「ようこそ来てくださいましたわ!私の研究所に!」
 「はぁ…」

 突然彼女の研究所に連れてこられた僕は、やや警戒しながらも彼女の研究所をあちこち眺めていた。一体何を作っているんだろうと思いながらも彼女に案内されつつ、見せられたものは…。

 「運動素質のありそうなあなたにぜひ、これを使ってほしいのです!」
 「え、これは…」

 そしてこの人との出会いが、僕の人生をより波乱万丈なものにしていく…。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 僕は岡田卓也。日々仕事と仕事と息抜きに遊びを繰り返しながら、自由に気ままに楽しく生きている平凡23歳だ。現在は都会に来ている。都会ならおしゃれ且つ作業環境の整っているカフェがたくさんあるため、来るだけで仕事のモチベが上がるというのはココだけの話。ついでに遊ぶ場所もたくさんあるため、息抜きとしてもすごく充実するから都会ははっきり言って、大好きだ。

 「さて、カフェどこにしようかな…。」

 ただ、カフェがたくさんあるということは裏を返せば、探すのも大変ということでもある…。さらに都会は田舎と違って人がすごく多いため、休日の昼間とかは常に混雑していて使えない…なんてこともざらだ。ちなみに今日は平日だからカフェが混雑して使えないなんてことはあまりない。…よし!せっかくだしちょっとおしゃれなカフェでも探してみるか!…と思ったその時。

 「そこのお兄さん!」

 こんだけ人がいる都会で、まさか自分の事じゃないなと思い、スルーしたが…

 「そこのお兄さん!青い服を着たお兄さん!あなたよ!」
 「…。」

 どうやら僕のことだったようだ。振り返ってみると白衣を着た女性で、眼鏡をかけていた。年齢は30後半といったところで、まさしく「博士」あるいは「博士の助手」といったところだ。…そんな人が僕に一体何の用だ?

 「すみません、なんでしょうか?」
 「良かったわちゃんと振り返ってくれて!ちょうどあなたのような人を探していたのよ!」
 「…はぁ、なんでしょうか」

 フリーランスになってから、なぜかこういう個性の強すぎる人に声をかけられることが多くなった。こういう輩はいきなり「美味い話がある」とか言ってきて、なんでもない会話をしたのちに何かしらの勧誘とか商品購入の強要とかをしてくるので要注意だ。僕も何度か今まであったが、運が良いのか引っ掛かる寸前で助かっていた。いやぁ人を見抜く力って本当に鍛えるべきだとつくづく思う。

 「お兄さん、運動は得意な方?」
 「…その前に、どちら様でしょうか?」
 「おっとこれは失礼しました!私は美幸です!機械系の研究をしています」
 「へぇ、そうなんですね。」

 機械系の研究…。ますますそんな人が僕に何の用だ?と疑わしくなる。そして次の瞬間、美幸さんはとんでもないことを口にした。

 「ところでお兄さん、もしよかったら私の研究所に来ていただけないかしら?見せたいものがあるの!」
 
 え、え、待って。話が飛躍しすぎてる!なんでいきなり研究所に…?そもそもなんで僕?

 「あ、あの、なんで僕なんですか?そもそもいきなり研究所って…。」
 「一目見て思った!お兄さんならあれをちゃんと使いこなせそうってね!」
 「いやだから、何の話ですか!?」
 「というわけで、研究所に来てくれますよね?ね?」
 「…。」

 逃げ出したい。今すぐ逃げ出したい。けどなぜだろう。この人は逃げてもすぐに追いかけてきそうだったので、逃げるのはあきらめてひとまずしぶしぶついていくことにした。

 そして都会の繁華街から数分歩いた街のはずれに、美幸さんの研究所があった。僕が前職で務めていた工場と同じくらいの大きさの建物だった。建物自体はいたって古くも新しくもなく、一言で言えば「普通」の研究所だった。

 「さぁ、ここが入り口よ。入って」
 「お、おじゃまします。」

 流れで案内された僕は、おそるおそる研究所内に足を踏み入れる。…変な仕掛けとかないよな?と思いつつも研究所内をあちこち見ながらどんどん中に入っていく。さすが研究所ってだけあって中は広くて快適だ。また普通の研究所みたいに装置とかボタンとか、アタッチメントとかがいくつもあった。中でも驚いたのが、これだけ複雑な機械がたくさんあるにも関わらず、他の研究員が誰も見当たらない。まさかこの研究所にはこの人だけ…?だとしたらこんだけの機械をこの人だけで操作しているってこと?

