「タケルさん? 『社長』か『男爵』、どっちで呼んで欲しいですか?」
クレアは後ろ手に組み、碧い瞳で悪戯っぽく聞いた。
「えっ!? う、うーん、『CEO』かな?」
「は? 何ですかそれ?」
「チーフ・エグゼクティブ・オフィサーの略だよ」
「……。何言ってるかわかんない! タケルさんは今まで通りタケルさんで、決まり! いいですね? タケルさん!」
クレアは口をとがらせムッとすると、パンとタケルの背中を叩いた。
「痛てて! もう……!」
トンチャンチャララン♪
その時、タケルのポケットからマリンバの音が響いた。
「おっとっと、殿下だ!」
タケルは慌ててスマホの試作品を取り出し、電話に出る。
「もしもし、タケルです!」
いきなり背筋を伸ばしてテトリスマシンのようなものに話しかける姿を見て、クレアはどういうことか分からず、キョトンとする。
「は、はい。かしこまりました。いや、そんなことなくてですね。はい……。そうですか、良かったです……。助かります……。それでは馬車をお待ちしてればいいですね? ……。失礼します……」
緊張の糸が切れたタケルはふぅと大きくため息をつくと、台の上にドカッと腰を掛けた。
「タケルさん……、それ……、何ですか?」
「あ、これかい? わが社Orangeの新製品、電話だよ。遠くの人と話せるのさ。今のは殿下だよ」
「えっ!? えっ!? これで今、殿下と話してたんですか!? えっ!?」
クレアは目を真ん丸くして後ずさる。
遠くの人と話せる伝心魔法というのは聞いたことがあるが、それは特殊なスキルを持った魔法使いだけのモノであり、こんな簡単に使うことなんてできない。この世界では情報の伝達には手紙を使うのが普通であり、それは何日もかかる上に届かないことすらあった。それがこんな簡単にリアルタイムで会話できるとしたら世界は変わってしまう。少なくともアバロン商会のような流通業では、売り手や買い手の情報を正しく早く把握することができれば莫大な富を生むのだ。
「こ、これ……、商会にも欲しいんですケド……」
クレアは恐る恐るタケルに頼んでみる。
「ははっ。言いたいことは分かるよ。情報は金だ。でも、安価に一気にばらまいちゃうからアバロン商会だけって訳にはいかないんだよ」
「そ、そうなのね……」
クレアは口をとがらせ、うつむいた。
「でも、クレアには一台ちゃんと用意してるから、一足先にあげるよ」
タケルはニコッと笑う。
「ほ、本当!? やったぁ!」
クレアは嬉しさを爆発させ、タケルの腕にギュッと抱き着いた。膨らみ始めた柔らかな感触がタケルの腕に伝わり、タケルはポッと頬を赤らめる。
「お、おい……」
「じゃぁ、いつでもタケルさんとお話しできるね?」
クレアはタケルの耳元でささやいた。
美しく整った小さな顔、その潤いを含んだ碧い瞳がタケルを見上げている。
「ま、まぁ、常識的な時間……ならね」
「ふふっ。毎晩寝る前にかけちゃおうかなぁ~」
クレアはいたずらっ子の目をして笑った。
タケルはその眩しい笑顔に耐えられず、目をそらす。前世アラサーだったタケルには少女の笑顔はまぶしすぎるのだ。
「毎晩……。何話すんだよ?」
「あら、会話に中身なんて要らないわ。とりとめのない事で笑いあう、それが私たち若者の特権なのよ」
クレアはニヤッと笑う。
「ははは、そうかもね?」
中身はとっくに若者ではないタケルは乾いた笑いで返した。
◇
いよいよ男爵になる日がやってきた――――。
タケルは迎えに来た豪奢な馬車に乗り込み、宮殿を目指す。国王陛下から男爵位を下賜してもらう式典があるのだ。
