戦争を行うには莫大な費用が必要となる。戦費をどのように調達するか?エニマ国もアルカナ国も、その問題に直面していた。

 ここはエニマ国、マルコムの王城である。王の執務室では、国王マルコムとエニマ国の財務大臣が話し合っていた。マルコムが言った。

「私は戦費を金貸しから借りたいと考えている。増税すれば国民の士気を下げることにもなりかねない。我が国には、まだ、おカネを借りるだけの余地はあるだろう」

「いいえ閣下、おカネを借りることはやめましょう。確かに今のエニマ国の国力であれば、金貸しからおカネを借りる余力はあるでしょう。しかし、借りたおカネは、いずれ必ず返さなければなりません。軍事費が足りないからと言ってカネを借りれば、それは将来の世代へのツケとなるのです。将来の世代にツケを回して、それで戦争に勝てたとしても、それが本当に勝ったと言えるのでしょうか」

「うむ、それは一理あるな。では、新しく金貨や銀貨を発行してはどうか?」

「いいえ閣下、金(ゴールド)も銀も、在庫がほとんどありません。余剰な金銀は、戦費調達のためにすでに使い切っています。金銀が無ければ、おカネは作れません」

「それは厳しいな」

「そうです、厳しいのです。ですが、その厳しさを我が国の国民たちにも十分に理解させる必要があります。国民を甘やかせてはいけません。おカネが足りないなら、税金を上げて税収を増やすことが正しい方法です。軍事費を増加するには、そのぶんだけ国民に負担してもらわねばならないのです」

「しかし、国民の支持率が下がってしまうではないか」

「国民を甘やかせてはいけません。国家の財政はすべて国民から徴収する税金で賄わねばなりません。財源が足りなければ増税するのが当たり前。それをしっかりと国民に知らしめる、それが責任ある王国政府のやりかたです」

「わかった、お前に任せよう。ところで、アルカナ国は、どうやって軍事費を調達しているか知っているか?」

「スパイの報告によれば、アルカナ国の政府は借金をどんどん増やしているとのことです」

「なんと愚かな」

 マルコムが笑う。

「アルカナは借金が返せなくなって財政破綻するに違いない。借りたカネは返さなければならないのだからな」

ーーーーーー

 一方、ここはアルカナ国である。俺は執務室に財務大臣のヘンリーを呼び、戦費の調達について指示を出した。

「エニマ国との戦争に備えて、食料や武器の備蓄をすすめたい。王立銀行からの借り入れを増やしてくれ」

「お言葉ですが陛下、王立銀行からの借金をこれ以上借金を増やしますと、おカネを返せなくなって財政破綻します。どうか増税をご検討ください」

「ヘンリーの気持ちもわかるが、その考え方は間違いだ。なぜなら、そういう問題を解決するために、私はアルカナ王国に王立銀行という仕組みを作ったからだ。王国政府が王立銀行から借りたおカネは返す必要がない」

「おカネを返す必要がないとは、狂っています」

「いやいや、王立銀行だからこそ、おカネを返す必要はないのだ。このことは以前にも説明したはずだ。

 もし民間の金貸し業者からおカネを借りたのであれば、必ず返さなければならない。返さなければ金貸し業者は大損するからだ。困ることになるだろう。

 一方、王立銀行は『信用創造』という方法で新たにおカネを発行し、王国政府に貸している。王立銀行も王国政府も、どちらもアルカナ国だ。だから自分がおカネを発行して自分に貸しているのと同じだ。実質的に貸し借りの関係はない。アルカナ国として見た場合、単におカネを発行することに過ぎないのだ」

「しかし、王立銀行の貸したおカネが戻らなければ、王立銀行が損をするのではないですか」

「いや、損はしない。銀行券を印刷して王国政府に貸しているだけだから、何も損をしないのだ。もちろん厳密に言えば紙幣の印刷代金は損するだろうが、それは『通貨の発行費用』だ。どんなおカネも、発行するためには費用がかかる。例えば金貨を鋳造するにも鋳造費用がかかる。それと同じだ」

