ギルド長のからかいだか皮肉だかスキンシップだかもテキトーに受け流すことにして、僕は今回ここにレリエさんをお連れした理由についてお話した。
つまり先の三人の古代人同様に冒険者登録をしてもらい、正式な冒険者になることでギルドの庇護下、保護下という扱いにしてもらえないかというお願いだねー。
「ヤミくん、ヒカリちゃん、マーテルさんに続いて確認できる4人目の古代人。在野に置いてたら間違いなくエウリデがこないだよろしく確保に来るだろうし、ギルドで押さえといてほしいなーって」
「それと、現代における最低限の身分保障も登録すれば成立するとお聞きしました。数万年もの古から目覚めた私は、当然寄る辺のない逸れものですから……社会に溶け込めるだけの、基盤がほしいのです」
「でしょうな。先だってのあなたのご同輩方も、発見した冒険者を頼って登録しに来ましたから事情はもちろん理解します。我々ギルドは喜んで受付いたしますとも。ですが……」
社会的立ち位置を獲得したいというレリエさんの頼み、それそのものは快く受け入れつつもしかし、ギルド長は彼女と並んでソファに座る僕に視線を向けた。
うん……? レリエさんじゃなく、僕のほうに何かあるのかな? 首を傾げていると、リリーさんが何か察してギルド長の言葉に続く。
「……これまでの古代人の方々は、いずれも冒険者登録後には第一発見者のパーティーに身を寄せています。ヤミくんヒカリちゃん兄妹はレオン・アルステラ・マルキゴス率いるパーティーに、マーテルさんはオーランド・グレイタスの元に。その流れで行くとレリエさんはソウマくんの庇護下に置かれるわけだけど」
「彼は彼でややこしい身の上だからな。冒険者として、戦士としては間違いなく世界で五本の指に入る天才だが、来歴ゆえの因縁があちらこちらにありすぎる火薬庫のような男でもある」
「世界で五本!? ソウマくん、そんなすごい人なんですか!?」
「えへー!」
レリエさんの驚きの視線が心地よくて照れちゃう。そーなの僕ってばこれでも強いんだよー! それはそれとして叩けばいろいろ埃が出てきたりもするけどー。
ことここに至ればさすがに、僕の何が問題なのかも分かってくるよー。つまるところレリエさんという問題のある立場の人間が、僕という問題しかない立ち位置の人間と行動をともにすることで起きるトラブルがネックなんだねー。
自慢じゃないけど、僕ほど方々から恨みを買ってそうな冒険者もそうそういない気がするよー。
というのが概ね調査戦隊解散に端を発していて、エウリデ連合王国内の政治屋はせっかくの調査戦隊を失ったことで恨んでくるし、騎士団連中は言わずもがなだし。
大半の冒険者達は同情したり味方してくれてはいるけれど、いつかは調査戦隊入りしたかったのにーって恨んでくる人はやっぱりいる。
加えてこれは推測だけど、その調査戦隊の元メンバー達からも憎まれてるんだろう。少なくとも好かれている理由も自信もないしー。
「とまあ、こんな感じで3年前の調査戦隊解散からこっち、僕ってばちょっぴり嫌われ者だったりするんですよー」
「調査戦隊についてはともかくそれ以外は概ね事実です、レリエさん。彼は不可抗力とはいえ一つのパーティーを崩す選択をして、その結果少なくない人達の不興を買ってるの」
「そんな……脅迫されてそんなの、そんなことって……!」
そんな話を、過去のアレコレについてもかるーく説明しながらお話しすると、レリエさんはありがたいことに僕の側に立った目線でいてくれるみたいだった。
優しい人だよー、これはやはり15回目の初恋だよー。僕の現状に憤ってくださる姿はとても素敵だ。さすが古代人は優しいんだねー。何がさすがなのかは知らないけどー。
よっぽど僕を気の毒がってくれているのか、優しく肩に手を置いたりてくれてるよー! うひょー!
「この子はまだ子供じゃないですか……! それを寄ってたかって追い詰めて、酷すぎませんか? それとも当世では、これが普通なのですか?」
「酷すぎるし普通じゃないわ、レリエさん。だから大多数の冒険者は彼に対して、子供であることは知らないにしても極めて同情的よ。いつかは自分達も同じ目に遭わされるんじゃないかって恐れもあるから、国に対して反抗的な姿勢を先鋭化させてもいるわね」
「ただ、そもそもグンダリ自体が普通ではないからこそ引き起こされたことでもあるのだ。強すぎた、目立ちすぎた、特殊すぎた。出る杭は打たれるという、世の必然が彼にも当て嵌まったということになる」
「調査戦隊でも完全に特別枠だったからねー、僕。戦隊内でも不満を持たれてたところはあるよー」
入団の経緯からして僕だけなんか、おかしい成り行きだったらしいからねー。
スカウトされた人自体はたくさんいるけど、リーダーと副リーダーがしつこく通い詰めた挙げ句最終的には当時の戦力を総動員して抑えにかかったのなんて僕だけらしいし。
レイアに少年愛疑惑がかけられたくらいには執着されてた自覚はある。
そういうところとか、やっぱり僕の異様な強さや生まれ育ちが積み重なってあの脅迫に繋がっちゃったんじゃないかなーって思うところも、今の僕にはあるねー。
「いつの時代も、人は人を排斥する……たとえそこが楽園であっても、ですか」
「楽園に住む者にとり、今いるそこが楽園だという実感もありはしないということです。あなたから見てこの世界は、楽園なのですかな?」
「間違いなく。私達がかつて夢見て、しかし届かなかった場所そのものに思えます。緑なす大地、風吹く世界。私達が、壊してしまう前の世界」
ベルアニーさんの質問に、レリエさんはまた泣きそうな顔をしてつぶやく。
ああっ、泣かないでー! 何があったか知らないけど笑っててよー! 僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねて、慰めるように擦る。
彼女は少し、笑いかけてくれた。
結局、レリエさんの冒険者登録については本人の強い意志もあり、僕を保護者とする形で冒険者登録が行われた。
年齢的には完全に逆転してるんだけど、冒険者にはまあまああり得る現象だからあまり気にはされてないねー。ましてや僕は"杭打ち"、世間的には年齢不詳素顔不明の謎の存在だもの。その辺は特に問題視されることもなく、スムーズに冒険者になれた形だ。
「もっとも僕の抱える因縁から、変な言いがかりを誰かからつけられる可能性だってあるからねー。申しわけないけど最低限、自衛能力は持っといてもらいたいところなんだよねー」
「なるほど、それでシアン同様にトレーニングをさせたいわけでござるかー」
「急にとんでもない美女を連れてきた時はなんの冗談かと思ったぞソウマくん」
「どう考えても何かのドッキリにしか思えなかったぞソウマくん」
「なんでだよー!?」
ケルヴィンくんとセルシスくんの言葉に憤慨する。ひどいよー! なんで僕がきれーなおねーさん連れてきたら冗談かドッキリかになっちゃうんだよー!?
