リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

 夜になった。谷はすでに到着したジャビ帝国の兵士で埋め尽くされている。無数のテントと焚き火が見える。

 敵に見つからないよう、岩陰に隠れて干し魚のスープを作っていると、ルミアナがレジスタンスの監視員、アズハルを連れて戻ってきた。アズハルはすぐにレイラを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。

「わあ、ワニ殺しのお姉ちゃんだ。元気だった?」

 レイラは、すっかり慌てて赤くなった。

「あわわ、アズハル、恥ずかしから、その呼び方はやめてくれといっただろ」

 俺はアズハルに聞き返した。

「ワニ殺しのお姉ちゃん? レイラはそう呼ばれているのか?」

「そうだよ。レイラお姉ちゃんは『素手でワニを絞め殺した女』ってレジスタンスでは恐れられているんだ。何しろレジスタンスでは実名を語っちゃいけないからね。ワニ殺しって言えば、レジスタンスでは話が通じるんだ、知らない人は居ないよ」

 俺はレイラに言った。

「ワニ殺しとは、すごい二つ名だな」

「すごくないです! そんな凶暴そうな二つ名はイヤです。お花の名前がいいです。野バラとか白百合とかにして欲しい」

 レイラの体の大きさから考えると、バラとかユリとかじゃなくて、どう見てもラフレシアかショクダイオオコンニャクだろう。

「あ、お姉ちゃんと遊んでる場合じゃなかった。あなたがアルフレッド陛下ですか?」

「そうだよ、私がアルフレッドだ。よろしく頼むよ」

「陛下、ジャビ帝国軍の様子が少し変なんだ。ナンタルの郊外に集結していた時は、少なくても二十万人は居たんだけど、途中で別れて半分が北に向かって進軍して行ったんだ。だから、ここには半分しかいないんだよ」

「それはどういうことだ?」

 ルミアナが言った。

「ナンタルからロマラン王国に入るには二通りのルートがあって、南回りが最短だけど、山脈を大きく北に迂回して北から入るルートもあるのよ」

「つまり、これは罠か。南の大群に注意を引き付けている間に、北側から別働隊が接近して王都マリーを包囲するつもりなのか。これはまずいな、すぐにレオナルド国王に知らせなければ・・・」

 俺たちは急いでその場を撤収し、マリーへ引き換えした。

ーーー

 ここはロマラン北部にある砦だ。南の砦よりも一回り小さく、砦と呼ぶよりむしろ監視所に近い。山脈の北回りルートは利用するキャラバンが少ないうえに、今は夜なので、検問所を通過する者は誰もいない。見張り台の上の守備兵たちは暇を持て余していた。

「はああ、早く当番が終わらないかな。酒が飲みてえ」

「おい、飲みすぎるなよ。昨日も遅刻しそうになったろう」

「しかたねえだろ、こんな辺境の地じゃ酒を飲む以外にやることはねえんだ。それにしても今夜は暗いな。おかげで何も見えやしねえ」

「ああ、雲の中に月が完全に隠れているからな」

 そのとき、何かがぶつかる物音が聞こえた。

「今、何か音がしなかったか?」

「おい、これは何だ? はしごか?」

 守備兵が、見張り台に架けられたはしごの下を見下ろすと、暗闇からトカゲ兵が飛び上がってきた。

「うわああ、敵だ。敵襲だ・・・」

 トカゲ兵は大声で叫ぶ兵士の両肩を掴むと、鋭い牙の生えた大きな口を開き、その喉元に激しく噛み付いた。守備兵は痙攣して動かなくなった。トカゲ兵は続々とはしごから登ってくる。もう一人の守備兵が必死に鐘を打ち鳴らすも、背後からトカゲ兵に切り捨てられて息絶えた。

 すでに砦には多くのはしごが架けられ、塀を乗り越えて砦の中にトカゲ兵がなだれのように押し寄せる。砦はたちまち大混乱になった。

 宿舎の扉を激しく開けて、隊長のもとに兵士が駆け込む。

「隊長! トカゲ兵の襲撃です。物凄い数です、手がつけられません」

「おのれ、南から来ると見せかけて北から攻めてきたか。これは一大事だ、すぐに本国へ伝えなければ。伝令を出せ」

「しかし隊長、すでに砦は完全に包囲されています」

「くそ・・・」

 隊長が宿舎から外へ飛び出すと、そこは阿鼻叫喚の地獄だった。それでも守備兵たちは奮戦していた。一人のトカゲ兵を相手に三人の兵士が槍で一斉に突き、トカゲ兵を倒した。だが多勢に無勢、その三人にもトカゲ兵が横から切り込み、次々に倒されてゆく。

 宿舎の屋根に陣取った弓兵が次々に矢を放つ。矢はトカゲ兵に命中するが、致命傷を与えることはなく、体に刺さった矢も引き抜かれてしまう。やがて数名のトカゲ兵が屋根によじ登り、弓兵の足を掴んで引きずり降ろした。取り囲まれた弓兵は剣でめった刺しにされた。

 万策尽きた隊長はゆっくりと槍を構えた。正面から剣を振り上げたトカゲ兵が突っ込んでくる。隊長は落ち着いてトカゲの喉元めがけて槍を突き出す。さしものトカゲも喉を刺し貫かれ、両手を上げるとその場に崩れ落ちた。

 二番手が横から突進してくる。今度は急所を狙う時間はなかった。トカゲの腹部に槍の矛先を突き出す。槍は腹部に突き刺さりトカゲは叫び声をあげたが、両腕で槍の柄を掴んで離さない。トカゲが口から血を流しながら笑う。そのとき、両側から槍を構えたトカゲ兵が隊長めがけて突っ込み、矛先が隊長のチェーンメイルを刺し貫いて腹部に深々と刺さった。

「ぐは・・・無念だ・・・」

 後から後から、槍を構えたトカゲ兵が次々と隊長に突っ込み、隊長は無数の槍に貫かれて息絶えた。

ーーー

 俺たちはロマランの王都マリーに戻った。マリーの町は相変わらず平穏だった。城へ戻ると、すぐにレオナルド国王の元へ駆け込んだ。国王は俺たちのすがたをみると、目を丸くして驚いた。

「これはこれはアルフレッド殿。いやはや、泥だらけでひどい格好ですな。そんなに慌てて、どうされたのですか?」

「南の砦から、交渉に関する報告はございましたか?」

「おお、ありましたとも。幸い、ジャビ帝国は我々の要求に応じてくれるという話でしたぞ。和解金で解決することになりました。ただし補給物資も要求されましてな、補給のため一週間ばかり南の砦の付近で野営するらしいです。その後、ジャビ帝国軍はアルカナに進軍する計画とかで、アルフレッド殿は急いで貴国へ戻られたほうがよろしいでしょう」

「いや、これは罠かもしれません」

「なんと! 罠ですと? なにか証拠でもあるのですか?」

「直接の証拠をつかんだわけではありません。ただ、ナンタルを出発した二十万のジャビ帝国軍のうち、南の砦に集結している兵力はおよそ半分で、残りの部隊が北側のルートを通ってロマランに接近している恐れがあるのです。このままだと王都マリーが包囲されかねません」

「そんな馬鹿な。南の砦では確かにジャビ帝国は和解に応じたのです。・・・ランベルト将軍、北の砦から何か異変を知らせる報告はあるか?」

「いいえ、今のところそのような報告は来ておりません。念のため、北の砦に偵察隊を派遣しましょうか」

「そうだな。そうしてくれ」

ーーー

 北の砦に派遣した偵察隊は、その日のうちに戻ってきた。兵士が玉座の間に駆け込み、レオナルド国王に報告した。

「レオナルド陛下、ジャビ帝国軍がすでに北の砦を攻め落とし、王都マリーへ向けて進軍中です。その数およそ五万。明日にも王都に攻めてきます」

「まことか! もしや、その帝国軍には、我が国との和解の情報が伝わっていないのかも知れない。使者を出して話を伝えてくれ。それと南の砦にも使者を出し、北から侵攻してきている軍勢を止めるよう要請してくれ」

 俺はレオナルド国王に言った。

「危険です。今すぐ王都を脱出しましょう」

「いや待ってくれ。ジャビ帝国の使者と直接話しをしたい。カネで解決できないなど、私には信じられない」

 俺はレオナルド国王に恩義もあるので、危険ではあるが翌日まで待つことにした。

 翌日、ジャビ帝国軍は王都マリーを包囲した。包囲したジャビ帝国軍から使者が派遣されてきた。謁見の間で、俺たちは物陰に隠れて様子を伺った。

 ふんぞり返ったトカゲの男が言った。

「私はジャビ帝国軍の交渉官シュビヤラである。我々はすでに王都を包囲している。ロマラン国は速やかに降伏し武装を解除せよ。しかるのち、城門を開けてジャビ帝国軍を入場させよ。抵抗するものは容赦なく切り捨てる」

