アリアさんの店を離れたあとも、僕はお使いのために走り回っていた。二店舗目は普通の電気屋だったが、彼女の言ったことを復唱しただけで地下へ案内され、部品を売ってくれた。店の倉庫などてはなく、なぜ地下室なのかと言うと、店主さんいわく、「地下室ってカッケエだろ!」とのことだった。かっこよさのためにそこまでするのかと聞くと、「カッコいいや可愛い抜きにして、俺は生きれるほど強くねぇのさ。」と言っていた。後から気づいたが、僕があった人は皆、何かに夢中だった。ここの店主はかっこよさに、アリアさんは機械や家族に、悪く言えば依存していた。それがなくては生きれないとでも言わんばかりに。
三店舗目はおじいさんがやっている、町外れの古物商だった。町外れと言ってももちろん大都会の町外れなので、ちょっと活気が減ったぐらいの物なのだが、町外れは町外れである。そのおじいさんは、彼女のことを孫のように可愛がっているらしく、僕にも彼女のよい部分を教えてくれた。
賢くって、かわいくって、素直で、優しくて、正直者。おじいさんの言う彼女は、僕の知る彼女とはまったく違った。それこそ三つ目の良いところぐらいからは多分知らない人だ。そして、最後の店は、
「ここか、」
僕は、目の前にそびえ立つマンションを前にして、そう呟いた。しかし、
「いや、ここなのか!?普通にマンションなんだが、」
僕がそう叫んでしまうのも無理もない。なぜなら、個人営業のマンションですらない、本当に普通のマンションだからだ。ついでに言えばタワマンである。正直にいって大量の工具が入った袋をもって入るのが億劫になるほど、なんか悪いことしてる気分になった。当然のように警備員が立っており、誰もが経験したことがある、警察の前を通るとき悪いことしてないのに何故かビクビクしてしまう現象が引き起こされた。
「すいません、九階の佐藤さんに繋いでほしいんですけど…」
「はい。佐藤さまですね。少々お待ちください。」
僕が待つこと十分、二十分、三十分、etc…
なるほど、こういうことか。僕は立ち上がると、受付の方へ歩いていき、
「すいませんお客様、もう少々お待ちください。」
「古代到来。」
「はい?いま、なんと、」
「古代到来。そう伝えてください。」
「え?わ、分かりました。」
僕に言われた通りに、受付の人は佐藤さんに伝えたようだった。すると、
「すみませんお客様。いや、あのお嬢さんの知り合いとは思わなかったものですから。あ、どうぞお上がりください。」
こうして、僕はエレベーターに乗って上の階へ進むことになった。彼女から送られてきたメールには、
「どうせあの人はでてこないと思うので~、三十分待ってもダメなら「古代到来」って、受付の人に言ってください~。」
と、かかれてあった。受付の人の反応を見るに、彼女はよく来ていたらしく、さらに、佐藤さんという人はかなりいい加減な人のようだった。ついでに言えば、二人ともかなりのカッコつけである。だって合言葉用意してんだよ?中学二年生かよ。
そんなことを考えているうちに九階につき、僕は指定された部屋を訪ねた。チャイムを鳴らし、数秒待ち、数十秒待ち、またチャイムを鳴らし、さらに数十秒待ち、
ガチャ
勘違いしないでほしいが、ドアが空いたのではない。僕が待ちきれなくてドアノブを回した音だ!
ガチャガチャガチャガチャガチャ
………。
ガチャガチャ、ドンドンドンドンドン
これは、僕がドアを叩き始めた音。
ピンポーン、ガチャガチャ、ドンドン、ピンポーン、ピンポーン、ガチャ、ドンドン
これは、僕が遊び出した音。
ガチャ、
これは、ドアノブを回した音。あれ?
僕が驚いた理由は、僕がドンドンしてるときにドアノブが回ったためである。つまり、
「俺がドアを空けた音だ。」
「うわっ!」
僕の思考回路を読んだかのような発言をしながら、ドアの反対側から四十代くらいの男性が現れた。背は高く、スラッとした体型だが髪はボサボサで服はだらしなく、残念なイケメンがオジサン化したといったところだろうか。
「露骨に驚くな。立ち話もなんだ。とりあえず入れ。」
そういって手を引かれ、入った室内は、
「キレイだ、、、」
整頓された本棚。シンプルながらも片付き、整頓されたキッチン。ソファの前には木の台に乗ったテレビか置かれ柔らかさ感じる新築のような雰囲気だった。
「なんだお前、汚いとでも思ってたのか。」
「い、いやそういうわけでは、」
「まあどっちでもいい。とりあえず座れ。」
僕は一礼してからテーブルの椅子に席をついた。
「それで、アイツの知り合いのようだが、なにしに来たんだ。」
その質問をされて、僕は返答に困った。なぜなら最後のお使いは、何をすればいいのか明確な記載がなかったからだ。
「まあ、その袋から察するにお使いでも頼まれたんだろ。」
「は、はい。そうです。でも、ここだけ何を買うのかとか貰うのかとか言われてなくって、」
すると、佐藤さんは僕のことを鼻で笑ってからこう言った。
「何もねえよ。」
「え?」
「言葉通りだ。アイツにやるもんはねえ。意地悪で言ってんじゃねえよ。本当に、頼まれてるものなんて無いんだ。」
「え?じゃ、じゃあ何で、」
困惑する僕を前に、佐藤さんは少し考えた素振りを見せて、それからこう言った。
「お前、アイツのことどのくらい知ってんだ。」
「それが、何にも知らなくって、今日知り合ったばっかりなんですけど、」
それから、僕は今日の出来事を佐藤さんに話した。
「はっ!うまいこと使われたな!しっかし、ホントになにも知らねえんだな。ま、だからこそココに寄越したのか。」
仕方ねぇ、と言って佐藤さんは僕の方を向き直した。
「まず自己紹介からだ。俺は佐藤日向。職業はフリーライター。形式上、アイツの父親だ。」
「ち、父親なんですか!?」
「あ?そうだよ。そうは言っても、一昨年離婚して一人暮らしだけどな。」
「り、離婚したんですか!?」
情報のマシンガンを僕の脳が処理しきれなくなっていく。
「いちいちリアクションがでかいんだよ。今時離婚なんて珍しい訳じゃないだろ。まぁ、それはさておき。離婚したあと「どっちにもつきたくない」ってんで今は三人バラバラ。アイツの家は、俺が貸してる感じだ。ここまではいいか?」
「あの、なんで離婚したんですか。」
「簡単に言えば、浮気してたと勘違いされた。そうだ、と信じたら頑なになるやつだったもんでな。俺も娘にこれ以上迷惑かけれないと思ったから離婚した。」
「分かりました。」
納得のできない部分もありながら、僕は話を飲み込んだ。
「二つ目、お前も一番気になっているであろうアイツが何なのか。についてだ。」
佐藤さんの言う通り、僕が一番気になっているのは、彼女、やっちゃんや、魔術師と呼ばれる彼女は一体何をしているのかだった。
「一言で言えば天才だ。しかし、いわく付きでもある。」
「いわくつき?」
「ああ。お前、一卵双生児って知ってるか。」
一卵双生児。双子のことである。話の流れ的には彼女は双子ということになる。しかし、
「さっき、離婚して三人バラバラになったって言いましたのよね。」
「話の分かるやつだ。嫌いじゃない。言ったろう?いわくつき、だと。」
「それって、」
僕の頭に浮かぶ最悪の考えを見透かしたかのように佐藤さんは言い放った。
「そう。一人は生まれてすぐに死んでしまった。だからこその、いわく付きだ。意味は、分かるだろ。」
察してくれと、言わんばかりの表情で佐藤さんは語った。
ここまでの佐藤さんを見て、冷たい人のように感じたが、その心は、確かに娘を思う父親の物だったようだ。良く言えば、仕方がないと割り切って残った娘のことを考えていると言えるが、悪く言えば、冷たく、諦めているとも言える。だが、娘である彼女にとっては、きっと事実を薄々気づいていたであろう彼女にとっては、自分に失ったもう一人の子供の影を見ることなどない父親の存在は少なからず、ありがたかったに違いない。片割れとしてでなく、娘として見てくれていたのだから。だがその割り切った性格が、離婚に繋がったのかと思うと悲しくもあった。彼女の母がどんな人なのかは知らないが、最終的に選ばない、という判断をしたのを見ると、悪い人では無かったのだろう。
僕がそんな風に、申し訳ないような、切ないような感傷に浸っていると、佐藤さんが口を開いた。
「この話は、アイツにはするなよ。まだ、言ってない。」
「まだ、ですか。」
「まだ、だ。妻は墓場まで持っていくつもりだろうが、いつか教えるべきだと俺は思う。」
その言葉を聞いて、僕は頷いた。きっとこの親子なら、問題なく、それこそ当然のように話せるだろうから。
「そろそろ帰らなくちゃいけないんじゃないのか。」
佐藤さんに言われ、僕が時計を見ると、時計は四時を回っていた。僕は急いで席を立ち、
「すいません。おじゃましました。」
とそれだけ言って玄関に向かったが、ふと、聞き忘れていたことに気づいて後ろを向いた。
「最後にいいですか?」
「なんだ。」
「娘さんの名前って、」
「おまっ!それも知らないのか!?」
佐藤さんはまったく、と、そういって頭をかいて、それから口を開いた。
「弥生。まだ、名字は佐藤だ。それとあのバカに伝えとけ。名前くらいは名乗っとけって。」
弥生。だから古代到来か。漫画家が考えそうなフレーズだな、と僕は思った。このときはまだ、その弥生という名前が、僕の人生に大きな影響を及ぼすと知らずに。
それから僕はお使いが終わったことを報告した。するとお礼のメールと共に、待ち合わせ場所を記載したメールが送られてきた。そのため、今はその待ち合わせ場所に向かっているところであった。
しかし、都会というのはあまりにも広く、あまりにも複雑だと思う。ビルがいくつも立ち並び、それによっていくつもの路地が重なりあい、織り成される。銀河系のなかを目的の星を目指して歩き回っている気分である。当然、彼女が、弥生が想定していた時間よりも大幅に時間がかかっていることだろう。案内されている僕がこれなのだから、アイはちゃんと家に帰れただろうか。弥生いわく今は話しかけても無視される期間、とのことなので深堀はしないが、それでも心配ではあった。次にあったとき、ちゃんと謝っておこうと僕が決意を固めた頃、ちょうど待ち合わせの場所まで脚は進んでいた。
「陽音く~ん。こっちですよ~。」
弥生の呼ぶ声がして、僕はそちらに向かい出した。
「こっちで~す。とりあえず中に入ってください~。」
弥生に言われるまま、僕は室内に案内された。そこはマンションの、とは言っても佐藤さんのものとはずいぶん違って、少しボロ臭いのだが、まぁとにかくマンションの中に通された。そのまま、弥生は、ここがどこなのかという僕の質問も遮り、エレベーターに乗せ、三階で下ろした。そして、
「はいどうぞ~。まぁ上がっていってください~。」
「え?いや、僕はもう帰、」
僕が言うより早く、弥生は空けたドアの中に僕を半ば突き飛ばす形で入れた。その後も玄関から中に通され、リビングの椅子に座らされた。ちなみにこの間、僕が一言でも発しようとすると弥生は物凄い早口でそれを遮り、ニコッ、と笑って突き飛ばしていったため、僕は抵抗どころか発言すらままならなかった。通されたリビングを僕はゆっくりと見渡し、すぐにここが弥生の家であることを悟った。所々に彼女の研究(?)の証があったためである。
「陽音くんは、紅茶とコーヒー、どっちがいいですか~。」