冒険者ギルドを訪ねた次の日の昼前、僕はギルド職員用の女子寮で一夜を過ごしたレリエさんを連れて第一総合学園の文芸部室にやって来た。
夏休みでも学園自体は開いていて、勉強したり部活動したりする学生がそれなりにいるのだ。
そして部外者のレリエさんでも、学生である僕が申請して同行していればある程度、自由に学園に入れたりする。
なので夏休み中、堕落を貪るつもり満々の僕の親友二人と、冒険者としてのトレーニングを積んでいる我らが団長と、そのコーチングをしている副団長が屯している文芸部室に連れてきたわけだねー。
先述の通り、最低限の自衛手段としてレリエさんにも戦えるようになってもらいたい。
そんな僕の頼みごとにサクラさんは納得して頷き、破顔一笑して応える。
「他ならぬソウマ殿の頼みで、しかも古代人の面倒を見るなんて滅多にない話でござる! どうせ暇でござるし喜んで引き受けるでござるよー」
「ほんと!? ありがとう、サクラさんー!」
「なあに、つまるところ新世界旅団の記念すべき一般団員、その第一号ってことでござろ? 未熟な団長ともども鍛える甲斐はあるでござるよ。シアンもそう思うでござるよねー?」
僕の保護下にある形で冒険者となったレリエさんは、必然的に僕が所属するパーティー・新世界旅団の新メンバーってことになる。
それもあって副団長のサクラさんとしてはテンションが上がってるみたいだった。しれっと団長のシアンさんに未熟って言いつつも同意を求めると、ジャージ姿で息を切らしたシアンさんが机に突っ伏しながらも呻く。
「そ……そう、ね……み、未熟と呼ばれるのは悔しいけど、団員が増えるのは、喜ばしいことね……」
「だ、大丈夫? シアンさんー。かなりハードなトレーニングでもしてたのー?」
「そうでもござらぬよー。朝一から校庭を全力で30周して、そこから拙者相手に打ち込みの練習をひたすらしてただけでござるから」
「えぇ……?」
「こちらからは一切反撃しておらぬでござる。めちゃくちゃ優しいメニューでござるよー」
優しいってなんだろうねー? いやまあ、サクラさんのこれも愛あるトレーニングだろうとは思うけどー。
それなりに場数を踏んだ冒険者なら普通にこなせるだろうけど、ギルドに登録して間もないシアンさんには相当キツイでしょうに。何よりひたすら全力ダッシュは鬼だよー。
剣術のほうは、彼女もお家の貴族剣術を仕込まれてるそうだし何よりサクラさんからの反撃がない段階だしでうまいことやるんだろうけど、前段階の全力ダッシュで校庭30周はほぼ拷問だ。
その時点でヘロヘロだろうに、そこから数時間ひたすら剣を振るったんならそりゃグロッキーにもなるよねー。
「は、ふ、ぅ……ふう。ええと、レリエさん、でしたか」
「は、はい」
「お見苦しいところをお見せしていますね……初めまして。私はあなたの保護者である"杭打ち"ことソウマ・グンダリが所属する冒険者パーティー・新世界旅団の団長シアン・フォン・エーデルライトと申します」
「同じく新世界旅団副団長のサクラ・ジンダイでござるよー。よろしくーござござー」
「あ……れ、レリエです! 下の名前は、すみません記憶を失っております。数万年前にあった、超古代文明と当世では呼ばれている時代からやって来た、古代人です。よろしくお願いします」
息を整え、貴族令嬢らしい優雅な振る舞いで名乗るシアンさん。ジャージ姿でもなお気高く美しいよー、かっこよくてかわいくて素敵だよー!
サクラさんも同様に、こっちはかるーいノリで名乗りを上げる。胸元の大きく空いたヒノモト服が色っぽいよー、いたずらっぽい笑顔が幼くも見えてかわいいよー!
