「空って随分危ない世界なんだな……」
ディートリヒの素直な感想に俺も頷いた。
この広い世界では、俺たち人間がいかに矮小で脆弱な存在であるかということを痛感させられる。
「そういうことだ。可能な限り強力な索敵を行い周囲の安全を確保した状況でなくては、飛翔による高速移動は絶対に行わない。さて、待たせてすまなかった。そろそろ俺の頭も落ち着いてきたようだ。遺跡に向かうとしよう」
道に目をやると、街道から石で舗装された道が山中に入りその先へと続いている。
この道をそのまままっすぐ進むと急勾配な山道に至り、しばらくするところで自然を利用した造形物が待ち受ける場所に突き当たる。
山肌をそのまま削りだして形作ったのであろうアーチをくぐると、門の左右に目を閉じて石の宝珠を抱えた竜の巨像が対になって立ち、ここを訪れる旅人を出迎える。
「なるほど、これがこの遺跡の名前の由来になった像だね」
竜の像を見上げてキルシュの言葉にディートリヒが頷く。
「ああ、こいつが眠れる竜と言われてるな」
「邪竜ファーブニルだよ。こいつを祀る寺院がまだあるとは驚きだね」
「邪竜ファーブニル?なんだそりゃ」
「この世界に現れた最強の種族ドラゴン。その片翼を司るのが邪竜ファーブニルだ。傲岸不遜にして邪悪、強欲にして尊大、およそドラゴンと呼ばれる種族の邪悪な部分を全て一まとめにした神と思えばいい。あの抱えている珠は、この世界全ての黄金、つまり財を表しているという」
“叡智の塔”で学んだ宗教学のこの世界における神々についての知識を俺は披露した。
ドラゴンを生み出したとされる神は二柱おり、邪竜ファーブニルとその眷属のドラゴンたちはこの世界に存在するすべての財は自分たちが独占するものと考えている。
信者には欲望に忠実であることが求められ、財を得るためであれば殺人であっても奨励されるのだ。
「完全なカルトじゃねぇか」
俺の説明を聞いて感想を吐き捨てるディートリヒをキルシュが肯定した。
「その通りだよ。だからファーブニルの教団は徹底的に弾圧されているし、現在どの国家でも信仰は許されていないはずだ。ファーブニル教団の主な信者はその眷属であるドラゴンとその亜種であるリザードマンたちだね。ただ、人間の中にもファーブニルの教えに感化される者が時折現れてね」
「人間の中にもってマジかよ……」
「マジだよ。例え他人を殺してでも自分さえ富めればよいという強欲に取り憑かれた連中がなるんだ。恐らくこの遺跡もそういう信徒たちがつくったものだろうね」
歴史上ファーブニルのカルト教団が勃興し、人間の国家や生存圏を脅かしたことは幾度もある。
ファーブニル教団は世界そのものの脅威であるため、このカルト教団が現れた時は“叡智の塔”も排除に向けて積極的に協力してきた。
果たして邪神の遺跡で今起きていることは、“この世界すべての黄金を抱えるもの”の異名をもつドラゴンの神と係わりがあるのだろうか。
俺たちはその答えを求めて、眠れる竜の遺跡に足を踏み入れた。
巨大な竜の像に睥睨されるかのような錯覚を起こすアーチを通り抜けると、訪れたものを次に待ち受けるのは下り勾配の道である。
どんどんと道は下っていき暗くなっていく。
両側の煉瓦壁にかけられたランタンがぼんやりと照らしているため視界は確保されているが、薄暗いことには変わりない。
「このランタンは冒険者ギルドが設置したものなのか?」
「いや、遺跡に最初から設置されていたみたいだぜ。魔道具らしくて燃料とか補給しなくても勝手に明かりがついてるから、便利なんでそのまま利用してるって話だ」
魔物であるドラゴンやリザードマンたちは暗視をもっているので、このような明かりは必要ない。
この遺跡を造り邪竜ファーブニルを祀っていた者たちの中に人間がいたと見て間違いないだろう。
やがて道はトンネル状になり、山の奥深く、中心部に向かって伸びているようだ。
さらに先に進むと、石でできた巨大な扉とその前に冒険者らしき男が一人立っていた。
ガシ。
彼は俺たちの姿を認めると、一歩前に進み出て手にしていた槍の石突で地面を一度叩いた。
「この遺跡は通行禁止だ。ディリンゲンの町の冒険者ギルド管理下に置かれている」
俺はギルドマスターから預かっていた臨時の通行許可証の羊皮紙を背負い袋から取り出し、彼に示す。
「ご苦労様です。ギルドマスターのディーゼル殿より緊急の救助依頼を受けた者です。こちらが通行許可証となります。確認してください」
羊皮紙に書かれた内容に目を通した男は、居住まいを正して俺たちに敬礼してきた。