 レオナルド国王が交渉官のシュビヤラにひざまずいて言った。

「恐れながら、我々は先に南の砦において、貴国の交渉官と和解金を支払うことで合意いたしました。兵をお引きいただきたいのですが」

「それは存じておる。しかし方針が変わったのだ。和解金よりも奴隷がほしいのだ。だからロマランの街を占領し、すべての人間を我らの支配下に置くことにする」

「そんな・・・和解金が足りないのなら、さらに上乗せしてお支払いいたしますが」

 シュビヤラは大口を開けて笑っていった。

「シャシャシャ、金貨などいくらあっても意味がない。帝国では金貨が溢れかえっており、使い道がないほどだ。金貨を溶かして便座にしているぞ。黄金は見た目こそ美しいが、食べることもできないし、着ることもできない。金貨がいくらあっても、我々の生活はちっとも豊かにならんのだ」

「金貨があっても豊かにならないと?」

「そうだ。むしろ我々が欲しいのは奴隷だ。奴隷が働けば、食料も衣類も、住まいも、何でも作り出すことができる。我々の生活が豊かになる。それに比べて金貨など何の役にも立たん。そんなに金貨が良ければ、お前にくれてやろうか、シャシャシャ」

 金貨がいくらあっても役に立たない。まったくそのとおりだ。おカネは様々なモノやサービスと交換できるからこそ価値がある。肝心のモノやサービスが無いのなら、いくらおカネがあっても何の役にも立たないのだ。

 だが多くの人々は「おカネに価値がある」と信じて、おカネの価値にしがみつく。だが、おカネの価値を崇めたところで、モノやサービスが作れなくなったらおしまいなのだ。だからジャビ帝国は金貨よりも、モノやサービスを作り出す「奴隷の労働力」がほしいのだ。

 勝ち誇ったようにふんぞり返ったジャビ帝国の交渉官は、残酷な笑みを浮かべながらレオナルド国王の顔を見下ろして、こう言い放った。

「おとなしく武装解除して城門を開放せよ、さもなければマリーは血の海に沈むだろう。期限は明日の朝までだ、シャシャシャ」

 とその時、それまで威張っていた交渉官の表情が突然青ざめた。すっかり落ち着きを無くしている。やがて腹に手を当てると、しゃがみ込むような姿勢になった。

「うぐぐぐ、急に腹が痛くなって・・・も、漏れそうだ。おい、誰がトイレに案内しろ・・・やばい、漏れる・・・」

 シュビヤラは悲鳴をあげながら這うようにして部屋から出ていった。ふと気がつくとキャサリンが俺の横で不思議そうな顔をしている。

「あのトカゲがあんまりムカつくから、『お腹が痛くなればいいのですわ』って強く念じたの。そしたら本当にトカゲが痛い痛いと言い出したのですわ」

 う~む、キャサリンのやつ、やっぱり無意識のうちに貧乏神の「魔法」を発動しているようだな。俺はキャサリンに言った。

「本当か? それって『貧乏神の魔法』じゃないのか」

「そうなのかしら、だったら面白いですわ。気に食わないやつは、みんなお腹を下痢にしてやりますわ」

 あぶねえ、変なこと教えるんじゃなかった。キャサリンが下痢魔法を乱発しはじめたら、大変なことになるぞ。

 交渉官が出てゆくと、玉座の間は重苦しい雰囲気に包まれた。

 俺は物陰から出てくるとレオナルド国王に言った。

「レオナルド国王、今夜ここを脱出しましょう。王都は包囲されていますが、今ならまだ貴国の騎兵隊と我々で包囲網を突破できると思います。このままだと南に集結しているジャビ帝国の部隊にも王都を包囲されて、脱出は完全に不可能になってしまいます」

 ランベルト将軍が言った。

「陛下、ここはアルフレッド殿と共にアルカナへ逃れましょう。ここに留まれば間違いなく殺されます。騎兵隊が陛下と行動をともに致しますので、ご安心ください」

「・・・わかった。アルフレッド殿、お頼みします」

「お任せください。陛下と王妃、それと二人のお子様は私とともに我々の馬車にお乗りください。馬車の護衛は我々がいたします」

 俺はランベルト将軍に言った。

「ランベルト将軍、最初に北門から囮の歩兵部隊を出して下さい。これにつられて敵兵が北門へ移動したところで、東門から脱出部隊を出します。ランベルト将軍は貴国の騎馬を率いて我々と共に突破口を切り開いていただきたい」

「承知いたしました」

 日が暮れると三日月が東の空に昇ってきた。ジャビ帝国軍に包囲されたことを知ったロマランの街は恐怖に包まれ、死んだように静まり返っていた。逃げ場を失った人々は家の中で息をひそめ、窓や扉を固く閉ざしている。

 手はず通り、まず北門から三千の歩兵部隊が城外へ出て、城壁を背にして布陣した。これを見たジャビ帝国軍は部隊を東門と西門から、北門へと移動させ始めた。

 東門の内側には、ランベルト将軍の率いる騎兵隊がすでに準備を整えていた。伝令兵がランベルト将軍に駆け寄ると、なにやら耳打ちをした。

 将軍が俺のそばにゆっくりと歩み寄り、静かに言った。

「アルフレッド殿、東門の敵部隊のおよそ半数が北門へ移動したようです。まだ槍歩兵の部隊が門の正面に布陣していますが、右側は軽歩兵と弓兵だけで、やや手薄のようです。私が騎兵を率いて正面の敵を引き付けますので、アルフレッド殿の馬車は残りの騎兵とともに右から突っ切ってください。私は敵を巻いてから、のちほど合流します。作戦を開始しますか?」

 俺は大きく頷いた。

「よし、作戦決行だ」

 東門が大きく開かれると、およそ千騎のロマラン騎兵が地面を轟かせながら飛び出した。騎兵は正面と右の二手に分かれ、正面の騎兵隊はトカゲの槍歩兵部隊を牽制しつつ左への回り込むように駆け抜けて背後を伺い、槍部隊を足止めする。

 ややおいて右の騎兵隊がトカゲの歩兵部隊に突入する。トカゲ兵と一対一で戦っても人間に勝ち目はないが、トカゲの四倍の重さのある馬が突進すれば話は別だ。ロマランの騎兵たちはトカゲ歩兵のあいだを駆け周りながら、槍で突き、剣で切りつけて牽制する。歩兵部隊の陣形は崩れ、混乱状態になった。

 その乱戦の真中を突っ切るように、レオナルド国王と俺が乗った馬車が門から飛び出した。敵兵が組織的に馬車を狙ってくる動きは見られないが、馬車を目撃した敵兵が散発的に馬車へ向かってくる。馬車の前には馬にまたがったレイラとカザルが並走し、行く手を阻むトカゲ兵を次々に倒してゆく。

 カザルがウォーハンマーを振り回し、トカゲ兵を殴り倒しながら叫んだ。

「がはは、トカゲの頭蓋骨が砕ける音が心地よいですぜ」

 レイラがトカゲ兵を切り倒しながら叫んだ。

「カザルは、鍛冶場に引きこもって鉄を叩いているだけかと思っていたが、戦場でもずいぶんと頼りになるな」

「バカ言え、あっしらドワーフは一流の鍛冶職人であると同時に、強力な戦士でもあるんだぜ。あっしの活躍を、よーくその目に焼き付けてくれ」

 馬車の後部にはルミアナが立ち、周囲を常に警戒しながら、脅威になる敵を見つけるとエルフの弓で始末する。

 馬車の中には俺とキャサリン、サフィーそしてレオナルド国王の家族四人が乗っている。サフィーは左手で<魔法障壁(マジック・バリア)>を展開しながら、右手で焼き芋を食い続けている。樽に入った焼き芋を、もりもり食い続けるサフィーの様子を、国王の一家が驚きの目で見ている。・・・この女、いったいどれだけ食うんだ。

 馬車はこのまま順調に包囲網を突破すると思われたが、進行方向で異変が起きた。三メートルはあろうかという大きなトカゲ兵が、ロマランの騎兵を次々に倒しているのだ。

 そのトカゲ兵は全力で走り回る騎兵をものともせず、巨大なハルバードを振り回して騎兵を馬から引きずり下ろし、次々に刺して殺している。そして俺たちの馬車を見つけると大声でわめきながら突進してきた。

「思っていた通りネズミが出てきたか。お前らはレオナルド国王の一行だな。俺様はジャビ帝国軍の最強戦士の一人、ザビラ様だ。俺様から逃げることなどできんわ!」

 馬車の後部に立つルミアナが、ザビラめがけて瞬時に三本の矢を放つと、すべての矢が体に命中した。しかし鎧を纏っていなかったにもかかわらず、ザビラの堅い鱗によってすべての矢は弾かれてしまった。