美女二人の挨拶にレリエさんも慌てて名乗る。こちらも言わずとしれた美女さんで、雪のような肌に金髪が映えてお話に出てくる妖精さんのようだよー。
ああ……こんなきれーなおねーさん達の揃い踏みが見られるなんて、僕ってラッキーだなあ。しみじみ思うよー。
美女3人による幸せ自己紹介が行われた矢先、僕の親友二人も挙手して名乗りを挙げた。
なんだかんだ彼らも美女には弱いんだ、僕は知ってるよー。入学式の日にシアンさんに惚れて突撃した結果、見事に即撃沈した男子学生諸君の中に君たちも混ざってたろー。仲間ー。
「はじめましてレリエさん、僕はケルヴィン・ラルコン。そこなソウマくんの親友です。以後お見知りおきを」
燻った金髪を眉にかかる程度に伸ばした少年、ケルヴィンくん。平民の立場だけど勉強家で、嘘か真か入試の成績一桁台だって噂もある秀才だ。
ちょっと皮肉っぽい顔つきとキザでクールな態度が特徴的で、僕はかっこよくて好きだけど鼻につくから嫌いって人もいるみたい。でもそういうのも含めて面白いって笑ってるあたり、大器だなーって思うね。
「どうもはじめまして。セルシス・プルーフ・アルトビアです。ソウマくんとケルヴィンくんとは今年春からの親友です。よろしく」
大柄で結構厳つい体つきだけど、温和な表情を湛えるべき少年セルシスくん。貴族の、たしか公爵だったかな? の長男さんでつまりは次期当主というすごい立場の人だよー。
だから正直、こんなスラムの野良犬と関わってるとまずいんじゃ? とは今でもたまに思うんだけど、"身分や立場を越えてともに立つ者こそが本当の友だ"という彼の男前な発言を聞いて、思わず尊敬の念を抱いちゃったのは内緒だ。
二人の丁寧な名乗りを受けてレリエさんも自己紹介して、一同ひとまず席についた。
今ここにこのメンツで文芸部室にいる名目も、一応は文芸部活動ってことにはなってるけど……事実上、新世界旅団の集会だよねー、これー。
「さて、レリエさん。我々新世界旅団はあなたを歓迎します。ともに未知なる世界を旅し、冒険に挑み続けましょう」
「は、はい。私にとってはすべてが未知ですから、望むところです、団長」
「ふふ、そう固くならないでください……そうは言っても我々の当面の活動は、新世界旅団発足に向けての準備なのですから」
「え?」
首を傾げるレリエさん。そりゃそうだよー、冒険に挑みましょう! って言った矢先にその前に発足準備するけど! って言われたらえ? ってなるよねー。
でもこればっかりは仕方ないのだ、だってこの新世界旅団ってば、そもそもまだギルドに結成申請すらしてない口だけパーティーだしー。
なんならシアンさんが構想を僕に明かしたのさえ数日前だしね。サクラさんもほぼ同じタイミングで聞かされてそこから話に乗ったってだけなので、文字通りの白紙の状態に近いんだよねー。
だからレリエさんを加えるこの際、その辺の話もしっかりしとかないといけないなーって団長は思ってるんだと思うよー。
「実のところ、新世界旅団を結成するとソウマくんとサクラに告げて、勧誘したのがつい数日前のこと。つまりまだまだ、構想途中のパーティーなんですよ」
「そうなんですね……それで準備と。メンバーの確保とかですか?」
「それもありますし、私自身の実力をある程度のラインまで引き上げることも前提です。非力なままでは、新世界旅団団長として失格だと思いますから」
お恥ずかしい話ですが、と苦笑いするシアンさんは心底から自分の弱さを嘆いているようだった。ちょっと自信喪失気味?
サクラさん相手に打ち込み修行したって話だし、たぶん数時間ひたすらいなされたんだろうねー。落ち込むのは分かるけど、誰だって最初はそんなもんだしそんな気にしないでほしいよー。
「別に僕は構わないんだけどなー。強さだけがリーダーの素質じゃないし。あとシアンさん、落ち込む必要ないよー」
「ソウマくん……ですが、私は」
「サクラさんと自分を比べてるんだと思うけど、ペーペーがSランク相手に落ち込むなんて10年は早いよー。まだまだこれからこれから、今はまだスタート地点にすぎないんだからさー」
「そのとおりでござるよ、シアン」
ちょっと手厳しいというか、シアンさんにとって悔しいだろう言葉を投げちゃったけど事実は事実だ。受け止めてもらわないと、勝手に思い詰めて潰れられても困るしねー。
そう思っての僕の言葉に、サクラさんも乗っかってきた。うんうんと頷き、シアンさんの現状について語る。
「今日、シアンの太刀筋を見る限りでは素質は十分にあるでござる。エーデルライト家仕込みの戦闘術も体格によく合ってるでござるし、あとは心身が伴えば技量を引き出していけるでござろう。日々精進あるのみでござるよー」
「それは……いつか私も、あなたやソウマくんにも追いつけるってこと?」
「んー、努力次第で拙者にはいけるでござるがソウマ殿はさすがに無理でござる。ありゃ拙者やシミラ卿でも一生かけて辿り着けるかどうかって次元でござるし」
「そんなわけないよー!?」
サクラさんどんだけこないだの茶番を引きずってるのー!? いくらなんでも彼女やシミラ卿が一生掛けなきゃならないような領域には僕、いないはずだけどー!?
唖然としてツッコミを入れるも、サクラさんは真顔でこちらを指差すままだ。そして間髪入れず、僕に言ってきた。
「実際に見てみるのが早いでござるね。ちょっとソウマ殿、立ってほしいでござるよ」
「えぇ……?」
何を証明するつもりなんだか。嫌な予感しかしないよー。
それでも言われるがまま、僕は席を立ちちょっと離れた、空きスペースに立つのだった。
立てと言われて立ち上がり、広い文芸部室の空いてるところに移動する。するとサクラさんもやってきてお互い、ちょっと間隔を空けて向かい合う形になる。
もうじきお昼だし、そろそろ下校してみんなで親睦を深める意味でもご飯を食べるとかしたいねー、などと考えているとサクラさんはその状態で、シアンさんに話しかけた。
「まず言っとくと、ソウマ殿……冒険者"杭打ち"は天才の中の天才でござる」
「えっ……」
「さっきシアンにも素質があると言いはしたものの、ソウマ殿と比べりゃないにも等しいでござる。なんなら拙者とてシミラ卿とてワカバ姫でさえ、彼の持つ狂気的なまでの才能の前には無能と大差ないでござるよ」
「とんでもない過剰評価だよー!?」
信じられないこと言うねこの人! 僕をなんだと思ってるのさ!
天才とか言われて褒められるのは嬉しいけどこれは行き過ぎだよ、狂気的とか僕の前には全員無能とか、表現が傲慢すぎて逆に悪口みたいになってるよー!
