あの騒動から、六ヶ月が経過した。つまり、高校三年生はもう二ヶ月無いぐらいである。これまでも色々あった。弥生は物凄く勉強ができるため、僕はここ数ヵ月勉強を教えてもらっていた。これは真も一緒である。寧音は、あー、まぁなんとかなるだろう。アイはなぜか勉強会には参加しなかったが、うちの家で一緒に勉強することはあった。とはいってもアイは勉強道具を持たず、教えれるほどの頭も持っていないので一緒に考えていただけなのだが、アイツは本当に大丈夫なのだろうか。と、まあこんな感じで僕らは、それぞれの受験勉強に力を注いでいた。そんなある日のこと。
「真ちゃんは今日も先に帰ったの?」
下校中、アイが僕に話しかけた。
「ああ。ってか、まだ学校行ってるやつの方が少ないと思うぞ。」
この時期になると、大抵の人達は受験勉強のために学校に来なくなる。それでもまだ、僕が学校に行ってるのは余裕があるわけではなく、下校中のこの時間を削りたくなかったからだ。僕の答えにたいしてアイは、そっか、とだけ言った。
「アイの学校はどうなんだ?やっぱり来てないやつが多いのか?」
「そうだね。確かにそうかもしれないなぁ。そういえば、陽音くんは私のことどう思ってるの?」
「へ?な、なに言ってんだ!?」
僕はアイの唐突な、本当に唐突な発言に耳を疑った。
「ぼ、僕は別に、と、友達と、思ってるが!?」
耳を真っ赤にしながら大慌てで答えた。するとアイは僕の方へ近寄り、
「ふーん。友達と思ってる人に対して、はたしてそんなに慌てるのかな~?」
「べ、別に慌ててなんかねぇよ!?」
アイは、どうだか。といって肩をすくめた。一体なんで急にこんな攻めた発言をしたのかと、疑問を抱く僕に、アイは更なる大爆弾を投下した。
「私は、友達となんて思ってないけどな、、、」
そう言ってうつむいたのだ。
確定演出!?まさか、いや、そのまさかなのか!?
誰がどう見ても意識してますアピールである。そして、考えがまとまらずあたふたしている僕に対して、アイは更に、
「私から言うべき、かな。聞いたが最後だと思うけど、、」
そう言って僕の腕をつかんだのだ。
確定演出だ…。間違いない。これで違ったら僕は女性不信になるぞ。しかしこういう時は、やはり僕から言うべきなのだろう。
そう思い、僕は掴まれていない右の手で自分の胸を叩き、決意を固めた。すまない真。僕は先に行くぞ。
「分かった。僕から言うべきなんだろうな。」
深く吸って、吐いて、吸って、吐いて。なかなか言い出せないため、深呼吸を何度もして、それから、僕は、口を、開いた。
「会ったときからっ!好きだった!アイのことがっ!」
一世一代の告白。そして、必ず上手く行く告白。
アイのだしたグッドサインに気を取られ、その笑顔に、脱ぐ得きれない儚さがあったことに、僕は気づいていなかった。

こうして僕らは、彼氏彼女の関係、つまりはカップルになったのだ!家で軽く、いやかなり激しく躍り狂ったぐらいである。僕の嬉しさが言葉では言い表せないものなのは、分かることだろう。
しっかし、あれだな!告白はする方が気分がいいぞ!受け入れられた時の嬉しさは言い表せれん!
受験勉強もよりはかどるし、土日は毎日会うようになった。完璧なマイLife!素晴らしい!
