あの罵り合い(イチャつき合い)から一晩空けた次の日のこと。私は、近所の公園で、ハルトくんを待っていた。理由は、昨日の仲直りデートが色々と上手く行かなかったためだ。朝の公園は気分が良い。鳥の鳴き声と、気温のちょうどよさ。
朝から使う人は少ない、というかいないので、「一人」を楽しむことができる。まあ、時々よってくる蜂を除けば、なのだけど。そんな風に、私が心地よさと蜂への恐怖でサンドイッチになっていると、
「唯愛ちゃ~ん。」
遠くの方から、ハルトくんが手を振りながら走ってくるのが見えた。私も手を振り返してハルトくんの方へ歩きだした。
「ゴメンゴメン。ちょっと遅れた。」
「大丈夫。私も今来たとこだから。」
手を合わせて謝るハルトくんに、私は大丈夫だよ、とフォローをいれた。本当に私もさっき来たとこだったので、問題なかったためである。
とりあえず私達は、ベンチに腰かけて話すことにした。
「さて、今日はなんで集まったのか、お分かりですか?」
私は真っ先に、ハルトくんに問いかけた。
「えーっと、昨日のやり直しのため?」
「うーん。そうだけど、ちょっと違うなあ。」
当たらずとも遠からずって感じだなあと、ぼやきながら私は話を続けた。
「昨日は、私のしたいことに付き合ってる感じだったでしょ。だから、今日はハルトくんに私が付き合おうと思ったって感じかな。」
「じゃあ、今日は僕の行きたいとことかに一緒に行ってくれるってこと?」
私はそういうことだと頷いた。
「じゃあさ、やりたいことがあるんだけど…」
こうして、私達の再デートは始まったのだった。

そして、現在ハルトくんに連れられて、駅の方に向かっているのだが、
「ねえ!どこいくのっ!?」
先程からハルトくんは、私の手を引っ張って目的地も言わず黙々と進んでいた。
「まぁ、ちょっと待ってよ。」
「さっきからずっとそれじゃん!?」
そうこうするうちに駅に着いたのだが、ハルトくんのここまでの文章レパートリーは、「まあ、ちょっと待ってよ。」か、「行けば分かるよ。」か、「・・・」のどれかだった。最後のなんかしゃべってないじゃん!ってぐらい何も教えてくれず、まあ、私が付き合うと言ったのだから別に良いのだけど、こっちとしても行き先ぐらいは教えて欲しいというか、、、
私がそんな風に思い悩んでる内にハルトくんはキップを買って、私に渡してきた。どこに行く気なのだろうと、私がキップの地名をみてみると、
「アキバ!?」
「うん。秋葉原。」
秋葉原。カドショ(カードショップ)から、アニメイト、セガ、羅針盤等々のさまざまなアニメグッズの店が立ち並ぶ、オタクの聖地である。ちなみに私達がすんでる場所からだと、一時間ぐらいで着く。
いやそれよりも!?なんでアキバ!?どこでも良いとは言ったけど、デートで行くものじゃないでしょ!?あれか?「夜なに食べたい?」って聞かれて「なんでも良いよ」って答えたらその辺の草出すお母さんなのか!?