何、実はこないだのこと恨んでるの? アレそんなに引きずることじゃないでしょ、さすがにー。
「うん?」
────と、突然サクラさんの右腕がブレた。僕めがけて拳を振るってきたのだ。
目にも止まらぬ速さのジャブだけど問題ない、僕は首を逸して回避する。鋭く風を切る音が部屋中に響き、衝撃で軽い突風も巻き起こる。
唖然としてみんなが見る中、僕は一言尋ねた。
「え、何いきなりー?」
「これでござるよ……堪んねーでござるねー!」
やるせなさと、それ以上に嬉しさを秘めた声色で笑みを浮かべてさらにパンチを投げてくる。敵意も殺気もないからシアンさんへの講義の一環なんだろう、続けて首を左右に逸らすだけで避ける。
早いのは早いけど単調だし狙いも顔だから避けやすい。シミラ卿の突きと同じだね、フェイントを織り交ぜてきたらまたちょっと対応も変わるだろうけど、このくらいは普通に対応できるよー。
「っしゃあっ!!」
「スキありー」
あんまり避けてくるからちょっとイラッと来たみたいだ、当てるつもりもないくせに動作がほんの少しだけ大振りになる。
さすがにそれは見逃せませんねお客さんー。僕は即座に腰を落として左脚を彼女の側面に踏み出し、腰の回転を効かせた右腕を一つ振るって鞭のようにしならせた。
パンチを最小限の動きで回避しつつ、アッパーをサクラさんの顎へと打ち上げる形で放つ──寸前で止める。
勝負ありってところかな? 急に始まったから何をもって勝ち負けが決まるのかは分からないけど、実戦なら僕がカウンターで顎を撃ち抜き、それでサクラさんは行動不能だ。
あとは煮るなり焼くなり僕の自在となる。
まあ本気で実戦って話をしだすとそもそも得物を持ったり迷宮攻略法を使ったりと条件が大きく変わってくるからなんとも言えないけどねー。
ともあれ右腕を戻して体勢を戻すと、サクラさんは一筋汗を垂らしながら僕に詫びを入れてきた。
「ふう、失礼仕ったソウマ殿。シアンには見せるが早いと思ったゆえ。怪我は……当然ノーダメージでござるよね」
「首痛いですー、後で擦ってほしいですー」
「良いでござるよー。付き合ってもらった礼にそのくらいさせていただくでござる。さてシアン、あるいは他の方々もでござるが、今のやり取りを見て思ったことはあるでござるか?」
やった! サクラさんに首を擦ってもらえるよー!!
思わぬ展開だけど最高の報酬ゲット! 今日の僕はついてるよ、わーい!
内心はしゃぐ僕に構わずサクラさんは、シアンさんはじめ今のやり取りを見ていた者達に尋ねる。まるで講師……っていうか実際に講師なんだけど、師匠らしい振る舞いが似合うなー。
さておき急な流れと質問。けれど真剣に見学していたシアンさんが、今の質問に答える。
「……まずは動体視力の異常さ、かしら。唐突な奇襲、しかも至近距離からの拳に対して対応しきった。そこに意識が向いたわ」
「避け方、すごいですね……体を軽く、クイクイってするだけで今のとんでもない速さのパンチを次々避けるなんて……」
「動きが若干気持ち悪かったぞソウマくん」
「というか何がなんだか分からなかったぞソウマくん」
「それは僕に言わないでよー!」
いきなりしかけてきたサクラさんに言いなよー! 冒険者じゃない親友二人はそこまで真剣に見てないから、概ね僕へのからかいに留まるねー。空気が和むから助かるよー。
でもシアンさんとレリエさんは、今後強くなる必要が明確にあるから真面目に答えてきた。動体視力と効率のいい回避法、どっちも大切だねー。
サクラさんも一つ頷き、答える。
「突発的な攻撃をも完全に見切る目の良さ。そしてそれを最低限の動きでのみ回避する体捌き。それらもあるでござるね」
「……他にもある、のよね? サクラ」
「無論──彼の本当に凄まじい点。それは一言でいうと心構えでござる」
そう言ってサクラさんは僕の手を取り、また席に戻った。デモンストレーションはしたから、あとは座学での授業みたいだ。
でも心構えかー……前にもレイア達にその辺を言われたことはたしかにあるねー。着眼点が同じってあたり、やっぱりサクラさんもSランクとして相応しい実力者なんだよー。
「ソウマ殿の本当に恐ろしい才能、素質とはズバリ、突き抜けた"常在戦場"の心構えにあるでござる」
席に戻って紅茶を飲んで、軽く一息ついてからサクラさんはそう切り出した。先程の唐突な軽いやり合いを受けての僕解説に、同じ旅団メンバーのシアンさんレリエさんはおろかケルヴィンくん、セルシスくんも興味津々に彼女を見ているよー。
だけど、常在戦場かー。ワカバ姉も言ってたな、そんなことー。懐かしい記憶を蘇らせつつも、続けて耳を傾ける。
「常在、戦場……」
「我、日々常に戦場に在り。ヒノモトで古来より言われている戦士の心構えの要諦にござるが、これをソウマ殿は自覚さえ持たないレベルで身につけているのでござる。つまり御仁にとり、今こうしている時でさえも戦場にいる心地と変わらぬ心境であるということ」
「そ、そうなのですかソウマくん……?」
「え……ど、どうだろー……?」
似たようなことは以前、かつての仲間達から言われたこともあるので納得はするけど……実際どうなのってところは聞かれたって自分じゃわからないよー。僕的には十分リラックスしてるつもりなんだけどねー?
それにどこでも戦場って地味にやだよ、僕にも平穏がほしいよー。
困惑しつつもいやそれ違うよー、とか言ってサクラさんに恥をかかせるのもどうかと思うしって悩んでいると、意外な人が挙手をした。
セルシスくんが真剣な表情で僕を見つつ、気づいたことを話し始めたのだ。
「それは……常に戦場にいるということではなく、日常も戦場もソウマくんにとっては変わりがない、ということでしょうかサクラ先生」
「おっ……よく気づいたでござるね。やはりそんな節が見受けられたでござるか?」
「いえ、俺やケルヴィンくんはソウマくんの戦場での姿を見たことがありませんし。ただ……先程、先生のパンチを避けている彼の姿は、今アホ面晒して紅茶を啜り菓子を齧っている姿と大差がないので」
「アホ面ってなんだよー!」
真面目な話ししてる時にそーゆーこと言うなー! 思わず叫ぶと、けれどセルシスくんは真顔でやはり僕を見る。な、なんだよー……ちょっと怖いよー?