「じゃ、じゃあ紅茶で。」
それから僕らは、コポコポと沸くお湯の音を聴きながら、話し始めたのだった。
「とりあえず、これでよかったのか?」
僕は頼まれたものが入った袋を出し、弥生に差し出した。
「はい~。問題ないですよ~。」
弥生は、袋の中身を確認することもなくそう言った。それから、弥生はブレのない手付きで紅茶を二杯入れ、それらをもって僕の前に座った。
「このまま返すのも味気ないので、ひとつ、ゲームでもしませんか。」
入れた紅茶のカップをもって、弥生は僕に問いかける。
「ゲーム?」
「はい~。君と私が交互に質問していく、そんなゲームです~。あ、答えたくない質問は答えなくていいですよ~。君と会ったのも何かの縁でしょうし、相互理解、という意味でどうですか~?」
若干理解に苦しむところもあるし、僕もそんなに長居したくはないのだが、ちょうど弥生に聞いておきたいことがあったのでゲームをすることにした。
「じゃあ、まず僕から。佐藤さんに会わせた理由はなんだ?」
「その事ですか~。私のことを知って貰うため、ですかね~。」
「そう言うことを聞いてるんじゃないんだよ。僕が聞きたいのは、何のために、あんな芝居をさせたのかってことだ。お前、一人暮らしじゃないだろ。」
そう、僕が気になっていたこと、それは、この家に入って感じた違和感。ここは、一人暮らしの家ではない。
「一人暮らしのリビングに、机一つと、椅子三つ。どう言うことだ?」
今僕が言った通り、リビングには机一つに椅子三つが置かれており、どう見ても一人暮らしのリビングの形とは言えない。だが、弥生はそんな僕の言葉を聞いても顔色一つ変えずに、さも当然そうに口を開き、
「お客さんように置いてあると、そうとらえることもできそうですけど~?少し考えすぎでは~?」
さも当然そうに反論してきた。しかし、僕と会ったのは今さっきのこと。弥生がどれだけ周到な人間でも、この数時間で全てを隠すことはできない。
「なら聞くが、どう見ても十代後半の「女子」であるお前は、靴べらを使って靴を履くのか?」
そう、僕が最初に違和感を感じたのは、玄関だった。女物の靴しかないのに、靴べらが一緒に置いてあったのだ。靴べらはしゃがんで靴を直すのが負担になる、主に中年から高齢の男性が使うものだ。使えると便利なのだが、なんだかおっさんぽいという理由で使わない人もいるぐらいである。決して、十代女子が使うものではない。
僕の言葉を聞いて、弥生は少し驚いた顔を見せたが、それもほんの一瞬で消え去り、今までと同じ顔で口を開いた。
「そうだ。といったら、どうしますか~?」
「僕は別に、靴箱を開けてみてもいいんだぞ?」
すると弥生は、フッと笑ってから観念したような顔で、
「いや~、すごいですね~。ここまで気づかれる予定ではなかったのですけど~。そうですよ~、
私は一人暮しじゃありません~。良く分かりましたね~。」
よしよし、と、僕の頭を撫でながら白状する弥生。
「それで?なんでそんなことさせたんだ?親が離婚だなんてたちの悪い冗談だぞ。」
「ん?親が離婚?あ~、佐藤さんそんなこと言ったんですか~、まぁ、佐藤さんが好きそうなストーリーですしね~。」
そんな風に、まるで自分が言わせたのではないように言う弥生。いや、これは本当に言ってないのかもしれない。しかし、そうなると、
「佐藤さんの即興ストーリーだったってことか?」
「まあ、そうなりますね~。私は一人暮ししてると伝えてくださいとしか言ってないので~。家出、とかにしてほしかったんですが~、言葉足らずでしたね~。」
テヘッと頭をこずくポーズをして見せているが、それよりも佐藤さんのブラックジョークの方が
驚きである。あの人、純粋無垢な若者になんてこと言いやがる。
「はい、それじゃあ今度は私が質問する番ですね~。」
「オイオイ、僕の質問はまだ終わってな、」
「え~と、陽音君はアイちゃんのことどう思ってるのかな~?」
「なっ、なに言ってんだ!?僕は別にアイの事をそ、そんな風に思ってるわけじゃ、」
僕が質問はまだ終わってないと言おうとした矢先、無理やり止められてしまった。しかし、その後の質問のせいで追求どころではなくなってしまった。
急にアイの事をどう思ってるかだと?別に、その、す、好きというかそう言う風に思ってるわけでは、いや、無いといえるのだろうか。そもそもアイに声をかけたのは僕からだし、デートにも誘おうとしている。あれ?コレ僕がアイに気があるのバレバレじゃね?それなのにほっといてしまった僕ってやっぱりゴミなのでは、、、
考えがまとまらず、オーバーヒートしていると、弥生が見かねたように僕に声をかけた。
「めちゃくちゃ分かりやすいですね~。なんかもう、これ以上無いくらいに、こっちまで恥ずかしくなりそうなんですが~。」
「ち、違うんだ!いや、違うのか?分からないんだよ。好きなのかもしれない。っていうか多分好きだ。でも、好きになっちゃいけない気もするんだよ。なにか、予兆のようなものを感じるんだ。」
いっていることがめちゃくちゃなのは理解していたが、そうとしか言えないのだから仕方ない。前々から好きになったら、全てが終わってしまう。そんな予兆があったのだから。別に僕は占い師でも、霊媒師でもない。しかし、僕にしか分からないこともきっとあるのだ。そんな支離滅裂なことを言った僕だが、その言葉を聞いた弥生は、目の色変えて質問を重ねてきた。
「でもそれは、アイちゃんのことを好きだと言うことですよね。ならば自分の気持ちに正直になるべきでしょう。それでどんな結果になっても、君という人が成長する、あるいは成長よりも上の段階へ進むことになるでしょうから。」
そこまでいって弥生は、少し悩んだ素振りを見せてそれから、
「うん。今日はここまでにしましょう~。もう時間も時間ですしね~。何かあったら気軽に連絡してください~。」
ではまた、といって、これまたスゴイスピードで僕を玄関までつれていく弥生。こいつはエスコートの免許かなんかを持ってるのだろうか。まあ長居する理由もないため、僕はさっさと家から出た。別れの言葉も早々に、すぐにドアを閉められ、まったく本当に自分勝手なやつだと僕は思いながら帰路に着いた。因みに後から気づいたことだが、僕のことを弥生は見透かしたような発言ばかりしていたが、僕は弥生の詳しい情報を、名前ぐらいしか知らないのだった。
あの罵り合い(イチャつき合い)から一晩空けた次の日のこと。私は、近所の公園で、ハルトくんを待っていた。理由は、昨日の仲直りデートが色々と上手く行かなかったためだ。朝の公園は気分が良い。鳥の鳴き声と、気温のちょうどよさ。
朝から使う人は少ない、というかいないので、「一人」を楽しむことができる。まあ、時々よってくる蜂を除けば、なのだけど。そんな風に、私が心地よさと蜂への恐怖でサンドイッチになっていると、
「唯愛ちゃ~ん。」
遠くの方から、ハルトくんが手を振りながら走ってくるのが見えた。私も手を振り返してハルトくんの方へ歩きだした。
「ゴメンゴメン。ちょっと遅れた。」
「大丈夫。私も今来たとこだから。」
手を合わせて謝るハルトくんに、私は大丈夫だよ、とフォローをいれた。本当に私もさっき来たとこだったので、問題なかったためである。
とりあえず私達は、ベンチに腰かけて話すことにした。
「さて、今日はなんで集まったのか、お分かりですか?」
私は真っ先に、ハルトくんに問いかけた。
「えーっと、昨日のやり直しのため?」
「うーん。そうだけど、ちょっと違うなあ。」
当たらずとも遠からずって感じだなあと、ぼやきながら私は話を続けた。
「昨日は、私のしたいことに付き合ってる感じだったでしょ。だから、今日はハルトくんに私が付き合おうと思ったって感じかな。」
「じゃあ、今日は僕の行きたいとことかに一緒に行ってくれるってこと?」
私はそういうことだと頷いた。
「じゃあさ、やりたいことがあるんだけど…」
こうして、私達の再デートは始まったのだった。
そして、現在ハルトくんに連れられて、駅の方に向かっているのだが、
「ねえ!どこいくのっ!?」
先程からハルトくんは、私の手を引っ張って目的地も言わず黙々と進んでいた。
「まぁ、ちょっと待ってよ。」
「さっきからずっとそれじゃん!?」
そうこうするうちに駅に着いたのだが、ハルトくんのここまでの文章レパートリーは、「まあ、ちょっと待ってよ。」か、「行けば分かるよ。」か、「・・・」のどれかだった。最後のなんかしゃべってないじゃん!ってぐらい何も教えてくれず、まあ、私が付き合うと言ったのだから別に良いのだけど、こっちとしても行き先ぐらいは教えて欲しいというか、、、
私がそんな風に思い悩んでる内にハルトくんはキップを買って、私に渡してきた。どこに行く気なのだろうと、私がキップの地名をみてみると、
「アキバ!?」
「うん。秋葉原。」
秋葉原。カドショ(カードショップ)から、アニメイト、セガ、羅針盤等々のさまざまなアニメグッズの店が立ち並ぶ、オタクの聖地である。ちなみに私達がすんでる場所からだと、一時間ぐらいで着く。
いやそれよりも!?なんでアキバ!?どこでも良いとは言ったけど、デートで行くものじゃないでしょ!?あれか?「夜なに食べたい?」って聞かれて「なんでも良いよ」って答えたらその辺の草出すお母さんなのか!?
唖然とする私を前にハルトくんは、なんでそんなにポカンとしてるんだ?と言いたさ気な顔をしている。
「ああいうの好きじゃなかったりする?」
そして純粋無垢な顔で問いかけてきた。
いや、好きだけども!全然金溶かすタイプだけども!しかし、なんで知ってるんだろ。どっかで話したっけなあ。
私がそんなことを考えている間に、ハルトくんは改札を抜けていた。
「ほら。早く行くよ~。」
改札を抜けたハルトくんから催促が飛ぶ。逃げ道は、無い。私も覚悟を決めて、手にしたキップで改札を抜けた。少し、懐かしい気持ちがした。
それから、電車に乗って待つこと一時間。日曜だというのに途中から立たなければいけないほど、混雑していた。人混みを掻き分け、電車を降りて駅から出ると、
「都会だーーーー!!」
始めに言っておく。こんなに大きな声は出していない。ちょっとね、ちょっと騒いだだけなのだ。ちなみに私の「都会」の条件は、どのぐらいで切り替わるのか、教えてくれる信号があるかどうかだ。ビルを見るたび、とりあえず「スゲェ、」と、感嘆の声を漏らしている私は、超絶田舎っぽいのだろう。しかしハルトくんもアニメオタクだったとは。お父さんもそうだったため、流石に似すぎではないかと、違和感を感じたが、世の中には、自分と似た人が二人いるらしいので、そのうちの一人だろう。多分。
私は言い表せない不思議な感覚を振りほどき、ハルトくんの後を追った。
「私アキバ初めてなんだけど、どこ行くの?」
私の質問にハルトくんは、 少し考えて、それから、
「う~ん。思いでの場所ってとこかな?」
と、それだけ答えて進み出した。私は少し気になったので、掘り下げて質問した。
「彼女さんと来たとか!?」
私の質問を聞いて、ハルトくんは驚いた顔をしてから、
「スゴイね。当たらずとも遠からず、だよ。」
と、やっぱり彼女がいたようなことをほのめかすことを言ってきた。いや、流石に前の彼女と行ったところに、最近ナンパした人と行くわけない。よね?