「エルフの矢でも、オレ様の体には通用せん」

 それを見たカザルが馬の踵(きびす)を返すと、ウォーハンマーを片手で振り上げ、ザビラに突っ込んだ。

「くそトカゲ野郎がぁ!」

 ザビラはカザルの一撃をハルバードの柄で受け止めると、ハルバードを振り回してハンマーごとカザルの体を馬から引き落とした。カザルの体は背中から地面に叩きつけられた。

「ぐは」

 すかさずザビラがハルバードで突いてくる。カザルは横に転がりながら攻撃をかわす。

「いま助けるぞ」

 レイラは馬から飛び降りると、背負っていた盾を構えてザビラに突進した。トカゲは振り返ると、レイラをめがけてハルバードを突き出した。レイラはそれを鋼鉄の盾で受け止める。金属のぶつかり合う凄まじい音が響き、レイラの突進が止まる。木製の盾なら間違いなく一撃で粉々に破壊されていただろう。

 トカゲは目にも留まらぬ速さでレイラを突き始めた。レイラは盾で必死に受け止める。トカゲの連続攻撃の勢いに押され、レイラはジリジリと後退する。

 カザルは急いで立ち上がると、両手でハンマーを構えて猛然とザビラに殴りかかる。だがザビラに隙はなく、受け止められてしまう。

「シャシャシャ、そんな力でオレ様に立ち向かおうなど、片腹痛いわ」

 ハルバードを横に大きく振り回したザビラの反撃を、カザルはハンマーの柄でがっしり受け止めたが、あまりの力にカザルは体ごと弾き飛ばされてしまった。

 そのすきに、レイラがザビラを目がけて飛び込むと、長剣の切っ先で腹部を突く。しかしトカゲは素早い動きでハルバードを切り返すとレイラの剣先を弾き、レイラを横から殴打する。レイラは盾で受け止めるも姿勢を崩してしまう。ザビラはこの機を逃さず、レイラに猛然と突きの連続攻撃を浴びせ、レイラは後ろへ飛ばされ、仰向けに倒れ込んでしまった。

「人間の力など、所詮はその程度よ。あきらめて、しねええ」

 ザビラがハルバードの斧でレイラを激しく叩きつける。倒れたレイラは、盾でその攻撃を受けるばかりで、身動きが取れない。

 俺は馬車から飛び出した。

 見上げるほど大きなトカゲが目の前にいる。レイラを打ち据えようと、手にしたハルバードを大きく振り上げている。今、奴の頭部を狙えば、レイラを爆炎に巻き込む危険性は低い。俺はザビラの頭部に向けて素早く手を突き出すと、精神を集中した。

<火炎弾(ファイア・ボール)>

 俺の手の先の空間から、オレンジ色に輝く火炎弾が飛び出し、十メートル先のザビラの頭の付近で爆発した。

「ぐうわああああ」

 火炎弾は直撃こそしなかったが、ザビラは叫びながら大きく後ろへのけぞった。頭部にかなりの熱傷ダメージを与えたはずだ。ザビラがひるんだすきにレイラは側方に転がって立ち上がり、盾を構えなおして守備姿勢を整えた。

 ザビラは俺に振り返ると叫んだ。

「貴様、何者だ」

「私はアルカナ王国の国王、アルフレッドだ」

「こしゃくな人間め、殺してやる、殺してやるぞおおお」

 ザビラは俺に向かって突進してきた。鋭い歯がびっしりと並んだ大きな口が開き、泡混じりの唾液が吹き出している。攻撃をしくじれば、間違いなくこいつに殺されるだろう。恐怖がこみ上げる。

<火炎噴射(フレイム・ジェット)>

 手の先から轟音と共に数千度の炎が激しく渦巻きながら吹き出すと、ザビラはたちまち火達磨になった。そのまま俺に向かって突っ込んでくる。だが、奴の目はすでに焼け、何も見えていないはずだ。俺は闇雲に突っ込んでくるトカゲを冷静に横に避けつつ、火炎を浴びせ続けた。真っ黒に焦げたザビラはそのまま前へ倒れ込むと、動かなくなった。

「陛下!」

 レイラが叫びながら駆け寄ってくる。

「私なら大丈夫だ。それより、まずい状況だな・・・」

 ザビラに足止めされている間に、周囲のトカゲ兵が集まって馬車が包囲されつつある。ロマランの騎兵が駆け回って戦っているが、左からは騎兵の天敵である敵の密集槍兵部隊が迫ってきた。こうなったら魔法石がある限り焼き尽くしてやる。

「レイラ、援護を頼む。私は火炎魔法で周囲の敵を焼き尽くす。馬車を前へ進めろ、止まるな、追いつかれるぞ」

「はい、陛下」

 俺は馬車に向かって突進してくるトカゲ兵の集団めがけて<火炎噴射(フレイム・ジェット)>を放射し続けた。トカゲは絶叫しながら黒焦げになってバタバタと倒れる。だが、トカゲ兵に怯む気配はなく、次から次へと突進してくる。俺の横では襲いかかってくる敵をレイラが切り倒している。

「陛下、キリがありませんね」

「ああ、数が多すぎる。この魔法石の数では、すべての敵を倒すことなどできない」

 馬車の上からルミアナが叫んだ。

「陛下、もう、矢の残りが僅かです」

 カザルが悲鳴をあげた。

「もう無理ですぜ。馬車を捨てて俺たちだけでも逃げやしょう」

「レオナルド国王を見殺しにはできない、持ちこたえろ」

 その時、遠くから地鳴りが聞こえてきた。その地鳴りは、たちまち大きくなって地面を揺らし始めた。馬車の進行方向に目をやると、トカゲ兵が悲鳴とともに次々に空中に跳ね飛ばされる様子が見えた。

 馬車の上からルミアナが叫んだ。

「陛下! ブラックライノが突っ込んできます」

 先頭のひときわ大きなブラックライノに乗っているのはナッピーだった。

「みんな、王様を助けるの! トカゲなんか踏み潰しちゃえ、行けー」

 家ほどの大きさがある灰色の塊が、凄まじい勢いで馬車の横を駆け抜けると、あたりにいたトカゲ兵が次々に跳ね飛ばされ、あるいは踏み潰されていく。なかには剣を構えるトカゲ兵もいるが、ブラックライノの頭部に突き出す太い角に一突きされると、まるで人形のように空中に放り上げられる。周囲はたちまち大混乱になった。

 ナッピーの乗ったブラックライノが俺たちの目の前で止まると、ナッピーが言った。

「王様、大丈夫? 王様が心配だから来てみたの。そしたら馬車が襲われているのをピピが見つけてくれたの。間に合ってよかった」

 俺はナッピーに言った。

「ありがとう、助かったよ。早く逃げよう」

 ナッピーはアルカナの方角を指さしながら言った。

「ライノたちが先導して道を切り開くから、もう大丈夫なの。ライノたちの後ろをついてきてね」

 ブラックライノたちは周囲のトカゲ兵を一通り蹴散らすと、馬車の前をアルカナの方角へ向けて走り始めた。馬車がその後を追うと、生き残ったロマランの騎兵たちも続いた。俺たちは包囲網を突破して、そのまま走り続けた。振り返ると、かなたに遠く見えるマリーの街に、南から無数のジャビ帝国軍が向かっている様子が見えた。マリー陥落は時間の問題だ。

 一週間後、俺たちはボロボロになりながらも、何とか王都アルカへ帰還することができた。それからまもなくマリー陥落の知らせが届いた。
 王都では緊急会議が開かれていた。今後の対応を話し合うためだ。

 俺が口火を切った。

「先日、マリーの都が陥落した。問題は、そのあとジャビ帝国軍がどう出るかだ」

 大将軍のウォーレンが応じた。 

「ロマランを攻略したところで、連中の兵力はそれほど消耗しておらんでしょう。トカゲ族の将軍はいずれも極めて好戦的な性格だと聞きますので、余勢をかってアルカナに攻め込んでこないとは言い切れませんな」

「そのとおりだ。ジャビ帝国がこのままアルカナに進軍してくる可能性は十分にある。守りを固める必要がある。しかし王都を囲む堀はまだ未完成で、敵の攻撃に対して脆弱な状態だ」

 一呼吸おいてから俺は言った。

「そこで私に考えがある。王都の西を流れるアルカナ川を天然の堀として利用するのだ。現在のアルカナ川の水位は深いところでもせいぜい胸の高さ程度だから、ジャビ帝国の兵士が歩いて渡ることは可能だ。しかし上流の水門を開けて川の水量を大きく増やせば、水深が二メートルを超える可能性もある。そうなれば橋を渡るか、船を使わなければ王都に攻め入ることはできなくなる」