唖然とする私を前にハルトくんは、なんでそんなにポカンとしてるんだ?と言いたさ気な顔をしている。
「ああいうの好きじゃなかったりする?」
そして純粋無垢な顔で問いかけてきた。
いや、好きだけども!全然金溶かすタイプだけども!しかし、なんで知ってるんだろ。どっかで話したっけなあ。
私がそんなことを考えている間に、ハルトくんは改札を抜けていた。
「ほら。早く行くよ~。」
改札を抜けたハルトくんから催促が飛ぶ。逃げ道は、無い。私も覚悟を決めて、手にしたキップで改札を抜けた。少し、懐かしい気持ちがした。
それから、電車に乗って待つこと一時間。日曜だというのに途中から立たなければいけないほど、混雑していた。人混みを掻き分け、電車を降りて駅から出ると、
「都会だーーーー!!」
始めに言っておく。こんなに大きな声は出していない。ちょっとね、ちょっと騒いだだけなのだ。ちなみに私の「都会」の条件は、どのぐらいで切り替わるのか、教えてくれる信号があるかどうかだ。ビルを見るたび、とりあえず「スゲェ、」と、感嘆の声を漏らしている私は、超絶田舎っぽいのだろう。しかしハルトくんもアニメオタクだったとは。お父さんもそうだったため、流石に似すぎではないかと、違和感を感じたが、世の中には、自分と似た人が二人いるらしいので、そのうちの一人だろう。多分。
私は言い表せない不思議な感覚を振りほどき、ハルトくんの後を追った。
「私アキバ初めてなんだけど、どこ行くの?」
私の質問にハルトくんは、 少し考えて、それから、
「う~ん。思いでの場所ってとこかな?」
と、それだけ答えて進み出した。私は少し気になったので、掘り下げて質問した。
「彼女さんと来たとか!?」
私の質問を聞いて、ハルトくんは驚いた顔をしてから、
「スゴイね。当たらずとも遠からず、だよ。」
と、やっぱり彼女がいたようなことをほのめかすことを言ってきた。いや、流石に前の彼女と行ったところに、最近ナンパした人と行くわけない。よね?
その後ハルトくんに連れられて来た場所は、大きなプラモデル店だった。
「おっきいね。」
「うん。昔はもうちょっと小さかったんだけどね。」
ハルトくんの言う昔が、どのくらいなのかは知らないけど、ここ最近大きくなったお店ってことなのだろう。それから私達は買い物を済ませ、他のお店見て回った。
「そろそろご飯かな。」
一通り買い物を終えて、とは言ってもそんなに散財はしていないけど、とにかく、買い物を終えた私達が昼食にしようとしたときだった。
「ん?あれって?」
私の目線の先にいたのは、弥生先生と思われる人と、一人の男性だった。男の人は、背が高く、年は四十代ぐらいに見受けられた。弥生先生は勤務中と同じ白衣を着ており、男の人はスーツ姿だった。
「弥生先生~!」
私はハルトくんの手を引っ張り、弥生先生の方へ駆け寄った。
「唯愛ちゃんじゃないですか~。どうしてここに~?」
私の声を聞いて振り返り、弥生先生も私の姿を見つけたようだった。
「先生こそどうしてここにいるんですか?お隣の方は、、」
「ん?あぁ、この人は同業者です~。とはいっても、大先輩ですけどね~。それで?唯愛ちゃんは一人ですか~?」
「私はハルトくんと、あ。こないだ話した男の子と一緒に来てて…、この人です。」
私はとなりにいたハルトくんを先生達に紹介した。
「なるほど。君がハルトくんですね~。私は唯愛ちゃんの学校の養護教諭を勤めている「弥生」と、申します~。よろしくお願いしますね~。」
「俺は弥生の仕事仲間の佐藤だ。よろしく頼む。」
二人からの自己紹介を受け、ハルトくんも、「よろしくお願いします」といった。
「それで弥生先生と、佐藤さんはどうしてここに来たんですか。」
「私達は、デートじゃないですよ~。ちょっと仕事で来てるだけですよ~。」
「わ、私達も別にデートって訳じゃ、」
私の弁解を聞いて、弥生先生は、ハイハイそうですね~と、適当にいなしてから、そうだ。と、手を打った。
「唯愛ちゃん達、ちょっと時間いいですか~?」
「私達ですか?私はいいんですけど、、、」
私は、問いかけるようにハルトくんを見た。
「僕も別に大丈夫で」
「よし。決まりですね~。ちょっと付いてきてください~。」
ハルトくんが言うより早く、弥生先生は、私達に付いてくるようにといった。それから、弥生先生に付いていくこと数分。近くのカフェに入り、話をしようと持ちかけてきた。