その後ハルトくんに連れられて来た場所は、大きなプラモデル店だった。
「おっきいね。」
「うん。昔はもうちょっと小さかったんだけどね。」
ハルトくんの言う昔が、どのくらいなのかは知らないけど、ここ最近大きくなったお店ってことなのだろう。それから私達は買い物を済ませ、他のお店見て回った。
「そろそろご飯かな。」
一通り買い物を終えて、とは言ってもそんなに散財はしていないけど、とにかく、買い物を終えた私達が昼食にしようとしたときだった。
「ん?あれって?」
私の目線の先にいたのは、弥生先生と思われる人と、一人の男性だった。男の人は、背が高く、年は四十代ぐらいに見受けられた。弥生先生は勤務中と同じ白衣を着ており、男の人はスーツ姿だった。
「弥生先生~!」
私はハルトくんの手を引っ張り、弥生先生の方へ駆け寄った。
「唯愛ちゃんじゃないですか~。どうしてここに~?」
私の声を聞いて振り返り、弥生先生も私の姿を見つけたようだった。
「先生こそどうしてここにいるんですか?お隣の方は、、」
「ん?あぁ、この人は同業者です~。とはいっても、大先輩ですけどね~。それで?唯愛ちゃんは一人ですか~?」
「私はハルトくんと、あ。こないだ話した男の子と一緒に来てて…、この人です。」
私はとなりにいたハルトくんを先生達に紹介した。
「なるほど。君がハルトくんですね~。私は唯愛ちゃんの学校の養護教諭を勤めている「弥生」と、申します~。よろしくお願いしますね~。」
「俺は弥生の仕事仲間の佐藤だ。よろしく頼む。」
二人からの自己紹介を受け、ハルトくんも、「よろしくお願いします」といった。
「それで弥生先生と、佐藤さんはどうしてここに来たんですか。」
「私達は、デートじゃないですよ~。ちょっと仕事で来てるだけですよ~。」
「わ、私達も別にデートって訳じゃ、」
私の弁解を聞いて、弥生先生は、ハイハイそうですね~と、適当にいなしてから、そうだ。と、手を打った。
「唯愛ちゃん達、ちょっと時間いいですか~?」
「私達ですか?私はいいんですけど、、、」
私は、問いかけるようにハルトくんを見た。
「僕も別に大丈夫で」
「よし。決まりですね~。ちょっと付いてきてください~。」
ハルトくんが言うより早く、弥生先生は、私達に付いてくるようにといった。それから、弥生先生に付いていくこと数分。近くのカフェに入り、話をしようと持ちかけてきた。
「それで、何のようですか?」
「いや~。これは唯愛ちゃんのお父さんの話なんですけどね~。」
「ちょ、ちょっと待ってください。今話しますか?それ。」
あまりに唐突だったため、私は理解が及ばず、先生を慌てて停止させた。
「ん?もしかして話してないんですか~?同じハルトくんなのに。」
「そうじゃなくって!ハルトくんがいる場で話していいことなんですか?」
普通デート中と見受けられる二人に、死んだ父親の話しなんてするのかと、私は怪訝に思ったが、知りたいという気持ちが勝っていることは確かだった。
「別に大丈夫、というかハルトくんも知りたくないですか~?好きな人の家族の話。もしかしたら役に立てるかもしれないですよ~。」
「そういう話じゃないです!ハルトくんはよくても、その佐藤さんっていう人は、」
明らかな部外者を巻き込んでいいものかと、私は先生に問いただした。
「あれ?さっきいいましたよね~。同業者だって。」
そういうと先生はバッグの中身を漁り、一枚の紙を取り出した。
「テッテレー。はい。どうぞ見てください~。」
先生は紙を私達の方に差し出した。
「えっと、佐藤良介、精神保健指定医?」
「はい~。私の隣の人は、精神保健指定医つまり精神科医とフリーライターを兼ね備えるスゴイ方でした~。」
パチパチパチ~。と、そういって拍手する弥生先生。
「いや、どういう意味ですか!?同業者って、弥生先生は教師ですよね?それに、その事がお父さんとどう関係が、」
話が理解できず、立て続けに質問を投げかける私をなだめてから弥生先生は口を開いた。
「一つずつ説明しますね~。まず、私は確かに教師です。でも一応、カウンセラー、つまりは心に携わる仕事をしていたこともあって、同業者と言ったんです~。わりましたか~?」
「そ、それは分かりました。でもお父さんのことと何の関係が、」
一つ目の意味は分かった。確かに弥生先生ならメンタルケアとか得意そうである。しかし、お父さんのことと何の関係が、
「は~い。ここを見てくださ~い。」
そういって弥生先生が指差した場所を、私とハルトくんは覗き込んだ。
「担当医、佐藤良介。患者、神 陽音。って神
陽音!?」
そこに記載されていたのは、紛れもないお父さんの名前だった。どうやらお父さんは私の知らないところで病院に通っていたようだった。それも、精神の、である。
「どうですか~?かなり、興味湧いてきたの
では~?」
「はい。教えてください。お父さんのことを。」
私はもう、周りを気にする余裕なんて無かった。
ハルトくんのことも、気にしていられる状況じゃなかったのだ。
「あ、そっちのハルトくんも聞いていて構いませんよ。それじゃ、こっからは担当医の方に直接聞いてみようじゃありませんか。ね、佐藤さん。」
ここで弥生先生は、話の中心を佐藤さんに移した。話を丸投げされた佐藤さんは、はぁ、とため息をひとつしてから、それから話し始めた。
「まず、簡単に、一言で言ってやる。唯愛だったか、お前の父親は別に深刻な病気じゃないし、その病気のことを悩んでた訳じゃない。むしろ逆だ。俺、いや、俺達が興味を持ったんだ。」
佐藤さんは、自分と弥生先生を指差しながら言った。俺達、が興味を持ったのだと。
「お、お父さんに変なことしてないですよね?」
「してない。逆にヤバい実験でもやったと思ってたのか?俺がやったのは、質問ぐらいだ。」
私はホッと胸を撫で下ろしたが、もっとも重要な質問が残っていることに気づき、話を続けた。
「それで、お父さんは何の病気だったんですか?」
最も重要な質問。それはお父さんの病気とは何だったのか、だ。
「ま、それが一番気になるだろうな。しかし俺から話すことは出来ない。」
しかし、その最も重要な質問に対して返ってきた答えは、イエスでもノーでもない、無回答だった。
「な、何でですか!?家族にも話せないって言うんですか!?」
ガチャンとテーブルを叩いて立ち上がり、大声を出してしまった私を、周りのお客さん達が見つめる。
「……すいません。でも、ここまで言っといて、言えない、で終わらせるって言うんですか?そんなのって、、、」
そんな酷いことがあるだろうか。話を吹っ掛けてきたのに、途中で話せないなんて、騙された気分である。正直私をからかって遊んでいるようにしか見えない。
「俺達からは言えない。無論、お前の叔父や母親も同様だ。あとは、」
と、そこまで言って佐藤さんは口をつぐんだ。それは、無理だと言わんばかりに。
「とにかく、何の病気だったか、一番知りたいであろう過去に何があったかは、俺達の口から言うことは出来ないわけだ。だが、もう少しでおのずと分かるんじゃねえのかな。」
「おのずと、ですか?」
私の問いに、佐藤さんはああ、とだけ答えた。
「まぁ、どうしても知りたいなら、お母さん達に聞いてみれば良いんじゃないですかね~。彼氏さんも気になってるって言えば、流石に答えてくれる気もしますけど~。」
弥生先生もそれだけいって、あとは何も教えてくれなかった。弥生先生いわく、弥生先生が教えたところで意味がない、だそうだ。そこから先は、弥生先生による恋愛相談室(強制)が始まった。出会いから、今までやったことまで、包み隠さず話さねばならない状況にされた。そういえば私達の関係もよく分からない。恋人ではないが、友達でもない。ハルトくんと一緒にいると、自分に苛立ちを募らせるとともに、自分に自信も持てる。ハルトくんを通して、自身の良い部分と悪い部分を同時に見せられてる気分になる。これが、人を好きになるということなのか、それとも、もっと別の何かなのか。私には「まだ」、分からなかった。
それから、弥生先生に一通り尋問され、良い感じの雰囲気になりつつも、帰り時になった。ハルトくんとまた電車にのって、駅から歩いて帰路についた時、
「唯愛ちゃんさ。もし、ホントにお父さんのことで悩んでるんだったら、聞いちゃえば良いよ。とりあえず知ってみてから、その後のことは考えれば良いじゃん。」
ハルトくんはそれだけ、その一言だけ言って走っていった。確かに、その通りなのかもしれない。悩むのは、悩む事態に陥ってからで良い。悩むことになるかもなんて思って悩むなら、行動起こすが解決策。鬼が出るか蛇かでるか、涙がでるか笑みがこぼれるかなんて、私にも、誰にも分からないんだから。走り行くハルトくんを見送りながら、私はどこか吹っ切れた気持ちで、そう考えていた。
「ただいま。」
玄関の鍵を開け、二人暮らしにしてはちょっと大きい一軒家のドアを開けた。
「おかえりー、ご飯できてるから席付いてね。」
そういえば、お母さんは多分初登場である。初登場が何のことか分からないけど、初登場だ。私はそんなよく分からないことを考えながら、席に着いた。キッチンからスパイシーな匂いが漂ってきて晩御飯がカレーなのだと理解する。やがて、お母さんが晩御飯を持ってきてくれた。今日はカレーとマカロニサラダだった。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人で手を合わせて食べる夕食になれてしまったことを、少し寂しく思いながら、私はお母さんに今日のことを話した。
「へー。弥生さんとあったんだ。」
「うん。佐藤さんって人と一緒に歩いてた。」
佐藤さんの名前を聞いても、お母さんは反応を見せなかった。まさかお母さんも知らないのだろうか。
「それでね、お父さんの話したんだ。」
「お父さんの?唯愛の友達もいたのに?」
お母さんも、そこには驚いたのか質問してきた。
「うん。それで、こんなものを見せてくれて、」
私は、スマホでとった弥生先生が見せてくれた紙の画像を見せた。
「っ!唯愛、その話は後にしない?」
私の見せた写真を見て、お母さんは顔色を変えて、話を終わらせようとした。しかし、
「ううん。私は悩むのをやめたんだ。とりあえず知ってみようって、思ったんだ。」
私の言葉を聞いた後も、お母さんは話をしたくなさそうだったけれど、私の決意を固めた表情を見て、遂には折れたようだった。
「弥生さんからも聞いたってことは、唯愛はもう知ってるんだよね。」
「うん。お父さんの心に何かあったってことは、」
「そう。流石に唯愛も知りたいとは思うわよね。わかった。でもね、これはお父さんの話よ。別に唯愛が気にすることはないのよ。」
そういってお母さんは席を立って、寝室に向かった。しばらく待っていると、お母さんはホッチキスで束ねられた、原稿のようなものを持ってきた。
「これはね、お父さんがある人のために書いた、私小説のようなものなの。誰かに読んでもらうためじゃなくって、残したくて書いたものよ。」
そういって私にその紙の束をわたした。私はいても立ってもいられず、直ぐにご飯を片付けて、二回の自室に駆け込んだ。そして、一枚目に目を落とした。
「彼女は、見てくれているだろうか」
書き出しは、そんな風に始まっていた。
あれから、1ヵ月近く経過した。アイに謝ろうとしたのだが、用事があったから帰っただけだから大丈夫だと言われ、それっきりその話しはしなくなった。つまり、いつも通りの日常である。
「ヒマだなぁ。」
僕は、ベッドに横たわり、自室の天井を見上げてヒマを噛み締めていた。先、先、先、先週ぐらいだったかないやもっと前だった気がする。とにかく、あの濃密な一日を忘れられず、そのせいで今までヒマだった時間が更にヒマになって、ヒマでヒマでヒマでしょうがなかった。
「ダメな奴になる気がする!」
このままじゃ休みを有意義に使うこともできず、ただ時間が過ぎるだけな気がして、僕はベッドから飛び起きた。服を着替え、靴を履き、外へでる。ここまではよかったものの、どこに行くか決めていなかった。とりあえずコンビニにでも行くかと、目的地を定め、歩きだした。その後、コンビニで買い物を済ませ、また家に帰ってもなあと、思案しているときだった。
「ん?あれって、」
僕の目線の先にいるのは、紛れもない真妹、寧音の姿だった。別にそれだけならたまたま見かけたというだけですむのだが、僕の目に写る彼女は、なにか悩んでいる風だった。
「…話しかけてみるか。」