「おお、それは名案ですな。ところで水門と言えば、陛下がロマランに行っておられる間に、水門の守備隊から伝書鳩で連絡がありましたぞ。何でも、ジェイソン殿の軍が水門の警備に付いたそうです。陛下のご指示を受けたとか」

「なに? ジェイソンに水門の警備など依頼していない。そもそも水門はアルカナの急所とも言える最重要の施設だ。そんな場所を王国政府以外の軍に警備を任せるなどあり得ない。嫌な予感がする。すぐにジェイソンの軍を撤収させてくれ」

「はい。もしや、ジェイソンが反乱を企てているということでしょうか」

「その恐れもある」

 伝令係が会議室に飛び込んできた。

「ロマラン方面の偵察隊からの報告です。マリー周辺のジャビ帝国軍が、東へ移動を開始した模様です。かなり大規模なようです。王都アルカへ向かっているのではないか、とのことです」

 俺は言った。

「動きが早いな・・・。帝国軍にアルカナ川を超えられたら大変なことになる。とにかく急いでアルカナ川の水門を開けなければならない。ウォーレン、政府軍五千人を水門へ派遣してくれ。部隊の指揮は私が行う。ウォーレンは王都に残ってジャビ帝国軍の侵攻に備え、アルカナ川の王都側に陣地を構築してくれ。トカゲにアルカナ川を渡らせてはならない」

「心得ました」

「カザル、鉄砲隊はどんな状況だ?」

「まだ鉄砲は三百丁ほどしかありやせんが、いつでも戦うことはできますぜ」

「よし、では、アルカナ川の橋の守りを任せる」

「わかりやした、旦那。任せてくだせえ」

「レイラ、ルミアナ、サフィーは私と共に水門へ向かう」

「承知しました」

ーーー

 王都からアルカナ川の水門までは四日ほどの距離である。俺たちは王国政府軍・五千と近衛騎士・五百を率いて出発した。やがて、かなたの丘の上に水門の大きな建物が見えてきた。

 ルミアナが俺に言った。

「水門と言っても、ずいぶんと巨大な施設ですね」

「普通の川にあるような水門が一つだけの単純な施設じゃないからな。取水元のエニマ川はメグマール地方最大の大河だ。増水期の安全性を考えて、小さい水門が二十門以上ある」

 ここにはエニマ川の川岸にそって高い石壁が築かれていて、その石壁に水門がズラッと口を並べている。石壁の延長は三百メートル以上あるだろう。長い石壁の右端と左端には、それぞれ塔があり、水門の管理や防衛の役割を担っている。水門からは大量の水が絶え間なく吹き出し、それがアルカナ川となって南に向かって流れている。

「さすがにこれだけ大きいと壮観ですね」

「あの石壁の上から巻揚げ機を使って、水門を上げたり下げたりする。石壁の上は城壁と同じように通路になっている。」

「ここから見ると、全体がまるで城のようですね」

 水門の近くまで来ると、ジェイソンの軍が見えてきた。兵力は三・四千人といったところか。ひとまずは伝令を送り、ジェイソン軍に撤退を命じた。しかしジェイソンの軍はそれを拒否した。これでジェイソンの謀反(むほん)が明らかになった。当然だが、ジェイソンはここには居らず、ベンという名の隊長が指揮を取っているようだ。

ーーー

 ベン隊長は水門の右塔の上部にある指揮所の窓から、王国政府軍の様子を伺っていた。ベンの副官が報告した。

「隊長、ご指示通りアルフレッド国王の要求を拒否し、伝令を追い返しました。それにしても隊長、王国政府軍と戦って勝てるのでしょうか」

「なあに、我々が王国政府軍に打ち勝つ必要はない。ジェイソン様からは『数日間、水門を占領していれば良い』との指示だ。つまり時間稼ぎだ。その間にジャビ帝国軍がアルカナの王都を包囲する。そうなれば王国軍も水門など相手にしていられなくなるというわけだ」

「なるほど、ジャビ帝国軍が王都を包囲すれば政府軍が水門から撤退するから、そうなれば我々の勝利というわけですね」

「そういうことだ」

ーーー

 俺たちに残されている時間はあまりない。ジャビ帝国軍がアルカナ川に到達する前に水門を開かねばならない。水門の奪還作戦は今夜決行されることになった。

 巨大な水門には、アルカナ川を挟んで左右の両端に塔がある。右の塔は政府軍が包囲している。その間に俺たちは少数精鋭の近衛騎士らと共に、左の塔の手前に広がる林に身を潜めた。奇襲である。

 俺は作戦について説明した。

「深夜になったら、政府軍およそ五千が右の塔へ攻撃を仕掛ける。これは陽動だ。松明などを使い、なるべく派手にやるように指示してある。そうすれば敵兵の多くが右の塔の防衛に向かうはずだ。我々はその後、左側の塔を奇襲して内部に侵入する。侵入後は速やかに敵の隊長を拉致して、戦闘を停止させる計画だ」

 しばらくすると右の塔の方から騒ぎが聞こえてきた。計画通り政府軍が攻撃を開始したようだ。無数の松明が動いており、敵の意識は完全に右の塔に向いているはずだ。俺たちは林の中を進み、左の塔へと近づいた。塔の入り口の前には三十名ほどの兵士が警戒しており、塔上部には狙撃兵が多数見える。

 レイラを先頭にして近衛騎士が低い姿勢のまま、塔の入り口の方へ近づいた。すぐに狙撃兵が気付いて大声で騒ぎ、矢を射掛け始めたが、狙いすましたルミアナの弓で次々に射殺される。矢を受けて塔の上から地上に落ちる兵もいる。

 塔の前を守っていた敵兵も気付いて応戦するが、突進するレイラら精鋭の近衛騎士に、たちまち切り倒される。敵兵を掃討すると塔の入り口に駆け寄って入り口のドアを押した。だが入り口の分厚いドアは内側からかんぬきで固定されていてびくともしない。俺が合図すると一人の近衛騎士が小さな樽を持ってきた。

 レイラが不思議そうに俺に尋ねた。

「陛下、何ですかこれは?」

「火薬だ。以前に鉄砲を見ただろう? 凄まじい爆発に腰を抜かしたと思うが、あれが火薬だ。この樽には、あの火薬がごっそり入っている。これを爆発させてドアを吹き飛ばす。ついでに、ドアの近くに待ち構えている敵兵も吹き飛ばす」

「それはすごいですね。さすがは異世界の技術です」

 ドアの前に火薬樽をセットすると、近衛騎士たちには離れたところに退避して両耳を塞がせた。俺が火薬樽に<火炎弾(ファイア・ボール)>を撃ち込むと凄まじい爆発音がとどろき、白煙が塔を包み込んだ。これだけ派手にやれば右の塔の敵にも気付かれたはずだ。急がねば。

 塔の入り口のドアは粉々に吹き飛んでいた。近衛騎士たちと塔の内部に突入すると、敵兵の死体の山だった。おそらくドアの前に待ち構えていたのだろう。突入した近衛騎士たちが次々に階段を登る。

「陛下、左の塔を制圧しましたが、敵の指揮官はおりません。右の塔だと思われます」

「よし、石壁の上を右の塔へ向かって突撃する、付いて来い。援護を頼む」

 右の塔へ続く石壁の上に出ると、右塔から次々に矢が飛んでくる。俺はサフィーの展開する<魔法障壁(マジック・バリア)>に隠れながら、石壁の上を右の塔へ向かって小走りに前進する。異変に気付いた敵の歩兵が多数、石壁の上を正面から進んでくる。

 魔法石を大量に持参したから、心置きなく<火炎弾(ファイア・ボール)>を乱れ打ちできる。敵は遠距離攻撃を防ぐために盾を前に構えて集団で前進してくるが、こういう左右に逃げ場のない場所では、火炎魔法の餌食である。

<火炎弾(ファイア・ボール)>

 俺の放った火炎弾の爆風で吹き飛ばされた敵兵が、石壁から五メートル下のアルカナ川に次々に落ちてゆく。敵兵たちは立ち止まり、驚きの声をあげた。

「何だこれは、魔法か」

「引け、引け」

 塔の上から狙撃兵が俺に矢を射掛けてくる。魔法障壁(マジック・バリア)に隠れてやり過ごすと、隙を見て最大魔力で火炎弾(ファイヤーボール)を三発撃ち込む。塔の上は巨大な炎と爆煙で覆われる。爆煙が消えた塔の上に人影はなかった。

 右の塔の入り口まで前進すると、レイラを先頭に近衛騎士が突入した。敵部隊の大部分は正面から攻撃している正規軍に釘付けになっており、塔内の敵兵は少ない。抵抗する敵を排除しつつ塔の上階にある指揮所まで一気に攻め上がる。指揮所前の護衛をレイラが一撃で倒し、指揮所内に飛び込んだ。