カッポカッポと蹄の音を石畳に響かせながら、馬車は小高い丘へと登っていく。やがて見えてきた白亜の宮殿。この国一番の豪奢な建造物であり、王家の威信を広くあまねく王都の人々に知らしめる街のシンボルだった。
エントランスで降ろされたタケルは、思ったより巨大で壮麗な宮殿に思わず息をのむ。
美しいマーブル模様の大理石造りの白い建物にはエッジの部分に金があしらわれ、随所に精巧な浮彫が施されて見る者を圧倒する。そして、上部に大きな丸い穴が開いており、その中に真紅の魔法の炎が揺れていた。圧巻なのはその炎はゆらゆらと揺れながら時折幻獣の形となって来訪者を睥睨するのだ。まるでフェニックスのような真紅に輝く鳥ににらまれ、タケルは思わず後ずさった。
「ははは、あの鳥は出てきませんよ」
迎えに来たアラサーのさわやかな男性が右手を差し出してくる。グレーのジャケットをビシッと決めたその姿には気品が漂い、一目で貴族とわかるいで立ちだった。
「あっ、タケルです。よろしくお願いいたします」
タケルは握手を交わし、頭を下げる。
「僕は同じ男爵のマーカス・ブラックウェル。キミは確かグレイピース男爵になるの……かな?」
「そうです、そうです、まだ慣れて無くてすみません。タケル・グレイピースです」
「グレイピースって初めて聞く名前だけど、何か意味あるの?」
「私の故郷の言葉で『大きな平和』って意味がありますね」
「へぇ、いい名前だ。平和になって欲しいよねぇ」
マーカスは肩をすくめる。王都に居れば日常あまり意識することはないのだが、辺境では魔王軍と対峙し、諸外国との小競り合いも絶えない現実は日に日に深刻さを増しているという。
「自分も平和には貢献したいと思っているのです」
「お、いいね。本当に平和が一番なのになぁ……。おっと、こうしちゃいられない。さぁ行こう」
マーカスはタケルの背をポンポンと叩き、タケルを王宮の中へといざなった。
クレアは後ろ手に組み、碧い瞳で悪戯っぽく聞いた。
「えっ!? う、うーん、『CEO』かな?」
「は? 何ですかそれ?」
「チーフ・エグゼクティブ・オフィサーの略だよ」
「……。何言ってるかわかんない! タケルさんは今まで通りタケルさんで、決まり! いいですね? タケルさん!」
クレアは口をとがらせムッとすると、パンとタケルの背中を叩いた。
「痛てて! もう……!」
トンチャンチャララン♪
その時、タケルのポケットからマリンバの音が響いた。
「おっとっと、殿下だ!」
タケルは慌ててスマホの試作品を取り出し、電話に出る。
「もしもし、タケルです!」
いきなり背筋を伸ばしてテトリスマシンのようなものに話しかける姿を見て、クレアはどういうことか分からず、キョトンとする。
「は、はい。かしこまりました。いや、そんなことなくてですね。はい……。そうですか、良かったです……。助かります……。それでは馬車をお待ちしてればいいですね? ……。失礼します……」
緊張の糸が切れたタケルはふぅと大きくため息をつくと、台の上にドカッと腰を掛けた。
「タケルさん……、それ……、何ですか?」
「あ、これかい? わが社Orangeの新製品、電話だよ。遠くの人と話せるのさ。今のは殿下だよ」
「えっ!? えっ!? これで今、殿下と話してたんですか!? えっ!?」
クレアは目を真ん丸くして後ずさる。
遠くの人と話せる伝心魔法というのは聞いたことがあるが、それは特殊なスキルを持った魔法使いだけのモノであり、こんな簡単に使うことなんてできない。この世界では情報の伝達には手紙を使うのが普通であり、それは何日もかかる上に届かないことすらあった。それがこんな簡単にリアルタイムで会話できるとしたら世界は変わってしまう。少なくともアバロン商会のような流通業では、売り手や買い手の情報を正しく早く把握することができれば莫大な富を生むのだ。