悩んだ挙げ句の結論は、面白そうなのでちょっと介入してみようという、楽観的なものだった。だが僕は後に、この楽観的な決断をしたことに感謝することになるのだけど、今はまだ知らない。
「オーイ。」
僕の呼び掛けに反応し、寧音はゆっくりとこちらを振り向き、そして、
「あ、最低人間さん。こんにちは。」
そう、屈託の無い笑みで言ってのけた。
「いや、何だ最低人間って!?」
「人間性が最も低いという意味です。」
「そういう意味じゃねぇんだよ!?言っとくけど僕一応年上だからな?もうちょっと敬うというか、人間として接してほしいんだが、、、」
「分かりました。最低人間様。」
「伝わんねえな!」
ダメだこりゃ。誤解は解けたはずだったんだけどな。しかし、名前すら覚えられてないか。まぁ、兄の友人なんてどうでもいいかもしれないけど。
「ったく。名前ぐらい覚えてくれよ。百々目木 陽音。分かったか?」
「百々目木 陽音さんですね。分かりました最低人間さん。」
「分かったら使おうね!?」
理解しても行動に移さなければ、それは理解してないのと同義である。なんてことを言うが、こいつの場合分かってもなお、言いたくないという思いが伝わってくる。
「それで?ここで何してたんだ?」
「何ですか急に。別に私が何してようとカンケー無いのでは?」
「そうも行かねえよ。そんなあからさまに悩んでますって顔してたらな。」
「…そう見えましたか。ダメですね、私。他人に心配かけるなんて。」
急に威勢がなくなったな。まぁ、それだけ悩んでるってことなんだろう。
「何で悩んでんのか知らないけど、僕が乗れる相談なら乗るぞ。」
僕がそういうと、寧音は悩んだような顔をしてから、口を開いた。
「そうですね。お兄ちゃんのことですし、百々目木さんに相談するのも良いかもしれません。」
そういうと寧音は、ついてきて下さいといって、歩きだした。
「お兄ちゃんのことって、真に何かあったのか?」
「分からないんです。お兄ちゃん最近何か悩んでるみたいなんですけど、何なのか私には分からなくて、」
またいつものシスコンじゃなかろうか。何かそんな気がしてきた。一回騙されてるからなぁ。また同じ感じの話な気がする。
「また、いつものシスコンじゃないのか?」
「確かにお兄ちゃんは心配性ですが、あそこまで思い詰めた顔をしたことはありませんでした。いや、まえに一度あったかな。」
思い詰めた顔か。寧音の身に何かあったら平気でしそうだけどな。今一、事の緊迫感が伝わらず、僕は気にせれていなかった。それからまたしばらく歩いて、一軒の家の前で寧音は足を止めた。
「ここが私の家です。お兄ちゃんは最近部屋に閉じ籠ってから、二時頃になると出掛けるんです。だから、とりあえず陽音さんには上がってもらおうと思って。」
僕は頷き、寧音に案内されながら神家に初入場したのだった。
「お母さんには、お友達と勉強するって伝えました。とりあえず二時まで待ちましょう。」
寧音は、僕を自分の部屋に通してから、そう言った。寧音の部屋はいわゆる女子部屋であり、きちんと整頓され、ぬいぐるみやポスター何かが置かれてある部屋だった。今さらだが、真が寧音のことを可愛いというのも無理はないと思う。寧音は真っ白とまではいかないけれど綺麗な肌を持ち、顔はちょっと幼く見えるが、いわゆる可愛い顔である。ファッションセンスも高いのか、高貴な印象を服装から受け、お嬢様感があった。
「陽音さんは、お兄ちゃんのことどのくらい知ってますか?」
部屋を見渡していた僕に寧音は話しかけてきた。
「どのくらいって、学校の時の真しか知らないからな。シスコンって言うのと、治りかけ関西弁って言うのと、中学までは関西にいたっていうのしか知らないな。」
しかしこう考えると僕は真のことほとんど知らないんだな。いや、真だけじゃない。関わってきたほとんどの人のことをあまり知らないんだ。そう考えると、少し寂しい気がした。
「そうですか。じゃあ、高校からこっちに来た理由も知らないんですね。」
高校からなんでこっちに来たのかの理由?父親の転勤とかじゃないのか?転校の理由なんて普通はそれくらいだろう。
「お父さんの転勤とかじゃないのか?」
僕の言葉を聞いて、寧音は、本当に知らないんですね。といって、黙ってしまった。
「オイオイ、違うんなら教えてくれよ。ここまで引っ張っといて教えてくれないなんて無いだよな?」
僕は流石に気になり、少し食いぎみに寧音に質問した。寧音はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。
「逃げてきたんです。」
「逃げてきた?いったい何から?」
「学校からです。」
学校から、寧音はそう言った。校則が合わなかったのか、いや、それだけなら東京まで来る必要は無いか。それなら、
「オイ。まさかいじめられてたとでも言うつもりじゃないだろうな。」
いじめ。最も信じたくないが、最も可能性の高いもの。無理やり楽観的に捕らえるなら、逃げることができた。ってとこだが、あまりにも酷いぞ。
「そうではありませんが、それに近いです。いじめられていたのは、お兄ちゃんではなくその友達、それも親友でした。」
そうして、寧音は真の身に起こった悲劇を語りだした。
「お兄ちゃんと私がいっていた学校は、小中一貫で、だから私もその話を知ってるんです。もちろん噂なので、実際にどうかは分かりませんが、事の発端はお兄ちゃんが中学二年生の10月ごろでした。それまではお兄ちゃんの親友、A君としますね。A君は、一学年7クラスという大きな学校のなかでも、学年中にその名前が響き渡る、言わば人気者だったんです。しかし、A君は人気者ゆえに、少し調子に乗っていたんです。面白いと思ったらすぐ行動する感じですね。それで、皆を楽しませようと思って、、、」
寧音はそこで、一呼吸置いてから、
「万引きを、したんです。近所の、スーパーで。
勿論それをクラスメイト達は、動画にとっていました。そして、誰かがクラスラインで呟いたんです。「晒してみね?」と。しかし、ほとんどの人は相手にせず、直ぐに別の言葉で書き消されていきました。でも、その呟きをした人か、誰かは分かりませんが、好奇心に火のついた誰かが、拡散しました。そしてその話は、あっという間に広がり、警察にもバレ、A君の家はめちゃくちゃになりました。幸い学校の対処が早く、動画は削除され、直ぐに話題には上らなくなりましたが、近所の人や、周囲の目は冷たいものになり、冷やかされ、遠ざけられ、遂にはクラスメイト達も、いじめるようになっていったんです。それからいじめは、一年間続きました。受験生になってもです。
A君は受験どころじゃなくなり、学校にもこなくなりました。そして、」
寧音はまた、口をつぐんだ。でもさっきとは比べ物にならないほどの、恐ろしい事実を言い出せずにいることは、僕にも伝わった。
「……飛び降りたんです。三階から。わたしの、目の前で。」
「っ!無事だったのか!?」
「はい。何とか一命は取り留め、それと同時にいじめもなくなりました。でも、遅かった。A君は、全てを失った後だった。心も体も引き裂かれ、生きる希望を失ったんです。そして、それはお兄ちゃんも同じだった。遂に親友のことを見ていられなくなり、学校を休むようになったんです。お父さんとお母さんはそんなお兄ちゃんを見て、転校を決意しました。私も友達と分かれて、ここに来たんです。」
そこまで聞いて、僕は思い出した。いつも真が底抜けて明るかったこと。弥生と寧音を間違え、通行中の人々に見られたとき、放心状態になっていたことを。あれは全部、もう二度と、同じ物を見たくなかったから、もう二度と、同じような人がでてきて欲しくなかったからだったのだろう。僕らの間に気まずい沈黙が流れた。
「すいません。辛い話をしてしまって。」
その沈黙に耐えれなくなったのか、寧音が口を開いた。
「いや、良いんだ。知っておくべきことだったと思うから。それに、今真が悩んでる理由も分かるかもしれないだろ?」
僕は気にしてないと伝え、精一杯の励ましを送った。僕よりも、話してて辛いのは寧音だったろうから。そして、
「寧音~。入るわよ~。」
「お母さん!?ちょ、ちょっと待って!」
突然の母到来である。寧音は僕に勉強してる風にしましょう。と、伝え、勉強道具をもって僕の前に座った。
「入って良いよ!」
ドアを開けて入ってきた真母は僕の方をまじまじと、珍しいものでも見るように、じっとこちらを見た。
「あ、あの、」
「あ、あぁ、ごめんなさいね。いや、寧音の一つ上には見えなかったもんですから。ホント、真と同い年に見えちゃうわ。あ、真って言うのは寧音のお兄ちゃんのことでね、スッゴい優しい子なんですよ。」
捲し立てるお母さんを前に、寧音は呆れたような顔をして口を開いた。
「お母さん?」
「あ、ごめんね。お邪魔だったかしら。そ、それじゃあね~。」
パタン。あっという間に状況を察したのか、真母はお茶だけ置いて部屋をでていった。
「すいません。お母さんが、」
「別に良いんだけど、何か勘違いされてないか?僕のこと彼氏かなんかと思ってるぽかったが…」
「すいませんっ!迷惑ですよね、」
顔を赤らめ謝る寧音を見て、誰にでも羞恥心はあるんだなと、僕は思った。
「あの、勉強してるフリでもしませんか。お母さんまた見に来そうなので、、、」
「うん。そんな気がするな。まだ二時まで一時間もあるし、ちょっと教えてやるよ。」
こうして僕らは勉強会(仮)を始めたのだった。
そして、その結果、
「ぜんっぜん勉強できねえじゃねえか!」
「そ、そんなことはありません!私はやればできる子って呼ばれてるんですよ!」
「できねえやつへの慰めの言葉なんだよ!それ!やればできる子はできない子なの!」
「なっ!何をいうんですか!数学はこんなに、」
「だから、数学だけしかできねえのが問題なんだよ!」
その結果、寧音がとんでもなく勉強ができないやつだと発覚したのだが、これが本当に酷かった。
僕の足元には五教科の問題集が散らばってるが、殆ど答えられておらず、本当に受験生なのかと錯覚させられるほどであった。
「とりあえず、国語やるぞ!」
「ええ!望むところですよ!」
「問題一。俳句の形を答えよ。」
「えーっと、八、六、三ですね。」
「バカなのか!?早速過ぎるだろ!」
呆れた僕は、言うよりもやってみた方が早いだろうと、松尾芭蕉の俳句を寧音に付き出した。
「こんなの簡単ですよ。古池や蛙 飛び込む水 の音。」
「気持ち悪いと思わなかったのか!?なんだよ最後の、の音って!?」
「わ、私の感性では、」
「お前のは感性とは呼ばねえ!」
こんな風に国語は勿論酷く、
「じゃあ次理科!周期表だ。これぐらいは頼むぞ。」
僕は今度は理科を引っ張り出し、机の上に置いた。
「とりあえずこれ、水素の横のやつ。」
「Heですか?えっと、へ、ヘオン!」
「ピアノじゃねえか!」
正解はヘリウムである。基礎中の基礎ですら理解していない事に呆れを通り越して驚きである。
「はぁ、じゃあこれ、」
「Znですね!これは分かります!アヘン!」
自信満々にこっちを見つめてきてやがる。
「うん。惜しいな。亜鉛だ。」
アヘンだと麻薬になっちまうな。すげえよコイツ。笑いの才能あるぞ。
「社会やってみるか。」
どうせダメだろうけど。と、諦めムードでやってみた社会だったが、
「大正?」
「デモクラシー!ですよね!?」
あってる。え?嘘?あってる。
「あ、あってるぞ!すげえ、すげえよ!才能あるぞ!」
「これは覚えてたんですよ!大正デモクラシー、昭和ベビーブーム、明治ブルガリアヨーグルト。」
「最後のがなければ完璧だった!まぁいい。社会はできるみたいだな。」
「ふっふーん。もっと褒めてくれても良いんですよ。」
「じゃあ、もう1個、明治に起こった「山城屋事件」は、なんと呼ばれた?」
「簡単ですよぅ!明治最大のお食事券!」
「デートに誘う前のプレゼントか!!汚職事件だろ!?」
ホントに期待を返して欲しい。社会も結局ダメなんじゃねえか。あと、今の間違え分かりずらいな。言葉じゃ伝わらないじゃん。
「そんな、デートだなんて、、、もう、気が早いですよ。」
「なに勘違いしてんだ!?頼むから数学以外も出来ると証明してくれよ?最後英語だからな。」
最も、英語が一番心配なのだが、最後の、頼みの綱である。頼むから英語は生き残ってくれよ。
僕はそんな風に祈りながら問題を出した。
「超簡単なやつからいくぞ。あの女の人は誰ですか?英文に直せ。」