 ベン隊長は両手を上げて言った。

「ま、まってくれ、降参する。殺さないでくれ」

 俺は言った。

「なぜジェイソンはこんな真似をしたのだ。ジャビ帝国に買収されたのか、あるいはエニマ国に寝返ったのか。答えろ」

「し、知らない。俺たちはカネで雇われているだけの傭兵だ。本当だ」

「傭兵か・・・これ以上の無駄な殺し合いは望まない。すぐに部下に命じて停戦させろ」

 作戦は夜明け前に終了した。幸いなことに水門は破壊されることなくすべて無事だった。俺はすぐに水門をすべて全開にするよう兵士に命じた。兵士たちは一斉に壁の上を走ってゆくと、巻揚げ機を使って壁にズラリと並んだ二十の水門を次々に引き上げた。大量の水がしぶきを上げながら、轟音とともにアルカナ川へ流れ込みはじめる。みるみる水位が上昇してゆく。

 あとは時間との勝負だ。俺たちの部隊が王都に戻るには四日かかるため、その間の防衛は大将軍ウォーレンにまかせてある。アルカナ川が王都に流れ着くまでに二日かかる。ジャビ帝国軍の到着に間に合ってくれれば良いのだが。

 王都を守る王国軍はアルカナ川の川岸に沿って布陣していた。水門を奪還したアルフレッドの部隊から、無事に水門を開いたとの知らせが大将軍ウォーレンの元に届いていた。だが、アルカナ川の水位はまだ変わらなかった。

 防衛陣地の本陣に待機するウォーレンの下へ伝令の兵士が駆け寄って報告した。

「物見台から報告。ジャビ帝国軍と思しき兵が、対岸の向こうに見えるとのことです」

「いよいよ来たか。皆の者、よく聞け。すでに陛下の軍が水門を開いた。我々がしばらくの間ジャビ帝国軍をこちらの岸辺で食い止めれば、じきにアルカナ川の水位が上昇して敵は向こう岸に取り残される。それまでの辛抱だ」

 アルカナ川を渡る大きな橋は一本しか無い。王都から西へ向かう街道に架かる大きな石造りの橋である。それ以外の小さい橋は水位が上がれば流されてしまう。当然、最初にジャビ帝国軍がこの橋を攻略してくることは間違いない。橋は幅が六メートル、長さが一キロメートル以上もある巨大な構造で、増水しても水没する心配はない。

 橋の王都側のたもとには幾重にもバリケードが築かれ、カザルの率いる鉄砲隊が待ち構えている。鉄砲隊は狙撃手一名と装填手二名に分かれていて、およそ十秒間隔で射撃できるように準備されている。

 カザルがつぶやいた。

「あっしはこれまで、いまいち影が薄かったから、今回は目にもの見せてやるぜ。いつでも来やがれ。トカゲ野郎の土手っ腹に風穴をあけてやらあ」

 橋の西側には朝から帝国軍の兵士が続々と到着し、整列して待機している。その日の昼過ぎ、ついに帝国軍の突撃隊が橋の上を前進してきた。盾を構えて狭い橋の上を密集陣形で向かってくる。トカゲ兵たちは密集しているため、鉄砲の狙いを付ける必要はほとんどない。撃てば必ず命中する。

 もちろんトカゲ兵は鉄砲などまったく知らない。怒声をあげながら前進してきた。

「撃て!」

 カザルの号令と共に凄まじい発射音が轟き、白煙がもうもうと舞い上がる。先頭を進むトカゲ兵が人形のように次々に倒れた。トカゲ兵は何が起こったのか理解できない。それでも前に進もうとするが、すぐに第二射が放たれ、またしても五十人近いトカゲ兵が折り重なるように倒れた。

 さすがのトカゲ兵も予想外の事態を見て大混乱に陥った。とはいえ長い橋の上に逃げ場はなく、後ろからもトカゲ兵が次々と押してくる。すでに橋の上はトカゲ兵の死体が山になっていて、前に進むことも容易ではない。

「撃て!」

 容赦なく鉄砲が撃ち込まれる。そのたびに数多くのトカゲ兵が倒れる。橋の上は地獄のようになった。自暴自棄になってバリケードに向かって突進し全身に銃弾を受ける者、橋から落ちる者、這って逃げようとする者、それを後ろから踏み潰す者。橋の上は流れる血で真っ赤になり、死体で足の踏み場もない。

「がははは、ざまあみやがれ。鉄砲の威力を思い知ったか」

 トカゲ兵はたちどころに五百人以上の死者を出して、橋の上から対岸へと退却した。

 橋の近くにある本陣からその様子を見ていたウォーレンがカザルに言った。

「わはは、凄まじい威力ですなカザル殿。いやいや、最初に鉄砲を見たときは半信半疑でしたが、あのトカゲ兵が一撃で仕留められるとはすごい。これだけの威力があるなら、もっと鉄砲の数が揃えば、無敵の軍隊になりますな」

 カザルがドヤ顔で言った。

「陛下が夢で見た異世界の知識ってのは、大したもんです。もっとも、陛下の知識を形にしたのはあっしですぜ。あっしの鍛冶の腕前がなきゃ、鉄砲は完成できなかったんでさあ、へへへ」

「いや、まったくですな。カザル殿はたいしたものです。それはそうと、さすがの敵も、これほどこっぴどく痛めつけられたとなれば、再び橋を攻めてはこないでしょうな。いよいよ川を歩いて渡ってくる。正念場ですな」

 トカゲ族は変温動物のため、体温が低下することを極端に嫌う。そのため灼熱の砂漠地帯でもない限り、好んで水に入ることはない。腰の深さまで水に浸かって川を渡ってくれば、体温が低下して動きが鈍くなる。川からこちらの岸に上陸してきた直後に叩くというのがウォーレンの作戦である。

 数万人のトカゲ兵が河岸に並んで一斉に渡河してくれば苦戦を強いられることは間違いないが、ジャビ帝国軍は数が多いため、まだ全軍が到着しているわけではない。後続の部隊を待つには、まだ時間が必要だ。ただしトカゲ族の攻撃的な性格を考えると、準備の整った部隊から次々に突っ込んでくる可能性もある。

「橋の上流、およそ三キロメートル付近の対岸から、トカゲ兵が前進しつつあります」

 数百人の敵弓兵隊が川を渡り始めた。幅百メートルほどの、三列の横隊で進んでくる。川の半ばあたりまで前進すると停止して、アルカナの陣地に向けて一斉に矢を放ち始めた。大量の矢が、まるで雨のように降り注ぐ。アルカナの歩兵が一斉に盾をかざして矢を防ぐ。木製の盾には衝撃音と共に矢が次々に突き刺さる。しかし次々に降ってくる矢をすべてを防ぎ切ることは難しい。一人、また一人と負傷者が増えてくる。

 アルカナの陣地からも矢が次々に放たれる。しかしトカゲ族に人間の矢は通用しない。トカゲの弓兵はひるむことなく次々に矢を放ち続ける。矢が尽きれば後続の兵と交代し、アルカナの陣地に向けて、しばらく矢が放たれ続けた。

「槍歩兵が来ます」

 しばらくすると、弓兵の間からトカゲの槍兵が一斉に前進してきた。腰のあたりまで水に浸かっているため動きはゆっくりであるが、川岸に布陣するアルカナ軍に近づいてくる。アルカナ軍も槍を突き出して待ち構える。怒号と共に両軍の白兵戦が始まった。

 川から上がったトカゲ兵の体は冷えているためか動きはいくぶん鈍いようだったが、人間以上の腕力と堅い鱗の体のため、アルカナ軍がトカゲ兵を仕留めることは容易ではない。首と脇のあたりの、鱗が薄い急所を狙って槍で突き続ける。

「前列交代!」

「左右から、さらに来ます」

 敵本隊の左右からさらに槍歩兵が前進してくる。アルカナの後方部隊が左右の防御に向かう。

「上流さらに五キロ向こうの第二陣、さらに上流の第三陣付近でも敵が前進してきます」

 さらに上流でも戦闘が始まった。戦線は拡大する一方である。戦線が広がれば、数に劣るアルカナ軍がすべてを防ぎ切ることは不可能だ。

「踏ん張れ! アルカナを守るんだ。根性を見せろ」

「おおおお」

「二陣が押されているぞ」

「まずい、二陣が崩される」

 トカゲ兵の槍の激しい突きによりアルカナ側に負傷者が続出し、トカゲ兵が押し始めた。

「騎兵、二陣の側面を援護に回れ」

「こちらも兵の疲労が限界です」

「馬鹿者、そんなことはわかっている。死ぬ気で行け」

 橋の近くにある本陣も崩れ始めた。ウォーレンの正面から、前線を突破したトカゲ兵が槍をかまえて突っ込んでくる。ウォーレンは反射的にやり先をかわすとブロードソードを抜刀し、突っ込んできたトカゲ兵の首に剣を突き刺した。激しく鮮血を吹き出して、トカゲ兵が足元に崩れる。
 
