毛針マシンガンです!」
ヒデヨシが自身の毛を硬質化させ、オーガが振り向くや否や連続で発射。デスハリネズミの使っていた技だ。
「グルルゥ!」
ダメージ自体は低いが足元をぬいつけたり、顔の近くに当たって一時的に目くらまししたり、転倒させたりと、3体とも行動を阻害されて無防備になってしまう。
『うまい! メーシャの出番だな!』
その隙にメーシャが距離を詰めた。
「貰っちゃうよ。 ──メーシャみらくる! ってね」
メーシャはオーラの手を伸ばし、オーガの持っている石斧を奪う。そして手に入れたと同時に魔法陣を展開して石斧を出現、流れるように無防備のオーガを切りつけた。石斧は壊れてしまったが1体撃破。残り2体だ。
「グルァア!」
この間にオーガは体勢を立て直したようだ。
「準備完了です」
しかし、ヒデヨシも体勢を立て直して2対2の状況になる。メーシャが前に出ている間にエネルギーを貯めていたようだ。
「じゃあ、あーしは左いくね!」
「では僕は右を!」
「ガルルア!」「グルルオ!」
2体のオーガは同時に目の前の敵に突撃する。
武器がなくともオーガのパンチは鉄の鎧を貫き、その蹴りは鋼の武器も正面から叩き潰すほど。普通の初心者冒険者であれば手も足も出ないが、メーシャもヒデヨシも初心者と言えど普通の枠に留まらない特異な能力者だ。
「グルル!!」
オーガは小さな敵に対し、走りながら身を屈めてスライディングの要領で蹴りを放つ。
「……時すでに遅し。ですよ!」
ヒデヨシの背中からエネルギーの翼が展開、飛翔してオーガの攻撃を華麗に回避する。そして、エネルギーを集中させてブレードを作り上げ……。
──斬!
「グルォオオオ……!?」
ヒデヨシはオーガを切り裂いて撃破した。
● ● ●
「ガルルルォ!」
後がないオーガは、次の一撃で決めるために全てのチカラを拳に込める。
「……あんま自信ないけど……アレ使うか」
メーシャの回し蹴りは威力はあるが範囲が広すぎるので使えない。ゆえに、成功するか賭けの奥の手を使うしかない。
「──初級風魔法!」
メーシャは風魔法を発動……だが、それだけに終わらない。
「ぅうおおおおおお!!」
魔法で発生させた風をウロボロスのオーラでコントロール。不安定だが、徐々に形をなしていく。
「ガルルルァア!」
オーガの拳が今にもメーシャに迫ろうとしたその時。
「……できた!?」
風の刃はきらめき放つ矛へと変化する。そして──
「うがて…… ──"天沼矛・雫"!!」
メーシャの放った風の矛は敵を捕捉。瞬間、音速を超えたスピードの矛がオーガを攻撃する。
「……ウゴオオオォォアアア!?」
その矛はオーガを貫かなかった。だが、その風は身体を構成していた魔力を無数に拡散。オーガは魔石を残して霧のように消滅したのだった。
「…………初めて成功……したし!」
新技を習得したメーシャなのだった。
モンスターは倒した時に身体が残ることが多いが、大きなダメージを与えてオーバーキルしてしまうと身体を構成していた魔力の結合が急速に解かれ、肉体としてではなく元の魔力として霧散してしまう。
ただ、心臓部であり核となっていた魔石はそれでも残るのと、他にもモンスターが戦いや生活によく使っていた牙や爪、体の核である魔石から離れた尻尾や末端の毛、使っていた武器などは消えずにドロップすることが多い。
* * * * *
メーシャたちはオーガ討伐を完了した後、後ろで見張りをしていたデイビッドと合流。これ以上同じような被害を出さないために、オーガを縄張りから追い出した犯人を調べることにしたのだった。
デイビッドはスキャナーのような魔力機械を出し、オーガのドロップした魔石、武器、ドロップした牙をはじめ、洞窟の壁や地面、そこの空気などを順に読み取っていた。
「ふむ……おかしな反応が出ているな」
デイビッドが渋い顔で呟く。
「何か変な反応でも出たの?」
メーシャはデイビッドの持つスキャナーの画面を覗いた。
「傷跡を見て何によって付けられたものかが分かるように、魔石をスキャンするとモンスターが経験した直近の大きな出来事がある程度分かるんだ。それでオーガを追い詰めたモンスターが何か、一応は出たんだが……どうもな」
「……オークって書いてあるね。豚っぽいあのオーク?」
メーシャがデイビッドに確認する。
「そうだ。基本的にオークはオーガより格下でな。身体もオーガが2mくらいに対して、オークは大きくてもせいぜい1.5m。どちらも魔法が使えず、身体能力はオーガが上だ。
もしはぐれオーガがいても、オークが群れで行動していても襲ったりはしないんだ。そもそもオークは穀物や虫を食べるモンスターでわざわざオーガを襲ってまで食料確保する必要がない。それに、他のモンスターから巣や子どもを襲われない限り反撃すらせず逃げる慎重さなんだよ」