「アーユーレディ!?」
全機撃墜。無事不着陸どころか、地面と正面衝突である。でもめっちゃ自慢げだし何かもうどうでもいいや。寧音が良いなら良いんだろう。
「と、それよりもそろそろじゃないのか?」
僕は時計を指差してそう言った。時間は一時五十分。そろそろ二時である。
「あ!ホントだ。そろそろですね。いやぁ陽音さんと勉強してると楽しくって、楽しくって。また一緒に勉強してください!」
「断る。」
「な、何でですかぁ!こんな美少女と勉強できるんですよ!?」
なんか言ってきてる気がするが、もうどうでもいい。
ミシッ、ミシッ
そんな風に、考えを放棄しているとき床が鳴る音がした。
「おい、今のって、」
寧音も流石に気づいたのか、こちらを見て首を縦に振った。
「お兄ちゃん、また出掛ける気です。ついていきますよ!」
こうして、僕は寧音と共に真の追跡を始めた。真は家をでて、一心不乱に歩き続ける。角を曲がって信号を渡って、歩いて、歩いて、
「待ってください。お兄ちゃんが止まりました。」
寧音に言われて僕もしゃがみ、真の様子を観察する。真は一軒に家の前で足を止めていた。そして、
「ん?隠れたぞ。」
真は急に身を隠し、家の前を見張っている。すると、家の中から人がでてきた。背丈から見て年は同じくらいだろうか。ここからでは顔は見えないが、真が追っていた人物なのだろう。
「は、陽音さん!お兄ちゃんがでてきた人を追い駆け出しました!」
寧音に言われて考えるのを一旦やめ、真が言ったのを確認してから、僕らも家の前にたった。
「林さんって人の家らしいが、どうしてこんなとこに来たんだ?」
「林さんですって!」
その名前を聞いた瞬間、寧音が過剰に反応を示した。
「知ってるのか!?」
「いや、思い出せそうな気がするんですけど、」
「紛らわしいな!分かってから言ってくれよ。しかし、林だ?僕も聞いたことある気がするな。」
林、林、どこで聞いたんだっけ。確か、あれは、
「学校だ。」
「学校です。」
僕と寧音は同時に口を開いた。
「ちょっと待て、僕から話すぞ。林って言う名前の、同い年の転校生が去年来たんだが、今年初めておんなじクラスになったって話だが、寧音の話の方が重要そうだな。」
僕は情報を整理しようと口を開き、僕の思い出した情報を伝えた。すると、寧音の顔が急に強張った。
「おい、どうした?」
「わ、私の知ってる話は、あの、これって、」
明らかに動揺してる寧音は、言葉も六に発せず、呼吸が荒くなっていく。
「落ち着け。大丈夫だ。」
僕は寧音の肩に手を置いて落ち着かせようとした。しかし、寧音は落ち着かないどころかどんどん呼吸が荒くなっていく。
「はぁ、そんな、お兄ちゃんが、はぁ、やだ、やだ、やだよ。そんなの、」
呼吸は更に荒く、肩に手を置いてるだけでも、その震えが伝わってくる。僕は最後の手段だと、寧音をおもいっきり、
「あ、」
抱きしめた。市街地でやることじゃないが、状況が状況であり、そうもいかない。
「落ち着け。僕を信じて、話してみろ。」
最終手段だけあって、効果は高い。人はパニックに陥っているとき、他の人の体温を感じるとある程度は落ち着ける。そんな話を聞いたゆえの行動だったが、思いの外うまく行ったようである。
「あの、林さんは。林さんは、林さんは、」
「ゆっくりでいい。落ち着いて、話すんだ。」
寧音の背中を叩きながら僕は静かにそう言った。
「林さんはっ、A君を「晒そう」って言った人ですっ、」
「っ!おい、ホントか!それ!?」
僕は思わず抱きしめていた手を離し、肩に手を置いて問い詰めてしまった。その結果、
「お、お兄ちゃんっ、人殺してしまうかもしれないっ、うっ、どうすればいいんですかっ、助けて、ください。おねがいします、おねがいしますからぁ、うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁん!」
話せたことの安堵か、これから起こることへの恐怖か、いや、この状況の全てが、寧音を追い詰めた。それは、真も例外でなく。
「クソッ!寧音、いいか、お前はここにいるか、家に帰ってろ!後は僕が何とかする!」
僕は寧音にそう言って、走り出した。携帯を取りだし、真へ電話をかける。しかし、
「電話が、マナーモードか留守電になっています。ピーというはっ、」
プツッ。僕は当たり前のように繋がらない電話を途中できった。
「チクショウ!やっぱり切ってやがるか!これじゃどこに行ったかもわから無いじゃ、」
僕の目線の先、そこに見える人影は、
「ありゃ、林か!?」
林と思われる人影は、辺りを見渡しながら廃屋に入っていく。誰かに、呼ばれたように。しかし、林は反対車線であり、信号は絶賛赤の真っ最中である。
「ああもう!行くしかないじゃねえか!」
僕は決心し、車を避けながら道路をわたる。クラクションや罵声が聞こえたが、今は人命と、あのバカを止めることが先決である。そして、僕も林の入った廃屋の扉を開け、なかに入ると、
「は、陽音くん!?」
ナイフを持った真。腰を抜かしている林。
「真!早まんじゃねえ!」
僕は真から刃物を取りあげるべく真に向かってダッシュ。真はなぜ僕がここにいるのか分からず、固まっている。そして、
「あ?」
「う、うわあぁぁぁぁ!」
叫び声をあげたのは、林だった。無理もないだろう。だって僕の腹には、金属光沢で輝く、ナイフが刺さっていたのだから。しかし、驚くべき事はそこじゃない。
「い、痛くねえ!?それに、さ、刺さってないぞ、コレ。」
「陽音くん。何で邪魔したんや。アイツがビビっとったのに。」
真は僕の腹からナイフを抜いた。というよりかは引いた。すると、
「刃の部分がないように見えるんだが?あのー、コレは一体?」
呆れた顔で真はナイフの柄の部分を押した。すると、
「刃が、戻った!?」
「オモチャに決まっとろうが!刺したら引っ込むやつや!それにしても何でこんなことしてくれたんや!全部台無しやんけ!」
「す、すまん。」
「すまんや無いねん!僕には恐怖を植え付ける資格すらないっちゅうんか!?」
見れば、真の目には涙が浮かんでいた。
「真、殺す気じゃなかったのか?」
「殺す気やったわ!!でもなぁ、コイツが何で転校してきたか知ってるか?いじめられとったんや。高校で!自業自得やと思うやろ?でもな、僕がコイツ殺しても同じことやねん。僕がコイツ殺したら、寧音は、うちの家族はどうなると思う?
おんなじやねん!結局いじめられるやつが増えるだけやねん。耐えるしかっ!なかってん!」
涙を流しながらそう捲し立てる真は、どこか悟っている様子だった。確かにその通りだろう。復讐は憎しみを生むだけである。人を殺せば、大義があろうがなかろうが、殺した人の周囲の人間から恨まれる。それは、理不尽な恨みかもしれないし、正当な恨みかもしれない。でも、どちらにせよ、人を殺すということは、返り血を浴びるということなのだろう。決して消えない、返り血を。でも、だからって、
「だからって、お前が涙流して、耐えて、はい終わりって訳には行かねえだろうが!お前には、一発ぐらいコイツを殴っていい権利があるだろ!」
「そうやけど!そうはいかんねん、、、」
僕と真が、お互い煮えきらない感情でいるときだった。今まで黙っていた林が口を開いた。
「ハッ、ハハッお前らホントバカだよ!全部録音しといてやったわ!」
「っ!ああ?なんやと!?」
「聞こえなかったのか?バカだって言ったんだよ!お前らも、健太のやろうもなぁ!」
「け、健太がバカやと!」
「ハッ!知らなかったんだろうけどな、俺が健太に万引きを進めて、拡散したんだよ!そんでもってこの動画だろ?お前らも一緒!おんなじだよ!」
勝ち誇ったかのように、ペラペラと喋り出す林。殴りかかろうとする真を止めて、僕も口を開いた。
「おい、林。お前みたいなクズがこうやってペラペラとしゃべった後に来る時間ってなにか知ってるか?」
「は?なんだよ?お前らのこと拡散する時間ぐらいしかこねえぞ?ちゃーんと都合の悪いところは切り取ってやるからよ。安心しな。」
「仕方ねえな。教えてやるよ。お前みたいなクズがペラペラと喋った後に来る時間は!主人公の反撃タイムだ!」
僕はスマホをかざし、動画の再生ボタンを押した。
「『俺が健太に万引きを進めて拡散したんだよ!』」
「は?おい、なにとってんだよ、ちょっ、消せ!消さねえと拡散するぞ!」
「バカかお前。俺のとお前のどっちも拡散されたら、結末なんて言わねえでも分かるだろ。ま、僕は優しいからな?学年に公開ぐらいで許してやろうか?」
「おい、や、やめろよ?さっき言ってたろ?いじめられるやつが増えるだけだって?な、落ち着けよ?」
「どうする?僕はコイツならいじめられて問題ないと思うが?」
「そうやなぁ、とりあえず、いつ晒されるか分からん恐怖に怯えとけや。帰れ!」
「ひっ!」
「帰れっちゅうとるんや!」
「わ、悪かったから、や、やめろよ!?」
それだけ言って、林は姿を消した。
「それで、どうするこの動画?」
「脅すだけにしとくわ。SNSの何が怖いって、人の命が軽すぎることやからな。」
僕らはそこで解散した。後日、神家に行ったとき、寧音が僕の顔を見て恥ずかしがり、それを見た真から問い詰められたのだが、それはまた、別の話。
あの騒動から、六ヶ月が経過した。つまり、高校三年生はもう二ヶ月無いぐらいである。これまでも色々あった。弥生は物凄く勉強ができるため、僕はここ数ヵ月勉強を教えてもらっていた。これは真も一緒である。寧音は、あー、まぁなんとかなるだろう。アイはなぜか勉強会には参加しなかったが、うちの家で一緒に勉強することはあった。とはいってもアイは勉強道具を持たず、教えれるほどの頭も持っていないので一緒に考えていただけなのだが、アイツは本当に大丈夫なのだろうか。と、まあこんな感じで僕らは、それぞれの受験勉強に力を注いでいた。そんなある日のこと。
「真ちゃんは今日も先に帰ったの?」
下校中、アイが僕に話しかけた。
「ああ。ってか、まだ学校行ってるやつの方が少ないと思うぞ。」
この時期になると、大抵の人達は受験勉強のために学校に来なくなる。それでもまだ、僕が学校に行ってるのは余裕があるわけではなく、下校中のこの時間を削りたくなかったからだ。僕の答えにたいしてアイは、そっか、とだけ言った。
「アイの学校はどうなんだ?やっぱり来てないやつが多いのか?」
「そうだね。確かにそうかもしれないなぁ。そういえば、陽音くんは私のことどう思ってるの?」
「へ?な、なに言ってんだ!?」
僕はアイの唐突な、本当に唐突な発言に耳を疑った。
「ぼ、僕は別に、と、友達と、思ってるが!?」
耳を真っ赤にしながら大慌てで答えた。するとアイは僕の方へ近寄り、
「ふーん。友達と思ってる人に対して、はたしてそんなに慌てるのかな~?」
「べ、別に慌ててなんかねぇよ!?」
アイは、どうだか。といって肩をすくめた。一体なんで急にこんな攻めた発言をしたのかと、疑問を抱く僕に、アイは更なる大爆弾を投下した。
「私は、友達となんて思ってないけどな、、、」
そう言ってうつむいたのだ。
確定演出!?まさか、いや、そのまさかなのか!?
誰がどう見ても意識してますアピールである。そして、考えがまとまらずあたふたしている僕に対して、アイは更に、
「私から言うべき、かな。聞いたが最後だと思うけど、、」
そう言って僕の腕をつかんだのだ。
確定演出だ…。間違いない。これで違ったら僕は女性不信になるぞ。しかしこういう時は、やはり僕から言うべきなのだろう。
そう思い、僕は掴まれていない右の手で自分の胸を叩き、決意を固めた。すまない真。僕は先に行くぞ。
「分かった。僕から言うべきなんだろうな。」
深く吸って、吐いて、吸って、吐いて。なかなか言い出せないため、深呼吸を何度もして、それから、僕は、口を、開いた。
「会ったときからっ!好きだった!アイのことがっ!」
一世一代の告白。そして、必ず上手く行く告白。
アイのだしたグッドサインに気を取られ、その笑顔に、脱ぐ得きれない儚さがあったことに、僕は気づいていなかった。
こうして僕らは、彼氏彼女の関係、つまりはカップルになったのだ!家で軽く、いやかなり激しく躍り狂ったぐらいである。僕の嬉しさが言葉では言い表せないものなのは、分かることだろう。
しっかし、あれだな!告白はする方が気分がいいぞ!受け入れられた時の嬉しさは言い表せれん!
受験勉強もよりはかどるし、土日は毎日会うようになった。完璧なマイLife!素晴らしい!
