夕暮れ時、笠を被った男が通りに立っていた。
「おじさん、花火ちょうだい!」
男は手持ち花火の入った箱を首から下げていた。
三人の子どもたちが、笠を被った男を取り囲む。
男を見上げる目は、嬉しそうに輝いていた。
男は微笑むとその場にしゃがみ、手持ち花火の入った箱を差し出す。
「はいよ。どれがいい?」
三人の子どもは、競い合うように花火に手を伸ばした。
「ダメだよ。一本しか買えないんだから俺が選ぶんだ!」
「私がもらったお小遣いなのに、なんでお兄ちゃんが選ぶのよ! 私が選ぶ」
「僕も選びたい!」
三人が言い合いを始めると、男は笑った。
「まぁまぁ、今日は特別だ。一本分のお金で三本あげるから。みんなで仲良く花火しな」
男の言葉に、子どもたちは目を丸くする。
「ホ、ホントに!?」
「いいの!? じゃあ、私これがいい!」
「え、じゃあ、僕はこれで」
三人はそれぞれ気に入った花火を手にすると、一本分のお金を男に渡した。
「おじさん、ありがとう!」
「よかったね!」
「うん! おじさん、またね!」
三人はそう言うと、また競い合うように駆け出していった。
「はいはい、毎度あり」
男はお金を懐にしまうと、ゆっくりと立ち上がった。
「さぁ~てと……」
男は辺りを見回す。
少し離れたところで、男の方をチラチラと見ている少年が目に入った。
「見ぃ~つけた」
男は微笑むと、少年に近づいていく。
「君も花火がほしいのかな?」
男は手を笠に添え、深く被り直した。
「え、いや……僕は……」
「あ、そうか。お家の人にダメって言われてるのかな? でも、大丈夫だよ。みんなこっそりやってるもんだ」
「いや……でも僕、お金も……」
男はにやりと笑った。
「いいんだよ。今回は特別にタダであげよう。次会ったときに、お金を払って買ってくれればいいからさ」
「そんな……! でも……いいんですか……?」
「もちろんいいさ! まずは花火の魅力を知ってもらうのが大事だからね」
男はそう言うと、箱から一本の花火を少年に渡した。
「本当に……?」
少年はためらいがちに男を見た。
「気にしなくていい。ほら、火打石とろうそくも貸してあげよう」
男は箱の中から火打石とろうそくを出すと、少年に渡した。
「……ありがとうございます」
男は少年の頭をなでた。
そして、何かに気づいたように大げさに声を上げる。
「ああ! そうか! どこでやったらいいかわからないか!」
男はそう言うと少年に顔を近づけた。
「おじさんがとっておきの場所を教えてあげよう。でも、くれぐれも……気をつけて遊ぶんだよ」
男の目元は笠の影になって見えなかったが、口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「あ、ありがとうございます……」
少年は戸惑いながら礼を言った。
男は少年を案内するため、背を向けると低く呟く。
「ああ、いいんだ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鳶の仕事を終えた恭一郎は大工の親方に呼ばれ、ひとり親方の住む長屋を訪ねていた。
行ってみれば突然娘を紹介され、訳のわからないまま縁組がまとまりそうになったため、恭一郎は慌てて理由をつけて飛び出してきたのだ。
(本当に勘弁してほしいな……)
長く引き留められていたため、すでに日は暮れ始めていた。
姿絵が出て顔が売れてから、こういった話は異常なほど増えている。
(こんなことを望んでたわけじゃないんだが……)
そんなことを考えながら歩いていた恭一郎は、ふと何かが焦げる臭いを感じて足を止めた。
(花火……か……?)
恭一郎が辺りを見回していると、突然路地から誰かが飛び出してきた。
避ける間もなく、勢いよく恭一郎に誰かがぶつかる。
恭一郎にたいした衝撃はなかったが、ぶつかった誰かはその場に尻もちをついた。
まだ十くらいの子どもだった。
「おい、大丈夫か?」
子どもの顔は真っ青だった。
子どもは何かを伝えたいのか、わずかに口を開けたがいくら待っても言葉は出てこなかった。
「おい、どうした……?」
恭一郎が手を差し出す。
その瞬間、子どもはギュッと目を閉じて突然立ち上がると、恭一郎を見ることなく走り去っていった。
「何だったんだ……?」
恭一郎は子どもの姿が見えなくなると、路地に目を向ける。
そちらからゆっくりと灰色の煙が漂ってきていた。
(火事か!?)
恭一郎が慌てて路地を進んでいくと、そこにはパチパチと音を立てて燃える長屋があった。
(おいおい、いつから燃えてたんだ……)
燃え始めたばかりのように見えたが、その割には火の勢いは激しすぎる気がした。
(かすかに油の臭いがするな……火付けなのか……。とにかく急いでみんなに知らせて……)
恭一郎が声を上げようとしたとき、長屋のそばで花火のようなものが燃え残っているのが目に入った。
恭一郎は目を見開く。
(あの子……なのか……。いや、でもこの油は……)
恭一郎は頭を横に振った。
(何にしても、まずはみんなの避難が先だ!)