「じゃあ、1度オーガがオークの巣をを襲ったから反撃にあった……可能性はないんでしょうか?」
ヒデヨシが首を傾げながら訊いた。
「反撃した可能性はあり得なくはない……が、先程も言ったようにオーガは格上。それに今回のオーガは群れで行動している。いくらオークが群れで行動しようとさすがに敵うはずがないんだ。……いや」
デイビッドがそこまで言って、ふと何かに気が付いたように『……そうか』と言葉をもらす。次の瞬間、スマホ型魔法機械をふところから取り出して忙しなく操作して何かを調べ始めた。
「ど、どしたの……?」
メーシャの言葉も耳に入らないくらいデイビッドは情報の精査に集中していたが、5分ほど経ってからデイビッドが険しい表情で顔を上げた。
「──オークキンングか……!」
「オークキング?」
メーシャが首を傾げる。
「オークが占領していた古い砦がラードロに奪われた話は知っているか? あそこのオークはアンテナを取り付けられた"タタラレ"にされ、ラードロに日夜モンスター実験をされているんだ。そして、今朝シタデルに入った情報によると、とうとう普通のオーク以外の姿が確認されたらしい」
「つまり、普通じゃないオーク……オークキングによってオーガが襲われたってことですか?」
「確定ではないが、十分ありうる。オークには階級があってな、下から普通の"オーク"、知能と身体が少し大きくなった"ハイオーク"……これでもオーガには敵わない。が、その上には"オークキング"が存在する。
オークキンングは体高が2mを超え、全身をハリのような硬い毛が生え、知能もニンゲンや獣人なみでオークたちの群れを統率できる。それに……オーガの群れどころか、単眼の巨人型モンスターのサイクロプスとすら渡り合える強さなんだ。
……最近砦周りが静かだなと思ったが、まさかオークを上位種に進化させていたとはな」
「サイクロプスか……。序盤を越えて良い気になってる初心者に、ケタ違いのダメージを出して中盤の洗礼を与えるヤバいモンスターだね。あれで補助魔法の大切さを知ったよ」
メーシャの知識はゲームのものだったが……。
「よく調べているな、その通りだ。サイクロプスの攻撃は星4前衛冒険者でもひとりでは受けきれないほど強力。だから、メイジや回復魔法士などが使える攻撃弱体化魔法、もしくは防御強化魔法を使って衝撃を軽減して戦うのが基本なんだ。ただ、補助魔法をかけていてもたまに攻撃が直撃して大ダメージを受けることがあるから、回復魔法も必須と言える」
どうやらこの世界フィオールでも同じ攻略法のようだ。
「ふふっ、もしかしたらお嬢様のゲーム知識が他にも役にたつかもしれませんね」
ヒデヨシは楽しそうにメーシャに耳うちする。
「ね」
「では、調査はこれくらいで良いだろう。オークの件は任せてくれ。俺が預かって本部に報告しておく。まあ、アレッサンドリーテ軍も噛んでいるはずだから、そことどう連携とるかも決めないとな。この先どう出るかはまた後日知らせよう。……お疲れ様」
デイビッドはパルトネルを操作してシタデルにクエスト完了した旨を知らせる。これで後は帰るだけだ。
「……それにしても、君たちなかなか強かったな。さすがにあのカーミラ団長が自慢してくるだけある」
そういうデイビッドの表情が少し柔らかくなっている。
「自慢してくれてたの? なんか嬉しいんだけど! ……てか知り合い?」
「知り合い……という程ではないが、数年前に1度手合わせさせて頂いてな。あの試合自体は俺が勝ったが、カーミラ団長が鬼のチカラを使っていたらどうなっていたか……。また戦いたいものだ」
デイビッドは楽しそうに語る。戦い自体が好きなようだ。
「へぇ〜! あーしも見てみたいしお手合わせしたいかも!」
「熟練者の戦い、僕も興味ありますね」
「機会があればな。……そうだ、熟練といえば。メーシャさんもヒデヨシくんも、また暇ができたら俺の所に来るといい。トリッカーや勇者の専門的な技術は教えてやれないが、戦い方の基本や近接戦闘の知識は教えてやれるはずだ」
「おお! ありがたい」
「良いんですか?」
デイビッドはギルドマスターで多忙の身。それをメーシャとヒデヨシの為に使おうというのだから、ありがたい申し出である。
「構わない。その代わり、強くなったら手合わせしてもらおうかな?」
「じゃあ、早くデイビッドさんを満足させられるくらい強くならないとね!」
「僕も頑張ります!」
「楽しみだ。……お、街が見えてきたぞ」
こうして初研修を終了したメーシャたちなのだった。