とにかく素晴らしいこの日々に、僕は見ての通り、完全に酔いしれていた。そんな日々が何日も続き、受験勉強も豪語していたわけではなく、本当に捗っていた。何でもできる。そんな気がしていたのである。そしてそれは、受験当日も同じだった。試験も順調に進み、面接は自信を持って臨めた。この湧き出る自信は、認められたと感じたからなのか、いや、なにか違う気がする。だが、自分に自信を持てたのは確かであり、面接も好調だったのだろう。そして、
「おっしゃああぁぁぁぁぁ!」
自室で一人、携帯を片手に僕は叫んでいた。理由は簡単である。僕の携帯の画面。そこに写っていたのは、合格通知だったからである。
「キタァァァァァァ!セーフ!ギリギリセーフ!」
因みになんでこんなにセーフセーフ言ってるかというと、第一志望は落ちていたためである。今来た合格通知は第二志望の物なのだ。だからこそ、セーフなのだった。
更に因みに情報だが、受験結果は以下の通りである。
僕 第二志望合格。
真 第一志望合格。(僕の第二志望校)
寧音 公立合格。つまり、第一志望合格。
弥生 不明。
寧音が合格したことに驚きである。弥生の教え方がよっぽどよかったのか、それとも隠された才能があったのか。いや、後者は無いな。弥生が不明なのは、僕がどこ受かったかなんて聞きたくないから聞いてないためである。東大。なんて聞いた日には、自分が虚しく見えて仕方ないからだ。
そして、
「アイはどうだったんだ?受験。」
「一応ね。」
「どういう意味だ?一応、受かったのか?」
答えの意味が分からず、聞き返す僕を見て、アイは黙ってしまった。もしや、落ちたのだろうか。それならば掘り下げてはならない内容である。しかしそれは、友達なら、の話だ。僕には聞いてあげなければならない義務があるだろうから。
「別に受からなかったんならそう言ってくれ。そんときゃ僕も、」
「駄目に決まってるでしょ!」
僕が言いきるより早く、アイはそう叫んだ。驚く僕をみて、アイはすぐに申し訳なさそうな顔をした。
「あ、ごめんね?じょ、冗談だよ。冗談。受かりました!当たり前でしょ!まぁ、第一希望じゃなかったんだけどね。」
「そ、それならいいけど。」
「あ、ゴメン、私今日早いから!また明日!」
それだけ言って、走り去っていくアイを見て、僕は何か不吉なものを感じずにはいられなかった。まさか本当に落ちてしまったのか、と考えたりもしたが、結局はアイの大丈夫を信じるしかないのだった。
とかなんとか言いながら、その後特に不穏なことはなく、遂には卒業式当日になった。なぜか知らないが、僕らの高校は卒業式がちょっと遅い。それゆえに桜が咲き始めようかとしている日だった。卒業式は順調に進み、校歌を歌って終了した。肩の荷が下りた僕は、アイと一緒に帰ろうと、いつもの場所で待っていたのだが、
「こねぇな。あれ?今日帰りが早いって伝えなかったっけ。」
アイは一向に姿を見せそうにない。用事があるとも思えないので心配していると、
プルルルルルル、
携帯がなった。一瞬アイかと思ったが、連絡先を交換していない、というかアイが持っていないそうなのでそれはあり得ない。誰がかけてきたのかと僕は通話相手の名前を確認した。そこにでていた名前は、
「もしもし、陽音くん?」
「どうした、真?」
真であった。最近あまり通話していなかったので珍しいことである。
「いや、ちょっと話があってな。」
しかしもっと珍しいのは、真が久しぶりに緊迫した声だったことである。
「どうした!?また林が、」
「違うねん。一つだけ、ずっと言えんかったことがあって、」
緊迫感を感じる真の声は、震えていた。まるで、言ってはならないことを言おうとしているように。
「な、なんだよ?」
僕は、僕自身の声も震えていることに気づいていなかった。僕は、真が言う言葉を、聞いてはならないこと、でも聞かなければならないことを、知らなかった。
「あのな、えっと、」
僕は、真がその震える声で、その一言でもって、僕の心を、
「僕には、アイちゃんなんて見えんねん。」
打ち砕くことを知らなかった。
「な、何いってんだ?あんだけ一緒にいただろ?」
真の言ったことの意味が理解できず、僕は問いかける。
「だからな、そんなこと今まで一度もなかったんや。僕には、アイちゃんのことが、見え」
「何言ってんだよ!?あんだけ!一緒に過ごしてきたじゃねえかよ!そ、そうだよ。弥生と会ったときだって、」
「そうや。弥生さんと会ったときも、陽音くんは一人やった。」
「っ!さっきから、いい加減にしろよ!?エイプリルフールでも許されねえぞ!」
僕の罵声も叫び声も、虚しい、いいわけにしかならない。
「ごめんな。でも、分かっとるはずや。陽音くん全部、買ったもん家に持ってかえっ取ったんやから。一人でご飯食べてたはずやから。一人で電車に乗ったはずやから。一人で、」
「うるせぇ!そんな馬鹿げた話があってたまるか!なぁ、そうだろ!違うって、言ってくれよ、、、」
真の言うことは、何もかも、僕は知らないことだった。でも、これまでの全てが、真の言うことを、肯定していた。
「すまん、」
そう言って、真は電話を切った。残された僕は、「一人」だ。今までも、そうだったのだろうか。いや、違うはずだ。そうでないとおかしいだろ。説明のつかないことの方が多いじゃないか。
「そうだよ。アイに、会って話せばいいじゃねえか。」
それだけだろ。そう言って、僕はおぼつかない足取りで、そとにでた。いつもの、下校時の場所へ、行かなければ、行かなければと、呪文のように呟いて。
「陽音くん。」
「あ?」
かけられた声は、僕に希望を与えた。
「陽音くん。どうしたの?って言ったって、もう遅いか。」
だってそれは、間違えるわけがない、アイの声だったから。
「は、はは。ほら見ろ。ちゃんといるじゃねえか。いつも通りのアイだ。そうだろ、そうだよ。」
「陽音くん。落ち着いて。」
アイの声は、「僕」を肯定し、「私」を否定した。
「落ち着いてるさ。大丈夫だよ。それよりさ、真が変なこと言い出してよ。お前が、見えないって。アイツ頭おかしいよな。だって、こうして、アイはここにいるってのに。」
「そうだよ。私はずっと、「ここ」にいる。陽音くんの「ここ」に。」
「な、何訳わかんねえこと言ってんだ?アイまでそんなこと言い出すのかよ。今日はエイプリルフールじゃないぞ?」
僕の必死の弁明は、アイには届かない。まるで、そこにいないように。
「聞いて、陽音くん。」
ただ、アイは僕にそういった。聞いて、と。
「だから、何いってんのかわかんねえって言ってんだろ!」
「聞いて!お願い。時間がないの。」
「っ!お前はっ!人だろ!?れっきとした、形ある人間だろ!?そうじゃねえかよ!」
僕は嗚咽のたまった声で、半ば呻きながら懇願する。そうだ、と言ってくれと。
「私はっ!人間じゃないのっ!お願いだから話を聞いてよ!」
しかしそれを、アイは肯定しない。目に、涙を浮かべながら、自分を否定することになっても。
「そんな、二流小説みたいなことがあってたまるかよ!じゃあ、なんだよ!お前は、幽霊かなんかなのかよ!」
「私はっ、私はっ、私は、君だよ!陽音くん、君なんだよ、、、」
「は?」
何を言っているのか理解できず、僕の思考は固まった。私は、君だ?何を言ってるんだ。アイは?
「私はっ、陽音くんの別の心なの!裏の、部分なの!」
「何言って、」
僕が言うより早く、アイは僕の身体に抱きついた。その感触が、肌に伝わることはなく、ただ、悲しさだけが伝わって。
「聞いて。私はね、君に好かれるために生まれてきたの。君が嫌いな君を、好きになってもらうために生まれてきたんだよ。君が自分を、愛せるように。」
僕が、自分を愛する。だから、「アイ」。「私」と、「愛」の、「アイ」。なら、それなら、僕が最初に話しかけたときから、アイは、自分のするべきことを、それでどうなるかを、わかって…
「別人格の目的は、主人格を守ることにあるの。でも、私は違った。君に、好きになってもらうための「アイ」だった。私はね、自分のことが、君のことが、大好きなんだ。自分を好きでいられるって、最高じゃん?君が、私を、自分を好きになってくれるならって、頑張ってたんだ。」
そこで、「アイ」は一呼吸おいてから、目に涙を浮かべていった。
「でもね、駄目だったよ。私は自分が、君のことが好きだって思う度に、消えたくないって、思ったんだよ。君と、ずっと、「二人」でいたいって、思うように、なっちゃったんだよ。消えたく、ないよ。」
好きな人ができたら、それは、その人との、さよならのカウントダウンのスタート。皆そうだ。でも、「アイ」は違う。「アイ」は好きな人を、嫌いになれず、好きなままだと、すぐにさよなら。だって、「アイ」が好きなら、僕も好きなのだから。役目を果たした物が朽ちていくように、いや、役目を失ったものが捨てられるように、僕を好きな限り、嫌いになれないのに、嫌いにならない限り、消えていく。ずっと、ずっと、悩まされてきたはずだ。それなのに僕は、もっとも身近な「自分」を無下にした。僕に「アイ」と名乗ったとき、アイはどんな気持ちだったのだろう。
「そんなのっ、そんなのって、ないだろっ!あの世で待ってても言えないじゃないか!」
「私だって、消えたくないってさっきから言ってるでしょ!でも、陽音くんが、好きになってくれたから、私は消えれるんだよ!?それにね、元々一つだったものが、ずっと二つでいられるわけないじゃん、」
だから、とアイは言った。
「陽音くんが、見せてよ。私のしたかったこと。できなかったこと。「“I”」が、望むことを。ずっと、見てるから。」
そういって、「アイ」は消えた。まるで最初から、僕だけだったみたいに。僕がずっと「一人」だったみたいに。別に唐突に消えたんじゃない。実際に、僕は気づけば自分のベッドの上で寝ていた。お母さんが言うには、そとで倒れていたのをお父さんと運んだらしい。体温計は、「一人」になっても、変わらず三十八度五分を指していた。風邪、らしい。僕はその夜、「一人」で泣いた。アイの涙も、僕の涙も、全部出しきって。
あの日から、十年たろうか。僕は今年で二十八になる。アイはまだ、僕のことを見てくれているだろうか。僕は今日、結婚する。婿入りするのだ。それも、あの神家に。察しのいい人ならお気づきかもしれないが、そうだ。寧音と結婚するのだ。付き合い出したのは三年前。仕事でたまたま、寧音と再会した。そこからは、まぁ、これは語ると長くなるから止めておこう。寧音にも怒られそうだし。
「新郎様。新婦様がお見えです。」
控え室の僕に、スタッフの人が声をかけた。
「あ、はい。どうぞ。」
僕がそういうと、ドアを空け、ドレスを纏った寧音が入ってきた。その容姿は、十年前と変わらず幼げな顔だが、ドレスのお陰で可愛さに拍車がかかっていた。
「ど、どうですか?」
気恥ずかしいのか、寧音は顔を赤らめ、感想を求めてくる。その姿がまた、可愛いいのだが今は置いておこう。
「馬子にも衣装だな。」
「なっ、わ、私は馬の子ではありません!」
「じゃあ、馬の娘?」
「スゴイ!馬子にも衣装が褒め言葉になってる!」
こんなやり取りも、何度やって来たことか。しかし意外と飽きないもんだな。
「ま、それぐらい美しいってことですよね!?」
「そうだな。ドレスでより可愛さに拍車がかかったと言うか、」
僕が素直な感想をのべると、
「か、可愛くありません!私はオトナの女なんですよ!」
大抵こうなる。寧音は自分の可愛らしい容姿を気にしており、美しいと思われたいそうなのだが、
「そうか。じゃあオトナの女。今夜空いてるよな?」
「そっ、それは、べ、ベベベ別の話しと言うか、なんといいますか、」
とたんに顔を赤らめ俯いてしまった。こういうところを直さない限り、可愛いは脱却できないだろう。もちろん、僕としてはこのままでいてほしいのだけど。
「ほい。オトナの女。コーヒーはもちろんブラックでいいよな。」
そういってあらかじめ買っておいたコーヒーを二缶取り出して、僕はブラックの方を寧音に渡した。
「当たり前ですよ!こ、こうやってクールにですね、あちゅっ!にぎゃっ!」
「クール要素ゼロじゃねえか!」
「う~。あれ?あのー、陽音さんが飲んでる、それって、」
「アイスカフェオレ。」
「私の十八番っ!」
こうして結局、いつもと同じものを飲むことになったのだが、まぁこんな感じでやること一つ一つに可愛いが詰まっているのだ。このやり取りを脇で見ていたスタッフさんたちが、ホントにお似合いですね。と言ってくれた。自分を大事にしている僕にとっては、少し罪悪感を覚える言葉だった。
「そろそろですので、こちらの方へお願いします。」
スタッフさんにつれられて僕と寧音は入場準備をした。そして、
「新郎新婦の、入場です!」
の、声をきっかけに、扉が開き僕らは歩き出した。客席にはものすごい泣いてる真、来てるとは思ってなかった弥生を始め、様々な人が来てくれていた。そんな中を歩いて、僕らは神父の前にたった。
「新郎陽音さん。あなたはここにいる寧音さんを、病めるときも健やかなるときも、富るときも、貧しいときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
神父の言葉は、問いかけるようで、それでいて祝福するように聞こえた。