「火事だ! おい! みんな火事だぞ! 今すぐ避難しろ!!」
恭一郎は叫びながら、走り出した。
遠くから一部始終を見ていた男はため息をついた。
「あらあら、これはちょっと想定外だなぁ……」
男は額に手を当てて苦笑する。
「まぁ、いっか。これはこれで面白くできそうだし……」
男は広がっていく炎を見つめて薄く微笑むと、身を翻して細い路地に消えていった。
「おじさん、花火ちょうだい!」
男は手持ち花火の入った箱を首から下げていた。
三人の子どもたちが、笠を被った男を取り囲む。
男を見上げる目は、嬉しそうに輝いていた。
男は微笑むとその場にしゃがみ、手持ち花火の入った箱を差し出す。
「はいよ。どれがいい?」
三人の子どもは、競い合うように花火に手を伸ばした。
「ダメだよ。一本しか買えないんだから俺が選ぶんだ!」
「私がもらったお小遣いなのに、なんでお兄ちゃんが選ぶのよ! 私が選ぶ」
「僕も選びたい!」
三人が言い合いを始めると、男は笑った。
「まぁまぁ、今日は特別だ。一本分のお金で三本あげるから。みんなで仲良く花火しな」
男の言葉に、子どもたちは目を丸くする。
「ホ、ホントに!?」
「いいの!? じゃあ、私これがいい!」
「え、じゃあ、僕はこれで」
三人はそれぞれ気に入った花火を手にすると、一本分のお金を男に渡した。
「おじさん、ありがとう!」
「よかったね!」
「うん! おじさん、またね!」
三人はそう言うと、また競い合うように駆け出していった。
「はいはい、毎度あり」
男はお金を懐にしまうと、ゆっくりと立ち上がった。
「さぁ~てと……」
男は辺りを見回す。
少し離れたところで、男の方をチラチラと見ている少年が目に入った。
「見ぃ~つけた」
男は微笑むと、少年に近づいていく。
「君も花火がほしいのかな?」
男は手を笠に添え、深く被り直した。
「え、いや……僕は……」
「あ、そうか。お家の人にダメって言われてるのかな? でも、大丈夫だよ。みんなこっそりやってるもんだ」
「いや……でも僕、お金も……」
男はにやりと笑った。
「いいんだよ。今回は特別にタダであげよう。次会ったときに、お金を払って買ってくれればいいからさ」
「そんな……! でも……いいんですか……?」
「もちろんいいさ! まずは花火の魅力を知ってもらうのが大事だからね」
男はそう言うと、箱から一本の花火を少年に渡した。
「本当に……?」
少年はためらいがちに男を見た。
「気にしなくていい。ほら、火打石とろうそくも貸してあげよう」
男は箱の中から火打石とろうそくを出すと、少年に渡した。
「……ありがとうございます」
男は少年の頭をなでた。
そして、何かに気づいたように大げさに声を上げる。
「ああ! そうか! どこでやったらいいかわからないか!」
男はそう言うと少年に顔を近づけた。
「おじさんがとっておきの場所を教えてあげよう。でも、くれぐれも……気をつけて遊ぶんだよ」
男の目元は笠の影になって見えなかったが、口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
「あ、ありがとうございます……」
少年は戸惑いながら礼を言った。
男は少年を案内するため、背を向けると低く呟く。
「ああ、いいんだ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鳶の仕事を終えた恭一郎は大工の親方に呼ばれ、ひとり親方の住む長屋を訪ねていた。
行ってみれば突然娘を紹介され、訳のわからないまま縁組がまとまりそうになったため、恭一郎は慌てて理由をつけて飛び出してきたのだ。
(本当に勘弁してほしいな……)
長く引き留められていたため、すでに日は暮れ始めていた。
姿絵が出て顔が売れてから、こういった話は異常なほど増えている。
(こんなことを望んでたわけじゃないんだが……)
そんなことを考えながら歩いていた恭一郎は、ふと何かが焦げる臭いを感じて足を止めた。
(花火……か……?)
恭一郎が辺りを見回していると、突然路地から誰かが飛び出してきた。
避ける間もなく、勢いよく恭一郎に誰かがぶつかる。
恭一郎にたいした衝撃はなかったが、ぶつかった誰かはその場に尻もちをついた。
まだ十くらいの子どもだった。
「おい、大丈夫か?」
子どもの顔は真っ青だった。
子どもは何かを伝えたいのか、わずかに口を開けたがいくら待っても言葉は出てこなかった。
「おい、どうした……?」
恭一郎が手を差し出す。
その瞬間、子どもはギュッと目を閉じて突然立ち上がると、恭一郎を見ることなく走り去っていった。
「何だったんだ……?」
恭一郎は子どもの姿が見えなくなると、路地に目を向ける。
そちらからゆっくりと灰色の煙が漂ってきていた。
(火事か!?)
恭一郎が慌てて路地を進んでいくと、そこにはパチパチと音を立てて燃える長屋があった。
(おいおい、いつから燃えてたんだ……)
燃え始めたばかりのように見えたが、その割には火の勢いは激しすぎる気がした。
(かすかに油の臭いがするな……火付けなのか……。とにかく急いでみんなに知らせて……)
恭一郎が声を上げようとしたとき、長屋のそばで花火のようなものが燃え残っているのが目に入った。
恭一郎は目を見開く。
(あの子……なのか……。いや、でもこの油は……)
恭一郎は頭を横に振った。
(何にしても、まずはみんなの避難が先だ!)
「火事だ! おい! みんな火事だぞ! 今すぐ避難しろ!!」
恭一郎は叫びながら、走り出した。
遠くから一部始終を見ていた男はため息をついた。
「あらあら、これはちょっと想定外だなぁ……」
男は額に手を当てて苦笑する。
「まぁ、いっか。これはこれで面白くできそうだし……」
男は広がっていく炎を見つめて薄く微笑むと、身を翻して細い路地に消えていった。