「くそトカゲめ、このウォーレン、老いたとは言え、貴様らなど敵ではないわ」

 川を渡ってトカゲ兵がウォーレンの前に続々と進んできた。

「大将軍、ここは危険です、お下がりください」

「うるさい、ワシは絶対に引かん。お前ら、ここを死守するのだ」

 その時、背後ですさまじい銃声が鳴り響いた。川を渡って本陣に迫ってきたトカゲ兵がバタバタと倒れる。カザルの鉄砲隊が援護に駆けつけた。

「おお、カザル殿ありがたい。よし、ここで食い止めるのだ」

「二陣、崩れました」

「後続を出せ」

「将軍! 水が、水が来ました」

 アルカナ川の水位が上昇し始めた。

「おお、来たか! 全員後退しろ、ぼやぼやしていると巻き込まれるぞ」

 角笛が何度も吹き鳴らされた。アルカナ川増水の合図である。水位はみるまに上昇してゆく。すでにアルカナ軍の陣地だった場所にも水が流れ込み始めた。

「引け! 引け! 急げ!」

 アルカナ軍が川岸の丘を登る。トカゲ兵も追ってくる。だがアルカナ軍の後を追ってきたトカゲ兵は後続を断たれ、孤立し、次々に槍で突かれて川へ落とされた。

 すぐに水位は二メートルほどになり、川の中央付近にいたトカゲの弓兵が流され始めた。ジャビ帝国の軍勢は大混乱になった。水位はさらに上昇し、川に居たトカゲ兵は、ことごとく押し流され、多くの兵が濁流に飲まれた。

 押し流されたトカゲ兵の中には下流の橋にしがみつき、橋の上へ這い上がってくる者もいたが、カザル率いる鉄砲隊によって射殺された。アルカナの海にはトカゲ兵の数千の溺死体が流れ込み、無惨に漂っている。

 橋の上に立ってカザルは西の方角を見渡した。目の前には幅が一キロメートルに広がった巨大なアルカナ川が流れている。夕日が沈む向こう岸にジャビ帝国軍の影が小さく見える。

 カザルがウォーレンに駆け寄った。

「ウォーレン殿、間一髪でしたな。間に合ってよかった」

「あと一時間も増水が遅れていたら、かなりの敵が川を渡っていただろう。そうなれば、こちらにも相当な被害が出たはずだ。それにしても、陛下の策が見事に功を奏しましたな。さすが冥土から生き返っただけのことはありますな、わははは」

 ジャビ帝国軍は数日間対岸にとどまり、次の手を考えているようだった。だが幸いなことに冬将軍が例年より早く近づいてきた。気温が下がり始めたのである。長期戦は不利と判断したジャビ帝国軍は、やがて引き返していった。

 いまだエニマ国との戦争は続いていたが、ジャビ帝国の大軍を退けて王都アルカの防衛に成功したことは、兵士たちの自信を大いに高めることとなった。兵士たちをねぎらい、これからの戦いにはずみを付けるために、俺は王城で戦勝祝賀会を開催した。

 今回の主役は兵士たちなので、多少の無礼講は致し方ないところだ。ルミアナを始め、仲間たちも盛り上げに協力してくれるという。仲間たちと兵士の懇親を深めるために良い機会かも知れない。

 兵士たちの一番人気はサフィーである。王城の広場に作られた急ごしらえのステージは、黒山の人だかりとなった。プロポーション抜群のサフィーがダンスを踊って見せると言うのだから、興味のわかない男は居ない。マントを纏ったサフィーがステージに上がると、拍手と歓声が沸き起こり、大変な盛り上がりである。

 宮廷の音楽隊が演奏を始めると、曲に合わせて体をくねらせたり、腕を差し上げたりして踊り始めた。魔界で流行していた「誘惑のダンス」だそうだ。曲が進むと身に着けたマントを投げ捨て、ビキニ姿になった。いつもとは違う赤い色のビキニだ。どよめきが沸き起こり、叫ぶもの、口笛を鳴らすもの、リズムに合わせてテーブルを叩くものなどが溢れ、会場は興奮の坩堝(るつぼ)と化した。 

 俺も興味津々だったが、目の前にはキャサリンとレイラが怖い顔をして座っているので、ステージの方に顔を向けることができない。カザルが言った。 

「いやあ、さすがサフィー殿はすごい人気ですな。これで兵士どもは、みなサフィーの奴隷ですぜ」

 キャサリンがむくれ顔で言った。

「なによ、みんないやらしいんだから、嫌になりますわ」

「怒ってないで、あっしらも負けずにステージに上りやしょう」

「ふ~ん、どうせカザルの事だから、『わたくしがカザルをムチで打つ、ムチ打ちショー』なんて言い出すんでしょう。カザルの発想はワンパターンだから、つまらないのですわ」

「へ、へえ、そうでやすか。じゃあ、お嬢様はどんな芸を披露なさりたいんで?」

「わたくしがお兄様をムチ打ちするショーですわ」

 お前も同じだろうが! どこの世界にステージ上で妹にムチ打ちされる国王がいるんだ。そんなものお前が喜ぶだけで、誰も見たいと思わないぞ。

 ルミアナがカザルに言った。

「じゃあ、カザルの頭の上にリンゴを乗せて、わたしが目隠ししたまま、左手で矢を射るのはどうかしら。見事にリンゴを射抜きましたらご喝采」

「すげえな、さすがはエルフ。そんなんで、本当にリンゴに当たるんですかい」

「やったことはないけど、たぶん当たると思うわ。やりましょう」

 カザルが飛び上がった。

「うへえ、冗談じゃないですぜ。あっしを何だとおもってるんで」

「大丈夫よ、サフィーの防御魔法<皮膚硬化(ハーデニング)>をかけておけば、頭に矢が刺さっても死ぬことはないわ。死ぬほど痛いらしいけど、我慢すればいいのよ」

 無茶苦茶である。横で話を聞いていたナッピーが言った。

「楽しくするんなら、わたしの家の裏庭にいっぱい生えてる『わらい毒キノコ』の胞子を撒き散らすのはどう? みんな狂ったように大笑いするの。楽しいでしょ」

 俺はナッピーに言った。

「おいおい、それは楽しいから笑ってるんじゃないぞ。毒で笑ってるだけで、本人はちっとも楽しくないだろ」

 ステージ上ではサフィーの踊りが終わったようだ。興奮した兵士の一人がステージに駆け上がると観客の兵士に向かって叫んだ。

「よ~し、オレはサフィーのお姉ちゃんと酒飲みで勝負だ! オレが勝ったらビキニを脱いでもらう。オレが負けたら、銀貨10枚を払うぞ」

 サフィーは横目で男を見ると、目を細めてわずかに微笑んだ。

「うふふ、われに酒飲みで勝負を挑むとは、お主も身の程しらずじゃな。よいぞ、受けて立とうではないか」

「やっほー、うはははは、俺は『底なしのディック』って言われてるんだぜ! この勝負、もらったあ。ピース、ピース」

 兵士がステージ上で周囲の兵士たちに盛んにアピールしている。それにしてもサフィーに酒飲み勝負で挑むとは馬鹿なやつだな。サフィーは魔族だし、おまけに胃袋が異次元にあるから、まさに底なしなんだ。こりゃあ、泥酔者が続出するな。

 レイラが、こそこそと俺に近寄って来ると、話しかけてきた。

「みんな無茶苦茶ですね」

「まあ、今日は無礼講だから。それに、これからの戦いでも活躍して貰わないと」

「あの・・・ところで、わたし、最近女らしい趣味を持とうと思って、編み物を始めました」

 は? なんで今、その話題なんだ? まあいいか、無礼講なんだし。

「そうなのか。いろいろなことに挑戦するのはいいことだよ。で、どんな具合なんだ」

「うまくできないです。編み棒が指にグサグサ刺って・・・編み物が血まみれになってしまいました。私に編み物は向いていないのでしょうか」

 うへ、それは痛そうだな。編み物で血まみれとか不器用にもほどがあるだろ。間違いなく編み物はやめた方がいい。しかし、そう言ってしまえばレイラが傷つくかも知れない。

「いや、そんなことはない。最初はみんな血まみれになって編み物をするんだよ。編み物は糸との戦いだ。とにかく焦らずにゆっくりやれば、けがをすることはないと思うよ。それでレイラは何を編んだんだい」