「それで、何のようですか?」
「いや~。これは唯愛ちゃんのお父さんの話なんですけどね~。」
「ちょ、ちょっと待ってください。今話しますか?それ。」
あまりに唐突だったため、私は理解が及ばず、先生を慌てて停止させた。
「ん?もしかして話してないんですか~?同じハルトくんなのに。」
「そうじゃなくって!ハルトくんがいる場で話していいことなんですか?」
普通デート中と見受けられる二人に、死んだ父親の話しなんてするのかと、私は怪訝に思ったが、知りたいという気持ちが勝っていることは確かだった。
「別に大丈夫、というかハルトくんも知りたくないですか~?好きな人の家族の話。もしかしたら役に立てるかもしれないですよ~。」
「そういう話じゃないです!ハルトくんはよくても、その佐藤さんっていう人は、」
明らかな部外者を巻き込んでいいものかと、私は先生に問いただした。
「あれ?さっきいいましたよね~。同業者だって。」
そういうと先生はバッグの中身を漁り、一枚の紙を取り出した。
「テッテレー。はい。どうぞ見てください~。」
先生は紙を私達の方に差し出した。
「えっと、佐藤良介、精神保健指定医?」
「はい~。私の隣の人は、精神保健指定医つまり精神科医とフリーライターを兼ね備えるスゴイ方でした~。」
パチパチパチ~。と、そういって拍手する弥生先生。
「いや、どういう意味ですか!?同業者って、弥生先生は教師ですよね?それに、その事がお父さんとどう関係が、」
話が理解できず、立て続けに質問を投げかける私をなだめてから弥生先生は口を開いた。
「一つずつ説明しますね~。まず、私は確かに教師です。でも一応、カウンセラー、つまりは心に携わる仕事をしていたこともあって、同業者と言ったんです~。わりましたか~?」
「そ、それは分かりました。でもお父さんのことと何の関係が、」
一つ目の意味は分かった。確かに弥生先生ならメンタルケアとか得意そうである。しかし、お父さんのことと何の関係が、
「は~い。ここを見てくださ~い。」
そういって弥生先生が指差した場所を、私とハルトくんは覗き込んだ。
「担当医、佐藤良介。患者、神 陽音。って神
陽音!?」
そこに記載されていたのは、紛れもないお父さんの名前だった。どうやらお父さんは私の知らないところで病院に通っていたようだった。それも、精神の、である。
「どうですか~?かなり、興味湧いてきたの
では~?」
「はい。教えてください。お父さんのことを。」
私はもう、周りを気にする余裕なんて無かった。
ハルトくんのことも、気にしていられる状況じゃなかったのだ。
「あ、そっちのハルトくんも聞いていて構いませんよ。それじゃ、こっからは担当医の方に直接聞いてみようじゃありませんか。ね、佐藤さん。」
ここで弥生先生は、話の中心を佐藤さんに移した。話を丸投げされた佐藤さんは、はぁ、とため息をひとつしてから、それから話し始めた。
「まず、簡単に、一言で言ってやる。唯愛だったか、お前の父親は別に深刻な病気じゃないし、その病気のことを悩んでた訳じゃない。むしろ逆だ。俺、いや、俺達が興味を持ったんだ。」
佐藤さんは、自分と弥生先生を指差しながら言った。俺達、が興味を持ったのだと。
「お、お父さんに変なことしてないですよね?」
「してない。逆にヤバい実験でもやったと思ってたのか?俺がやったのは、質問ぐらいだ。」
私はホッと胸を撫で下ろしたが、もっとも重要な質問が残っていることに気づき、話を続けた。
「それで、お父さんは何の病気だったんですか?」
最も重要な質問。それはお父さんの病気とは何だったのか、だ。
「ま、それが一番気になるだろうな。しかし俺から話すことは出来ない。」
しかし、その最も重要な質問に対して返ってきた答えは、イエスでもノーでもない、無回答だった。
「な、何でですか!?家族にも話せないって言うんですか!?」
ガチャンとテーブルを叩いて立ち上がり、大声を出してしまった私を、周りのお客さん達が見つめる。
「……すいません。でも、ここまで言っといて、言えない、で終わらせるって言うんですか?そんなのって、、、」
そんな酷いことがあるだろうか。話を吹っ掛けてきたのに、途中で話せないなんて、騙された気分である。正直私をからかって遊んでいるようにしか見えない。
「俺達からは言えない。無論、お前の叔父や母親も同様だ。あとは、」
と、そこまで言って佐藤さんは口をつぐんだ。それは、無理だと言わんばかりに。
