それからタケルは朝から晩まで死に物狂いで働いた。QRコード決済やSNSの開発に、端末やサーバーへの実装など、やることは山積みである。次から次へと降ってくるトラブルの嵐に揉まれながらも、陣営からの優秀なスタッフたちの献身的なサポートもあってなんとか年内リリースの目途が立ってきた。

 【IT】スキルのスキルレベルもアップして、大量の端末への同時製造もできるようになったが、最後は人の手で動作確認をしないとならないので、スタッフたちは忙殺されている。

 発売するスマホの名前は【フォンゲート】、豊かな未来への道を切り開く電話機という意味合いで、クレアが発案してくれた。

 サーバー群は郊外の風光明媚な小さな村に設置した。アバロン商会の保養所がこの村にあり、裏手の洞窟にデータセンターを作って、ここで秘密裏に運用している。ここなら人目につかないし、クレアが出入りしてても怪しまれない。

 入り口は狭く、かがまねば入れないくらいの目立たない洞窟だったが、中は広い講堂のようになっており、ここに棚を設けて数百枚の巨大なプレートを並べた。プレートは通信するたびにLEDのように明滅するようになっているが、たくさん接続されるとまるで無数の蛍の群れに覆われたように光の洪水が洞窟をまぶしく照らした。

 人々の営みによってにぎやかに瞬く洞窟、それは人類を新たなステージへと導く文明の炎であり、タケルたちの希望の太陽だった。

 タケルは自分が異世界に創り出したこの文明の瞬きを感慨深く眺め、この輝きの先に人類の輝かしい未来を築き上げてやろうとグッとこぶしを握った。

 
           ◇


 いよいよお披露目の日がやってくる――――。

 スタジアムを借り切って『世界を変える! テトリスを超える新製品発表会』とぶち上げたのだ。街の人たちは一体何が発表されるのかワクワクしながらこの日を待っていた。

「スタジアム行く?」

「あったり前よぉ! 前日から泊まり込みするんだ!」

「えっ! じゃあ、俺も行く!」

 そんな会話があちこちで聞かれるようになり、ついにその日がやってきた。

 パン! パァン!

 快晴で真っ青なスタジアムの上空に花火の炸裂音が鳴り響く。

 あまりに多くの人が訪れたので、開場は前倒しされ、広いスタジアムはあっという間に埋まってしまった。

 訪れた人たちは、巨大スクリーンに映し出される見たこともないド迫力の映像に思わずくぎ付けとなる。煌びやかな王都の宮殿の映像から始まり、ドローンが飛び立ち、にぎやかな繁華街を抜け、広大な麦畑を超え、森を超え、山脈を超えていく。やがてどんどん高度を上げていき、空は暗くなり、そのうちに丸い地平線の向こうへ真っ赤な太陽が沈んでいく。そして、さらに高度を上げていって宇宙となり、最後にはぽっかりと浮かぶ地球の裏側から朝日が輝き、Orangeのロゴが浮かび上がるというものだった。

 王都の人たちは基本的には街を出ない。ほとんどの人が王都に生まれ、王都で育ち、やがて王都で死んでいく。しかし、この映像は王都の外にとんでもない広大な世界があり、さらにこの大地が丸い形をしていると言うことをまざまざと見せつけるものであった。

 単なる新製品の発表を見に来た街の人々はその常識がひっくり返るような圧倒的な映像に言葉を失い、繰り返されるその映像をただ、呆然と見入っていた。そして、この発表がこれからの王都の暮らしを、自分の人生を変えるものになりそうだという予感に手に汗を握り、心臓が高鳴っていくのを感じていた。


           ◇


「Orange、新製品発表会、はーじまるよー!」

 元気なお姉さんの声がスタジアムに響き渡った。

 パパパパーン! パパーン!

 吹奏楽団がにぎやかなJ-POPメドレーを演奏し始め、会場を割れんばかりの拍手と歓声が覆いつくした。

 煌びやかな衣装を身にまとった若い男女のダンスチームがステージ上に現れて、演奏に合わせてキレッキレのダンスを始める。

 観衆はその見たこともない斬新で前衛的なダンスに見惚れ、これからとんでもないことが始まる期待に胸躍らせた。

 舞台のそでではタケルが深呼吸しながら出番を待っている。

 ゆっくりと息をしながら、タケルはジョブズがiPhoneを発表した時の伝説的なプレゼンの様子を思い返していた。

『名前は、iPhone。今日、Appleが電話を再発明します!』

 あの瞬間、世界は変わったのだ。それまでガラケーしかなかったただの電話機の世界に、煌びやかなアプリの世界が青天の霹靂(へきれき)のように現れたのだった。

 そして今、この世界でジョブズに代わって自分が伝説を打ち立てる! タケルはこぶしをギュッと握ってその時を待った。