「手袋です。持ってきました。これから寒くなりますので陛下にプレゼントしようと思って。あ、ちゃんと洗ってありますので、血まみれじゃないです。付けてみてください」

「それはありがとう・・・ん? 指が無いようだが」

 手袋というか、単なる袋だ。俺の手は猫のようになってしまった。

「まだ指の部分の作り方がわからなくて・・・。次はセーターを編んでみます」

 う~む、この調子だと首が出せないセーターとか編んでくるかもしれんな。

 突然、背後から大声が聞こえてきた。

「おい、レイラ! ワシだ。元気にしていたか、わははは」

「お、おやじ・・・なんでここへ?」

「お前がトカゲどもとの戦いで大活躍しているという噂を聞いて、うれしくて、ど田舎村から歩いて会いにきたんだ。おお、これはアルフレッド陛下、お目にかかれて光栄です。できの悪い娘が大変お世話になっております」

 なんと、レイラのおやじさんが娘の様子を見に来たのか。このおっさんが幼少の頃からレイラを男のように鍛え上げたという「ど根性おやじ」か。歳のせいか頭髪は一本も無くなっているが、すごい身体(からだ)をしている。ゴリラ並みの筋肉だ。やっぱり、この肉体がレイラに遺伝したんだろうな。俺は丁寧に会釈すると、レイラのおやじさんに言った。

「はじめまして、レイラのお父様ですか。レイラの献身的な貢献には、いつも感謝しております。今回の戦いでも目覚ましい働きを見せてくれました」

「いやあ、そんなに褒めていただくと恥ずかしいですなあ。それにしても、あれだけやんちゃだった娘が、すっかり一人前の騎士らしくなって感無量です」

「ほう、子供の頃は、そんなにやんちゃだったのですか」

「そりゃもう大変でした。いつぞやは『尻がでかい女』とバカにしてきた隣町の不良グループを一人で全員半殺しにして、全裸で逆さに木に吊るしたとかで、大騒ぎになりました」

「ななな、何を喋ってるの、バカ変態親父! へんなこと言わないでよ」

 俺はこわばった作り笑いを浮かべながら、二人に言った。

「いやあ、子供の頃は恥ずかしい思い出がいっぱいあるものですよ、ははは」

 そう、子供の頃にキャサリンがアルフレッドに仕掛けていた、数々の恥ずかしいことに比べれば、たいしたことではない。俺はレイラのおやじに尋ねた。

「ところで、レイラは、おやじさん似なのでしょうか」

「いいえとんでもない、全然違いますよ。むしろ、かあちゃんにそっくりですわ。うちのかあちゃんは『熊殺し』の二つ名を持つ女で、村一番の怪力ですわ。レイラに瓜二つ」

 マジか、どんなかあちゃんなんだ。人間離れしてるだろ。もしかすると本物のゴリラか、いや、巨人族か・・・うわ、おやじさんが余計なことをべらべら喋るものだから、レイラの顔つきがだんだんとヤバいことになってきた。かなり怒ってるだろこれ。

 レイラのおやじが、俺の手にかぶさっている袋を見て言った。

「ところで、陛下の手の袋はどうされたんですか?怪我でもされたのですか?」

「ああ、これはレイラが編み物を始めて、私に手袋を編んでくれたのです。まだ指の部分が付いていないので、物を握るには不自由なんですが、まあ、温かいですよ・・・」

 レイラのおやじが大笑いしながら言った。

「はあ? 編み物だと? わははははは、これのどこが手袋なんだ。レイラ、お前には編み物なんて無理だ。あれは女がやるものだ。お前は『牛の丸焼き』とか、そっちの趣味の方があってるぞ。肉を食う意味でも実用的だぞ。編み物なんか、やめとけ、やめとけ」

 うわ、言ってはいけないことを言っちまった。レイラの顔が真っ赤になった。

「うるせえ、くそオヤジ! 黙って聞いてりゃ、べらべらしゃべりやがって。今日こそ、その減らず口が二度と叩けないようにしてやる」

「お、やろうってのか。百年早いわ小娘が。剣を抜け」

 親子の戦いが始まった。激しくぶつかり合う剣、続けざまに響き渡る金属音と飛び散る火花。騒ぎを聞きつけた酔っ払いの兵士たちが、わらわらと集まってきた。大喜びで手をたたき両者に声援を送っている。たちまち賭けが始まった。

「おれは、レイラ様の勝利に銀貨1枚」

「おらあ、ハゲ親父に銀貨2枚」

 いつの間にやら、ステージ上にはカザルが担ぎ上げられ、柱に縛り付けられている。その頭上にはリンゴが載せられ、カザルが絶叫している。サフィーがカザルに近寄り、やさしくハゲ頭をなでると<皮膚硬化(ハーデニング)>をかけた。ルミアナが目隠しをして、左手で弓を構えた。

 一方、すっかり酔っ払ったキャサリンが、ムチを持って誰彼かまわず追いかけまわし、ひっぱたいている。兵士たちはおおげさに叫びながら喜んで逃げ回っている。我が軍の兵士は、みな変態なのか?

 ステージ上では、ルミアナが放った矢の手元が狂ってサフィーの頭に刺さり、二人が喧嘩になっている。

 そこへ、ナッピーが現れた。兵士たちが目を細める。

「お、ナッピーちゃんじゃないか、かわいいね」

「ホント、天使のようだね」

 天使のようなナッピーの両手には、毒々しい極彩色の色を放つ巨大なきのこが握りしめられている。ナッピーが、あははは、と笑いながら両手をふりふり走り回る。たちまちピンク色の胞子がきのこから舞い上がると、それを吸い込んだ周囲の兵士が床に転がってわらいはじめた。

 もはや無礼講どころの騒ぎではないぞ。変態乱痴気騒ぎである。こんなんで、エニマ国に勝てるのだろうか。しかし、すでにピンク色の胞子を吸い込んだ俺は、おかしくてたまらなくなってきた。うははは、あはは、いひひ・・・。

 ここはエニマ国の王都エニマライズである。全身に黒いローブを纏った一人のエルフの男がゆっくり歩いている。フードを深く被っているため、その表情は読めなかったが、暗く不気味な雰囲気を漂わせている。エルフは一人の通行人に声をかけた。

「おい、そこの男。王城がどこにあるか教えろ」

 横柄な態度でいきなり呼び止められた通行人は、エルフを見ると不機嫌そうに言った。

「なんだ偉そうに・・・エルフか。エルフになんか教えねえよ」

「そうか・・・なら、これならどうだ・・・」

 そう言うと、エルフの男は素早く右腕を振り上げて通行人に何かを念じた。すると通行人が喉元を抑えて苦しみだした。

「く、苦しい、息ができない・・・やめろ、やめてくれ。教える、教えるから」

 エルフの男がニヤリと笑って言った。

「ふん、人目がなければ殺していたところだ。さっさと教えろ」

 通行人から王城の場所を聞いたエルフの男は、その方角へゆっくりと歩いていった。

ーーー

 エニマライズにある王城では、国王マルコムと大将軍ジーンが戦況について話し合っていた。ジーンの話を聞いたマルコムは非常に驚いた。アルカナ王国が、ほとんど無傷でジャビ帝国軍を退けたとの報告を受けたからである。

「まさかアルカナ国がジャビ帝国を撃退するとは・・・どんな策を用いたのだ」

「はい、アルカナ国はアルカナ川の水門を開け放ち、増水した水で帝国軍を押し流したようです。さらに、アルカナ川が増水したため水深が深くなり、流れも早くなり、船でなければ渡ることは困難になりました。加えて冬を前にして寒さが厳しくなってきたことから、ジャビ帝国軍は王都アルカの攻略を断念して撤退した模様です」

「う~む、ジェイソンが占領した水門をアルカナに奪い返されたのが痛かったな」

「それだけではありません。アルカナ軍が『鉄砲』と呼ばれる新兵器を使ったとの情報があります。鉄砲は飛び道具の一種ですが、鉄の筒に火をつけると凄まじい音や煙とともに鉛の玉が発射されるものです。その威力は凄まじく、トカゲ兵の鱗を簡単に貫通してしまうそうです」

「なんと、まことか。我が国でもその鉄砲とやらを急いで作らねばならんな。何としても製造方法を盗み出すのだ」

「かしこまりました」

「ところで、アルフレッド国王が魔法を使うという噂は本当なのか?」

「はい、今回の戦いでもアルフレッドが魔法を使っているところを目撃している者が大勢おります。ですが、ご心配には及びません。先日、我が国でも魔法が使えるというエルフの男を雇い入れました。その者を呼んでおりますので、お目にかけましょう」

 ジーンはそう言うと、お付きの兵士に合図を送った。兵士が急ぎ足で部屋を出てからまもなく、黒いローブを纏ったエルフの男がゆっくりと入ってきた。エルフの男はマルコムの玉座の前に歩み出ると跪いた。