「はい。誓います。」
僕が答え、そして、寧音も、
「では、新婦寧音さん。あなたはここにいる陽音さんを病めるときも健やかなるときも、富るときも、貧しいときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
練習通りに、
「は、はい!誓いまひゅ、ち、誓います!」
思いっきり噛んだ。うん。練習通りだ。こうして、いつも通りの結婚式は始まり、え?誓いのキス?見せられるわけねえだろ!まぁ、とにかく無事に結婚式は始まったのだった。それから、食べたり、飲んだり、食べたり、しゃべったりと、とにかく口を動かし続けた。そして、式の内容が終わり、その夜。
「寝てる。寝てる寝てる寝てる、寝てるぞ!?」
寧音は、疲労がたまっていたのか、爆睡していた。
「ウソだろ!ほんとに何にもせず寝やがった!」
しっかしこいつ、こういうところが可愛くもあり、憎らしくもあるよな。
と、そんなことを思いながら、僕は諦めて椅子に座って、「一人」のことを考えた。夜、毎日思い出すのが僕の日課である。しかしこの日僕は、
「いつか、「皆」に、「一人」を知ってもらうのも、良いかもしれないな。」
寧音の寝顔を見て、そう思ったのだった。
全て、知った。そして、私は更に絶望を知ることになりそうだ。だって、お父さんの状況と、今の状況は、かなり酷似しているのだから。でも、もしかしたら違うかもしれない。私は、そんな淡い希望を抱いて、弥生先生に電話をかけた。
「もしもし、唯愛ちゃん?どうかしましたか~?」
「すいません。ちょっと聞きたいことがあって。」
違う。聞きたいことじゃない。聞いたら駄目なことだ。でも、聞かなくちゃならないから、
「正直に、答えて下さい。」
「はい~。でも、良いんですか~?」
いつになく真剣な私の声に、弥生先生は私が何を聞こうとしてるか察したのか、本当にいいのか、と確認を取る。
「構いません。お父さんのこと。全部知ったので。」
私は、ここで聞くのをやめるわけにはいかない。だって、この質問にイエスと帰ってくる確率が、限りなくゼロに近くても、ゼロじゃないなら聞かなくてはならない。
「分かりました。良いですよ、真剣に、答えましょう。」
弥生先生も私と同様に意を決し、声色を変えた。
「先生は、さ、佐藤さんはっ、」
それでも、やっぱり声は震えて、途中途中嗚咽で喉がつまりながら、私は、
「ハルトくんのことが、見えてましたか?いや、見えてましたよね。そうですよね?」
先生に、問いかけた。分かっている。分かっているのに、どうしても、どうしてもまだ一緒にいれるって想像してしまう。しかし、私のそんな淡い希望を、先生は、
「私には、見えてません。ハルトくんも、アイちゃんも。」
打ち砕いた。
「そ、そうですよね。分かってたんです。聞く前から。でも、あれ?なんで、」
なんで、こんなに泣いてるんだろう。悲しくないのに。前にもあったのに。今度は、私の番なだけなのに。
「ごめんなさい。切りますね。」
喘ぐ声を必死に抑えながら、私は通話を切った。
まだ、ハルトくんと話してないから、まだ、ハルトくんが消えてないから、こんなに泣いてちゃ駄目なのに。
「唯愛。」
気づけば、「そこ」にハルトくんはいた。
「ハルトくん。そっか、私の周りならどこでもいいんだ。」
「そうだね、場所は重要じゃないかな。今重要なのも、場所じゃないだろ?」
「うん。でも、今度は私の番、なのかな。また、お別れみたいだね。」
こんなにも、悲しくて、切ないことを、私は、どれだけ繰り返せばいいのか。離れてはくっついて、離れてはくっついて。
「そう、かもな。それにしても、大変だったんだぞ?本当に好いてくれてるか自身がなくてな。そのくせ分かりやすく自分の身体が消えていくのが分かるんだから、なんだか、切なくってな。」
「私の気持ち、分かった?そういえばさ、ハルトくんは、お父さんなんだよね?」
「確かにそうなるな。なんか面白いな。そう考えると。僕が死ぬまでは完全に二つに分かれてたってことだろ?」
「確かに!なんで気づかなかったんだろう。」
本当に、なんで気づかなかったんだろう。なんで、今になって全部思い出したんだろう。もう、遅い今になって、
「あ、ごめんね。ちょっと、涙でちゃった。」
私は、いつの間にか流れていた涙をぬぐった。ぬぐってもぬぐっても、止まらないけれど。
「あれ?おかしいな、さっきあんなに泣いたのに、」
「泣いて良いさ。それは、僕の涙かもしれないし。」
もう、ごめんねも言える状況じゃなかった。涙は止めどなく流れ、分かっている終わりが来たことに、胸が悲鳴をあげている。私は、どこまでも弱かった。
「ごめんなさい。気づけなくて、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」
謝ることしかできない私を、ハルトくんはただ、なにも言わず、なだめてくれた。なんで、気づけなかったんだろう。お父さんが、最後に、アイ、って言ったのは、愛してるって言おうとしたんじゃない。私に、アイの姿を重ねて、そういったんだ。自分の名前をハルト、だと名乗った時、私がアイと名乗った時よりも、もっと辛かっただろう。自分のままで消えていくことを、決めたのだから。いまさら思い出しても遅いこと。いまさら考えても遅いことばかりが私の頭に浮かんだ。
「こんなこと、言うつもりじゃなかったけど、やっぱり消えるのは辛いな。もっとアイと、唯愛と一緒にいたかったって思っちゃうよ。親として、恋人として、いや、僕として、だな。」
私の視界はグシャグシャで、ハルトくんの顔も見れなかった。いや、見えないんだ。私は、ハルトくんの顔も、声も、思い出せない。思い出すのは、言ってくれた言葉と、その優しさだけだった。だって私が、陽音くんの影を見いだしていた偶像にしか過ぎないのだから。しかし、それも、それですら、今消えようとしていた。
「唯愛。一つだけ、約束してくれないか。」
そんな今まさに消えようとしているハルトくんは、最後に、と口を開いた。
「約束?」
ハルトくんの言うことなら、自分が望むことならば、私はなんだって出来る。だから、
「ああ。もう、二度と僕たちが、裏と表が、離ればなれにならないように、約束してほしい。僕のために、自分のために生きようなんて思わないでくれ。」
だから、私は硬直した。何を言っているのか分からなくて。
「どういう、こと?」
「まぁ、分からないのも無理はないか。簡単な話し、僕が、百々目木陽音が、自分を愛せた時点で、もうアイと会うことはないはずだったんだ。でも、僕は、自分のため、アイのために生きた。
そのせいで、また離ればなれになるとも知らずに。だから、これからは誰かのために生きてほしい。ほら、よく言うだろ?自分を愛せない人間に、他人を愛することなんてできないって。僕らはいやと言うほど、自己愛の尊さと、自己愛だけではこんな結果になるって分かったろ?「私」
を愛せたら、「あなた」も簡単さ。好きな人を見つけて、その人のために生きてほしい。」
ハルトくんの言うことはもっともだ。自分を愛せれば、他人を愛することもまた、簡単だろう。でも、それは、
「それって、私たちがもう二度と会えないってことじゃない!それが、どれだけ辛いかなんて、分かるでしょ!?」
それは、あまりにも残酷だった。私は、別れが来るのを知ってても、それがどれだけ辛い道でも、あなたと会えるなら、私と巡り会えるなら、それでよかったのに。
「違うよ。僕らはずっと一人だ。ずっと一緒だ。生きてても、死んでても。だから、お願いだ。僕らがずっと、ずーっと、寂しくないように、ずーっと、「一人」でいれるように、「皆」で、生きてくれ。」
それは、陽音くんの願いだった。つまり、私の本心でもあるのだ。受け入れるしかない訳じゃない。受け入れてるんだ。ずっと前に。
「うん。分かった。バイバイ、陽音くん。」
その言葉を聞いて、吹っ切れたように陽音くんは消えた。まるで、最初からいなかったみたいに。でも私にははっきりと分かった。私の中の、足りない何かが、埋まっていくのを。
「お帰り。ハルトくん。」
こうして私は、世界一寂しいお帰りを、その心に噛み締めた。ハルトくんの分も、私の分も、全ての涙を流しながら。
陽音くんが消えた、次の日のことである。一人になった私は、なぜこんなことになったのか知るために、もっとも有力そうな、弥生先生のもとへ向かった。何度か弥生先生の家には行っているため、いくつかの電車を乗り継ぎ、迷うことなく着くことができた。玄関のチャイムをならすと、弥生先生はすぐにでてきて私を家の中に通した。
「おじゃまします。」
「どうぞ~上がってください~。」
弥生先生の家は、物凄くキレイでもなく、物凄く汚くもない、普通の家だ。こういう人の家って、大体どっちかに傾くものだと思うのだが、ごく普通の家である。
「聞きたいことは分かってますので、とりあえずそこら辺に腰かけといてください~。」
私は、言われた通りそこら辺に腰かけた。
「唯愛ちゃんは、紅茶とコーヒーどっちにしますか~?」
「じゃあ、紅茶お願いします。」
弥生先生が、紅茶をいれている間、私は、昨日の出来事全てを話した。私が話し終わる頃に、ちょうど弥生先生は紅茶を淹れ終わり、カップを持って、私の前に座った。
「あ、弥生先生、紅茶淹れるの上手くなりましたね。」
「ん?唯愛ちゃんに紅茶を淹れるのは、これが初めてですが~。」
「あれ?じゃあどこで飲んだんだろ?」
まぁ、そんな細かいことはどうでも良いのだ。それよりも、数十倍は重要な話を私はしに来たのだから。
「ま、それは置いておきましょう~。さてさて、唯愛ちゃんが知りたいのは自分のことですよね~?」
「はい。記憶喪失系主人公みたいになってますけど、私は、なんでこうなったのかが知りたいんです。弥生先生は、知ってらっしゃるんですよね?」
しかし、私の質問に対して、弥生先生は首を振った。
「私にもそれは、分からないんですよ~。だから、机上の空論になってしまうんですけどね~。それに、かなりファンタジーチックですし。それでも、良いですか~?」
なんと、どうやら当てが外れていたようだった。だがこの際、少しでも可能性が、少しでも私が納得できるなら、なんでも良いのだ。そう思い、私は、首を縦に振った。
「分かりました~。では、まず、唯愛ちゃんはアダムとイブをご存じですか?」
「最初っからファンタジーですね、、、まぁ、一応知ってます。」
アダムとイブ。最初の人類。人類を作った産みの親である。
「アダムとイブ、まあ、アダムとエバなんて言ったりもしますが、この二人は、いわくつきでして、」
「どこがですか?」
「アダムは、人類最初の男。イブは人類最初の女。では、先に生まれた方。つまりは、最初の人類はどちらなのか。」
「神話ですし、同時に生まれたとかじゃないんですか?」
私の答えを聞いて、弥生先生は笑みを浮かべた。
「その通りなんです。アダムとイブは、ワンセット、いや、一つとして、生まれたんです。」
「一つとして生まれた?どういうことですか?」
先生の言うことの意味が分からず、質問する私に、先生は、言葉通りの意味ですが、もう少し噛み砕きましょう、といった。
「簡単に言えば、アダムとイブは、同一人物だった可能性があるんです。」
「同一人物!?」
「はい。互いの短所を書き消すように、一つで完璧な存在として、産み落とされた。」
「じゃあ、人類最初の女とか、男ってのはどうなるんですか?」
アダムとイブが同一人物なら、人類最初の男や、人類最初の女といった肩書きは、おかしくなってしまう。
「知恵の実、ですよ。」
「知恵の実?」
私の質問に帰ってきたのは、これまたファンタジーな答えだった。これじゃあ、ファンタジーチックじゃなくって、おもいっきり全色ファンタジーだろう。
「知恵の実。リンゴのことです。アダムとイブが齧ったとされてるやつですね。これによって、アダムは労働の苦しみ、イブは出産の苦しみを与えられたとされています。つまり、この時点で二人は別の存在になったんです。短所を消し合うことのできない、短所と長所を持った、一人になった。これが、裏と表の始まりです。」
弥生先生が言っていることは、つまり、元々、良い部分と悪い部分が、二つが一つであることで打ち消し合っていた。しかし、一人になってしまったことで打ち消し合えず、裏の部分と表の部分が出来た。といったとこだろう。
「さて、ファンタジーの話しは置いておいて、本題に移ります。陽音くんの私小説を読んだので分かると思いますが、陽音くんは最初、自分のことが嫌いだと言ってるんです。でも、その直後、アイちゃんと会った後は、そんな素振りを一つも見せなくなった。嫌いな部分が、アイちゃんに移ったから。そんなとこでしょう。実際、最初の段階でアイちゃんは白いワンピースを着ています。これは、何にも染まっていない証拠です。しかし、この後からアイちゃんの服装や、容姿については触れられなくなった。裏の部分になったためです。」
ここまでは良いですか?と、先生は私に聞いた。
「ちょ、ちょっと待ってください。私が裏って、じゃあ今は、」
「裏の裏は表。ですよ。表からすれば反対側が裏ですが、裏からすれば反対側が裏。自分が表です。表裏一体って言うでしょう?裏と表に固定概念なんかないんです。どちらが表にも裏にもなり得る。」