「それでは、どれだけ王立銀行から借金を増やしても、陛下は何の問題も起きないとおっしゃるのですか?」

「そうではない。王立銀行がおカネを発行して王国政府に貸し、それを政府が軍事費などとして財政支出すれば、結果として世の中のおカネの量が増加する。世の中のおカネが増えると、物価の上昇を引き起こすことが考えられる。これをインフレというのだ」

「それはそうです。おかねを増やせば、おカネの価値が毀損(きそん)するからです。おカネの価値が水増しされて減るから、物価が上がるのです」

「いや、それはまったく考え方が間違っている。インフレになる理由は、おカネの価値が毀損(きそん)するからではなく、みんなが商品をたくさん買うからだ。

 王国政府がたくさんおカネを使えば、そのおカネはアルカナの人々に支払われることになり、人々の持つおカネの量が増える。すると、おカネを持った人々は、そのおカネを使ってより多くの買い物をするようになるだろう。その結果、市場では商品が足りなくなって、より高い値段でも売れるようになる。だから商人は価格を釣り上げ、値段が高くなるのだ。決しておカネの価値が下がったからではない。

 仮にどれほどおカネを発行しても、市場で商品の売れる量が増えなければインフレは生じない。あくまでも商品が売れすぎることでインフレが生じるのだ。

 従って、あまり多くのおカネを王立銀行から借りると、世の中のおカネの量が増えすぎて商品が売れすぎ、インフレになる。それを防ぐためには、市場価格を注意深く観察し、借りるおカネの量を加減すれば良いのだ」

「ううむ・・・しかし、これはルールの問題です。そもそも、国の財政は税収の範囲で行わなければならないと昔から決められています。国家の運営におカネが必要なら、税金で集めるのが古くからのならわしです。借金はしない、それが守るべきルールです」

「それも間違いだ。古くにそんなルールはない。昔の政府は税収だけではなく、金貨を鋳造することで財源としていた。アルカナ王国も金があれば金貨を鋳造して財源にする。金がないから銀行券を発行しているのだ。おカネを発行して財源とすることは、むしろ古くからのならわしだ。

 しかも、ルールとは時代によって、その時の状況によって変わるべきものだ。現在のルールに盲目的に従うだけでは、やがて新しい時代に適合できなくなる。状況に合わせて柔軟にルールを変えてきた国家だけが生き残る。ルールを決めて盲目的に従ったところで、結果が出る保証はないのだ。

 ちなみに、私が夢で体験してきた世界では、政府の財政支出で生じた物価上昇を『インフレ税』と呼んでいた。政府が税金を課さなくとも、物価が上昇することで実質的に国民負担となることから、インフレ『税』と呼んだわけだ。そういう見地からすれば、通貨発行は税とも言えるぞ」

「いいえ、税金は国民から直接取り立てなければ駄目です。国民を甘やかせてはいけません。税は政府に対する服従の証です。誰が誰を支配しているのか、国民に思い知らせるべきです」

「いや、その必要はない。税金は支配の道具ではない。

 そもそも増税すれば、ろくなことにならない。増税は脱税を助長する。税金が少ないうちは国民も黙って払うだろう。しかし税金を上げれば多くの国民が税金を逃れようと考えるだろう。あの手この手で脱税するようになり、国民の納税モラルが低下する。

 また、金持ちの中には徴税官に賄賂を渡して税金を逃れようとするものも現れ、王国政府に腐敗が蔓延する。

 また、重税を嫌って金持ちが国外へ逃げ出すこともある。そうした連中はさまざまな事業を行っている場合が多いので、事業を担う連中まで国外へ逃げてしまうことになる。そうなれば、アルカナの産業に悪影響が出るだろう。

 それに、重税は国民のやる気を損なうものだ。懸命に働いて得たおカネの大部分を税金として王国政府に取られてしまうなら、働く気を無くしてしまうだろう。これでは産業は活気づかない。仮に物価が上昇したとしても、自分で稼いだおカネの大部分が自分の所得になるなら、もっと多くのおカネを稼ごうとして働き続けるだろう