とにかく素晴らしいこの日々に、僕は見ての通り、完全に酔いしれていた。そんな日々が何日も続き、受験勉強も豪語していたわけではなく、本当に捗っていた。何でもできる。そんな気がしていたのである。そしてそれは、受験当日も同じだった。試験も順調に進み、面接は自信を持って臨めた。この湧き出る自信は、認められたと感じたからなのか、いや、なにか違う気がする。だが、自分に自信を持てたのは確かであり、面接も好調だったのだろう。そして、
「おっしゃああぁぁぁぁぁ!」
自室で一人、携帯を片手に僕は叫んでいた。理由は簡単である。僕の携帯の画面。そこに写っていたのは、合格通知だったからである。
「キタァァァァァァ!セーフ!ギリギリセーフ!」
因みになんでこんなにセーフセーフ言ってるかというと、第一志望は落ちていたためである。今来た合格通知は第二志望の物なのだ。だからこそ、セーフなのだった。
更に因みに情報だが、受験結果は以下の通りである。
僕 第二志望合格。
真 第一志望合格。(僕の第二志望校)
寧音 公立合格。つまり、第一志望合格。
弥生 不明。
寧音が合格したことに驚きである。弥生の教え方がよっぽどよかったのか、それとも隠された才能があったのか。いや、後者は無いな。弥生が不明なのは、僕がどこ受かったかなんて聞きたくないから聞いてないためである。東大。なんて聞いた日には、自分が虚しく見えて仕方ないからだ。
そして、
「アイはどうだったんだ?受験。」
「一応ね。」
「どういう意味だ?一応、受かったのか?」
答えの意味が分からず、聞き返す僕を見て、アイは黙ってしまった。もしや、落ちたのだろうか。それならば掘り下げてはならない内容である。しかしそれは、友達なら、の話だ。僕には聞いてあげなければならない義務があるだろうから。
「別に受からなかったんならそう言ってくれ。そんときゃ僕も、」
「駄目に決まってるでしょ!」
僕が言いきるより早く、アイはそう叫んだ。驚く僕をみて、アイはすぐに申し訳なさそうな顔をした。
「あ、ごめんね?じょ、冗談だよ。冗談。受かりました!当たり前でしょ!まぁ、第一希望じゃなかったんだけどね。」
「そ、それならいいけど。」
「あ、ゴメン、私今日早いから!また明日!」
それだけ言って、走り去っていくアイを見て、僕は何か不吉なものを感じずにはいられなかった。まさか本当に落ちてしまったのか、と考えたりもしたが、結局はアイの大丈夫を信じるしかないのだった。

とかなんとか言いながら、その後特に不穏なことはなく、遂には卒業式当日になった。なぜか知らないが、僕らの高校は卒業式がちょっと遅い。それゆえに桜が咲き始めようかとしている日だった。卒業式は順調に進み、校歌を歌って終了した。肩の荷が下りた僕は、アイと一緒に帰ろうと、いつもの場所で待っていたのだが、
「こねぇな。あれ?今日帰りが早いって伝えなかったっけ。」
アイは一向に姿を見せそうにない。用事があるとも思えないので心配していると、
プルルルルルル、
携帯がなった。一瞬アイかと思ったが、連絡先を交換していない、というかアイが持っていないそうなのでそれはあり得ない。誰がかけてきたのかと僕は通話相手の名前を確認した。そこにでていた名前は、
「もしもし、陽音くん?」
「どうした、真?」
真であった。最近あまり通話していなかったので珍しいことである。
「いや、ちょっと話があってな。」
しかしもっと珍しいのは、真が久しぶりに緊迫した声だったことである。
「どうした!?また林が、」
「違うねん。一つだけ、ずっと言えんかったことがあって、」
緊迫感を感じる真の声は、震えていた。まるで、言ってはならないことを言おうとしているように。
「な、なんだよ?」
僕は、僕自身の声も震えていることに気づいていなかった。僕は、真が言う言葉を、聞いてはならないこと、でも聞かなければならないことを、知らなかった。
「あのな、えっと、」
僕は、真がその震える声で、その一言でもって、僕の心を、
「僕には、アイちゃんなんて見えんねん。」
打ち砕くことを知らなかった。
「な、何いってんだ?あんだけ一緒にいただろ?」
真の言ったことの意味が理解できず、僕は問いかける。
「だからな、そんなこと今まで一度もなかったんや。僕には、アイちゃんのことが、見え」
「何言ってんだよ!?あんだけ!一緒に過ごしてきたじゃねえかよ!そ、そうだよ。弥生と会ったときだって、」
「そうや。弥生さんと会ったときも、陽音くんは一人やった。」
「っ!さっきから、いい加減にしろよ!?エイプリルフールでも許されねえぞ!」
僕の罵声も叫び声も、虚しい、いいわけにしかならない。
「ごめんな。でも、分かっとるはずや。陽音くん全部、買ったもん家に持ってかえっ取ったんやから。一人でご飯食べてたはずやから。一人で電車に乗ったはずやから。一人で、」