それはつまり、やっぱり私たちが会うことは二度とないってことなのだろう。いや、元々会うべきではなかったのかもしれない。表裏一体。表と裏が離れれば、あんな風に、感じることもないはずの切なさを感じなくてはならなくなる。思いでと、引き換えに。どちらが良いのか私は分からないけど。
「分かりました。それで、結局私はなんなんですか?」
「そうですね、アダムとイブの更なる分裂体、といったところですかね。種族として一つだったアダムとイブが、禁断の果実を食べ、本当の意味で、アダムとイブになった。その子孫である我々が、更に二つに増えた。それが「あなた」です。」
「ファンタジー、ですね。さっぱり伝わらないんですけど、、、」
「確かにそうですね。なにも得られず帰すのもあれですし、一つ。面白い話をしましょうか。」
「面白い話し?」
「ええ、ええ、それはもう、とてつもなく。」
正直に言って、ほとんど妄言の先生の話しにつきあっているぐらいなら、帰った方がマシとまで考えていたのだが、どうやらまだ、私は期待しているらしい。ハッピーエンドとやらを。
「先生のことですから、保証はあるんですよね。聞かせて下さい。お願いします。」
「ではでは、少し学者肌な、現実的な話をしましょう。二重人格にも様々な形がありますが、大まかなルールのようなものが存在するんです。」
「ルール、ですか?」
「はい。まず一つ目、二重人格は、主人格を守るためにできるものです。いじめられていたり、虐待を受けている子供が、精神の安定を求め、作り出すものです。そして二つ目、二つめの人格がでているときにやったこと、起こったことは、主人格は覚えていません。そんで最後。人格が同時にでることはありません。あれれ?おかしいですね?」
分かりますよね?と言いたさ気な表情で、先生は私に問いかけた。そう、確かにおかしいのだ。だって、先生の言った三つの内容に私は、
「一つもあてはまってない。え?どういうことですか?」
「正解正解、ピンポーン!そうなんです。唯愛ちゃん、一つもあてはまってないんですね。さて、ということは!?」
「二重人格ではない?」
「そう!と、言いたいんですが、そうではありません。れっきとした、二重人格の一種です。しかし!さっきも言った通り、表と裏が分かれる事例なんてないんですよ。それも、精神状態が不安定でもないのに。」
「じゃあ結局なんなんですか!?焦らさずに教えてください!」
何度も似たようなことを繰り返し、答えをなかなか教えてくれない先生に、私はついに我慢できず、叫んでしまった。
「表と裏は、一心同体。つまり、表が変われば、裏も変わる。」
しかし、先生は私が叫んだのにも関わらず、自分の話を突き通す。
「さっきからずっと分かんないことばっか言って!教える気ないですよね!?」
私は完全に怒りの矛先を先生に向け、叫び続けるが、やはり先生は変わらない。
「では、変わる前の裏はどこへ行くのか?消える?そんな馬鹿な。ではでは、一体どこへ?」
「いい加減にしてください!!」
私は怒りが絶頂に達し、先生を無理やり止めようとした。しかし、
「ロマンチックな考えですが、輪廻転生、生まれ変わってるなんて考えられませんか?」
先生のその言葉を聞き、私の頭は完全に停止した。
「っ!どう言うことですか!?」
「言葉通りの意味ですよ?陽音くんと、どこかで巡り会えるかもしれない。まあ、唯愛ちゃん次第ですし、この一生で会えるとは思えませんが。」
言葉の真意はわからない。でも、弥生先生もまた、私のことを励まそうとしてくれているのだ。
私が今、自分よがりな状況になっても尚、周りの人たちは、励まそうと、元気になってもらおうと必死なのだ。なのに、それなのに、私は先生にあたってしまった。自分のことしか考えず、自己愛にのみ溢れ。溢れる自己愛を、他人への愛に変えて生きてくれと、自分らしく生きてくれと、ハルトくんに言われたばかりだと言うのに。
「すいません。躍起になってしまって。」
私は考えを改め、先生に謝った。
「良いんですよ~。唯愛ちゃんは今、かなり辛いでしょうから~。」
私は大丈夫ですよ~、と先生は言ってくれたが、だからといって許されることではない。私は先生に会わせる顔がなくなり、ごめんなさい、といって、席を立った。先生もまた、引き留めることなく、
「そうですね~。今日のところは帰った方が良いかもしれません~。あ、ホントに私は気にしてないからですね~。」
私はなにも言えず、弥生先生の家を後にした。
その夜、私はベッドの上で、一人考えた。ハルトくんは、私らしく、それでいて人と関わる生き方を望んだ。自分を愛するだけでは、また同じことを繰り返すから。自己愛は、ナルシズムとは、違い、人と関わり、自分を大切にすること。自己を愛する、じゃない。自己も愛せる。自分の身体が、自分一人のものではないことを分かっている人が持つもの。そんな考えが、浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
次の日私は、今まで私が、陽音くんが、経験したことをお母さんと叔父さんに話した。包み隠さず、全て。その結果、
「すまんかった!」
叔父さんが盛大に謝った。
「べ、別に謝ることじゃ、」
「いや、友達が、姪っ子が、そんな状態やったってのに僕は何にもきずかんと、上っ面だけで過ごしとった!陽音くんの時の分も謝らせてくれ!すまん!」
「わ、私に言われても、」
裏と表の同一人物とはいえ、裏と表。陽音くんが実際にどう思っていたかは、私も知るよしもないのだから。
「私は、唯愛が陽音くんに縛られず、陽音くんが唯愛に縛られず生きていけるのなら、何にも言うことはないよ。」
「お母さん、」
お母さんも、すんなり事実を受け入れ、私のことを認めてくれた。娘と旦那が同一人物何て考えれもしないだろうに。しかし、お母さんの場合は、少し別である。
「お母さん。めっちゃ可愛かったんだね。」
「うっ、」
「寧音が可愛いのはもとからやで?」
「違うよ叔父さん。ほら、これ読んで。」
私は叔父さんにお父さんの私小説を渡した。すると数分も満たない内に、
「なんやこれ!デレッデレやないか!」
「でしょでしょ!お母さんがまさかあんなに可愛いとは、」
今じゃ考えられない光景。
「や、やめて二人とも!べ、別に陽音くんだけにそんな態度取ってた訳じゃ、」
いや、今でも可愛いぞ。全然目に浮かぶ光景だった。
「陽音くんだけに取ってた訳じゃないやと!不倫か!?」
「なんでそうなるのよ!」
兄弟ゲンカはさておき。この状態を見れば、お父さんがどれだけ皆に愛されていたのかが、よく分かる。
「お父さんは、お母さん達にとってどんな人だったの?」
私が問いかけると、二人は言い争いを止めてこちらを向いた。
「僕らにとって?」
「陽音くんねぇ。」
二人は悩んだ挙げ句、お互いに顔を見合わせて
「太陽。」
「太陽!」
と、答えた。
「太陽?どういう意味?」
私が問いを重ねると、二人は口早に、
「太陽みたいなやつやねん。」
「いないと困るって言うか、いつでも照らしてくれる存在?」
「今でも見てくれてる気がするなぁ、なんて言っとったら、ホントに唯愛の中で見てくれてるっぽいしな!すごいやつやで!」
二人にこうまで言わしめるのだから、本当に太陽みたいな存在だったのだろう。
「ほら、陽音って、陽気な音って書くでしょ?名は体を表すの代名詞みたいな人、とも言えるのかな。」
「なるほどな!それもそうやなぁ。百々目木はよう絡まんけど。」
しかし、本当に良い人というのは、こうやって死んだあとも皆を和ませ、元気付けるのだろう。私も悩んでばかりでは、面目が立たないだろう。そうこうしながら、私たちの話しは夕方まで続き、私の心は、ひとまず落ち着いたのだった。
受験勉強も上手く進み、私のしたかったことをやれる大学に進学した。そして、
それから十年、は飛ばしすぎな気がするので、五年の月日が経った。私はいま、大学を卒業して教員免許をとり、教員として、働いている。
「あ、じゃあ先上がりますね。」
私の担当は国語科であり、もう一人の国語科の先生である、川本先生にお先、といって帰ろうとした。そのや先である。
「あ、神先生。今度の週末空いてますか?」
「へ?あ、あの、私お金ないですよ?」
「俺をなんだと思ってんすか!?取るつもりはないですよ!?」
どうやら、違ったらしい。しかし、そうなると、あと残されたのは、
「い、いや、私そんなに安い女じゃないし、そんなに簡単に誘えるほど駄目な女じゃないですし、そんなぁ、良いんですかぁ?」
「あ、はい。」
「ちょっ、ちゃんと突っ込んでくださいよ!?」
私の渾身のボケをスルーしやがった。
「え?いや、全部ほんとのことじゃないですか?」
「っ!よ、よく言えますね!そんな殺し文句!」
まさかこちらの受け流しを攻めに変えてくるとは。なんてやつだ。
「ま、まぁ、そこまで言うなら別に良いですよ?」
「ほんとですか!?ありがとうございます!じゃ、先帰りますね!」
言うより早く帰り支度をして、ダッシュで職員室を出ていった。他の先生ももう帰っているため、私はポツンと一人残された。いや、一緒に帰るぐらいするだろ!誘ったんだからそれぐらいはするやろ!なんだったんだ。アレ。私は唖然としながらも、帰り支度を整え、家に帰った。ちなみにデートの詳しい詳細はメールで送られてきていたが、超長文メールだった。お陰で読解するのに時間がかかり、その上書いてあることは同じことの繰り返しと言う、中学生みたいな文章だった。
そして、デート当日。
「すいません!遅れましたか!?」
待ち合わせ場所で待つ私に、川本先生が声をかけた。遅れたことを気にしているのか、一言目に謝罪をのべたが、
「遅れましたか!?じゃないよ!?待ち合わせ何時間前だと思ってんの!?」
「い、一時間前くらいですかね、、、」
「正解でーす!いや、私すごくない!?一時間待ったのよ!?もう、なんか疲れた。早く行こっか。」
「お、怒ってないんですか?」
「怒っとるわ!だから、挽回してね?ね?」
私は川本君に圧をかけまくった。この際先輩とか関係ない。遅れたやつが下なのだ。そんな感じで、二人で町中を歩き、
「あ、ここです。予約してたの。」
川本君が足を止めた。私が見上げると、そこにあったのは、どう見てもお高いフレンチのお店だった。
「え!?ここ!?」
「はい!いやぁ、奮発したんですよ。どうすか?」
「凄い」の前に「高い」がでてきそうな店を前に、私は、
「なんか違法なことしてないよね!?」
心配しかなかった。本当に頑張って貯めたお金ならいいが、大丈夫か?後で私も請求されたりしないだろうな?
「してないっすよ!」
「いや、だって凄いより怖いが勝つお店じゃん。」
とりあえず中に入りましょう、と急かされ、私は店内に入った。店内は店の外よりさらに豪華で、高級の三つぐらい上のところにいる気がした。
店員さんに案内され、私と川本くんは席に着いた。
「こちら、ホニャララホニャララの、ホニャララ添えです。」
ナイフの使い方すら忘れた私に、料理名が分かる訳がなく、全部ホニャララで聞こえてくる。そして、料理を食べている最中、川本君から爆誕発言が飛出した。
「実は俺、小さい頃いじめられてて、二重人格になったことがあったんすよね。」
「ふーん。大変だったんだねえ。え!?二重人格!?」
「あ、はい。意識がないときがあったと言うか、なんと言うか。」
ちょ、ちょっと待てよ。フレンチ食べなから言うもんじゃ無いでしょ。ビックリしてホニャララに添えてあるホニャララを落としてしまったじゃない。
「二重人格って、そこまで追い詰められてたの?マジで大変じゃん。今言うべきことじゃなかったけど。」
私の対応を聞いて、川本君は、目を輝かせた。
「し、信じてくれるんですか!?」
「信じるもなにも、信じるしかないでしょ?逆になんで疑うのよ?」
「だ、だって二重人格ですよ!?めっちゃイタイやつにしか見えなくないっすか!?」
「そんなこと無いけど、なに?今までそう思われてきたの?」
その言葉を聞いて、川本君は悲しそうに首をたてに振った。
「今まで食事行った人でこの話聞いて気まずくならなかった人とかいないっすよ!」
その後、これは運命だーとかなんとか叫びそうになる川本君をなだめて私の疲労は限界突破していた。そこからも、様々なパニック、例えば会計時の値段をみて財布の中身を確認し出す川本君や、店のそとにでてからトイレに行きたくなる川本君や、川本君に、川本君である。つまりめっちゃ振り回されているのだ。帰り際、そういえば聞いていなかったことがあったと私は思いだし、川本君に質問した。
「そういえばさ、川本君のしたの名前って何なの?」
「俺は、アキトって言うんすよ。」
アキト。秋斗とかかな。
「字は?」
アキトの字がパットでてこなかった私は本人に聞いてみた。
「えーっと、太陽の音です!」
太陽の音?あれ?聞いたことあるぞ?
「陽気な音ってこと?」
まさか、ね。
「はい!」
元二重人格で、陽気な音のアキト。輪廻転生。表と裏。まさか、ハハハ。
私は浮かんだ恐ろしい考えを振り払った。仮にそうだとしても、どうしようもないからだ。私は私。彼は彼。「I」は「I」にしかなりえない。表も裏も、全部「アイ」。これは、そんな話なのだから。