何はともあれ一同無事に、迷宮は地下86階層という地獄の底から帰還した僕達。いつも通りの一日と思っていたのに、なんだかおかしな成り行きになったなー。
 この後は女性陣と交代して身を清めて血を落としたら町へと帰還だ。ヤミくんとヒカリちゃんの双子をすぐさまギルドに連れて行って、ことの仔細を説明しなきゃいけない。主に新人冒険者のレオンくん、ノノさん、マナちゃんの三人がね。
 
 説明の過程でたぶん、なんの警戒心もなくたまたま見つけた出入口に潜って死にかけたってところについてしこたま怒られるだろうけど頑張ってほしい。そこは紛れもなくそちらさんサイドのミスですから。
 僕については、依頼のために赴いたらなんか拾った、くらいの説明だけで解放されるだろう。だって本質的に僕、部外者だしね。
 助けに入った以上、連れ帰るまでは付き合う義務と責任があったからそれを果たすけど。それ以上のことについてはノータッチだ。下手しなくても国が出張ってくる案件になんて関わってられないよ、面倒くさい。
 
「ハーイ、お待たせー。改めておかえりレオン、それに杭打ちさん」
「…………」
 
 ということをつらつら考えていると、ノノさん、マナちゃん、ヒカリちゃんの女性陣が水浴びを終えて帰ってきた。
 血をすっかり落とした清潔な服もだけど、さっきまで水浴びをしていたとは思えないくらい水気のない姿だ。たぶんマナちゃんのプリーストとしての能力、通称"法術"によるものだろう。
 傷を癒やしたり風を巻き起こしたりするだけでなく飲み水を出したり、水気を飛ばしたりと生活に役立つ術が多いからね。
 
「おう、ただいま! いやーすごかったぜ杭打ち! なんせ追ってきたでっけードラゴンをその手に持った鉄の塊でだな──」
「はいはい、そういう話は後にしてあんた達も水浴びしてきなさいよ。ヤミくんもありがと、ごめんね? 見張りをお願いしちゃって」
「ヤミ、ありがとう!」
「どういたしまして。こういうのってお互い様だからね」
 
 僕の見せたドラゴン退治が、よほどレオンくんのお気に召したのかな。熱っぽい様子で語り始めようとした彼を押し留め、ノノさんは今度は僕らに水浴びを勧めてくれた。
 見ればヒカリちゃんもすっかり綺麗な姿だ。将来イケメンだろうなって感じのヤミくんと同じ顔だから当たり前なんだけど、すっごい美少女だ。かわいい! 惚れちゃいそう!!
 
 13回目の初恋の予感。でもさすがにまずいよ、だって相手は10歳だ。
 恋に年齢なんて関係ないってかつての仲間が言ってたのを思い出す。その時はあっそふーんそうなんだすごいねーで済ませてた人の心ゼロの僕だったけど今ならそうだね! その通りだねー! と諸手を挙げて賛成できる。とはいえそれはそれとして10歳は法律的にまずい、捕まるー。
 
 あーでもなー。めっちゃかわいいなー。
 透き通るような青色の髪を伸ばして、あどけない顔立ちが無垢で無邪気だ。ヤミくんよりかは目元が下がりがちなのも儚げな印象があっていいよねー、もちろんヤミくんはヤミくんで、クールな感じがしてカッコいいんだけども。
 こんな子に毎日、家に帰ったらおかえりなさいとか言われたいよー。家を出る時いってらっしゃいって言われたいよー。うー。
 
「? どうしました、杭打ちさん。なんだか、私を見てます?」
「!? …………」
 
 バレないように横目で双子の美貌に想いを馳せてたら、邪さが伝わったのか視線に気づかれた! 意味ありげに首を振って、僕は慌てた感を極力出さないように努めつつ誤魔化す。
 首を傾げるヒカリちゃんがかわいい。
 
 くっ! あと5歳若ければ……! と思うものの、その頃の僕なんて正真正銘の杭を打つだけの装置だったので、たぶん双子どころかレオンくん達にだって目もくれずに仕事だけして帰っていただろうね。
 人の心を持たない化物とまで呼ばれたのは伊達じゃないのだ。よくここまで持ち直せたなーと我ながらびっくりだよー。
 
「よしっ! そんじゃあ今度は俺らが水浴びすっか! 見張り頼むぜノノ、マナ! すぐ終わるからよ!」
「はいはいごゆっくりー」
「か、帰ってきたら法術で乾かしますからねー……」
 
 レオンくんに呼びかけられて、僕とヤミくんも水浴びのため泉へと向かう。選択し終えた服やら鎧やらは、マナちゃんの法術で乾かしてもらえるのか、便利ー。
 先程までと他立ち位置交代。女性陣が僕らのいたところで見張りをして、男性陣がさっきまで彼女らが水浴びをしていたところまで向かう。
 
 美しく澄みきった泉は、多少の汚れを落としたところではいささかの濁りも見せない。
 冷たい水は夏場の今には心地よさそうだ。レオンくんとヤミくんがさっそく、服を脱いで上半身裸になった。
 
「俺達はさすがにノノ達ほど無防備にはなれないな。軽く体を拭いて、服と鎧を水で浄めて終いってところか」
「今さらだけど、今の世界って文明的にどんなものなんだろう? シャワーとかシャンプーとかお風呂とかあるのかな?」
「……………………?」
 
 畔でチャプチャプと、服やら鎧を洗い出す二人。とりわけヤミくんの言葉に僕は少なくない驚きを覚える。
 シャワーにシャンプーにお風呂。はるか昔の超古代文明においてもそうしたものが存在していたのか、という驚愕である。
 
 これら入浴関係の文化については少なくとも、エウリデ連合王国内では浸透している文化だ。
 シャワーはさすがに貴族の館くらいにしかないけど、風呂だのシャンプーについては大衆浴場があるし、平民でも民家に備え付けている家も少なくはない。
 ヤミくんの想像しているものもきっと、質の良し悪しはあれどすぐに町で見つかることだろう。
 
 でもまさか、太古の昔にもまるで同じものがあったなんてなー。存在さえ眉唾とされている文明との奇妙な共通点に、僕はオカルト愛好家として好奇心を抱かずにいられないでいた。