翌日、僕は新世界旅団とは関係なしに冒険者活動を行っていた。レリエさんをも引き連れて二人で、爽やかにも朝の町にて清掃活動を行うのだ。
迷宮に潜るだけが冒険者の仕事じゃない。たとえば町の中だけでも美化活動や治安維持活動、あとお使いとか迷子の犬猫探し、果ては欠員が出た現場仕事の助っ人なんかも折に触れて行うことがあるんだよねー。
特にこの町はエウリデでも一番、冒険者が多いもんだから町のどこをどう切り取っても冒険者がいて、何かしら社会貢献系の依頼をこなしている。
今だって僕らの他にも見える範囲に数人、同じ様に清掃活動に従事してる冒険者を見かけるしね。
住民との関係を良好に保つのも冒険者活動には重要だから、顔と名前を売るって意味でもこの手の仕事は地味に大切なんだよーってレリエさんに説明すると、彼女はいたく感心した様子で頷いていた。
「冒険者が日常の、生活基盤の深くまで組み込まれてる社会構造ってわけね……ホント、ファンタジー的な異世界に迷い込んだみたいだわ」
「僕らからしたらレリエさんこそ、ファンタジー的な異世界からやって来た人なんだけどねー。はい、箒と塵取り。ゴミ袋は隅っこに置いてるから、こまめに捨てちゃってねー」
「はーい! いやー、こういう依頼のほうが性に合うかも!」
この手の活動を嫌がったらどうしようかなー、仕方ないし見学でもしといてもらおうかなーって若干不安視してたんだけど、彼女的にはどちらかというとこの手の依頼のほうに適正があるみたいだった。
今後新世界旅団が大規模パーティー化していく上で、こういう町内活動にこそ精を出したいって人の存在はとても重要だから助かるよー。
みんながみんな迷宮! 冒険! 未知! バトル! なーんて脳筋ばかりだとそっち一辺倒になっちゃって、どこの町に移っても近隣住民からの支持を得られにくいかもしれないからね。
冒険者も冒険活動も結局は既存の社会の中に組み込まれたものだから、社会貢献を疎かにして自分達のやりたいことだけをやってるってわけにもいかないんだよねー。
そこを考えると、こっちの仕事を率先して受けてくれるレリエさんのような人は大変に有用だよー。僕もこの手の仕事はしなくもないけど、戦力的価値を考えるとどうしたって冒険メインになるからねー。
これはシアンさんやサクラさんも喜ぶぞー、と思いながらも僕も箒を手に取り、さっささっさと地面に落ちているゴミを纏めていく。いつものマントと帽子、杭打ちくんを背に担いだスタイルで箒を動かしてるのは我ながらコミカルだね。
二人でパパパっと片付けていくと、不意にレリエさんが声を潜めて僕に、話しかけてきた。
「それにしても、ここっていわゆるスラム……なのよね? 行く宛のない人達が辿り着くっていう、難民地区的な」
「そうだねー。事情は人それぞれだけど平民として表をうろつけなかったり、国の政策で追放されたり、そもそも他所の国や地域からやって来て居場所がなかったりする人達が屯して作り上げられた区域だねー」
別段隠す話でもないので頷く。いかにもここは町の中でも特に雰囲気の違う、通称スラム区域だね。
ゆえあって他に行くところのない人間が集まって次第に生活区を形成した、貧民のたまり場みたいな場所だ。貴族でもなければ市民登録をした平民階級でもない、法の外の身分に属する人達が概ね貧民としてこの辺の区域にて過ごしていると思ってもらっていい。
こう言うといかにも治安の悪そうな印象を受けるスラム区域だけれど、実のところそこまで治安が悪いわけでもない。
いや、貴族街や平民区域に比べると明らかに良くないんだけど、道を歩いてたらいきなり襲われてしまう! みたいなこの世の終わり的な光景が広がっているってわけでもないんだねー。
レリエさんが興味深げに、けれど警戒心は保ちつつあたりを見回して言う。
「やっぱり……でも、私の思うスラムとはちょっと違うわね。なんていうか、思ったより綺麗っていうか」
「古代文明にもあったのー? こういうスラムって感じのところー」
「あったし、ものすごかったみたいよ実際。道を歩くだけで身ぐるみ剥がれて乱暴されて殺されて、場合によっては遊び半分で拷問にかけられたりしたとかしないとか。私の知識の中にそういう物騒なの、あるわね」
「ひぇっ……」
怖いよー! 古代文明超怖いよー!?
夢が崩れてくよ、僕の思う古代人ってのは理性的で教養豊かで優しく強い文明人なのにー!
思いもよらない恐ろしい話に、思わずゾッとしてしまうよー。
ああ、よかったー今あるこの世界がそこまで物騒じゃなくてー。古代文明の話を聞くについ、そう思っちゃうねー。
スラムなんてどこの国のどんな町にも大なり小なりあるものだけど、さすがに今聞いたような地獄が広がってる場所はないはずだよー。いや、でもあったらどうしよう、震えるー。
「す……少なくともここのスラムは安全だよー。冒険者達がほぼ毎日治安維持のために巡回してるし、そうでなくともスラムはスラムで経済圏を構築してるしー。平民区域ともコラボしたりすることもあるんだよー?」
「そうなんだ……単に貧民というよりは、比較的貧困層とされる人達の生活圏ってわけね。道理ですれ違う人達がどうも呑気というか、平和な匂いがするなーって思ったのよ」
「そ、そう……なんだ……」
それってつまり、古代文明のスラムは平和じゃない匂いがしてたってことですよねー?