「うるせぇ!そんな馬鹿げた話があってたまるか!なぁ、そうだろ!違うって、言ってくれよ、、、」
真の言うことは、何もかも、僕は知らないことだった。でも、これまでの全てが、真の言うことを、肯定していた。
「すまん、」
そう言って、真は電話を切った。残された僕は、「一人」だ。今までも、そうだったのだろうか。いや、違うはずだ。そうでないとおかしいだろ。説明のつかないことの方が多いじゃないか。
「そうだよ。アイに、会って話せばいいじゃねえか。」
それだけだろ。そう言って、僕はおぼつかない足取りで、そとにでた。いつもの、下校時の場所へ、行かなければ、行かなければと、呪文のように呟いて。
「陽音くん。」
「あ?」
かけられた声は、僕に希望を与えた。
「陽音くん。どうしたの?って言ったって、もう遅いか。」
だってそれは、間違えるわけがない、アイの声だったから。
「は、はは。ほら見ろ。ちゃんといるじゃねえか。いつも通りのアイだ。そうだろ、そうだよ。」
「陽音くん。落ち着いて。」
アイの声は、「僕」を肯定し、「私」を否定した。
「落ち着いてるさ。大丈夫だよ。それよりさ、真が変なこと言い出してよ。お前が、見えないって。アイツ頭おかしいよな。だって、こうして、アイはここにいるってのに。」
「そうだよ。私はずっと、「ここ」にいる。陽音くんの「ここ」に。」
「な、何訳わかんねえこと言ってんだ?アイまでそんなこと言い出すのかよ。今日はエイプリルフールじゃないぞ?」
僕の必死の弁明は、アイには届かない。まるで、そこにいないように。
「聞いて、陽音くん。」
ただ、アイは僕にそういった。聞いて、と。
「だから、何いってんのかわかんねえって言ってんだろ!」
「聞いて!お願い。時間がないの。」
「っ!お前はっ!人だろ!?れっきとした、形ある人間だろ!?そうじゃねえかよ!」
僕は嗚咽のたまった声で、半ば呻きながら懇願する。そうだ、と言ってくれと。
「私はっ!人間じゃないのっ!お願いだから話を聞いてよ!」
しかしそれを、アイは肯定しない。目に、涙を浮かべながら、自分を否定することになっても。
「そんな、二流小説みたいなことがあってたまるかよ!じゃあ、なんだよ!お前は、幽霊かなんかなのかよ!」
「私はっ、私はっ、私は、君だよ!陽音くん、君なんだよ、、、」
「は?」
何を言っているのか理解できず、僕の思考は固まった。私は、君だ?何を言ってるんだ。アイは?
「私はっ、陽音くんの別の心なの!裏の、部分なの!」
「何言って、」
僕が言うより早く、アイは僕の身体に抱きついた。その感触が、肌に伝わることはなく、ただ、悲しさだけが伝わって。
「聞いて。私はね、君に好かれるために生まれてきたの。君が嫌いな君を、好きになってもらうために生まれてきたんだよ。君が自分を、愛せるように。」
僕が、自分を愛する。だから、「アイ」。「私」と、「愛」の、「アイ」。なら、それなら、僕が最初に話しかけたときから、アイは、自分のするべきことを、それでどうなるかを、わかって…
「別人格の目的は、主人格を守ることにあるの。でも、私は違った。君に、好きになってもらうための「アイ」だった。私はね、自分のことが、君のことが、大好きなんだ。自分を好きでいられるって、最高じゃん?君が、私を、自分を好きになってくれるならって、頑張ってたんだ。」
そこで、「アイ」は一呼吸おいてから、目に涙を浮かべていった。
「でもね、駄目だったよ。私は自分が、君のことが好きだって思う度に、消えたくないって、思ったんだよ。君と、ずっと、「二人」でいたいって、思うように、なっちゃったんだよ。消えたく、ないよ。」
好きな人ができたら、それは、その人との、さよならのカウントダウンのスタート。皆そうだ。でも、「アイ」は違う。「アイ」は好きな人を、嫌いになれず、好きなままだと、すぐにさよなら。だって、「アイ」が好きなら、僕も好きなのだから。役目を果たした物が朽ちていくように、いや、役目を失ったものが捨てられるように、僕を好きな限り、嫌いになれないのに、嫌いにならない限り、消えていく。ずっと、ずっと、悩まされてきたはずだ。それなのに僕は、もっとも身近な「自分」を無下にした。僕に「アイ」と名乗ったとき、アイはどんな気持ちだったのだろう。
「そんなのっ、そんなのって、ないだろっ!あの世で待ってても言えないじゃないか!」
「私だって、消えたくないってさっきから言ってるでしょ!でも、陽音くんが、好きになってくれたから、私は消えれるんだよ!?それにね、元々一つだったものが、ずっと二つでいられるわけないじゃん、」
だから、とアイは言った。
「陽音くんが、見せてよ。私のしたかったこと。できなかったこと。「“I”」が、望むことを。ずっと、見てるから。」