 アルカナ王国は必要な時に必要なだけおカネを発行できる。その特権を自ら放棄するとは、愚かな判断だ」

「左様ですか・・・アルカナ国の国王は陛下ですので、私の考えがどうであろうと、陛下のご命令には従います。せいぜい、破綻しないことを祈っております」

「ああ、よろしく頼む」

 ヘンリーは、まったく納得していないようだ。不機嫌そうに部屋から出ていった。まあ、仕方がないことだ。それまで自分が信じていたことを変えることは、本当に難しいからだ。

 国家財政の財源をどのように確保すべきか。古代より方法は二つある。一つは税収、もう一つは通貨発行である。国家は税収と通貨発行の両方を財源としてきたのである。ローマ帝国も、江戸幕府もそうだった。

 しかし、銀行が発明される以前の世界では、通貨発行を財源にすることには大きな制約があった。銀行が発明される以前の世界では、おカネは金や銀のような貴金属を鋳造して作られていたからだ。そこで、その制約を克服するために、俺はこの世界で銀行を作った。銀行の仕組みである『信用創造』を利用すれば、金や銀とは無関係に、おカネを自由に作り出すことができるからだ。

 中世以降、銀行制度は経済を飛躍的に発展させてきた。なぜなら、銀行の仕組みを利用すれば、金や銀とは無関係に、信用創造によっておカネをどんどん発行することができたからだ。これによって世界貿易の拡大や産業の急速な発展に伴う通貨需要に柔軟に対応することができたのである。これを利用しない手はない。

 ただし、通貨発行を財源とした場合、やりすぎると物価高、すなわちインフレを招くことが問題となる。このインフレがあまりに酷くなると、社会に悪影響を及ぼすようになる。

 だから、通貨発行によって市場での需要が増えすぎ、財の生産が追いつかなくなるとまずい。逆に言えば、財の生産が追いつく限り、おカネは増やしてもまったく問題ないことになる。ということは、本当に重要なのは、おカネではなく『国家の生産能力』だ。おカネは経済を動かすための道具に過ぎない。おカネは、それだけでは何の役にも立たないものだ。

 経済を拡大するには国家の生産能力をいかにして高めるかが重要になる。生産とは人間の行う活動であり、人間が働けば働くほど生産能力は向上する。つまり「いかにして人々に働いてもらうか」が鍵になる。しかし強制労働ではだめだ。長続きしないし不幸を生むだけだ。それではまるでジャビ帝国と同じではないか。

 そうではなく、ウマの鼻先にニンジンをぶら下げるようにして、人々を誘導するほうがいい。そのニンジンに当たるのが「おカネ」だ。人間はおカネの魅力に弱い。おカネが欲しくて一生懸命に働く。そして人々が働けば働くほど、より多くのモノやサービスが生み出される。技術開発がすすみ、設備も作られる。そして生産能力が高まるのだ。使い方さえ正しければ、おカネは成長の呼び水になる。だからこそ、おカネは経済を動かす道具なのだ。

 新たに発行されたおカネには、価値の裏付けが何もない。だが、そのおカネを求めて多くの人が働けばモノやサービスが生み出され、それがおカネの価値の裏付けとなる。 

 問題はインフレだ。中世時代は、現代のように技術も生産設備も十分に発達していない。ほとんど人海戦術の世界だ。だから、通貨を発行すればインフレを招きやすい。だが、エニマ国との戦争に負けるわけにはいかない。

 その昔、アメリカの南北戦争において、時の大統領リンカーンが戦費を調達するために膨大なおカネを発行し、戦争に勝ち、奴隷解放を成し遂げた。だが、大量に発行されたおカネのために、後にインフレを引き起こした。とはいえ、もしこのときリンカーンがインフレを恐れて通貨を発行せず、戦費の調達ができなかったとしたらどうだろうか?歴史は大きく変わっていただろう。ある意味で、通貨発行が新たな世界の扉を開いたのだ。

 中世時代はインフレになりやすい。供給力が低いからだ。だが、我がアルカナ国では、これまで生産活動をしてこなかった数千人のスラムの住人が生産活動に参加したことから、物を作り出す能力が大きくなった。灌漑や施肥で農業の生産性も高まって、農民の余剰労働力も生まれている。我が国では、おカネを増やすことの必然性が高まっているのである。