「お初にお目にかかります、私はエルフのガルゾーマと申します。この度は魔法を使える傭兵をお探しとのことでしたが、それなら私が適任です。私は100年以上もエルフ魔法を研究してきた第一人者ですからな」

「それは頼もしいな。アルカナ国には魔法の使い手が何名かいるようだ。エルフの他にも、アルフレッドという人間の国王が魔法を使うらしい。お前にはそいつらの相手をして欲しい。できるか?」

「魔法を使う人間ですと? それは驚きですな。しかし人間ごとき敵ではありません。お任せください、私が始末して見せましょう」

「そうか、ガルゾーマとやら、よろしく頼むぞ」

ーーー

 ガルゾーマは王城を後にするとエニマライズの町中を抜け、街の門から外へ出ると林の中へ入った。林を奥へ進むと、地面に何かの魔法図形が描かれている場所に出た。あたりに誰も居ないことを確認すると、ガルゾーマが魔法を念じる。魔法図形の上に輝く光の柱が出現した。その中にガルゾーマが入ると姿が消えて、次の瞬間、別の場所にある、石壁に囲まれた暗い部屋の中に現れた。

「ふっ。<転送(トランスファー)>は実に便利な魔法だな。まあ、この古代エルフの魔法が使えるのは、今となっては、俺様以外にほとんど居ないがな・・・」

 エルフの男は転送してきた狭い部屋から隣の部屋へ向かった。部屋には明かりがほとんどなく暗い。かなり広い空間には、様々な物が置かれている。架空の動物をモチーフにした石像や文様の刻まれた石柱、あるいは黒い石棺、割れた壺、それにミイラのようなものまで、無数の品々が所狭しと並べられている。どこか別の遺跡から発掘してきた遺物のようだ。それらの上には埃が積もり、かなりの年月が経過していることがわかる。

 男はそれらの遺物の間を歩いて奥に進む。部屋の隅には作業用の机や椅子、ベッドなどが置かれ、そのあたりだけは幾つもの明かりが灯されている。光源は光る魔法石のようだ。男は古びた長椅子にゆっくり腰を下ろすと腕を組み、どことなく邪悪な笑みを浮かべているように見える。

「いよいよ、我がエルフ族の復讐を果たす時が来た。アルカナ王国には滅びてもらわねばならん」

ーーー

 戦勝祝賀会の乱痴気騒ぎが終わってから数日が過ぎた。俺とイシル国のルーク国王は、アルカナの王都アルカにて会談することになっていた。エニマ国に対する今後の方針について話し合うためだ。

 ルーク国王の一行が城に到着すると同時に、何やら大きな包が広間にいくつも運び込まれてきた。はて、何だろう? やがてルーク国王が広間に入ってきた。今にも笑い出しそうなほどの、満面の笑顔である。相変わらず横にはピッタリと祈祷師の老婆がくっついている。

「あははは。お久しぶりです、アルフレッド国王。あははは」

「これはルーク国王、お元気そうで何より。すいぶんと、ご機嫌がよろしいですね」

「あははは。いやなに、例によって『今日は何があっても常に笑っていなければならない』と占いに出たのですよ。それで朝から常に笑っているのです、あははは」

「そ、そうですか。まあ、笑う門には福来たると申しますので、結構ですな」

「いやまったく、あははは。ところで、この度は見事にジャビ帝国軍を撃退したと伺いました。いやぁはは。まことにおめでとうございます」

「ありがとうございます。トカゲ共をアルカナの海に押し流してやりましたよ。とはいえ、まだエニマ国との戦争が始まったばかりですし、喜んでばかりはおられません・・・ところで、先ほどから広間に大きな荷物がたくさん運び込まれておりますが、これは何でしょう?」

「あははは、これはキャサリン様へのプレゼントですよ。エニマ国内のあちこちから、珍しい品物や高価な食べ物などをかき集めて持ってまいりました、あはは」

 うわ、ルーク国王は本格的にキャサリンに入れ込んでるな。毛皮のコートにシルクのドレス、宝石、お花の絵画や豪華な椅子まである。戦争中だというのに大丈夫なのか。

「キャサリン様はどちらに・・・」

 俺は部屋からキャサリンを呼んできた。キャサリンがルークに挨拶した。

「ルーク国王様、ようこそお越しくださいました」

 ルーク国王は、満面の笑みを浮かべた。

「あははは、キャサリン様、なんと美しいお姿でしょう。宮殿の滝つぼに落ちたお姿も素敵でしたが、今日は一段と艶やかに見えます。あははは、さあ、これらの品々はキャサリン様へのプレゼントとして持参いたしました。どうぞ、お受け取りください、あははは、ははは」

 キャサリンが俺に耳打ちした。

「この人、さっきから笑ってばっかりで気持ち悪いですわ。頭は大丈夫なのかしら」

「例の占いによって、今日は一日中笑ってなければならないんだ。気にするな」

 キャサリンは引きつった笑いを浮かべながらルーク国王に言った。

「おほほほ、ありがとうございます。本当によろしいのですか」

「あははは、ご遠慮なさらず。あ、アルフレッド殿にもお土産を持参いたしました」

「ありがとうございます。なんでしょうか、これは」

「宮殿の庭で栽培している薬草で作った団子です。食べると身体にいいですよ、どうぞお召しあがりください、あははは」

 えらい待遇の差だな。というか、こいつは本当に薬草団子なのか? この前は俺とキャサリンの仲が良いことに、妙な嫉妬をしていたからな。薬草じゃなくて毒草という危険性もある。それはさておき、さすがにこんな豪華な品々を受け取るわけにもいかないな。お断りしよう。

「お気持ちは大変にありがたいのですが、戦争で人々が苦しんでいるご時世でもありますし、そのような高価な品々を受け取るわけには参りません。キャサリン、丁重にお断りしなさい」

「あら、どうして? せっかくわざわざイシル国から持参くださったのに・・・ははあ、さては、わたくしがルーク様に取られてしまうのではないかと、ご心配なのですね。わたくしがルーク様のところへ行ったら、お兄様とお馬さんごっこもできませんものね・・・」

「うわ、ば、馬鹿なことを言うんじゃない」

 ルーク国王の目が点になった。

「お・・・お馬さんごっこ・・・」

 それを見た祈祷師の婆さんが叫んだ。

「な、なんと破廉恥な姫様じゃ! 女性にまるで縁のないルーク様の前で『お兄様とお馬さんごっこ』などと、刺激的な言葉をこれみよがしに使うとは。ルーク様が変になったらどうするんじゃ」

 突然、ルーク国王が笑い出した。

「あーっはっはっ。キャサリンお嬢様のお馬さんの役目、このルークがいつでも引き受けますぞ、お馬さん、お馬さん、あーははは」

「ほれ見なされ、ルーク陛下の頭が、おかしくなったではないか」

「あーはははは・・・。ちがうわ、このクソばばあ。お前のおかしな占いにつきあわされて一日中笑っているおかげで、頭がおかしくなったんだ」

 わけのわからない占いのせいで、ルーク国王もストレスが溜まっているのだろう。しかし次回ルーク国王に会った際には、どんな奇行がみられるのか楽しみではある。それはそうと、俺は本来の会談の目的である今後の方針について話すことにした。

「ルーク国王、同盟国のネムル国に関する情報は何かありますか?」

「極めて悪い状況です。ネムル国に侵攻したエニマ国軍ですが、アルカナ国がジャビ帝国軍に対処している間にも着々と占領地を広げ、現在はネムル国の王都を包囲しているらしいのです。陥落するのも時間の問題だと思われます。近いうちにネムル国は降伏してエニマ国に併合されるでしょう」

「なるほど、となれば交渉によってエニマ国を降伏に追い込むことはかなり難しい情勢と言えますね。エニマ国は、併合したネムル国の兵力を吸収したのち、軍隊を整えて我々に攻撃をかけてくるのではないでしょうか」

「となれば、早急に防御を固めなければなりませんね」

 俺はテーブルの上の地図を指差しながら言った。

「おそらくエニマ国は、真っ先にアルカナ川の水門を奪いに来るはずです。なぜなら、我が国の食糧生産を始めとする多くの産業は、水門から引き込んだアルカナ川の水に依存しているからです。ここが我が国の急所と言えます。しかも同時にエニマ国にとっても急所です。我が国がアルカナ川の水門を完全に開けてしまえばエニマ川の水量が激減し、エニマ川下流域の穀倉地帯がダメージを受けるからです」

「なるほど、何よりもまず、アルカナ川の水門での攻防になると」

「そうです。我々としては水門の周辺に強固な陣地を構築し、そこにエニマ国軍を引き付けておきます。その間にイシル国も弱点の防御を固めていただきたいと思います」

「うむ承知した。我々もネムル国との国境の守りを強化しておく」

 ルーク国王との会談が終了してから数週間後、ネムル国はエニマ国に降伏した。

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