「こ、これ……、商会にも欲しいんですケド……」
クレアは恐る恐るタケルに頼んでみる。
「ははっ。言いたいことは分かるよ。情報は金だ。でも、安価に一気にばらまいちゃうからアバロン商会だけって訳にはいかないんだよ」
「そ、そうなのね……」
クレアは口をとがらせ、うつむいた。
「でも、クレアには一台ちゃんと用意してるから、一足先にあげるよ」
タケルはニコッと笑う。
「ほ、本当!? やったぁ!」
クレアは嬉しさを爆発させ、タケルの腕にギュッと抱き着いた。膨らみ始めた柔らかな感触がタケルの腕に伝わり、タケルはポッと頬を赤らめる。
「お、おい……」
「じゃぁ、いつでもタケルさんとお話しできるね?」
クレアはタケルの耳元でささやいた。
美しく整った小さな顔、その潤いを含んだ碧い瞳がタケルを見上げている。
「ま、まぁ、常識的な時間……ならね」
「ふふっ。毎晩寝る前にかけちゃおうかなぁ~」
クレアはいたずらっ子の目をして笑った。
タケルはその眩しい笑顔に耐えられず、目をそらす。前世アラサーだったタケルには少女の笑顔はまぶしすぎるのだ。
「毎晩……。何話すんだよ?」
「あら、会話に中身なんて要らないわ。とりとめのない事で笑いあう、それが私たち若者の特権なのよ」
クレアはニヤッと笑う。
「ははは、そうかもね?」
中身はとっくに若者ではないタケルは乾いた笑いで返した。
◇
いよいよ男爵になる日がやってきた――――。
タケルは迎えに来た豪奢な馬車に乗り込み、宮殿を目指す。国王陛下から男爵位を下賜してもらう式典があるのだ。
カッポカッポと蹄の音を石畳に響かせながら、馬車は小高い丘へと登っていく。やがて見えてきた白亜の宮殿。この国一番の豪奢な建造物であり、王家の威信を広くあまねく王都の人々に知らしめる街のシンボルだった。
エントランスで降ろされたタケルは、思ったより巨大で壮麗な宮殿に思わず息をのむ。
美しいマーブル模様の大理石造りの白い建物にはエッジの部分に金があしらわれ、随所に精巧な浮彫が施されて見る者を圧倒する。そして、上部に大きな丸い穴が開いており、その中に真紅の魔法の炎が揺れていた。圧巻なのはその炎はゆらゆらと揺れながら時折幻獣の形となって来訪者を睥睨するのだ。まるでフェニックスのような真紅に輝く鳥ににらまれ、タケルは思わず後ずさった。
「ははは、あの鳥は出てきませんよ」
迎えに来たアラサーのさわやかな男性が右手を差し出してくる。グレーのジャケットをビシッと決めたその姿には気品が漂い、一目で貴族とわかるいで立ちだった。
「あっ、タケルです。よろしくお願いいたします」
タケルは握手を交わし、頭を下げる。
「僕は同じ男爵のマーカス・ブラックウェル。キミは確かグレイピース男爵になるの……かな?」
「そうです、そうです、まだ慣れて無くてすみません。タケル・グレイピースです」
「グレイピースって初めて聞く名前だけど、何か意味あるの?」
「私の故郷の言葉で『大きな平和』って意味がありますね」
「へぇ、いい名前だ。平和になって欲しいよねぇ」
マーカスは肩をすくめる。王都に居れば日常あまり意識することはないのだが、辺境では魔王軍と対峙し、諸外国との小競り合いも絶えない現実は日に日に深刻さを増しているという。
「自分も平和には貢献したいと思っているのです」
「お、いいね。本当に平和が一番なのになぁ……。おっと、こうしちゃいられない。さぁ行こう」
マーカスはタケルの背をポンポンと叩き、タケルを王宮の中へといざなった。