 「あの、この研究所って美幸さん1人ですか?」
 「ええ、そうよ。」
 「そうなんですね…。機械の操作とかも含めて、これ全部1人で動かすの大変じゃないですか?」
 「全然平気よ。もちろん最初は大変だったけど、私はもともと機械の操作とか大好きだし、この機械等の操作だって今では完全慣れたしね。」

 研究所で美幸さんはそう答えた。さっき外で会った時とは違って冷静に話している美幸さんの背中が、なぜかかっこよく見えた。

 「それより、あなたに来てもらった理由だけど…あ、その前に君の名前聞いてなかったね。」
 「えっと僕は…卓也って言います。」
 「卓也君ね。改めて、君にお願いしたいことがあるの!」

 正直、何されるのか全く分からず怖い。あんまり変な事だったり危険な事だったら即断るつもりでいよう。

 「これを使ってほしいの」
 「…?これは」

 美幸さんが指さした方を見ると、大きな装置があり、その中心に何やら青と白色の三角形の乗り物(?)みたいなのがあった。なにこれ試作品?と思って見ていたら、美幸さんが続けた。

 「これはグライダーと言ってね、一言で言えば空飛ぶ乗り物なの。実は2年前から完成していてずっとここにあるんだけど、正直言って置いているのが邪魔で、どうにかしたいなと思っていたの。」
 「そうなんですね…」
 「そこで街中まで誰かこのグライダーを使ってくれる人を探してた時、ちょうど卓也君が目に留まったの!」

 つまるところ、僕にこのグライダーという空を飛ぶ危険な乗り物をもらってくれということか。うんお断りしよう。危険なことは断るつもりだったし。空を飛びたいとは子供の頃からひそかに思っていた。そしてグライダーで実際に飛んでいる人は見たことあるけど、ああいうのって車の運転以上に気を付けないと死につながる乗り物だから、本当に怖い。

 「ごめんなさい、僕にはそんな危険なもの扱えません。別の人にお願い…」
 「あら、もう断るの?せっかくだし、テストフライトしてみたらどう?」
 「テストフライト…」
 
 ますます怖いんですが。僕パイロット経験なんか全くないぞ?せめてこういうのって、もっと筋肉質と言うかガタイのいい人とかに絞ってお願いするのでは?と思った。しかしそんな僕の心配を振り払うかのように、美幸さんは続ける。

 「ちなみに言っておくけど、ここにあるグライダーをそこらのグライダーと同じだと思ってはいけないわよ?」
 「え、どういうことですか?」
 「このグライダーは他のグライダーよりも10倍、いや100倍安全性を追求したものよ。加えて最先端の技術もたくさん取り入れているから、飛行未経験の卓也君でもきっとすぐ乗りこなせるわ。」 
 「そ、そうなんですね」
 「それにここの研究所にあるテストフライト場は、超やわらかマットが地面になっているから、仮に落ちてしまったとしても怪我することは基本ないわ。それにこのグライダー自体、危なくなったら自動でパラシュートが開くシステムになっているし、他にも…」

 そうして美幸さんのグライダーによる説明は延々続いた。もうなんでもありだなこのグライダー…。それだけ安全と言い張る上、せっかく貴重な体験ができると思った僕は、テストだけでもこのグライダーに乗ってみることにした。

 そうしてテストフライト場に来た僕と美幸さんは、わざわざグライダーを担いできてくれた。テイクオフの台場に到着した僕らは美幸さんからグライダーを受け取り、不安ながらもグライダーを担いでテイクオフ場に立った。

 「本来のグライダーは風の向きと、パイロットの助走で飛ぶんだけどこのグライダーはそこも最先端!上昇するための風を噴射する機能も備わっているから、このグライダーにおいてはどんなところからでも気軽に飛べるのよ!」
 「それはすごいですね。じゃあなんでわざわざこんなところまで来たんですか?」
 「せっかくだし高いところから飛んでみたいじゃない?それにその方が最初の怖さも軽減されるでしょ?」

 確かにと納得しながら、僕は飛ぶ準備をする。そして飛ぶ前の最終確認を美幸さんにした。

 「これでいいんですね?」
 「ええ。あとは軽くジャンプしたら勝手に上昇風が出てくるから、それでもう飛べるわ。」

 僕はアドバイス通りに、軽くジャンプしてみた。すると驚くことに背中の装置から風が下に向かって噴射され、勢いよく飛び始めた。

 「うおおおおおおおおおおお!」

 いきなりの上昇に思わずびっくりしてしまった僕は、思わず声をあげてしまった。なんだこれ!!すごすぎる!!こんな簡単に飛べるなんて!…いや、それ自体も驚いたが、一番驚いたのはやっぱり「飛んでいる」という事実だ。それはまるで飛行機、トンビのようにきれいに滑空している。そして下から美幸さんのでかい声が聞こえる。

 「卓也君、いい感じね!ちなみに旋回する時は自分自身がハンドルだと思って、曲がりたい方向に重心を寄せてみて!」
 「はい!えっと…こうかな?」

 思いのままの感覚で、僕は体を左に寄せてみた。すると驚くことに、きれいに左に旋回した。

 「!!」
 「いい感じね!そのまま次は右に旋回してみて!」
 「はい!」

 そして右に重心を寄せてみる。するときれいに右に旋回し、気づいたら僕は飛びの虜になるように夢中になっていた。気づいたら美幸さんからの指示はなく、見たら美幸さんは近くの椅子に座りながら優雅に昼寝していた。…人が命を伴うことやっているというのに何やってんだこの人は。でも開発者がここまで余裕をかましているというのは、それだけこのグライダーの安全性に自信があるということなんだろうなと思うことにした。そして僕も僕で、美幸さんが昼寝している間も無我夢中で飛び続けていた。