古代文明っていろいろすごい。そんなことを考えながら僕は、箒で掃除を続けるのだった。
迷宮に潜るだけが冒険者の仕事じゃない。たとえば町の中だけでも美化活動や治安維持活動、あとお使いとか迷子の犬猫探し、果ては欠員が出た現場仕事の助っ人なんかも折に触れて行うことがあるんだよねー。
特にこの町はエウリデでも一番、冒険者が多いもんだから町のどこをどう切り取っても冒険者がいて、何かしら社会貢献系の依頼をこなしている。
今だって僕らの他にも見える範囲に数人、同じ様に清掃活動に従事してる冒険者を見かけるしね。
住民との関係を良好に保つのも冒険者活動には重要だから、顔と名前を売るって意味でもこの手の仕事は地味に大切なんだよーってレリエさんに説明すると、彼女はいたく感心した様子で頷いていた。
「冒険者が日常の、生活基盤の深くまで組み込まれてる社会構造ってわけね……ホント、ファンタジー的な異世界に迷い込んだみたいだわ」
「僕らからしたらレリエさんこそ、ファンタジー的な異世界からやって来た人なんだけどねー。はい、箒と塵取り。ゴミ袋は隅っこに置いてるから、こまめに捨てちゃってねー」
「はーい! いやー、こういう依頼のほうが性に合うかも!」
この手の活動を嫌がったらどうしようかなー、仕方ないし見学でもしといてもらおうかなーって若干不安視してたんだけど、彼女的にはどちらかというとこの手の依頼のほうに適正があるみたいだった。
今後新世界旅団が大規模パーティー化していく上で、こういう町内活動にこそ精を出したいって人の存在はとても重要だから助かるよー。
みんながみんな迷宮! 冒険! 未知! バトル! なーんて脳筋ばかりだとそっち一辺倒になっちゃって、どこの町に移っても近隣住民からの支持を得られにくいかもしれないからね。
冒険者も冒険活動も結局は既存の社会の中に組み込まれたものだから、社会貢献を疎かにして自分達のやりたいことだけをやってるってわけにもいかないんだよねー。
そこを考えると、こっちの仕事を率先して受けてくれるレリエさんのような人は大変に有用だよー。僕もこの手の仕事はしなくもないけど、戦力的価値を考えるとどうしたって冒険メインになるからねー。
これはシアンさんやサクラさんも喜ぶぞー、と思いながらも僕も箒を手に取り、さっささっさと地面に落ちているゴミを纏めていく。いつものマントと帽子、杭打ちくんを背に担いだスタイルで箒を動かしてるのは我ながらコミカルだね。
二人でパパパっと片付けていくと、不意にレリエさんが声を潜めて僕に、話しかけてきた。
「それにしても、ここっていわゆるスラム……なのよね? 行く宛のない人達が辿り着くっていう、難民地区的な」
「そうだねー。事情は人それぞれだけど平民として表をうろつけなかったり、国の政策で追放されたり、そもそも他所の国や地域からやって来て居場所がなかったりする人達が屯して作り上げられた区域だねー」
別段隠す話でもないので頷く。いかにもここは町の中でも特に雰囲気の違う、通称スラム区域だね。
ゆえあって他に行くところのない人間が集まって次第に生活区を形成した、貧民のたまり場みたいな場所だ。貴族でもなければ市民登録をした平民階級でもない、法の外の身分に属する人達が概ね貧民としてこの辺の区域にて過ごしていると思ってもらっていい。
こう言うといかにも治安の悪そうな印象を受けるスラム区域だけれど、実のところそこまで治安が悪いわけでもない。
いや、貴族街や平民区域に比べると明らかに良くないんだけど、道を歩いてたらいきなり襲われてしまう! みたいなこの世の終わり的な光景が広がっているってわけでもないんだねー。
レリエさんが興味深げに、けれど警戒心は保ちつつあたりを見回して言う。
「やっぱり……でも、私の思うスラムとはちょっと違うわね。なんていうか、思ったより綺麗っていうか」
「古代文明にもあったのー? こういうスラムって感じのところー」
「あったし、ものすごかったみたいよ実際。道を歩くだけで身ぐるみ剥がれて乱暴されて殺されて、場合によっては遊び半分で拷問にかけられたりしたとかしないとか。私の知識の中にそういう物騒なの、あるわね」
「ひぇっ……」
怖いよー! 古代文明超怖いよー!?
夢が崩れてくよ、僕の思う古代人ってのは理性的で教養豊かで優しく強い文明人なのにー!
思いもよらない恐ろしい話に、思わずゾッとしてしまうよー。
ああ、よかったー今あるこの世界がそこまで物騒じゃなくてー。古代文明の話を聞くについ、そう思っちゃうねー。
スラムなんてどこの国のどんな町にも大なり小なりあるものだけど、さすがに今聞いたような地獄が広がってる場所はないはずだよー。いや、でもあったらどうしよう、震えるー。
「す……少なくともここのスラムは安全だよー。冒険者達がほぼ毎日治安維持のために巡回してるし、そうでなくともスラムはスラムで経済圏を構築してるしー。平民区域ともコラボしたりすることもあるんだよー?」
「そうなんだ……単に貧民というよりは、比較的貧困層とされる人達の生活圏ってわけね。道理ですれ違う人達がどうも呑気というか、平和な匂いがするなーって思ったのよ」
「そ、そう……なんだ……」
それってつまり、古代文明のスラムは平和じゃない匂いがしてたってことですよねー?
古代文明っていろいろすごい。そんなことを考えながら僕は、箒で掃除を続けるのだった。