当たり障りのない世間話をして終わりかと思ったが、この様子ではまだ何かありそうだ。

 母上の用件とは一体何だろうか?


〈それなら、数日予定を空けておいてくださいな。私、息子の家にお泊まりするのが夢だったの〉

「はぁ!? 家にいらっしゃると言うのですか!?」

〈えぇ、よろしいでしょう? 都さんのことだから、散らかしたりはしていないでしょうけど……お片づけができなくても、手料理を振る舞うことはできますからね〉

「手料理って、母上は料理をされたご経験があるのですか?」

〈ありません。だから、とっても楽しみなの。大丈夫ですよ、今、家の料理人に習っていますから〉

「なっ、父上は許されたのですか!?」

〈うふふ、"(しげる)さんに手料理を振る舞いたい"と言ったら、喜んで許可してくださいましたわ〉

「なんてことを……」


 あぁ、役者も顔負けの演技で父上にねだっている様が容易に目に浮かぶ……。
 この世に母上に勝る人間がいるなら見てみたい。
 まさかこんなとんでもないことを言い出すとは。

 僕が言えたことではないが、母上は古い名家の箱入り娘と聞く。
 ワンルームの狭い家に泊まるなど、絶対に耐えられないだろう。

 いや、母上ならそれすら楽しみそうではあるが……そもそも我が家に客人が泊まるスペースなど無い。

 やはり諦めてもらうのが吉だ。


「母上、申し訳ありませんが、家には客人を迎える余裕がないのです。この穴埋めは致しますから、どうかご遠慮ください」

〈あら……そうですか。独り立ちした男の子は家に母を招いてくれないというのは、本当だったのですね〉

「またどこからそんな話を……いえ、そういうわけではないのです。家は狭くて客人を招くことができないのですよ」

〈まぁ、そんなこと気にしませんわ。息子が住んでいる家ですもの。そうだ、小さい頃みたいに一緒に寝るのはどうかしら?〉

「母上……僕が幾つだとお思いですか。とにかく、家にいらっしゃるのはダメです。他のことにしてください」


 きっぱりと断ると、母上はわざとらしく溜息をついて、〈仕方ありませんね〉と温めていた代替案を提示した。


〈それなら、(みやこ)さんが家に泊まりにきてください〉

「は……? すみません、聞き違えてしまったようです。もう一度お願いします」

〈都さんが、家にいらしてください。それなら私も文句はありません〉

「……一体何を仰っているのですか。僕は先ほど家に戻る気はないと――」

〈あら、泊まるだけですよ。もちろん、都さんが望むならお帰りいただいても結構ですけれど〉

「全く、屁理屈を……」

〈都さんが言ったのですよ、穴埋めはすると。私は都さんのお家にお泊まりしてもよろしくてよ?〉

「くっ……!」


 絶対これが目的だっただろう。
 家に母上を招くか、本家に戻るかなんて、究極の二択じゃないか。