そういって、「アイ」は消えた。まるで最初から、僕だけだったみたいに。僕がずっと「一人」だったみたいに。別に唐突に消えたんじゃない。実際に、僕は気づけば自分のベッドの上で寝ていた。お母さんが言うには、そとで倒れていたのをお父さんと運んだらしい。体温計は、「一人」になっても、変わらず三十八度五分を指していた。風邪、らしい。僕はその夜、「一人」で泣いた。アイの涙も、僕の涙も、全部出しきって。

あの日から、十年たろうか。僕は今年で二十八になる。アイはまだ、僕のことを見てくれているだろうか。僕は今日、結婚する。婿入りするのだ。それも、あの神家に。察しのいい人ならお気づきかもしれないが、そうだ。寧音と結婚するのだ。付き合い出したのは三年前。仕事でたまたま、寧音と再会した。そこからは、まぁ、これは語ると長くなるから止めておこう。寧音にも怒られそうだし。
「新郎様。新婦様がお見えです。」
控え室の僕に、スタッフの人が声をかけた。
「あ、はい。どうぞ。」
僕がそういうと、ドアを空け、ドレスを纏った寧音が入ってきた。その容姿は、十年前と変わらず幼げな顔だが、ドレスのお陰で可愛さに拍車がかかっていた。
「ど、どうですか?」
気恥ずかしいのか、寧音は顔を赤らめ、感想を求めてくる。その姿がまた、可愛いいのだが今は置いておこう。
「馬子にも衣装だな。」
「なっ、わ、私は馬の子ではありません!」
「じゃあ、馬の娘?」
「スゴイ!馬子にも衣装が褒め言葉になってる!」
こんなやり取りも、何度やって来たことか。しかし意外と飽きないもんだな。
「ま、それぐらい美しいってことですよね!?」
「そうだな。ドレスでより可愛さに拍車がかかったと言うか、」
僕が素直な感想をのべると、
「か、可愛くありません!私はオトナの女なんですよ!」
大抵こうなる。寧音は自分の可愛らしい容姿を気にしており、美しいと思われたいそうなのだが、
「そうか。じゃあオトナの女。今夜空いてるよな?」
「そっ、それは、べ、ベベベ別の話しと言うか、なんといいますか、」
とたんに顔を赤らめ俯いてしまった。こういうところを直さない限り、可愛いは脱却できないだろう。もちろん、僕としてはこのままでいてほしいのだけど。
「ほい。オトナの女。コーヒーはもちろんブラックでいいよな。」
そういってあらかじめ買っておいたコーヒーを二缶取り出して、僕はブラックの方を寧音に渡した。
「当たり前ですよ!こ、こうやってクールにですね、あちゅっ!にぎゃっ!」
「クール要素ゼロじゃねえか!」
「う~。あれ?あのー、陽音さんが飲んでる、それって、」
「アイスカフェオレ。」
「私の十八番っ!」
こうして結局、いつもと同じものを飲むことになったのだが、まぁこんな感じでやること一つ一つに可愛いが詰まっているのだ。このやり取りを脇で見ていたスタッフさんたちが、ホントにお似合いですね。と言ってくれた。自分を大事にしている僕にとっては、少し罪悪感を覚える言葉だった。
「そろそろですので、こちらの方へお願いします。」
スタッフさんにつれられて僕と寧音は入場準備をした。そして、
「新郎新婦の、入場です!」
の、声をきっかけに、扉が開き僕らは歩き出した。客席にはものすごい泣いてる真、来てるとは思ってなかった弥生を始め、様々な人が来てくれていた。そんな中を歩いて、僕らは神父の前にたった。
「新郎陽音さん。あなたはここにいる寧音さんを、病めるときも健やかなるときも、富るときも、貧しいときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
神父の言葉は、問いかけるようで、それでいて祝福するように聞こえた。
「はい。誓います。」
僕が答え、そして、寧音も、
「では、新婦寧音さん。あなたはここにいる陽音さんを病めるときも健やかなるときも、富るときも、貧しいときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
練習通りに、
「は、はい!誓いまひゅ、ち、誓います!」
思いっきり噛んだ。うん。練習通りだ。こうして、いつも通りの結婚式は始まり、え?誓いのキス?見せられるわけねえだろ!まぁ、とにかく無事に結婚式は始まったのだった。それから、食べたり、飲んだり、食べたり、しゃべったりと、とにかく口を動かし続けた。そして、式の内容が終わり、その夜。
「寝てる。寝てる寝てる寝てる、寝てるぞ!?」
寧音は、疲労がたまっていたのか、爆睡していた。
「ウソだろ!ほんとに何にもせず寝やがった!」
しっかしこいつ、こういうところが可愛くもあり、憎らしくもあるよな。
と、そんなことを思いながら、僕は諦めて椅子に座って、「一人」のことを考えた。夜、毎日思い出すのが僕の日課である。しかしこの日僕は、
「いつか、「皆」に、「一人」を知ってもらうのも、良いかもしれないな。」
寧音の寝顔を見て、そう思ったのだった。