それに続いて何かに気付いた、シアンさんが息を呑んでやはりこちらを見てきた。
「日常と非日常の境界線が、彼の中では存在していないということ? ソウマくんにとってモンスターや人間と戦う時間と、こうして身内で揃って語らう時間も感覚としてはイコールになっているって、ことなの……?」
「本人すら無自覚でござろうがおそらくは。信じられない話でござるよ……常在戦場の理念自体はSランク冒険者であれば大体身につけてるでござるが、無意識レベルにまで落とし込んでいるケースなどソウマ殿くらいでござるからね」
なんだか大層なことを言われてるけど、割と普通のことな気がするんだけどなー……ベクトルが違うだけで、のんびり過ごす時も戦う時も、僕は僕のノリを貫くよーってだけだし。
それにむしろ、僕は他の人って疲れないのかなって、感心してるくらいなんだけどねー。
だって一々分けて考えるのとか面倒じゃん。お風呂入ってる時に敵が襲ってくるかもしれないし、敵と戦ってる時にお腹空いたりするかもしれないんだからさ。どっちも生活の一部なんだから、毎度メンタルを切り替える必要とかないと思うんだよね。
と、まあこんな感じの言いわけをしてみたんだけれど。理解されるどころか逆に変な生き物を見る目で見られてしまったよー。
調査戦隊メンバーからも向けられたことのある目だ、理解不能ながら同情とか憐憫が含められていて、正直ちょっぴり苦手な目だよー。
中には直球で"そうならざるを得ない人生を過ごしてきたのね、まだ10歳なのに……"とか言ってきた先代騎士団長さんとかもいたなあ。
あの人は今、どこで何してるんだろ。シミラ卿が疲れ果ててるんだからちょっとくらい顔を見せてもいいと思うよー。
「……やはり、と言うべきでござるかな。ソウマ殿は日常の中にあってなお鉄火場を駆け、鉄火場の中にあってなお日常を憩うている。そしてそれを当然のこととして受け入れているのでござる。狂気的ですらあるでござるよこんなの、精神ぶっ壊れてるでござる」
「ひ、ひどいよー……」
「ヒノモトにおける戦闘者のあるべき姿、ともされる常在戦場の心構えでござるが、実際に突き詰め極めるとこうなるのかと……心底から羨ましく、しかし心底から恐ろしい話にござるよ。いやはや拙者も天才だとか言われて持て囃されてはいたでござるが、井の中の蛙もいいところでござったよ、ござござ」
軽いノリで笑うサクラさん。いやそんな、高々考え方の違いくらいでそこまで自嘲しなくても……
あくまで僕はこう思って生きてるってだけだし、むしろ日常と戦闘を切り離して考えられる人達は効率が良くて頭いいなーって思うし。そこは単にそれを真似できない僕がアレなだけだよ。狂気的ってのはさすがにひどいけどー。
「分かったでござるか? シアン。ソウマ殿の天才とはすなわちメンタルの異質さ。常に戦場に身を置くがゆえにいかなる場面でも一切油断せず、奇襲されてもまったく動じずに対応する本能そのものでござるよ。身体機能や反射神経は鍛えられてもメンタルは中々そうはいかないでござる」
「まさしく才能……ある種の天才というわけですね。野生にも似た本能の賜物と言えるのかもしれません。なるほど、たしかにこれは真似できそうにありません」
得心したとばかりに微笑むシアンさん。ただし頬には一筋の汗が流れ、僕をとてつもない何かに向ける視線で見てきている。
別に真似なんてしなくても、シアンさんなら遠からず僕相手にも戦えるようになるかもしれないんだから……あまり他の冒険者と自分を比較して、落ち込むのは止めてほしいよねー。
僕のなんかすごいとこー、という名目でただただ異常者扱いされただけな気がする一時から解放されて、僕らは下校することにした。
昼からは軽く冒険しよっかーって話をしてるので、みんなで仲良くお昼ごはんを食べてから新世界旅団だけで迷宮に潜るんだねー。ちなみにギルドにパーティーとしての登録はしてないからこれは完全に自主的な活動の名目になるよー。
「モンスターの素材とかゲットしても依頼主がいないから換金はしづらいけど、代わりに素材を自由に使えるから武器や防具といった装備品に使えるわけだねー」
「なるほど……日々の生活を依頼をこなす形で賄いつつ、より上を目指すために自主的な迷宮探索を行う必要があるわけね、ソウマくん」
下校してすぐのところにある商店街の学生用定食屋で、向かい合って僕はレリエさんに軽い説明をしていた。それぞれ目の前にはででーん! ととんでもない量のパンとスープとステーキ。
普通のお店なら3人前はあろうかという量なんだけどこれでこの店だと1人前なんだからすごいよね。なんでも体育会系の学生や学生冒険者に向けて量を盛っていった結果こうなったらしいけど、それでいて料金は学生用の据え置き価格なんだから庶民の味方だよー。
とはいえこんな量食えるか! ってことでケルヴィンくんとセルシス、レリエさんは3人で分け合ってるねー。せっせと小皿に分けて親友達に食事を与えているレリエさんが甲斐甲斐しくてかわいいよー、青春の光景だよー。
反面に僕とサクラさん、あとジャージから冒険者用の軽装に着替えたシアンさんは普通にこの量を一人で食べきれる。冒険者は身体を動かすからね、食べてなんぼな世界でもあるわけだし、食べる時はとことん食べるのが鉄則なんだねー。
「私も、無理してでも食べきったほうがいいかもしれないけど……」
「そこまでする必要はないでござるよー。食えもしないのに詰め込んで、逆に体調崩しながら迷宮に潜るほうがよっぽどやべーでござるし、そこの判断は自分でするでござるよー」
「そうね、レリエさんの食べられる量でいいのよ。私だって普段はここまで食べないのよ? ……朝から死ぬほど動いて、お腹ペコペコだから食べるだけで」
昨日なったばかりとはいえ、冒険者として生きることになったレリエさんがそんなことを気にして言う。真面目さんですごく素敵だけど、サクラさんやシアンさんの言う通り無理してまで食べる必要なんてどこにもないんだよー。
必要な分だけ食べればいいんだよー。そしてシアンさん、お腹を擦りながら恥ずかしそうに頬を赤くしてるのがかわいいよー。サクラさんをちょっぴり恨めしげに見てるあたり、文武両道で品格兼ね備えた完璧生徒会長さんでも朝からの訓練は相当ハードだったってことだろう。
視線を受けてサクラさんがケラケラ笑って答える。
「シアンは今後この量がデフォルトになるでござるから腹ァ括るでござるよー? オフならともかく、冒険に赴くのに少食のSランク冒険者なんて聞いたことないでござるからねー。最低限そのくらいには到達してほしいでござるから、今のうちにエネルギーを蓄える癖をつけとくでござるよー」
「わかってるわよ。はあ、太らないかしら……」
「太るほど生温い訓練をさせるつもりもないでござるー。覚悟するでござるよー、ござござー」