「これは失礼した。ギルドマスターが依頼した人たちか。中に入った冒険者たちの救援に来てくれたんだな。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします。この遺跡で今何が起きているか、知っている事はありますか?」
「残念ながら俺はここの見張りを請け負っているだけで、中の事は知らされていないし、見てもいないんだ。力になれず申し訳ない」
「いえ、十分です。それでは我々は奥に進みます」
トンネルの奥にある石の扉は、これまた壁面に眠れる竜が珠を抱く意匠が施されている。
俺は両開きの石の扉を手をかけ、両手に力を込めた。
重く軋んだ音を上げて両開き扉が開き、遺跡へと続く道が開ける。
中は同じように魔道具らしきカンテラの明かりに照らされ、視界による不便さは感じられない。
俺が一行の先頭に立って遺跡に足を踏み入れようとすると、ディートリヒが俺に話かけてきた。
「そういえばザイフェルトの旦那、あんた随分と丁寧な言葉で話すよな」
「ああ……。俺の師匠から、礼節を弁えて話すことは社会で生きていく上で必須になるからと叩きこまれたからな」
護衛士は魔術師に代わって交渉の席に着くことがある。
主である魔術師の品格を疑われるような事が無いよう、護衛士はコミュニケーションスキルも求められる。
俺の護衛士としての師であるゴルトベルクは特にコミュニケーションを重視しており、良好な関係を築くことで得られる信頼と情報は、依頼を受ける上で何物にも代えがたいものだと常々語っていた。
「逆にあんたのような冒険者に対して敬語は不要。冒険者は互いの間に上下関係を持ち込まないのが常識だよな」
「俺たち冒険者は依頼主相手でも礼儀とかは気する必要もねぇ。丁寧にしたところで冒険者って扱い以上を受けることもないからな。それに比べて護衛士ってのはいろいろ大変なんだな」
「魔術師を主に持つということはそういうことなんだろう。……ちなみにいっておくが、俺はあんたより恐らく歳下だぞ。今年で十八になる」
「まじかよ!? 妙に落ち着いているから年上かと思ってたぜ。俺は二十二だがとても年下に見えねぇな……」
「ザイは大人びているからちょっと年上に見えるのかもね。エルフのボクからしたら、人間の年齢なんて皆同じようなものだけど。さて交流も図れたことだし、そろそろ先に進まない? 冒険者たちの事が気になるしね」
俺はキルシュの言葉に頷き、石の扉を開ける。
ディートリヒの素直な感想に俺も頷いた。
この広い世界では、俺たち人間がいかに矮小で脆弱な存在であるかということを痛感させられる。
「そういうことだ。可能な限り強力な索敵を行い周囲の安全を確保した状況でなくては、飛翔による高速移動は絶対に行わない。さて、待たせてすまなかった。そろそろ俺の頭も落ち着いてきたようだ。遺跡に向かうとしよう」
道に目をやると、街道から石で舗装された道が山中に入りその先へと続いている。
この道をそのまままっすぐ進むと急勾配な山道に至り、しばらくするところで自然を利用した造形物が待ち受ける場所に突き当たる。
山肌をそのまま削りだして形作ったのであろうアーチをくぐると、門の左右に目を閉じて石の宝珠を抱えた竜の巨像が対になって立ち、ここを訪れる旅人を出迎える。
「なるほど、これがこの遺跡の名前の由来になった像だね」
竜の像を見上げてキルシュの言葉にディートリヒが頷く。
「ああ、こいつが眠れる竜と言われてるな」
「邪竜ファーブニルだよ。こいつを祀る寺院がまだあるとは驚きだね」
「邪竜ファーブニル?なんだそりゃ」
「この世界に現れた最強の種族ドラゴン。その片翼を司るのが邪竜ファーブニルだ。傲岸不遜にして邪悪、強欲にして尊大、およそドラゴンと呼ばれる種族の邪悪な部分を全て一まとめにした神と思えばいい。あの抱えている珠は、この世界全ての黄金、つまり財を表しているという」
“叡智の塔”で学んだ宗教学のこの世界における神々についての知識を俺は披露した。
ドラゴンを生み出したとされる神は二柱おり、邪竜ファーブニルとその眷属のドラゴンたちはこの世界に存在するすべての財は自分たちが独占するものと考えている。
信者には欲望に忠実であることが求められ、財を得るためであれば殺人であっても奨励されるのだ。
「完全なカルトじゃねぇか」
俺の説明を聞いて感想を吐き捨てるディートリヒをキルシュが肯定した。
「その通りだよ。だからファーブニルの教団は徹底的に弾圧されているし、現在どの国家でも信仰は許されていないはずだ。ファーブニル教団の主な信者はその眷属であるドラゴンとその亜種であるリザードマンたちだね。ただ、人間の中にもファーブニルの教えに感化される者が時折現れてね」
「人間の中にもってマジかよ……」