 それから1時間近く飛んだだろうか。そろそろ降りたいなと思っていた僕は、タイミングを見計らったかのように美幸さんのでかい声が響き渡った。

 「ランディングに入る時はまず肩の力を抜いて、重心を下に寄せる意識をしてみて。そしたらゆっくり機体が下降していくはずよ」
 「わかりました!」

 えっと、こうかな?とりあえず体を若干前のめりにし、重心を下に向けた。すると見事にゆっくりグライダーが下降していき、徐々に地面に近づいていくのが感じられた。

 「おおおおおおおお!」

 あまりに感動してしまった僕は、またも我を忘れて声を上げてしまっていた。そしてさらに美幸さんが指示をする。

 「あとは軽く体を起こしてみて!するとグライダーの下降速度が弱まって、安定して着陸できるわ!」
 「はい!」

 これも言われた通り、僕は体を少し起こしてみた。鳥が着陸する時に翼を広げて降りるように。すると見事にきれいに着陸し、これまた奇声をあげてしまった。そして着陸したところに美幸さんが寄ってきた。

 「どうだったかしら?テストフライ」
 「すごく気持ちよかったです!まさか僕が空を飛ぶなんて…」
 「それは良かったわ。卓也君は呑み込みが早くて上手に飛べていたし、何より飛んでいる時の表情が楽しそうだったわ!」
 「え、そうでしたかね…」

 そんなところまで見られていたのか、恥ずかしいな…。

 「それで、これ!どうかしら…」
 「え、どうと言われましても…」

 美幸さんがあまりに目を輝かせてこちらを見てくる…。やばいなぜか気まずい。美幸さんをまっすぐ直視できない…。しかし僕は1つ疑問を感じていた。

 「あの、仮に僕がこれを頂くとして、さすがにこんな大きさだと目立ちませんか?持ち運びとか他人の目とかどうするんですか?」
 
 飛び自体はすごくよかった。安全性も飛んでいて確認できた。ただ1つ気がかりだったのが、目立つということだ。勝手に飛んでいたら怒られるだろうし(いや怒られるでは済まないけど…)、持ち運びについてもどうやって持って移動すればいいんだ?さすがにリュックに入れるわけにはいかない。しかし美幸さんはそこも織り込み済みかのように、自慢げに答える。

 「大丈夫よ。まず持ち運びだけど、このグライダーね…」

 (パタン!)

 「!?」

 なんと美幸さんは車サイズもあったグライダーを、紙を折るような感覚でパタパタ畳んだ!しかも畳み終えた頃にはノートパソコン並みのサイズになっていた。

 「このグライダー、コンパクトにも対応しているの。さらにここを押すと…」ポチ
 「え…消えた!?」

 なんとグライダーに付属しているボタンを美幸さんが押すと、グライダーと美幸さんが消えた!?どどどど、どういうマジックなんだこれは!?すると見えないはずの美幸さんの声が聞こえた。

 「目立つのが嫌ならこのボタンを押せばいいわ。押した私からすれば変化がないように見えるけど、周りの目からは何も見えないようになっているわ。これで心置きなく移動できるわよ?」

 まじでなんでもありだなこのグライダー!こんなのまだ全然普及していない『空飛ぶ車』以上に性能がすごいぞ!?ここは本当に現代なのか!?と疑いたくなるほどに完成されすぎたグライダーだった。すると再びボタンを押した美幸さんとグライダーの姿がまた見えた。

 「どうかしら?もらってくれるかしら?」
 「正直言って、こんな高性能なグライダーとは思いませんでした…。」

 もうこんなうまい話、食いつかない方がおかしい。そう思った僕は二つ返事でこのグライダーをありがたくいただくことにした。

 「ありがとう。このグライダーのすごさを見せたうえで、あなたならそう言ってくれると信じててわ。」
 「は…はい。」

 正直な事を言うと、今でもまだ頭は混乱している。本当に僕なんかがこんなすごいものをもらっていいのか、なぜ美幸さんはたまたま目についた僕を選んだのか。本当は何か隠してるんじゃないのか…色々疑ったが、ここまで危険を想定して作られている上に僕を信頼しきった目と言葉…きっとこの人は悪い人じゃない。

 僕は美幸さんにお礼を言って、研究所を後にした。せっかくなので消えるスイッチを押してから、飛んで帰ることにした。…本当に夢みたいだ。これは夢だと何度も自分を疑いながら飛び、次の目的地へと向かっていた。それにしても快適だ…。そよ風に当たりながら僕は飛行を堪能していた。

 そしてこの1件が今後の僕の人生を大きく変えることになるとは、この時全然予想していなかった。