冗談めかして言うけど、これガチなやつだねー。
サクラさんは本気でシアンさんを、可及的速やかにSランククラスの実力者に仕立てるつもりでいるよこれー……
僕としてもそりゃあ、団長として見込んだ人が強さ的にも上になってくれるんならそれに越したことはないんだけど、無理や無茶をさせないかと気が気じゃないよー。
だってヒノモトの戦士はやりすぎがどーした! ってのがポリシーなところあるしねー。ワカバ姉とかひどかったもん、新入りにひたすら訓練課して扱き倒して、見かねたレイアとウェルドナーのおじさん──レジェンダリーセブンの一人でかつて調査戦隊の副リーダーだった人だ──に止められたりしててさー。
それと同じことが今、眼前で繰り広げられるんじゃないかと内心で冷や冷やだよー。
ヒノモトの気質を知ってるのかケルヴィンくんとセルシスくんともども怖怖と見守っていると、サクラさんはそんな自然に気づいて慌てて両手を振ってきた。
「な、なんか勘違いしてるでござろ!? 拙者そこまで無茶な特訓はさせないでござるよ!?」
「もうその言い方からして怪しい」
「怖い」
「ヒノモト人は最初は優しいのに、慣れてきたら豹変するって実体験からの確信が僕にはありましてー」
「どこのどいつでござるかそんな陰湿なヒノモト人は! って……ワカバ姫でござるよねそれ……」
「うん」
僕の中でヒノモト人のイメージが深刻に汚染されていることを受けて、サクラさんがガックリと肩を落とした。原因が彼女もよく知るヒノモトのSランク冒険者にあるんだからそりゃー、ねえ?
落ち込むサクラさんを慰めるべきか、それともヒノモト人の苛烈さが今後自分を襲うかもしれないことに怯えるべきか。微妙な顔をするシアンさんにもまとめて生暖かい目を向けて僕は、特盛のステーキを口にした。
山盛りのパンもステーキももちろんスープもしっかり平らげて、僕らはお昼ごはんを終えた。はー、美味しかったーってみんなでごちそうさますると、店主のおじさんおばさんがすごくいい笑顔でサムズアップしてくれたのが印象的だよー。
さて、そうなるとお次はいよいよ迷宮探索だ。ケルヴィンくんとセルシスくんの二人とはここでお別れして、僕らは町の外へと向かう。途中、適当な路地裏で"杭打ち"の装束に着替えての道程だ。
持ってきたバッグの中、折り畳んだマントとあと帽子を取り出して身につける。おしまい。
たったこれだけで冒険者"杭打ち"の完成だ。本当は上着や下着も黒装束なんだけど、今回はそもそも僕が戦うことはないからね。こんなくらいの変装でも全然問題ないのだ。
「帽子とマントを装着すれば出来上がり。手早い割にしっかり正体を隠せるのは便利でござるなー」
「ですが杭打機は今日は持ってきてないのですね」
「使う予定がないからねー。地下5階くらいまでを行ったり来たりするんでしょ? シアンさんの対モンスター訓練のために」
さすがに学生ソウマ・グンダリが杭打ちくんを担いでたら一発でバレる。なので今回は相棒にはお休みいただき、帽子とマントだけの簡易"杭打ち"スタイルだ。
というのも今言った通り、シアンさんがモンスター相手に頑張るのを見届けるために随行するってだけだからねー。地下5階までなんて僕の出る幕じゃないし、そもそもモンスターが威圧に負けて近寄ってこないしで杭打ちくんなんて必要ないわけだねー。
「ござござ。あとせっかくなのでレリエ殿にも、冒険者ってのが具体的にどんな感じでモンスターと戦うのかを確認してもらうでござるよ。いいでござる?」
「ええ、もちろん……一応私が目覚めてすぐ、ソウマくんがモンスターをやっつけるところは見たけど」
「多分それ、ずいぶん上のランクにいかないとなんの参考にもならないバトルでござる。記憶から抹消するのをおすすめするでござるよー、拙者でもたぶん理解できない技術を使ってたと思うでござるし」
苦笑いしてそんなことを言うサクラさん。まあ、レリエさんについては正直そう言うしかないよねー。
地下86階層から彼女を連れ出す時に何体かモンスターをやっつけたけど、あいつらだって普通に出くわすとサクラさんやシミラ卿でも危ないかもしれないやばーい奴らだし。
迷宮攻略法を駆使しまくった僕だからこそサクッと殺れたわけで、つまりはSランクの中でもさらに上澄み、それこそレジェンダリーセブン級じゃないと同じことはなかなか、難しいかもしれない。
そんな戦いをレリエさんが真似したり参考にしたりなんて土台無理な話だよー。だからサクラさんの言うように、あーゆーものは忘れるに限るんだ。ドン引きされたアレな記憶ってのもあるし、本当に忘れてほしいよー。
「でしょうね……とにかくすごいってことしか分からなかったもの。どんな分野でもトップクラスに位置する天才は、何してるか分かんないのよね凡人から見ると」
「拙者とてSランクなだけの力はあると自負してるでござるが……こと専門のはずの近接戦でドン引きものの動きをこないだ、他ならぬ杭打ち殿に見せつけられて負けたでござる。天才というのも細かく段階分けされてるんだなーってしみじみ思ったでござるよ」
「いや……あの、だからさ。あの時についてはともかく僕とサクラさんの間にそんな差はないってばー」
青い青い空を見上げてどこか吹っ切れたように、いい笑顔で笑うのはかわいいからいいんだけどー……サクラさんってばすっかり僕には敵わないって思っちゃってるよー。
正直あんな程度で優劣なんかつくわけないと思うんだけど、サクラさんはサクラさんで僕に理解できない感覚や能力をいくつも持つ世界トップクラスの実力派だし、その感性で僕にある何かを感じ取っちゃったのかもしれない。それでここまで心が折れちゃってるのかもー。
全然自覚ないけど、ホントに悪いことした気分になるから勘弁してほしいよー。
微妙な心境に一人、陥りながらも町を出て草原に出る。穴だらけの草原は相変わらず冒険者がそこそこ行き交っていて、依頼にせよ自主活動にせよ、迷宮探索にそれぞれ精を出しているのが分かる。
その中でも僕らが向かうのはやはり正規ルート、地下一階から始める正門だ。一応他にも地下一階に降りる穴はいくつかあるけど、わざわざそっちを使う意味も薄いしねー。
しばらく歩くと正門に辿り着いた。前と同じ、古びてはいるもののしっかりした造りの立派な門だ。
じゃあ入ろっかーって段になって、事前に打ち合わせていた段取りを改めてサクラさんが、シアンさんへと確認した。
「迷宮に入ったらシアン以外は距離を置くでござるから、しばらく一人で進むでござるよ」
「ええ、分かったわ……万一の時のフォローよろしくね、みんな」
僕とサクラさんが近くにいると、モンスターが逃げて行っちゃうからねー。だから見学のレリエさんともども遠巻きに眺めて、シアンさんの戦いを見守らせてもらうんだよー。
シアンさんが若干、緊張した面持ちで迷宮へと一歩踏み出した。さあ、修行の始まりだよー!