「とにかく、何の病気だったか、一番知りたいであろう過去に何があったかは、俺達の口から言うことは出来ないわけだ。だが、もう少しでおのずと分かるんじゃねえのかな。」
「おのずと、ですか?」
私の問いに、佐藤さんはああ、とだけ答えた。
「まぁ、どうしても知りたいなら、お母さん達に聞いてみれば良いんじゃないですかね~。彼氏さんも気になってるって言えば、流石に答えてくれる気もしますけど~。」
弥生先生もそれだけいって、あとは何も教えてくれなかった。弥生先生いわく、弥生先生が教えたところで意味がない、だそうだ。そこから先は、弥生先生による恋愛相談室(強制)が始まった。出会いから、今までやったことまで、包み隠さず話さねばならない状況にされた。そういえば私達の関係もよく分からない。恋人ではないが、友達でもない。ハルトくんと一緒にいると、自分に苛立ちを募らせるとともに、自分に自信も持てる。ハルトくんを通して、自身の良い部分と悪い部分を同時に見せられてる気分になる。これが、人を好きになるということなのか、それとも、もっと別の何かなのか。私には「まだ」、分からなかった。
それから、弥生先生に一通り尋問され、良い感じの雰囲気になりつつも、帰り時になった。ハルトくんとまた電車にのって、駅から歩いて帰路についた時、
「唯愛ちゃんさ。もし、ホントにお父さんのことで悩んでるんだったら、聞いちゃえば良いよ。とりあえず知ってみてから、その後のことは考えれば良いじゃん。」
ハルトくんはそれだけ、その一言だけ言って走っていった。確かに、その通りなのかもしれない。悩むのは、悩む事態に陥ってからで良い。悩むことになるかもなんて思って悩むなら、行動起こすが解決策。鬼が出るか蛇かでるか、涙がでるか笑みがこぼれるかなんて、私にも、誰にも分からないんだから。走り行くハルトくんを見送りながら、私はどこか吹っ切れた気持ちで、そう考えていた。
「ただいま。」
玄関の鍵を開け、二人暮らしにしてはちょっと大きい一軒家のドアを開けた。
「おかえりー、ご飯できてるから席付いてね。」
そういえば、お母さんは多分初登場である。初登場が何のことか分からないけど、初登場だ。私はそんなよく分からないことを考えながら、席に着いた。キッチンからスパイシーな匂いが漂ってきて晩御飯がカレーなのだと理解する。やがて、お母さんが晩御飯を持ってきてくれた。今日はカレーとマカロニサラダだった。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人で手を合わせて食べる夕食になれてしまったことを、少し寂しく思いながら、私はお母さんに今日のことを話した。
「へー。弥生さんとあったんだ。」
「うん。佐藤さんって人と一緒に歩いてた。」
佐藤さんの名前を聞いても、お母さんは反応を見せなかった。まさかお母さんも知らないのだろうか。
「それでね、お父さんの話したんだ。」
「お父さんの?唯愛の友達もいたのに?」
お母さんも、そこには驚いたのか質問してきた。
「うん。それで、こんなものを見せてくれて、」
私は、スマホでとった弥生先生が見せてくれた紙の画像を見せた。
「っ!唯愛、その話は後にしない?」
私の見せた写真を見て、お母さんは顔色を変えて、話を終わらせようとした。しかし、
「ううん。私は悩むのをやめたんだ。とりあえず知ってみようって、思ったんだ。」
私の言葉を聞いた後も、お母さんは話をしたくなさそうだったけれど、私の決意を固めた表情を見て、遂には折れたようだった。
「弥生さんからも聞いたってことは、唯愛はもう知ってるんだよね。」
「うん。お父さんの心に何かあったってことは、」
「そう。流石に唯愛も知りたいとは思うわよね。わかった。でもね、これはお父さんの話よ。別に唯愛が気にすることはないのよ。」
そういってお母さんは席を立って、寝室に向かった。しばらく待っていると、お母さんはホッチキスで束ねられた、原稿のようなものを持ってきた。
「これはね、お父さんがある人のために書いた、私小説のようなものなの。誰かに読んでもらうためじゃなくって、残したくて書いたものよ。」
そういって私にその紙の束をわたした。私はいても立ってもいられず、直ぐにご飯を片付けて、二回の自室に駆け込んだ。そして、一枚目に目を落とした。
「彼女は、見てくれているだろうか」
書き出しは、そんな風に始まっていた。