「マジだよ。例え他人を殺してでも自分さえ富めればよいという強欲に取り憑かれた連中がなるんだ。恐らくこの遺跡もそういう信徒たちがつくったものだろうね」
歴史上ファーブニルのカルト教団が勃興し、人間の国家や生存圏を脅かしたことは幾度もある。
ファーブニル教団は世界そのものの脅威であるため、このカルト教団が現れた時は“叡智の塔”も排除に向けて積極的に協力してきた。
果たして邪神の遺跡で今起きていることは、“この世界すべての黄金を抱えるもの”の異名をもつドラゴンの神と係わりがあるのだろうか。
俺たちはその答えを求めて、眠れる竜の遺跡に足を踏み入れた。
巨大な竜の像に睥睨されるかのような錯覚を起こすアーチを通り抜けると、訪れたものを次に待ち受けるのは下り勾配の道である。
どんどんと道は下っていき暗くなっていく。
両側の煉瓦壁にかけられたランタンがぼんやりと照らしているため視界は確保されているが、薄暗いことには変わりない。
「このランタンは冒険者ギルドが設置したものなのか?」
「いや、遺跡に最初から設置されていたみたいだぜ。魔道具らしくて燃料とか補給しなくても勝手に明かりがついてるから、便利なんでそのまま利用してるって話だ」
魔物であるドラゴンやリザードマンたちは暗視をもっているので、このような明かりは必要ない。
この遺跡を造り邪竜ファーブニルを祀っていた者たちの中に人間がいたと見て間違いないだろう。
やがて道はトンネル状になり、山の奥深く、中心部に向かって伸びているようだ。
さらに先に進むと、石でできた巨大な扉とその前に冒険者らしき男が一人立っていた。
ガシ。
彼は俺たちの姿を認めると、一歩前に進み出て手にしていた槍の石突で地面を一度叩いた。
「この遺跡は通行禁止だ。ディリンゲンの町の冒険者ギルド管理下に置かれている」
俺はギルドマスターから預かっていた臨時の通行許可証の羊皮紙を背負い袋から取り出し、彼に示す。
「ご苦労様です。ギルドマスターのディーゼル殿より緊急の救助依頼を受けた者です。こちらが通行許可証となります。確認してください」
羊皮紙に書かれた内容に目を通した男は、居住まいを正して俺たちに敬礼してきた。
「これは失礼した。ギルドマスターが依頼した人たちか。中に入った冒険者たちの救援に来てくれたんだな。よろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします。この遺跡で今何が起きているか、知っている事はありますか?」
「残念ながら俺はここの見張りを請け負っているだけで、中の事は知らされていないし、見てもいないんだ。力になれず申し訳ない」
「いえ、十分です。それでは我々は奥に進みます」
トンネルの奥にある石の扉は、これまた壁面に眠れる竜が珠を抱く意匠が施されている。
俺は両開きの石の扉を手をかけ、両手に力を込めた。
重く軋んだ音を上げて両開き扉が開き、遺跡へと続く道が開ける。
中は同じように魔道具らしきカンテラの明かりに照らされ、視界による不便さは感じられない。
俺が一行の先頭に立って遺跡に足を踏み入れようとすると、ディートリヒが俺に話かけてきた。
「そういえばザイフェルトの旦那、あんた随分と丁寧な言葉で話すよな」
「ああ……。俺の師匠から、礼節を弁えて話すことは社会で生きていく上で必須になるからと叩きこまれたからな」
護衛士は魔術師に代わって交渉の席に着くことがある。
主である魔術師の品格を疑われるような事が無いよう、護衛士はコミュニケーションスキルも求められる。
俺の護衛士としての師であるゴルトベルクは特にコミュニケーションを重視しており、良好な関係を築くことで得られる信頼と情報は、依頼を受ける上で何物にも代えがたいものだと常々語っていた。
「逆にあんたのような冒険者に対して敬語は不要。冒険者は互いの間に上下関係を持ち込まないのが常識だよな」
「俺たち冒険者は依頼主相手でも礼儀とかは気する必要もねぇ。丁寧にしたところで冒険者って扱い以上を受けることもないからな。それに比べて護衛士ってのはいろいろ大変なんだな」
「魔術師を主に持つということはそういうことなんだろう。……ちなみにいっておくが、俺はあんたより恐らく歳下だぞ。今年で十八になる」
「まじかよ!? 妙に落ち着いているから年上かと思ってたぜ。俺は二十二だがとても年下に見えねぇな……」
「ザイは大人びているからちょっと年上に見えるのかもね。エルフのボクからしたら、人間の年齢なんて皆同じようなものだけど。さて交流も図れたことだし、そろそろ先に進まない? 冒険者たちの事が気になるしね」
俺はキルシュの言葉に頷き、石の扉を開ける。