一人先を行くシアンさんを、十分に距離を取って見守る僕とサクラさんとレリエさん。
今は地下一階の通路をウロウロしている最中で、すでにモンスターとは何体か遭遇している。なんなら今も戦闘中だねー。
「きぴー! きぴ、きぴぴー!!」
「たぁーっ!!」
角の生えたウサギ型モンスター、ホーンラビットを相手に華麗な剣が舞った。柄に華美な装飾の護拳を備えたブロードソードで、騎士団装備のレイピアよりは斬撃用途も想定している幅の刃が鋭く振るわれる。
飛びかかる寸前のホーンラビットに先んじて接近して一閃目、角を切断して破壊力を封じつつ減速しつつ側面に回り込む。
「きぴ……!?」
「てぁーっ!!」
混乱している敵の横っ面から二閃目、首を切り落とす。血を吹き出しながら倒れるホーンラビットから意識を逸らさずに目だけで周囲を確認するシアンさん。
そうして敵がいないことを確認してそこでふうと息を吐いた。戦闘終了だねー、お疲れさまですー。
「……ふむ」
「杭打ち殿的に、今のはどんなもんでござった?」
シアンさんの今しがたの戦いを見てちょっと、頭の中でいろいろ考えているとサクラさんが尋ねてきた。
一応の師匠として、僕の意見も聞いておきたいとのことだ。こちらとしてもただレリエさんを守って眺めてるだけってのも味気ないし、せっかくなので思うところは都度言ってたりするねー。
そしてそんな僕からしたら、今の戦闘で一番引っかかったのはやはり時間かな。
敵を視認して 駆け出すのに3秒。接近するのに3秒かかり、一撃目から二撃目の体勢までに5秒。そしてトドメからここに至るまで3秒かかった。
つまりは計13秒だね。これを早いと取るか遅いと取るかは人によるけど、僕としてはどうせならもうちょい効率よく動けそうな気はしたかなー。
というかできることなら一撃目で仕留めたいところだよー。
反撃させずに仕留めるつもりなら、反撃された時のことなんて考えて敵の無力化をしよう、なんて考える必要はないはずだし。
やるにしても初撃の致命打が失敗した、返す刀で角を落として離脱するほうが理には適うと思う。今回は一匹だけだったから良かったものの、例えば二匹目がいた場合には今みたいな流れの攻撃だと1アクション分、後手に回ることになるしねー。
「……って感じでもうちょいって感じ。サクラさん的には?」
「んー、逆に及第点でござるねー。杭打ち殿とは逆で先に無力化してから倒すってやり方を堅実だと評価したいところでござるよ。なんせ拙者も同じ考え方するでござるしー」
「似た者師弟なのはいいね、お互いやりやすそう」
「でござろー? ござござー」
師弟揃って安全を先に確保したがる質らしい、サクラさんの言葉に僕はなるほどと納得した。
教える側と教わる側のスタンスが似てるのは一番良い。同じ方向を向いてるからどちらもやりやすいだろうし、何より師弟仲が良くなる。
ただでさえ団長と副団長ってことで相性の良さが求められるわけだし、そういう意味でも抜群の組み合わせだね、この二人ー。
シアンさんが再び迷宮を歩き始めた。付かず離れずで僕達も追う。
熱心にシアンさんの動きを見学するレリエさんにもちょくちょく解説を挟みつつも、もっぱら僕とサクラさんの話題は互いの立ち回り方の特徴についてだ。
「杭打ち殿はとにかく狙えるなら本体を仕留めたい派で、拙者とシアンはなるべく確殺できる状況を作ってから本体を仕留めたい派、と。性格でござるねえ」
「……こないだの茶番、シミラ卿を押さえに行った僕をカットした時も杭打ちくんを狙ってたもんね、そういえば。アレは僕ならシミラ卿に構わず本体に仕掛けてたよ」
「シミラ卿も拙者へのフォローをした際には直接杭打ち殿を狙ってたでござるね。調査戦隊仕込みでござるか?」
「…………いや、どっちも素の性格」
僕の場合はさっさと終わらせて次の敵を殺りたいから。シミラ卿の場合はたぶん、負けん気のキツさから。それぞれの性格的特徴ゆえに、僕らは仲間を助けるより先に敵を仕留めることを優先しがちだ。
一方でサクラさんは分かりやすく安全志向なのと、あとなんだかんだ優しい人だからねー。仲間がピンチって時にはまずそちらにカットを入れてから反撃に加勢するみたいだ。
「どっちが良い悪いじゃないし、どっちもいることでむしろ幅が生まれてるところはある……そうなると、レリエさんはどっちかな? って思っちゃうわけだけど」
「え、私?」
「ござござ。たとえば味方が敵に襲われている時、レリエ殿は次のうちどちらを選ぶでござる? 間に入って攻撃を受けるか、襲っているところを背後から倒すか」
僕とサクラさんにじーっと見られ、レリエさんが困ったように笑った。
実際、割と大切な選択なんだけどねこれー。どちらのタイプか、あるいはまた別のタイプかによって彼女の鍛え方も大きく変わるし。
どちらにせよ見守ることに変わりはないけど、どうせなら僕のほうを選んでほしいなーとは思う。
若干だけ固唾を呑んで見守る僕を尻目に、レリエさんはおずおずと答えた。
「え、あ……そうね。私的には後者かしらね、基本的には」
「ほほー? ちなみに理由は?」
「防御したり身代わりになったところでジリ貧だもの、攻撃している間は隙だらけだし、それなら攻撃して倒したほうが結果的に、味方を助けることにつながるかもって思うから……」
「なるほど、なるほど……つまりは杭打ち殿タイプというわけでござるねー」
やったー! 気が合う男女ってこれもう付き合ってるも同然なんじゃないでしょうか!? 15度目の初恋、セカンドチャンス来ちゃいますー!?
まさかの2対2。これで形勢は互角だねー。などと別に張り合ってもないけどちょっとドヤ顔を浮かべる僕である。
その後も特に問題なく、出てくるモンスターを冷静に倒していくシアンさん。多くの冒険者を輩出しているエーデルライトの家系だからだろうか、元からしてそれなりに高度な戦闘訓練は受けているみたいだ。
鋭い剣の技の冴えももちろんながら、体捌きも貴族剣術らしいお上品さがあって優美だ。何よりそれらをうまく駆使できるシアンさんの身体能力の高さや賢さは、さすがは文武両道才色兼備の天才生徒会長なだけはあるよー。
総じて天才扱いできるだけの素質があり、しかもそれに驕ることなく努力を重ねられる心根の真面目さもある。継承した技術の質も申し分なく、今後ますますの発展が見込めそうな逸材と言えるねー。
「……鍛えに鍛えたらサクラさんにも並べそうじゃない? 相当先の話になるとは思うけどさ」
「やっぱそう思うでござる? 剣の素質はそこそこ止まりでござるが、体捌きと直観的な動きについてはなかなかのもんでござろ。なんのかんの最低限、鍛えてはいたみたいでござるしね」
「朝一からハードトレーニングした後にあれだけ動けるんだから間違いないねー。体幹も体重移動も慣れてるし、かなり仕込まれてると思うよー」
サクラさんと二人、シアンさんの伸び代について初見を述べ合う。視線の先では彼女がゴブリン3体相手にうまく立ち回っているところだ。
棍棒で殴りかかってきた一匹目をステップして躱し、その際に腕を切りつける。腱が切れたか棍棒を落としたその隙に、直近の二匹目へと接近して袈裟懸けに切る。
「はあっ!!」
「ぐぎゃあっ!?」
肩から心臓部にかけてざっくり深く斬り込んだのち、二匹目のゴブリンを豪快に後ろに蹴り倒して剣を引き抜く。そして三匹目、シアンさんを背後から襲おうとしていたやつに反転して斬りかかった。
スピードはともかく動き自体はいいね、かなりいい。二匹目を攻撃してから三匹目に移行するまでの流れが似つかわしくないほどにワイルドだけど、あれ多分エーデルライトの剣技だろうね。引き抜きからの連撃って動きは、シアンさん本人の剣技より数段クオリティが高いし。
「とどめっ!!」
「ぐげげぁっ!!」
三匹目を制した後、最初に斬りかかりつつも最後に残った一匹目に剣を振るう。利き手が潰されたゴブリンなんて赤子同然だ、瞬く間に首を跳ね飛ばされて倒せた。
完全勝利だ。朝から運動して疲れていてもなおここまで動けるんなら、体調が万全なら地下10階層までくらいならどうにかいけるかもしれないねー。
それでもこれで実に10連戦目、単純にそろそろ疲労困憊だ。
僕らは頃合いと見てシアンさんに近づいた。サクラさんが果実水の入った水筒を渡しつつ彼女をねぎらう。
「おっつかれーでござるー。いやいや、見事にござったよシアン、拙者や杭打ち殿の期待以上でござったよ」
「お、お疲れさま……んく、んく。ふう、ふう。体力もさることながら、一人で戦うのはやはり気力を使うわね……んく、んく」
汗だくになりつつも果実水を飲み、息も絶え絶えにどうにか回復を試みるシアンさん。体力的な消耗もだけど、気力的なところで相当疲れちゃったみたいだねー。
一人でモンスターと戦う、なんてのはパーティー組んでるとなかなか機会がないし、それだけで重圧感あるしね。特に敵が複数で来るさっきみたいなパターンの場合、動きをトチるとそれが命取りになりかねないし。
まあでもそれを踏まえても相当な動きを見せてくれたと思うよねー。
素敵だなーと内心で拍手してると、レリエさんがシアンさんの滴る汗をハンカチで拭きながらねぎらいの言葉をかけていた。
「お疲れさまです、団長。大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よレリエさん。ありがとう……シアンでいいし敬語もいらないわよ。堅苦しいもの」
「え? は、はあ……分かったわ、シアン。あの、私のことレリエって呼び捨てで呼んで? なんだか申しわけないわ」
「ふふ、分かったわレリエ」
「あ、じゃあ拙者とも呼び捨てタメ口でよろしくでござるよレリエー」
「………………………………」
ぼ、僕の眼の前で美女3人が交流してるよー……! なんて素敵な光景だろう、地下なのに天国みたいだよー!
相性がいいのか3人ともがすっかり打ち解けている。特にレリエさんは古代人ってこともあってどうかなー? と思ってたんだけど……相当賢いお人みたいだから、文化の違いを十分に踏まえた上で理解を示して歩み寄ってくれてるみたいだ。
そしてそれを分かっているからこそシアンさんもサクラさんも、仲良くするために歩み寄っていってるんだねー。
はあ、尊い……この世のものとは思えない天上の光景だよー。
ほのぼのしつつも3歩くらい下がったところで見守る、そんな僕の耳にふと、何者かの呼び声が聞こえてきた。
「杭打ち!! 見つけたぞ、オーランドを返せぇっ!!」